ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 彼に宿るは、善良な科学者の遺志。


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 023

 

 ひとまず俺は、アロナのことを『シッテムの箱の常駐AI』だと説明し、その上で、作戦や機密が漏れないよう俺にしか見えず、そして聞こえないよう設定していたことを忘れていた、と弁解した。

 設定も何も、俺はシッテムの箱について何も知らないというのに──所有者にこそなっているが、俺がシッテムの箱に対して干渉できることはほとんどないというのに。

 アロナを介さなければ、俺はこのオーパーツの機能の一割もまともに扱えないだろう。

 ……我ながら、この言い訳はかなり苦しいな。

 カーラに知られたら笑い飛ばされそうだ。

 なにせ俺がシッテムの箱をそう設定したのなら、今すぐその設定を外せばいいだけのことなのだから。

 アロナの姿を皆に見せさえすれば俺の幻覚ではないと主張できるにもかかわらず、その証明をしないとなれば、もはやそれが誤魔化し以外の何物でもないのは明白である。

 実際、ホシノはそれが誤魔化し、あるいは何か隠していると悟ったようだったが、とはいえ今はカイザーローンの問題の方が一大事であるため、彼女は俺の苦しい言い訳をそのまま通すことにしたらしい。

 ……視認できず、聞こえない存在。

 それと共に行動する不自然さ。

 

 ──一人手探りとは思えん……嗅覚でも備わったか?

 

 かつて621の察しの良さに対して俺が抱いた疑問だが、しかし今にして思えば、あいつの隣にいた友人がアロナのような存在だったとするならば納得はできる。

 なるほど、あのアクセスポイントへの探知力は友人がいてこそのものだったのかもしれない。

 などと。

 今更気付いたところで、621に何かしてやれることは無いのだが。

 俺はもうルビコンにはいない。

 621はキヴォトスにはいない。

 本当に今更だ──死に損なってようやく、あいつの感情を理解するとは。

 理解して、体感するとは。

 ……俺が今、あの時の621と同じ状態になっていることは皮肉と言う他ないだろう。

 普通に、どこからどう見ても、皮肉だ。

 これほど分かりやすい罪と罰の形もあるまい。

 しかし、これが一種の立場の逆転とするならば──俺に621のような行動を期待されているのならば、果たして俺の役割とは一体何なのだろう。

 621はルビコンの解放者となった。

 ならば俺は?

 俺のこの世界での役割とはなんだ。

 キヴォトスは、俺に何を求めている?

 一体──何を。

 

「…………」

 

 ……まあ、それ以上に気にするべきは、621は強化人間であるために幻覚や幻聴という症状が一般的であるのに対して、俺はこの世界においてただの老人という点である。

 耄碌した老人と誤解されていなければいいが、手遅れのような気もした。

 

『と……とにかく、証拠が足りません。最低でも、あの輸送車の動線を把握するまでは断定はできないでしょう』

 

 切り替えるようにアヤネは言う。

 いくらか気まずそうではあったが、優先順位を忘れてはいないようで、彼女の言葉により全体の空気が緩和し、証拠集めの話に戻った。

 アヤネが優秀な進行役で本当に良かったと思う。

 

「……あ! さっきサインしてた集金確認の書類……。それを見れば証拠になりませんか?」

「さすが」

「おお、そりゃナイスアイデアだねー、ヒフミちゃん」

「あはは……でも考えてみたら、書類はもう銀行の中ですし……無理ですね」

 

 ヒフミの言う通り、カイザーローンが所有しているであろう書類、つまるところオフラインで管理している集金記録さえ手に入れば、確かに証拠にはなるだろう。

 ただ、その手に入れる方法が無いに等しい。

 厳密に言えばあるにはあるが……今後のことを考えるとリスクが高過ぎるため現実的ではないな。

 

「ブラックマーケットでも最も強固なセキュリティを誇る銀行の中となると……それにあれだけの数のマーケットガードが目を光らせてます。それ以外に輸送車の集金ルートを確認する方法は……ええっと……うーん……」

 

 本来無関係であるはずのヒフミは、唸りながら思考に沈む。依頼人であるとは言え、アビドスの深い問題に彼女が関わったとしてもメリットは何一つ無いというのに。

 それでも──彼女は必死に悩む。

 アビドスの力になれるようにと、彼女自身が持っている知識を役に立てようと考える善良なヒフミに対して、シロコは。

 

「うん、他に方法はないよ」

「えっ?」

 

 と、何か決心したように声を出した。

 その迷いのない表情は、俺に違和感を覚えさせる。

 あるいは──嫌な予感と言うべきか。

 

「ホシノ先輩、ここは例の方法しか」

「なるほど、あれかー。あれなのかあー」

「……ええっ?」

「あ……! そうですね、あの方法なら!」

「何? どういうこと? ……まさか、あれ? まさか、私が思ってるあの方法じゃないよね?」

「…………」

 

 セリカの問いにシロコは返事をしない。

 しかしそれは否定の意ではなく、無言の肯定であることは、経緯を眺めている俺ですら察する事ができた。

 できてしまった。

 ……いや、それでもなお、俺の気のせいであってほしいと願っているが、しかしそうはいかないのだろう。

 

「う、嘘っ!? 本気で!?」

「……あ、あのう。全然話が見えないんですけど……『あの方法』って何ですか?」

「残された方法はたったひとつ」

 

 シロコはヒフミの問いにそう答えて鞄を地面に下ろし、その中から何枚か覆面を取り出して、青い覆面を被った。

 凄まじい手際の良さである。

 そして覆面姿になった姿で、恥ずべきことなど何もないと言わんばかりに堂々とシロコは言い放った。

 

「銀行を襲う」

「はいっ!?」

「だよねー、そういう展開になるよねー」

「はいいいっ!?」

 

 そしていつの間にかホシノもシロコが取り出した覆面を被っていた。きっちりと『1』の番号が振られているものを取っている。

 

「わあ☆ そしたら悪い銀行をやっつけるとしましょう!」

「えええっ!!?? ちょ、ちょっと待ってください!」

「はあ……マジで? マジなんだよね……?」

 

 ノノミも悪乗りするかのように緑色の覆面を被り、セリカに赤色の覆面を手渡していた。

 ヒフミが必死に止めているが、誰も彼も止まる様子はない。彼女の慌てた姿を見る限り、ヒフミは『ペロロ』が関わりさえしなければ、普通の倫理観を発揮できるようだった。

 闇市と強盗に倫理観的な差異がどれほどあるのかという指摘はさておき、こういった常識的な部分が垣間見えるあたり、やはり普通の少女と言えるのかもしれない。

 好きなものに目が眩む姿も、まあ、それはそれで普通とも取れる、かもしれない。

 少なくとも今は常識的な状態のようだが……残念ながら彼女の必死の制止がまるで効果を成しておらず、セリカでさえ止まる様子がないため、ヒフミの姿がもはや哀れですらあった。

 

「……それなら、とことんまでやるしかないか!!」

 

 結果的に、比較的ブレーキ側であるはずのセリカまでもが覆面を被る。

 やはり制止の効果はなかったようである。

 

「あ、うあ……? あわわ……?」

 

 混乱。

 おおよそ、今のヒフミの状態はそう表すのが相応しい。目を回しながら懸命に台詞を探しているが、対策委員会の変わりようについていけていないのだろう。

 それは当然俺もだが。

 

『……はあ、了解です。こうなったら止めても聞く耳持たないでしょうし……どうにかなる、はず……』

 

 そして最後の希望だった、優秀な進行役かつオペレーターであるアヤネまでもが諦めてしまった。

 ……止める役はもはや俺しかいないのか。

 

「ごめん、ヒフミ。あなたの分の覆面は準備が無い」

「うへー、ってことは、バレたら全部トリニティのせいだって言うしかないねー」

「ええっ!? そ、そんな……覆面……何で……えっと、だから……あ、あう……」

「それは可哀そうすぎます。ヒフミちゃん、とりあえずこれでもどうぞ☆」

「たい焼きの紙袋? おお! それなら大丈夫そうー!」

「え? ちょ、ちょっと待ってください、みなさん……」

 

 何故かヒフミも当然参加するかのようなシロコの台詞と、ホシノの追撃にいよいよヒフミはまともな返答ができなくなっていた。

 微かに抵抗の声を上げてはいたものの見事に無視され、ヒフミはたい焼きの紙袋を頭から被せられている。

 

「ん、完璧」

「番号も振っておきました。ヒフミちゃんは5番です☆」

「見た目はラスボス級じゃない? 悪の根源だねー、親分だねー」

 

 雑に目の部分を破いて作った、呼吸穴すら用意されていない紙袋の覆面は、幸いなことに──不幸中の幸いなことに、顔をしっかりと隠していた。

 覆面として機能はしている。

 しているが、そもそも俺は何から言えばいいのだろうか。

 何から言って、誰から止めるべきなのだろう。

 どうやって、この状況を収拾するべきなのだろう。

 俺は大抵の経験をしてきたつもりだったが、しかしこの歳になっても対応できない事があるのだと思うと、不甲斐なさのようなものを覚えた。

 

「わ、私もご一緒するんですか? 銀行の襲撃に……?」

「最初に約束したじゃーん? ヒフミちゃん、今日は私たちと一緒に行動するって」

「う、うあぁ……わ、私、もう生徒会の人たちに合わせる顔がありません……」

「問題ないよ! ()()()()()()()()! 悪いのはあっち! だから襲うの!」

「…………」

 

 あれよあれよと動く、銀行強盗への経緯を俺は眺めるように見ていたが、しかし、それは。

 その言葉だけは、俺が看過できるものではなかった。

 

「それじゃあ先生。例のセリフを」

 

 シロコは急かすように言う。

 故に俺は、ゆっくりと時間をかけて、溜息と共に、期待外れであろう言葉を出した。

 

「…………何か、勘違いしているようだが。俺はお前たちの強盗を許可するつもりはない」

「えっ」

 

 当たり前である。

 

 024

 

「……なんで、先生? 証拠は今しか取れないんだよ」

 

 シロコが酷く心外そうに言った。

 こちらからすればそれこそ心外だが、確かに成り行きを見守っていただけの俺が、最後の最後にひっくり返したのは流れとしてはよろしくないのは分かる。

 何を今更と言うか、あるいは私たちのやる気を削がないでほしいとすら思っているかもしれない。

 だが、それでも。

 その信条では、許可は出せない。

 

「……お前たちは、何のために銀行を襲撃するつもりだ」

「何のためって……証拠のためでしょ?」

「そうだ。それはまあ……いい。いや、良くはないが、理解はできる。だがお前たちはその行為への免罪符を探していないか」

「……それは」

 

 免罪符。

 つまり、()()()()()()()()を、彼女たちは探しているように見えた。

 だが、どんな経緯であれ、どんな理由であれ、犯罪は犯罪である。

 器物破損、密航、盗聴、不法侵入、ハッキング、犯罪教唆――そして殺人まで。

 かつて多くの罪を犯した俺が言うことではないが。

 本当に俺が言えることではないが、しかしだからこそ言えることもある。

 

「悪いのはあっちだから。だから襲ってもいい──か?」

「でも、それは」

「確かに事実だ。現状、お前たちアビドスを食い物にし、嘲笑い、虐げているのは恐らくカイザーだろう──カイザー系列の企業だろう。だが」

 

 だが、それでも。

 罪を犯すという意味を、彼女たちは理解しなくてはならない。

 

「それを『悪者だから』という理由で行うのであれば、俺はお前たちに協力しない」

「……っ!」

 

 相手を悪人であると仮定し、自分は正義だからと罪を犯すのはおよそ、破滅への一歩である。

 地獄への一歩だ。

 教訓。

 ありとあらゆる面での、俺の教訓。

 

「お前たちはこれから、銀行を襲う。それはお前たちが証拠を確保するためで、己のためで──その罪は、相手がカイザーだから消えるわけではないことを忘れるな」

「…………」

()()()()()()()()()()()。責任を俺が肩代わりする事はできるが、責任そのものが発生しないわけではない」

 

 罪は罪だ。

 その罪を誰が背負うのかは選べても、罪がなかったことにはならない。

 狂った科学者の罪を、善良な科学者が全て背負ったように。

 

「一度生まれたものは、そう簡単には()()()()

 

 俺は敢えて、かつて621に語った教訓を伝えた。

 この世界に来て変質する前の言葉を。

 そして俺は問う。

 彼女たちの自由意志を問う。

 

「選べ。お前たちは、集金記録を確保するため、カイザーローンを急襲するのか、否か」















 ウォルターが銀行強盗を実行させるか否かというエミュに時間がかかりました。
 ウォルターには犯罪を止める資格がないと思ってそうだけど、かと言ってすんなり通すかと言われたら多分通さないだろうし、でもそれでもやるからには言い訳はするべきではないという感じになるかなあ、という結果になりました。
 目的のためにウォルター自身が罪を犯すのは躊躇しないでしょうし、責任も全部背負うけど、相手が悪人だからという理由で子供が犯罪をするのはダメだろう、となる気がします。
 じゃあこのあと出てくるテロリスト集団(主にゲヘナの部活)の生徒に対してどう対応するのかと言われるとまた難しいんですが……ひとまずこの解釈でいきます。
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