ハンドラー・ウォルター先生概念。 作:ヤマ
狐の見る夢。
005
少し機嫌を損ねてしまったロイを宥めてから、俺は彼女に百夜堂の案内を任せることにした。
当然ながら、俺は百夜堂の場所は既に調べて知っている。案内されるまでもなく、迷うことなく百夜堂に辿り着けるだろう。
だが、それではロイの成長の機会が失われてしまう。普段とは違う土地で経験を積ませるに越したことはない。
彼女を猟犬にするつもりは毛頭無いが、だからと言って何も教えずに放逐することが許されるはずもないのだから。
今後彼女がどのような生き方を選んだとしても支障がないように育てる義務が、俺にはある。
猟犬になるなと口を酸っぱくして言っている割には矛盾した考えだと捉えられるかもしれないが、それとこれとは話が別だ。
単に、俺を。
俺に。
従う必要はないというだけの話だ。
だからこそ、いずれ役に立つであろう技術を──それこそ、俺が“本物”に受け継いだ後、彼女たちが一人で生きていくために必要な技術や知識を、今のうちに教え込んでおかなくてはならない。
今回は、その第一歩である。
それとは別に、道案内を任せることで彼女の機嫌を取るという目的もないでもなかったが。
「百夜堂っていえば、あの有名な喫茶店だね」
「百夜堂のイチゴ餡蜜が最高でねえ」
「色々美味しいものがあるんだけど──」
そうして、思惑だらけの練習を──機嫌取りも兼ねた情報収集の練習をロイにさせたのだが、しかし残念ながらそれは、彼女の機嫌を直すには適していなかったらしい。
と言うのも、百夜堂への道を訊いた際、何故か全員が、
「「「何より最高なのは、シズコたんの可愛い笑顔!」」」
と、最後に必ず付け加える奇妙な現象に見舞われたからである。
洗脳でもされているのかと思うほどの異様さだった。
「……………………」
道を訊くたびにそんなことを言われたロイは、何とも言えぬ複雑な表情をなんとか取り繕いつつ、情報提供者に礼を手短かにして切り上げていた。
気色悪い、と言わないだけ優しいのかもしれない。
「……ウォルター。これ練習になってる?」
「情報収集とはそういうものだ。必要な情報とそうでないものを判断しなくてはならない」
「……あの客の様子から分かることなんてあるのか?」
「少なくとも、シズコという人間が看板娘であるという情報は間違いでないこと、そして客を惹きつけるだけの接客能力があることは確かだろう」
「…………なるほどな」
うんざりとした表情でありながらも、ロイは納得した様子を見せた。
これが原因で聞き込みに対して苦手意識を持たなければいいが。
「とにかく、道は分かったよ。……胸焼けがするくらい。まあ、お勧めのメニューが知れただけ良しとするかな」
あれほど強烈な台詞を何十と聞いて、尚も前向きなことを言うロイに感心しつつ、俺たちはようやく百夜堂へと辿り着いた。
外から見る限りは、百夜堂は普通の喫茶店のように見える。
……当たり前か。お祭り委員会の委員長が経営と看板娘をしている店だからと言って、奇抜なことをしているわけではないだろう。
と、俺は先程の客の様子を意図的に忘却しつつ、店が営業しているのを確認してから扉を開けた──その瞬間。
背後の通りが爆発した。
比喩ではなく、そのままの意味である。
恐らく爆弾か何かが投げ込まれたのだろう。背後の通りを爆風が駆け抜け、破片が周囲に撒き散らされる。
そして当然ながら──その爆発は、付近にいた俺たちへ牙を剥く。
「──っウォル──」
『えいっ』
可愛らしい少女の声と共に、俺たちの周囲に不可視の防壁が展開され、爆風は不自然なまでに渦巻いて鎮火した。
アロナの防壁だ。
攻撃を通すことのない、絶対防御の盾。
が、しかし、それを壁や盾と表現するのは相応しくないように思う。盾と言うよりは、攻撃という事象そのものを捻じ曲げる概念と言った方が正確だろう。
攻撃が当たるという結果そのものを否定している。
その空間内では、弾丸は不可解に逸れ、銃身は曲がり、弾詰まりを起こす──といった、本来有り得ない事象を引き起こす。
言い換えれば、当たらないという奇跡を起こしているようなものだ。
奇跡。
一応は、技術者の端くれである俺が真面目に話す内容だとはとても思えないが、しかし、そうとしか思えないのだから仕方がない。
そうとしか──説明ができない。
『えっへん! この私、シッテムの箱のOSであるスーパーアロナがいる限り、ウォルター先生には傷一つ付けさせません!』
アロナはわざわざホログラムを出して、そんな風に言った。
俺にしか聞こえない声で。
俺にしか──届かない声で。
とは言え、実際にその通りなので特に否定しようもない。爆発自体は大きくなかったものの、アロナがすぐさま防壁を発動しなかった場合、俺は火傷では済まなかっただろう。
キヴォトスにおける、俺の生命線とも言える。
ただし、その光景はロイの機嫌を更に損なわせるものだったらしい。
すぐ傍にいたロイもまた、彼女が構えたその盾ごと護られていたのだから。
「…………」
所在無げに、ロイは盾を下ろす。苦虫を噛み潰したような顔で、やや恨めしげにタブレットがある俺の懐を睨みながら。
ロイにアロナの声は聞こえていないし、姿が見えてもいない。
俺を守る防御装置であることは知っているが、それだけだ。
ただ、それでも、何か思うところはあるようだった。
アロナとの防御力の差に。
イズナとの身体能力の差に。
周囲との格差が──恐らくは、彼女の劣等感を刺激している。
「ふはははっ! あたしらは百鬼夜行の路上に屯する魑魅魍魎! その名も
「さあみんな、ご要望通りに荒らして荒らして荒らしまくりな!」
爆風と硝煙が収まると同時、爆発の元凶であろう集団が名乗りながら現れた。
全員、天狗の面を被った法被姿の少女たちである。
その妙な統一性はどこか、俺にヘルメット団を想起させた──と言うより、実際に百鬼夜行自治区のヘルメット団のようなものなのだろう。
「…………随分と派手な祭りだな」
当然ながら皮肉である。
独り言の、誰かに拾われることなど想定していない、ありのままの皮肉のつもりだったのだが、この皮肉に反応があった。
少女の声で。
「そ、そんなわけないじゃないですか! こんなお祭りがあってたまるもんですか!」
「……?」
唐突な第三者の声が、真っ当に俺の言葉を否定した。
振り向くと、先程開きかけていた扉の前に、いつの間にか二人の少女──黒髪の少女と、金髪の少女が銃を携えてそこにいた。
どうやら、この爆発騒ぎに気付いて店から出て来たらしい。
「あ、いや、えっと……キヴォトスは広いし、あるかもだけど……とにかく、あれはただの邪魔者です!」
黒髪の少女が、声を荒らげて俺に言う。初対面の、しかもそれなりに強面であろう俺にこうも強く言えるあたり、中々肝が据わっている。
あるいは、目の前の少女は祭りに対して並々ならぬこだわりがあるのかもしれない。
と、そこまで考えて俺は気付いた。
黒髪の少女──その特徴的な声は、あの電話口の声と同じものである。そう長いこと聞いたわけではないので確かなことは言えないが、しかしあれほど特徴的な声を聞き間違えるとは思えない。
百夜堂から出てきたことも含めて考えると、恐らく彼女こそがシャーレに電話をした本人、シズコという少女だろう。
ならば、できる限り早めに彼女とは情報交換をしたいところだが……流石に今の状況では難しいか。
「せっかくの桜花祭を邪魔しようとするだなんて! フィーナ、許せマセン!」
「はっ、たかがお祭りの運営委員会ごときが、あたしらの相手になるとでも!?」
「まあいい、相手してやんな。全員、突撃!」
そうして思案している間に、シズコの隣にいた金髪の少女が啖呵を切るやいなや、俺の脇を抜けて魑魅一座に突撃して行った。魑魅一座も負けじと応戦し始め、あっという間に百夜堂前の通りは戦場となる。
……血の気の多いことだ。キヴォトスでは当然の光景らしいが、俺にとっては未だ慣れない治安である。
弾丸一発が人の死に繋がらないキヴォトスにおいて銃撃戦は殴り合いの喧嘩と同義だ、と解釈することもできるが、平時に殴り合いの喧嘩が勃発する時点で治安が良いとはとても言えまい。
ともあれ、百鬼夜行の現状は、概ね修行部から聞いていた通りのようだった。
魑魅一座という集団が、各所で急に暴れ始めている。
このままでは桜花祭が中止になるかもしれない。
そういった情報を彼女たち──主に桃色髪の少女、
──貴方は一体、何を抱えているんですか。
「…………」
別れ際、妙に鋭い彼女から、そんなことを言われたのを思い出す。
……ホシノと言い、その桃色髪──いや、百鬼夜行風に言えば桜色の髪か……とにかく、そういった髪色を持つ少女は、観察眼や洞察力が優れている決まりでもあるのだろうか。
サンプルが少ないので、現状はただの憶測だが。
そんな彼女たちと接触するにあたって、今回俺は観光客を装ったため、流石に騒動の原因や裏事情まで聞くことはできなかったが、しかし。
──
先程の魑魅一座の発言を聞く限りでは、裏があるのは間違いないようだ。
ヘルメット団をカイザーが雇っていたように、魑魅一座を雇う何者かが存在する。
あくまでも状況証拠ではあるが、『荒らす』ことを目的にしていることを考えると、桜花祭に狙いがあると見るべきだろう──ならば、『お祭り委員会』の委員長であるらしいシズコの依頼内容も、それに関連するものと考えておくべきか。
断定までしてしまうと危険だが、仮定はしておこう。
俺はそんな風に今後の計画を脳内で組み上げつつ、盾を構えて待機していたロイに声を掛けた。
「ロイ。準備はできているか」
「ん……まあ。大丈夫だけど」
しかし、俺の声に沈んだ表情で応えるロイ。
どうやらかなり気落ちしているようである──恐らくイズナやアロナと比べてしまい、自信を無くしてしまっているのだろう。
確かに、彼女たちと比べてしまうと劣る部分はあるかもしれないが、そもそもロイはこれまでまともに食事すら取れていなかった子どもであり、鍛え始めたのはつい先日からだ。
比較する方が間違っているし、より言えばアロナはオーパーツかつAIなのでそもそも土俵が違う。
他者と比べる必要はない──のだが、そう簡単に割り切れないのもまた人間か。
ましてや、思春期の子どもともなれば。
ようやく周りに目を向けられるようになったとなれば、周囲との差が気になってしまっても仕方があるまい。
……こういった時、俺はどんな言葉をかけるべきだろう。
俺は考える。
ナガイ教授との記憶を思い出しながら──考える。
先生として。
大人として。
「……ロイ。本格的な戦闘は久しぶりだったな」
「……? まあ、うん……訓練はしてたけど」
訓練。
正確に言えば、猛者であるホシノとの特訓。
彼女がシャーレの休日を使ってでも鍛えていたのを、俺は知っている。
強くなろうと努力していたことを知っている。
爪を、牙を。
研ぎ続けていたことを知っている。
「ロイ。今のお前は身近に存在する強者と関わり過ぎたせいで、周囲にいる人間が全て自分より優れているように見えてしまっている」
「…………」
「ホシノを始めとした、キヴォトスでも有数の実力者に負けてしまうのは当然のことだ。そして、そんな彼女たちと比べてしまうのも仕方のないことだ。だが、だからこそ、お前は、今のお前の実力を客観的に知らなければならない」
今、彼女に必要なのは自覚だ。
ヘルメット団にいた時よりも、遥かに成長しているという自覚。
これは決して大袈裟な、誇張した表現ではなく、七瀬ロイという人間はこの一ヶ月で劇的に成長しているのだ。
周囲にいる人間──特に訓練相手があのホシノというのもあって実感が湧きにくいのだろうが、今のロイの実力であれば、ヘルメット団など相手にもならないだろう。
それでも敢えて彼女の成長を示す具体例を挙げるならば、先程、身体能力が特別高いであろうイズナの全力疾走を、盾を持っていたとは言え、倒れることなく受け止め、あまつさえ弾き返している。
一月前にそんなことは不可能だったはずだ。
「今目の前にいる魑魅一座は、ホシノではない。アビドスの生徒ではない。そしてお前はもう──ヘルメット団ではない」
ならば、俺は──背中を押すだけで良い。
きっかけさえあれば、彼女は。
「ロイ。お前の力を見せつけてこい」
「──……っ、ふ、はは。ほんっとーに……」
ロイは少し黙ってから、笑った。
笑みを浮かべて、俺の前に躍り出る。
打って変わって獰猛なまでの笑みで──猟犬の如く。
「──ああ。任せろ、ウォルター!」
006
ロイの得意分野は、基本的に接近戦である。
彼女は打たれ弱いが、身軽であり、その素早さを活かして至近距離から弾丸を叩き込み、相手が姿勢を崩したところを盾で殴ったり、あるいは蹴り飛ばしたりするのが彼女の戦闘スタイルだった。
銃が効かないのに蹴りが効く理屈が不明だが、まあ、ACと同じように、銃弾を弾ける機体の打撃ならばダメージを与えられるのと同様だと考えれば、そこまで不思議でもないか。
と、ルビコンでの常識を考えて、俺は気付く。
ロイの戦い方が、あまりにも見覚えのある戦い方であることに。
そう──その戦い方は、まるでACS負荷限界を狙いながら戦うAC戦のようだった。
「…………」
猟犬、か。
皮肉めいていて──因縁じみている。
「きゃんっ!?」
と。
そこで、シッテムの箱で戦況把握をしながら、ロイが多対一にならないようお祭り委員会の面々へ敵の居場所を共有しつつ(流石に多勢に無勢ではロイはまだ勝てない)、魑魅一座の相手をしていたところ、俺の付近で犬の鳴き声のような悲鳴があがった。
当然ながら、ロイの声ではない。
しかしその悲鳴は、どうにも聞き覚えのある声だった──と言うか、百鬼夜行に来て一番最初に聞いた声だった。
「……イズナか?」
「あ、あれっ、先生!?」
煙と土埃が晴れたそこにいたのは、忍者に夢見る少女、イズナである。
どうやら爆発に巻き込まれて吹っ飛んできたらしい。
通りがかりにそんな爆発に偶然巻き込まれるなんて運が悪い、と解釈するべきか迷ったが、そんな楽観視できるような状況でもなかろう。
どう少なく見積もっても関係者であることは明白である。
とは言え、決めつけるのも悪いので、
「……ここで何をしている」
と、何となく返答は分かっていたが、それでも、本当に偶然巻き込まれただけの可能性がないでもなかったので、俺は念のため訊いた。
「そ、それはイズナの台詞です! どうして先生が私たちの邪魔を!?」
「……ふむ」
具体的な答えではなかったが、発言内容から察するに『向こう側』のようだ。残念ながら。
ならば、イズナと初めて出会った時、彼女は魑魅一座の仕事を受けたせいで修行部に追われていた、ということになるのだろう。
そして、それを俺たちは手助けしてしまったと。
俺たちの依頼主がお祭り委員会であることを考えると、これは裏切り、つまり敵対行為に値する可能性があるが……情報が全く無かった上、現状はあくまでも形式上『招待』なので、許容範囲内の振る舞いだろう。
イズナが何故向こう側についているのか気になるところだが……まあ、それは別段驚くことでもないか。
忍者を夢見る以上、傭兵紛いの仕事をすることもあるだろう。いつでもどこでも諜報ばかりしているわけではあるまい。
これは彼女にとって、忍者になるための実績作りなのかもしれん。
などと、俺は勝手にそう解釈して納得したのだが、俺がそんなことを考えるために黙ったのを見てか、イズナは、
「はっ! もしかして先生は、最初からイズナを誘い出すために近づいてきたのですか!? まさか、すべては仕組まれていた……!? イズナの夢を応援してくれたのに……! 本当は悪い大人だったんですか!?」
と、一息に捲し立てた。
一息に込めるには疑心暗鬼の果てに出て来るような、思い込みの激しい物語だったが、まあ、本当に悪い大人ではあるので、一概に的外れとも言えない。
否定しておくべきか迷ったが……必要ないだろう。
それよりも俺が確認しなくてはならないのは、イズナの意志だ。
「……イズナ。今、魑魅一座に加担することがどういう意味か、分かっているのか?」
「い、イズナは忍びとして命令に従っているだけです!」
「…………」
答えになっていない。
彼女は俺に責められていると思ったのか、言い訳するような口調だった。
別に責めるつもりはなかったのだが……。
そもそも、ハードボイルドなアウトローを目指すアルを咎めるどころか、便利屋の経営顧問などをしている立場の俺に、忍者として活動しているイズナに何かを言う資格など無いのである。
ともあれ、イズナのその言葉尻を捉える限り、彼女が誰かに雇われているのは事実のようだった。
そして──ご要望、か。
アビドスの一件に引き続き、面倒な仕事かもしれん。
「ぐっ……、あいつら、なんか前よりも強くなってないか……!?」
「あそこにいる大人の指揮のせいっす、急にお祭り運営委員会の動きが変わったっす!」
と、そこで防戦一方となっている魑魅一座が、俺を指差しながら言った。
まるで俺のせいだと言わんばかりだが、仮に俺がいなかったとしても、ロイがヘルメット団と同程度の存在に負けるようなことはないだろう。
お祭り委員会の支援も手伝って、苦戦する要素は見受けられない。
更に言うなら、魑魅一座はアビドスにいたカタカタヘルメット団と違って特別装備が整っているわけでもないようなので、不安要素すらないというのが正直なところだ。
「ちっ、イズナ殿! 一旦戦略的撤退だ!」
「せ、戦略的撤退……? ですがイズナは……」
「立派な忍者は引き際を弁えてるものだよ! 何かの本で読んだ気がする!」
「なるほど! そういうことであれば!」
一応、魑魅一座とイズナが別々の人間から依頼を受けている可能性を考慮していたが、あの様子だと雇い先は同じだろう。
イズナが忍者を目指していることも把握しているあたり、それなりに関わりもあるようだ。
……そのせいで、良いように使われているようにも見えるが。
「先生……まさかイズナの夢を応援してくれた先生が立ちはだかるだなんて、何という運命の悪戯……! ですがイズナは知っています! 忍びの道を行くからには、こういったことも起こり得るのだと! ドラマで見ましたので!」
既視感。
先程からアルの姿が脳裏にちらついている。
俺はそれでも何か言おうとしたが、上手く言葉にならず、結局返事をするだけに止めた。
「……そうか」
「望まぬ戦いに巻き込まれてしまうのもまた、忍者の宿命! 先生、イズナは諦めません! 次に相まみえる時はイズナ、今の三倍くらい強くなっているはずですので! では、ニンニン!」
そうして彼女は、恐らくは手印と思われる形をとってから、一息に跳躍する。
助走も何も無い、前動作のない跳躍だったにも関わらず、そのまま平屋の屋根まで飛び上がって、屋根伝いに走り去っていった。
……改めて思うが、凄まじいフィジカルだな。
忍術と言うよりは体術だが。
主戦力であろうイズナが去ると同時、潮が引くように魑魅一座も撤退して行った。
一人二人、捕まえるべきか迷うが……いや、どの道今の戦力では確保するのは難しいだろう。そもそも、お祭り委員会の依頼内容さえ把握していない現状で、何か動きを起こすのは流石に早計である。
仮に魑魅一座を拘束できたとて、有用な情報が得られるとは限らない。そして一番まずいのは、下手に捕えることで向こうに俺たちを警戒するべき敵だと認識されてしまうことだ。
そうすれば連中は次の手を打って来るだろう。
必然、俺たちが後手に回ることになる──それが厄介だ。
ならば今は泳がせて情報を集め、状況を整理する方が得策だろう。
「……忍者、か」
そう言えば、かつてルビコンにいた時の記憶だが、アリーナに登録されていた『六文銭』という傭兵も忍者の影響を受けていたらしい。
621が六文銭と実際に戦うことはなかったため、その『影響』が一体どういったものであったのかを知ることはなかったが……もしもイズナのような傭兵だったのなら、621に良い影響を与えていたかもしれんと、俺はそんなことを思った。
008
「それにしても先生、本当に来てくださったんですね!」
「……百鬼夜行には来たことがなくてな。良い機会だった」
それからしばらく。
ひとまずは互いに落ち着くところから始めようと、俺たちは戦闘の後処理を終えてから百夜堂で休憩することにした。幾つか注文を取って(ロイはしっかりとイチゴ餡蜜を注文していた)一息ついたところで、
「えへへっ、ありがとうございます! それではあらためて自己紹介を!」
と、ようやくお互いに自己紹介の流れとなった。
ここに至るまでに二度トラブルに巻き込まれていることを考えると、俺の運は相当に悪い。
相変わらずと言うべきかもしれないが。
「私は
黒髪の少女、つまり今回の依頼人である彼女は、電話の時と同じ溌剌とした声で言った。
ロイは、先程までのストレスの原因を直接見たわけだが、特別反応しなかった。観察するような目で、大人しく餡蜜を食べながらシズコを見ている。
何か探りたいものがあるのかもしれない。
「そしてワタシは百夜堂の従業員! 任侠の道を究めんとする、
続けて、やや特徴的な発音で、金髪の少女が自己紹介をした。
夢を語る少女の姿は微笑ましいものではあるが、しかし。
「…………お頭?」
ロイも同様の疑問を抱いたのか、食べる手を止めて訊く。
俺はこの時点で何度も経験している既視感に襲われていたが、取り敢えずフィーナの言葉を待つことにした。
「はい! お頭はまさしく任侠映画に出てくるお頭そのものデス! 実際に出会えるなんて、フィーナ、感激デス!」
「…………」
どう反応すればいいのだろう。
かつてアルにも似たような事を言われているので、称賛であることは重々承知しているが、それでも思うところはある。
ハードボイルドはともかく、アウトローや反社会的な存在のようだ、と例えられることで喜ぶものは普通いない。
少なくとも、俺はその内の一人である。
「……そうか。よろしく頼む」
とは言え、今更否定することでもないだろう。
アウトローで、反社会的な存在である俺に、それを否定する権利は無い。
ただ、流石に『お頭』呼びは控えてもらうことにした。ただでさえ見た目がそれっぽいと認められている俺である、事情を知らない人間に聞かれたら本当に勘違いされかねない。
「で、既にご存知かもしれませんが……私たち『お祭り運営委員会』は、その百鬼夜行の観光業の中でも最大級の規模を誇る『お祭り』を担当しています。『運営委員会』という名前ですが、企画から運営、そして全般的な管理まで、そのほとんどを担当してる部活なんです!」
「そしてここ百夜堂は、私たち『お祭り運営委員会』のCoooolなアジトデス!」
彼女たちは店内へ視線を向けさせるためか、ばっ、と腕を広げてアピールをする。
百鬼夜行伝統の喫茶店と自負するだけあって、素人目にも店内の隅々まで手が行き届いていることが分かる、多くの人間が落ち着けるであろう雰囲気の内装だった。
そしてここがお祭り委員会のアジトであると、フィーナは言う──ならば、依頼を解決するまではここが拠点になるということか。
不特定多数の客が来る店である以上、やや不安が残るが……店を閉めてしまえば、最低限の相談はできる、か?
「そして今まさに、私たちが準備してきた『百夜ノ春ノ桜花祭』が開催中……なんですが……」
「……魑魅一座が暴れている、と」
「はい。色んな方の努力や協力があって、こうして盛り上がってはいるのですが、最近、魑魅一座が邪魔にしに現れまして。今朝もいきなりあちこち荒らされたし、ほんっとに……」
「……なるほどな」
それが──本命か。
今回の依頼内容か。
「つまり、その邪魔をしている奴らの排除──いや、解決がお前たちの依頼だな」
「はい、先生を純粋に『百夜ノ春ノ桜花祭』へご招待したかったのも本当なのですが……」
シズコはそこで言葉を切って、拳を握り締める。
その表情には、看板娘らしからぬ怒りが浮かんでいた。
「今回も
「
「…………」
問題児。
その言葉が出た時、ロイは密かに目を逸らしていた。
『元』とは言え、似たような存在であった彼女には後ろめたさのようなものがあるらしい。
あるいは気恥ずかしさかもしれないが。
「ただ、以前から問題児だったとはいえ、こんなに組織的に動くようになったのは最近になってからな気が……まるで、組織立って『百夜ノ春ノ桜花祭』を台無しにさせようとしてるっていうか……」
「……そうだな。事実、言動からして雇われていると見て良いだろう。今の奴らは問題児というよりも傭兵だ」
「え……そんなこと言ってました?」
「ご要望通り、とな。少なくとも、誰かに頼まれているのは間違いない」
そして──イズナもまた。
「何にせよ、任侠を志す者として放ってはおけマセン!」
「ああもうっ! 本当に何なのよっ! 今までは何とか私たちだけで止められたけど、なんか頻度も数も増えてる気がするし……このまま桜花祭がダメになったら、私たちがあちこちから責められるじゃない! たまったもんじゃないわよ!」
髪を荒っぽく掻き乱しながら、シズコは叫ぶ。やはりと言うべきか、委員長と言うだけあって考えることは山積みらしい。
そしてそのストレスによって、看板娘としての仮面が見事に剥がれているのも、まあ、無理もなかろう。
「…………」
「……………えっと……な〜んちゃって、シズコ怖いです〜☆」
「……そのキャラ付け、本当に要るか?」
「要るの!」
取ってつけたように、というか、本当にただの後付けを見てロイは思わず溢すように呟いた。
シズコにとってそれは譲れないものらしいが、俺たちとしてはそちらを演じるシズコをまだ見ていないので、違和感が凄まじい。
可愛い可愛くない以前の問題だった。
「……でも、フィーナ、理解できマセン。どうして桜花祭を邪魔しようとするんデショウ?」
「恐らくそれは──」
「知ったこっちゃあないが、色々と気に食わないんじゃないかい」
と、フィーナの問いに俺が答えようとした時、第三者の声が俺の声を遮った。
このお祭り委員会にもう一人所属しているという、
およそ生徒の声ではないだろうと推測してそちらを見れば、猫である。
二足歩行の袴姿の猫である。
……まあ、柴大将と同じようなものか。
しかし、普通の動物である猫もいれば、人と変わらぬ背丈の猫もいたりと、この世界の生物の括りは果たしてどうなっているのだろうか。
まともに考えるだけ無駄かもしれんが。
「どうも、百鬼夜行の商店街の会長だよ」
ニャン天丸だ、と彼は名乗ったが、どうにもその呼称をするには抵抗があったため、俺は普通に会長と呼ぶことにした。
「えっと……会長? いったい桜花祭の何が気に食わないんでしょうか……?」
「さあね……ただ強いて言えば、今回はひとつ大きく変わったことがあるだろう。昔からこの『百夜ノ春ノ桜花祭』の最後には、伝統的に花火が打ち上げられていた。でも今回はちょっと違うんだろう? 新たな試みだとかなんとか」
「……はい。今回の桜花祭のために、特別に準備したものが」
シズコは視線を、店内の奥へと向ける。
あまりよく見えないが……その視線の先、テーブルの上に、随分と大掛かりな装置が鎮座していた。
「今回のお祭りのフィナーレのために、ミレニアムにお願いした特別な装置です」
「ホログラムで花火を再現する、天気も煙も関係ない、specialでniceな機械だと聞きマシタ!」
「お金のかかってそうな機械だな……まあ何にせよ、何かが変わるということを、誰しもが簡単に受け入れられるわけじゃない」
「…………」
やれやれと言わんばかりに溜息を吐く会長を、ロイは黙ったままじっと見つめている。
息を潜めるように──じっと。
「それはそうですけど……それが理由で、桜花祭を邪魔するなんて……私はただ『百夜ノ春ノ桜花祭』を、今まで以上に素敵なものにしたくって──」
「あくまで推測だ。それに儂だって今さら、このことを蒸し返したいわけじゃあない。ただ、気に食わんと思うやつらもいるだろうなって話だよ。学生がこんなに金を使って……ってな」
「ですが、私たちも趣味や道楽だけでやってるわけじゃありません! 全てはお祭り運営委員会の委員長として、桜花祭を素敵なものにするために! それだけは自信を持って言えます!」
「ハイ! お祭りというのは、毎年どんどん楽しくなっていくべきデス!」
やはりと言うべきか、若人と老人では意見が対立してしまうようだ。
革新と伝統。
より良くするための変化への期待と、今までの積み重ねが崩れる変化への恐れ。
両者の感情は理解できる──ましてや歴史ある、伝統的な花火がホログラムの花火に変わるとなれば、意見の対立は無理もない。
「……ふん、そうかい。じゃあそうなるように頑張りな」
「そうやってぶっきらぼうですが、会長はいつも手伝ってくれますし。今回の桜花祭でも、色々と心配してくれてますもんね」
「フィーナ知ってます! 『ツンデレ』ってやつデスね!」
「違うわい!」
……まあ、険悪というわけではなさそうだが。
「……それで、実際どうするつもりなんだい? そろそろあいつらを止めないと、このままじゃ桜花祭がめちゃくちゃになっちまう」
「……少し、いいか」
仕切り直すような会長の発言に、俺は乗らせてもらうことにした。これ以上会話のペースを握られるのはまずいと判断したためだ。
今の話し合いだけでも調べなければならないことが増えたこともそうだが、しかし何よりも
ロイは──気付いていそうだな。
全員の視線が集まったことを確認して、俺は言う。
「俺はここに来るまでに、修行部と知り合っている」
「えっ、修行部って……あの修行部ですか!?」
あの、というのがどういう意味なのかまでは分からなかったが、トーンから察するに、何故かシズコは修行部に対してあまり良い印象を抱いていないようだった。
随分と悪い噂があるらしい。
「……偶然だがな。聞く限り、お前たちの目的と修行部の目的は一致しているはずだ。協力を仰げるだろう」
「う、ううん……ええ……修行部か……」
俺の提案に、相当な抵抗を覚えている様子のシズコ。
どうやら何か、修行部に対してかなり思うところがありそうだったが、しかししばらく悩んだ末に、
「……でも、背に腹は代えられませんね。一度行ってみましょうか。ただ──先生の力が必要です、協力してくれますよね?」
と、覚悟を決めたように言った。
……俺が関わった限りでは普通の少女たちだと感じたのだが、シズコは一体何がそこまで気になっているのだろう。
まあ、アコと同等の露出が気になっているというのであれば、否定のしようもないのだが。
009
俺たちはそれから、修行部の居場所を知っているというシズコの言葉に従って、彼女を先頭に道を歩いていた。
ちなみにフィーナは留守番である。
「……ロイ、お前はどう思った」
「あの会長のこと、だよな」
先導するシズコに聞こえない程度の声量で、俺はロイに問う。主語はなかったが俺の言わんとしたことは察したらしい、彼女は声を潜めながら、自身の考えを語る。
「……敵かどうかは分からない。けど多分、味方じゃないとは思う」
そうやって、やや気まずそうに切り出すロイ。
恐らく依頼主と懇意にしているであろう人物に対し、そういった推測をすることに気後れしているのだろう。
とは言え、気にし過ぎても仕方のないことである。
あの会長が聞き耳を立てているわけでもない──シズコは少し前を歩いているが、仮に聞かれたとしても問題はない。いずれ話すことだ。
俺がロイに「気にするな」と言って先を促すと、彼女は頷いてから続けた。
「……うん。シズコたちは心配してくれてる、なんて好意的に解釈してたけど、私にはそうは思えない。どう考えてもあの嫌味は本物だ」
悪意があった、とロイは言う。
ヘルメット団にいたこともあってか、人の敵意や悪意には敏感のようだ。
「……概ね同意見だ。良い観察だ」
「い、いや、別に褒められるようなことじゃない、けど……」
照れているのか目を伏せて、ロイは唸る。
褒められ慣れていないのは相変わらずだが、前よりは受け入れるようになっているように見える。もう少し、俺と関わりのないところで自己肯定ができるようになってほしいものだが……今はそこまで求めるのは酷だろう。
「ん、ん……とにかく」
咳払いをしてから、ロイは言う。
「悪意は本物だ。多分、あの機械──えっと、花火をホログラムで再現するやつへの悪感情は間違いなくある。でも…………」
「……どうした」
「いや、勘、というか、なんというか……うーん」
悩むように唸る彼女を前に、俺はロイの言葉を静かに待つ。
この一ヶ月、彼女に自身の考えや感じたことを自分で否定するなと教えたことが功を奏したのか、最近は意見を素直に伝えるようになった。
良い傾向である。
「なんか……違う気がするんだよな。伝統とかを守りたいなら、あの機械を壊すなり隠すなりすればいいだけだから、祭りまで壊す理由にはならない。怪しいんだけど、敵って判断するには、動機が違う、気がする」
「……なるほどな。悪くない考察だ」
ロイの言う通り、それは間違っていないだろう。
伝統を守ることを最優先にするのならば、手段は他にもある。わざわざ問題児を雇ってまで祭りを破壊する意味は無い。
むしろそれは伝統を破壊する行為となり、動機としては矛盾する。
「……やっぱり見てただけじゃ分からないな。もっと話を聞いた方が良かったか?」
「いや、むしろ良く見ていると言うべきだろう。初対面の相手からそれだけ読み取れただけ上出来だ。よくやった」
「……ありがとう」
彼女の成長を感じ取るとともに、ロイのその観察力を見て、俺はとある会話を思い出していた。
──ロイは人を見てる。
それは以前、
俺の問いに、サホは悩むことなくそう答えたのだ。
人を──見ていると。
「……だからロイをリーダーにしたと?」
「そ。あいつが一番向いてるよ」
淡々とサホは言う。
一瞬、懐から煙草を出しかけたが、それを戻して、別のポケットから飴玉を取り出しつつ。
「一番つっても、私たちの中でって話なんだが……まあ、それでもあいつが良いと私は思った」
「……ロイは不思議そうにしていたが」
「あんたもそうか? ウォルター」
「…………」
訊かれて、俺は考える。
そして考えてみても、やはり彼女がいの一番に抜擢されるほど向いているとは思えなかった。
どうしても聞こえが悪くなってしまうが……ロイは突出した戦闘の才能を持っているわけではないし、分かりやすくポジティブというわけでもない。
カリスマ、と言えるほどのものを持っているかどうかも、判断が難しい。
全く無いわけではないのだろうが……。
「……そうだな。それこそ、作戦立案をしているお前がやっていてもおかしくはない」
「……ふぅん。まあロイのそれは、陸八魔アルみたいに分かりやすいやつじゃないからな」
やや優越感のようなものを滲ませて、サホは言った。
それは、ロイの長所を自分たちだけが知っていることに対する優越感、なのだろうか。
もしかすると俺も621を売り込む時、こんな言動をしていたのかもしれない。
「サホ。聞く限りによれば、お前がロイをリーダーにしたということだったが……」
「ああ。と言っても、別に私だけじゃない。他の二人だって賛成したんだぜ? だから、私がロイをリーダーにしたんじゃなくて、仕方なくロイを選んだんじゃなくて──ロイ以外にリーダーは
「…………」
ロイの何がそこまで彼女たちに思わせたのか、俺は純粋に気になった。
彼女の猟犬としての側面しか見ていない、あるいは見えていない俺には気付けないこと──なのか。
「ロイが人を見てるってのは、さっきも言った通りだが。あいつはそのせいか、良くも悪くも影響を受けやすい」
「…………影響か」
「言動もそうだし、精神面もそうだ。だから今の環境はとても良い。アビドスで言葉遣いは柔らかくなったし、セリカからは良い影響を受けまくってる。そんで──」
サホはそこで一度言葉を切って、俺に笑いかける。
その笑みはどこか、寂しさのようなものが含まれているように思えた。
「良い影響を受けた時のロイの言葉には、力がある」
──だからウォルター。いつかあんたも分かるよ。
──なんで私たちが、ロイをリーダーにしたのか。
「……ウォルター?」
「……いや、何でもない。会長の動機が違う気がすると言ったな」
「え、あ……うん」
思考に沈み過ぎたのか、少し心配したような顔でロイが俺を見ていたので、俺は誤魔化すように話を戻した。
物思いに耽るようになるのは歳を取った証拠かもしれん。
「逆に言えば、それは動機さえあれば敵になりうるということだ。警戒をするに越したことはない」
「……だよな。大体、店を閉めてたのに、平然と店内に入ってきてる時点で正直どうかと思うけど」
「……そうだな」
ロイは会長の行動が非常識だと感じたらしい。
それ自体は確かにその通りだ──が、それ以上に問題なのは、会長が(黒幕でないにせよ)敵側だった場合、百夜堂の情報が筒抜けになっている可能性があることだ。商店街の会長という特権を利用して平然と店に侵入してくるようでは、拠点として百夜堂は成立しない。
だからこそ、修行部に頼ることで別の拠点を見繕う必要がある。
「──にしても修行部、修行部かぁ……修行部の生徒たちって、結構変わり者でして……」
修行部の居場所に近付いてきたのだろうか、ぼやくようにシズコは俺たちに話しかけてきた。
しかし、変わり者とは相当な言い草である。
「……シズコ、お前の演技よりもか」
「え、はあ!? じゃなくて……嫌ですね先生、何を言ってるんですか~? 変わり者なんかじゃなくてシズコ、百夜堂の可愛い可愛い看板娘ですよ☆」
「…………」
どう反応するべきか悩み、結果俺は無反応を貫いた。
ロイに至っては最早シズコの演技に興味がないらしい、通りに並ぶ屋台の料理に目が逸れている。
シズコのあの演技が好きな者もいるのだろうが……残念ながら、ことごとく俺たちと相性が悪いようだ。
「……とにかく! 修行部は、毎回修行のためと言いながら、色々とよく分からない活動をしてる部活です。例えば、修行の一環として寝ながらジグソーパズルをやる人とか、素敵なレディーになるためと言いながら、何故か街のチンピラたちを退治してる人とか、大和撫子としての嗜みとか言って、読心術を使える部員もいるとか……」
「……なんだそりゃ」
修行部の活動に興味を引き戻されたのか、ロイは困惑しながら呟く。
俺は既に知り合っているため、その噂のどれが誰を指しているのか、大まかに理解はできたが──しかし、一つ引っかかる言葉があった。
読心術、である。
──貴方は一体、何を抱えているんですか。
あの時は随分と洞察力に長けた子どもだと思ったものだが、もしも本当に俺の心を読んだとしたのなら。
水羽ミモリは一体──俺の何を見たのだろう。
何を。
「まあ私も噂でしか聞いたことないので、実際のところは直接確認してみないと分からないんですけど。そんな変わり者たちに協力してもらえるのかどうか……」
「修行部の話を聞いた限りでは、修行の一環で街を守っていると言っていた。そう気負う必要はないだろう」
「だと良いんですけど……」
俺の言葉に対して、不安を抱えていることを隠そうともしないシズコがそう呟いた時、またもや背後で通りが爆発した。
「…………」
俺たちはその元凶にすぐに思い当たったため、誰ともなく溜息を吐く。
当然ながら、魑魅一座である。
遠目に見える、特徴的な天狗の面を着けて暴れ回る少女たちは、相変わらず屋台や店を襲撃しているようだったが、しかし……改めて考えてみると随分と迂遠な手だ。
桜花祭の破壊を目論んでいることは間違いないのだろうが、この規模の祭りを中止にするためにこれだけの労力を払う意味があるのだろうか。
ただでさえキヴォトスの住人は逞しい。銃弾や爆薬の浪費を考えると、本当にただただ祭りを壊すという目的でない限り、採算を度外視しなければこのような方法は取れないだろう。
では、別の狙いがあるとしたら──それは一体何だ?
「そこまでだよ! 魑魅一座!」
俺たちが溜息を吐きつつ戦闘準備を行っていると、俺たちが介入する前に、別方向から魑魅一座を止める声が響いた。
幼い、元気な少女の声である。
そして掛け声が続く。
「派手に!」
「可憐に……」
「う、美しく……! で、合ってます……?」
「ばっちり!」
声の方向へ視線を向ければ、巫女装束の少女三人がそこにいた。
補足するならば、俺がイズナの次に出会った少女たちである。
つまり、件の少女たち──修行部だ。
「街の平和を守るため、美少女三人組の修行部……ここに参上!!」
「参上一……」
「えと、参上、です……」
「ふふーん! 完璧な登場演出! ね、ツバキ先輩!」
「ふぁ……そう?」
「えっと……カエデちゃん、何だかすごい見られてる気が……」
……なるほどな。
シズコが過剰なまでに避けようとしていた理由はこれだろう。関わってみれば普通だとしても、あれを常日頃からしているとなれば、関わり難いのは無理もない。
「……ね、言ったでしょう? 変わり者だって」
「…………そうだな」
しかし……こうして改めて彼女たちの服装を見ることで、俺は気付く。
彼女たちの着ている巫女装束は、派手なデザインとは言えあくまでも百鬼夜行の伝統的な衣装である──となれば、ゲヘナの風紀委員会であるアコが、わざわざ制服で百鬼夜行と同等の露出をしている事実の方が、俺としては異常な気もするのだった。
010
戦闘に関して特に語ることはない。
ロイとシズコ、そして修行部がいるとなれば、むしろ先程の戦闘より楽に制圧することに成功した。
と言うのも、どうやら『雇い主』はカイザーと違って修繕費すら支給していないらしい。彼女たちの装備はお世辞にも良いとは言えなかった。
「ぐああっ! また強くなってないかあいつら!?」
「無駄無駄! こっちには先生がいるんだから!」
「…………」
シズコは俺を立てるようにそう言うが、実際のところ、俺がいるかどうかはあまり関係がない。
ある程度指揮ができるとは言え、通信妨害等があまり機能しない戦闘において、俺の仕事はかなり少ないのだ。
なので、より正確に表現するならば、『シッテムの箱を使える俺』がいるかどうかが重要なのだろう。
敵の位置情報をほとんど俯瞰で把握できてしまうオーパーツを使用できる俺が──『先生』がいるかどうかが。
「ちっ、一体何者なんだシャーレ……! あの馬っ……忍者もどきはまだか!?」
「えっと、確かそろそろ──」
「イズナ流忍法! 四方八方もくもくの術!」
「!?」
シッテムの箱の検知外から急激な速度で戦場に走ってきた、恐らくはイズナと思われる存在が、言葉通り、戦場の四方八方に煙幕を撒き散らした。
……これほど大規模な煙幕だと、味方の視界も阻害してしまうように思うのだが……作戦通りなのだろうか。
ともあれ、戦場が灰色に染まったその隙に、俺の目の前に彼女は現れた。
さながら忍者のように。
「イズナ、予告通りに再び参上しました!」
「……律儀なことだ」
忍者と言うものだから、てっきり暗殺ぐらいは考えてくるかと思ったのだが……想像に反してイズナは至極真っ当に、真正面から堂々と姿を晒した。
そして彼女は、
「イズナ、あの後気が付きました! たとえ先生が私の夢を認めてくれたかっこいい大人……いえ、かっこよくて悪い大人だとしても! こうやって敵として出会ってしまった以上、先生を倒して説得しなければなりません! それこそが、イズナの歩む忍びの道! 忍者としての宿命だと!」
と、またもや一息に言い切った。
俺の知らぬところで再び壮絶な物語が出来上がっているようだったが、イズナの忍者に対する覚悟と信念は本物である。
忍者になるためならば、出会った人間と敵対することも厭わない。
覚悟と選択をするための確固たるものが、イズナの中にはあるようだった。
「さあ、お覚悟を! 先生! イズナは、先生のことを打ち倒してみせます! やぁっ──きゃんっ!?」
と、イズナは勇ましく、そして勢い良く俺に襲い掛かろうとして──側頭部に飛んできた弾丸に頭を揺さぶられて、横に倒れ込んだ。
…………。
まあ、彼女の判断は間違っていない。
指揮をする者がいるならば、それを潰そうとするのは至極当然の発想であり、そのために時間稼ぎの煙幕を撒くことも決して間違いではない。
俺がシッテムの箱の所有者でないのなら。
「……何してんだよ、イズナ」
「う……ロイ殿……! なんでここが見えて……!」
シッテムの箱は、敵の位置情報を俯瞰で捉える。
障害物があろうと、霧があろうと、雨が降ろうと、室内であろうと、電波が遮断された状況であろうと、それに例外は無い。
それは同時に、煙幕も何も意味が無いという意味である。
「ま、まだです……! そんなものではイズナは倒れません!」
とは言え、あれほどの身体能力を見せたイズナである。耐久力もあるようで、すぐさま起き上がった──その動作に淀みはなく、ロイのハンドガンでは大してダメージを与えられなかったのは事実のようだ。
「……だろうな。私の銃じゃ威力不足だ。何発撃ったってイズナを倒すことはできない。だけど──それで良い」
「…………!?」
イズナはその言葉を聞いて、はっとした様子で周囲へと視線を向ける──ここで、彼女は今、魑魅一座の気配が軒並み消えていることに気付いたらしい。
そして次第に煙幕が晴れ始めれば、周囲の魑魅一座は諸共地に伏せ、修行部とシズコがイズナを取り囲むように立っていた。
ロイがイズナの意識を逸らし時間を稼いでいる間に、他の戦闘は彼女たちが全て片付けてしまったようだ。
良くも悪くも、煙幕が機能してしまった結果とも言える。
「な……い、イズナ、二度も負けてしまいました!? 前回以上に万全の準備をして来たのに、これでも敵わないなんて……!? まだまだ修行が足りないということですか……!?」
これに関しては、煙幕を使用してしまった作戦ミスと言えなくもないが……魑魅一座だけで俺たちに勝てる要素はなかったため、どちらにせよ結果は同じだっただろう。
指揮官を無力化できる可能性に賭けたイズナの方が、成功率としては高かったかもしれない。
「……イズナ。お前は今、雇い主から魑魅一座に協力するよう依頼を受けているな」
「なっ……!? 何故それを……! くっ……流石は先生、全てお見通しというわけですね!」
「…………」
お見通しも何も、イズナ自身が語った気がするのだが……まあ、今は重要ではないな。
それが、彼女の意志であるのなら。
「……それが、お前の忍者の在り方か?」
「はい! 忍者は邪魔者を倒し、任務を全うしなければなりません! 例えどんな任務でも、命令とあらば完璧に行うのが忍びというもの!」
一切の躊躇なく、迷いなくイズナは言い切った。
自らの行いは忍者になるために必要なものであると、信じて疑わない目で。
「そうしていればいつか、イズナも真の主君に──……」
「…………?」
しかし、続くイズナの言葉は俺に疑問を抱かせた。
真の──主君?
その言い方ではまるで、今の雇い主とは別に仕える相手を探しているかのような物言いだが……。
「はっ! イズナは何故今こんなことを話して……! これも先生の策略!? ううっ! イズナは引き際を知っている忍者なので、今回は退きます……!」
「待てイズナ、話はまだ──」
「次に会った時こそ、覚悟しておいてください! 必ずや先生を倒してみせますので! 次は絶対に負けませんから! ニンニン!」
俺の引き止める声を気にも留めずに、再び煙幕を足元に勢いよく撒き散らしたかと思うと、イズナは目の前から姿を消した。
大方、以前と同じように屋根に跳躍したのだろうと予想はできたが、一息に屋根に飛び乗れる身体能力を持つイズナを追いかけることは難しいだろう──ヒナやホシノならばできるかもしれないが、生憎ここに規格外はいない。
……諦めるしかなさそうだな。
「うう、逃げられた……!」
「全員、『くっ、次は必ず……』みたいなこと言いながら逃げていったね……」
そしてイズナの逃走用の煙幕に紛れて、魑魅一座も逃走したらしい。
とは言え、こちらは追いかけることができるだろうが……そうだな。
保険は打っておくべきか。
「……ロイ」
「ん。なに、ウォルター」
「魑魅一座を追え。捕まえる必要はないが、尾行を気取られるな。仮に失敗したら深追いせず戻って来い。指示は都度伝える」
「……りょーかい。じゃ、そっちは任せた。ウォルター」
俺の指示にロイは特に反論することなく、何故と質問することもなく、忠実なまでに頷いてから、魑魅一座を追いかけて行った。
……あの従順さを、果たして素直だと捉えていいのだろうか。
それとも、これはサホの言う『影響』の一種なのだろうか。
俺には──分からない。
「これまでずっと苦戦続きでしたが、先生がいるだけでこんなに違うんですね……」
ロイが見えなくなってから、修行部の少女が俺に話しかけてきた。
例の桜色の髪を持つ少女、水羽ミモリである。
彼女はやや緊張した面持ちで俺に近付いて、言う。
「……それよりも、シャーレの先生……だったんですね。あの時は観光しに来たと聞きましたが……」
「観光しに来たというのも嘘ではない。仕事でもあったというだけでな。……それがどうかしたか」
「……いえ」
明らかに、何か言いたいこと、あるいは訊きたいことがあるような態度だったが、それに付き合ってしまうと余計な事を口走ってしまう気がしたため、俺は追及しなかった。
読心術を持つと言われているらしいミモリだが、言動を聞く限り、心を丸裸にできるような代物ではないようだ。
もしも仮に──本当に俺の心を読み、俺のことを、そして俺の過去を知ったのなら、緊張程度では済まないはずである。
ならば彼女の読心は完全ではなく、人の感情を何らかの形で読み取れる程度のものなのだろう。
今のところは──だが。
「……ミモリ。以前の質問に答えよう」
「え……?」
だからこそ、俺は先んじて言っておくことにした。
彼女が聞いておきたいであろう、俺のことを。
彼女が読み取ったであろう、俺の心を。
二度と──探ることのないように。
「──俺はもう、何一つとして抱えていない」
俺は過去を引き摺っているだけの、老耄に過ぎないのだから。
011
視線を感じる。
敵意──では、ないが。
あれから、修行部とお互いに噂なども含めた情報交換をした上で、今後の方針を決めたわけだが……それが終わってからも、俺はずっと視線を感じていた。
探るまでもない。
ミモリである。
……どうやら先程の言葉は逆効果だったらしい。
何が彼女にそこまでさせるのか、俺には理解し難いが……まあ、放っておいて問題はないだろう。
あれほど躍起になって俺を観察している様子からも分かる通り、読心術とやらはそこまで都合の良いものではないはずだ。
あるいは──そもそも読心術ではなく、ただの技術なのか。
だとすれば、俺のような人間の心理を表面上とは言え掴んだことを褒めるべきか──それとも、ミモリのような子どもに気取られたことを恥じるべきか。
ともあれ。
現時点の情報を集めた結果、黒幕がいることは間違いないという総意の元に、では果たしてどうやって元凶を見つけるのか、あるいは引き摺り出すかを俺たちは考えた。
一、魑魅一座に情報を吐かせる。
分かりやすい手だ。更に言えば、最も簡単である──何せこれだけ頻繁に遭遇する上に、さして強くもない。捕縛難易度は低いだろう。
だが問題は、魑魅一座全員が黒幕を知っている保証はないこと、そして以前語った通り、それを相手に勘付かれた時、対処が難しいことだ。
どちらかと言えば、これは最終手段である。
二、ロイの追跡に頼る。
彼女が魑魅一座に気付かれさえしなければ、いずれ元凶に辿り着ける手だ。これに関しては既に実行済みとも言えるが、彼女が失敗するリスクもあることを考えると、別の手を打っておく必要があるだろう。
そもそも、彼女に尾行を任せた本来の目的は別にある。これ以上負担をかけるのは得策ではない。
ならば、三つ目の方法だ。
その方法を取るべきだ。
「そう言えば、その雇い主って……あの問題児たちにわざわざお金を払って雇ってるの? それまたどうして?」
「なるほど、よっぽど悪いやつに違いない! みんなが楽しそうに笑ってるのが気に食わないとか、そんな理由で暴れさせてるのかも! うん、絶対そう! 絶対悪いやつ!」
シズコの問いに、底抜けに明るい声で元気な少女──
問いの答えにはなっていなかったが、存外本質を突いた言葉だった。
悪い奴の嫉妬。
子どもの純粋な感性の上では、悪人の定義とはそんなものなのかもしれなかった。
そして──悪人とはそんなものなのだろう。
俺が一体、誰に、あるいは何に嫉妬してこうなったのか、今となっては覚えていないが。
そんな会話をしながら、俺たちは作戦を実行するために、まずは
店番をしていたフィーナを加え、店を確実に閉めた上で、各々好きな飲み物を頼みつつ、打ち合わせ通りの作戦会議を開始する。
「ところで元凶のお話、具体的にはどうします?」
「一番確実な方法があるわ。まず街に出て、どこかで悪さをしてる魑魅一座を見つけたら、一気に包囲するの。お祭り運営委員会だけでは成し得なかった大掛かりな作戦だけど、修行部もいる今なら可能なはず!」
「包囲して〜、その後はどうする……?」
「もちろん全員で一気に撃退! 拘束! それで、そいつらから元凶を吐かせれば終わり! 必要なら多少過激な方法もやむなし!」
「サスガ委員長! 悪党たちには小指ザクリの刑デスね!」
「うわっ……」
「あら……」
当然と言えば当然だが、店にいたフィーナには情報共有ができていない。
なので、この台詞は彼女自身から出てきた素の台詞ということになるのだが……任侠好きと公言しているとは言え、彼女は一体、普段どんな知識を仕入れているのだろう。
任侠と言うよりは極道である。
「えっと……よく考えると、フィーナもそれはちょっとやり過ぎだと思いマスよ、委員長……」
「なんで私の発案みたいな言い方してんの!?」
凄まじい流れ弾だった。
……まあ、これくらいのアドリブがあった方が自然かもしれん。
「とにかく、魑魅一座を捕まえて元凶について吐かせる! もう時間が無いの。百夜ノ春ノ桜花祭のクライマックスは明日!」
「あっ、聞いたことある! 花火でしょ、ホログラムの! パンパンパーンって!」
「ええ、盛り上がりも最高潮。桜花祭のラストを飾るのに相応しい新たな花火を用意したわ」
そう言ってシズコは花火の装置へと目を向けた。
ミレニアムに依頼したという、ホログラムの花火を投影する装置。
俺が初めて見た時と同じままの場所にあり、傷一つ付いていない上、細工をされた形跡もない。
結局、奴らはこれに干渉してくるつもりは無いようだ──壊す機会など、幾らでもあったというのに。
隠しもせず、壊しもせず。
ただただ、祭りの妨害だけに徹底している。
「もしその時に魑魅一座が暴れたら、
「もしそんなことになったら、責任を問われて私たちお祭り運営委員会は……」
シズコは思い詰めたように目を伏せる。
その言葉は打ち合わせにないものだったが、委員長である責任を自覚している彼女にとって、考えずにはいられない、無視できない可能性なのだろう。
百鬼夜行の伝統である祭りが好きで、純粋に人を楽しませたいが故に笑顔を振り撒く彼女は、気丈でいるようでいて、不安も感じているのだ。
「……委員長」
「……ううん。大丈夫、フィーナ。もしものことはその時また考える」
だが、それでも彼女は客に悟られないために、演じるのだろう。
それを感じさせないためのキャラクターで。
それを覆い隠すための
本心を隠すためではなく、誰かのための演技だとするならば、なるほど、それは確かに──可愛いだろう。
自らの為に笑ってくれる少女を、嫌う人間はそうそういまい。
その演技の裏に見える、本気の献身と奉仕の心があるからこそ、彼女は自他共に認めるお祭り委員会の委員長であり、人を魅了する百夜堂の看板娘なのだ。
「まずは早いところ元凶を探す! それで私がこれまで受けてきたストレスをそっくりそのまま叩き込んでやらないと、腹の虫がおさまんない! 絶対ボコボコにしてやるんだからっ!!」
故に、この
この会議を聞いているであろう、黒幕に向けての。
「先生、
シズコは不敵な笑みを持って言う。
不安など感じさせない、強い意志に溢れた目で。
話の流れがやや予定とは違うが……これを否定する理由はない。ならば、俺が言うべきことは、ただ一つである。
「──ああ。仕事を始めるぞ」
012
ウォルターに言われた通り、私は百鬼夜行自治区を歩いていた。
具体的な目的地はなく、直感に従って彷徨っている感じだ。
ちなみに、魑魅一座の追跡はもう終わっている。
終わっているって言うか、失敗した。
魑魅一座を尾行するまでは良かったんだけど、その後、恐らく雇い主の下へ報告しに戻ろうとするその道中で、魑魅一座とイズナが合流したのだ。
そりゃあ、元を辿れば雇い主は同じなんだから、合流するのは当たり前ではあるんだけど……こうなってしまうと、私に尾行を続けるのは難しい。
イズナに気付かれないように尾行するのが難しいって意味も勿論あるけれど、本当の問題は気付かれた後の話である。
ウォルターが「気付かれたら深追いせず戻れ」と言うことは、それはつまり、捕まらずに戻って来いって意味だ。
じゃあ果たして、私が尾行に気付かれた時、あの身体能力を持つイズナから逃げ切れるだろうか?
……無理だな、普通に。
戦って勝つことも不可能だ。
卑屈になってるんじゃなくて、現実的な話として不可能だ。
強くなったと言っても、それは一ヶ月前と比べての話だし、私は未だにアビドスの誰にも勝てていない。戦闘が本職でないアヤネにでさえだ。
だから必然、イズナにも勝てない──少なくとも、今は、まだ。
尾行に気付かれたら即終了の綱渡りをしてまで、黒幕を暴くメリットはないだろう。
なので、そのあたりはウォルターに任せることにした。ウォルターは既に敵が誰なのか、動機が何なのか分かっていそうだったし、私が無理をする必要は無い。
私が敵の居場所を突き止めたら即座に事件は解決するかもしれないけれど、魑魅一座がわんさかいる中で、それを一人で実行できると思うほど私は思い上がってはいないのだ。
……ホシノ先輩なら、多分できるんだろうけど。
残念ながら、私はホシノ先輩みたいに強くない。あれくらい強かったら、誰でも、何でも守れるんだろうか──いや、きっと、多分ホシノ先輩は。
「……よくないな」
妙な方向に思考が回ったので、考えるのをやめた。少ない情報で憶測なんかするもんじゃない。
まあともかく、魑魅一座とイズナまでいるとなると本当にどうしようもないから、私は尾行を諦めたという経緯だった。
そんなわけで、私は一人百鬼夜行を歩く。
目的地はないと言ったが、目的がないわけじゃない。
どころか、本来の目的はこっちで、私は魑魅一座の下っ端を探しているのだ。
下っ端、つまり上の命令を聞くだけの、雇われの末端。
良いように扱われてしまう、そんな存在。
ウォルターは、そういった存在を雇い直して味方につける根回しをしたいらしい。
魑魅一座があちこちで暴れているということは、それなりの人数が雇われているはずだ。まさか暴れている集団が一つなんてことはないだろう。
ウォルターによると、魑魅一座は雇われているが、しかしその報酬が支払われていない可能性が高いと言う。
今回の黒幕はカイザーと違って雇うことにお金をかけていない(厳密に言うとカイザーも自腹を切っていたわけじゃないんだが)、恐らくは成功報酬をチラつかせてタダ働きさせているのだろう、と。
……なんつーか、よく聞いた話だった。
どころか、身に染みている話だった。
そして、そんな身に覚えのある話をした上で、何故かウォルターはその役目を私に託したのだ。
──お前自身の感覚に従え。
と、そんなことを言って。
雇えそうな、あるいは雇い主に不満を持っていそうな連中をどうやって見つけるのかと改めてウォルターに訊いてみるも、「お前の感覚を信じる」としか言わない。
私の判断。
私の感覚。
いまいちよく分からない。
サホもそうだけど、一体私に何を期待してるんだろうな。
別に、不良を更生させるようなカリスマなんてないんだが。
「……はあ」
溜息を吐く。
成長はしている。ウォルターのおかげで、それはある程度自覚できた。ただしそれは戦闘面の話であって、雇い直しなんて交渉術の範囲だろう──ましてや、私に目の前の存在を説得できるとはとても思えなかった。
探し人は見つかった。
見つけてしまった。
あっさりと。
呆気なく。
私が探し当てたのは、ボロボロの姿で路地裏にいる不良で。
魑魅一座の、末端の末端だった。
「……なんだ、お前」
蹲っていた魑魅一座の一人が私に気付いて、顔を上げる。
擦れた目で、私を見上げている。
睨んで──いる。
側に落ちている、割れて擦り切れた天狗の面が、やけに痛々しい。
「…………」
対して私は、困惑していた。
いきなり魑魅一座の居場所を引き当てたこともそうだけど、引き当てたその相手が──まるで。
まるで、私のよう、だったから。
いや……考えてみれば、そりゃあそうか。
私自身の感覚に従ったら、当然
末端も末端である、その日暮らしができているかも怪しい奴に出会うのは、当然の帰結かもしれなかった。
腑に落ちるとさえ言えた。
……いや、多分、百鬼夜行でこんな生活をしている奴は少ない。本当に一部のはずだ──その証拠に、私が今日出会った魑魅一座は、ただの素行不良の生徒だったし、そしてその全員が、飢えているようには見えなかった。
だからこれは、
経験しているから。
見えない地の底があることを知っているから。
「見ない制服だな……どこの誰だ……?」
「……私は」
「……その盾、警察学校か……!? んなとこまでよくも……!」
「いや、これは──」
私が説明するよりも先に弾丸が飛んで来た。どうやら持っていた盾が彼女の逆鱗に触れたらしい。
迷いも澱みもない、流れるように引き抜かれた拳銃からの発砲に、油断していた私は眉間に弾丸を思いっきり食らってしまう。
盾を構えるどころじゃない。
「──っ、痛ってー……」
一歩二歩、衝撃で下がる。
額がズキズキと痛む。
たった一発の弾丸なんて、強い奴からしたらかすり傷にすらならないんだろうけど、私はそうじゃない。
打たれ強い方じゃない。
だから、極力急所に攻撃を食らっちゃいけないんだけど……こういうところがまだまだなんだろうな。
……ヘルメットつけようかな?
「……ヴァルキューレが何しに来やがった……! 何もしねえ癖に……!」
「…………」
別に警察じゃないんだが、まあ、言いたい事は理解できる。
かつて私が思ったことと同じだからだ。
今となっては、しないのではなく
自分が救われるわけじゃない。
現状が変わるわけじゃない。
「舐めやがって……金目のモンだけでも置いていきやがれ! おい、お前ら!」
「一発でそんな風なら、思ったより弱そうじゃん。身ぐるみ剥いでやる!」
「……っ」
弾丸一発でふらついた私の打たれ弱さに勘付いたのか、魑魅一座が動き出す。
戦闘だ。
しかも、一発食らった上で。
話し合いできる状況じゃないし、説得なんてやっぱ私には無理だったんだなとしみじみ思う。ウォルターみたいな風格があれば、こいつらも話を聞いてくれたんだろうか。
いや、そんなことを考えている場合じゃないか。
むしろ今は、ウォルターの支援もなしに魑魅一座と戦わなくてはならないのだ、無駄な思考はよそう。
そう考えて、取り敢えず──私は初手で、突撃して来た魑魅一座の一人に盾を投げ付けた。
縦に。
「ぐぺっ!?」
流石に盾が飛んで来ることは予想していなかったらしい。魑魅一座の顔面に嫌な音を立ててめり込んだ。
……大丈夫かな今の。
顔に直撃したけど。
ま、大丈夫だろう。一発で気絶したのは心配だが、弾丸のお礼みたいなもんだと思えばとんとんである。
「た……盾投げるか普通!? なんのための盾だよ!?」
「守るやついねーから持ってても邪魔なだけだし……」
「お前は守らねえのかよ!?」
そりゃ、ウォルターのための盾だしな。
むしろ私としては盾を投げて、身軽になった今の方が動きやすい。
まあ、予定とは違うけど、不良なんて力で説得してこそだよな。
強さこそ全て。
弱肉強食。
実のところ私はその理念が好きじゃないし、むしろ世界の不条理さを前面に押し出されているようで嫌いですらあるんだが、今はその分かりやすさに助けてもらおう。
「──じゃ、仕事を始めようか!」
なんと、驚くべきことに『七瀬ロイ』のファンアートをいただきました!
キサラギ職員さん、ありがとうございます!
https://x.com/kisaragi9a/status/1798413203753652497
見た目の情報が全く無い中描いて下さって感謝しかないです。もしかしてみんなの中でロイって思ったより可愛いイメージ持ってくれてるのか……と思うくらい衝撃的でした。というかマジで申し訳ない。いずれイメージ固めるんで許して……。