ハンドラー・ウォルター先生概念。 作:ヤマ
012
対策委員会と俺を乗せた車が、砂漠と化したアビドス郊外を進む。張り詰めた空気が俺たち四人を包んでおり、誰も何も喋ろうとしない。学校でオペレートをしているアヤネですら、一言も発さなかった。
俺たちが目指す場所はただ一点。ロイの端末が示す場所のみだ。その瞬間を見逃すまいと、誰もが砂塵の先を見つめていた。
そして。
「見えた! ヘルメット団!」
「いました、セリカちゃんです! それと倒れてるのは──」
シロコとノノミが叫んだ瞬間、その台詞が言い切られる前にホシノは助手席から跳躍した。
いや、跳躍と評したが──あれはほぼ飛翔だろう。
だん、と車体を大きく揺らしながら、およそ通常の身体能力では考えられない距離を跳び、砂に着地して、一歩、二歩、三歩でヘルメット団の中央へと飛び込んでいく。
「さすがホシノ先輩、一番乗りだね」
「シロコちゃん、置いてかれないようにスピード上げてください! セリカちゃんも危ないですが、倒れてるのはロイちゃんです!」
「でも先生が──」
「気にするなシロコ。止まりさえすれば後は自分で何とかする」
「……信じるからね、先生!」
俺の言葉を聞き取った瞬間、シロコは思い切りアクセルを踏み込んで加速した。
……やはりな。この程度の加速なら、ACに乗っていた経験さえあれば仮に事故が起きたとしてもなんとかできる。
何が人生で役に立つか、本当に分からないものだ。
『セリカちゃん、大丈夫ー? 遅くなってごめんね』
無線からの声……ホシノのものだろう。どうやら先んじて到着できたようだ。
普段の声より更に優しく、柔らかい声だった。人を癒す声とはああいうものを言うのだろうな、と己と比較してそんなことを思う。
『ホシノ先輩……! 良かった……間に合ったよ、ロイ!』
『……はは。こんな上手くいっていいのかよ』
二人も無線圏内に入ったらしい。あるいは、アロナが無理矢理に繋げたのかもしれないが……とにかく、両名の声が俺の耳に届く。
『……ロイちゃん。ごめんね、遅くなって。……おじさんが信じてあげられてたら、本当はもっと早く来れたんだ。ウォルター先生は、ロイちゃんのこと信じてたから』
『……いいよ。ウォルターの話を信じたなら──ここに来てくれたなら、それで』
ロイは、安心したように息を吐いて。
それでいて不安げな声で、ホシノに問う。
『ホシノ……先輩?』
『いいよ、好きに呼んで。どうしたの?』
『これ、実績になる、かな?』
──信用とは実績だ。
ああ。
ロイ、お前は本当に、そのために命を賭けたのか。
俺の言葉を原動力に、お前はここまでしたと言うのか。
「…………」
予想はしていたが……そうであってほしくはなかった。
猟犬の──片鱗。
『……うん、もちろん。だから──』
ホシノも一瞬だけ言葉に詰まったものの、それでも答える。
今はセリカとロイを安心させるために行動するべきだと、盾を再び大きく構える。
身の丈程に大きいそれは、誰かを守るためのもの。
誰よりも前で、誰も傷つけさせない覚悟の証。
「──後は任せて」
これより先、俺が語ることはもはやない。
強いてここに何かを書き残すならば、ホシノはヘルメット団を単騎で壊滅させかねない実力者だったということくらいだろう。
013
「ヘルメット団の退却を確認。
結果から言えば、ロイとセリカは無事だった。いや、無事と言うには些かロイの怪我は重い。ひとまず止血はしたが……しっかりとした病院で診てもらう必要があるだろう。
「ロイ! ロイ! まだ眠らないでよ! 少なくとも治療が全部済むまでは寝ちゃダメだから!」
「勝手に殺すな……もう大丈夫だろ……」
「ラーメン今度奢るから!」
「みんながいる前で言うのやめて……」
ロイは息も絶え絶えと言った様子だが、冗談じみた返答をしているあたりまだ余裕はあるのだろう。
セリカと気兼ねないやりとりをしているのを見るに、どうやら二人の間で何かあったようだ──それも、悪くない何かが。
「……ウォルター」
「なんだ」
頭部と脇腹の止血、右脚の添え木……今できる応急処置をやり終わったところで、セリカから俺へと視線を移してロイは言う。
俺に言うべきではない言葉を、言う。
「……ありがとう、助けてくれて。それと、三人も」
「……ロイ、お前は」
どうして
あの三人とセリカのどちらも見捨てられなかったことは理解できる。だからこそ、両方を選んだことも、まあ分かる。
だが、何故それを命を賭してまで実行した。
何故ロイは──かつての617たちのような行動をした?
家族のためか。
セリカのためか。
……違うな。
俺が──意味を与えたせいだろう。
「……?」
「いや……気にするな。俺の行いに感謝をする必要はない。……だが、よくやった。今は休め」
頭部の包帯を確認するように撫でる。
……この怪我は、本来ロイが負うべきではなかった傷だ。俺が彼女に意味を持たせ、信用を得させようとしたが故に負った傷。
今回は怪我で済んだ。ロイがいち早くセリカの救出へと向かったことで、そして俺たちが間に合ったことで、二人は無事に戻って来れた。
だが、次は?
既に彼女には、猟犬の片鱗がある。
命を賭して何かを成そうとする危うさがある。
これは果たして、彼女にとって救いなのか?
そもそも俺が『先生』などという身に余る地位にいるのは贖罪のためだ。生徒を救うというのも、『先生』であるのも、結局は自己満足の延長線上でしかない。
そうしなければ俺が死ねないから、そうしているに過ぎない。
ルビコンで死に損なった俺が死に場所を探して彷徨っているだけだ。
その過程で。
俺が死ぬ過程で、もしもかつての猟犬のように、俺の目的の為に命を捨てて作戦を遂行するようなことになれば……それは決して救いとは言えないだろう。
──また犬を飼ったようだな、
スッラ、貴様はどこまで知っていた。
これが俺の本質だとでも言うのか?
「ウォルター?」
「……すまない、撫で過ぎたな。……しっかり休め」
「あ……うん」
包帯から手を離し、俺は立ち上がる。
まだやるべきことが残っている以上、思考に沈む余裕はない──反省は後回しだ。
戦闘の後処理をしなくてはならない。
セリカを攫ったヘルメット団は、セリカ本人によって一割、車から跳躍して先行したホシノによって五割、少し遅れた二人を合わせて二割程度それぞれ殲滅したことにより、残り二割は撤退している。
そして──その中には投降したものがいた。
三人。
ほとんど攻撃の意思がなかった、彼女たち。
ロイから聞いていた、家族のような腐れ縁の者たち……だったか。
ひとまず話をするために近付いていくと、投げやりな声で、そのうち一人の少女が声を上げた。
「──なあ、あんた。ロイのなんなんだ?」
「…………保護者だ」
抽象的で困る質問だったが、ひとまずこう答えるしかなかったとも言える。
現状、先生と言えるほど立派なこともしていないしな。
「へえ。じゃあ、私らのことも保護すんのか?」
「……お前たちが望むのならな。俺の手を取るかどうかはお前たちが決めろ」
「飯は」
「衣食住は保障しよう。その代わり、シャーレの仕事をこなしてもらう必要がある」
「決まりだ」
にっ、と歯を見せるように不敵に笑う少女だった。
あまりにもあっけなく、一切の抵抗も逡巡も感じさせない返答に俺が動揺するほどである。
ロイとは違う思い切りの良さを感じた。
「……随分と割り切りがいいな」
「いやあ、なんだろうなあ。ロイが思ったよりしおらしくなってっから、面白そうだし」
「…………」
からからと笑う少女は、ロイがいる方向──ロイは既に眠っているようだ──安心し切った顔で寝ている姿を見ながら、言う。
「どの道行く場所なんてないからな。また四人で過ごせるならどこでもいい」
「……そうか」
一通り他の二人……目の前で交渉をした少女以外の表情も見てみるが、表だった反論はないようだった。
……まあ、一人も四人も変わらない。
どの道シャーレは人手が足りていないのだ、これで当番を廃止できると考えれば御の字だろう。シャーレはシャーレで規則や規約が面倒で、雇うことが存外難しい。どうしても必要な際はシャーレ奪還時に知り合った人間に協力を要請していたが……目の前の少女たちが正式に部員となれば、その悩みは解消される。
まあ、そもそもユウカやハスミのような重役を、部員だからと言ってシャーレの手伝いをさせていた今までがおかしいと言うべきだが。
「ひとまずお前たちは、この後来る連邦生徒会が操縦するヘリに乗って、病院に行きロイと一緒に入院してもらう。費用はシャーレが持つから心配はしなくていい」
「へえ、さっすが。その後は?」
「……俺がアビドスから戻るまではシャーレで待機しろ。大まかな指示はメニに頼んでおく。掃除なら幾らでもやってくれて構わんがな。シャーレは稼働したばかりでまともに動いていない施設が多い」
「それで飯が食えるならありがたいもんだ」
けらけらとひとしきり笑って、ああそれと、と付け加えるように彼女は言葉を続ける。
俺を見据えて、真面目な顔で、少女は問う。
「──あんたは
突発的で無関係で──真意を探るような問いだった。
どういった意図でその質問をしたのか俺には分からない。だから俺は、努めて素直に答えた。
「……助けないだろうな。そもそも俺に拾われることが助けになるとも限らん」
限りなく正直な思いである。
今回保護すると言った三人でさえ、俺はロイから聞いていたから助けただけに過ぎないし、戦闘で拘束した他のヘルメット団は矯正局に送る予定だ。
俺は聖人でも善人でもない。
結局これは、俺の自己満足の行為でしかないのだから。
「俺は、救える人間しか救わない」
その救える人間の下限がどこかは、俺にも分からないが。
014
「聖テレサ総合病院に搬送します。色々とわかりやすいでしょうし」
しばらくして。
深夜の戦闘が終わり、そして日が昇ってから、連邦生徒会所属のパイロット──メニがヘリで救護騎士団を連れて来た。
「メニ。別件で呼び出して悪かった」
「いいですよ、先生の仕事は割が良いので。今後ともご贔屓に」
挨拶もそこそこに、担架に乗せられたロイと、検査入院が必要な三人が乗せられていく。
その最中、通りすがった救護団員がセリカを見て近付いてきた。
怪我人だと思われたらしい──いや、事実ではあるのだが。
「そちらの方は大丈夫ですか?」
「……まあ、一応。多少眠ったし」
「その割には足元がおぼつかない様子ですが」
「いやあ、Flak41の対空砲を食らったんだもん、歩けるほうがおかしいって。……本当に大丈夫ー?」
ホシノがのほほんとした声で言うが、俺からしたら生きている方がおかしい……と言うのは、もはや野暮なのだろう。
慣れるしかないが、慣れていいのかも未だ疑問である。
「うん。私は大丈夫。ロイのこと、お願いします」
「分かりました。それでは私達はこれで」
それからいくつかメニと今後の予定を確認した後、メニと救護騎士団は特に留まることなくアビドスから去っていく。
しばらく三人でロイを乗せたヘリが空の彼方へ飛んで行くのを見つめていたが、それが見えなくなったとき、セリカが口を開いた。
「……あ、あの。ええとね……」
と、気まずそうに頬を掻きながら。
「そう言えば、先生にちゃんとお礼を言ってなかったなあって、思って……」
「ロイには言ったのだろう。ならば気にするな。お前を助けたのはロイだ、俺ではない」
「──ううん、違う。お礼もそうだけど、その、謝りたくて……ごめん、色々と…………あと、ありがとう」
しみじみと、セリカは言った。
刺々しかった頃とは違う、本当に心の底からの微笑みだった。
それにより心臓を締め付ける鎖が、一つ増えたような錯覚を覚える。
軋み、歪み──何かが、悲鳴を上げそうだった。
「……受け取っておこう、セリカ」
「うへ、セリカちゃんがそんな顔見せるなんて。おじさん妬いちゃうなー」
「って、しまっ……! そうだった、ホシノ先輩がいるんだった……! やっぱ今のなし! この程度でアビドスの役に立てたなんて思わないでよね! この借りはいつか必ず返すんだから!」
「もう遅いと思うけどなー」
「うるさい先輩!」
ホシノの揶揄いでセリカは態度を一転させ、俺に再び噛み付いてきたが、その顔は当初に比べてかなり柔らかいものだった。
……少しは、信用が築けたと思っていいのだろう。
これは喜ぶべきことだ──俺の精神など、瑣末な問題である。
「……セリカ」
「なっ、何!? 言っとくけど、本当に──」
「ロイを救ってくれたこと、感謝する」
だからこそ、俺は言わねばならない。
責任だなんだと言っておきながら、結局俺は人が築いた結果に救われている。
実のところ、俺は未だに、誰も何も──救えたことなどありはしないのだろう。
「……別に、それこそお礼を言われることじゃないから。友達を、助けただけだし」
「……そうか。ならば、もう一つ頼みたいことがある」
「? 何、先生」
「ロイの友人で在り続けて欲しい。可能な限りで構わん。……繋ぎ止めておいてくれ」
敢えて深くは言わなかった。
ただ仲良くしてくれればそれでいいと、そう伝われば良かったからだ。
「……よく分かんないけど、友達でいればいいんでしょ? 頼まれなくたってそうする。ラーメンだって沢山食べさせてやるんだから!」
俺の言葉を聞いても、なんてことないかのように。
それがまるで何一つ難しくない事であると豪語するセリカは、あまりにも眩しくて──目を、瞑りそうだ。
「……感謝しよう」
「……じ、じゃあ私はもう先輩たちのとこに行くから! 先生たちも早く来てよね!」
今までの言動と、真正面からの物言いに恥ずかしくなったのだろうか、少し顔を赤らめながら、セリカはノノミとシロコの元へ走っていった。
「……先生。ちょっと過保護なんじゃない?」
そうして。
セリカが走って行く姿を確認してから真横に並んだホシノが、見上げるようにして俺に言う。
内容は……言うまでもなく、先程セリカに頼んだことだろうな。
「……ロイは、現状だと身軽過ぎる。繋がりがなければまた繰り返すだろう」
「それは先生もでしょ?」
「…………」
俺は無言を貫いた。
これほど年下の──孫とすら言えそうな子供にすら察せられているという現状は、大人として不甲斐なさを通り越して情けなさすら覚える。
「先生。ウォルター先生は、『先生』って呼ばれるの、嫌?」
「……何故、そんなことを訊く」
「ロイちゃんは先生のこと呼び捨てだったじゃん? ロイちゃんが気を遣ったのかなって。あの子、最初っから優しかったからさー。空気が良くなかったら自分から引いたり、必要なら動いたり。ずっと、周りのこと見てるよ」
ボロボロでも、実績のこと気にしたりね。
呟くような言葉に、俺は閉口する。
本当に──己に嫌気が差しそうだった。もう少し俺は、俺のことを生徒に悟られないよう動くべきだと心底思う。
そんな俺の心境をよそに……あるいは敢えて無視した上で、ホシノは続ける。
「……ごめんね、先生。ロイちゃんのこと疑ったりして。先生のことも」
「謝る必要はない。お前はこの学校の長としてやるべきことをやっている。むしろ今回の件で謝らなければならないのは俺の方だ」
「うへ、あれを受け取らなかったこと、気にしてる?」
「……そうかもな」
「そっか」
俺の返答を聞いたホシノは、少しだけ考えるように俯いた後、再び顔を上げる。
珍しくそれは、悪戯っぽい顔だった。
「おじさんはさ、ロイちゃんほど優しくないんだよね」
「……? そんなことはないだろう」
「いやいや、こんなことを思いついちゃうくらいだしなー。まあこれも先生の責任? とか、罰ってことで」
そこで言葉を区切って、一拍置いてから、ホシノは言う。
俺に語りかけるホシノの表情は、今の俺には表現しがたいものだった。
「先生のこと、これからも『先生』って呼ぶからさ。先生も、繋がりを捨てないでね」