ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 猟犬の見る夢。


桜花爛漫お祭り騒ぎ!~空に徒花 地に忍び~


 001

 

 主人に忠義を尽くす人間、あるいは揺るぎない忠誠心を見せる人間を『忠犬』と表現することがある。

 忠犬。

 それは恐らく、犬のような忠実さだと褒めているつもりなのだろうが、俺としては苦い顔をせざるを得ない。

 むしろ犬に対する偏見、あるいは風評被害であると、俺は主張する。

 断固として主張する。

 犬だからと言って、誰かに付き従うばかりではないだろう、と。

 そのあたりの──俺の思想とも言える考えを踏まえた上で、ハウンズという名前を見てみれば、なるほど、妙に意味ありげではある。

 忠犬ではなく、猟犬。

 狩猟のための犬。

 それは必ずしも、飼い主に忠義を誓っている訳ではないはずだ。

 流石に指示や命令を全く聞かないようであれば困るが、そうでなければ──いや、そうであったとしても、例え俺が手綱を握っていたとしても、何をしようとそれは犬の自由であるはずなのだ。

 何をしようと──裏切ろうと、自由だ。

 自らの意志で選び取ったものであれば、俺が何かを言う資格はない。

 そしてそれはきっと、手綱が千切れた猟犬たちにも同じことが言えるのだろう。

 ならばそれが、俺の深層心理にある願いか。

 俺が願える、唯一の祈りか。

 俺の手を離れた猟犬たちは──千切れてしまった先の彼女(617)たちは。

 生まれ変わったのなら、せめて争いとは無関係の世界で自由に生きていてほしい、と。

 俺は恥知らずにも、思う。

 ……とは言え。

 今、新たに猟犬になりたがっているロイたちのことは、まあ、これから説得していくにしても、俺は()()()()()()()可能性を考慮していなかった。

 狐。

 あまり忠義に厚いイメージは無い。

 どころか、思慮深く、忍耐強く、狡猾に狩りを行う動物だろう。

 物語などでは人を騙すことで語られやすく、ものによっては妖怪変化にも例えられるような生き物である。

 妖術をも使う生き物だ──いや、彼女の言葉を借りるならば、それは()()なのかもしれない。

 今回は、そんな彼女の話。

 己が真の主君を探す、狐の話。

 彼女の主張を否定する形になってしまうが、一つ確実に言えることがあるとするならば、その主人は俺ではない、ということだろう。

 少なくとも、“本物”が別にいることは確かなのだ。

 狐の躾など専門外である。

 

 002

 

 アビドスの一件から一ヶ月ほど経過した。

 仕事の後始末も終わり、おおよその負債は清算したと言っていいだろう──唯一の懸念は、トリニティのティーパーティーからの接触、そして要求が一切ないことだが、これに関しては向こうの行動を待つしかない。

 何せ、あの支援砲撃はトリニティとは無関係ということになっているので、俺自ら接触を試みるとややこしい事態になりかねないからだ。

 知らないはずの、面識が無いはずのトリニティのトップと繋がりがあると知られるのは──そうでなくともその疑念を抱かれてしまうのは、エデン条約が控えている今、避けておかなくてはならない。

 俺は中立であるべきだ。

 ……とは言え、現状ゲヘナにやや傾倒している感覚は否めないのだが、まあ、心構えとして意識しておく必要はあるだろう。

 トリニティのトップに借りを作っている状況は、あまりにも不安要素として大き過ぎるため俺個人の感情としては看過し難いが、こちらから何か行動を起こすことはできない以上、これは受け入れるしかない。

 後々、厄介な仕事を押し付けられなければいいが。

 

「……仕事か」

 

 しかし、現実問題として、これ以上シャーレの仕事が増えると手が回らなくなってしまう恐れがある。

 シャーレの仕事はアビドスでの一件以降増加傾向にあり、かなり無理のある仕事の回し方をしているのだ。常駐しているロイたちは勿論のこと、当番制度を利用してユウカたちにも都度協力を仰ぎ、なんとか日々の仕事をこなしている状況である。

 仕事を極力選んではいるが、あくまでそれは順番であって、連邦生徒会長が消えた今、優先順位はあっても断ることは難しい。

 まあ、流石に猫探し等は断るのだが。

 シャーレを本当の意味での『便利屋』と思っている人間も多いようで、これは知名度が上がった弊害とも言えるだろう。

 アビドスでの仕事が評価されていることは喜ばしいが、やや的外れな依頼も多く、その選別だけで時間を取られてしまうのは今後改善するべき業務である。

 ちなみにその選別は、数少ないシャーレの部員の中でもユウカが最も得意としているのだが、彼女はどうも俺の懐事情を探ろうと企んでいるようなので、全面的に頼るのはやや憚られた。

 その証拠──と言うわけではないが、俺が自腹を切って補填を行うと不思議なことにユウカは必ず気付き、釘を刺しにくるのだ。

 ……だから何故お前がシャーレの財政状況を知っている。

 以前のようにかなりの業務に深く携わっていた時ならばともかく、今は稀に呼ぶ程度なのにも関わらず、彼女は目敏くそれを発見するのだ。

 シャーレ最初期の財政から全ての金の動きを計算していれば気付くのかもしれないが、しかし、そんなことが人間に可能なのだろうか。

 仮にそれが可能だったとして、一体何が彼女を突き動かしているのだろうか。

 とりあえず、今はケーキなどのデザートで誤魔化しているが、果たしてそれもいつまで続くか──いや。

 ……よく考えてみれば、それのせいか?

 ロイたちが住むようになってから、ケーキも以前のようなコンビニに売っているものではなく、専門店で買って来たものが冷蔵庫には常備されているが、これがもしや、実質的な褒美になってしまっているのか?

 俺が誤魔化すために振る舞うケーキが目的にすり替わっているのか?

 とは言え、今更ケーキを振る舞うことをやめてしまえば、いよいよ誤魔化しが利かなくなってしまうのでは──

 

「ウォルター? 来たけど……今大丈夫か?」

「……ああ、問題ない」

 

 と、そこであらかじめ呼んでいたロイがやって来た。

 ひとまずユウカのことは後で考えることにしよう──それとは別件で彼女には相談したいこともあるため、後日ミレニアムに行ってもいいかもしれん。

 俺はそう結論付けてから立ち上がり、部屋の隅に置いてある『盾』へと向かう。

 これが、ロイを呼んだ理由だった。

 

「頼まれていた物だ。と言っても、ヴァルキューレ警察学校で支給されているものだが……本当にこれで良かったのか」

「うん、大丈夫。まだお試しの段階だしな」

 

 そう言ってロイは置かれていた盾を拾って、強度を確認する。

 盾、と言うと仰々しく聞こえるが、ホシノが使っているような重厚で堅牢なものではなく、ポリカーボネート素材の透明な盾であり、銃弾が日常的に飛び交うキヴォトスにおいては些か不安の残る強度のように思えた。

 

「……うーん……」

 

 ロイは唸りながら、盾を構えたり、弾くように振ったりと、基本動作を繰り返す。

 その動作は手慣れたもので、それなりの研鑽を感じるものだったが、しかしロイ本人はどうにもしっくりきていない様子である。

 盾。

 守るための道具。

 盾、というのは、明らかにホシノの影響であることは間違いないのだろうが、実のところ、それはロイの戦い方と真逆のスタイルである。

 ロイ自身は打たれ強いわけではないので、どちらかと言えば身軽さを活かして立ち回っていたように思うのだが……果たして、どういった心境の変化なのだろうか。

 あるいは──ホシノに何か言われたのか。

 少し、訊くべきかどうか悩む。

 彼女の選んだことに口出しをするつもりはないが、人間、向き不向きというものは存在する。俺が知っている唯一の例外は621だけであり、あいつのようにどんな装備もすぐに使いこなせるようになる才覚を持っているならばともかく、そうでなければ余程の理由がない限り望ましくない。

 そして、恐らくロイが目標としているホシノでさえ、盾を持つに適した体格ではないだろう──これは俺の見解だが、ホシノに異常なまでの頑強さがあるからこそ無法な強さで盾の運用ができているだけで、ホシノ自身は一般的な盾持ちの動きではないだろう。

 もっとも、銃弾が肉体で跳ね返ってしまうキヴォトスにおいて、盾の一般的な運用を説くこと自体が的外れな気もするが。

 

「──あ、電話だ。ちょっと待っててウォルター」

 

 俺が思考に沈んでいると、シャーレの固定電話が鳴り響いた。ロイは、俺が何かを言う前に電話へと向かい、迷うことなく受話器を取る。

 最近はロイも仕事に慣れてきたようで、ユウカに仕事を教わったこともあり、一般的な事務作業を苦にすることはなくなったようだ。

 

「はい、こちらシャーレ。……はい? ああ、はい……えっと、ウォルター……先生はいる……いますよ。代わりますね」

 

 とは言え、未だに敬語は不慣れなようで、ややたどたどしいものだった。

 以前、俺はロイに無理矢理敬語を使う必要はないと言ったのだが、彼女は「自分のせいでウォルターの評価が下がるのは嫌だ」と言って、最近は電話応対の際、敬語を極力使うよう心掛けているらしい。

 その心掛け自体は称賛したいところだが……俺が敬語を使わない以上、あまり気にしても仕方のない部分ではないだろうか。

 もう少し言い含めておくべきかと考えながら、俺はロイから受話器を受け取って応対する。

 

「……ウォルターだ。要件を聞こう」

『あ、えっと……んんっ、よし……えっと、もしもし! その、こちらは……シャーレの、ウォルター先生のお電話番号で、お間違いないでしょうか?』

「……ああ、合っている」

 

 緊張しているのだろう、俺が名乗った上で再度確認を取る少女の声が電話越しに聞こえる。

 その第一印象として、随分と特徴的な声だと感じた。

 今まで聞いたことのないような、なんとも言えぬ声である。

 少なくとも、これからこの声を忘れることはないだろうと言い切れるほどに。

 

『あらためて……初めまして、シャーレのウォルター先生! 私、シズコって言います! シズコ実は、百鬼夜行連合学院に所属している「お祭り運営委員会」の委員長で、なんと! 同時に、百夜堂(ももよどう)の看板娘だったりします☆』

「…………」

 

 俺は、シズコと名乗った少女の挨拶に上手く返すことができず、沈黙してしまった。

 押しの強さに黙らされたというわけではない。

 単に、知らない場所の知らない組織の長であり、知らない店の看板娘であるという宣言に対する反応が用意できなかっただけである。

 どう返したものか、と思ったが、電話口の相手も何となく外したことを察したらしい、やや気まずげではあったが、向こうから本題を切り出した。

 

『そ、それで、今回お電話させていただいたのは……私たちの百鬼夜行連合学院で開かれる春のお祭り、「百夜ノ春ノ桜花祭(ももよのはるのおうかさい)」に、先生をご招待するためです!』

「……祭りか」

『はい! お忙しいかと思うのですが、よろしければお越しいただけませんか?』

 

 溌剌とした声で、シズコと名乗った少女は言う。

 祭り。

 宗教的に語るならば、感謝や祈り、慰霊のために神仏および祖先をまつる行為にあたるのだろうが、この場合、そういった厳かなものとは違うようだった。

 いや、元を辿れば──歴史を辿れば、原義としては存在しているのかもしれないが、それは時代の流れとともに意味合いが薄れ、変わっているのかもしれない。

 もっとも、これは俺の知っている『祭り』という言葉の定義であって、この世界における祭りは──百鬼夜行連合学院における祭りの意味が違う可能性は十分にあるのだが。

 

『今回の「百夜ノ春ノ桜花祭」……通称「桜花祭」では、以前には無かった新しい試みも行う予定なんです!』

 

 俺はそれらのことを踏まえて少し考えた後、今回の電話が俺を騙すためのものである可能性を限りなく低く設定した。

 当然、このあまりにも脈絡のない唐突な誘いには、彼女に狙いがあると見て然るべきだが、しかし仮に俺を害そうとしているのであれば、ここまで回りくどい手は使わないだろう。

 そして実際、

 

『それからちょーっとだけ、大したことではないのですが、先生にご相談したいこともありまして。来てくれると、シズコとっても嬉しいです!』

 

 と、直接的にシズコは言ったのだった。

 相談したいこと。

 つまりそれこそが、彼女の本命である。

 メールや電話で相談しないということは、秘密裏に解決したい問題である可能性が高い──つまるところこれは、招待をカモフラージュにした仕事の依頼なのだろう。

 俺はそう判断して、幾つか彼女に確認した後、『ではでは!』というシズコの元気な挨拶を最後に、通話を切った。

 

「……ウォルター、仕事か?」

 

 通話が切れたことを確認したロイは、何故か期待を込めた視線をこちらに向けて言う。

 ……日に日に、ヒナとは別の方向でハウンズに似てきた彼女に思うところはありつつも、俺は答えた。

 

「……いや、宣伝だな。祭りが行われるそうだが……興味はあるか」

「祭り? よく分からないけど……折角なら行きたいかな」

 

 知りたいし。

 と、ロイは言う。

 主語は無かったが、きっとそれは、以前の宣言通りの意味なのだろう。

 

 ──色んなところに行って、色んな意味を知る。

 

 彼女の選択、である。

 ……まあ、仮にそうでなくとも、最近根を詰めすぎているきらいのある彼女を気分転換させるには丁度いいのかもしれない。

 俺はスケジュールを脳内で調整しつつ言う。

 

「……そうか。ならば調べておこう。百鬼夜行連合学院には俺も初めて行くことになるが──」

 

 ひとまず、ざっくりとした情報を集めるために俺がモニターに視線を向けると、新着メールが届いていた。

 送信元は……先程のシズコという少女か。

 

『会場までの案内図も兼ねているので、桜花祭のポスターをお送りします』

 

 添付された画像を開けば、桜花祭の名の如く、桜を前面に押し出したポスターが表示された。

 桜。

 ……花、か。

 ルビコンではまず見ることのできない花であり(そもそも植物の自生が稀である)、相当に繊細な木だったと記憶している。

 少なくとも、ルビコンに自生してはいなかっただろう。

 

『では、シズコは先生が来てくれるのをすっごく、す~っごく楽しみにしてますね! では、百夜堂でお待ちしておりますので! にゃんにゃん♪』

 

 ……最後の文面はよく分からなかったが、とにかく、招待そのものは公的なものであると見て良さそうだ。

 百鬼夜行連合学院、桜花祭、そして百夜堂か。

 アビドスほどの大仕事にならなければいいが。

 

 003

 

 百鬼夜行連合学院。

 調べた限りでは、観光業を中心に発達した学院自治区だと言う。

 祭り、温泉、音楽といった様々な娯楽が発達しており、中でも食文化がもっとも成長しているらしい。

 ありとあらゆる文化と生徒たちとが交わり、息づいている場所──というのが、公式のPR文章である。

 ちなみに、今でこそ百鬼夜行は平和だが、過去は内紛が多かったらしい。詳しい情報は掴めなかったが、随分と紆余曲折を経て今があるようだった。

 あまり比較するべきではないが、過去栄えたアビドスとは真逆とも言える。

 そしてシズコが所属する『お祭り運営委員会』は、その百鬼夜行の観光業の中でも最大級の規模を誇る『祭り』を担当しているようで、『運営委員会』という名前でありながら、企画から運営、そして全般的な管理まで、そのほとんどを担当してる部活なのだとか。

 その長からの招待ともなれば、どの道仕事を断ることは難しかっただろう、と今更ながら思う。

 

「……美味しい」

 

 そして俺たちは、桜花祭が開かれる百鬼夜行の自治区に到着し、その食文化に舌鼓を打っていた。

 俺たち、とは言ったが、実際に食しているのはほとんどロイである。

 若者の胃はやはり無尽蔵なようで、通りに売っていた『キツネせんべい』や『サクラ大福』を食べながら、満足そうな笑みで頷いていた。

 彼女の表情を見る限り、噂に違わぬ味のようだ──もっとも、俺も抹茶を味わって幾つか購入しているので、人のことは言えないのだが。

 そんな熱気溢れる祭り独特の雰囲気、そしてそれを楽しむ人たちの歓声に包まれつつ、百鬼夜行特有の風流な街並みを散策していると、唐突に。

 

「あっ、あっ! 危ないですーーっっっ!?」

 

 と、物凄い勢いでこちらに向かって来る少女の叫びが、通りに響いた。

 学生たちはその少女を反射で避けていくが、あまりの速度に老人である俺は回避さえ間に合わず──

 

「ウォルター!」

 

 ぐい、と。

 激突する寸前、ロイが素早く盾を構えて俺の前に躍り出て、凄まじい勢いで突撃してきた人物をどうにか弾き返した。

 

「きゃんっ!?」

「痛っ……!」

 

 少女との衝突でロイは踏み止まったものの、相当の衝撃があったようで、突撃してきた少女はその場にひっくり返り、ロイはその痛みに顔を顰めた。

 

「すまない、助かった。ロイ、大丈夫か?」

「いや、多少痺れただけだから大丈夫。けど……衝撃殺すのムッズいなこれ……」

 

 盾が早速役に立った、と言うべきだろうか。

 しかしその活躍とは裏腹に、ロイは浮かない表情である。

 弾き返した衝撃で手が痺れたのか、その痛みを誤魔化すように手を振っているロイは、痛みよりも何か気になることがあるように見えた。

 

「いたた……。はっ! ああっ、すみません! えっと、大丈夫ですか? お怪我はありませんか!?」

 

 反対に、見事なまでにひっくり返っていた少女は素早く起き上がり、その派手な転倒の仕方にしては痛みをあまり感じていないようだ。

 そして起き上がったことで、その少女の全容が見える。

 黒髪のショートカットの少女はシロコと同様に獣耳があったが、シロコとは違い、かなり目立つ大きさの動物の尾があった。

 あれは……狐の尾、だろうか。

 獣耳や角、翼が生えている生徒は何人か知っているが、尾が生えている生徒は珍しい。知り合いの中ではイオリしかいないはずだ。

 

「怪我はないよ、取り敢えず。つーか、盾にぶつかったそっちこそ大丈夫か?」

「イズナは平気です! これでも鍛えていますので!」

「……そっか、良かった」

 

 イズナと名乗った少女は特に強がりを言っている様子はなく、盾に衝突しても一切怪我を負わなかったようだ。

 転んだ拍子にどこか捻ったかもしれんと思ったが、跳ね起きたときの俊敏さから見るにその様子もない。

 そして駆けてきた時の足の速さや、その跳躍力からして、鍛えているという言葉にも嘘はないらしい──本当に何ともないようだ。

 その一方で、衝撃で手に若干の痺れを残したロイは、イズナというらしい少女の全身を見ている。

 鍛えている、という言葉を聞いて興味が湧いたのか、観察するように全身を見て、それから──何故か溜息を吐いた。

 物憂げである。

 

「えっと……?」

「ああいや、こっちの話だ。気にしないでくれ」

 

 どこか投げやりに、ロイは言う。

 何か思うところがあるようだったが、それを聞く前に、イズナという少女が駆けてきた方向から再び声が響いた。

 

「待てー! 逃がさないんだから!」

「か、カエデちゃん、ちょっと待ってください……はあ、はあ……は、速すぎます……」

 

 ……どうやら、早速厄介事に巻き込まれたらしい。

 追われる少女と、その追跡者。

 どちらも少女の声なので、追跡者自身も子どもであることは間違いないようだが……さて、どうしたものか。

 

「はっ、もうこんなところにまで! えっと、ええっと! ど、どうすれば!?」

「……イズナと言ったか。手助けが必要か?」

「へ? そ、それは、その……」

「見つけた! ミモリ先輩、あっち!」

「あっ……!」

 

 あまり時間は残されていないようだ──ならば、今は情報収集に徹するべきだろう。

 どちらを味方するべきかの判断は後回しだ。

 

「ロイ。ひとまず二人で逃げろ。逃走先の位置情報は端末に送る。俺は情報を集めてから、後で合流しよう」

「えっ……っ、あっ、ああ、分かった! ほら、行くぞ!」

「えっ、えっ!? ちょ、ちょっと待ってくださいー!」

 

 物憂げな表情をしていたロイも今はそれどころではないと判断したようで、未だ混乱状態のイズナの手を掴んで人混みに紛れるように走り去って行く。

 ……良い切り替えだ。

 瞬間的な判断が以前よりも早くなっている。

 

「あれ? さっきまでここにいたはずなのに! 一体どこに……!」

「はあ、はあ……やっぱり、逃げられちゃいましたか……」

「ふぁ……眠い……」

「ああっ、待ってツバキ先輩、ここで寝ちゃダメ……! あ、ねえねえ、そこのお爺さん! ここに狐耳の女の子が来たはずなんだけど見なかった!?」

 

 ロイの成長を密かに実感していると、どうやらイズナを追跡していたらしい少女たちが俺の元へ辿り着いた。

 黒髪の少女二人──眠そうな少女と、元気な少女。そして息切れを起こしている、ホシノと同じような桃色の髪を持った少女が、俺へと視線を向けた。

 俺は答える。

 嘘偽りなく、正直に。

 

「……確かに通り過ぎて行ったが……すまない。方向までは覚えていないな」

「そっか……。うーん、してやられた! 次こそは!」

「…………」

 

 俺の言葉をそのまま鵜呑みにする少女とは裏腹に、桃色髪の少女は俺を訝しむように見ている。

 どうやら俺の発言を疑っているらしい──賢明だ。

 そもそも、今の俺の装いはこの百鬼夜行連合学院においてかなり怪しいものであるという自覚はある。なにせ、この学院にいるものは和装をモチーフにしている格好の人間がほとんどだ。

 スーツ姿の老人など、怪しいことこの上あるまい。

 目の前の少女たちも、恐らくは和装──巫女装束と呼ばれる格好であることを思えば、その疑念は当然とも言えた。

 

「……学院の方……ではなさそうですね。少々、お話を伺っても?」

「構わない。俺も百鬼夜行は初めてでな。詳しい人間に話を訊きたいと思っていたところだ」

 

 思ってもみない提案に俺はそんな風に受け答えをしながら、しかし、頭の中では別のことを考えていた。

 さて──アコにどう謝ったものか。

 

 004

 

「あ、来た。遅かったな、ウォルター」

「あっ、先程の……!」

 

 しばらくして、俺はロイたちと合流した。

 話を聞くことに少々時間を費やしてしまったせいで、随分と彼女たちを待たせてしまったらしく、合流場所付近にあった茶屋でロイとイズナは団子をつまんでいた。

 団子に刺さっていたであろう串の本数を見る限り、食べ始めてからそれなりの時間が経過しているようだ。

 

「……すまない。待たせたようだ」

「いえいえ! ロイ殿とお祭りを楽しんでいましたので!」

「イズナと結構見て回ったから、あんまり待ってないよ。ウォルターも団子食べるか?」

「……いや。話ついでに食事をしたからな。遠慮しておこう」

「ふーん……そっか」

 

 ロイは、俺に差し出しかけた団子を戻し、そのまま己の口に運ぶ。

 どうやら俺が情報を集めている間に、ロイはイズナと交流を行っていたようだ──気さくに名前を呼び合う程度には仲を深めることができている。

 アビドスの一件を経て、ロイは間違いなく良い方向へ成長していると言えるだろう。そのモチベーションが『俺のため』というのは気になるが……それは、彼女の成長を喜ばない理由にはならない。

 

「で、ウォルター。なにか分かったのか?」

「ああ。だが後の方が良いだろう。ここで話すことでもない」

「ん、りょーかい」

 

 先程の三人──修行部と名乗る少女たちから話を聞き(その過程で食事を取らざるを得なかった)情報を得た俺は、今現在の百鬼夜行で起きているあれやこれやを概ね把握することができた。

 とは言え、その全てを鵜呑みにしたわけではない。

 あの三人から得た情報は、あくまでも一組織のものである。

 情報は多角的に見るべきだ──今はまだ情報が足りない。

 

「では、改めて……イズナはイズナと言います! イズナを助けてくれてありがとうございました!」

 

 ともあれ、一息ついたところで、イズナは自己紹介しつつ俺たちに礼を言った。

 彼女は一人称に自身の名前を使うタイプらしい。

 名字を名乗らなかったので訊くかどうか迷ったが、まあ、名前が分かれば問題ないだろう。

 名前があれば、問題ない。

 何も。

 

「ええっと……ロイ殿はアビドスの方だとお聞きしていますが、その、貴方は……?」

「……連邦捜査部シャーレの顧問、ウォルターだ」

「ちなみに私はその部員な」

「……シャーレ?」

 

 俺の自己紹介に対して、イズナは首を傾げた。

 ロイは既にアビドスの所属であることを明かしていたようだが、シャーレという組織の紹介まではしていなかったらしい。

 ただ、イズナにはその名前に聞き覚えがあったようで、しばらく記憶を探るようにしてから、

 

「……シャーレの顧問……あ、もしかして先生と呼ばれている方でしょうか! イズナ、聞いたことあります! シャーレには、キヴォトスの色々な事件をズバッと解決してくれる、すごい大人の人がいるって!」

 

 と、言った。

 ……噂が一人歩きしている。

 その言い方では、まるで俺が各地へ出向いているかのような物言いだが、実際に現場で動いているのはロイたちであり、俺は書類を片付けている老人に過ぎない。

 ならば評価されるべきは彼女たちであって、俺ではないのだが……そう都合良く事は運ばないようだった。

 

「…………過大評価だな」

「どこにでも現れて即座に解決……まるで忍者みたいです!」

「…………」

 

 俺としては事実をありのまま述べたつもりだったのだが、イズナはこれを謙遜だと捉えたようで、まるで気にすることなく目を輝かせたまま続けた。

 ……どこにでも現れるわけではないし、即座に解決もしていないのだが……しかし、忍者?

 どういう繋がりなのだろう。

 確か、忍者とは諜報活動を主とする、要はスパイのような存在だったと記憶しているが……仕事に対する評価の比喩としては独特である。

 

「まさか噂の先生にお会いできるだなんて……! すごい、本物なんですね! ですが、シャーレの先生がどうしてここに?」

 

 俺の疑問を他所に、イズナはぐるぐると俺の周りを回りながら観察している。

 随分と興味津々に見ているが、どこから見ようとただの老人でしかなかろうに。

 

「桜花祭で珍しい催しがあると聞いてな。興味があった」

「なるほど……そうだったんですね! でしたら、ご神木はもう見られましたか?」

「ご神木? って……あれか?」

 

 イズナの問いに、ロイは斜め上に視線を向けて言う。

 その視線の先は、空である。

 しかしそれは、単純な青空ではない──本来、キヴォトスにおいて空には巨大なヘイロー以外何も浮いていないが(それはそれで妙な表現だが)、百鬼夜行においてはその限りではなかった。

 その方角には、空を塗り潰すかのような巨大な桜が咲き誇っているのだ。

 遠近感が狂いそうになるほどの、巨大な桜が。

 百鬼夜行に入った時点で見えていたので、相当なスケールであることは把握していたが……俺の正直な感想を言えば、常軌を逸している。

 自治区のどこにいても、どこからでも見える桜。

 それは、薄気味悪ささえ──覚える。

 

「はい! ですが、神木展望台から見るご神木は格別なんです! お二人とも、一緒に見に行きませんか?」

 

 とは言え、イズナにとってあの桜は見慣れたものなのだろう。より良く見える場所でその絶景を俺たちに共有しようと、嬉しそうに誘う表情に悪意は全く無い。

 そしてロイもまた、俺のような感想は抱かずに、純粋に興味をそそられているようだった。

 

「……行っていいかな、ウォルター」

「俺に気を遣う必要はない。そのために来たのだろう」

「……うん、ありがとう。イズナ、案内してくれるか?」

「喜んで!」

 

 当初の目的地──シズコのいる百夜堂とは方向がややズレているが、まあ、許容範囲内だ。

 イズナは、俺たちが頷いたことを確認すると更に笑顔になって、『神木展望台』と呼ばれる場所まで案内してくれた。

 老体かつ杖を使用して歩行している俺には階段を登るのが相当な重労働ではあったが、ロイの手も借りながら連れられた展望台に辿り着けば、そこには。

 そこからは。

 百鬼夜行の全景を見渡せると同時に、圧倒的な──あまりにも桁違いに巨大な一本の桜が、自治区の中央に鎮座している景色が目に入った。

 その桜が相当な大きさであることは重々承知していたが、しかしこれは……大木という表現では、言葉が足りない。

 ACでさえ近くに寄ってしまえば見えなくなってしまうかのような、山をも超える巨大な桜であることが、展望台から見ることで初めて把握できた。

 

「……すげえ」

 

 感嘆とした様子で、ロイは呟く。

 確かに、凄まじく神秘的な光景だ。

 神秘的で、神懸かっていて──畏怖を覚えるほどに美しい。

 

「……見事なものだ」

「えへへっ、ですよね? ちょうどこの時期に一番綺麗に咲く、百鬼夜行の自慢です! イズナは、ご神木と百鬼夜行の街並みとが同時に見渡せるこの場所が、大好きなんです!」

 

 イズナは言う。

 御神木。

 なるほど、言い得て妙だ。

 神の宿る──木。

 ああも巨大かつ、異様とさえ言える美しさを持つ桜など、それこそ神でも宿っていなければ説明がつくまい。

 俺は決して信心深いわけではないが、こういった神秘的な──奇跡の産物とさえ言えるものを見てしまうと、神という存在も与太話ではないように思えてしまう。

 いてほしくないが、いるのかもしれない、と。

 少なくとも、そう思わせるだけの迫力が、あの神木にはある。

 

「ここでこうしていると、イズナも夢のためにまだまだ頑張らなきゃって気持ちになります」

「……夢か」

「はい! イズナには夢があるんです!」

 

 そうして、イズナは語る。

 神木を見ながら、未来を語る。

 

「キヴォトスで、一番の忍者になるという夢が! そして今日も今日とて、そのために日々……!」

 

 彼女の宣言を聞いて、俺は納得するような気持ちになった。

 なるほど──夢か。

 先程忍者を比喩として使った理由は、彼女が忍者そのものに憧れを持っていたからのようだ。

 ならば彼女に『忍者みたい』と表現されることは、最大級の賛辞になるのかもしれない。

 

「……ニンジャ?」

「……はっ!?」

 

 そして当然と言えば当然なのか、ロイは忍者を知らなかったらしい。

 不思議そうに首を傾げて訊き返すと、イズナはしまった、という表情をして、一転、居心地が悪そうに身を縮こまらせて、俯いた。

 過剰とも取れるほどに。

 

「す、すみません、その、こんな夢を持ってる人なんて今時いないことは知っているのですが……で、でも……」

 

 恥じると言うよりは、何かを恐れるような態度で、イズナは言う。

 その様子から見る限り、彼女の掲げる夢が周囲からどう思われてきたのか、どのような対応をされてきたのかが窺えた。

 夢。

 子供の掲げる、夢。

 

 ──先生。

 

 ……俺の夢は、()に否定されなかった。ならば俺も、彼女の夢を支えるべきだろう。

 大人は、子どもの選択肢を奪ってはならない。

 それが、俺が受け継ぐべき意志()だ。

 

「……こんな夢と、卑下する必要はない。どんな夢を持とうと、それは個人の自由だ。お前の夢は、お前が大切にしろ」

「…………イズナの、夢を……」

 

 イズナはまるで、肯定的なことを初めて言われたのかのような反応を示した。

 少しだけ表情を緩ませたものの、しかしそれでも後押しには足りなかったらしい。イズナは、どこか自信を持てない様子のまま、視線を逸らしたまま、しかし縋るように、俺に言う。

 

「…………それがその、たとえ、忍者になりたいという……そんな、あまり普通の学生は言わないような夢でも、ですか?」

 

 普通ではない、夢。

 それは確かに、理解を得られないことの方が多いだろう。

 下手をすれば、侮辱されることもあるだろう。

 だが──

 

「他の者が見ないような夢ならば尚の事、お前にしか叶えられない」

「……っ」

 

 一流のアウトローも。

 学校のために九億の借金を返すことも。

 宇宙を汚染しかねないコーラルの根絶を目指すことも。

 叶えようと思わねば、叶えられない。

 つまり──どんな夢を見ようと、それは自由なのだ。

 自由のはずだ。

 自由で──あるべきだ。

 

「え、えへへへっ、そ、そうですか……!」

 

 そしてようやく、安堵した様子でイズナは笑った。

 照れ臭そうな笑みである。

 

「そ、そう言っていただけたのは先生が初めてです! イズナの夢を応援してくれるなんて……! まだ色々と失敗も多い身ではありますが、あらためて、イズナは立派な忍者になってみせます!」

「……そうか。励むと良い」

「はい!」

 

 先程とは打って変わって、屈託のない笑みを浮かべて返事をするイズナを見る限り、俺は彼女の悩みを多少は解消できたらしい。

 ナガイ教授の意志()を、子どもへ受け継げたらしい。

 ならば俺は、彼の教えを全うできている、のかも、しれない。

 

「これからも、イズナは依頼をこなして──……あっ、ああっ! まずいです! 雇い主の依頼を終えていないのを思い出しました!」

 

 と、そこで突如、イズナは大声を上げて狼狽し始めた。あまりに突飛な慌てように俺が何か言葉を用意する間もなく、イズナは展望台から降りる階段へと走り出す。

 そして慌てたままに、

 

「すみません、イズナはお先に失礼します! ではお二人とも、また! 依頼が終わった後、また一緒に桜花祭を楽しめたら嬉しいです!」

 

 と、捲し立てるように一息で語って、晴れやかな笑顔を持って手を振ってから、彼女は現れた時と同じく風のように去って行った。

 ……唐突に現れた少女だったが、去る時も一瞬だったな。

 ある意味、忍者らしいと言えよう。

 そうして彼女が去って行ったのを見届けてから、先程から言葉を発していないロイへ視線を向ければ。

 彼女はどこか不満そうな──あるいは白けた表情を俺に向けていた。

 どころか、睨みさえしていた。

 そして言う。

 

「……もう増やすのか?」

「……言い掛かりはよせ」













 今回の構成としては、上・中・下になると思います。
 御神木の具体的な大きさの言及が見つけられなかったので、スチルからの推測になります。具体的な情報があれば教えて頂けると嬉しいです。
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