ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 目を逸らすことは赦されない。
 例えそれが、かつての罪に酷似していたとしても。


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 036

 

「……すまない。不躾な真似をした」

「い、いや……大丈夫。心配してくれたのは……分かるから」

 

 ヒナは先程の毅然とした態度とは裏腹に、狼狽えるような様子を見せつつも、俺の失態をフォローする言葉を返した。

 大の男に──それも強面と評されることの多い俺が唐突に彼女の顔に触れたというのに、狼狽えはしても恐れてはいない。

 大したものである。

 それに比べ俺は、未だ足元がおぼつかない自覚があった。あまりにも現実味のある幻覚と幻聴が重なり、ヒナの姿を見ることができない。

 ヒナが、()()()()

 しかしそんな不安定な状態であっても、どうやら俺はヒナから距離を取る事を優先していたらしい。再び一メートル……いや、二メートルほど離れて、深呼吸とともに俺は目を瞑った。

 見ないように。

 見えないように。

 当然、目を瞑ったのだから俺の視界は真っ暗に染まる──幸いにも、瞼の裏にまで幻覚を見る事はないようで、俺は少し安堵したような気持ちになった。

 何も見なければ、何かを見ることはない。

 617も、ヒナも、何も。

 

「……この非礼は必ず詫びよう。ただ、責任の所在は俺だけだ。アビドスに関わりのない範囲で頼む」

 

 目を瞑ったまま、精一杯の謝意を込めて俺は言葉を続けたが、しかし。

 

「えっ……と。そんなに気にしなくてもいいのだけれど……今は私が謝罪している側だし……」

 

 と、ヒナは困惑したような声で返すだけだった。

 ……助かった、と言っていいものだろうか。

 いや、未だ暗闇の中にこもっていなければヒナと向き合うことすらできない俺にとって、この詫びによって更に関わっていくようなことになれば狂ってしまうかもしれないことを考えると、これでいいはずだ。

 これでいい。

 極力、今後はヒナと関わらないようにしていけば問題ない──と、思った矢先、

 

「……でも、そうね。なら、先生。一つお願いしたいことがある」

 

 と、ヒナは言った。

 言われてしまった。

 そう言われてしまえば、俺が言い出した手前断ることはできず、関わりを避けることは難しくなってしまった。

 身から出た錆としか言う他ないが。

 

「……なんだ」

「今度、私たちが民間の被害者に謝罪しに行く時に、立ち会ってほしい。トラブルは……極力、避けたいから」

「…………」

 

 ヒナのそれはお願い、と言うよりは、保険を掛けるような──確認のような一面を持つ要求に思えた。

 俺の詫びを利用して、ヒナ自身の利益にしたり、今回の件を有耶無耶にするようなことはせず、むしろアコたちのフォローへ回すその態度は好感が持てる。

 頼まれなくとも、俺は大将への面会時には必ず立ち会うつもりだったのだから、尚の事。

 

「……分かった、約束しよう」

 

 結局俺は、しおらしいとさえ言えるヒナの要求を素直に呑んだ。

 目を開かないまま。

 ヒナの姿を見ないまま。

 大人として、詫びを入れる立場として相応しくない姿であることは重々承知しているが、これ以上の失態を重ねるよりは──幻覚を重ねてしまうよりは良い。

 今回の約束により、あと一回は確実に会う事になってしまったが……文句は言えまい。俺の本心としては今後も可能な限り関わりを避けたい所だが、あまり神経質になってヒナたちの機嫌を損ねるのは得策ではないだろう。

 

「じゃあ、また。ウォルター先生」

「……ああ」

 

 そして俺たちは今度こそ、風紀委員会と別れた。

 誰の介入もなく、誰かが引き止めることもなく、ヒナが号令を発するがままに、大部隊はアビドス自治区から去って行く。

 主要人物たちが見えなくなってから、ようやく気を抜けた様子のアヤネが、大きく溜息を吐いた。

 

『……なんだか、さらに大ごとになってきている気がします。慌ただしいことばっかりで……分かっていないことだらけです』

「アヤネちゃん……」

「そうですね、今日も色んなことがありましたし……無理せず、私たちも休憩した方が良いかもしれません」

『はい。では今日は一旦解散して、また明日学校で状況の整理をしましょう』

「……うん、そうだね〜、アヤネちゃんの言う通りだよ。今日はもう解散、明日また教室で」

 

 流石に百戦錬磨のアビドスと言えど、これから更に活動する元気は残っていなかったらしい。

 対策委員会から──特にホシノからどうも色々と俺に訊きたいことがあるような雰囲気こそ見受けられたが、当のホシノが解散を促した事で各々が帰宅して行った。

 とは言え、明日は明日で説明をしなければならないだろう。あの、ホシノの意味深な視線は勘違いではあるまい。

 今日の奇行を果たしてどう説明したものか到底思い付く気もしないまま、俺は帰宅する。

 帰宅といっても、ホシノから借りている空き家である──ロイがいないため、一軒家に一人で暮らしている状態だ。

 俺はかつてないほどの疲労に襲われている身体を引きずって、食事をして、風呂に入り、ベッドに倒れ込んだ。

 今までのフラッシュバックとは違い、現実に存在する人間と混同する幻覚を見た影響で、精神的に擦り減っている。

 この疲労具合は……ハウンズを喪って以来だ。

 などと。

 そんな事を思ったのが悪かったのだろう。

 気絶するかのような眠りについた後、俺は当然のように悪夢を見た。

 悪夢。

 ハウンズを全て喪った、あの作戦を──再び。

 ……敢えて詳細を語るつもりはない。

 起きたことだけ、俺は見る。

 619がレーザー照射の直撃によりロスト。

 620、カタフラクトの主砲によりロスト。

 617はガトリングを直接カタフラクトの制御機体に突き刺し、至近距離から射撃することで撃破したものの、それにより両腕を破損。未だ残っている惑星封鎖機構のアイボールを破壊するため、全損状態のままアサルトアーマーを起動し──ロスト。

 全員、死亡。

 そんな夢。

 俺の罪の証。

 この悪夢の中で唯一、現実と変わったことがあるとするならば──それは、617の姿が()()()()そのものだったこと。

 

「────っ!」

 

 跳ね起きた。

 息が乱れ、肺が酸素を求めて短く呼吸している。

 同時に込み上げる吐き気、耳鳴り、眩暈、頭痛。

 全身の疲労感も相まって、とても今まで眠っていたとは思えぬ体調だった。

 

「…………っここまで再現されるとはな」

 

 一人呟く。

 この夢を見るのは初めてではない、どころか数え切れないほど見て来ているが、しかしこれほど鮮明に見たのは久しぶりだった。

 かつてハウンズを喪った時の体調まで再現されたのは皮肉という他ないが、甘んじて受けるべきだろう──この程度の体調不良では罰にもならない。

 時計を見れば、深夜二時になろうとしているところだった。つまり、二時間も寝ていない。

 本来であれば体調を戻すためにもう一度眠るべきなのだろうが、再び悪夢を見ると分かりきっていて眠る気にはなれなかった。

 溜息を吐いて、寝る事を諦めた俺は部屋の電気を点けた。

 ぱっ、と部屋の中が照らされて、そして気付く。

 端末(こちらではスマートフォンか)が震えていた。

 メッセージかと思ったが、どうやら通信らしい。

 まるで計っていたかのようなタイミングだが、流石に偶然だろう。まさか俺が起きることを見越していたわけではあるまい。

 端末を手に取り、こんな深夜に連絡を寄越す人間とは一体誰だろうと思って画面を見れば、『小鳥遊ホシノ』と映されていた。

 …………。

 何故か、途轍もなく通話に出たくない気持ちに駆られたが、本当に緊急の連絡である可能性もあるため、無視するわけにもいかない。

 一つ息を吐いてから、俺は応答する。

 

「どうした、ホシノ」

『あ、やっぱり起きてた』

 

 通話に出て第一声、ホシノはそんな事を言った。

 声色からして、どうやら緊急性のある連絡ではないようだ。

 

「……先程までは寝ていた。これに気付いたのは偶然だ」

『うへ、起こしちゃった?』

「いや。……夢見が悪くてな。それより、どうした。何かあったのか」

 

 挨拶もそこそこに要件を訊くと、ホシノは少しだけ沈黙してから、

 

『んー……まあ、そうだねぇ』

 

 と、言葉を濁した。

 珍しいものだ。

 ホシノは言動こそふわふわとしたものであっても、その内容は的確なものばかりであり、目的や動機がはっきりしていることが多い。

 そんなホシノが、言い淀むような態度を見せている。

 わざわざ連絡を寄越すということはそれなりの重要性だろうと判断した俺は、追求するべきか否か考えたが、その決断を下す前にホシノが行動した。

 

『だから、ちょっとお邪魔するよー、先生』

「……何?」

 

 何がどう『だから』なのか定かではないが、端末から聞こえてきた言葉を最後に通信は切れて、それから何故か玄関の鍵が開く音がした。

 ……まさか、と考えてリビングに向かえば、当然のようにホシノが玄関から上がってきたところだった。

 どうやら鍵を持って来ていたらしい。元々ホシノが管理している空き家のため、当然と言えば当然だが、それを使って家に上がって来た事に対して何か言うべきなのだろうか。

 そう悩んだ末に言わなかったのは──ホシノの表情が、いつもよりも穏やかなものだったからだ。

 怖いくらいに、優しげで、穏やかな。

 

「うへ、こんばんは、先生。良い夜……じゃ、なさそうだね」

 

 深夜二時。

 誰もが寝静まるこの時間に、ホシノはまるで眠気を感じさせない声で、はにかみながらそう言った。

 

 037

 

「……何か飲むか」

「お構いなく……って、先生は何か飲むの?」

「ホットミルクをな」

「へえ、意外……じゃあ、やっぱりおじさんにもちょうだい」

「ああ」

 

 ホシノをリビングのソファに座らせて、飲み物の準備をする。

 本当はコーヒーを飲もうかと思ったが、ホシノが飲めるかどうか分からなかったため、誰でも飲みやすいものにした。

 カフェインを最近摂り過ぎているし、丁度良いだろう。

 

「蜂蜜はいるか」

「先生は入れる?」

「俺はいい。最近何かと甘いものを摂り過ぎた」

「うへ。じゃあおじさんもいいかな」

 

 そうして、リビングに置かれたテーブルにマグカップを置いた後、俺は対面のソファに座る。

 ……妙な空気だ。

 気まずい訳ではないが、ホシノの様子がいつもと違うこともあって、感覚が掴めない。

 

「気にしないでよ、先生。こっちが急に押し掛けたんだからさ」

「…………」

 

 俺の困惑を察したのだろうか、こちらが慮られる始末である。

 とは言え、それでもホシノは何から切り出して良いか悩んでいるらしく、話しあぐねているように見えた。このまま俺が聞き手に回っていると、一向に本題が始まらない可能性すらあるため、俺から取っ掛かりを作ることにする。

 聞きたいであろう中身も、予想はできているしな。

 

「……すまない。今日は情けない姿を見せた」

「……そんな事ないよ、先生。驚きはしたけど」

 

 少しだけね。

 小さな声で付け加えるように言って、それから。

 

「……先生。今日のこと。あと……もうバレてるから言っちゃうとさ、先生が心配で来たんだ」

「心配……」

「死んじゃいそうな顔してたよ」

「…………」

 

 今もね、とホシノは言う。

 比喩……では、ないのだろう、恐らく。

 俺が死に場所を探していることも、ホシノはきっと把握している。

 ロイに首輪を付けた時に立ち会っていたのはホシノだ。聡明な彼女であれば簡単に推理できたに違いない。

 

「悪い夢を、見るんじゃないかなって。予想してた」

「……そうか」

 

 どうやらホシノは、俺が悪夢を見ることさえお見通しだったらしい。

 となれば、先程の『やっぱり起きてた』という台詞は、俺が悪夢によって目覚める事を察していたということなのだろう。

 末恐ろしい少女である──本当に。

 

「…………先生、風紀委員長ちゃんと知り合いだった? それとも……知り合いに似てた?」

 

 それから、少し。

 含むようにホットミルクを飲んでから。

 俺が話題を振ったことで踏ん切りがついたのか、ホシノは前振りもなく核心を突いてきた。

 一応質問という体で訊かれてこそいるものの、これはどちらかと言えば確認だろう。

 つまり後者──ヒナに対して、知り合いを重ねたんだよね、とホシノは訊いているのだ。

 彼女にとっての答え合わせである。

 

「…………」

「そっか」

 

 その証左として──と言って良いのかは分からないが、俺が返事をしていないのにも関わらず、ホシノは納得したように頷く。

 

「大切な人?」

「…………俺にそれを判断する資格はない」

「それくらい大事な人なんだね」

「…………」

 

 語るに落ちるとはこのことか。

 誘導尋問じみているが、俺にそう語らせるのは、やはり今のホシノの雰囲気が原因だろう。

 今の俺に余裕がないというのも勿論あるが、それ以上に──ホシノの笑みに余裕がある。

 余裕と言うか……普段の警戒心が、ない。

 

「……先生はさ。これからあの風紀委員長ちゃんと、どう関わっていくつもり?」

「…………そうだな」

 

 俺の思索を他所に、ホシノは質問を続ける。

 これに関しては尋問じみた確認ではなく、純粋な質問のようだった。

 ホシノはその問い以上は語らず、ちびちびとミルクを飲みながら、俺の答えを待つ姿勢になった。それは逆に言えば、答えを出さなければ納得しない、という態度とも取れるが……俺が文句を言える立場ではあるまい。

 俺は少し考える。

 空崎ヒナと、今後どう関わっていくべきか。

 まず、絶対的に一切の関わりを断つというのは不可能だ。俺がシャーレという組織に所属し、相手がゲヘナの風紀委員長である以上、有事の際に全く顔を合わせないはずがない。

 協力体制に不備があるようであれば、周囲に迷惑をかけてしまう。それは望ましくない。

 であれば、可能な限り接触を避けつつも最低限の対応はする、というのがやはり落とし所か。

 思考内容を何度か確認し、ある程度まとめてから、俺は口を開く。

 

「……今の俺の態度は、ヒナからしてみれば不快だろう。だから、これからは関わりを避けて──」

「やめた方がいいよ、それ」

 

 ぴしゃりと、ホシノは俺の言葉を否定した。

 ホシノにしては珍しい、強い口調で俺の言葉を遮ったのだ。

 やめた方がいい、と。

 

()()()()()()()、二人とも」

 

 表情こそ柔らかいが、その言葉はどこか実感の伴ったもので。

 嫌な質感を持った忠告だった。

 

「拒めば拒むほど、見えなくなっちゃうし、思い出せなくなる。……先生、その子のこと、今もまだちゃんと見えてる(思い出せる)?」

「…………」

 

 全て分かっているかのような言葉に、俺は閉口する。

 黙らされたと言っても良い──ホシノの言う事は、俺にとって全て事実だったからだ。

 実際に、現実のヒナは617と重なって見えず、夢の中の617がヒナの姿にすり替わっている以上、否定のしようもない。

 見えなく──なっている。

 

「…………ならば、どうする。重ねてでも見ろと言うのか」

 

 恥を忍んで俺は訊いた。

 絶対に子供に訊くようなことではないが……今はホシノの言葉を聞き入れるべき時だと、そう判断しての行動である。

 側から見れば、年下の──それも成人すらしていない少女に対して老人が凄んでいる場面であり、彼女が怯んでもおかしくない光景だったが、それでもホシノは。

 小鳥遊ホシノは一切怯むことなく、俺の言葉を首肯した。

 

「うん。そうだよ、先生」

「……だが、それは──」

「見て、聞いて、喋って。その人を知らないと──本当に見えなくなる」

「…………」

 

 まるで経験してきたかのような言葉だった。

 いや──経験したのだろう。

 敢えて踏み込んだ推測をするならば、かつてこの地を去ったというホシノの先輩である前生徒会長と、誰かを、重ねた。

 それが誰なのかは──意図的に考えるのをやめておいたが。

 

()()しかないよ、先生」

「…………」

「大事な人と目の前の人の違いを……知らないと、ダメだよ」

 

 繰り返すようにホシノは言う。

 それは俺の問いに答えるのと同時、彼女自身に言い聞かせているようにも聞こえた。

 過去の自分に。

 

「……厳しいことを言う。似ている人間の違いを知れとはな」

 

 俺は正直に言った。

 あまりにも素直にそのまま言葉にしたため、棘を含む言い方になってしまったが……まあ、本当に正直な気持ちだった。

 事実として、俺は既に分かりやすい違いを見つけているにも関わらず、ヒナに617を重ねているのだ。

 これ以上関わってしまうと、むしろ彼女たちの姿を完全に混ぜてしまうのではないかという恐れすらある。

 だが、ホシノはそんな俺を見て、苦笑した。

 

「そんなに悲観しなくてもいいよ。むしろ似ている事が分かるだけマシかもよ?」

「……よく、分からんな」

 

 似ていることが分かるだけ良い、とは、果たしてどういう意味だろう。

 酷似していることに悩んでいるのだから、それを理解しているのは当然ではないのか、という俺の疑問を感じ取ったのか、「これはアドバイスってわけじゃないんだけどね」と前置きしてから、ホシノは続けた。

 

「似てるってことは、()()()()()()んだよ、先生」

「…………………肝に銘じよう」

 

 ホシノの助言に、俺は辛うじて返事をしたが、しかし……とても齢十七の少女から出てくる言葉とは思えなかった。

 もはや情けなさを感じることなく、感心してしまうほどだった。

 感心して、それから俺は思う。

 そんな、酸いも甘いも噛み分けてきたことが感じ取れるホシノの人生とは、果たしてどのようなものだったのだろう、と。

 幻覚を見てしまうような。

 悪夢を見てしまうような経験とは、果たして。

 

「……お前も」

「うん?」

「…………」

 

 お前も、俺と同じなのか。

 と、そう訊こうとして──やめた。そんなことはもう分かりきっている事だ。わざわざ傷を抉るような真似をする必要はない。

 しかし言い出した手前誤魔化すことはできず、俺は代わりに、

 

「……お前は強いな、ホシノ」

 

 と、言い直した。

 些か強引ではあったが、これは本心である。

 ホシノは強い。

 それは戦闘力が高いという意味ではなく──いや、実力も相応に高いのだが、それとは別の精神的な話だ。

 俺はかつて、彼女を脆く危ういと評したことがあったが……早計だったと言わざるを得ない。

 勿論、脆い部分や危うい場所も存在しているが──無視できないくらいには危ういことに違いはないが、しかしそれは一面に過ぎなかったのだろう。

 

「…………どうかな。先生が思うほど、私は強くないよ」

 

 俺の称賛を聞いた後少しだけ沈黙してから、ホシノは謙遜するような事を言った。

 だが、事実だ。

 俺は、俺の中の事実を否定するつもりはないし、何よりも俺はその強さを羨ましくも思うのだ。

 

「お前が思うほど、弱くもあるまい」

 

 少なくとも、今の俺は間違いなくホシノの強さに助けられたのだから。

 

「────うへ、ありがとうね。先生」

 

 照れたような笑みを持って、ホシノは言う。

 少しだけ、眠そうになった声で。

 それからは少し雑談をして(何気ない雑談ではあったが、如何せん俺たちの会話は重苦しいため、これを雑談とまとめて良いのかは分からんが)、ホットミルクを飲み終えた頃に自然と解散の流れとなり、ホシノは「ご馳走様、また明日ね」と言って、若干明るみ始めた空の中、帰宅して行った。

 今日は随分と長い一日だった。

 ホシノの元先輩の情報。柴関ラーメンへの砲撃。アビドス自治区の土地の権利。風紀委員会の介入。カイザーコーポレーションの思惑。そして──617に似た空崎ヒナ。

 マグカップを片付けてから、集まった情報を端末に整理していく。

 これまでの状況と、これからの行動方針──それと、万が一の作戦を決行するための準備をする。残念ながら、流石に深夜、というか朝に近いこの時間に連絡を寄越すのは迷惑だろうから、これらは日中に行う必要があるが。

 そして準備を終えた午前四時、俺は再び就寝した。

 夢は見なかった。

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