ハンドラー・ウォルター先生概念。 作:ヤマ
001
「シロコ。お前の趣味に口を出すつもりはないが……危険な行動はもう少し控えろ」
「ん……それは、銀行強盗のシミュレーションの話?」
「それもあるが、まずは電光掲示板に登った方だ」
「……なんで知ってるの?」
「ロイから聞いた」
「ああ……」
ある日、俺はホシノから依頼を受けて、シロコを呼び出していた。
依頼内容としては、『シロコちゃんが危ないことしてるから先生からも注意してくれない?』というものである。
そしてロイ自身の目撃情報によると、シロコは相変わらず銀行強盗に興味があるらしく、そのシミュレーションを趣味のように行なっているとのこと。
身を隠しながら高架道路を走るトラックを観察したり、ビルの屋上で銀行の警備員を把握したり、電光掲示板の上で現金輸送車奪取のシミュレーションをしたりと、危険行動が目立つらしい。
本当に実行するつもりはない、とは本人の言葉であるが、それでも不安になる危うさで、アビドスの面々を冷や冷やさせているのだろう。
本来、大人として「そんなシミュレーションはしてはならない」と注意するべきなのだろうが、他人に迷惑をかけていない趣味をやめさせる権利は俺には無い。
実行していない以上、それはただのアイディアであり、抑制することはできないのだ。
どんな酔狂な趣味を持とうと、それは自由である。
他者の自由を奪わない限り。
「シロコ。お前の趣味をやめさせるつもりはないが、しかしお前の行動にはアビドスという名前と責任が付随することを忘れるな。実行しなくとも、疑いを持たれた時点でアビドスの風評が傷付く可能性もある」
「……バレないようにすれば……?」
「バレるような真似をするなという意味だ。どれだけ隠そうとも、人の目は何処にでもある」
「……うーん……」
俺の言葉にどこか納得していない様子のシロコだった。いや、言葉に納得していないと言うよりも、自分の扱いに納得していないような、そんな雰囲気である。
実際、彼女は反論するように、
「先生。なんだか、私だけ監視の目が厳しい」
と、言った。
シロコは、やけに自分の行動が把握されていることに納得がいかないようで、不満げでさえあった。
確かに、彼女に向けられている監視の目が厳しく、そして多いのは事実だろう。どちらかと言えば、それは彼女を心配する気持ちからの目ではあるのだが……シロコからすれば窮屈なのかもしれん。
そう考えればシロコの不満はもっともで、自分だけ注意されることを不公平と感じてしまうのは無理もない。
…………いや、シミュレーションとは言え、流石に危う過ぎる。
ゲヘナにしばらく滞在したせいか、若干俺の感覚が麻痺している気がしたが、趣味に口出しするべきではないという考えは変わっていないため、俺は彼女を説得するために、この呼び出しの経緯を説明することにした。
ホシノが心配しているという事実を、シロコは知るべきだろう。
「ホシノから頼まれている。今回の件は、彼女からの依頼だ」
「む……」
流石に信頼している先輩からの忠告ともなれば聞かない訳にはいかないらしく、やや口ごもる様子を見せるシロコ。
俺は続ける。
「それに──」
「……? それに?」
依頼された事実だけでも彼女に反省を促すことは十分にできただろうが、俺は駄目押しとばかりに、シロコにもう一つ、ホシノからの言葉を伝えておくことにした。
厳密に言えば、ホシノからシロコへ向けた言葉ではないが……先輩たちが如何に心配しているかを自覚させる方法としては悪くないはずだ。
「元々、頼まれていたことでもある。シロコは誰かが横で見ていなければ、悪い道に逸れてしまうかもしれないから支えてあげてほしい、と」
「……ホシノ先輩が?」
「ああ。
「…………」
「素直で良い子だから心配だと、そう書いてあった」
手紙。
具体的に何を指しているかは言わなかったが、アビドス廃校対策委員会であるシロコには分かるだろう。
それはかつてホシノが、自身と引き換えにアビドスを救おうとした際、全員に向けて残していったものである。
最後に思いの丈を綴ったが故に、嘘偽りない本心の言葉。
「…………無効、じゃないの?」
「お前たちがあの手紙を見て、アビドスを絶対に守ろうと誓った思いは今も消えていないだろう」
「……むぅ」
やや不貞腐れたように、シロコは呻いた。
反論は難しいと理解したのか──いや、単純にホシノの言葉を否定するのが嫌だっただけかもしれないが、シロコは少し落ち込んだ様子を見せつつも、
「……分かった。ごめん、先生。わがままを言って」
と、謝った。
彼女の頭部にある獣耳まで垂れ下がっているところを見るに、どうやら心底反省しているらしい。
素直で良い子──か。
俺の勝手な見解だが、シロコは良くも悪くも純粋であるように思う。ただし、一口に純粋と言ってもアルとは違い、幼子と言うよりは社会を知らない獣と表現するべきだろうか。
ルールを知らない獣。
それは、如何に治安の悪いキヴォトスと言えど、やや違和感を覚える純粋さのように思えた。
「俺に謝る必要はない。ただ、ホシノにあまり心配をかけさせるな。あいつにはただでさえ心労が多い。気を遣えとは言わないが、もう少し安心させてやれ」
「…………」
「……どうした」
俺が微かに感じた違和感を無視しつつそう言うと、シロコは何か考え込むように黙り込んだ。
俺の問い掛けにはすぐに答えず、およそ一分間沈黙した後に、意を決したようにシロコは言う。
「……先生、ホシノ先輩と仲良いね」
「…………」
そんな長考をしてまで言う台詞なのかと、俺はやや戸惑った。
シロコは賢い子どもである──口数が少ない分、発言にはそれなりに意味があるだろう。
少なくとも長考してまで練った上での発言が冗談の類であるとは思いにくい。
ならば、今の彼女の発言には何らかの意図があると考えるべきだ。
……ふむ。
ホシノと仲が良い──か。
俺としては、そんな前向きな関係性ではないという自覚がある。
同じ傷を抱えた、同じ痛みを知っている人間の屈折した関係。
……仲が悪いわけではないので、友人ではあるのだろうが……。
俺の沈黙をどう受け取ったのか、あるいは気にしていないのか、シロコは続ける。
「ホシノ先輩は……今思えば、大人を嫌っていたと思うんだけど……先生に対しては、警戒を解くのが早かった、気がする」
「……そうか」
大人が嫌いだった、という心情は手紙にも書いてあった。
怖くて悪そう、とも。
事実、大罪を犯した俺に否定する権利はないのだが。
「ん……と。最初はそうでもなかったんだけど……うん、多分、ロイを拾ってきた時から」
「…………」
「先生、ロイに何かあげたりした?」
どこか確信を持った様子でシロコは訊いた。
それが一体、今の話とどう繋がるのかは分からなかったが、俺は正直に答えた。
「…………いや。俺は何もしていない。あいつが選んだだけだ」
「あげたんだね」
「…………」
俺が否定したにも関わらず、何故かシロコは納得したかのように頷く。
もはや決め打ちで言葉を用意していたとしか思えない。俺が何を言ってもシロコはそう判断したのではないかと思う即答ぶりだった。
そんな俺の微妙な胸中を察したらしいシロコは、俺を納得させるためだろう、説得するかのように言葉を紡ぐ。
彼女自身の首に巻かれた、マフラーを軽く握りながら。
「……先生。あげるって言うのは、何も物だけじゃなくて。意味や居場所も、そうなんだよ」
「…………」
「『ここにいていい』って思えたら、それはきっと嬉しいことだから」
優しい笑みで、シロコは言った。
思い出すかのように少し俯いて、遠い目をしながら。
マフラー。
シロコ自身の行動が目立つためあまり気にしていなかったが、確かに、砂漠地帯でマフラーを四六時中着けているのは、今にして思えば妙である。
砂漠地帯の夜は冷えるため理解できるが、昼でも彼女がマフラーを外している姿を見たことがないのは不自然だ。
流石にスポーツウェアの時は外していたが、制服姿の時は絶対に着けている。
あげた物──貰った物。
ならばあのマフラーは、一体誰の物なのだろう。
「ロイから聞いた。『意味』を貰ったって」
「…………」
「だから──かな。うん、きっとそう。それが、ホシノ先輩が先生に対して、警戒を解くのが早かった理由だと思う」
自分で説明したことでより理解が深まったのか、更に納得した様子で頷くシロコ。
しかし、俺は彼女の言う意味が理解できなかった。
ロイに意味を与えたから、ホシノが俺を信用した?
どういう意味だ──どういう繋がりだ?
「よく……分からんな。俺がロイを拾うことが、何故ホシノの警戒を解くことに繋がる。そういう大人こそ、ホシノは警戒対象にするだろう」
「ううん、違う、先生。だって、私も拾われたから」
「……何?」
「ホシノ先輩に。アビドス高校の前で」
「…………?」
ますます意味が分からなくなった。
シロコが──拾われた?
アビドス高校の前で?
俺は、理解が及ばないままこちらから口出しをすると更に混乱してしまうような気がしたので、大人しくシロコの発言を待つ。
「ん……えっと。その……まあ、なんと言うか……私、記憶喪失なの。一年より前の、昔の記憶がない」
あまりにも想定外のカミングアウトに、俺は閉口する。
純粋な子ども。
社会を知らない──獣。
「冬だった。珍しく雪が降ってて……私はよく分からないまま彷徨ってた。で、アビドス高校の敷地に入っちゃったのかな。それで、ホシノ先輩にボコボコにされた」
「…………」
「めちゃくちゃ強かった」
「……だろうな」
何故か目を輝かせてシロコは言った。
かつてのノノミの発言によると、昔のホシノには余裕がなかった、追われていた時期があったと聞いている──ならば時期的にはその頃だろうか。
追い詰められている人間に、手加減をする余裕はないだろう。
「……でも、その後。名前以外、何も思い出せないって言ったら。ホシノ先輩は……着けてたマフラーを、私に巻いてくれた。ボロボロだった私に」
「…………」
「あったかいって、思った。何もなかった私が、初めて──認められた気がして」
それが最初の記憶だと、シロコは言う。
始まりの記憶。
彼女の──意味なのだと。
「……先生も、ロイに同じことをした。だからきっとホシノ先輩は──」
「俺は」
遮るように俺は言った。
ホシノの善意と、俺の贖罪を一緒にするべきではないと、そう考えて。
俺の行為は、決して褒められるようなことではないのだから。
「……何もしていない。繰り返すが、俺の手を取ることを選んだのはロイだ。俺が何かをしたから助かったわけではない」
「…………」
かなり強い否定の言葉に、シロコは黙り込んだ。
言ってから俺は、大人げない発言をしてしまったと内心反省したが、しかしこれは止められるものでもなかっただろう。
それでも一応謝っておこうと再び口を開こうとして──その前に。
「…………うーん。なるほど」
と、妙な納得を含む返事をするシロコだった。
そして、
「ロイたちやホシノ先輩が支えたがる理由が分かった気がする」
と、付け加えた。
……どうも、ロイやホシノは俺について何かシロコに吹き込んでいるらしい。
俺に対してのイメージが異常に固まっている。
「先生、ロイやホシノ先輩のこと、裏切っちゃダメだよ」
「……今のところ予定はないが、俺のような大人を信用するなと言っておけ。シロコ、お前もだ」
「先生は騙さないから」
「……俺は悪い大人だ」
「本当に悪い人はそんなこと言わないと思う」
「作戦だったらどうする。油断させて信用を勝ち取った時に騙すためだったとしたら」
「本当に悪い人はそんなこと言わないと思う」
「…………」
同じ台詞を繰り返し言われた。
こうと決めたら動かない意志の強さを感じる──記憶を失っているはずの彼女だが、誰よりも芯があるように思えた。
「……もしかしたら本当に、先生は悪い人なのかもしれない。でも、それは過去の話。今は違う」
「……過去は不変だ。俺が悪人である事実は変わらない」
「『今』のアビドスを救ったのは、先生だよ」
「…………」
「今を救って、多分、未来も救った。過去は分からないけど──私も過去は分からないけど、今のことは分かる。今、先生は良い人」
自信たっぷりにシロコは言った。
一切の迷いを見せない、堂々たる断言だった。
「……罪は消えない。俺は今、善人の皮を被っているだけだ」
「……そうかもしれない。でも、それは私も一緒。私も、忘れているだけで、もしかしたら過去に何か罪を犯しているのかもしれない。でも、だからこそ、今を生きるの」
分からないことは分からないから。
知らないことは──知らないから。
「今を一生懸命生きて、積み重ねて。ホシノ先輩に恩返しがしたい。ロイも多分そう。過去は関係ない」
「…………」
「もちろん、切り離せるわけじゃないけど……それは、その時考える」
凄まじい割り切り方だった。
ある意味それは、過去に対する向き合い方として一種の正解なのかもしれなかった。
過去は変えられないからこそ、過去は、迫ってきたその時に考える。
過去は過去であり、人は今を生きている。
未来を──生きる。
「だから先生も、今を大事にしてほしい。ロイを見てあげて」
「…………ロイのことを、随分と買っているな」
俺は言う。
話を逸らすような言い方になってしまったが、本心ではあった。
こうも彼女たちがアビドスに受け入れられている状況が、俺としては喜ばしかったのだ。
できれば俺の猟犬になどならずに、そのままアビドスで暮らしてほしいのだが……拾った以上、そういう訳にもいかないのだろう。
拾ったという事実が──今がある限り。
いや──それもまた、過去なのかもしれないが。
「ん、可愛い後輩」
「……そうか」
ああでも、と。
シロコは最後に、真剣な面持ちで釘を刺した。
今までで一番、真に迫る表情だった。
「ホシノ先輩とロイを泣かせたら、先生は悪い大人になる」
「…………肝に銘じよう」
五千文字とやや短いですが、いかがだったでしょうか。
シロコは純粋で可愛い子ですが、ウォルターに対してはかなりフラットな態度になるだろうなと考えてこうなりました。
かなり重要な話である記憶のくだりは言うのかどうか悩みましたが、『ホシノと同じことをした』という要素がある以上、ここで言ってもおかしくないのかなと。特別隠していた訳でもなさそうだったので……。
次はカヨコ絆かサブイベの桜花第一話です。