ハンドラー・ウォルター先生概念。 作:ヤマ
041
最も懸念していたリンへの連絡を済ませたことで(彼女は非常に忙しい身なので連絡がつかないことが多い)、今日中にやらなければならない用件は全て終わった。
正確に言えば、対策委員会に秘密にしておかなくてはならないやるべき用件が、だが。
なので、やらなければならない仕事はまだ残っている。
俺は病院を出た後、そのままアビドス高等学校へ向かう。アヤネとセリカが帰ってくる前に教室に戻らなくてはならない。二人が調べ物をするだけの時間の余裕があったとは言え、移動時間も考慮すると……間に合うかどうかはギリギリと言ったところか。
もっとも、間に合わなかったところで何か大きな問題が起きるわけではないのだが……待たせ過ぎても悪い。
気持ち足を早めながら、俺は歩く。
布石は打った。想定できる範囲での仕事の依頼と手続きもやれるだけのことはやった。それでも俺の心中にある不安が拭えないのは、依然アビドスが不利だからだろう。
不利で、後手だからだ。
ずっと──最初から。
全ての黒幕がカイザーだと仮定しての話にはなるが、しかし俺たちは一度も奴らを上回ったことはない。銀行強盗ですらこちらの無知を脱却するための行為である。
俺たちはようやく、奴らの全貌の一部を把握しただけに過ぎないのだ。進捗としては、足元に辿り着いただけ、と表現しても良いだろう。
引き摺り下ろす準備はしているが、それも安全な策ではない。
ほとんど賭け──と言うか、分の悪い賭けだ。
危険な賭けとさえ言える。
もっとも、ルビコンにいた時と比べれば、まだまともな賭けなのかもしれないが──621に全てを賭けていた頃に比べれば真っ当とさえ言えるのかもしれないが、しかしあいつのように全ての賭けに勝ってくることを期待するのは無謀というものである。
イレギュラー、だ。
だからこそ今回は──アビドスにおいては、賭けるとしても一度だけにするべきだろう。その賭けも、やはりリスキーと言わざるを得ないのだが……そのリスクの責任は俺が負う。
何があっても、どうにかするしかあるまい。
そんなことを考えつつ、気持ち急ぎ足で歩いたのが功を奏したのか、俺がアビドス高校の校門に辿り着いた時、調べ物を終えて戻ってきたらしいアヤネとセリカに鉢合わせた。
待たせるようなことには、ならなかったらしい。
「あ、先生! 柴大将のお見舞いは、もう終わりましたか?」
「ああ。お前たちの用事も済んだのか」
「はい、アビドス自治区の土地関連書類を探してきました。詳細は後でお話ししますね」
「先輩たちはもう教室にいるみたいだよ」
そんな風に合流した俺たちは三人揃って教室に辿り着き扉を開けた。
の、だが。
「うへ~……」
「…………」
「…………」
「……な、何、この雰囲気?」
「何かあったんですか……?」
扉を開けるやいなや、明らかに気まずそうな、喧嘩でもしたのかと言いたくなる空気の淀みを俺たちは感じた。
今までにない空気の悪さである。
……何があったのかは知らないが、しかしこれに気を遣っていても何も進まないため、俺は敢えてその空気を無視する形で話を切り出した。
「──改めて、現状をまとめるぞ」
ノノミ、シロコ、ホシノの三人の事情は後で訊くとして、俺はひとまずアヤネとセリカが探し出した書類を机の上に広げ、ホワイトボードにこれまでの情報を記していく。
アビドスの借金状況、ヘルメット団及びカイザーの動き、便利屋の依頼、ブラックマーケット、風紀委員会、そして──アビドス自治区の土地。
「柴大将からの情報により……彼の店を含む、アビドス自治区の土地と建物ほぼ全てが、カイザーコンストラクションの所有になっていることが判明した」
俺は、二人が探し出した書類──直近までの取引が記録されているアビドス自治区の土地の台帳、『地籍図』を指し示す。
最新の記録は、二年前だ。
「アビドス自治区は既に、土地の大半を失っている」
以前、アヤネが砂漠化の現状を説明するために塗り潰した地図を更に書き足していく。
「既に砂漠に飲み込まれてしまった、本来のアビドス高校本館と、その周辺数千万坪の荒れ地。そしてまだ砂漠化が進んでない、市内の建物や土地までカイザーが所有している」
そこに残ったのは──この広大なアビドス自治区でも、ほんの一握りの範囲である。
皮肉にもそれは、五人でも管理できそうなほどの著しく狭い範囲だった。
「所有権がまだ残っているのは、今は本館として使っているこの校舎と、周辺の一部の地域だけだ」
「…………」
既に粗方の事情を説明した上での現状把握のため、分かりやすい大きなリアクションが返ってくることはない。しかし、それでも事の重大さを考えると、重く受け止めざるを得ないのだろう。
誰も、何も言わない。
「……学校の資産の議決権は、生徒会にある。つまりアビドス前生徒会が、この取引を行っていた。そうだな」
「……はい。ですので、生徒会がなくなってからは、取引は行われていません」
「そっか、二年前……」
ホシノには思うところがあるのだろう、伏目がちに呟く。
二年前。
アビドスの生徒会が──消えるまで。
「何をやってんのよ、その生徒会のやつらは!! 学校の土地を売る? それもカイザーコーポレーションなんかに!? 学校の主体は生徒でしょ!? どうしてそんなこと……っ!」
「こんな大ごとに、ずっと私たちは気付かないまま……」
「……それぞれの学校の自治区は、学校のもの。あまりにも当たり前の常識です。当たり前すぎて、借金の方にばかり気を取られて、気付くことが出来ませんでした」
「私が、もう少し早く気付いていたら……」
「この結果はお前たちが選んだものではないだろう。必要のない責任を負う必要はない」
フォローとしては些か心許ないが、過剰に責任を負おうとする彼女たちに俺は言った。
悪い言い方をすれば、仮に一年生であるアヤネが気付いたところで間に合ったわけではない。
早いか遅いか、それだけの違いだ。
消沈するアヤネを気遣うかのように、ホシノも俺に続けてフォローする。
「……うん、それはアヤネちゃんが気にすることじゃないよ。これはアヤネちゃんが入学するよりも前の──いや、対策委員会ができるよりも前のことなんだから」
「……ホシノ先輩、何か知ってるの?」
「あ、そうです! ホシノ先輩も、アビドスの生徒会でしたよね?」
「え? そ、そうだったの!?」
「それに……最後の生徒会の、副会長だったと聞きました」
「うへ~、まあそんなこともあったねえ。二年も前のことだし、そもそも私もその辺の生徒会の先輩たちとは、実際に関わりは無くってさー。私が生徒会に入った時には、もう生徒会の人たちはほとんど辞めちゃってたから」
全員からの質問に、ホシノは淀みなく答えた。恐らく、これらの言葉に嘘はないだろう。
土地の取引について知らなかったくらいだ、これについて誤魔化す理由はない。
そう──知らないのだ。
知らないまま、知る事のできないまま、負の遺産を受け継いでいる。
「その時はもう在校生も二桁になってたし、教職員もいない。授業なんてものは、もうとっくの昔に途絶えてた」
伏せていた目を閉じて、思いを馳せるようにホシノは語る。
滔々と、語る。
「生徒会室も、そうと言われなければただの倉庫にしか見えないところだったし、引継書類なんて立派なものは一枚も無かった。ちょうど砂漠化を避けようとして、学校の建物を何度も移してた時期だったってこともあってね」
重要書類やこちらの有利になりそうな書類はきっと、その辺りで紛失しているのだろう。
この建物も別館であることを考えると、アビドスはかつて相当な規模の自治区だったことが窺えるが……今や見る影もない。
影も形もなく、ただ砂だけが残る。
「そもそも最後の生徒会って言ったって、新任の生徒会長と私の二人だけだったし。……その生徒会長は無鉄砲で、会長なのに校内でも随一のバカで……私の方だって、嫌な性格の新入生でさ。いや~、何もかもめちゃくちゃだったよ」
めちゃくちゃだった、と語るホシノは懐かしそうで。
どこか──楽しそうだった。
「校内随一のバカが生徒会長……? 何それ、どんな生徒会よ……」
「成績と役回りは別だよ、セリカ」
「そもそも、セリカちゃんも成績はそんなに……」
「わ、分かってるってば! どうして急に私の成績の話になるわけ!? 一応ツッコんでおいただけじゃん!?」
「うへ~、いやいや、正にその通りだよ。生徒会なんて肩書だけで、おバカさん二人が集まっただけだったからね。何の間違いだか、生徒会なんかに入っちゃって……いや~、あの時はあちこちに行ったり来たりだったねえ」
楽しそうで──哀しそうだった。
「ほんっとバカみたいに、なんにも知らないままでさ……」
その『バカ』という言葉には、負の意味だけではない、ありとあらゆる思いが含まれているのだろう。
俺の計り知れないほど遠い記憶の、褪せることのない、輝かしいものが。
「……ホシノ先輩が責任を感じることじゃない。昔の事情は知らないけど、実際に生徒会が解散になった後……アビドスに対策委員会ができたのは、間違いなくホシノ先輩のおかげ」
「う、うん……?」
ぱちくり、と。
シロコの唐突な称賛に目を瞬き、珍しく表情に出して驚くホシノは、本当に困惑しているような曖昧な相槌を打った。
……本当に珍しい表情だ。
俺は何故か新鮮な気持ちで、話の行く末を見守る。
「……ホシノ先輩は怠け者だし、色々とはぐらかしてばっかりだけど、大事な瞬間には絶対に誰よりも前に立ってる」
「そうです。セリカちゃんを助けに行く時、真っ先に先頭に立ったのもホシノ先輩でしたし……」
「……うへ~、そうだっけ?」
続くシロコとアヤネの褒め言葉に、ホシノはどうにかいつも通りの表情に戻して平静を装ってから、にへら、と笑って、なおも誤魔化そうと言葉を繋ごうとした。
けれどそれは、受け流してはならないものだ。
彼女にとっては、大切なものに成り得るはずだ。
だからこそ俺は、そんなホシノに対して遮るように言う。
逃がさないように、言う。
「よく覚えてな──」
「お前は、必ず前に立つ。誰かを守るために」
「────…………」
ホシノが、かつてロイたちを助けるために、迷いなく車から跳躍した時のことを思い出しながら、俺は伝える。
ここで誤魔化されてしまうと……ホシノが消えてしまうような、そんな気がして。
男である俺の言葉は強い印象を与えてしまうが、こういった時は便利だ──繋ぎ止めるためには、必要な楔だ。
「うん。ホシノ先輩は色々とダメなところもあるけど、尊敬はしてる」
「ど、どうしたのシロコちゃん!? 急にそんな青春っぽい台詞を……! おじさんこういう雰囲気、ちょっと苦手なんだけど!?」
「……や、なんとなく、言っておこうかなって思って」
激しく狼狽するホシノに対し、シロコは淡々としたものだった。
照れもなければ恥ずかしがってもいない。
あそこまで真っ直ぐで、愚直とすら言えるシロコの言葉に裏も表も無い。
だから、ホシノは受け止めるしかない。
「え、えぇ……?」
ただ、あまりにも真っ直ぐな感情に、受けとめ切れずに当惑こそしていたが。
「…………」
しかし──何となく、というシロコの言葉には含みがあった。この辺りは先程の空気の悪さに関することなのだろう。とはいえ、ホシノを全員で褒めた事が良い方向に働いたのか、話し合い当初にあった悪い空気は払拭されている。
アビドス廃校対策委員会。
彼女たちの居場所。
……これが、ホシノを繋ぎ止める鍵、なのかもしれない。
042
「……これから俺が話す内容は全て仮説だ。仮定に仮定を重ね、推理と想像、飛躍した推測による産物であることを念頭に置いた上で聞け」
一息ついてから、俺は話を再開した。
ホワイトボードの裏表を変えて、真っ白な面に書き出していく。
「そもそも、何故アビドスの前生徒会は、カイザーコーポレーションにアビドスの土地を売却したのか。これは単純に借金返済のためだと考えられる。当時の生徒会には借金を返済する手段がそれしかなかったのだろう」
お前たち程の実力がなければ、指名手配犯を狩りながらヘルメット団を撃退するような真似はできん、と忘れずに補足しながら。
「借金のために、土地を……」
「はい、私もそう思います。当時すでに学校の借金はかなり膨れ上がった状態でした」
「そうだね~。私もしっかり関わってないからただの推測だけど……ちゃんと学校のためを思って、色々と頑張ってた人たちなんじゃないかなーって思ってる」
ホシノの同意を得た事を確認して、俺はホワイトボードに描いた簡易的な地図を塗り潰す。同時に、当時の借金額を推測で書き出していく。
「しかし、それではまるで足らなかった。砂漠化が進むアビドスの土地に高値が付くはずもなく、少なくとも借金自体を減らすには至らない」
「それで、繰り返し土地を売ってしまう負の循環に……ということでしょうか」
「何それ、なんかおかしくない? 最初からどうしようもないっていうか……」
どうしようもない。
セリカの発言は鋭い──的を射ていると言っても良い。
「つまり、突飛な発想をすれば……これは最初からカイザーコーポレーションの罠だったということだ。……考えれば考えるほど、随分と悠長で大掛かりな手口だがな」
「え? え……どういうこと?」
「あ〜……なるほど、そっか」
俺の言葉に疑問符を浮かべるセリカとは裏腹に、ホシノは納得したような声を上げた。
流石に聡いホシノは気付くだろう。短いとはいえ、過去のアビドスと関わりがあったのなら尚更、答えに辿り着いたとしてもおかしくはない。
「……アビドスにお金を貸したのも、カイザーコーポレーション」
「……!」
だが、意外にも。
シロコもまた、この仕組みに気付いたようだった。
何重にも仕組まれた、雁字搦めの罠に。
「ということは……」
「カイザーローンが、学校の手に負えないぐらいのお金を貸して、利子だけでも払ってもらうために土地を売るよう仕向けた」
「……そうだな。最初は重要性の低い砂漠や荒廃した土地を売るように甘言を弄し、それを断る術を持たない当時のアビドスはこれを了承した。だが、重要性が低いとは価値が低いということ。借金返済のために、より価値の高い土地を売っていく。次第に、アビドス自治区そのものがカイザーコーポレーションのものになっていった」
「……きっと、先生の言う通りでしょう」
借金は減らない。
しかし、土地と建物の権利は失っていく。カイザーはこの状況を最初から狙っていた──となれば、消去法になってしまうが、やはり土地そのものが狙いだったと考えるしかあるまい。
問題は動機だが……候補はあるが、絞り込めん。
「元々、そういう計算だったのかもしれない」
「アビドスにお金を貸した時点で、こうなるように全てを……」
「だいぶ前から計画していた罠だったのかもね。それこそ何十年も前から……それくらい、規模の大きな計画だったのかも……」
規模の大きい、何十年単位の計画。
言葉にすれば単純だが、それを観察、維持するにはカイザーコーポレーションにも相応のリスクと費用がかかっているはずだ──普通に考えれば、砂漠化の一途にある土地にそこまでの投資をする価値があるとは思えない。
逆説的に言えば、カイザーコーポレーションはその投資に見合うだけの何らかの価値をアビドスの土地に見出しているということになるのだが──。
「何それ!? ただただカイザーコーポレーションのやつらに弄ばれてるだけじゃん!」
企業の所業に思わずといった様子でセリカが激昂する。今までの溜まりに溜まったストレスが爆発したのだろう、矢継ぎ早に怒りの言葉が飛び出してくる──あまり、言うべきではないものまで。
「生徒会のやつ、どんだけ無能なわけ!? こんな詐欺みたいなやり方に騙されてなければ──!」
「落ち着け、セリカ」
「っ……先生」
止めてみれば、しかし──セリカは泣きそうな顔だった。
意識的に声の圧を抑えるようにしながら、俺は言う。
「……お前の怒りも分かる。だが、それは結果論だ。何より今回責めるべきは企業であり、先人を罵倒するのは間違っている。当事者にしか分からない事情もあるだろう。……敵を見誤るな」
「……わ、私だって分かってるわよ! た、たまにゲルマニウムのブレスレットとか買ったりするし、下手したらここの誰よりも分かってる! 悪いのは騙した方だってことは! でも!」
ぐっ、と。
歯噛みする表情で涙を堪えながら、セリカは胸を押さえて吐き出すように嘆く。
「っ、でも……悔しいよ、先生……ただでさえ苦しんでるアビドスに、どうしてこんな酷いこと……」
非道で、悲惨な仕打ちである。
子供である彼女たちにはあまりにも惨い行為だ。
だが、『悪い大人』である俺には理解できる。
できてしまう。
企業にとって、その方が──楽なのだ。
大人より子供を騙す方が、簡単なのだ。
幸せな人間より、不幸な人間の方が。
「……苦しんでる人たちって、切羽詰まりやすくなっちゃうからね~」
どこか自嘲するように、ホシノは言った。
「切羽詰まると、人は何でもやっちゃうものなんだよ」
俺にはそれが──あまりにも。
あまりにも。
「ま、よくある話だけどね。ただそれだけだと思うよ、セリカちゃん」
「…………よくあること、か」
「? 先生?」
ああ、そうだな。
いくらでもあるだろう。
世の中には理不尽も悪意も暴力も蔓延っている──だからこそ、その理不尽は俺たちが背負わねばならない。
子供でなく、
背負わねば、ならない。
「……アビドス生徒会。きっと彼女達は使命を背負った。先人から受け継がれてきた土地を守る使命を──責任をな。人は、託された思いを捨てることは難しい」
「…………」
「人は使命のためになら理想を捨て、手段を選ばなくなる──選べなくなる。だがそれは、心を殺すことと同義だ。その犠牲を
「…………うん」
俺の言葉にホシノは、短く返した。
伝わったかどうかは分からない。これはもはや俺の後悔であり、自戒であり、人生経験から来るただの理想の押し付けでしかない。
ただ、それでも、ホシノは。
噛み締めるように、ゆっくりと頷いた。
「──学校の借金。このアビドスが陥っている状況、そして私たちが先生と一緒に見つけ出してきた幾つかの糸口。全てが少しずつ、繋がり始めています」
進行役としてやはり優秀なアヤネは、一つ一つの要素をまとめていく。
助かった、などと俺が言うべきではないが、重苦しくしてしまった空気を変えるために、それに乗る形で言葉を繋いだ。
「……カイザーコーポレーションはアビドス生徒会が消えたことにより、合法的に土地を手に入れることができなくなった。だが、それでは足りていなかったのだろう。目的は定かではないが、最後の土地であるアビドス高校を奪うために、ヘルメット団を雇っていた」
「そうなると……カイザーコーポレーションの目的はお金ではなく土地だった、という結論になります。でも……アビドス自治区は、もうほとんどが荒地と砂漠、砂まみれの廃墟になっているのに……」
「確かに……土地を奪ったところで、何か大きな利益があるとは思えませんが……」
ノノミとアヤネの言う通り、砂漠化した土地は不毛の大地といっても過言ではない。
勿論、アビドスには学生では調べ切れないような資源が眠っており、企業の力で掘り起こすつもり──という可能性も残っているが。
安い土地だと思って売り払ったら金脈だった、などという話は歴史上往々にしてある。
ただ、もはやカイザーの動機に一般的な理由を求めるのは間違っているような気がしてならない。
もっと──根本的な何かが。
ああ……そう言えば。
一つだけあった。
手掛かりになりそうな、ヒントになり得るものが俺の中にあったことを思い出した。
「……動機、と言えるほどではないが」
俺は一度言葉を区切ってから、ヒナの言葉を思い出す。
できれば思い出したくない、キヴォトスに来てから最大の失態と言える記憶であり、しかもあの時の記憶はかなり曖昧だが──617との境界が曖昧だが、弱音を吐いている場合ではない。
脳裏の
ヒナの言葉を、思い出す。
──アビドスの捨てられた砂漠……あそこで、カイザーコーポレーションが何かを企んでる。
「……? 先生?」
「────…………これはヒナ……ゲヘナの風紀委員長から聞いた話だが。アビドスの捨てられた砂漠で、カイザーコーポレーションが何かを企んでいると言っていた。心当たりはあるか」
「うーん…………」
頭痛を堪え、どうにか思い出した記憶を話してみるが、しかし全員思い当たるようなことは無いようで、一様に首を傾げた。
残念ながら心当たりはないらしい。
とは言え、手掛かりもヒナの言葉しかない以上それに頼るしかないだろう、と。
そう思い、俺が実地調査を提案しようとした、その時だった。
泣いたことで少しだけ赤くなった目のまま、それでもセリカが叫ぶように、発破をかけるように、全員に呼び掛けた。
「ああもう、そんなことを考えるより、アビドスの砂漠はうちの自治区なんだから、実際に行ってみればいいじゃん! 何が何だか分からないけど、この目で直接見た方がいいって!」
全員を鼓舞するようなセリカの言葉に──対策委員会は、笑う。
勇気付けられたように、笑う。
分かりやすく、素直で、行動力と決断力がある少女だと思う。
ロイも、こういった姿に救われたのだろう。
「……ん、そうだね」
「……いや~、セリカちゃん良いこと言うねえ。こんなにたくましく育ってママは嬉しいよ。泣いちゃいそう。ティッシュちょうだい」
「な、何よこの雰囲気!? 私がまともなこと言ったらおかしいわけ!?」
「あ、あはは……そんなことは……でも、セリカちゃんの言う通りです」
こうやって今までも様々な困難を乗り越えてきたのだろう。
ならばこれからも乗り越えられるはずだ──五人さえいれば、間違いなく負けることはないはずだ。
ならば俺のやるべきことは、一つである。
「……方針は決まったようだな。では、一つ頼みがある」
「? どうしたの、先生」
俺の改まった言葉に、ホシノは首を傾げて問う。
……ただの勘だが、準備はしておいた方がいいだろう。
気休めだが、無いよりは良いはずだ。
ある意味、企業が何十年もかけて挑んでいる仕事を調べようと言うのだから、保険を掛けておくに越したことはない。
「今回の調査は、『連邦捜査部シャーレ』としての正式な依頼だ」