ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 一度生まれたものは、そう簡単には死ねない。


プロローグ
1-1


 001

 

 夢を見る。

 

 ──火を点けろ。燃え残った全てに。

 

 夢を見る。

 

 ──コーラルを焼けば、俺たちの仕事は終わる。

 

 夢を見る。

 

 ──お前の稼いだ金だ……再手術をして……普通の人生を……。

 

 夢を見る。

 

 ──友人たちの……遺志を……!

 

 夢を、見る。

 

 ──お前にも……友人ができた……。

 

 夢を、見た。

 そうして、ぐらり、と剥がれ落ちるように夢が欠けていく。

 がらがらと崩れ落ちる現像を見て、そこでようやくのこと、自分自身がどうなっているか──俺は把握した。

 ああ。

 燃えている。

 燃え殻に火はついたが、燃え残った全ては健在であり。

 火種(ザイレム)は役割を果たさぬまま、ルビコンの海へと落下していく。

 コーラルは──燃えなかった。

 

「……621」

 

 掠れた意識のまま呟く。

 落下軌道に入ったザイレムごと大気圏によって焼けているだろう己の肉体は、しかし、その呟きだけは可能だったらしい。

 とっくに事切れたものだと認識していたが、どうにも諦めが悪かったらしく、機体が融解し、肉体が燃え上がり、神経が焼き切れて痛みさえ感じなくなった今も尚、意識だけは健在だった。

 

 ──一度生まれたものは、そう簡単には死なない。

 

 かつて621に『教訓』として語った言葉が脳内で響く。

 なんともまあ、皮肉なものだった。

 死ぬ直前に見る走馬灯じみた夢の内容からして、俺にはきっと未練があるのだろう。

 ……それも当然か。

 飼い犬に噛まれ。

 友人の遺志を全うできず。

 コーラルを焼き払えないという最悪な結末は、俺が想定した中で最もあってはならない終わりですらある。

 しかし。

 しかし──だ。

 死ぬ間際のこの微睡が、痛みのない夢のような感覚で、ここまで心地よいものである事を考えると、俺は存外、あの終わりに不満は感じていないのかもしれなかった。

 621。

 お前の意思に負けたのだと思えば、恨む気にもなりはしない。

 AC操作機能以外死んでいるとまで言われたお前が、自らの意思で道を選び、友人と共に俺へ武器を向けたとき、きっと俺はどうしようもなく……嬉しいと感じてしまった。

 お前の成長を、純粋に喜んでしまった。

 偽物の名義だったかもしれない。

 借り物の翼だったかもしれない。

 だが──お前は間違いなく、力強く羽ばたいた。

 ならばもう、俺が言えることはなく。

 お前はもう、俺の猟犬ではない。

 お前は自由だ、621。

 

「────」

 

 喉を失った肉体から発せられた呟きは声にならず。

 火が──命が燃え尽きようとしている。

 ふと、上を見た。

 もはや眼球は焦げ付いて何も見えないはずで、そして見えたとしても灼けた赤しか見えないはずなのに──何故か、澄んだ青空が見えた。

 ああ。

 悪くない終わりだ。

 621。

 お前を縛るものはもう何もない。

 どうか、願わくば。

 お前のその選択が──お前自身の、可能性を広げることを祈る。

 

「────……」

 

 俺の願いは届かないだろう。

 ……いや、届く必要もない。

 こんな感情は621にとっては不要かつ筋違いのもので、飼い主の自分勝手なエゴからくるありがた迷惑なものだ。

 故に、この感情は、この感傷は──俺だけのものでいい。

 そうして、俺は。

 こんな俺は。

 微かに、最後の最後に燻る火種を抱え込んだまま、その意識を最期に灰となった。

 

 『シッテムの箱』へようこそ、ウォルター先生。

 

 002

 

 声が、聞こえた気がした。

 

「──先生──きっ……の話は忘れ……れでも構いま……」

 

 ノイズがかかった声で、まともに聞き取ることは難しい。

 

「何も──ですから……大事──経験ではなく、選択」

 

 夢や走馬灯だとしても聞き覚えのない声だ。

 ならばこれは恐らく、()()()()()()()()のだろう。

 根拠はまるでないが、妙な確信があった。

 

「あなたにしかできない選択」

 

 次第に乱れていた世界が安定し始めれば、先ほどよりノイズが緩和されたことにより、途切れ途切れとはいえ内容が聞き取れるようになる。

 女の──それも子供の声だ。

 

「責任を負う者──大人としての、責任と義務。──、その延長……あなたの選択。…… それが意味する心延えも」

 

 俺に向けた言葉ではないが、どこかその言葉には説得力があり、そして共感できるものだった。

 選択。

 人は選び、覚悟を持つからこそ、行動に芯が宿る。

 俺も、カーラも、ヴェスパーも、レッドガンも、621も。

 それら全て、選択し、それに伴う責任を負うからこそ、その行動には意味がある。

 結果、ぶつかり合うことになろうともだ。

 選ばないヤツとは敵にも味方にもなれない、というのはカーラの言葉だったか。

 

「ですから……先──どう……」

 

 ざりざり、と急激なノイズにより、声も映像も何もかもが、砂嵐の如くかき乱されて、最終的に真っ暗闇へと移行する。

 ……よく分からない映像だったが、何にせよこれで終わりか。

 何もかも終わりだ。

 俺の人生はここで終わり、灰となり、無に帰すだろう。

 だが──やはり後悔は無い。

 あとはもう、眠るだけだ。

 

「……い」

 

 故に。

 そんな心地のよい微睡の中、俺の眠りを妨害するように掛けられる声に微かな苛立ちを覚えた。

 

「……先生、起きてください」

 

 眠い。

 が、暗闇の中掛けられた声によって脳が覚醒したらしい身体は、そして意識は目覚めに向かう──無意識に閉じていたであろう瞼が状況を確認するために動き出す。

 

「ウォルター先生!!」

 

 最後のとどめと言わんばかりの大きな声とともに身体を揺すられることで、俺は意識を覚醒させられる──いや、待て。

 これではまるで、()()()()()()()()()()()()()()()

 大火に焼かれ、肉体、神経すらも残っていないはずの俺が今更目が覚めることなど不可能だ。どんな奇跡が起き命を取り留めようとも、良くて全身不随になることは不可避であったはずである。

 にも関わらず()()()

 明確に異常事態と言っていいだろう。

 

「…………」

 

 眠気により歪んだ視界が次第に明瞭になれば、そこはやはり変わらず火の海──ではなく、紺の髪色に白いコート、メガネをかけた気の強そうな女性(いや、少女か?)が、こちらの様子を窺うように、静かに見つめていた。

 何処だ、此処は。

 声の持ち主は彼女だろうか。

 そして彼女の頭上に浮かぶ紋様はなんだ? ……いや、本当になんだ、それは。アクセサリー……ではないように見えるが。

 目頭を押さえて、あまりにも非現実的な光景を振り払おうとして頭を振る──目の前の光景と現状を理解できないことからくる無意識下の行動だった。

 俺は椅子で眠っていたようだが、しかし、これが幻覚であると言われた方が納得できるだろう。

 

「……お前は、誰だ」

 

 思わずこぼした声は掠れることなく、己の想像以上に滑らかな──大火傷を負った喉では発声できないであろう声を俺は出した。

 やはり現実味がない。

 ここが死後の世界だと言われても驚かないくらいには。……おあつらえ向きにも彼女には天使の輪と見紛うようなものが付いていることを考えるなら、むしろその方が自然な解釈かもしれなかった。

 ともあれ、老体とは言えそれなりの声量である俺の声は彼女に届いたようだが、しかし目を少々瞬かせた後、俺の質問に答えることなく、

 

「……少々待っていてくださいとは言いましたが……お疲れのようですね。なかなか起きないほど熟睡されるとは」

 

 と言った。

 呆れるような声で呟く女性は、少しだけ気遣うような様子を見せてから、こちらに再び目をやる。

 

「……夢を見られていたようですね。起き抜けに申し訳ありませんが、目を覚まして、集中して頂けると助かります」

 

 夢。

 と、一括りにされたことに、俺は間違いなく不快な思いをした。

 何が夢だ──あれが夢ならばこちらはなんだ。

 俺の意志を、友人たちの遺志を夢だと一蹴されて尚、馬鹿正直にこの娘の話を聞く義務は俺にはない。

 万が一、再教育、あるいはファクトリーの結果がこれだと言うのであれば、()()()()()()()()()()()()()

 

「もう一度、あらためて今の状況をお伝えします」

「────……」

 

 が、しかし。

 目の前の彼女はそれを説明すると言う。

 今にも放ち掛けた企業相手に培った口戦技術を辛うじて押し留め、そして相手が少女であることを冷静に認識したことで押し黙った。

 相手が子供であるということを、俺は忘れてはならない。

 

「私は七神リンと申します、学園都市『キヴォトス』の連邦生徒会所属の幹部です。そして貴方はおそらく、私たちがここに呼び出した先生……のようですが」

 

 先生。

 の、よう。

 あまりにも曖昧な言い分だった。

 

「……ああ。推測系でお話ししたのは、私も先生がここにいらっしゃった経緯を詳しく把握していないためです」

 

 七神リン、と名乗る少女は、あっけらかんと言った。

 いっそ適当なのではないかと思ってしまうほど、悪気もなく敵意もない、そして素直な口調だった。

 その言い様からするに──

 

「──お前は。俺が何故ここにいるかを知らない、ということか」

「はい。……混乱されてますよね。心中お察しします。しかし私はあくまで案内役ですから……先生を選んだ方はまた別であり、詳しい説明は私からは致しかねます」

「……そうか」

 

 ()()()()役はまた別ということか。

 ならば確かに、彼女が事情を知らなくても仕方がな──……いや、違うな。

 確かに俺のことは知らないかもしれないし、説明もできないだろうが、それだけでは筋が通らない事がある。

 

「七神リン。一つ訊くが、お前は俺に会ったことがあるか?」

 

 要領を得ない質問だったのだろう。俺の不躾とも言える曖昧な質問に彼女は首を傾げた。

 

「…………? ええ。ですから先程、待っていてくださいと──」

「そうか。()()()()()()()()()()()()()

「はい?」

「俺にとって『先程』の記憶はなく、いつの間にかここで眠っていた。それも自覚なく」

「……どういうことでしょうか?」

 

 不審とも取れる言動に眉を顰めるリンは、大きく言葉に出すことなく、そしてそれを表に出すこともせず、静かに言葉を促した。

 幹部という肩書きは伊達ではないようである。

 

「つまり、()()()()()()()()()()()()?」

「────……」

 

 彼女は既に俺と話したことがあると言うが……俺には当然そんな記憶はなく、最後の記憶は大火の中である。ここにいる理由や原因が不明である以上、あの状況から生還できるとは到底思えない。

 ならば非現実的ではあるが……何か超常的な現象が起こったのだろう、というのが俺の推測だ。

 死に損なった俺は、()()()()()()()()

 本来ここにいるべきだった……誰かと入れ替わるように。

 

「どうだ、七神リン。お前は本当に俺に声を掛けたのか?」

「────分かり、ません。ですが……今は、貴方しかいないんです。こんな状況になってしまったこと、遺憾に思います。でも今は──」

「……すまない。責めるつもりはなかった」

 

 沈痛な表情で懇願するように悲壮感を漂わせたリンを見て、冷や水を掛けられたが如く冷静になった俺は、罪悪感から思わず謝罪した。

 頭に血が上っている。老人が子供に向けてやることではない。

 一つ息を吐いて、声にこもった力を抜いて、緊張を解くために俺は続ける。

 

「今はお前の言うことに従おう。俺も、お前に聞きたいことがある。それと……子供が、そう(かしこ)まった言葉遣いをするものじゃない。敬語を使うなとは言わないが」

 

 もう少し、楽にしていい。

 俺がそう言えば、ややあって、

 

「……分かりました。ありがとうございます」

 

 と、口調そのものは丁寧だったが、つまり砕けたとまでは言えなかったが、しかしやや柔らかくなった態度でリンは続けた。

 

「今は、私について来ていただけますか」

「……ああ。案内を頼もう」

「ありがとうございます。……どうしても、先生にやっていただかなくてはいけない事があります」

 

 そうして一呼吸置いてから、リンは微笑む。

 出会って初めての笑みであった。

 

「学園都市の命運をかけた大事なこと……ということにしておきましょう」

 

 意味深な、そして説明にならない言葉を放ったまま、七神リンは「こちらに」と俺に声を掛けた後、背を向けて歩き出した。

 ……仕方がない。

 言いたいことは多々あるが、後回しだ。

 座っていた椅子から立ち上がるために手癖で杖を手繰り寄せれば、幸運な事に使い慣れた普段の杖がそこにあった。

 てっきり再教育時に失ったと思っていたが、何故かそこにあり、傷一つ……とは言わないが、見覚えのある傷以外真新しい傷がない。

 まるで、再教育前に時間が巻き戻ったかのようだ。

 あるいは──夢のようだ。

 

「先生?」

「いや……今行く」

 

 疑問に思ったリンが戻ってきたが、心配をさせるような事ではない。

 杖を使ってリンの側まで歩いてエレベーターに乗り込めば、ドアが閉まり、上へ動き出す。

 ガラス張りのエレベーターは外が良く見える。ここは既にかなり上階のようで、俺の今いる場所がどのような場所であるか一望できた。

 透き通るような──青い空だ。

 淀み、灼けた空は何処にもあらず、コーラルの気配などまるでない。

 

「それでは、改めて……『キヴォトス』へようこそ、先生」

 

 広大な土地が眼下に広がっている。こうして見れば一見普通の巨大な都市群に思えるが、どうやらこれら一つ一つが『学園』なのだと言う。

 

「キヴォトスは数千の学園が集まってできている巨大な学園都市です。これから先生が働く場所でもあります」

 

 もし本当にこれらが数千もの学園からなる都市ならば、教育者の数が足りるとは到底思えないが……どうにかなるものなのだろうか。

 直感だが、既に碌でもない予感がした。

 

「きっと先生がいらっしゃったところとは色々な事が違っていて、最初は慣れるのに苦労するかもしれませんが……でも先生なら、それほど心配しなくてもいいでしょう」

 

 まるで俺がここで働くことに一切の疑いを持っていないような態度のリンに、俺はなんとも言えない気持ちになる。

 初対面の人間に寄せる信頼ではない。

 ……そして、何よりも。

 

「……リン。一つ、気になっている事がある」

「はい、なんでしょう」

「何故俺を『先生』と呼ぶ」

 

 かねてより疑問だった呼称を、俺はようやくのことリンに問う。

 個人的な感情だけで言えば、俺はそのように呼ばれたくはない。先生と呼ばれるような資格はなく、そして呼ばれる度に神経が掻き毟られるかのような痛みを訴えるのだ。

 じくじくと。

 罪悪感から全身が悲鳴を上げる。

 先生、などと。

 戦場で命を使い潰した人間に使うべき呼称ではないのだ──617たちの未来を、友人たちの遺志、いや、俺の目的のためとはいえ見捨て続けてきた男が、子供を導く立場に立てる訳がない。

 だからこそ。

 だからこそ俺としては、相応しくない唐突なこの呼び方こそが、何か重要な、それこそ今現在の不可思議な現象全ての手がかりになるのではと踏んでいたのだが、しかし返ってきた言葉は答えに繋がるとは到底思えぬものだった。

 

「……ええと……先生、ですから」

「…………答えになっていないな」

 

 とはいえ、いきなり核心に辿り着ける訳もないことを何処かで理解していた俺は、すぐさま、

 

「まあいい」

 

 と言った。

 

「だが、どの道俺は教職などできない。必要に駆られて真似事はしたことはあるが、それだけだ」

 

 強化人間を雇った際は教育が必要な場合があり、その度に最低限の教養をつけさせたことがある。

 原因はさまざまではあるが、教育を受けられなかったもの、受ける身体がなかったもの、まだその年齢に達していなかったもの──そういう、作戦の実行に支障がありそうなものに対して学ばせたことこそあるが、果たしてその経験が役に立つかは分からない。

 

「……大丈夫です。先生とは、勉学を教えるだけのものではありません。ウォルター先生なら、きっとそれができると信じています」

「…………」

「あの連邦生徒会長が、お選びになった方ですからね」

「……?」

 

 誰だ。

 連邦生徒会長、つまるところこの組織のトップなのだろうか?

 俺を──いや、本来いるはずだった誰かを選んだ人間がいるのか。そうなると、入れ違ってしまった現状はその信頼は当てにならないように思えるのだが……。

 

「……それは後でゆっくり説明することにして」

 

 しかし、なんと言うべきか。決して俺が言えることではないが、説明不足だと感じることが多々ある。

 なるほど。秘密主義というのは相手からすれば存外不満を溜めるものらしい。

 

「着きました」

 

 チン、と甲高い音を立てて到着を知らせたエレベータはドアを開く。リンは杖での歩行をする俺を気遣ってか、扉を押さえたまま俺を先に促した。

 

「……感謝する」

「いえ」

 

 到着した階層はレセプションルームだった。ここを企業として扱っていいのかは知らないが、要はフロントである。

 しかし……異常にざわついているな。

 それとも、これが通常なのだろうか。だとしたら少々俺は苦手な空間であると言わざるを得ない。

 

「ちょっと待って! 代行! 見つけた、待ってたわよ! 連邦生徒会長を呼んできて!」

 

 その中の喧騒で一際強く。

 菫色の髪色をした少女が(女子しかいないのか?)、はきはきとした口調で畳み掛けるようにリンに喋り掛けてきた。

 連邦生徒会長……責任者扱いをされているあたり、やはりトップだと思っていいのかもしれない。

 

「……うん? 隣の大人の方は?」

 

 リンの近くまで来たことにより、側にいた俺の存在に気付いたのであろう彼女は首を傾げた。

 ……答えるべきか、否か。

 俺は一瞬悩み、しかし近寄ってきた少女が握る()()に気を引かれて黙り込んでしまう。

 その手に持つ──およそ、うら若き少女が持つべきではない命を奪う武器(サブマシンガン)に。

 

「主席行政官。お待ちしておりました」

 

 黒髪、長身──スナイパーライフル。

 

「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が、今の状況について納得のいく回答を要求されています」

 

 ブロンドの髪、眼鏡──ハンドガン。

 悩んでいる間にも続々と少女たちが責めるような圧を持ってリンに迫ってきており、その誰も彼もが何らかの銃火器を持っていた。

 あまり穏やかとは言えない。

 喧嘩腰とも取れるその態度は、機嫌を損ねれば発砲しかねない様相すらある。

 ……同じ穴の狢だ。今更、少年兵をどうのこうの言うつもりはない。

 ない、が。

 年端もいかぬ少女たちが、人を殺せる武器を()()と持っているという事実に思うところがないわけではなかった。

 気分が、悪い。

 しかし俺とは反対に、その少女たちに囲まれている当の本人はどこ吹く風で、

 

「ああ……面倒な人たちに捕まってしまいましたね」

 

 と、小声で、そしてはっきりと()()と現状を評した。

 彼女はどうもこの様子を想像していたらしく、多くの銃を目の前にしても慌てた様子はない。どころか、周りの少女たちの落ち着きのなさに呆れてすらいるようにも見えた。

 

「こんにちは、各学園からわざわざここまで訪問してくださった生徒会、風紀委員会、その他時間を持て余している皆さん」

 

 言葉に棘があった。

 ある程度気が配れる人間であるならば、現在のリンは相当頭に来ているのだろうな、と察せることが容易であるくらいには、鋭い言葉と言えるだろう。

 

「こんな暇そ……大事な方々がここを訪ねてきた理由は、よく分かっています」

 

 明確に悪意があった。

 言い間違いの体で罵倒しようとする気概が見えたが、言い切らないあたりはスネイルよりはマシかもしれないというのは、些か行き過ぎた評価だろうか。

 

「今、学園都市に起きている混乱の責任を問うために……でしょう?」

「そこまで分かってるなら何とかしなさいよ! 連邦生徒会なんでしょ! 数千もの学園自治区が混乱に陥ってるのよ! この前なんか、うちの学校の風力発電所がシャットダウンしたんだから!」

「……風力発電とはな」

「?」

 

 かなり発展しているように思えたが、エネルギー問題は数世代前の状態らしい。この世界では未だ電力の確保に苦労している技術世界のようだ。

 それはつまり、コーラルがこの世界に存在しないことを如実に表している。

 ACをまともに動かすことができない世界と考えてもよさそうだった。

 

「連邦矯正局で停学中の生徒たちについて、一部が脱出したとの情報もありました」

「スケバンのような不良たちが、登校中のうちの生徒たちを襲う頻度も、最近急激に高くなりました。治安の維持が難しくなっています」

「戦車やヘリコプターなど、出所の分からない武器の不法流通も2000%以上増加しました。これでは正常な学園生活に支障が生じてしまいます」

 

 ……俺は今の学生生活というものを知らない。

 知らないが、これが明らかな異常であることは俺にも予想できる。

 正常な学園生活とはなんだろうか。

 この世界では子供しかいない場所で兵器が当たり前のように流通し、銃火器を子供が操り、火を噴いていると言うのか。

 俺が経験してきた世界は碌に治安など考慮されていなかったため、これより下はないだろうと思っていたが……まさか、女子供が当然のように銃火器を所持し、他人に使用している世界があるとは思いもしなかった。

 思いたくも、なかった。

 

「…………」

「こんな状況で連邦生徒会長は何をしているの? どうして何週間も姿を見せないの? 今すぐ会わせて!」

 

 サブマシンガンを所持している少女は、それを持ったまま詰め寄っている。年頃の女子が持つようなものでは勿論ないし、男であっても学生が持つことは好ましくない。

 ……少年兵がいないわけがないのは分かっていても、良い気分はしないな。

 銃を撃つという意味を、この子供たちは理解しているのだろうか。

 

「……連邦生徒会長は今、席におりません。正直に言いますと、行方不明になりました」

「……え!?」

「……!」

「やはりあの噂は……」

 

 三者三様。

 それぞれ含みのある反応があったが、しかし。

 行方不明?

 『先生』を選んだ人物が?

 

「結論から言うと『サンクトゥムタワー』の最終管理者がいなくなったため、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態です。認証を迂回できる方法を探していましたが……先ほどまで、そのような方法は見つかっていませんでした」

「それでは、今は方法があるということですか、主席行政官?」

 

 黒髪の少女がそう問えば、リンはこちらを振り返って、全員の視線を集めるように俺を指し示した。

 

「はい。この先生こそが、フィクサーになってくれるはずです」

「…………俺が、か」

 

 気分が悪い──吐き気があるし、眩暈もする。

 リンが俺にさせようとしている仕事の内容が想像通りであるのなら、それは俺の罪を自覚させるための拷問装置になり得る。

 この仕事は、つまり。

 過去のために未来を燃やそうとした俺に。

 過去の遺物の清算のために、未来ある人間を使い潰した俺に──キヴォトスにいる子供たちを導けと。

 リンは、そう言っている。

 

「…………」

 

 此処にきてようやくのこと、俺は理解した。

 俺が何故此処にいるのか、何故死に損なったのかを、ありありと示されて実感させられてしまった。

 ()()()()()()()

 そしてかつての人生で未来ある若者の命を使い潰してきた俺への罰。

 これが夢か現実かは些細なことだったのだ。此処が現実であろうと虚構であろうと、あるいは走馬灯の一部であろうとも関係ない。

 俺は死ぬ前に、せめて子供たちを導いて罪を償わなければ死ぬことも赦されない。

 そういう──ことだ。

 

「この方が?」

「ちょっと待って。この先生はいったいどなた? どうしてここにいるの?」

「キヴォトスではないところから来た方のようですが……先生だったのですね」

「はい。こちらのウォルター先生は、これからキヴォトスで働く方であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です」

 

 まだ働くと宣言したわけではないのだが、あまりにも自信満々に断言するものだから俺の否定が遅れてしまう。

 いや。

 もはや意味のない否定か。

 これが俺への罰であるのなら、断る道理はないのだから。

 

「行方不明になった連邦生徒会長が指名……? ますますこんがらがってきたじゃないの……」

 

 取り敢えず差し当たっては、そうだな。これ以上の混乱を避けるために、せめて名を名乗っておくべきだろう。

 それに──何よりも。

 これ以上、先生と呼ばれるのは……あまりにも、傷を抉られるようで。

 心の臓を潰されるようで。

 俺には、重過ぎる名だ。

 

「……俺は」

 

 そうしていつも通り、ハンドラー、と名乗ろうとして。

 俺は踏み止まった。

 踏み止まざるをえなかった。

 俺は、()()を喪っている。

 既に猟犬たち(617)は自らの手で使い潰し、唯一の猟犬(621)は渡鴉となった。

 そして使命を失った俺にはもう、猟犬を雇う理由がない。

 ……猟犬(ハウンズ)がいなければ飼い主(ハンドラー)の名を使う必要もないだろう。

 その名前を名乗る意味が、俺にはもはや存在しない。

 

「……ウォルターという。好きに呼ぶといい」

 

 結局俺は、既に何度か呼ばれていた名前だけを名乗った。

 言外に先生と呼ぶなという意味を込めてしまったが……まあ、伝わらないだろう。

 伝わらない方が良い。

 

「こ、こんにちは、先生。私はミレニアムサイエンススクールの……い、いや挨拶なんて今はどうでもよくて……!」

「そのうるさい方は気にしなくていいです。続けますと……」

「誰がうるさいって!? わ、私は早瀬ユウカ。覚えておいてください、先生!」

「……ああ。覚えるさ」

 

 妙な心配とは裏腹に、どう足掻いても先生という呼称を外されることはなさそうだった。

 ……しかし、なんと言うべきか。

 当たり前のように名前があるのは、良いことだ。

 この子たちには──名前がある。

 

「……先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げた、ある部活の担当顧問としてこちらに来ることになりました」

 

 リンがそう言うと、手元のタブレットを操作して俺に画面を見せる。

 そこに表示されたのは『S.C.H.A.L.E』という文字と、その地点を指し示す地図だ。

 

「連邦捜査部『シャーレ』。単なる部活ではなく、一種の超法規的機関。連邦組織のため、キヴォトスに存在するすべての学園の生徒たちを、制限なく加入させることも可能で、各学園の自治区で、制約なしに戦闘活動を行うことも可能です」

 

 越権もいいところの権限に惑星封鎖機構が一瞬脳裏に浮かんだが、そもそもあちらが規則側であることを認識し直した俺は、かぶりを振ってそのイメージを頭から追い出した。

 

「なぜこれだけの権限を持つ機関を、連邦生徒会長が作ったのかは分かりませんが……シャーレの部室はここから約30㎞離れた外郭地区にあります。今はほとんど何もない建物ですが、連邦生徒会長の命令で、そこの地下に「とある物」を持ち込んでいます」

 

 リンは手元に持つタブレットを更に操作して、目標となる地点までのルートを指し示す。

 ……遠いな。

 ACであれば30㎞は簡単だが、生身での移動だとするとかなりの距離だ。

 

「先生を、そこにお連れしなければなりません」

 

 そこで、再びタブレットを──今度は通信端末として幾度か操作し、此処には居ないであろう人間に、リンは声を掛けた。

 

「モモカ。シャーレの部室に直行するヘリが必要なんだけど……」

 

 流石にこの身一つでシャーレに向かう訳ではないらしく、リンがヘリを用意してくれるようだった。事実、この老体で30㎞はかなり厳しいものがある。

 彼女の手際に感心していると、驚くべきことにホログラムのような物が現れて『モモカ』と呼ばれた少女がその場に映し出された。

 ……技術力が高いのか低いのかよく分からん世界だ。

 

『シャーレの部室? ……ああ、外郭地区の? そこ、今大騒ぎだけど?』

「大騒ぎ……?」

『矯正局を脱出した生徒が騒ぎを起こしたの。そこは今戦場になってるよ』

「……うん?」

『連邦生徒会に恨みを抱いて、地域の不良たちを先頭に、周りを焼け野原にしてるみたいなの。巡航戦車までどっかから手に入れてきたみたいだよ?』

 

 巡航、戦車。

 学生が?

 ……この世界の治安は、恐れていたことだが、というか薄々勘付いてはいたのだが、ルビコン以下なのではないだろうか。

 規模や技術力こそルビコンの方が上だが、いくらなんでも子供が戦車に乗ってただの不良が一面焼け野原にする世界など聞いたこともない──とも思ったが、しかしルビコンのあれを治安と呼んでいいのかも甚だ疑問である。

 

『それで、どうやら連邦生徒会所有のシャーレの建物を占拠しようとしてるらしいの。まるでそこに何か大事なものがあるみたいな動きだけど?』

「……」

『まあでも、とっくにめちゃくちゃな場所なんだから、別に大した事な……あっ、先輩、お昼ごはんのデリバリー来たから、また連絡するね!』

 

 ぶつり。

 と。

 無慈悲なまでの一方的な通信切断だった。

 ……緊張感の温度差が凄まじい会話だったな。

 

「…………っ」

 

 怒髪衝天、とでも言うべきか。青筋を浮かべながら震えるリンは、今にも爆発しそうな様相である。

 正直なところ、ここまで怒りを露わにした人間に関わりたくはないが、しかし、子供だ。

 これが俺の仕事になるのであれば、俺はそれを(まっと)うしなくてはならない。

 

「大丈夫か、リン。手伝えることはあるか」

「……だ、大丈夫です。……少々問題が発生しましたが、大したことではありません」

 

 そうして、何かに気付いたように。

 何か──妙案を思いついたかのように。

 非常にあくどい顔をしたリンは、先ほどまでの面々、つまりは早瀬ユウカたちをじっとりと見つめた。

 

「……?」

「な、何? どうして私たちを見つめてるの?」

「ちょうどここに各学園を代表する、立派で暇そうな方々がいるので、私は心強いです」

「……えっ?」

「キヴォトスの正常化のために、暇を持て余した皆さんの力が今、切実に必要です。行きましょう」

「ちょ、ちょっと待って!? どこに行くのよ!?」

 

 言い切るやいなや、素早く歩き出すリンと、それを追いかけるユウカたち。

 この流れから察するに、特に何も言われていない俺もシャーレに所属する以上、ついていかなくてはならないのだろうが……しかし。

 あの悪どい表情には見覚えがある。

 カーラがよくやるし、ミシガンもたまにする表情だ。

 

 003

 

 そうして──なんだかんだと30㎞、残念ながらヘリは危険とのことで陸路での移動だったが、シャーレの部室付近に到着していた。

 

「な、なにこれ!?」

 

 ユウカの悲鳴が、戦場の音に掻き消される。

 爆音。

 銃声。

 破裂音に破壊音。

 それに伴い巻き上がった硝煙が、俺たちの側をすり抜けていった。

 戦場の空気である。

 

「どうして私たちが不良たちと戦わなきゃいけないの!」

「サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すためには、あの部室の奪還が必要ですから……」

「それは聞いたけど……! 私これでも、うちの学校では生徒会に所属してて、それなりの扱いなんだけど! なんで私が……!」

 

 溢した愚痴を生真面目に返されたユウカは不平不満を露わにしている。

 ……文句を言いはするが、安全を確保する動きに迷いはないし、作戦行動に対する真摯さが欠けることはない。

 どうやら随分とお人好しのようだ。この倫理観でよくそこまで善性を保っているなと感心する程には。

 しかし──そんな不満をあざ笑うかのように、少女に数多の弾丸が降り注ぐ。命中すれば、まず間違いなく即死する銃弾の雨だった。

 

「いっ、痛っ! 痛いってば! あいつら違法JHP弾を使ってるじゃない!」

「伏せてください、ユウカ。それに、ホローポイント弾は違法指定されてはいません」

「うちの学校ではこれから違法になるの! 傷跡が残るでしょ!」

 

 ……あらかじめ移動中に情報を聞いてこそいたが、なんだこの会話は。

 普通の人間であれば、いや、仮に強化人間であったとしても、弾丸の雨を直接食らえば即死である。

 そこは戦場において絶対の真理であり、だからこそ戦場では兵器が──MTやACが闊歩するのだ。

 だが、この光景はその真理を軽々しくひっくり返していた。

 目の前の少女たちは、生身で弾丸を受けて、「痛い」「傷跡が残る」などとのたまっている。

 なんだ。

 なんだ、この世界は。

 

「今は先生が一緒なので、その点に気を付けましょう。先生を守ることが最優先。あの建物の奪還はその次です」

「ハスミさんの言う通りです。先生はキヴォトスではないところから来た方ですので……、私たちとは違って、弾丸一つでも生命の危機にさらされる可能性があります。その点ご注意を!」

「分かってるわ。先生、先生は戦場に出ないでください! 私たちが戦っている間は、この安全な場所にいてくださいね!」

 

 安全な──場所。

 安全圏。

 

「…………」

 

 いや、確かに正しい。彼女たちの頭上に宿る『ヘイロー』のような、銃弾から身を守る術を俺は持っていない。彼女たちからすれば、守る対象が増えれば却って面倒になる。

 だが──それでも。

 俺はこうして死に損なって尚、祈るだけの存在なのか。

 617たちを死なせたように、俺は彼女たちが戦場に出ていくのを黙って見送ることしかできないのか?

 否。

 否──やらなければならない。

 これは、俺に与えられた唯一の贖罪だ。

 未来ある若者を『友人たちの遺志』のためと使い潰し、数多の戦場で殺してきた俺の最後の機会である。

 夢でも構わない。

 これが死の間際に見せた走馬灯の一部であったとしても、俺は動かなくてはならない。

 

「……俺が指揮をしよう。支援する。無線を合わせてくれ」

「え、ええっ!? 戦術指揮をされるんですか? まあ……先生ですし……」

「そんな立派なものではない。俺が得意とするのは情報操作と妨害だ。……指揮はおまけと思え。自分自身の感覚を優先しろ」

「いえ、それでも十分なんですが……」

 

 間違いなく無理を言っているはずだ。

 俺にはその自覚があるし、この行為は俺が罪を禊ぐためだけの、自己中心的な自分勝手な行いに過ぎない──にも、関わらず。

 

「分かりました。これより先生の指揮に従います」

「生徒が先生の言葉に従うのは自然なこと、ですね。よろしくお願いします」

 

 返ってきたのは、無条件の信頼だった。

 あまりにも無垢で、純粋な信用を俺に預けている。

 かつての猟犬たちのように。

 その信頼(手綱)は、俺を拘束する呪いにも等しいというのに。

 

「よし、じゃあ行ってみましょうか!」

「──……ああ。仕事の時間だ」











 妄想の産物でしたが、いかがだったでしょうか。
 皆様のコーラルキメ幻覚の一助になれれば嬉しいです。
 個人解釈ですが、ウォルターは生徒を名前で呼ぶと思うんですよね。名前のない、識別番号しかない621たちですが、新しい名前が増えるとウォルターは喜んでいたし、きっとウォルターは最初期は強化人間に名前を付けてたんじゃないでしょうか。でも、どんどん死んじゃって辛くなるだけだから、名前をつけるのをやめた、みたいな。
 妄想です。

 ところでなんですけど、ウォルターの圧倒的父性と包容力と、不器用だけど深い善性に触れて性癖がメコメコになっている生徒が見たいので誰か書いてください。

 追記:思いの外好評で驚いています。ちゃんと続きを書くならブルアカメインストーリーを読み直してから考えてみます。まあ書くならキャラエピソードをお試しでまずは出すかも。
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