ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 彼のプライドは、火に焚べられている。


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 考えがある、とは言ったが、しかしそれは考えがあるだけで作戦として既に構築済みという意味ではなかった。

 むしろ白紙に近かった。

 この状況を予想こそしていたものの、確信があった訳ではなかったし、なにより相手からリアクションがなければ作戦構築などできるはずもない。

 その相手とは──空崎ヒナである。

 俺は彼女に仕事を頼もうとしていた。

 まあ、頼もうとしていた、という文の通り、未だ俺は彼女に仕事を頼めてはいないのだが。

 別段俺が連絡を怠ったわけではない。

 単純にヒナからの返事が来ないのである。

 電話やメールを送っているが、音沙汰がない。もっとも、送り始めたのは一日二日前のため、彼女の多忙さを推し量ればそれは無理もないのだろうが……。

 …………今更だが、返事が来ないのは、あの時ヒナにしてしまった俺の大失態による可能性がある──と言うか、気付いてしまえばそれしか無いのではないだろうか。

 ヒナからすれば俺を嫌うには十分な理由たり得る出来事だろうが、しかし事が事である、悠長に待ってはいられない。

 そこで俺は(非常に不本意ではあったものの)、ヒナに直接連絡を取ることができるであろう風紀委員会のNo.2、天雨アコに連絡を試みた。

 

『……これはこれは。柴大将の前で恥をかかせてくれたウォルター先生じゃありませんか。一体何用でしょう?』

 

 通信が繋がって開幕第一声、アコはそんな嫌味を言った。

 スネイルかお前は。

 連絡する相手を間違えたかもしれんと思ったが、とは言えまあ、これに目くじらを立ててヒナとの連絡が途絶しても困るので、

 

「喜ばしいことだ、恥じる常識が芽生えたとは」

 

 と返した。

 ……しまった。ルビコンでの癖で、攻撃的な口調に対してつい煽るようなことを言ってしまう。スネイル相手であればそれで良かったのだが、しかし相手は大人ではない、子供である。

 大人げない発言を反省しつつ、俺は急ぎ仕事内容をヒナに伝えてもらえるよう頼もうとしたが、アコは当然のように俺の発言に気分を害したらしい、俺が口を挟む前に反論した。

 

『なっ……!? それならそもそも先に言ってくれれば良かったじゃないですか!』

「謝罪の場にあの服装で来るとは思わんだろう」

『…………』

 

 俺の言葉に、アコは黙りを決め込んだ。

 図星になるくらいであれば最初から着込んでおけと思ったが、しかしテレビのニュースやネットを見る限り、どうもこのキヴォトスは肌の露出に関してかなり緩い部分があるのも事実のようだった。

 俺のような老人からすればどう考えても風邪を引く、お洒落としてはやり過ぎなのではないかという服装もあるが、その感覚は前時代的なのかもしれない。

 噂によれば、最近本当に露出魔が出たらしいことも考えると、アコの服装はまだ可愛いものなのかもしれなかった。

 服を着ていない奴と比べられるのも不服だろうが。

 

『……いえ、まあ、柴大将には許していただきましたし、というか、そもそも気にもされていなかったので、別に構いません』

「そうか」

 

 アコが本当に構わないという心構えを持てているのなら、あんな過剰反応をしないだろうことから、これは強がりなのだろうと推察できた。

 とは言え、それを指摘するのは野暮な気がしたので俺は適当に流す。

 しかし、『柴大将』か。

 アコの親しげな反応を見るに、どうやら彼は上手くやったらしい。この気難しいと言えるアコを前にして、彼は彼だけで風紀委員会との交流を成功させているようだった。

 流石である。

 

「……本題に入ろう。急ぎでお前たち──風紀委員会に仕事を頼みたい。勿論、ヒナを含めてだ」

 

 俺はここでは敢えて、風紀委員会に依頼をするという形をとった。これは、アコ経由でヒナ個人に仕事を依頼しても、この少女が素直にヒナに仕事の依頼を伝えるとは思えなかったからだ。

 俺に悪感情を持っているから、という訳ではなく(持っていないとまでは言えないが)、単純にアコはヒナを慮って仕事をさせないようにするだろうと推察した。

 普段の関係まではわからない。

 ただ、あの件──柴関ラーメンの砲撃も、元はと言えば政治的な有利を得て、そしてヒナを楽にさせてあげようという気遣いからだと思うと、彼女は間違いなくヒナを思って行動する人間だ。

 気遣い、思いやっている。

 空回りすることも多いようだが、それは褒められこそすれ、責めることではないだろうしな。

 

『…………委員長は多忙です。いくらシャーレの依頼とは言っても、急な依頼では時間を作るのは難しいでしょう』

「無理を言っているのは理解している。だが、お前たちにしか頼めない。ホシノを救うために、風紀委員会の力を貸してほしい」

『救うためって…………』

 

 困惑した声で言うアコだった。

 事情を詳しく説明していないため、当然と言えば当然である。

 しかし、すぐにアコは、俺から説明を聞く前に状況をある程度推測したようで、端的に続けた。

 

『……アビドスに対する貸しになりますよ?』

「その責任と対価は俺が払おう。依頼に対する報酬は、成否に関わらず、どんな結果になろうとも俺が必ず払う事を約束する」

『…………』

 

 細かい注釈になるが、今回の依頼に対して、柴関ラーメンの件とは無関係である──それを対価として仕事を依頼することはできない。

 あの件に関しては決着がついている。

 柴大将に風紀委員会が謝罪し、柴大将がそれを受け入れて、終わっている。

 部外者である俺が口出しできるものではなくなっているのだ。

 それもまた──約束である。

 故に今回の依頼は、純粋な仕事の依頼となり、立場としては対等だった。

 そんな俺の言葉をどう受け取ったのだろう、アコは少し黙って、それから。

 

『報酬って、お金以外でもですか?』

 

 と訊いてきた。

 特に否定する理由もないため、俺は頷く。

 

「ああ」

『先生の自由とかでもですか?』

「仕事に支障の出ない程度ならな」

『……例えば、土下座をしろと言ったらしますか』

「それでホシノを救えるのなら安いものだ」

『…………先生にプライドとかないんですか?』

「既に犬に食わせたのでな」

『……………………』

 

 アコは長い沈黙を保った後、『ふぅん』と意味ありげに声を漏らした。

 妙な相槌である。

 そして更に、まるで俺を試すかのように質問を続けた。

 

『例えば、対価として今後風紀委員会の依頼を優先して受けろと言ったら?』

「ある程度の融通は利かせよう」

『私の呼びつけにいつでも応じろと言ったら?』

「……構わん。俺の限界はあるだろうが、可能な限り守ろう」

『私のストレス発散相手になりますか?』

「…………多少はな」

『じゃ、じゃあ……』

 

 次々に要求が飛び出し、エスカレートしていく様を眺めながら受け答えているものの、方向性がズレていく様を肌で感じる。

 対価として、確かに何でもするとほぼ同義の発言はしたものの、俺がアコの奴隷になるわけではない──アコに頼んでいるのはヒナへの仕事の伝言であって、最悪伝言だけなら別の人間に頼むこともできるということを分かっているのだろうか。

 つまるところ、そんな風に、アコは俺が下手に出たことに対して気分を良くしたらしい。

 有体に言えば、調子に乗った。

 調子に乗って──こう続けた。

 

『ま、まあ? 先生が? どうしてもと言うのなら? 今後先生が私に対して従順になると言うのなら考えてあげ』

 

 通話を切った。

 やはり相手を間違えたらしい。

 しかしそうなると、やはり別の人間に伝言を頼む必要がありそうだった。

 勿論、正規の手続きで風紀委員会に依頼すればいずれは最終的にヒナの目に止まるだろうが、それでは遅過ぎる。

 様々な面を考慮すれば、やはりイオリやチナツに連絡するのが無難だろう。

 アコを一番手に選んだのはあくまでも面目を考えて、つまりはNo.2の立場を尊重してのことだったが……とは言え、時間も限られた状況だというのにああも駆け引きに興じられると流石に困る。

 幸いにして、チナツの人となりは既にシャーレでの当番により証明されているため、頼むことに悩む必要はない。無碍にされることもないだろう──と、そこまで考えて、端末が震えた。

 相手は言わずもがなである。

 俺は溜息を吐いて、通話音量を下げてから応答した。

 

『何切ってるんですか!?!』

 

 音量を下げておいて正解だったようだ。

 激昂したらしいアコの怒声は、音量をミュートに近いレベルに下げて適正になるほどのものだった。

 音量を戻しつつ俺は答える。

 

「真面目な話だ」

『私も真面目ですが!?』

「急ぎの用事だと言っただろう」

『だからって普通切りますか!? 常識的に考えてありえません!!』

「お互い常識が無いようで何よりだ」

『〜〜──っ!』

 

 今度会ったら撃たれるかもしれん、と他人事のように思う。

 ともあれ、俺は気を取り直してアコに言う。

 どんなことであれ線引きは必要だ。

 

「いいか、アコ。俺が無理を言っている以上、報酬はどんなものでも構わない。好きにしろ。ただし、駆け引きは後にしろ。それと今後のシャーレに影響が大きく及ぶものや、他の生徒に迷惑がかかるものはよせ」

『う……………………はい。すみません。調子に乗りました……』

 

 こんこんと説く俺の声に冷静になったのか、露骨にしゅんとした様子でアコは謝った。

 すぐに反省できる素直さがある以上、悪い子供ではないのだろうが……アコはあまりにも煽りに弱い傾向にある。

 煽っておいて言うことではないが、参謀として少し不安になる情緒だ。

 

「……それで、アコ。ヒナへの依頼を頼めるか」

『あっ……えっ……いっ……いや……それは……でも……まあ、はい。報酬は後で考えるとして…………それは構いません、けど』

「……?」

 

 妙な受け答えをする。

 純粋に気まずいというわけではなく、何故か戸惑ったような声だ。

 アコは最終的には構わないと言ったものの、ここに来て過剰に躊躇う様子を見せた。

 何故だろう──どうも今のやりとりを反省していると言うよりは、想定外のことが起きたかのような反応だ。

 

「……何か問題があるのか」

『……ええと…………一つ、訊いてもいいですか。それと、嘘偽りなく答えてください』

「……? ああ」

 

 改まった様子のアコは、何故か嘘を吐くなと念押しして、それから深呼吸をして──俺に問う。

 

『先生は、何故あの時、委員長に触れたんですか?』

 

 あまりに想定外の方向からの、それは矢だった。

 恐らく、いや、確実にあの大失態についての問いであることは間違い無いのだろうが、しかし、俺がヒナと617を重ね、思わず睡眠不足を指摘してしまった行動について、アコから訊かれるとは思っていなかったのだ。

 あの時アコは、ヒナに命じられて通信を切っていた筈なのだから。

 ただし、これは俺の想像不足とも言える。いくら謹慎中とは言え、あの行動はほとんどの風紀委員会は目撃しているし、帰投したメンバーから人伝に聞いてもおかしくはない。

 そしてヒナを敬愛している彼女からすれば、それはヒナに対して不敬と言わざるを得ない不審な行動である。

 初対面の人間に何故そんなことをしたのか疑問に思っても仕方がないだろう。

 だが──

 

「…………」

 

 今の俺が何を言おうと、その理由は上手く説明することができない気がした。

 全て──嘘になる気がしたのだ。

 当たり障りのない答えを言ってもいいかもしれないが、それでは彼女の問いに答えたことにはならないだろう──そしてそれではきっと、アコはヒナに仕事の依頼を伝えてはくれないだろう。

 これは、逃げてはならない問いだ。

 ここで逃げてしまえば、ひいては風紀委員会全体の信用を失うことになり、別の人間に頼むことも難しくなるはずだ。

 ならば、と俺は考える。

 心の底から、嘘偽りない言葉を、考える。

 617と重ねたということが──どういう意味なのか。

 考える。

 

「…………俺は」

 

 そしてどうにか絞り出した答えは──俺にとって、罪深いものだった。

 

「ヒナを、かつての部下……娘、のような存在と、重ねた」

『────…………』

 

 617を娘のように思う資格は、俺には無い。

 無い、が──娘だと思ったことがないと言えば、それは嘘になる。

 だから俺は言う。

 烏滸がましいと理解しながらも、正直に。

 

『……その子は』

「もう、いない」

 

 嘘偽りなく、答えた。

 言葉足らずだったかもしれないが、聡い彼女であれば分かるだろう。

 『いない』という言葉は、そのまま、()()()という意味であることが。

 いない以外の意味は無く──いない以上の意味は無い。

 

『……すみませんでした』

「気にするな。俺の問題だ」

 

 俺だけの問題だ。

 

「俺はあの時、かつてのあいつをヒナに重ね……体調を確認するために触れた。ヒナには酷い隈があるだろう。重度の睡眠不足、そして過労だ。かつてであれば俺が既に休ませている疲労度だ。だから……咄嗟に、動いてしまった」

『──……』

「……今にして思えば、あいつにも限界を超えて無茶をする癖があった。期待に応えようとして、無理を通して無茶をする姿は──似ているな」

 

 最後の、最期まで、617は無理をした。

 期待に応えようとして──無茶をした。

 俺の命令を、全力を以て、限界を超えて、死力を尽くして遂行した。

 ……彼女たちの違いどころか、似ているところばかり目についてしまうが…………これも、違いを知るための一環なのだろうか。

 見て、聞いて、知るための。

 

「……アコ。これで納得できたか」

 

 流石に気まずかったのだろう。アコが黙り込んでしまったので、俺は自ら話を振った。

 俺が本当に赤裸々に語ってしまい、アコとしては何も言えなくなってしまったのだろうという俺の推察に基づいた気遣いだったのだが、しかし思いの外、アコはあっさりと返事をした。

 いや、正確に言えば、アコは返事をしなかった。

 何故なら。

 

『ええ──そうね』

 

 と、別人の声で返ってきたからだ。

 その声の持ち主は──考えるまでもなく。

 

「…………ヒナ」

 

 通話相手が、空崎ヒナに変わっていた。

 俺は動揺を押し殺して言う。

 

「……いつから聞いていた」

『アコが怒っていた時から』

 

 いつだ──どこからだ?

 まさかここに来て最初からアコを怒らせてしまった弊害が生じるとは思いもしなかった。

 ヒナはそれで通じたと思ったのだろう、話を続ける。

 

『ごめんなさい、先生。試すような真似をして。でも、どうしても知りたかったから』

 

 先生の真意が知りたかったから、とヒナは言う。

 

『先生はあの時、心から私を心配している顔で見ていて──それでいて、辛そうだったから。……私を怖がる人は大人を含めて幾らでもいたけれど……初対面で心配してくれた人は、先生が初めて』

 

 強過ぎるが故の弊害、だろうか。

 ヒナは少しだけ寂しそうな声で言う。

 

『まあ、正確に言えば、見ていたのは私じゃなかったみたいだけれど……』

「…………すまない」

 

 容赦なく痛いところを突かれた。

 思わず謝罪したが──今更の謝罪だったが、しかし、ヒナはそれを皮肉や嫌味として言ったつもりはないようで、くす、と笑った後、

 

『ううん、気にしないで、先生。心配してくれたことは嬉しかったし……それに話を聞いて、その子のことも、少しだけ分かった』

 

 と、言ったのだった。

 617のことが──分かった、と。

 俺が結局、何もしてやれなかった彼女のことを、少しだけ理解したのだと──言った。

 俺は黙って続きを待つ。

 

『私はその子のことを何も知らないけれど……きっとその子は、先生の期待が嬉しかったし、先生の労いが心の支えだったんだと思う』

「……そうとは、限らんだろう。むしろ、俺のことを恨んでいてもおかしくはない」

『いいえ』

 

 ここでヒナは、はっきりと否定した。

 今までのどの言葉よりも、意志を感じさせる強い口調で。

 

『その子にはきっと、先生の思いやりは言わずとも伝わっていたはず』

「……何故、そう言える」

『間違われた私が、そう思ったから』

「…………」

 

 絶妙に否定しづらいことを言う。

 実際、ヒナに617を重ねて、幻覚を見ていた俺が言えることなど何もなかった。

 否定できない。

 あいつの感情を決め付けることなど、俺にできるはずもない。

 

『私が先生からの仕事の依頼に返事をしなかったのは、貴方がどんな人なのか、測りかねたから。……でも、今の話を聞いて、確信した』

 

 ヒナは、617とは違う、感情に富んだ声で言う。

 まるで、617の言葉を代弁するように。

 

『あの時の先生の声は、何よりも優しい声だった──あの声が出せる人を、私は悪人だとは思わない』

 

 彼女は今、笑っているのかもしれない。

 617に似た、微笑みを浮かべているような気がした。

 

『私はその子の代わりにはなれないけれど……今、貴方の役に立つことはできる』

 

 そして──ヒナは。

 617とは違う、はっきりとした、強い意志を込めた声で言ったのだった。

 

『先生。言ってみて、私に何をしてほしい?』















 感想欄にて、稚作でのC4-617のイラストを頂きました!
 ころんぷすさん、ありがとうございます!
 https://img.syosetu.org/img/user/231898/129164.jpeg
 617の姿をこれと仮定して今回の話を読むと、ヒナと重ねて見てしまうウォルターの傷の痛みが容易に察せますね。
 でも、似ていることは同じじゃないよ、先生。
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