ハンドラー・ウォルター先生概念。 作:ヤマ
先が切れていようと、その手に巻きついたままだ。
001
『こんにちは、先生。ユウカです』
『私のこと、覚えてますか?』
シャーレに赴任して数日。
各学園から寄せられる嘆願書類と溜まりに溜まった連邦捜査部始動による処理作業に忙殺されていると、連邦生徒会から支給されたタブレット端末に早瀬ユウカからメッセージが届いた。
……覚えているか否かで言えば勿論覚えているが、しかし現状からして要件の分からないメッセージの返答をする余裕がないというのが正直なところだ。大人として……と言うよりは先生としてすぐに返事をするべきなのだろうが……。
──ウォルター。
考えるまでもなかった。
「…………。アロナ」
『ウォルター先生? どうしましたか?』
重苦しい溜息を吐いてからアロナに呼びかければ、すぐさまシッテムの箱からアロナがリボンを揺らしながら飛び出してきた──この飛び出してきたというのはホログラムでの話であり、実体としてシッテムの箱から出て来たわけではないことを明記しておく。
……当人からするとビックリ箱みたいで楽しいのだとか。
よくわからない。
「少し休む。シッテムの箱にPCを繋いでおく。急用があればタブレットに知らせてくれ」
『了解です、ウォルター先生! 頑張ります!』
「……ああ、頼んだ」
何を頑張るのかは定かではないが、特に変なことはしないだろうと考えて追及はしなかった。
とにかく、ユウカだ。ハウンズとの経験上、内容次第では一日潰れることを覚悟する必要があるが……それに文句を抱ける立場ではない。
それを選んだのは──己自身なのだから。
『覚えている。何かあったのか』
『良かったです。用件ですが、以前のシャーレ奪還作戦時の弾薬費及び修繕費が振り込まれた際』
『本来振り込まれる額より多く振り込まれていました』
『手違いのようなので、もう一度確認しておこうと思いまして』
ぽんぽんと小気味のいい音を鳴らしながらメッセージが羅列されていく。
……報酬の話か。そういえば、弾薬費以外にも少ないが報酬として色を付けたのを覚えている。
ならば、一日潰れることはないだろう──道理と筋が通った、彼女たちの実力によって得た報酬だ。説明さえしてしまえば納得するに違いない。
『間違っていない。それは本来お前たちに支払われる報酬金額だ。受け取っておけ』
『いや、この額をどうやってシャーレから捻出したんですか……? 受け取れません』
……ふむ。思わぬ反論だった。まるでシャーレの財政を把握しているような言動が気になるが……。
しかし、意外なものだ。報酬額が適正だと言えば素直に受け取るものだと思っていたが、どうにも本人の性分からして納得のいかないものだったらしい。傭兵であれば報酬額の増減などよくある話で気にする必要もないのだが……学生という身分がそうさせているのかもしれない。
さて、どう説得するべきか。……ハウンズで似た年頃の者がいた時は何をして説得していただろうか……貴重なお菓子やデザートだったか、それとも──。
──褒めて、ウォルター。
「…………くだらんな」
自嘲する。
己の何もかもが、愚かしく、くだらない。
今更──何を思い出している。
回顧したところで何も変わらないし、変えられないと言うのに。
何も。
「──……」
ほとほと呆れ果てた頭を冷やすべく、俺はコーヒーを淹れなおす事にした。……シャーレに赴任してからカフェインを摂り過ぎているな。自重するべきかもしれん。
現実逃避をした上でコーヒーを飲み直していれば、タブレットの通知が増えていることに気付く。
…………そう言えば返信前だったな。じっくりとコーヒーを飲み直して悩んでいたところ、どうやら先ほどの返信から数分経っていたらしい。目を離していた間に、怒涛のメッセージが届いていた。
『先生?』
『先生?』
『ウォルター先生?』
『ちょっと今日伺いますので説明をお願いします』
「…………」
……いかんな。近頃の若者の返信速度についていけていない。ルビコンにいたときは直接通信を行うことが当たり前だった──あるいは一方通行のメッセージだった。こういった形でやり取りをした経験が少ない事も相まって、どうやらユウカは自己完結した上で本日シャーレを訪れることを決意したようである。
……今日一日なくなることを覚悟しておこうと、ユウカの文面を見て他人事のように思った。
002
「先生。弾薬費及び報酬金のことについて伺いました」
「……来たか、ユウカ。まあ、座れ」
「え? あ、はい」
少々怒ったような雰囲気でシャーレに訪れたユウカだったが、俺がまるでユウカを待っていたかのようにコーヒーを用意してソファに座っているのを見て、毒気を抜かれたような返事をした。
……取り敢えず機嫌取りにデザートでも用意しようと思い、コンビニで購入しておいたケーキが冷蔵庫に眠っているが果たして効果はあるだろうか。
「まず、謝罪しよう。すまなかった、ユウカ。俺の返信速度が遅く心配をかけてしまったようだな」
「い、いえ! こちらこそ急に来てしまってすみません!」
「気にするな。お前にとってもこれは大事な話だ、無理もない。報酬額が通常より多い説明だったな」
「は、はい……」
よし。
会話のペースを握れている。
この調子で畳み掛けるぞ。
「まず、サンクトゥムタワー復旧において、お前たちを急な作戦行動に巻き込んでしまった詫びと、シャーレ奪還を遂行した謝礼を『シャーレ』が払える状況ではなかった──より言えば、『シャーレを救うのはキヴォトスの危機を防ぐための当然の義務』と連邦生徒会は判断したことにより、それは一種のボランティアになってしまった」
「…………まあ、そうですね。全て納得できるわけではないですが、理解はできます。サンクトゥムタワーがなければ報酬金どころではありませんから」
「ままならないものだがな。しかし、お前たちの奮闘によりサンクトゥムタワーは復旧した。つまり、報酬金を支払える状況になったわけだ──にも関わらず、シャーレ……いや、この場合は連邦生徒会か。報酬を有耶無耶にし、そして何故かシャーレがそれを受け持つことになっている」
「……そう言えば、そうです。なぜシャーレが連邦生徒会のサンクトゥムタワー復旧のための作戦報酬を払うことになっているんですか? 先生も……そう、連邦生徒会に雇われているんでしょう?」
「厳密にはな。だが、どうもややこしい事態になっているようだ」
「?」
一旦言葉を区切り、コーヒーを飲む。
俺がコーヒーを飲んだことにより、ユウカもちびちびと口をつけ始めた。
「シャーレは超法規的機関。しかもそれは、連邦生徒会に新設された機関であるにも関わらず、それを縛る権限を連邦生徒会が所有していない」
「え……っと。それはつまり?」
「完全な独立組織というわけだ。連邦生徒会でありながらそうではない。あらゆる規約や法律による規制や罰則を免れる超法規的機関。
「おかしいですよそんなの! だって先生はキヴォトスに来たばっかりなのに……!」
「……気にするな。こういうこともある」
俺の推察に声を荒げるユウカを宥める。……本当に善良な精神の持ち主のようだ。少々不安になるほどに他人に対して心を痛めることのできる少女は、俺という人間に対しても心配を重ねている。
未来を燃やそうとした俺にさえ。
「連邦生徒会も一枚岩ではないということだろう。シャーレをよく思っていない、あるいはこれを作った連邦生徒会長にいい思いを抱いていない奴がいるのかもしれん」
「…………」
まるで社会の縮図のようだ、と内心悪態をつく。
子供の頃からこんな事を考えなくてもいいだろうに──というのは、老人の勝手な我儘なのかもしれないが。
「長くなったが、話を戻すぞ。とにかく、本来お前たちはそれを受け取る資格がある。政治的なあれこれにお前たちが巻き込まれる必要はない。どうしても気になるのなら、今後の協力を円滑にするための先払い報酬だと思え」
「…………わかりました。この報酬額で受け取っておきます」
少しだけ目を瞑って逡巡した後、ユウカは納得したように言った。
よし。
どうにか説得できたようだ。
年頃の娘にどう説明するか悩んだが、ユウカが頭脳明晰な面もあり噛み砕く労力も必要としなかったことは喜ぶべきだろう。肩の荷が降りるようだった。
様々な要素がひと段落したことに安堵して、俺はコーヒーを飲み──ふと思い出す。
……そういえばケーキを用意していたんだったな。
今にして思えば必要なかったのかもしれんが……まあいい。ここまで来させてしまった詫びに、ユウカに食べてもらうとしよう。
そう思い立ち冷蔵庫に向かうと、ユウカから声が掛かった。
「──ですが、この金額をどう用意されたかの説明がまだされてません」
時間が止まった気がした。
いや、正確に表現すれば止まったのは俺だけで、ユウカはまるで動じた様子はなく俺の方を見つめている。
……本当に優秀なようだ。誤魔化されると思っていたのは、少々侮り過ぎたかもしれない。
「…………シャーレの資金だ」
「いえ、それでは足りません」
ユウカはざっくりと俺の言い訳を両断した。
俺からの弁解がないことを確認した後、流暢に続ける。
「ウォルター先生のことですから、同じ額をトリニティとゲヘナに支払ったんでしょう。ですが本来、そんな余裕はないはずです。いくらシャーレとは言え発足したばかり。先程の話が事実なら連邦生徒会の協力も得られない」
「……ユウカ。気になっていたが、何故お前がシャーレの財政を知っている?」
「ここに来る前に代行に聞きました」
「…………」
リン。
お前はいいのか、それで。
お前は連邦生徒会の幹部じゃなかったのか。
一枚岩ではないとはいったが、こちらの利敵行為をする側とは想像していない。
「ウォルター先生。まさか、ポケットマネーから出したりしていませんよね?」
「────…………」
様々な──それこそ様々な言い訳と誤魔化し、詐術までもを考えて、どうにか子供に不安を与えぬ、それでいて後腐れのない説得方法を考えた上で、俺から出てきた言葉は一つだった。
「……………………ユウカ。ケーキを買ってあるが、食べないか」
「誤魔化されませんからね」
「食べないのか」
「食べないとは言ってないじゃないですか」
今までの表情とは一転、年相応で拗ねたように言うユウカを見て俺は思い出す。
頑固強く最後まで要求していたハウンズの拗ねたような子供の顔を──俺が最終的に折れたときの表情を。
──ありがとう、ウォルター。
……彼女たちは子供だ。
銃を撃とうが、政治に巻き込まれようが、大人顔負けの頭脳を持っていようが──学生で、子供なのだ。
彼女たちは純粋であるが故に嬉しいことがあれば年相応に笑い、嫌なことがあれば苦しんでしまう。
ならば──きっと。
ケーキに舌鼓を打つユウカを見て、そう思った。
キャラの絆ストーリーか、これが……?
モモトークの画面の表現がわかりにくかったらすみません。色々試行錯誤中ですので、コメントで言っていただけると助かります。
あとシャーレ回りの話は普通に妄想です。公式で明言された間違いがあれば直しますのでよろしくお願いします。