うだるような暑さがいまだに残るこの季節。
仲正イチカはその熱気から逃れるようにとある部屋の前にたどり着いた。
ハンカチで額の汗を拭き、鏡で前髪を整え、声を整える。
「おはようございます」
「ああ、イチカ、おはよう」
ドアを開けると、積み上げられた数えきれない書類とその傍らで必死にパソコンと睨めっこをしている男性が目に入った。
その男性の目袋周辺では黒いクマがその存在感を放っており、姿勢も前かがみでお世辞にも元気であるとは言い難い。
その証拠に、なんとも覇気のない声で挨拶を返している。
この男性は連邦捜査部シャーレの担当顧問を務めており、イチカが通うトリニティ総合学園のみならず多くの学校の生徒から「先生」と呼ばれるくらい信頼と実績を持っている。
そんな彼はその期待に応えるべく今もなお必死に目の前の仕事に取り組んでいるのだ。
「お隣、失礼するっす」
ああ、と先生はなんとも味気ない返事をすると、そのままの体勢でキーボードで何かを入力している。
(これは、一日中拘束されそうっすね…)
イチカは、この膨大とも思われる仕事を手伝う当番として、このシャーレのオフィスにはせ参じた次第である。
今日一日は自分自身も自由な時間は無いのだと覚悟を決め、先生の隣の席に座った。
(できるなら先生とどこかに遊びに行きたかったっすねえ)
文句と悲観が入り混じれつつも、パソコンの電源ボタンを押したイチカ。
完全に起動するのを確認すると、早速仕事に取り掛かった。
「んっ、と?」
と、思いきや、スカートのポケットから振動を感じる。
その後に、ポロン、とモモトークというチャットアプリに設定している通知音が鳴った。
しかし、イチカには一つの疑問が浮かぶ。
(なんで先生から連絡が?)
イチカが設定した通知音は、先生から連絡している時しかやってこないはずなのだ。
だからこそ、何か伝えたいことがあればすぐ隣にいる自分自身に話しかければ良いだけだ。
そうであるにも関わらず、モモトークを使って連絡を寄こした。
何かそれ相応の理由があるのだろう、と思い直すと携帯を取り出した。
『下着見せて』
(ええ…)
ドン引きだった。普段は糸目だと言われる彼女も目を見開いて、片方の口の端を痙攣させることしかできなかった。
『今は仕事中ですよ』
とりあえず、遠回しに注意をしてみた。
『その仕事に必要なことだから』
と、謎の反論を寄こしてきたかと思うと、
『お願いします』
『この通り』
間髪入れずに謝罪をするスタンプも送られてきた。
(あなたは駄々をこねる子供ですか)
思わずモモトーク上でツッコミを送りそうになったが、止めた。
ちら、と横目で隣を見ると、一見は真面目にデスクワークに取り組んでいる。
しかし実態は違う。普通ではセクハラ認定される内容のトークを送信している。
『せめて休憩まで我慢してください』
小考して、セクハラメールへの返答をした。
『無理』
即答。心なしか、先生の鼻息が荒くなったような気がする。
黙っていれば絵になるほどイケメンなのに。イチカはそう感じざるを得ない。
(全く、なんでこんな変態さんを好きになっちゃったんすかねえ)
先ほどのモモトークのやり取りから数分。
イチカは親指をいじりつつ、自身が恋している先生のことを回想していた。
生徒のために命を厭わずに行動できるカッコいいトコロ。
特に話題に出していないのに、髪留めが変わったことを大袈裟に褒めてくれる優しいトコロ。
正義実現委員会のメンバーとは別に、二人きりでデートしてくれるズルいトコロ。
思い出せばキリが無い。
(しょうがない人っすね)
はぁ、と一息つく。
スマホを机に置くと、いかにも仕事をしているかのような雰囲気を出している隣の席の人の肩を突いた。
その隣の人は、突然肩を触られ、ビクッとして背筋が伸びている。
そして、目線を移すと、こちらをじっと見つめる女子生徒と目があった。
(下っす)
口パクで、「し」「た」と伝えると、視線が徐々に下腹部に向かっていくのがわかった。
「おっ」
何とも素っ頓狂な声だろうか。
先生が視線を落とした先には、イチカの手、その手で掴まれたスカートの裾、シミ一つ無い色白な太もも。
そして、バラをモチーフにした柄で、黒を基調とした色の、レースの下着がそこにはあった。
先生は目を血眼にして、イチカのそれをじっくりと堪能している。
若く、美しさが有り余っている彼女の誘惑に、感銘すら感じているのだ。
『ありがとうございます』
イチカのスマホが再び震えると共に音がなった。
(どうやらお気に召したらしいっすね)
スマホを手に取ってモモトークに表示された返答を見るに、自身の選択は間違っていなかったのだと感じた。
一方で先生はというと、まっすぐと顔をイチカの下半身に向けたまま、タッチタイピングをするという二つの意味で変態的なことをしている。
そのあまりの真剣な眼差しに少し興奮してしまったのは秘密である。
(何か先生だけ得するのは癪っす)
相変わらず無言のまま見つめてくる先生。
ここシャーレに二人きりであるが、自身だけが辱めのようなことを受けるのは不平等だと感じたイチカは、次の行動に移った。
(それそれ~)
「あっ」
またしても間抜けな声が隣から聞こえてくる。
思わず口を手で塞いでいるが、もう遅い。
先生が思わず声を出したのは、イチカが掴んでいたスカートを元に戻したためである。
『ごめんなさい。元に戻してください』
今度は泣き顔をしたスタンプと共にトークが送られてくる。
現実の方も、明らかにテンションが下がった様子で、口角が下がっている。
これが多くの生徒から慕われている先生であると思ったら、なんとも情けない姿であろうか。
眼前の女生徒の下着一枚見たいがためにこんなに必死になっている。
この様子を見たならば、ほとんどが失望と悲憤を抱くに相違ない。
だが、イチカは、
(なんだかしゅんとしてて、かわいいっす)
と斜め上すぎる解釈をして、なんと愛おしさも感じていた。
しかし、ちら、と先生の下腹部に目をやると、明らかに一部分が盛り上がっているのがわかる。
(まあ、元気になったみたいで良かったっす)
結果的に、先生が得する形にはなったものの、仕事に取り掛かりる活力を得たのであった。
なおも先生は微動だにせず、ただうずくまるようにして顔を伏せている。
ここで、何分経過したであろうか。先生は徐に動きながら、くの字型の姿勢で席を立った。
「どこ行くっすか?」
「いや、休憩室で、ちょっと、ね」
イチカは、ちょっと、がどういう意味なのかすぐに想像できた。
これ以上見せてくれないならさっさとスッキリしてこよう、という魂胆なのだろう。
「あー、ちょっと待ってください」
その意図を察したイチカは、左手で先生の腕を、右手で自身のスカートに手を伸ばした。
しっかりとその腕を掴むと、先生が再びこちらを向いてくる。
一方で、右手は裾に到達し、再びイチカの下着が露になる。
しかし、此度はここまででは無かった。
「一人で休憩室行くのはダメっす」
なんと、右手はその下着まで伸びる。
イチカは端を持つと、すかさずクイッと下にずらした。
(逃がさないっすよ)
そこには、見るからにスベスベで、滑らかな肌とともに、綺麗な湾曲を描く鼠径部。
芸術的とも言える素肌が露になり、イチカは一言付け加える。
「どうしても我慢できなくなったら、私を連れていくっす」
イチカの目が、僅かに大きくなる。
見つめ合うと、ブルーグレーのその瞳に吸い込まれてしまうようだ。