ハンドラー・ウォルター先生概念。 作:ヤマ
手綱付き。
001
猫は、自由な生き物である。
犬とは対極の存在であると言ってもいい。
俺にとって621があまりにも犬と対極の存在──
猫。
群れに属さず、誰にも縛られることなく、自由気ままに、気まぐれに生きる生き物。
誰かに従うような真似はしない──となれば、621は犬ではなく猫だったのかもしれんと、あの気まぐれに任務を受ける行動を思い出して、俺はそんな風に思う。
ともあれ。
そんな猫を好む彼女。
縛られることが嫌いな彼女。
一体彼女がどんな過去を持っているのか気になるところだが、まあ、それは余計な詮索と言うものだろう。
余計な詮索で、余計なお世話だ。
彼女が一体如何様にして陸八魔アルの下に辿り着いたのかは定かでなくとも、彼女にとって便利屋68は居心地の良い場所であることは間違いない。
そんな彼女と再び出会ったのは、アビドスでの一件から少し経った頃だった。
時期的には、ホシノの夜警が発覚した後の話である。
その夜、俺はアビドス市街を散策していた。
特別用事があった訳ではないが、アビドスでの仕事が終わったことでシャーレに戻らなければならない俺は、最後に街並みを見て行こうと思い立ったのである。
いや、これはこじつけた理由かもしれない。
むしろ、ホシノが夜警をしていないかを確認するための行動だったのかもしれないが、残念ながら内容としては空振りだった。
ホシノを見つけることはできず、しかしその代わりとして見つけたのは、便利屋68のメンバーである鬼方カヨコだった。
とは言え、仮に俺がホシノを探していなかったとしても、彼女のことは見つけていただろう──白と黒が明確に別れている珍しい髪色というのもあるが、明らかに口論している様子が遠くからでも確認できたのである。
路地裏に入る手前あたりで、どうやら何か揉めているらしい。
「だから、私は何もやってないって……」
「嘘つくな! そんな怪しい見た目でこんな場所をうろついて、何か用事でもあるのか?」
「それは、だから──」
「……だから?」
「……いや、何も」
「ほら見たことか、何か企んでいるんじゃないのか!?」
こちらにまで聞こえる声で、カヨコが大人に問い詰められていた。
ただし、その大人(見た目はロボットだが)は制服を見る限り警官のようで、何らかの疑いを掛けられているらしい。
よくもまあこのアビドスに警官としているものだ、とやや的外れな感想を抱きつつ、俺は彼女たちの方へ近寄る。
「とりあえず学生証を出しなさい、身元確認をするから」
「…………」
カヨコは反応しない──出そうとする素振りもない。
理由は分からないが、カヨコは今、素性を知られるとまずい状態にいるらしい──と考えて、それはそうだろうと俺は思い直す。
そもそも便利屋68は指名手配されている組織である。指名手配の割にはかなり自由にやっているようだが……それでも情報が漏れるのはまずいのだろう。
色々と気になることはあったが、ひとまず、俺は助け舟を出すことにした。
「……何をしている、カヨコ」
「……先生? どうしてこんなところに……」
どうしても何も、アビドスの仕事が終わったばかりなのだから、いても不思議ではないだろうに。
いや、彼女としては、こんな夜更けに俺と出会ったことを驚いているのかもしれないが。
「ん? どなたですか?」
「連邦捜査部シャーレの顧問だ」
当然、唐突に現れた第三者である俺に、警官は怪訝そうな視線を向けた。これだけの大仕事の後となれば顔くらいは割れているかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
俺はいつもの挨拶をしてから、シャーレの身分証を取り出して見せる。
警官は機械の顔のため露骨に表情の変化が見えることはないが、それでも、何やら雰囲気が強張ったことは分かった。
「……この子のお知り合いですか?」
「知り合いも何も、彼女は今、シャーレの仕事中だ。報告が無いと思っていたが……こんなところで捕まっていたか」
俺は適当にでっちあげた。
この時の俺は仕事の依頼どころか、便利屋の事務所さえ把握していなかったにも関わらず。
万が一事実確認を取られた場合、即座に嘘であることが露見するようなものなのだが、警察の発言を聞く限り、言いがかりの類であることは推測できた。
俺に準備がないのと同じように、向こうにも否定する証拠はないだろう。
「彼女は今シャーレの重要な仕事を抱えている。素性は明かせない。だが、彼女の身分は俺が保証しよう。もしも不都合があればシャーレに連絡してくれ」
「そ、それは……大変失礼しました。すみません、夜の路地裏に一人でいるものだから怪しい者だと思い込んでしまいました……。では、後はお任せしてもよろしいでしょうか?」
「構わない。こちらの不備でもある。すまなかった」
「いえ、それでは失礼します」
拍子抜けするくらいあっさりと警官は折れて、そそくさとこの場を去っていく──いや、逃げたと表現した方が正しいかもしれない。
…………面倒な輩もいたものだ。この分だと他にもいるのだろう。アビドスの事件に乗じて、どうやらきな臭い連中が紛れ込んでいるようだ。
カイザーの一件が解決したとしても、問題は山積みらしい。
そんなことを考えながら警官が去った方を見つめていると、カヨコが心底不思議そうに、それでいて少し警戒を感じるような声で、俺へ話しかけた。
「……どうして助けてくれたの?」
「困っていたように見えたが……迷惑だったか」
「そりゃ、困ってたけど……」
カヨコは少し口ごもるようにしてから、諦めたように溜息を吐く。
「不審者に誤解されるのは慣れてるから、あまり気にしなくていい。ああやって警察に捕まるのはよくあることだから……」
諦観した、卑屈な言葉だった。指名手配を受けている以上、厳密に言えば不審者で間違いはないのだろうが、カヨコの口振りからするにそういった背景とは無関係に誤解されやすいという意味だろう。
何故カヨコが問答無用で不審者だと誤解されやすいのかはよく分からなかったが、それ以上に彼女が勘違いしているようなので、俺は訂正を入れた。
「……一応言っておくが、あれは警察ではないぞ」
「……え?」
「アビドスの警察に夜警をするような余裕はない。そもそもまともに機能していないだろう。あれは服装だけ真似た偽物だ」
俺が身分を明かした時の動揺と、その後の話の切り上げ方から見るに、恐らくは他所から来たコソ泥だ。
大方、この事件に乗じて何かしらアビドスに住む人間からせしめようとでも思ったのかもしれないが……こうも治安が悪いとなれば、ホシノが夜警をするのも納得である。
「お前なら気付いていると思ったが……」
「…………」
俺の言葉に、カヨコは沈黙を返す。
反応を見る限り、本当に気付いていなかったようだ。どうやら彼女は今まで何度も不審者扱いをされたこともあって、今回もその類だと勘違いしてしまったらしい。
あの警察もどきに反論や言い訳することを諦めていたのも、そういった事情からなのだろう。
「……不当な扱いを受け入れるのはやめておけ。悪癖になる」
「いや……でも、慣れてるから。本当に気にしないで、先生」
「痛みに慣れても、傷は残る」
「…………」
そしてその傷は、大抵の場合治ることはない。
いつまでも──残る。
一生、傷を抱えたままだ。
「無論、生きている以上、絶対に傷付かないというのは無理な話だが……痛みは痛みだ。耐える必要はない」
そのまま我が身に跳ね返ってきそうな言葉ではあったが、その点は無視をしてカヨコに言う。
老婆心からの反面教師というやつだ──同じ轍を踏まないよう、間違った悪い大人である俺が忠告するべきだろう。
本来ならばより相応しい、正しい人間に任せたい役割だが、本物を見つけるまでは俺がやるしかない。
「…………『怖い』んだって、私の顔が」
「……?」
俺の言葉をどう受け取ったのだろう、カヨコはしばらく沈黙した後に、溜息混じりに言った。
言ったが、彼女の台詞があまりに唐突だったため理解できず、俺は首を傾げてしまう。
……怖い?
カヨコの顔が?
「だから、私の顔が怖くて、悪そうに見えるから、不審者扱いされるってこと」
「…………」
呆れたようなカヨコの台詞に、俺は今、ひょっとして冗談を言われているのかと思ったが、真面目な彼女がこのタイミングでそんなことを言うとは思いにくい。
ならば本当に、実際に言われたことのある台詞なのだろう──だとしても、理解し難いという気持ちに変わりはないが。
確かにカヨコは鋭い目つきをしてはいるが、しかし人に恐怖を与えるような顔つきではなく、美人の範疇に収まるものだ──仮にカヨコの顔立ちを怖いと評してしまった場合、ミシガンや俺の顔は怖いなんてものではないだろう。
「……先生も、私の顔は怖い?」
そんな俺の胸中を知ってか知らずか、カヨコは顔色を窺うように訊く。
どう考えても怖い要素が見当たらないというのが俺の正直なところだったが、それを言う前にミシガンの顔を思い浮かべたせいで、思わず、
「……それは俺の顔を見た上で言っているのか?」
と、訊き返してしまった。
この言い方は、彼女からしてみれば俺が気分を害したかのように聞こえてしまったに違いない。
実際は純粋な疑問だったのだが、カヨコはすぐに、
「あ、いや……ごめん」
と謝った。
……この件に関して謝られると逆に気まずいこともあるのだと、俺は妙な知見を得た。
いつか活かす時が来るのだろうか。
「……随分とキヴォトスの人間は怖がりらしい」
思わず自分の口元に手を当てながら、俺はやや冗談めかして言う。
カヨコのような子供が不審者扱いされるのであれば、俺は一体どうなってしまうのだろう──一目見てアルに『ハードボイルド』と称された俺が今まで怖がられていないのは奇跡なのかもしれん。
カヨコはそんな俺の様子を見て察したらしい、なんとも言えぬ空気を切り替えるためか、露骨に話題を変えた。
「……えっと……先生はどうしてここに?」
「アビドスの仕事がようやく終わりそうでな。最後に街を見ておこうと思っただけだ」
「ふーん……」
「……カヨコ。お前は何をしていた。便利屋の仕事か?」
「…………」
俺の問いに、カヨコはしまった、とでも言いたげな表情を浮かべた。
話題を変えたまでは良かったが、一周して最初の話題に戻ってきたことが、どうやらカヨコにとってあまり望ましくなかったらしい。
とは言え、隠すようなことでもないと判断したのだろう、溜息と一緒に彼女は答える。
「……はあ。野良猫に、エサをやってたの。警官が来て、すぐ逃げちゃったけど」
「……猫?」
「うん。普通の野良猫。アビドスにいる間は世話をしてたんだけど……もうそろそろここを離れるから」
「ふむ……」
仕事ではなかったのか。
では、先程の警官が本物だったとしても、やはりただの言いがかりだったということか──どうやらカヨコは本当に不審者、あるいは不良に勘違いされやすいらしい。
「……反論しなかった理由は、今まで信じてもらえなかったから、か」
「まあ……そうだね。正直に言っても、信じてもらえたことの方が少ないかな」
うんざりしたようにカヨコは言う。
そしてそのまま、自虐するように続けた。
「似合わないのは、自分でもよく分かってる。こんな怖い顔で猫の世話をしてるなんて、傍から見たらおかしいよね」
なんと言うべきか、その台詞は。
あまり受け入れたくない言葉だった。
「…………すまない」
「……え、あ、いや。先生のことを言ったわけじゃなくて……」
別段、俺は俺自身のことを言ったわけではないのだが、カヨコは言い訳するように取り繕った。
……先程からどうも会話の調子が狂う。今ひとつ、カヨコとの距離感が掴めない。
友人の友人と話しているかのような、妙な気まずさがある──今までホシノ、ヒナ、アル等のリーダー格と話していた時にはなかった感覚だ。
カヨコもそれを感じているらしい、困ったように髪を掻き上げてから、しかしどこか決心したように、
「……らしくないなら、らしくないでいいか」
と、一人呟いた。
それが何を意味する呟きかは特に説明することなく、カヨコは俺に向き直ってから、薄く笑みを浮かべる──微笑んではいるが、どこか緊張しているようにも見えた。
「先生、駅まで送ってくれる? 少し話したいことがあるから」
そう言った彼女は、やはりぎこちない笑みで。
緊張していることが分かるその様は、俺を怖がっているようにも見えた。
002
それから俺たちは、駅に向けてゆっくりと歩き始めた。多少雑談はしたものの、やはり気まずさの残るもので、残念ながら会話が弾んだとは言い難い。
とは言え、それでもある程度会話したことで緊張は解れたのだろう、カヨコは意を決したように、俺に声をかけた。
「先生、一つ訊いてもいい?」
「……構わない。俺に答えられることならな」
人一人分空けた距離で隣を歩くカヨコは、どこか心中穏やかではなさそうに、俺へ問う。
「先生は、社長を本当にアウトローにするつもり?」
「…………」
……なるほどな。
ようやく、カヨコの考えていたことが分かってきた。
だとすると……俺を警戒するのは無理もないだろう。
「……いや。俺にそのつもりはない」
「その割には、色んなアドバイスをしてるみたいだけど……」
非難めいた語調である。
つまりカヨコは、陸八魔アルを本当の意味でのアウトローにはしたくないらしい──なってほしくないらしい。
……まあ、それはそうだろうな。
便利屋のメンバーは少なくとも、今の陸八魔アルという人間が好きだからこそ、こうして付き従っているのだから、本物の悪に身を染めるような要因は見過ごせないはずだ。
それでもきっと、最後までカヨコたちはついて行くのだろうが……それはそれとして、である。
「今のところはただの助言だけだ。もっとも、アルは俺が何をしようとも善性を失うことはないだろう」
「…………」
カヨコは俺の発言の真偽を確かめるように、じっと俺を見ている。
万が一俺が本当にアウトローへ堕とすような悪い大人である場合(悪い大人である事実はさて置き)、カヨコは俺をアルから引き離すに違いない。
むしろアルの今後を考えると、俺は自分から離れるべきなのだろうが……あの純粋な彼女は、どうも面倒を見てやりたくなるような、目の離せない部分がある。
それもまた、彼女の魅力なのかもしれないが。
「正直に言えば、俺個人の感情としてはなってほしくないと思っている。だがそれは……俺が選ぶことでもない」
「……それは言わないんだ?」
「お前たちも言わんだろう」
「……そうだね」
俺の言葉に、カヨコは苦笑した。
ただしそれは、今までの緊張したものではなく、思わず笑ってしまったかのような、初めて見せる自然な笑みだった。
……こんな風に笑う彼女を怖いと思う人間がいるという事実は、やはり受け入れ難いものがある。
妙、と言うか──変だ。
そしてまた俺も、俺の顔の割に、俺自身があまり怖がられていないという事実に対してもう少し考えるべきだろう──それこそ、それは“先生”というテクスチャが働いた結果なのかもしれないのだから。
と、そこで。
まだ駅から十分以上は歩かなければならない距離で、ぽつぽつと雨が降り始めた。
アビドスにも当然雨は降るが、予報外れの雨とは珍しい──ただでさえ雨が降る日は少ないというのに、運の悪いことだ。
若ければ、いや、せめて足がまともに動けば走ることも選択肢に入ったのだろうが、今の俺では不可能である。
流石に雨が降ることを予想してはいなかったので、傘の用意はない──仕方なく、雨宿りをする場所を探そうと視線を彷徨わせた時、それを遮るようにカヨコが俺に差し出してきた。
当然のように、それは傘である。
恐らくは、折りたたみ式。
「はい、これ。傘」
「……随分と準備がいいな」
「周りにそそっかしい人が多いからね。予備を持っておくと便利だから」
「……なるほど、不測の予測か」
「?」
「……いや、なんでもない」
感傷はさて置き、カヨコの傘を受け取りながら考える。
カヨコの言うそそっかしい人とは、当然便利屋のメンバーだろう。
アルは持ち歩いていないだろうし、ムツキはこういった時、むしろ雨の中をはしゃいで歩きかねないイメージがある。
ハルカに至っては、自分が傘をさすなんて烏滸がましいと言いながら雨にただただ濡れているかもしれん。
「ほんと、すごく手のかかる人たちだから……」
困ったようにしながら、しかし微笑んで、カヨコは言った。
幸せそうだ、と感じる笑みである。
「それに……こういう雨の日に放っておけない子も、路地裏にいる」
「……猫か」
「正解」
先程の路地方向へと目を向けながら、カヨコは答える。
どうやら彼女は、猫がかなり好きらしい──初めは動物全般が好きなのかと思ったが、言動を聞く限り猫は中でも特別のようだ。
「……野良猫か。少々不安だが……自由なのは良いことだ」
俺は、俺自身どう受け取ったのか今ひとつ判然としないが、そんな風に言った。
何に重ねて、誰を思っての発言なのかは──分からない。
強いて言うならば、ただの、感傷だろう。
「……意外。先生は犬の方が好きかと思ってた」
「やや偏見を感じるが……どちらが好きというわけではない」
「ふーん……」
カヨコは、俺の言葉にあまり納得していない風だった。
何か思うところがありそうな頷きである。
どころか、『やっぱり本当は犬の方が好きなんでしょ』と言いたげでさえあった。
……何故そこまで俺のイメージが固まっているのだろう。純粋に疑問である。
「……俺は、犬が好きそうに見えるか」
「……どちらかと言うと、犬に好かれそうなイメージ」
「…………」
カヨコとしては、ただの感想を言ったつもりなのだろう。
恐らく、それ以上の意味はない。
犬。
犬に──好かれる。
「そういった意味でも、社長が先生を気に入るのも仕方ないかもね」
「……どういう意味だ?」
「ほら、犬っぽいでしょ、社長」
「……まあ、猫ではないだろうな」
あの屈託のない笑みと、眩しいまでの憧れを見せて慕ってくる姿は確かに、犬か猫かと問われたら犬だろう。
本人は『猫の方がアウトローっぽい』などと言いそうだが。
「……何にせよ、先生が見てくれるなら、少しは安心かな。ある意味、曖昧だった目標に先生が当て嵌まってくれたみたいだし」
「……既にアルには何度も言っているが、俺を目標にするなとお前からも言っておけ。俺は褒められた人間ではない」
「そういうところが、社長に刺さってるんだと思うよ」
「…………」
何を言っても墓穴を掘っている気がしてしまい、俺は口を噤む。
だがそれでも、言わなければならないことがある。
言い続ける必要がある。
「……俺はもう、誰かを縛るような真似はしない。自由であるべきだ──俺が手綱を持つと碌なことにならん」
突き放すように俺は言った。
嫌われても良い、嫌われた方が良いと思っての発言だったが、しかし。
「……
という、カヨコの容赦無い一言で一蹴されてしまった。
……そう言えば、便利屋の全員がロイの『猟犬宣言』を聞いているのだったか。
そんな状態であれば、確かに、今更何を言っても言い訳にしかなるまい。
だが、それでも。
俺にも意地はある。
俺の猟犬が幸せになれないことは、既に証明されているのだから。
渡鴉でない限り。
「ロイたちが猟犬になることを、俺は認めていない。あいつらはアビドスという居場所を得た。ならば俺がかけた首輪は既に外れている──いつまでも俺が縛り続ける権利はない」
「……確かに、縛られることが嫌な人もいるよ。でも、あの子たちは縛られてる、だなんて思ってないんじゃない?」
「…………」
「そうじゃなきゃ、自分から名乗りなんてしないでしょ」
淡々とした口調だったが、しかし的確にカヨコは俺の逃げ道を塞ぐ。
雨が降っているのにも関わらず、その声は俺の耳に届く──届き続ける。
「…………あいつらにも、幸せになる権利がある」
「そう思うなら、それこそ最後まで面倒を見るべきだと思うけど。飼い主になったなら、特に」
拾ったんでしょ、とカヨコは言う。
まるで拾ってきた野良犬の面倒を最後まで見なさいと叱られているかのようだった。
「……首輪が窮屈かどうかなんて、環境次第だよ、先生」
「…………」
「その環境を決めるのも、やっぱり自分しかいない。それを無視して自由でいれば、もちろん縛られることも、傷つけられることもないけど……」
彼女は俯いて、それから。
雨音に消え入りそうな声で、呟いた。
「でも、一人は寂しいから……」
「…………」
一人は──寂しい。
それは野良猫でも、捨て犬でも──あるいは飼い主でも、そうなのかもしれない。
人は一人では生きられない。
物理的にではなく、精神的に。
意味や居場所が──必要なのだ。
「…………自由か」
こうして考えてみると、俺が自由というものを完全に理解しているとは言い難い──俺よりも621の方が余程理解していると言えるだろう。
自由とは何かを。
選ぶとは何かを。
今にして思えば、『意味を与える』など烏滸がましいにも程がある──縛られているのは、俺の方だと言うのに。
縛ることを恐れ。
縛られることを怖がっているのは、他ならぬ俺だけか。
俺が、一番臆病者か。
「…………」
それっきり俺たちの会話は途切れてしまう。
ぽつぽつとたまに会話はするものの、結局他愛の無いもので終わってしまう状態だったが、不思議なことに、居心地の悪さは感じなかった。
雨音という雑音が誤魔化してくれている、のかもしれない。
「……ありがとう、先生。送ってくれて。傘は……貸してあげる。また今度で良いよ」
「……そうか」
そうして、しばらく。
カヨコとしては満足のいく会話だったのか、駅に着く頃には彼女から警戒や緊張は感じられなくなっていた。
友人の友人、という感覚は無くなったらしい。
俺の方は残念ながら、彼女に対して未だに距離感が掴めていないのが実情だが……まあ、それはこれからの話だろう。
カヨコがアルを見限ることは絶対に無いと言える今、アルが俺に対して失望でもしない限り、関わり続けるのは間違いないのだから。
「……ああ、あと。先生、これは参考までに言っておくけれど」
そして最後の別れ際、彼女は言う。
怖いくらいに、美しい笑みをもって。
「今の私は縛られることも、そんなに嫌いじゃない」
カヨコとウォルターの会話が全然思い浮かばずにこんなに遅くなりましたが、違和感がなければ幸いです。
ASMRまで買ってキャラの解像度上げようとしましたが、声が良過ぎて普通に楽しんだだけでウォルターとの掛け合いの参考にはなりませんでした。ウォルターもASMR出して。
次は桜花……と言いたいところですけど、その前にアンケートをお願いします。
サブイベちゃんと書こうとすると思ったより結構な文量になりそうなので、どれがいいか答えて頂けると幸いです。
サブイベの進行の仕方
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一話にまとめる(完成するまで更新なし)
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ある程度まとめて更新
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5000〜8000文字で更新
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上記+完成したら後で一話にまとめる