ハンドラー・ウォルター先生概念。 作:ヤマ
025
「……状況を報告しろ」
『ブルー、銀行内部に侵入成功。マーケットガードにも気付かれてない』
俺の無線を聞き、既に所定の位置についていたシロコはそう返答した。
順調である。これが銀行の襲撃準備であるという一点を除けばだが。
「繰り返すが、今回の目的はあくまで集金記録だ。必要以上の被害は出すな」
『了解』
あの後。
老人の説教の後、結果から言えば彼女たちは闇銀行──カイザーローンへの襲撃を実行することを選んだ。
それが罪であることを自覚した上で、それでも選んだのだ。
「私は、カイザーローンがアビドスに対して悪意を持っている証拠がほしい。私にとってアビドスは絶対に守りたい場所だから、今何をするべきか知りたい。敵が誰なのか、どうすればいいのか分からないまま戦い続けるのは辛いから」
だから私は、銀行を襲う。
シロコは宣言するように、あるいは誓うかのようにそう言ったのが、つい先程のことである。
誓った内容が犯罪であるのは締まらないと言わざるを得ないが、しかしこれはアビドス全員の総意だったようで、誰も否定の声は上げなかった。
アビドスを守るために。
敵を見定めるために。
アビドス廃校対策委員会は、カイザーローンを襲撃する。
それが正義ではなく罪であると自覚した上で、それでも自身の信念のために実行すると言うのなら、もはや俺に止めることはできない。
誰にも、止めることはできない。
彼女たちは選択した。
ならば俺はそれを支えるだけだ──彼女たちが笑えるように、俺は俺の仕事をするだけだ。
罪も咎も責任も全て、俺が持つ。
『ブルー、配置についた』
『グリーン、準備OKです☆』
『ピンクもいいよー』
『え、ええ……それで行くの? 本当に? ……れ、レッドも大丈夫』
ちなみに覆面の色がそれぞれのコードネームである。シロコが青、ノノミが緑、ホシノが若干暗いピンク……いや、紅色か? そしてセリカが赤色となっている。
補足しておくと、覆面には更に数字が振られていたが……俺は番号で呼ぶことを頑なに拒否した。
俺が呼ぶことはきっと──二度と無い方が良い。
……ただ、そうなると問題になる人物がいる。
『えっと……私は……?』
そう、ヒフミである。
たい焼きの紙袋を逆さに被せられただけの彼女は、果たして何と呼ぶべきか定まっていない──と言うより、そもそも俺からすれば何故参加しているのか未だ疑問である。
はっきり言えば、今回の件はヒフミにとって無関係だ。
いくら依頼人とは言え、正真正銘の犯罪に付き合う必要は絶対に無い。これに付き合ってしまうのはお人好しを越えて騙されやすいだけなのではないかと思ったが……しかし、今回の件に関してはその限りではなかった。
と言うのも、何せ彼女は無理矢理に連れて来られたのではなく、ホシノの交換条件を飲んでここにいるのだから。
──協力してくれたら、護衛の依頼料は無しでいいよー。
そんな風に、気軽とも取れる口調でホシノは言った。
銀行襲撃が決定した時、ヒフミの参加意思を確認するための台詞だったが、これは決してヒフミを
むしろホシノは忠告のつもりでこれを言ったのだろう。
これに協力することは、依頼料を取り消さなければ割に合わないような──ともすればそれでも補えない危険な行為であると、ホシノは善意でヒフミに伝えたのである。
しかしホシノは、そして俺たちは、ヒフミのペロロに対する情熱を甘く見積り過ぎていたらしい──ここまで見てきてなお、ヒフミでもペロロに対するブレーキは流石に存在するだろうと思い込んでいたらしい。
──や、やります!
絶句した。
俺たちは言葉を失った。
そして彼女の言い分を聞く限り、厄介なことにヒフミは正気で言っていた。依頼料がなくなるのであれば協力してもいいという等式が彼女の脳内で成立していたのだ。
依頼料がなくなるということは、彼女の軍資金が増えるという意味で。
つまり、『ペロロ』に使える額が増えるという意味になるのである。
どこが等式なのかは定かではないが、ともかく彼女は
時間としては一分弱だったと記憶している。
『じゃあこれからヒフミちゃんは「ファウスト」で! よろしくリーダー!』
『え……? ええっ!? ファウスト!? リーダーなんですか!?』
『まあリーダーって言っても、先生がいるから実際はあんまり関係ないと思うけどねー』
『え、ええ……? あ、あうう……』
「…………」
リーダーはともかくとして、ホシノのあんまりな命名に俺は閉口した。
確か、「ファウスト」や「ファウスト的」という語句は、かつての伝説に
比較的普通の範疇に収まるかもしれないヒフミに対してその名前は流石に過剰表現なのではないかと思ったが、しかしどうだろう、ペロロのためだけに闇市に入り浸る少女を──そして軍資金のために銀行襲撃に手を貸す少女を表現する語句としては適切な言葉であるような気もしてしまって、俺は何も言えなくなった。
俺は今後、彼女を普通と称することはないかもしれない。
「…………」
何にせよ、準備は整った。
俺は切り替えるようにして一つ息を吐いてから、言う。
「……各位、準備はいいな。合図の五秒後、銀行のロビーを停電させる。停電時間は五分だ。予備電源の制御は既に掌握しているため、復旧はしない。夜目の利くブルーとレッドが先陣を切り、フロア内のマーケットガードを一掃しろ」
『了解』
「────
026
程なくして、銀行ロビーが暗闇に染まる。
遠隔操作であるものの、予告通り合図の五秒後に銀行を停電させることに成功した。
『な、何事ですか? 停電!?』
『い、一体誰が!? パソコンの電源も落ちてるじゃないか!』
「ロビーを停電させた。マーケットガード三体を優先的に排除しろ」
シロコたちへ指示を出しつつ、俺は銀行のメインロビー以外で停電に気付いた者がいない事を確認する。
停電を引き起こしはしたが、これはあくまでロビーだけで建物全体ではない。建物全体を停電させてしまうと外部から気付かれる可能性が高まるからだ。
それにマーケットガードも別室に控えている──全てを相手取っていては時間が足りない。
故に速攻。
増援も、通報も、対応すらもさせるつもりはない。
『銃声っ!?』
『うわっ! ああああっ!』
『うわああっ!』
『なっ、何が起きて……うああっ!?』
暗闇の中、シロコとセリカがマーケットガードをそれぞれ制圧する。残ったもう一人をフォローに入ったホシノが気絶させたところで完全にロビー内は安全地帯となった。
「……フロア内のマーケットガードの無力化を確認。次だ」
俺は監視カメラの映像を(しっかりと暗視機能がついている。ありがたいことだ)ハッキングして様子を窺いながら、シロコへと指示を出す。
警備室への映像は既に切り替えてあるので、今この瞬間に監視カメラ経由で異常が発覚することはないだろうが、それでも油断はできない。
所詮紛い物の映像、長時間見ていれば繰り返しの映像になっていることにはいずれ気付くだろう。
『全員その場に伏せなさい! 持っている武器は捨てて!』
『言うこと聞かないと、痛い目にあいますよ☆』
『あ、あはは……みなさん、ケガしちゃいけないので……伏せてくださいね……』
『ぎ、銀行強盗!?』
計画通りに事が進んでいる最中、シロコたちの存在に驚いた声に、俺は聞き覚えがあった。
最近聞いた声である──というか陸八魔アルの声だった。
……アルがいるのか、ここに?
そう思い、幾つか定点カメラを操作してみると、確かに受付場所にアルが、そしてその後方のソファに座る三人の姿を確認できた。何故便利屋68がこのカイザーローンに全員訪れているのかは不明だが……まさかアビドスのように闇銀行へ融資を受けに来たわけではあるまい。
何をやっているのだろう、あいつらは。
少しだけ気になったが、計画の障害にはならないと判断し、一旦無視することにした。
『非常事態発生! 非常事態発生!』
『うへ〜無駄無駄一。外部に通報される警備システムの電源は落としちゃったからねー』
『ひ、ひいっ!』
『ほら、そこ! 伏せてってば! 下手に動くとあの世行きだよ!?』
『みなさん、お願いだからジッとしててください……あうう……』
ちなみに銀行内全ての電源と通信網を掌握しているため、銀行の施設はほぼ使えない状態である。もっとも携帯電話を使われたら別だが、この薄暗い中携帯電話なんぞ使えば流石に俺たちの目に留まってしまうだろう。
ほぼ無力化は成功したと言っていい。
『うへ~ここまでは計画通り! 次のステップに進もうー! リーダーのファウストさん! 指示を願う!』
『えっ!? えっ!? ファウストはともかく、ホントにリーダーなんですか!? 私が!?』
『リーダーです! ちなみに私は、覆面水着団のクリスティーナだお♧』
『うわ、何それ! いつから覆面水着団なんて名前になったの!? それにダサすぎだし!』
『うへ、ファウストさんは怒ると怖いんだよー? 言うこと聞かないと怒られるぞー?』
……情報を錯綜させるために偽情報を流しておけと言ったものの、あまりにも胡散臭い情報で向こうが信用するか怪しいラインだった。
まあ、それならそれでいい。
特定にさえ繋がらなければ支障はないだろう。
『監視カメラの死角、警備員の動線、銀行内の構造、すべて頭に入ってる。無駄な抵抗はしないこと』
シロコは通報しようとした銀行員へ警告しながら、そして銃口と共に己のバッグを差し出した。
ただの暗闇では作業もできないだろうと、ライトで銀行員を照らすことも忘れない。
『さあ、そこのあなた、このバッグに入れて。少し前に到着した現金輸送車の……』
『わっ、わかりました! 何でも差し上げます! 現金でも、債券でも、金塊でも、いくらでも持ってってくださいっ!!』
『そ、そうじゃなくて……集金記録を……』
『どっ、どうぞ! これでもかと詰めました! どうか命だけは!!』
『あ……う、うーん……』
明確にパニックに陥っている銀行員は助かりたい一心でなのか、やたらめったらと札束や債券までもバッグに詰め込みシロコに返したようだった。
しかし、それでは困る──俺は事前にシロコたちへ、この銀行襲撃を行うにあたり条件を出しているのだ。
それはつまり、必要な書類以外は奪わないという約束でもあった。
『……どうしよう、
シロコは困惑した様子で俺を呼んだ。咄嗟に「先生」とは呼ばず「ボス」と名称を変えたのは流石だったが、しかし実際、シロコがいくら夜目が利くとは言え、この暗闇の中で正確に必要な書類だけを抜き取るのは難しいだろう。
仮に推測で書類を抜き取ったとして、それが求めるものだとは限らない。明かりを照らして内容を確認すればもちろん分かるだろうが、そんな時間はない。
間違いを防ぐためにも、確実に書類の精査ができる目の前の銀行員に取り出させるべきだが……。
「……ブルー。これからスピーカーに繋げる。俺の声が聞こえるよう調整しろ。それと……不快な思いをするかもしれんが、我慢してくれ」
『……? 了解』
俺の言葉の意味を理解できず不思議に思ったようだったが、シロコはそれでも頷いて、俺の声を銀行員に聞かせるためにスピーカーに繋ぐ。
そして俺は口を開いた──声と口調を変えた上で。
『全く……
『──!?』
無線越しに、シロコが息を呑んだのが分かった。
後でフォローしておかなければ、と考えつつ、俺は変声機特有の機械音声で奴の口調を思い出しながら話す。やり過ぎかもしれないが、特定を極力回避するためのカモフラージュである。
高圧的で、神経質。
不遜で見下した態度を取る男。
身近な上司役として
……そもそも、奴はこんなまどろっこしい真似はしないか。
より苛烈に、叩き潰すだけだ。
『あ、遊び……?』
『ええ。ブラックマーケットでの遊びの内容が実に興味深い。明らかに不審な金の動きです。我々のような企業としてもカイザーローンを参考にする価値はあるでしょう』
まるでついうっかり言ってしまったかのように、「企業」であることを伝える。
勿論そんなものは存在しないのでただのハッタリだが、もしこの声を誰かが録音していたとして──覚えていたとして、カイザーの上役に伝わってしまえば儲け物だ。
カイザーは存在しない敵の警戒をしなくてはならなくなり、俺たちへ目が向く可能性が減るだろう。
『集金記録。私が欲しいのはそれだけです。現金も、債券も、金塊も必要ありません。ただその情報さえ貰えれば、私は貴方たちに危害は加えるつもりはない。……ブルー、彼にバッグの整理を』
『あ、うん、やり直して』
『は、はいっ、勿論です!』
『ああ、それと余計な事を考えないように──無駄な物を渡さないように。例えば専用の緊急通信を使ったり、あるいは発信機を仕込んだりすれば……四肢が飛ぶと思いなさい』
『────っ』
シロコが突き返したバッグに必要なものだけを残す作業の最中、どさくさに紛れて妙な動きをするかもしれんと念の為釘を刺しておいたが、動揺が見えたあたり図星だったようだ。どうやらバッグに発信機をつけて渡そうとしていたらしい。
抜け目のないことだ。
ということは今までの怯えている姿も演技だろう。堂に入っている。
『……よろしい。ブルー、確認を。間違いありませんね?』
『う、うん。確保した』
俺の急激な変化に未だについていけていないのか、シロコが戸惑った様子で答えた。
まあ無理もあるまい。口調を変えるにしても、ここまでかけ離れた──乖離していると言ってもいい男を真似るとは思ってもみなかったのだろう。
俺とてこんな演技をしたくはないが、スネイルの強烈なキャラクター性はカモフラージュとして十二分に役立ってくれるに違いない。
『
最後に吐き捨てるように嫌味を言い、俺はスピーカーを切った。
この演技は予定していたものではなかったが……アドリブの結果としては上々だろう。
『それじゃ逃げるよー! 全員撤収!』
『アディオ〜ス☆』
『け、ケガ人はいないようですし……すみませんでした、さよならっ!』
ともあれ。
……別段奴の過去の行いを恨んだつもりはなかったが、演技先をスネイルにしたのはただの私怨かもしれんと、今更ながら思った。
027
『はひー、息苦しい。もう覆面脱いでいいよね?』
『のんびりしてらんないよー、急げ急げ。追手がすぐ来るだろうから』
『できるだけ早く離れないと……間もなく道路が封鎖されるはずです……』
「いや、増援は来ない。封鎖はいずれされるだろうが……」
ちらり、と俺は監視カメラの映像を伺う。
シッテムの箱経由でのハッキングにより、銀行内部の様子がタブレットに映し出されていた。
『やつらを捕えろ! 道路を封鎖! マーケットガードに通報だ! 一人も逃すな!』
『だ、駄目です! 全ての機器電源が遮断されています! 通信も障害が起きていて繋がりません!』
銀行員が復旧に向けて駆けずり回っているが、未だに電子制御は俺の手の中にある。増援を呼ぶことはできない。
銀行に控えていたマーケットガードは流石に気付きはしただろうが、ここまで後手に回った以上、追いつくことはできないだろう。
「……それまでには通過できるはずだ」
俺はタブレットの映像を切って、無線越しに伝えた。
幾人が安心したような息を漏らしたが、しかし安心するには早い。
帰るまでが遠足だ、というミシガンの台詞を思い出しながら、俺は封鎖地点と脱出ルートを確認する。
「マーカー情報を更新する。確認しろ」
『こっち、急ごう』
スマホに表示された、アヤネが準備した脱出ルートを指し示しながらシロコが先導しているが……何故か、未だに彼女は覆面を被っていた。
つまり覆面水着団ブルーのままである。
俺としては銀行を脱出した以上、目撃情報を増やさないために覆面を外してほしいのだが、どうやら気に入ってしまったらしい。
『あの、シロコ先輩……覆面脱がないの? 邪魔じゃない?』
『天職を感じちゃったって言うか、もう魂の一部みたいなものになっちゃって、脱ぎたくないんじゃなーい?』
『シロコ先輩はアビドスに来て正解だわ……他の学校だったら、ものすごい事をやらかしてたかも……』
『そ、そうかな……』
セリカのあんまりな言葉に、シロコは動揺したように覆面を外した。
後輩の指摘には弱かったらしい。恐れなど知らないと言わんばかりの行動が多いシロコだが、意外と後輩の印象には気を付けているのかもしれなかった。
そうして、しっかりと全員が覆面を外した状態でしばらく移動したところで、
『封鎖地点を突破。この先は安全です』
とアヤネが報告した。
同時、封鎖地点を越えた場所で待機していた俺と、対策委員会の面々は合流する──それなりに気を張っていたらしい、全員が俺の姿を確認した瞬間、安心したような表情を見せた。
……信頼されている、のかもしれない。
「……
「や、やった……」
『本当にブラックマーケットの銀行を襲っちゃうなんて……ふう……』
ちなみにアヤネは学校でのオペレートであるため、現場にはいない。脱出関係は彼女の手筈だったが、ミスのない丁寧な仕事だった。
人数が少ないからこそではあるものの、アヤネはアヤネで出来ることが非常に多い少女である。……いや、アビドスに長くいるため感覚が麻痺し始めているが、そもそもこれら全て一人で賄っていた時期があるのがおかしいとさえ言えた。
……改めて考えると、一年生の能力ではないな。
「シロコちゃん、集金記録の書類はちゃんと持ってるよね?」
「うん、バッグの中に……」
『──いえ、待ってください! 何者かがそちらに接近しています!』
ホシノの確認に応えるべく、シロコが集金記録を取り出そうとしたところでアヤネの警告が響く。
緩みかけた空気が、一瞬で張り詰めた。
帰るまでが遠足。
なるほど。危険地帯から逃げ出そうと、帰投しない限り戦場であるということか。
あいつらしい教訓だ。
「追手のマーケットガード!?」
『……い、いえ。敵意はない様子です。調べますね……』
増援はないと言った手前、もし追手がいたのであれば完全に俺のミスであり、その対応をしなければならないと思ったのだが、どうやら違うらしい。
追手ではあったが、増援ではなかった。
しかし、敵意のない追手とは一体誰だろうか、と疑問を浮かべてすぐ、アヤネは答え合わせをするように言う。
『あれは……べ、便利屋のアルさん!?』
アヤネの言葉を認識すると共に、全員が覆面(と紙袋)を被る。
明確な敵ではないとは言え、敵陣営ではあるのだ。正体が割れるのはまずい──と思ったのだが、俺が姿を隠すことなく、そして特に顔を隠すでもなくここにいる以上、今更と言うか、あまり意味のない行為かもしれなかった。
これも『責任』だろう。
俺は庇うように──そしてまるで『ボス』であるかのように、覆面を被る生徒たちの前に立った。
「はあ、ふう……ま、待って!!」
「……!」
「あ、私は敵じゃないから……って、え──」
そして案の定、アルは俺の姿を見て驚いたように固まる。
無理もない。ついこの間ラーメン屋で出会った老人が、まさか銀行を襲撃した集団と関わっているなど誰が想像できるのだろうか。
「……アルか。よく追ってこられたものだ」
俺のこの感想は、取り敢えず間を持たせるためだけに言った台詞ではあったが、しかし限りなく本心でもあった。
マーケットガードが俺たちを見失い、追跡すらできない状況で、この陸八魔アルという少女は単独でここまで追ってきたということになる。
姿をしっかりと見られないよう、銀行内はずっと暗闇にしておいたにも関わらず、だ。
人の良さが印象的だった彼女だが、便利屋のリーダーを務めるだけの実力は兼ね備えているらしい。
「せ、先生……まさか本当に、暗躍させる部隊を持っていただなんて……! 流石は私が見込んだアウトローね!」
「…………」
何か途轍もない勘違いをされているが、果たしてどう説明していいものか俺は悩み、黙り込んでしまう。
何故だか、幼い純粋な子供と接しているような気分になった。
そして続け様に、言葉を探して黙り込んだ俺を気にすることなく、アルは覆面を被ったシロコたちへと視線を移す。
「それにあなたたち、銀行の襲撃、見せてもらったわ……。ブラックマーケットの銀行をものの五分で攻略して見事に撤収……稀に見るアウトローっぷりだったわ」
「……!?」
まさかの言葉である。
いや、それ以前に……彼女の言動からすると、まさか、アルは覆面を被った目の前の集団が対策委員会だと気付いていないのか。
「正直、すごく衝撃的だったというか、このご時世にあんな大胆なことができるなんて……感動的というか」
続けられた台詞に、俺は確信する──どうやら彼女は本当に、この集団を俺が秘密裏に持っている部隊だと思い込んでいるようだ。
……アルが詐欺に引っかかったりしないだろうかと、心底心配になる。
「わ、私も頑張るわ! 法律や規律に縛られない、本当の意味での自由な魂! そんなアウトローになりたいから!」
「一体……何の話?」
アルの謎の宣言に、シロコが困惑するような声を出した。
何の話と言われたら彼女の夢の話なのだろうが、俺たちとしては罪や責任を語った上での行為なので、ここで憧れを持たれても困る。
ただ、アルの目標がアウトロー、つまり無法者である以上、銀行襲撃は正しく見本になってしまったのも確かなのだろう。
興奮冷めやらぬ様子で、アルはシロコたちへと問い掛けた。
「そ、そういうことだから……な、名前を教えて!」
「名前……!?」
「その、組織っていうか、チーム名とかあるでしょ? 正式な名称じゃなくてもいいから……私が今日の雄姿を心に深く刻んでおけるように!」
「うへ……なんか盛大に勘違いしてるみたいだね……先生、どうする?」
「……構わん。適当に名乗ってやれ」
半ば捨て鉢気味に俺は言った。
どのみち今日限りの組織である。どんな名前であろうと、どんな組織であろうと、特定……どころか、噂にすらならないだろう。
そう思っての発言だった。
「……はいっ! おっしゃることは、よーくわかりましたっ!」
「のっ、ノノミ先輩!?」
俺の発言を言質として、ノノミは大きな声でアルの言葉に答える。
どうやら名乗るつもりらしい。俺は謎の疲労感に苛まれながら、その行く末を見守ることにした。
「私たちは、人呼んで……覆面水着団!」
「……覆面水着団!? や、ヤバい……!! 超クール!! カッコ良すぎるわ!」
アルには刺さったらしい。
若者の琴線はよく分からん、と正真正銘老人の感想を抱く。
「うへ〜本来スクール水着に覆面が正装なんだけどね、ちょっと緊急だったもんで、今日は覆面だけなんだー」
ホシノが悪乗りした。
それはもう別種の犯罪者集団なのではないかと思ったが、ここで口を出すと絶対にややこしいことになるのが目に見えたので、俺は努めて黙り込む。
「そうなんです! 普段はアイドルとして活動してて、夜になると悪人を倒す正義の怪盗に変身するんです!」
ノノミはどうやら未だスクールアイドルというものに心残りがあるようで、そんな設定を付け足していた。
……まあ、架空の集団である以上、どんな設定でどんな生き方をしていようと構わないのだが、しかしそんな学生がいたら俺は素直に夜は寝ておけと言うかもしれない。
そして設定が追加されれば追加されるほど、俺が率いていることになっている部隊が狂気的になっていくのを感じた。
いや、覆面水着団はスネイルが率いているので、俺には関係がないかもしれないが。
「そして私はクリスティーナだお♧」
「『だ、だお♧』……!? きゃ、キャラも立ってる……!?」
「うへ、目には目を、歯には歯を。無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を行く。これが私らのモットーだよ!」
「な、なんですってー!!」
「…………」
純粋無垢、というか、もはや幼児のような純真さだと、俺は思った。
ここまで汚れなく人は十何年も生きることができるのかと感心したほどである。
汚れも穢れも知っている俺のような老人からすれば、アルの人を信じる姿は眩し過ぎた。
「……何してるの、あの子たち……」
「わー、アルちゃんドはまりしちゃってるじゃん。特撮モノのイベントに連れてってもらった子供みたいな顔してる!」
ふとアルの後ろを見ると、どうやらアルを追いかけてきたらしい便利屋の残る三人が、この状況を外から眺めていた。
彼女たちは、一目見ただけでアビドスの面々が覆面を被っていることに気付いたようだ──となれば、アルもそのうちに教えてもらい気付くだろう。
潮時だな。
「戻るぞ。まだ俺たちにはやることがある」
「あ、ま──待って先生!」
「……どうした。まだ聞きたいことがあるのか」
目標のものは手に入れても、俺たちの最終目的はまだ達成されていない。
銀行襲撃はあくまで手段であり、それによって得たい情報を俺たちはまだ把握できていないのだ。
故に切り上げようとしたのだが、アルは少しだけ躊躇しながらも俺を引き止める。
どうしたのだろうと思い、俺は足を止めた──が、俺はアルの制止を聞くべきではなかったし、もっと言えば、足を止めない方が良かったのかもしれない。
振り向いて再びアルの方を見た時点で、手遅れだったが。
「せ、先生って……その、なんて名乗ってるのかしら?」
「…………」
「えっと……ほら、裏の異名みたいなのあるでしょう?」
そんな風に、純粋無垢にアルは問う。
下から覗き込むように、期待した目で俺を見る。
異名。
恥ずべき、忌まわしき──名前。
手綱で雁字搦めになった、愚かな男の名前。
言うべきか否か考えようとして、結果俺は、思考を挟まずに拒絶の言葉を発していた。
「────無い。それはもう、死んだ名だ」
ファウストの元ネタはギルティギアのファウストらしいんですけど、こっちもあながち間違ってないな、と思って書きました。
あとこれは協力して頂けたら嬉しいんですが、今この二次創作を読んでいただいている方で、AC6とブルアカをそれぞれ知っている方、片方だけ知っている方の割合をアンケートで教えていただけると幸いです。
アンケートの結果で構成や内容が変わるわけではないですが、友人がAC6は知っているけどブルアカは知らない状態で読んでくれているため、果たして読める作品になっているのか気になっているだけなので……
AC6とブルアカの原作を知っているか否か。
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AC6、ブルアカ両方知っている。
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AC6は知っている。ブルアカは知らない。
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ブルアカは知っている。AC6は知らない。
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両方知らない。