ハンドラー・ウォルター先生概念。 作:ヤマ
018
「それじゃあ、気を付けてね!」
「お仕事、上手くいきますように!」
「あははっ! 了解! あなたたちも学校の復興、頑張ってね! 私も応援してるから!」
俺の助言と評していいか分からない助言を、アルは深く深く刻み込むように聞き入り、そして彼女の「私、頑張るわ!」と一心発起するかのような宣言を聞き遂げた後の事である。
生徒同士、彼女たちは様々な談笑をして距離を縮めたようだ。
アルを含む四人はどうやら生徒の身でありながら仕事をしており、このアビドスには依頼を受けてやってきたらしい──とか、そんな事を。
そんなお互いの身の上話が、ある程度オブラートに包みながらではあったものの盛り上がったようで、そろそろ仕事の時間だと言う彼女たちの言葉で解散となった時には、生徒たちは十分に友人と言って良い間柄になっていた。
どうやら陸八魔アルという少女は、当人の願望とは裏腹に、元来の善性で人を惹きつけるタイプらしい。
「じゃあね!」
明るく、純粋で、天真爛漫な笑顔だった。
……彼女はこのままで良い、いや、むしろこのままが良いだろうと思うのは俺の押し付けでしかないが、しかし老婆心ながら言ってしまえば、やはり悪事など向いていないように思う。
それこそ、余計なお世話だろうが。
この後の事を考えると、少々心配せざるを得ない。
「……で、先生。どうする? 多分
仲良く手を振り返しているアビドスの面々からひっそりと抜け出したホシノが、俺の隣まで来て呟いた。
どうやらホシノも、アルたちの会話を聞いていたらしい──それも、彼女が行なっている仕事の内容を。
「……対応するしかないだろう。向こうも……アル以外は気付いていたようだ。実際に衝突したとき、リーダーであるアルがどう判断するか次第だが……」
──全財産をはたいて人を雇わなきゃいけないほど、アビドスは危険な連中なの?
白髪と黒髪の少女──カヨコと言ったか。アルが俺と接触する直前の発言を考慮するに、アルの語った仕事とはアビドスを襲撃することだろう。
それも、人を多く雇った上で。
「……先に敵の狙いが判明しているのなら手の打ちようはある。戻り次第算段を立てるぞ」
「うへ。それまでにご飯消化できたらいいなー」
んじゃ、帰ろっかー。
わざとらしく朗らかにそう言って、ホシノは四人の元へ歩いて行く。
……襲撃に次ぐ襲撃。
カヨコの発言からして、恐らくヘルメット団の残党は既に壊滅しているだろう。おおかた元の依頼主がヘルメット団を切り捨てて、あの四人に頼ったというところか。
仕事。
仕事か。
アルが率いる組織が果たしてどういうものなのか、俺は把握していないが──そしてどんな仕事をしているのか詳しくは知らないが、しかし想像はできる。
傭兵稼業。
あるいはそれを含むような職種。
子供のする仕事ではないと正直思うが、やはりそれは余計なお世話で、お節介なのだろう。今更このキヴォトスで常識を説くのは無意味であり、より言うならば
世界が違えば常識も違う。
そもそも、俺の持つ常識は『彼』のものだ。
俺にとっての常識は──大人とは『彼』のような人間を指す。
指標、である。
所詮俺はその人の真似事をしているに過ぎない。
受け売りで他人に常識を説くほど滑稽なこともないだろう。
……ああ、大人、と言えば。
「なあ、先生」
「……どうかしたか、大将」
そう、大人と言えば──俺は会計を済ませて店を出る間際、柴大将に声を掛けられた。
柴大将はキヴォトスにおいては珍しい(のもどうかと常々思うが)頼れる大人であり、立派な大人と評してもいいだろう。厳密に言えば『人』ではないが、成熟しているという意味ではやはり『大人』という表現が適切のように思う。
しかし、珍しいこともあるものだ。
普段はセリカを中心に生徒が柴大将へ話しかけることが多く、実のところ俺は柴大将と話したことがほとんど無い。
こんな風に話しかけられたのは、下手をすれば初めてかもしれないと言えるほどだった。
「ちょっと多過ぎないかい」
柴大将の問いかけに主語はなかったが、しかし言いたいことはお互いに理解していた。むしろ詳しく説明してしまうのはお互いに野暮だと分かっているからこそ、柴大将は主語を抜いて訊いているのだ。
要するに。
俺が今回の会計で、アルを含む四人の分も支払った理由を彼は問いかけている。
この支払いは、見方によってはアルたちにラーメンを奢った柴大将の心意気を無碍にするような行為と捉えられなくもないが……しかし、今回はその例には当たらないと俺は認識していた。
「構わん、
「……なるほどな。じゃ、有り難く頂いとくよ」
つまり俺は、大将が自腹を切った量(四人だけで十人前の量)ほどではないが、対策委員会とアルたちを含めたおおよそ九人分のラーメン代を支払ったのだ。
そのあたりが落とし所だと考えて。
俺は俺で、立派な大人である柴大将の支援をしておきたいという気持ちもあった──数少ない、子供の味方をする大人に。
「お互い大変みたいだが……あの子たちのこと頼んだぜ、先生」
そんな誠実で立派な彼は──キヴォトスにおいて数少ない尊敬できる大人の柴大将はあろうことか、アビドスの面々を頼む、と俺に言ってきた。
悪い大人の代表である、俺に。
何度も繰り返すようだが、当然俺はそんな頼まれごとをされていい人間ではないし、本来であればそもそも先生などやるべきではない人間だ。
何が、どうなろうとも。
「……俺にできる範囲のことはするが、俺は貴方に頼られるような立派な大人ではない」
「んなことはないさ、先生。むしろ俺の方こそ、あの子たちに飯を食わせるくらいしか能がない。俺じゃあ、あの子たちは救えない」
「…………」
柴大将が卑下をするようなことを言うが、しかし俺からすれば子供に食べ物を恵もうとするその心意気こそが美しく尊いものだと、素直に思う。
己の贖罪のために子供を助けようとしている俺とは比べ物にならないほどに。
「気付いてるか、先生。あの子たちは前に比べて笑顔が増えた。それはきっと、先生が来て事態が好転したからだ」
「……どうだろうな」
「勿論俺も、あの子たちを笑顔にできるようラーメンを作っちゃいるが、借金の問題はどうにもできない──できなかった。だから頼む、先生。あの子たちを導いてやってくれ」
柴大将は言う。
真っ直ぐに言う。
あまりにも真正面から堂々と言うものだから、俺はそれを受け止めることしかできなかった。
この人の思いを、無碍にはできなかった。
「……分かった、大将。…………俺も、子供が笑えるようにこの仕事をしているつもりだ。期待に添えるよう努力しよう」
言いながら、柴大将に比べ随分と薄っぺらい台詞だと俺は思った。
贖罪の意識に囚われ、成り行きの行き当たりばったりでシャーレの仕事をしている俺が、さも善人のように振る舞い、彼と約束を交わしているのはいっそ道化のようですらある。
笑わない道化。
笑えない道化。
滑稽を通り越して愚かである。
「……ではな、大将。また来る」
「なあ、先生」
切り上げるようにして俺が店を出ようとした時、柴大将は俺を再び引き止めた。
なあ、先生、と。
柴大将は最初と同じように言う。
声が届くように──願うかのような声で。
「若輩者の身で、先生に言えることなんて無いと思うが……失礼に当たるかもしれねえが。……あんたも、笑えるといいな」
──生きているなら笑え。
「……そうだな。気遣い、感謝する」
「いいってことよ。またいつでも来てくれ。一人でもな」
柴大将の声を聞き届け、俺は店を出て後ろ手に扉を閉めた。
俺は溜め息を吐く。
笑えるといいな、か。
……カーラのよく言っていた台詞だが──そして大将は俺が笑わないことを気遣ってくれたのだろうが、俺からすればそれは無理難題に思えた。
俺に笑う資格がないというのも勿論あるが、しかし、そういった自罰的な思考を除いたとしても無理難題だった。
俺は前提を疑う。
この世界を、常識を、現状を疑う。
果たして、俺は。
この身体は、今も本当に──生きているのだろうか、と。
そう、思わずにはいられない。
019
便利屋
どうやらアルが率いる四人組はそんな組織らしい。
ざっくりと調べたところ(アロナのハッキング含む)、ゲヘナでも風紀委員と対立するほど指折りの無法者かつ実力者集団らしい。なにかと大きな被害を何度も起こしているようだが……。
──ハードボイルドなアウトローってどうやったらなれると思う?
ただ、先ほどの会話を思い出してみても、あの善良そうな、人の良さそうな顔が脳裏から離れず、その情報との差異に違和感を覚える。
それとも、裏ではやることはやっているのだろうか。
正直なところ、とてもそうは見えなかったが……もしあれが演技であるならば相当狡猾な人間である。気を引き締める必要がありそうだった。
「校舎より南15km地点付近で大規模な兵力を確認!」
「……やはりな」
あれからアビドス高校に戻り、アルたち──つまり便利屋68がアビドスを狙っている新たな刺客である可能性を話した上で、アヤネとともにそれらしい集団を探すことしばらく、彼女が目標を捕捉した。
……かなりの数だな。正確には把握しきれていないが、今見えた情報だけでも相手取るのは苦労するのは容易に想像できる人数である。
「ヘルメット団……じゃないね」
「はい、傭兵みたいですね。多分、日雇いの傭兵かと」
「へえー、傭兵かあ。結構高いはずだけど」
幸い、早期に発見できたことでまだ状況には余裕がある。無難に考えるならば奇襲が最も損耗率が低く済みそうだが……。
「まだ動き出す様子はありませんが……これ以上接近されるのは危険です。先生、出動命令を」
「……いや、少し待て」
アヤネの急かすような声を制止しながら、俺は考える。
これだけの兵力……仮に奇襲したとして、それ以降ずっと戦闘を優位に進め続けられるようにも思えない。
アビドスの面々の実力を考慮すれば、そして支援をすれば勝てないわけではないだろうが、しかし便利屋の実力も高いらしいことを踏まえると苦しい戦いにはなるはずだ。
できれば消耗を限りなく抑えたい、あるいは戦いそのものを──。
「…………」
「何か思いついたの、先生?」
俺の様子が少し変わったことを、目敏いホシノはいち早く気付いたようだった。
……いや、少し、とは言ったが、普通の人間から見れば、元々感情が表に出にくいことも相まって、俺の表情や態度はほとんど変わっていないように見えているはずである。
どこまで観察眼があるのだろう、この少女は。
のほほんとした雰囲気の裏で、唐突に剣呑な──二面性すら感じてしまうかのような鋭さを発揮されると、ぞくり、とする。
……末恐ろしいと思うが、勿論その感情も俺は極力表には出さないよう努めた。今は便利屋の対処を優先しなくてはならない。
「……一つ、作戦がある。上手くいけばアビドスとしての損耗を減らせる方法だ」
と。
ホシノの目に晒されながらそんな事を言ったのが、そして
俺たちは既に、傭兵集団が通るであろう襲撃ルートに待ち構えていた。
奇襲でもなく、待ち伏せでもなく。
真正面で、道を塞ぐように、堂々と俺たちは彼女たち……便利屋68が来るのを待っていた。
迎撃態勢である。
『前方に傭兵を率いる集団を確認!』
「先生の言う通り、やっぱりラーメン屋で会った人ですね……」
「ぐぐぐっ……」
そうして便利屋の姿を確認したノノミが溢すように呟くと、苦虫を噛み潰したような顔でアルが唸った。
……どうやら彼女にとっても、アビドスの襲撃とは心苦しいものらしい。そしてそんな思いを持つほどに、アルという少女は根本的にやはり善良なようだ。
こうして見るとゲヘナでの便利屋の情報は些か過剰というか、極端に露悪的な気もするが……とにかく、ここに来た以上彼女は戦うことを選んだことだけは間違いないだろう。
その辺りの事情は次の機会に聞くことにする。
「信じらんない、本当にあんたたちだったのね!! ラーメンも無料で特盛にしてあげたのに、この恩知らず!!」
「あははは、その件はありがと。それはそれ、これはこれ。こっちも仕事でさ」
「残念だけど、公私はハッキリ区別しないと。受けた仕事はきっちりこなす」
セリカの激昂を飄々と躱す便利屋の面々は、学生らしからぬプロ意識だった。
なんなら感心したとすら言っても良い──学生の仕事とは言え、彼女たちはそれなりにプライドを持ってこの仕事をしているようだった。
なるほど、便利屋か。
「……そうだな。その信条には同意できる」
故に俺は、ルビコンでの仕事を思い出しながら同意した。
仕事は仕事。
俺にとっては馴染み深い言葉であり、そして都合の良い言葉だった。
「え、先生!? どっちの味方なの!?」
「あ、お爺ちゃんじゃん! 思わぬ援護だねー。もしかして降参してくれるとか?」
俺の擁護に思わずと言った様子でセリカが叫び、ムツキという少女はにこやかに、そして悪戯っぽく笑いながら、俺に言う。
もっとも、彼女からすればそれは冗談の類いで、俺がそれを否定することは彼女も予想していただろう。
ただ──俺の次の言葉に、彼女は首を傾げた。
「……いや。謝罪しようかと思ったが、その信条であれば必要なさそうだ」
「……んー?」
ムツキは不思議そうに唸る。
その違和感に、その言葉の意味に時間さえあれば彼女は気付くことができたかもしれないが、しかし何かに気付く前にシロコとアルが今にも衝突しようとしていた。
シロコは既にアサルトライフルの銃口を向け、今にも発砲できる構えである。
「誰の差し金?」
「ふふふ、それはもちろん企業秘密よ?」
「……答えるわけないか。力づくで口を割らせる」
シロコがセーフティを外す。
それを合図にするかのように、アルは俺たちに向けて──そして傭兵集団に向けて号令を発した。
戦闘開始の合図。
「総員──攻撃!」
アルの響き渡る攻撃命令と共に、彼女たちの前にいた傭兵が
一切の躊躇なく。
統率された、予定調和と言わんばかりの動きだった。
そうなれば当然、攻撃対象は便利屋となる。
「痛だだだだ!? えっ!? 何!? どういうこと!?」
「裏切り……!」
「なんで!? アルちゃんお金払ったよね!?」
「ラーメン一杯の残金になるまで払ったわよ!」
予想だにしていない裏切りによって四方八方から銃弾を叩き込まれ、便利屋の面々は堪らずといった様子で叫びながら包囲網から抜け出そうとしていた。
これでは襲撃、そして攻撃どころではないだろう。
……思いつきではあったが、どうやら上手くいったようだな。
俺の作戦とはつまり、見ての通りアルたちが雇った傭兵を雇い直すことだった。
そのためには便利屋に気付かれないよう秘密裏に傭兵と連絡を取る必要があったが、そこはアロナの無法ハッキングで解決させた。
本当に無法である。
もっとも些かシャーレ……というか、俺の懐が寂しくはなったが問題はない。どの道使うことのない金だ。それで戦闘の負荷がなくなるのであれば十分に元は取れるだろう。
「……アル。一つ覚えておけ。傭兵を雇うとはこういうことだ」
「雇い直したのか……!」
「傭兵は名が売れれば実績となる。そこに多少の裏切りがあったとしても、評判が上がるならば収支はプラスだ。廃校寸前の学校と、悪名高い便利屋の撃退。どちらが箔がつき、どちらの報酬が上か。考慮した上で傭兵を雇うといい」
もっとも、裏切ってばかりでは信用が失墜し仕事がなくなるためバランスが必要だが。
しかし名が売れる前であれば、そして実力を広める機会であれば、裏切ったところで大した問題にはならないことは既に621が証明している。
「おらおらおら! 安っすい時給で雇いやがって! 値切り過ぎだお前ら!」
「仕事に困ってるからって足元見やがって!」
「痛たたたた! いや、あなた達はそれでも受けた──痛ったあ!?」
「……ヤッバイよこれ、どーする?」
……想像以上に便利屋の面々が恨みを買っているようだが、どれだけ値切ったのだろうか。
随分とリスクの高いことをするものだ。もっとも今回はそれにつけ込んだ形にはなるのだが、そうだとしても傭兵集団の怒り方を見るにかなり無理な契約をしたらしい。
「うへ、ヒヤッとしたけど、形勢逆転かな? 先生は敵に回したくないねえ」
「同感」
そんな状況を見ながらホシノが溢した言葉に対し、シロコが端的に同意する。
彼女たちには作戦を予め言っておいたが、それでも校舎に迫ってくる傭兵たちの人数には肝を冷やしていたらしい。作戦が成功したことに胸を撫で下ろしている様子だった。
作戦の成功により、今回の戦闘に彼女たちが出ることはほとんどないだろう。
故に俺は、雇い直した傭兵集団に対して再び無線を繋ぐ。
ここからは、俺の仕事だ。
「傭兵各位。始めるぞ──仕事の時間だ」
※AC6側の補足ですが、私の二次創作ではウォルターは第一助手の息子であり、ナガイ教授から教えを受けている、という解釈で進めます。
公式設定集とかが出て明確に否定されない限りは、この設定で進めていきますのでご了承ください。