ハンドラー・ウォルター先生概念。 作:ヤマ
043
「ここまでは列車で来ることが出来ましたが、ここからの移動手段は徒歩しかありません。もう少し進めばアビドス砂漠──このアビドスにおける、砂漠化が進む前から元々砂漠だった場所です」
あれからしばらくして。
対策委員会は、ヒナに『捨てられた砂漠』と評されたアビドス砂漠を目指し、四人で移動していた。
今回俺は、アヤネとともに教室からのサポートとなる。
砂漠を行軍する生徒たちに、杖を突いて共に移動するわけにもいかない──と言うか、そんな事は不可能だ。
銃弾に対してはアロナの防壁があるとは言え、体力や移動速度はただの老人である俺に、砂漠の徒歩行軍などできるはずもない。
前回、ロイを助けに行った時はヘルメット団のバギーを使用したが、そう毎回ヘルメット団から強奪するわけにもいくまい。
調査である以上、場合によっては素早い撤退も考慮しなければならないことを考えると、俺は行かない方が良いと判断した。
一瞬、とても珍しいことをしているような気に駆られたが、しかしルビコンではこの形が当たり前だったことを考えると、俺も相当キヴォトスに慣れてきたということなのかもしれん。
「普段から壊れたドローンや警備ロボット、オートマタなどが徘徊してるので、危険な場所なのですが……今は強行突破するしかありません。皆さん、今一度火器の動作チェックをお願いします。アビドス砂漠で、カイザーコーポレーションが一体何を企んでいるのか──実際に行って、確かめることにしましょう」
普段から壊れたオートマタが徘徊している、と聞いて、俺はルビコン技研都市を思い出す。
人の手が無くとも半世紀以上稼働するエネルギー……と言うわけではないだろうが、しかし、想起させるものはある。
もしも。
もしも、この世界にコーラルが存在しているのならば──俺はそれを、何としても根絶しなければならない。
どんな手を使っても──どんなものと引き換えにしてでも。
焼き払わなくては、ならない。
……と、言ったものの、この世界にコーラルが発生していない事はある程度は既に確認済みだ。
簡易的な機器である上、キヴォトス全土を調べたわけではないので絶対とは言えないが……無用の心配だろう。
あれほど空が透き通っているならば、今は気にする必要はない。
現状、ただの杞憂だ。
あるいは──俺は、コーラルが存在していてほしいのだろうか。
命を賭す使命が、欲しいのだろうか。
それは何とも、笑えない話だった。
『けどさ、アヤネちゃん。よく考えると、その情報をくれたのってゲヘナの風紀委員長でしょ。それってなんかおかしくない? いくら風紀委員長とはいえ、どうして他の学園の生徒が、うちの自治区のことをそこまで知ってるわけ?』
「うーん、あくまで推測に過ぎないけど……ゲヘナの風紀委員会はかなり情報収集能力に秀でてるって聞いたことが……だから、アビドスみたいな小規模な学校では考えられないような情報網を持ってる、とか……?」
『ま、そういうこともあるのかもね~』
オートマタが徘徊しているとは言え、精鋭と評しても過言ではないアビドス対策委員会は、それらを片手間で処理しながら雑談をする余裕があるようだ。
……三大学園の戦力全てを把握しているわけではないが、しかしハスミやユウカのような学園の上澄みと比較しても、アビドスの実力は何ら遜色無いように思える。
この環境が鍛え上げた実力だと考えると、皮肉でしかないのだが。
「委員長という立場でしたら、風紀委員会が把握している情報は全部集約されているでしょうし……それにあの時、あちらの行政官がたしか……」
──だってここの土地はアビドスのものじゃないでしょう!
──カイザーが保有している、いわば立退済みの無人地帯のはずです!
「行政官は、アビドスが既に土地を失っている事を知っていました。その前は『まだ違法行為とは言いきれない』とも言っていましたし……あの時はてっきり苦しい言い訳かと思いましたが、実際彼女には不法侵入の意図は無かったのでしょう」
どこか納得したようにアヤネは言った。
ただし、不法侵入の意図こそなかったとしても、アコの言ったことは詭弁である。
あくまでカイザーに奪われたのは土地で、アビドスの自治区であることに変わりない以上、戦闘行為にまで及んだのはどう考えてもやり過ぎとしか言えないのだから。
『もしかしたらそうかもしれない。けど、あの時の風紀委員会には、明らかに侵犯行為だと取れる言動が多々あった。あそこがアビドスの所持している自治区だったかどうかは、そんなに重要じゃない』
と、そこで意外なことに──と表現するのは失礼かもしれないが、シロコは冷静にアコの行動を批判した。
感情論ではない、理論的な、筋の通った意見である。
『それに、あのアコの行動は明確な敵対行為。それだけで十分。あの時の判断は間違ってない』
……どうも銀行強盗発案のイメージが先行してしまうせいで、シロコの人となりを掴むのが難しいが、しかしそのイメージに反して、彼女は比較的理論的かつ理性的な部分が見受けられる時がある。
発想そのものはかなり突飛だが……警備ルートや監視カメラの位置を覚えていたり、カイザーの思惑に辿り着いたりと、想像以上に考えている印象だ。
「……はい、そうですね。ありがとうございます、シロコ先輩。ですがあの行政官は、私たちの知らなかった事実を知っていた。なら、その上司であるゲヘナの風紀委員長が私たちの知らないことを知っているとしても、何もおかしくありません」
『ま、行ってみたらそれも含めて、きっと色々分かるでしょ。セリカちゃんが言ってた通り、直接この目で確かめれば早いんだしさ。んじゃ、引き続き進むとしよっか〜』
ホシノの掛け声を皮切りに、再び進み始める四人のマーカーを確認して、マップの更新を行う。
どうやら目標地点までもうしばらくかかるようだ。
おおよその到着予想時刻を更新してから、俺は目を休めるために瞼を閉じて、思考に沈む。
思い出す。
「先生。出発する前に、ちょっと時間が欲しい。……相談したいことがあって」
それは会議が終わった後、各自準備のため一度解散して──ホシノがいなくなったことを確認したシロコからの発言だった。
その深刻な表情から、恐らく先程の雰囲気の理由を説明しようとしていることを察した俺は、その願い出を了承し、数多くある空き教室の一室に入った。
シロコと向かい合う。
どこか緊張している様子の、彼女と。
……そう言えば、こうしてシロコと二人で話すのは珍しい──と言うより、初めてか。ホシノと二人で話す事は何度もあったが、他の生徒とこうして語る機会はほとんどなかった、と今更のように気付いた。
ともあれ、シロコはしばらく逡巡するような様子を見せてから、
「…………これ。ホシノ先輩のバッグの中から見つけたの」
と、おずおずと一枚の紙を俺に差し出して来た。
どういった経緯なのかは知らないが、どうやら後ろめたさのようなものを感じているらしい。
シロコの差し出した一枚の紙を受け取って確認すれば──それは、シロコの悩みの原因が、どんなに察しの悪い人間であろうと理解できるような、そんな物だった。
退会・退部届。
アビドス廃校対策委員会、小鳥遊ホシノ。
──おじさんに何かあったら、アビドスのことよろしくね。
……なるほどな。
何か、か。
「……ん。書かれてる通りの意味だと思う」
これを見れば、先程の空気の悪さにも納得がいくというものだ。
恐らく、これに気付いたシロコはホシノに問い詰めたに違いない──ただ、当然のようにホシノは誤魔化しただろうし、ノノミはきっと一触即発の状況に居合わせて、二人の間に立ったのだろう。
俺たちが来るまで、地獄のような空気だったのかもしれない。
あくまで予想でしかないが、まあ、大きく外れてもいないだろう。
「先生以外にはこれを誰にも見せてないし、言ってもないけど……バッグを漁ったこと自体は、ホシノ先輩にはバレてる気がする」
「……これを探す心当たりが、お前たちにはあったということか。何故だ?」
シロコは、ん、と。
思い出すように目を瞑ってから言う。
「……ホシノ先輩があそこまで長い時間席を外すなんてこと、今までに無かった。それに、風紀委員会からあんなに追い詰められるまで先輩が来ないなんて」
──ホシノ先輩は怠け者だし、色々とはぐらかしてばっかりだけど。
──大事な瞬間には絶対に誰よりも前に立ってる。
「それがどうしても引っかかって……先輩のバッグを漁ってみたら出てきたの」
やはり先程のシロコの言葉には、一切の嘘は無かったのだ。
だからこそ、彼女はホシノの行動を不審に思い──その予想は的中した。
「……ごめん、悪いことなのは分かってる。ホシノ先輩からはもちろん、生徒として、先生にも怒られても仕方ない」
しゅんとするシロコ。
どうやら大いに反省しているらしい。銀行強盗の発案時とは別人のようだ。
ならば、俺が叱る必要もないだろう。
彼女が罪を認め反省し、それを理解しているのなら、俺が言える事は何もない──それに状況が状況だ、目を瞑っておくことにする。
「……これは預かっておこう。お前の行動は褒められたものではないが……自覚しているのなら、責めるつもりはない」
「……うん、ありがとう。先生も分かってると思うけど……ホシノ先輩、何か隠し事をしてる」
何か、か。
どれもこれも誰も彼も分からないことしかないが、しかしホシノは言わないだろう。
俺と同じように。
何も、具体的には言わない。
そう考えると、俺もホシノを責める権利などありはしないのだが。
『ここから先が、捨てられた砂漠……』
ざり、と。
砂嵐の影響で若干ノイズがかった音声を聞き、意識を現実に戻すと、どうやら彼女たちは『捨てられた砂漠』に辿り着いたようだった。
『砂だらけの市街地に行ったことはありましたが、ここから先は私も初めてです……』
『いや~、久しぶりだねえこの景色も』
『先輩は、ここに来たことあるの?』
『うん、前に生徒会の仕事で何度かね~。もう少し進めばそこにはなんと、かつてアビドスの砂祭りが開かれていたオアシスが!』
『え、オアシス? こんなところに?』
セリカの問いに答えるようにびしっとホシノは砂漠の先を指差している──が、当然そこにオアシスは無く、砂が舞うばかりである。
強いて言えば、砂の泉ではあるのだろうが。
いや──砂の海か。
『うん、まあ今はもう全部干上がっちゃったんだけどね〜。元々はそんじょそこらの湖より広くって、船を浮かべられるくらいだったとか。ま、私も実際に見たことはないんだけど』
『砂祭り……私も聞いたことある。アビドスでは有名なお祭りで、すごい数の人が集まるって』
『そうそう、別の学校からもそのお祭り見たさに人が来るくらいだったからね。ま、砂漠化が進み始めるより何十年も前のことだけど』
『へえ、今となってはこんな光景になっちゃってるけど、ここでそんなすごいお祭りが……?』
『前までは、この辺りも結構住みやすい場所だったらしいよ~。その時はこんな砂埃もなかったし』
砂漠化が起きる前、アビドスはやはり相当な……もしかしたらゲヘナやトリニティに匹敵するような規模の学校だったのかもしれない。
だからこそ、それを捨てる事ができず──守ろうとして、借金をした。
守りたくて──手段を選べなかった。
俺も詳しいわけではないが……砂漠化を防ぐのが非常に難しいことは知っている。相当数の人間が、資金と労力をかけてようやくという難易度のはずだ。
それを子供がやっていた。
その子供の努力を、大人が掠め取った。
アビドスの歴史。
『ところで先生、まだ目的地は遠そう?』
「…………いや。
ホシノの問いに俺は答えた。
砂嵐と砂埃で彼女たちの肉眼には見えていないのだろうが、
「レーダーの反応からして、恐らくステルス機能を有した人工建造物だ」
「皆さん、前方に何かあります! 急にレーダーに反応が……!? 巨大な町……いえ工場、或いは駐屯地……? と、とにかく、ものすごい大きな施設のようなものが……!」
若干の時間差で、アヤネが詳細を伝える。
やはりと言うべきか、この施設はステルス性能も兼ね備えているようで、複数の計器、あるいは一定の距離内に近付かなければ反応しないようになっているようだ。
「……アロナ」
『いえ、ダメです、ウォルター先生。あの施設もオフライン、ローカル管理されていて侵入する事が出来ません』
「…………」
小さく声を掛けてみたが、例によってオフライン管理らしい。
まあ、集金書類や現金輸送車でさえ徹底していたのだから、奴らの本命が対策されていないわけがないか。
『……こんなところに施設? 何かの見間違いじゃなくて? 今のところ、こっちからは干からびたオアシスしか見えてないけど……』
「反応からして、恐らく間違いではないと思うのですが……とりあえず、肉眼で確認できるところまで進んでみてください!」
どこか疑わしげなホシノを説得するようにアヤネは言う。
現場から見えないものに対して、オペレーターからの指示を聞くかどうかはこれまでの関係性や信用が重要なのだが、その点において、アヤネの実績は確かなもののようでホシノたちはそれ以上疑う事なく進み始める。
そして。
『…………』
『何、これ……』
砂嵐が晴れた視界には、砂漠に果たしてどうやって建てたのか疑問に思ってしまうような巨大な施設が、この荒廃した広大な土地に建設されていた。
流石にザイレムほどではないが……キヴォトスにおいて、これほどの規模の施設は現状見た事がない。
『この張り巡らされてる有刺鉄線、優に数㎞先までありそう……』
『工場……? 石油ボーリング施設、ではなさそうな……一体何なのでしょう、この建物は……?』
『こんなの、昔は無かった……』
目新しく見えるこの施設は、ホシノの言う昔──つまり二年以上前にはなく、ここ二年の間に建てられたもののようで、実際に目新しいのだろう。
確かに、砂漠に建設されている割には傷や損傷が少ない。
「先生! 施設に、何らかのマークを発見しました!」
『これって……』
砂の舞う中、施設に刻まれたそのロゴは、やはりと言うべきか──カイザー系列のものである。
ただし、今までの
このマーク、この企業は──。
『──カイザーPMC』
俺が答えを言う前に。
ホシノは、強い警戒心を露わにした声でそう言った。
「……はい。ホシノ先輩の仰る通り、カイザーPMCのようです」
『カイザー……? こいつらもカイザーコーポレーションってこと!?』
「はい、カイザーコーポレーションの系列会社です」
『もうどこに行ってもカイザー、カイザー、カイザー! 一体何なの!?』
『それに、「PMC」ということは……』
『え、何かマズい言葉なの?』
セリカの質問に俺は答えた。
「Private Military Company──つまり、民間軍事会社だ」
『ぐ、軍事……!?』
「詳細は省くが……文字通り、軍隊のようなものだ」
『軍隊ぃ!?』
しかし、捨てられた砂漠にPMCの施設を置いた理由が分からない。何せ、オートマタなどの対策にしてはあまりにも過剰戦力だ。
街中や多少の郊外ならまだ理解できるが、列車も走っていないような場所に軍事力を集結させる意味とは果たして何だ?
何をしている──何をしようとしている?
『退学した生徒や不良の生徒たちを集めて、企業が私設兵として雇っているという噂がありましたが、まさか……』
その瞬間。
カイザーPMCの噂を知っているらしいノノミの言葉が終わる前に、けたたましい警報が鳴り響いた。
通信機越しでも、施設中に鳴り響いた事が分かるような大音量である。
『け、警報音……!?』
「まさか……! 総員撤退しろ! 戦闘は極力回避!」
『って言われても──!』
何がトリガーになったのかは分からないが、迷っている時間はない。
施設の全容を把握できていないため推測になるが、恐らく彼女たちは、既に私有地、あるいは施設内に侵入してしまっているのだ。
あまりにも広すぎて、巨大過ぎて、知らず知らずのうちに境界線を越えてしまったのかもしれない。
『これ……何だか大ごとにな……そう……んだけど……』
『……は……ヘリ……?』
『それに、こ……面の揺れ……恐……戦……』
「先生! 大規模な兵力が接近中! 包囲しに来ています! 装甲車以外にも戦車やヘリまで……! ものすごい数です! ですが……!」
『何……聞こ……い……』
「──っ」
ざり、と。
警報が作動した瞬間から、通信状況が著しく悪化した。
偶然の砂嵐か、あるいは……いや、それ以上に考えるべきはこの状況解決だ。
向こうの状況が把握することができない──逆に、こちらの声もまた、届ける事ができない。
今まさに戦闘が行われるかもしれない瞬間での通信障害は、最悪の事態が起こる可能性がある。
背に腹は──変えられんな。
「アロナ! サンクトゥムタワーの権限を一部掌握! 通信強度を上げろ!」
『はい、ウォルター先生!』
「ええっ!? いいんですかそんなことして!?」
当然、全く良くない。
はっきり言えば始末書ものである。
しかも、ただでさえリンに苦労を掛けている所にこんな事をしたとバレたら何を言われるか分かったものではないが……とは言え、事が事だ。
手段を選んではいられない。
『…………侵入者……聞いていたが……とは』
『な、何よこいつ……』
『まさかここに来……は……まあ良い』
通信遮断が起こっていた時間は、およそ数十秒。
アロナの援護により通信が完全に回復するのと、いつの間にか対策委員会の前に現れていた男の自己紹介は、ほぼ同時だった。
『──私は、カイザーコーポレーションの理事を務めている者だ。そして君たち、アビドス高等学校が借金をしている相手でもある』
『……嘘っ!?』
『では、古くから続くこの借金について、話し合いでもするとしようか』
本命の。
唐突に登場した全ての元凶であろう男は、不遜な態度でそう言った。
044
回復した通信に映ったのは、およそ二メートルはあるであろう図体の、いかにも高級なスーツを着こなしている男だ。
いや、正確に言えば男性型のロボット──あるいはサイボーグと表現するべきか。
頭部、そしてスーツから覗いているパーツ全てが機械である。生身の肉体に外骨格を纏っている、という様相でもない。
身体そのものが機械だ。
およそ人間ではない身体を駆動させながら、奴はホシノたちの前に立っている。
『アビドスが、借金をしている相手……』
「か、カイザーコーポレーションの……」
『正確に紹介すると、カイザーコーポレーション、カイザーローン、そしてカイザーコンストラクションの理事だ。今は、カイザーPMCの代表取締役も務めている』
企業の代表ということもあってなのか、妙に丁寧な自己紹介を聞きながら、俺は状況を把握する。
戦闘らしい戦闘は……していないようだ。PMC社員らしき者が何人か倒れてはいるが、正当防衛の範疇だ。俺の撤退指示はギリギリ届いていたらしい。ただ、そのせいもあって数多の兵力に包囲されてしまっている。
通信障害がやはり痛かったが……文句を言っても仕方がないので、俺はホシノの端末を利用し、己の姿を投影した。
向こうからはホログラムとして見えているだろう。
「──挨拶が遅れて申し訳ない。この作戦の責任者、連邦捜査部シャーレの顧問、ウォルターだ。カイザーPMC理事。知己を得て光栄だ」
『ふん……白々しいな。なるほど、貴様が例の
ファーストコンタクトは当然のように最悪のようだ。
無理もない、不法侵入をしておいて知己も何もないだろう。
表面上初対面だが、今まで行ってきた妨害を考えると、カイザーにとって俺の存在は鬱陶しいことこの上ないに違いない。
まあ、この挨拶は俺の事を知っている前提の皮肉のようなものなので、どう捉えられても構わないのだが。
だが、しかし……ゲマトリア?
聞いたことのない固有名詞である。
「……俺たちは、このアビドス自治区に申請されていない建造物があると聞いて調査しに来た」
気になる点はあったが、ひとまず今の状況を解決するために疑問を置いておく。これら一連の言い訳、もとい説明をしなくてはならない。
と言っても、作戦内容はほとんど虚偽だ。
ヒナの情報がなければそもそもカイザーが砂漠で何かを企んでいることさえ知らなかった上、オフライン管理ではアロナの介入も望めないため、建造物があるかどうかさえも知らなかったが、しかし建前は必要だ。
俺は理事の反応を見ながら話を続ける。
「今回の作戦はアビドス砂漠の調査だ。実態を探るべく、シャーレとして捜索を行っている最中だった」
『ほう…………。では、これらの行為は違法ではない。そう主張したいのか』
「そうだ。シャーレにおいて、これらの調査は不法行為ではない」
シャーレの権限。
それは、あらゆる規約や法律による規制や罰則を免れる超法規的機関である。
自治区の移動もまた、不法侵入とは見做されない。
私有地に侵入することは確かに問題ではあるが、しかしカイザーはこれらの建物の申請を自治区に行なっていない──存在を秘匿している。
企業としても報告を怠っている以上、俺たちを一方的に責めることはできないはずだ。
『ふん。…………なるほどな。シャーレの権力を使用して、私たちのことを調べようとした。そんなところか』
理事は不愉快そうに鼻を鳴らして、俺よりも奥──投影された俺の背後にいるであろうアビドスを見通すように見た。
どうやら、奴はこの行動をアビドスの依頼によるものであると推測したらしい。
『浅ましい努力だな』
明確な嘲笑を滲ませて、理事は言った。
流石にその態度は生徒たちの逆鱗に触れたのだろう、強い怒りを言葉に込めて、シロコが発言した。
『……要はあなたがアビドス高校を騙して土地を奪って、搾取した張本人ってことで良い?』
『……ほう』
『そうよ! ヘルメット団と便利屋を仕向けて、ここまで私たちをずっと苦しませてきた犯人があんたってことなんでしょ!? あんたのせいで私たちは……アビドスは──!』
「そこまでにしておけ、セリカ。今のお前たちは、連邦捜査部シャーレだ」
『…………』
あくまでも俺たちは、シャーレとして動かなくてはならない。
アビドス対策委員会の私情を混ぜてしまうと、カイザーとしてはそれを責めて来るだろう。
事実、カイザーは、
『やれやれ……最初に出てくる言葉がそれか。勝手に私有地へと侵入し、善良なる我がPMC職員たちを攻撃しておいて……だが、口の利き方には気を付けた方が良い。ここはカイザーPMCが合法的に事業を営んでいる場所。まず君たちは今、企業の私有地に対し不法侵入しているのだということを理解するべきだ』
と、釘を刺してきた。
抜かりない。
大企業の理事であり、アビドスへ行ってきた所業を計画した人物であることは間違いないようだった。
『…………』
『さて、話を戻そう。……アビドス自治区の土地だったか、確かに買ったとも』
くく、と笑いながら。
嘲笑いながら、理事は言う。
『
『…………っ!』
小馬鹿にしたような言葉に、セリカは再び何かを言おうとしたが、しかしぎりぎり踏み止まったらしい。
視線だけで射殺さんとする勢いだが、耐えてもらうしかない。
耐えて──情報を引き出さなければ。
『ここに来たのは、私たちがここで何をしているのか気になったからか? どうしてアビドスの土地を買ったのか、その理由が知りたいのか?』
どこか上機嫌に、カイザーは挑発して。
そして。
『それならば教えてやろう、私たちはアビドスのどこかに埋められているという、宝物を探しているのだ』
と、言い切った。
宝物。
何十年も、企業の総力を賭けて見つけ出そうとしている、宝物。
嘘──では、ないだろうな。
それは恐らく誤魔化しではなく、彼にとって言える範囲での最大限の表現だった、と捉える方が正しいだろう。
はぐらかすように「資源を探している」と言うよりは信憑性のある、誠実な受け答えであるとさえ言えた。
『そんなでまかせ、信じるわけないでしょ!』
『それはそう。もしそうだとすると、このPMCの兵力について説明がつかない。この兵力は、私たちの自治区を武力で占拠するため。違う?』
シロコの推測は確かに鋭いものではあったが、しかしそれはあまりにも私情が混じった推測でもあったため、俺はその言葉を否定した。
「……違うな。それではあまりに過剰戦力だ。そもそも、その為であればアビドスはとうに壊滅している」
『…………』
自分の手を汚したくないからとヘルメット団や便利屋を雇ったことを考えると、この戦力自体は別目的と考える方が自然だ。
問答無用で潰すなら、とっくの昔に潰されている。
いくら精鋭のアビドスとは言え、これだけの戦力相手に抵抗は難しいだろう。
『ほう……流石に先生と呼ばれるだけあって頭は回るようだ。その通り。数百両もの戦車、数百名もの選ばれし兵士たち。数百トンもの火薬に弾薬。たった五人しかいない学校のために、これほどの用意をするはずがない──冗談じゃない』
ほとほと呆れ果てたと言うように、理事は首を振った。
『あくまでこれは、どこかの集団に宝探しを妨害された時のためのもの。ただそれだけだ、君たちのために用意したものではない』
どこかの集団。
宝探し。
それはきっと、今後覚えておくと役に立つかもしれない情報だったのだろうが、しかしその前に、理事が行動を起こす。
『君たち程度、いつでも、どうとでもできるのだよ──例えばそう、こういう風にな』
言って、彼は懐から端末を取り出して通話を始めた。
『……私だ──ああ、そうだ、進めろ』
『な、何……? 急に電話……それに「進めろ」って……』
『残念なお知らせだ。どうやら、君たちの学校の信用が落ちてしまったそうだよ』
理事がそう言った瞬間、こちらの──アビドスの教室の電話が鳴り響いた。
アヤネがすぐさま電話を取り、スピーカーに切り替える。
『こちらカイザーローンです。現時点を以ちまして、アビドスの信用評価を最低ランクに下げさせていただきます』
すると電話口の相手は、なんの前置きも無く、無慈悲なまでに言い切った。
「なっ……!?」
『変動金利を3000%上昇させる形で調整。それらを諸々適用した上で、来月以降の利子の金額は9130万円でございます。それでは引き続き、期限までにお支払いをお願いいたします』
「はい!? ちょ、ちょっとそんな急にどうして──!?」
「…………」
俺はここで、作戦の失敗をほとんど確信してしまった。
下手をすれば、手遅れである。
これは──まずいな。
『きゅ、九千万円!?』
『……くっくっくっ。これで分かったかな。君たちの首にかけられた紐が今、誰の手にあるのか』
『ちょっ、嘘でしょ!? 本気で言ってんの!?』
『ああ、本気だとも。しかしこれだけでは面白みに欠けるか……』
なおも満足せず、理事は顎に手を当てながら、
『そうだな、九億円の借金に対する保証金でも貰っておくとしよう。一週間以内に、我がカイザーローンに三億円を預託してもらおうか。この利率でも借金返済ができるということを、証明してもらわねばな』
と、要求した。
法外、などというレベルではない。
だが、そもそも法律を適用できるような相手でもない──仮に理不尽を訴えてこれを退けても、恐らく意味がないだろう。
「そんな……! そんなお金、用意できるはずが……今、利子だけでも精一杯なのに……」
『──ならば、学校を諦めて去ったらどうだ?』
畳み掛けるように理事は言う。
彼女たちの努力を──踏み躙るように。
『自主退学して、転校でもすれば良い。それで全て解決するだろう、そもそも君たち個人の借金ではない。学校が責任を取るべきお金だ。何も君たちが進んで背負う必要は無いのではないか?』
『そ、そんなこと、できるわけないじゃないですか!』
『そうよ、私たちの学校なんだから! 見捨てられるわけないでしょ!』
『アビドスは私たちの学校で、私たちの街』
学校、と聞くと軽く思えてしまうが、キヴォトスにおいて学校とは──ほとんど国である。
学校が消えるということは、それはイコールで国が消えるとほぼ同義なのだ。
自分たちの故郷を、居場所を。
お前の責任ではないのだから、と簡単に捨てられるものではない。
それを理解していて、理事は提案している。
見捨てろと──言っている。
『ならばどうする? 他に何か、良い手でも?』
俺はほとんど負けを確信していたが、しかし限りなく低い、もしかしたら理事が騙されるかもしれない可能性に賭けて、口を開いた。
傍から見れば、恐ろしいほどに滑稽な行動だが。
「……随分と横暴だな。この調査はシャーレとしての依頼だと言ったはずだ。トリニティやゲヘナの部員も今回の作戦に関与しているが、アビドス生徒だけに罰を求めるのはお前の私情だろう」
これは完全に嘘であり、ユウカやハスミは部員として所属しているだけで、誰一人として関与していない。
ハッタリとしては強いが、それだけだ。
しかし、これはバレたらまずいという意味ではない。
意味が──ないのだ。
『……口を出さないで貰おうか、シャーレの先生。貴様が何と言おうと、この借金は過去に一切の不正なく行われた取引だ。そして彼女たちは、アビドスとしての信用を下げた、それだけの話だ』
「…………」
そう。
俺がシャーレとして動くことで、そこで起こった損害や違反は無視できる。
責任を取ることができる。
だが、信用は別だ。
印象や信用、信頼は別だ。
ある程度は当然俺が守ることができるが、しかし感情は別なのだ。
理屈ではない。
人間である以上、理屈では語れない。
『確かに今回の調査はシャーレの権限内の行いだろう。これは自治区に申請を出していなかった我々の責任とも言える。その罪は──まあ、責められるものではない。だが……借金について、シャーレは無関係だ。これは我々の──アビドスとカイザーローンとの間に取り交わされた正規の借金なのだから』
お前には無関係だと強調するように、見下した態度を理事は取る。
くだらないとでも言いたげだった。カイザーにとって俺が借金まで関わろうとする姿勢は、不可解極まりないのだろう。
『わかるか、シャーレの先生。アビドスがシャーレに依頼した……それは良い。好きにすると良い。ただし、彼女たちが妙な動きを見せたのであれば……企業としては、アビドスは正規に借金を返す気がないと捉えても仕方がないとは思わないか?』
私がアビドスへの信用を下げたとしても、それは
カイザーはそう続けた。
『そんな不当な理由、通用するわけないでしょ!』
『不当だと? そもそも、三百年のローンに正当性があると思っているのか、君たちは。むしろ我々が今まで三百九年ものローンを許容していた時点で、温情があったのだとは思わないか? それに、不当だと言うのなら、別の銀行に借り替えすればいいだろう。もっとも、廃校寸前の学校に九億も貸す奇特な銀行があればの話だがな』
『…………っ!』
『シャーレ。今回の仕事は、お互いの行き違いがあった事故ということで、不問にしようではないか。当然、賠償も必要ない。謝罪さえ必要ない。いや、むしろ我々が謝罪しなくてはな。後日、詫びに向かわせよう』
私とて、三大学園の怒りを買うつもりはないのでね。
『ただし弁えることだ、シャーレ。確かに貴様の組織はあらゆる規約や法律による規制や罰則を免れる超法規的機関であり、自治区を自由に動く権限がある。しかし、それまでだ。今までは随分と好き勝手に動いてくれたようだが……今回の件は、貴様には何も関係ない──何も関われない。貴様が借金を返せるわけでもなければ、土地を取り返せるわけでもない』
淡々と。
滔々と。
言い聞かせるように、語る。
『アビドスの責任は、貴様に背負えるものではない。それら全て、私の一存で決まるのだから』
我々に借金をするとは、そういう事だ。
「…………」
詭弁、とは、言い難かった。
言ったところで、恐らく意味は無い。
仮にここで理事を殺そうと──やはり意味は無い。
何らかの方法で相手を黙らせようと、別の人間が、別のタイミングで別の難癖をつけて同じ条件を突きつけるに違いない。
極端なことを言えば、この作戦すらも──関係がない。
やろうと思えばやれるのだ、カイザーは。
意味が無いとは、そういう意味である。
『……みんな、帰ろう。……これ以上ここで言い争っても意味が無い、弄ばれるだけ』
ホシノは。
溜息を吐いてからそう言った。
疲れた目だった。
『ほう……副生徒会長、さすがに君は賢そうだな。──ああ、思い出したよ。賢そうな君と一緒にいた、あの全くもってバカな生徒会長のこともな』
『…………』
そんなホシノに対して、わざわざ顔を向けて煽り、理事は笑う。
嗤う。
『では、保証金と来月以降の返済についてはよろしく頼むよ。お客様。ふふっ、ふはははは…………!』
反論はできない。
抵抗もできない。
カイザーは、これらの理不尽を
できるが、やらなかった。
ここぞという時に心を折るために。
故にこの結果は、早いか遅いか、ただそれだけだった。
『存外悪くない時間だった。さあ、お客様を入り口まで案内してさしあげろ』
誰も、何も喋らない。
俺も、言える言葉はなかった。
「……総員、帰投しろ。……戻って、休め」
生きて帰れたことを、今は喜ぶしかない。
いくつかの補足というか、捏造の言い訳です。
まず、サンクトゥムタワーのあれは当然捏造です。サンクトゥムタワーって具体的に何ができるか描写されてないので(ないよね?)それぐらいできるだろうという感じで見て頂ければと思います。
そしてカイザーの理不尽ですが、シャーレだからって何でも守れるものでもない、と私は思っています。できるのであれば、多分ここは原作先生がやっていると思うので……悪い大人の理不尽の塊みたいな行為ですからね……。