ハンドラー・ウォルター先生概念。 作:ヤマ
しかしそれは普通という意味でもない。
020
「あ……うう……。先生にそんな指示をされるなんて羨ま、じゃなくて、ズル……でもなくて、えっと……う、裏切ったこと覚えておきなさい! あ、あとこれで終わったと思わないことね! アビドス!!」
「あはは、アルちゃん、完全に三流悪役のセリフだし、メインが逆だよ」
「うるさい! 逃げ……退却するわよ!」
そんな捨て台詞を吐いたあと、アル率いる便利屋68は撤退していった。
結果だけ見ればこちらの損害は軽微、対策委員会においては無傷の勝利である。
……まあそれも当然と言えよう。本来、彼女たちは傭兵の援護を受けた上でアビドスを襲撃する計画を立てていたところを、根底からひっくり返されたようなものなのだから。
俺はアルに対して偉そうに『不測の予測』などと嘯いたが、流石に廃校寸前の学校が傭兵を丸め込むことまで想像しろと言うのは酷であろう。
むしろこの危機的状況から即座に撤退を選んだ判断力を見るに、彼女たちの実力は噂に違わず高いことが推測できた。まともに戦っていたら苦戦は避けられなかったに違いない。
「……敵兵力の退却を確認。
ともあれ、戦闘は無事に終了した。
戦闘終了を告げる俺の声が無線によって各傭兵に伝わると、それぞれが武器を下ろして俺の元へ歩いてくる。
どうやら報酬の話がしたいらしい──と思ったのだが。
「……本当にこれで終わりでいいの? なんか拍子抜けというか……もしかしてまだなんかあったりする?」
傭兵である少女たちは酷く不安そうな様子で、俺が提示した報酬額に対して仕事量が見合っていないのではないかと打診してきた。
まだ何か仕事があるのではないか、頼まれるのではないのかと。
……その様子だけで、普段から彼女たちがいかに安く使われているか察してしまう。
察せてしまう。
破綻した世界だとつくづく感じるが、しかしだからと言って俺がどうにかできるわけでもない──俺は政治家ではないし、仮に何か政策を行ったところで他の大人に潰されるのがオチだろう。
そう思えば、キヴォトスはルビコンと大差ない気がした。
破綻した世界の末路がどうなるかなど、俺には分からないが……敢えてルビコンと違う点を挙げるとするならば、キヴォトスにはコーラルのような明確な破滅要素が見受けられないところか。
破綻しているが、破滅はしない。
希望的観測だが。
「……心配するな、仕事は終わりだ。報酬は振り込んでおく」
「う、ううん……」
ともあれ、俺は彼女たちの不安を取り除こうと改めて報酬を支払う旨を伝えたものの、説得するには材料が足りなかったらしい。敵対勢力である便利屋68が撤退した今、これ以上何を証拠とするのだという気もするが、しかし、納得していないのであれば、彼女が腹に落とし込めるだけの何かを提供する必要はあるだろう。
さて、何を言うべきか。
「……ならば、前金として受け取っておけ」
「前金……って、何かやっぱり頼むの?」
「いや、今すぐというわけではない。次の前金だ」
「……ええっと?」
「つまり、お前たちが今後、俺と俺に敵対する誰かに『同時』に依頼されたとき、俺の依頼を優先してくれるよう取り計らってほしい、ということだ」
難しいことを言っているが、要は先延ばしである。
これはユウカを説得する時にも使った方法で、今後の関係をより良くするためのお金という体で相手に渡しているのだ。考え方によっては賄賂そのものだが、過剰な金額ではなく適正価格を受け取ろうとしない向こうを説得するための方便なので、その例には当たらないだろう。
これで相手が満足すれば万々歳であり、そして更に向こうが今後取り計らってくれたのなら、費用対効果としては十分と言える。
「…………分かった」
俺の方便に納得した──のかは分からないが、傭兵の少女は少し考えるように黙った後、そう答えた。
完全に納得したわけではなさそうだが、ひとまず飲み込めたらしい。
「……じゃ、次も頼むね、ウォルターさん……いや、先生なんだっけ?」
「好きに呼べ。俺に敬意を払う必要はない」
しかし、続けた傭兵の言葉に、俺は思いの外──それこそ俺自身が想像していない以上の語気で、拒絶するように言ってしまう。
いや、言わざるを得なかったのかもしれない。
恐らく俺は、
それだけは──絶対に避けなくてはならなかった。
「……そっか。ウォルターさん、またね」
「……ああ。ゆっくり休め」
俺の苦し紛れの言葉に特別何かを言うことなく、傭兵はそれだけ言って去っていった。
……失敗した。明確に恥ずべき失態と言ってもいい。
どうも先日から俺は、常に子供に気を遣わせてしまっている。いい加減誰かと会話している時くらいは過去を切り離して考えなくてはならない。
忘れられなくとも、痛みを感じようとも、俺は平然としなくてはならない。
大人として。
先生と──して。
「…………」
とにかく、だ。
今回の防衛は成功したと言っていいだろう。
あくまで、今回は。
便利屋の襲撃は、盤外戦術により傭兵を丸め込むことで被害を抑えることに成功したが、しかし便利屋がこれで諦めるとは思えない。
依頼人がいる以上、間違いなく次がある。
もっとも、今回の作戦でラーメン一杯分まで懐をすり減らした彼女たちが今すぐ行動することはないだろうが、しかし何が起きてもいいように策を練っておかなくては──と考えた翌日である。
早朝。
「あっ、お爺ちゃんじゃん! おっはよー!」
灰色の髪をサイドに束ねた少女、ムツキが平然とそこにいた。
次に会うときはやはり戦場だろう──と漠然と思っていた俺の前に、つまりはアビドスの通学路に、何の気負いも感じさせず、当然のように。
「こんなところで会うなんて偶然だね!」
「……そうだな」
俺は取り敢えず頷く。
偶然と言うには些か無理がある気がするが、彼女が偶然と言うのならそうなのだろう。
早朝に、二人きりで、アビドス自治区内で出会うことを偶然と呼ぶのなら。
ムツキは楽しそうに俺の周りをくるくると回りながら、そして俺の背中に飛びかかり、おぶってもらおうとして──俺が右手に杖を持っているのを見て、やめたようだった。
代わりと言わんばかりに、彼女は俺の左腕に引っ付くように抱え込む。
「あはは! 暑い? それとも重い? ちょっとだけガマンしてねー、お爺ちゃん?」
にこにこと。
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、それでいて俺に負荷を掛けないように注意を払いながら、彼女は言う。
甘え上手で、悪戯好き。
なんとなく、そんな印象を持った。
どうやら彼女──ムツキは、人のラインを見極めるのが得意なようである。
もしかしたら俺のことを『お爺ちゃん』と呼ぶことも、彼女にとっての線引きなのかもしれない。
線引きを、人の定めた境界線を、理解している。
「……アルたちはどうした。この辺りにいるのか?」
ムツキの人となりを見て、まあ今すぐに俺がどうこうされる様子はなさそうだと判断してから俺は訊いた。
左腕にしがみつかれているので歩きにくいことこの上ないが、しかし歩けないというわけではない──というか、歩ける程度に調整されているので、俺は左腕に引っ付いている彼女を引っ張りつつ歩く。
「んーん。アルちゃんたちは仕事の準備かな。なんかモチベ高いんだよね」
俺の質問に、あっけらかんとムツキは答えた。
仕事の準備。
それは言わずもがな、アビドス襲撃の準備ということなのだろうが、それを隠そうともしないのは果たして自信の表れなのか、あるいは今更バレても問題ないということか。
まあ事実、俺たちはそれを想定しているので隠す意味は無いに等しいが。
「……向こうの依頼を続行するのか」
「まあこれはアルちゃんの意地なのかもしれないけどね。雇い直すのは難しいんじゃない?」
「…………」
俺の質問の意図を理解しているのか、彼女はそんな風に言った。
あわよくばと思ってはいたが、そうそう簡単に事は運ばないか。
便利屋が雇った無名の傭兵とは違い、『便利屋68』とは既にそれなりに名が売れた組織である。金を積まれて裏切ったところでメリットが薄いのだろう。
と、俺が考えていた作戦が密かに失敗したそのときである。
「あ、先生。おはようございま……って、ええっ!? あ、貴女何してるんですか! 離れてください!」
俺たちはバッタリと、それこそ偶然アヤネに出くわした。
それ自体は何ら不思議ではなく、ここはアビドスの通学路であり、かつてセリカとも出くわしたことがある以上、通学途中に誰かと会うなど別段問題にはならないのだが、俺の左腕にいる存在が問題だった。
本来アビドスの通学路で会うこともないはずのムツキである。
俺にとっては敵であろうが何だろうが、子供という括りでしかないのだが……アヤネからすればそうはいかなかったらしい。
アヤネは、俺の左腕にしがみついているムツキを見るやいなや血相を変えて彼女を必死に引き剥がし、俺から距離を取らせた。
……何かとこういう役回りの多い子だな。
「もー、引っ張らないでよー。アビドスのメガネっ娘ちゃん、おっはよー、昨日ラーメン屋で会ったよね?」
「その後の学校の襲撃でもお会いしました! どういうことですか? いきなりなれなれしく振舞って……それに、メガネっ娘じゃなくて、アヤネです!」
しかし当の本人は気軽にそんな事を言った。
引き剥がされてもどこ吹く風である。
「ん? だって私たち、別にメガネっ娘ちゃんたちのことが嫌いなわけじゃないし。ただ、部活で請け負ってる仕事だからさ。仕事以外の時は仲良くしたっていいじゃん?」
「いっ、今更公私を区別しようということですか!?」
「今更も何も、最初からこうじゃん? それにシャーレの『先生』は、あんたたちだけのモンじゃないでしょ?」
だよね、
と、含みのある言葉をムツキは言う。
ここで『お爺ちゃん』ではなく『先生』と呼ぶ事で、「先生は先生であろうとしてるんだよね」という確認の言葉にも聞こえるそれは、俺への問い掛けというよりかはムツキ自身の不安のようにも思えた。
私たちの先生もしてくれるよね、という確認。
深読みし過ぎかもしれないが、しかしそのつもりであることも考慮した上で俺は答える。
「……そうだな。アヤネ、便利屋は雇われただけに過ぎない。俺たちの『敵』は別だ。無理に仲良くしろとは言わんが、必要以上に敵視する必要もない」
「だってさ」
「先生の台詞に乗っからないでください!」
「あはは」
……あの様子だと、しばらくは難しそうだな。
まあ、こればかりは俺の慣れというか、傭兵稼業という独特の──それこそ戦場毎に敵味方が入れ替わる特殊な状況に馴染みがあるかどうかであり、その感覚を強要するつもりもない。
敵味方が入れ替わることなど、無い方がいいのは確かなのだから。
ムツキが俺のあの台詞で満足したのかどうかは分からないが、当の彼女はにこにこと笑いながら俺たちから離れていく。どうやら帰るつもりのようだ。
「ま、いつかうちの便利屋に遊びにおいでよ、お爺ちゃん。アルちゃんもみんなも、きっと喜ぶからさ。そんじゃ、バイバ〜イ。アヤネちゃんもまた今度ね」
「また今度なんてありません! 今度会ったらその場で撃ちます!」
「ばいばーい」
ひらひらと手を振って、彼女は住宅街へと消えていく。
……終始アヤネが振り回された形にはなったが、あれもある意味交流の一つか。実際、襲撃されるまではラーメン屋で仲良くしていたようだし、何かのきっかけがあれば再び友人と言えるようになるかもしれない。
「何ですか、あの人は……!」
ただ、俺は年頃の娘の怒りを──意外と直情型のアヤネの怒りを買うつもりはなかったので、その言葉は胸にしまっておいた。
021
それから二人で学校に到着し、本日は利息の返済日であることをアヤネから把握した。
その金額、およそ七百八十八万。完済まで三百九年。
もはや破綻した返済計画のようにも思えるが、カイザーローンはそれでも金を貸していたのだろうか。
個人の借金ではなく、学校の借金だから容認しているのだろうか。
……ああいった金融業者は基本的に回収できる目処が立っているか、あるいは搾れるだけ搾り取る算段があるのだろうが、しかしアビドスにそんな返済能力を期待しているとも思えん。
いや、たった五人で月に八百万返済しているのも十分とんでもないことではあるのだが……失った金額と採算が取れているとは言い難い。
妙な動きだ。
しかも返済は全て現金で用意させた上で、カイザーローンは現金輸送車で回収していったところを見るに、資金洗浄でもしているのかもしれない。
……いや、十中八九しているだろうな。問題はそれをどうやって、何に使っているかだが……この辺りは俺が調べておくことにしよう。
「全員揃ったようなので始めます。まずは、ふたつの事案についてお話ししたいと思います」
カイザーローンに利息を返済してから、俺たちは教室に戻り、そして会議を始める。
内容は便利屋68と兵器の出所だ。
「改めて、私たちを襲った組織『便利屋68』という部活についてです。先生がこの間調べてくださった通り、彼女たちはゲヘナで危険かつ素行の悪い生徒たちとして知られています」
危険で、素行が悪い。
文字として見ればそれだけだが、やはり情報の齟齬が否めない。……いや、これは俺にとって『素行が悪い』と判別するハードルが高いだけなのかもしれないが。
「便利屋とは頼まれたことは何でもこなすサービス業者で……便利屋のリーダーはアルさん。自らを『社長』と名乗ってましたね。彼女の他に三人いましたが、それぞれにも室長、課長、平社員の役職をあてているそうです」
「いやぁー、本格的だねー」
「でも先生が調べた結果を見ると、勝手に起業したみたいで……」
「調べた限りではな。ゲヘナの校則までは把握していないが、評判を聞く限りでは非認可だろう」
「ふーん……」
「校則違反ってことですね。悪い子には見えませんでしたが……」
悪い子には見えない。
まあ、およそ同感である。
もっとも、他三人の人となりを理解しているわけではないので確かなことは言えないが──今朝会ったムツキでさえ『嫌いな相手でなければ線引きを守る』ことが分かった程度だ。
警戒をしておくに越したことはないだろう。
「…………続きまして、セリカちゃんを襲ったヘルメット団が使用していた兵器についてです」
アヤネが、ノノミの言い方に何か思うところがありそうな表情をしたが、それを口に出すことはせずに、話を続けた。
今朝会った彼女のことを思い出して、怒ろうとして──それが『必要以上の敵視』だと考えてやめたのだろう。
「先日手に入れた戦略兵器の破片を分析した結果……現在は取引されていない型番だということが判明しました」
じゃら、とその兵器部品を机の上に広げながらアヤネは言う。
「もう生産してないってこと?」
「それをどうやって手に入れたのかしら」
「生産が中止された型番を手に入れる方法は……キヴォトスでは『ブラックマーケット』しかありません」
淡々とアヤネは言うが、しかしブラックマーケットという名称は他四人を気負わせるには十分な単語だったらしい。
いつも柔らかい笑みを携えているノノミですら、どこか引き攣った笑顔を見せていた。
「ブラックマーケット……とっても危ない場所じゃないですか」
「そうです。あそこは中退、休学、退学……様々な理由で学校を辞めた生徒たちが集団を形成しており、連邦生徒会の許可を得ていない非認可の部活もたくさん活動していると聞きました」
中退、休学、退学。
学校にいられなかった生徒が行き着く場所。
──彼女たちは、特別じゃありません。
メニの言葉はやはり正しい。
どこまでも正論であり、そして俺の行動を制限するかのような効力を持っていた。
もっとも、俺はロイを拾った時点でブラックマーケットの事情は凡そ把握しているため、今更どうこうしようという気になった訳ではないが、しかし気にしてはいる。
治外法権の罷り通るエリア。
大抵の品物を取り揃えている文字通りの闇市。
そこには居場所を追われた子供がいる。
それだけ。
それだけだ。
「非認可って、便利屋68みたいに?」
「はい。それから便利屋68も、ブラックマーケットで何度か騒ぎを起こしていると聞きました」
「では、そこが重要ポイントですね!」
「はい。ふたつの出来事の関連性を探すのも、ひとつの方法かもしれません」
「よし、じゃあ決まりだねー。ブラックマーケットを調べてみよう」
俺の感情を他所に、話し合いは進む。
どうやらブラックマーケットに行くことは彼女たちの中で固まったようだった。
「先生、どう?」
俺があまり口を出さなかったことを気にしてか、ホシノは俺に伺いを立てるように言う。
……気にし過ぎだ、と俺が言うのもどうかと思ったため、俺はその言葉の代わりにとある依頼について語ることにした。
彼女たちに見せた、四つの依頼の内の一つを。
「……構わん。構わんが、ブラックマーケットに行くなら、依頼を一つ消化しておきたい。お前たちも見ただろう、『とある場所に行きたいから護衛をしてほしい』という依頼だ」
「ああ……って、アレ行き先ブラックマーケットなんだ。中々凄い依頼だねー」
「……そうだな」
言って、俺はタブレットを開く。
対策委員会が受けないようであれば、俺はこの依頼を蹴るしかなかったのだが……これも何かの巡り合わせだろう。
依頼人は
とあるファンシーキャラクターブランドの限定グッズを手に入れるためだけに、法が機能していない場所に乗り込もうとする、どこか螺子の外れた少女の依頼を、俺は承認した。