ハンドラー・ウォルター先生概念。 作:ヤマ
大人が見た夢。
013
あれから俺たちは、打ち合わせ通りの作戦を実行するため、お祭り運営委員会、そして修行部と一緒に街へパトロールに行くこととなった。
だが、当然のことながら作戦は筒抜けのため、街に魑魅一座は一人も見当たらない。
騒ぎさえ起こしていない。
フィナーレが明日である以上、もはや奴らが無理をする必要はないということだろう。
想定通りだ。
「あいつらいっつも呼ばれなくても来るくせに、なんでいざ探そうとすると出てこないわけ!?」
「フィーナ、分かった気がしマス! リモコンと同じデス! いざ探そうと思うと見つからないものデス! フィーナ、リモコンを探してて最終的には冷蔵庫から出てきたことがありマス!」
……フィーナにそろそろ作戦を共有するべきか迷うが、こうしてありのままのリアクションを取る人材がいることで演技がバレにくくなることを思うと、そのままで良いような気もした。
むしろフィーナのような少女は、下手に伝えてしまうとぎこちなくなってしまう可能性もあるだろうしな。
「ううっ、何で出てこないの魑魅一座……っ! ううん、きっと今にもどこかで暴れようとしてるはず!」
反対に、シズコの演技力は流石のようで、その悔しそうな顔からは本当の焦りのようなものまで感じ取れる。まず悟られることはあるまい。
ひとまず計画通りであることを確認した俺たちは、次の作戦を実行する──前にしなければならないことがあり、それは孤立である。
対処しなければならない物事が起きた時を利用して、できる限り自然に、かつ必ず分散するように俺たちは動かなければならない。
「うあああん〜! パパ〜、ママ〜! どこ〜!?」
「あらっ、迷子の子が……?」
「放っておけない事案発生! ツバキ先輩!」
「うん、出動~」
「え、えっ? ま、待って……!?」
まずは修行部。
偶然迷子が発生したため、それの対処に三人が向かう。
迷子の対処に三人が動くのはやや不自然だが、カエデが率先して動くことでいつもの修行部らしい活動になっただろう。
「あっ、シズコさん! ようやく見つけました! 明日の花火の準備で、ご相談なのですが……」
「うっ!? よりによってこのタイミングで……! でもお祭り運営委員会の委員長として知らんぷりなんてできないし……フィーナ! 後はお願い! 先生と二人で魑魅一座を見つけて、監視しておいて!」
「了解デス! フィーナにお任せあれ!」
そしてシズコは、またもや偶然、祭りのスタッフであろう人間に呼び止められて、相談に乗るために俺たちから離れた。
あまりに都合が良過ぎて今の人間が仕掛け人でないか不安になる程度には順調である。
さて、残すはフィーナだけだが……事情を知らない彼女からどうやって離れるべきか。
「急にみんな忙しくなってきマシタね!」
「……そうだな。魑魅一座がいなければ、これが普通なのだろう」
「ハイ、お頭の言う通りかと! 魑魅一座がいなかったら、ワタシたちお祭り運営委員会も他のみんなも、準備や何やらで走り回ってたと思いマス! そうやって良い意味で忙しくしてたはずなのに、こうして違う意味で忙しくなってしまうダナンテ……」
気落ちするフィーナに対し、何も情報を与えていないことを心苦しく思う感情があったが、それも仕事だと割り切った。
全てが終わった後で、彼女には詫びるとしよう。
「はっ、がっかりしてる場合ではアリマセン! 今お頭と一緒にいるのは、フィーナだけ! 特攻隊長として、隙を見せたらマズいシーンですね! 『仁義なきニャンニャンパンチ』で見ました!」
……残念ながら『お頭』呼びは定着してしまったようだが。
「……そうか。フィーナ、よろしく頼む」
「ハイっ! お頭の身辺警護、そして桜花祭の治安……どちらもこの特攻隊長フィーナにお任せあれ、デ、ス……?」
そうして元気よく返事をしたかと思えば、フィーナは俺の背後に視線を向けて、驚いたかのように呆然とした。
いや、実際に驚いているのだろう。
何せその視線の先には──魑魅一座が一人歩いていたのだから。
あからさまに怪しく、こそこそと。
逆に目立つくらいに、後ろめたさを感じるような歩き方で。
「アアーーーっ!? 魑魅一座!!」
「…………っ」
フィーナに指を差されたことに気付いたらしい魑魅一座は、すぐさま背を向けて路地へと入っていく。
迷いの無い逃走である──あの身軽さでは、今すぐに追いかけなければ見失ってしまうだろう。
「逃がしマセ──あっ、でもフィーナはお頭も守らなくては……! ど、どうすればいいのデショウ!?」
「黒幕の居場所が分かれば、護衛の必要もなくなる。俺のことは気にせず追いかけろ」
「……ハイっ! 分かりマシタ! フィーナ、お祭りの平和のために行ってきマス! お頭は百夜堂に戻っててクダサイ! 他の魑魅一座に会ってしまうと危ないデスから!」
俺の言葉に一瞬逡巡するようにしてから、それでも追いかける方が良いと判断したのだろう。フィーナは俺の安全を気遣うようなことを言ってから、魑魅一座が去った方向へと走り出す。
当然俺は百夜堂に戻るつもりはないのだが、そんなことを知らないフィーナは俺の言葉を信じて魑魅一座を追いかけるのだろう。
あれが魑魅一座でないことも知らず。
そんな彼女の姿が見えなくなったことを確認して、俺は歩き出した。
「……さて」
孤立できた以上、あとは待つだけ、魑魅一座が動けば第二段階も終了なのだが、こればかりは向こう次第だろう。
俺という撒き餌に掛かるかどうか次第だ。
「サササッ……」
と、俺がわざと目立つように祭りの喧騒の中を歩いていると、とある人物が視界に入った。
何かを探すようにあちこちへ視線を巡らせて、まるで忍者のように物陰をこそこそと移動している少女は──何を隠そうイズナである。
「サササッ……!」
……何を隠そう、と言うか、何一つ隠れてはいないのだが。
その全身ですら物陰から見えているのだが。
更に言えば、移動する際に何故か擬音を口走っているため、かなり悪目立ちしていた。俺よりも。
その移動速度自体はとてつもなく速いため、確かに移動中に姿を見られることはないのだろうが、物陰で見えている以上全てが台無しである。
「イズナは今、闇に紛れて暗躍せんとする熟練の忍び……! 先生はきっとこの辺にいるはず……」
「…………イズナ、そこで何をしている」
見かねて、俺はイズナに声を掛けた。このまま放置していると、俺たちの作戦に悪影響を及ぼしかねない。
計画とは違うが、ここでイズナを見て見ぬ振りをするのはリスクが高過ぎる。
「あっ、えっとですね、イズナは今先生を探して……って、先生!?」
「……任務内容を口走る忍者がどこにいる」
「い、いえ! これも作戦です! こうして先生を誘き寄せていたのですから! だからイズナは慌ててなどいません!」
「……そうか」
どこからどう見ても動転しているようにしか見えないが……俺はそれ以上指摘するのを止めた。
子どもの見栄に付き合うのも大人の仕事だろう。
「そ、それで……えっと、前回の宣言通り、イズナは先生を倒すためにここへ来たのです!」
「…………」
「イズナ、あの後もう一度考えました! 前回イズナが負けたのは何故なのか……それは先生を騙しているあの、他の人たちまでわちゃわちゃと出てきてしまったせいなのでは、と! ですので次は忍者らしく! こっそりと忍び寄り! そして一人で戦えば、先生を倒せるはず! さあお覚悟です、先生!」
「……そうか。その前に、イズナと桜花祭を見てまわりたかったのだが……残念だ」
明らかに興奮状態だったので、ひとまず彼女を落ち着かせるために、俺はそんなお為ごかしを言った。我ながら露骨なお為ごかしだと思ったが、意外にも効果はあったようで、
「う、うぇ!? た、確かに……桜花祭は明日で終わりですし……今は先生とお祭りを楽しむべきなのでは……!?」
と、急激に戦意を失って狼狽えるイズナだった。
「しかし、今すぐに俺を倒さなければならないのであれば、俺に止める方法は無い。好きにしろ」
「う、う……い、イズナは、先生を倒しに……でも……え、えぇ……?」
駄目押しとばかりに俺が開き直ったようなことを言えば、イズナはとうとう混乱して、ついには動きを止めてしまった。
……魑魅一座とのやり取りでも感じたことだが、この少女、随分と丸めこまれやすいらしい。
それは純粋に、人を信じていることの裏返しでもあるのだろうが。
そして──結局。
「わあっ……! 先生、カルメ焼きがありますよ! この甘い匂い……綿あめ!? あっ、焼きそば! 焼きそばも売ってます!」
イズナは、桜花祭を楽しむ機会は今しかないと判断したらしく、俺をあちこちへ連れ回して夜の祭りを大いに楽しんでいた。
俺を倒すのは後でも良いとのこと。
「えへへっ、美味しいです! あっ、先生も一口いかがですか?」
そう言って綿あめを差し出す彼女に、敵意はまるで感じられない。
……本当に俺を倒すつもりがあるのだろうか。
綿あめは拒否しつつ、俺は以前から浮かんでいた疑問を解消するため、イズナに問う。
「……イズナ。お前は、桜花祭が好きか」
「はい! 百夜ノ春ノ桜花祭、イズナ本当に大好きなんです! ですので、こうやって先生と一緒に楽しむことができて、イズナは今すごく嬉しいです……!」
その言葉に、嘘は感じられない。
心の底から桜花祭を楽しんでいるようだ──ただ純粋に、彼女は桜花祭が好きなのだろう。
何の裏もなく。
ならばと、俺は続ける。
「では何故、お前は桜花祭を妨害し、中止させようとする依頼を受けた? この祭りが好きなのだろう」
「え……? ちゅ、中止? 妨害? 急にどうされたんですか?」
「…………」
俺の問いに、何のことだか分からない、という反応を返すイズナを見て、俺は確信する。
──い、イズナは忍びとして命令に従っているだけです!
彼女は本当に、雇い主の命令に従っているだけなのだと。
何も知らず、ただ
その仕事の理由も、意味も理解していない。
何も──選んでいない。
俺は彼女の選択であれば何か言うつもりはなかった。
どんな夢を目指そうと苦言を呈するつもりはなかった。
だが今のイズナは──
到底、俺が看過できるものでは、ない。
「お前の雇い主は、桜花祭を中止させるために、お前や魑魅一座に仕事を依頼している」
「桜花祭を……? でも、い、イズナが受けた雇い主の命令は……事業を邪魔するやつらがいるから、その者たちを倒せと……それなのに、桜花祭が台無しに……? え、ええ……?」
目に見えて混乱している。
やはり彼女は、その依頼主から何も聞いていないらしい。
いや、正確に言えば雇い主から伏せられていたのだろう。仕事の内容を偽られ、良いように利用されてしまっている。
要するに騙されていたということになるのだが……今回の場合、問題となるのは雇い主ではなく、イズナの在り方だ。
「……厳しいことを言おう、イズナ。今のお前の行動は、忍者のそれではない」
「……っ」
「確かに、忍びとは意に沿わない命令を受けることもあるだろう。望まぬ仕事をすることもあるだろう。だがそれは、仕事を理解した上での話だ。自らの思考や意志を捨てろという意味ではない」
これは俺の我儘だ。
故に、これから俺が語る忍者像は彼女の思い描くものではないかもしれないが──それでも。
それでも、言わなくてはならない。
「何も知らないまま、疑わぬまま、考えぬままに仕事をしても、お前の望むような忍者にはなれん。それは──ただの、人形だ」
子供がそうあるべきではないし。
子供はそうなるべきではない。
「し、しかし……忍者はよく感情を殺せと……」
「本当にそうだとしたら、謀反など起きんだろう」
そうだろう──621。
「意志を持て、イズナ。そして、お前自身が選ぶことだ」
「…………」
我ながら、どのような顔をして言っているのか理解できないが。
俺は言う。
猟犬ではなく──きっと、渡鴉を育てるために。
「……イズナ、お前はこれからどうする。今のお前の立ち位置は危ういものだ──この仕事を続ければ、それこそ本当にお尋ね者になるかもしれない」
「そ、それは…………」
俺の物言いに、イズナは言い淀み、目を伏せて黙り込んだ。
脅すような口調になってしまったが、可能性としては十分起こりうる話である──俺たちの作戦が成功した場合、黒幕は滞りなく捕まり、庇い立てる人間はいなくなるだろう。どころか、下手をすれば黒幕はイズナに全責任を被せようとするかもしれない。
そういった可能性を考慮すれば引き返すのは今しかない、という勧告だったのだが──数十秒黙した彼女は、静かに目を開いて、首を振った。
否定。
つまり拒絶である。
「……
俺は訊いた。
明らかに言葉足らずな問いだったにも関わらず──と言うか、この主語のない問いのせいで随分と遠回りをしまったような気もするが、とにかく、そんな俺の問いに、イズナは今度こそ意味を理解した上で頷いたのだった。
誤魔化しもせず、真っ直ぐに俺を見て。
「……確かに、イズナは騙されたのかもしれません。そしてこの仕事をすれば、大好きな桜花祭が中止になって、イズナは追われる身になるのかもしれません」
「…………」
「ですが、それでも……イズナは
イズナは堂々と言った。
覚悟を決めた、意志のこもった、強い目で。
「イズナは立派な忍者になるんです! いつかは真なる主君を見つけ、支えられるような、最強の忍者に! それが、イズナの意志です!!」
その宣言は、夢への確固たる意志そのものであり。
俺の説得などでは到底、覆せるようなものではなかった。
少なくとも──俺はそう、感じた。
「ですから、いくら先生だとしても──!」
「……そうか、ならば構わない」
「……へ?」
味気ないと言えるほどあっさりと頷いた俺に、ぽかん、と拍子抜けした表情を作るイズナ。
俺が呆気なく折れたことが相当意外らしい。
まあ確かに、普通、『そんなことはやめておけ』と言うべきなのだろう。
あるいは、今までそうやって誰かに止められてきたのだろう。
だが残念ながら俺は普通の大人ではないし、良い大人でもない。
悪い大人である。
そして──何よりも。
「お前が自ら考え、選び、行動するのであれば、俺から言うことは何も無い」
「……イズナが、選んだこと……」
彼女の意志、そして選択であるならば、俺に否定する権利などありはしない。
あるはずがない。
勿論俺にも、裏事情をイズナに説明すれば寝返ってくれるかもしれないという思惑がないでもなかったが……彼女の意志を見た以上、それは難しいだろう。
彼女ほどの戦力が敵側に残るという事実は手痛いが、受け入れるしかあるまい。
誰にでも譲れない一線はある。
事実上、これで俺とイズナが完全に敵対関係となってしまったのだとしても、それは仕方がないと言えるだろう。
選ばなければ、敵にも味方にもなれないのだから。
「だが──俺の仕事は桜花祭を無事に終わらせることだ。お前が依頼を遂行すると言うのならば、お前を障害として排除しなくてはならん」
「……っ、先生とイズナはやはりそういう宿命……!」
俺は取り敢えず、関係をより明確なものにするために、敢えてそんな悪役じみた言葉を並べた。
これには、彼女に目的を思い出させることで魑魅一座を誘き寄せることができればという魂胆があったのだが、残念ながらそう上手く事は運ばず、イズナは顔を引き締めて、緊張感のある声色で(やや嬉しそうに)答えるだけだった。
応援を呼ぶ気はないらしい。
宿命とまで言い切るあたり、俺を倒す目的を忘れているわけではなさそうだが……しかし、宿命か。
前世からの因縁とは、中々壮大な話である。
前世。
俺にとって、前世という区切りがどう機能するのか、今ひとつ判然としないが──だが、もしも。
もしも
それは、有り得ない話ではないのかもしれない、と。
そう思った。
彼女の前世が、俺が殺した人間だったとするのなら。
「先生! イズナ、この場はお先に失礼します! 今回はこうして、一緒にお祭りを楽しんでしまいましたが……! 次は違います! 次こそは!」
あまりにも詮無い話はさておき、どうやら彼女は出直すことにしたようだ。
イズナがたった今宣言した通り、次は迷うことなく、今度こそ作戦を成功させるために全力を尽くしてくるだろう。
不意打ちをする気配を全く感じさせないのは忍者としてやや不安だが……まあ、それは俺が心配することではない。
イズナは選択した。
それで良い。
「……そうか。では、また会おう」
「……! はい。では先生、また!」
ニンニン!と。
イズナは元気よく声を出して、それから全速力でこの場を去っていった。
彼女の姿はあっという間に小さくなっていき、そして見えなくなったところで──俺は
イズナと邂逅してから、ずっと付き纏っていた気配に対して。
「……さて、一人になったわけだが。何か用か」
「……気付いてたのか。久しぶりだね、シャーレの先生」
「護衛も無しにこんなところをぶらつくなんて、危ないっすよ?」
俺の声に反応して、物陰から、二人。
魑魅一座が、余裕を持った態度で現れた。
天狗の面を着けているため俺には分からなかったが、口振りからして、その二人は俺と既に面識があるらしい──ならばその態度は、俺の周囲に戦闘ができる人間がいないことからくる余裕なのかもしれない。
「あんたに用があるって人がいてな……怪我したくなければ、大人しく投降しな!」
「反抗なんてすると、痛い思いするっすよ!」
銃を分かりやすく見せびらかしているのは俺に対する脅しなのだろうが、アロナがいる以上、それは効果を発揮しない。
仮にそうでなくとも、死にたがりの俺に対しては意味が無いが。
「そうか。では、案内を頼もう」
「ははっ! そりゃそうだ、でも抵抗するならこっちも──って、えっ!?」
「素直に応じるんすか!?」
あまりにも無抵抗な俺の返事に、逆に驚く魑魅一座だった。
この返答を一切想定していなかったらしい。
……それはそれで妙な話だ。こんな老人に抵抗が可能だと思っていたのだろうか。
アロナの防壁により銃が効かないのだとしても、足が不自由な俺に逃げることはできないというのに。
溜息を吐く。
困惑している様子の魑魅一座だったが、そのまま放置すると一向に話が進まないことが目に見えていたため、俺は、
「俺もお前たちに用がある。呼んでいるのであれば、願ってもないことだ」
と、助け舟を出した。
何故脅されている側がフォローしているのか、考えてみると不思議だったが……まあ、ここで魑魅一座に万が一にでも撤退されてしまうと、作戦に支障が出るというのもある。
滞りなく仕事を終わらせるための一手だと思えば、そこまで不思議でもない。
「え、ええ……? いや、計画通りなんだけど、これでいいのか……?」
しばらく彼女たちは俺の態度に困惑していたが、思考の末、考えることが面倒になったらしい。
俺の周囲に邪魔をする人間がいないことを改めて確認してから、
「……まあいいか。わざわざ自分の足で来てくれるなら楽だし好都合だ、連れてくぞ!」
「はいっす!」
と言って、俺の正面と背後にそれぞれ回って、連行する形を取った。
俺の狙いが何であれ、仕事さえこなせればそれで良いと判断したのだろう。所詮彼女たちは雇われであって、それ以上考える義務はないのだから。
そして──だからこそ、付け入る隙がある。
ここからが正念場だ。
014
「命令通り連れてきたよ!」
「連れてきたっす!」
そうして二人に連れてこられた先は、路地裏の、特別語ることのない廃墟のような場所だった。
廃墟のように見せているのか、あるいは本当に廃墟を利用しているのか、今のところはまだ分からないが。
黒幕の根城としてはやや不安の残る場所である。
「よくやった、魑魅一座。やればできるじゃないか」
魑魅一座の呼ぶ声に悠々とした足取りで現れたのは──想像通りと言うべきか、商店街の会長だった。
黒幕の正体としては、意外性に乏しい結果である。
「また会えて嬉しいよ、シャーレの先生」
そう言いながら俺の前に姿を表した会長は、衣服こそ変わらぬ格好ではあったが、何故か左目に黒い眼帯をしていた。
以前出会った時は視力を失っている様子はなかったので、箔をつけるための見せかけの眼帯だろう。
暗順応のためとも考えたが、そもそも猫である以上必要あるまい。
「……会長──ニャン天丸、だったか」
「ふん、儂の本名はニャン天丸じゃない! 儂の名はマサムニェ……路地裏の独眼竜! ニャテ・マサムニェとは儂のことじゃ!」
「…………」
ただでさえ呼びづらい名前が、更に呼びづらくなった。
今後、俺が奴の本名を呼ぶことは絶対にないだろう。
「おほん……類まれなる指揮能力を持つ『先生』とやらに邪魔をされたと聞いて、誰のことかと思ったら。そのシャーレの先生が、おぬしだったとは……たしか、一度百夜堂で会ったな?」
「……そうだな。お互い、会話はしていないが」
あからさまに怪しい人物がそっくりそのまま悪役だった、という今の状況は俺からすれば確かに推測通りではあるのだが……逆に想像通り過ぎて不安にもなる。
物事が上手くいき過ぎている場合、大抵罠である可能性の方が高いのだ──警戒するに越したことはない。
いくら俺の仕事が既に終わっているようなものなのだとしても。
「ははっ! こんな状況でも余裕でいられるとは、大したやつだ。まるで何か奥の手でもあるみたいじゃないか。だが、私はコミックの悪役なんかとは違う。その手に気づかないとでも思うか? ……悪いが、その手段は封じさせてもらうよ」
俺に慌てる様子がないことを見て、何やら推察したらしい会長は妙に饒舌に語り出したかと思えば、付近に待機していた魑魅一座に命令し、俺の懐から端末を回収させた。
分かりやすい連絡手段を奪った、ということだろう。
そして──それだけだった。
「歳を取ると用心深くなるでな、これは没収することにしよう。さあ、これでおぬしが助けを求める手段はない。心の中で叫んだところで、お祭り運営委員会の連中は来ない。孤立無援という言葉がぴったりだな。あるいは飛んで火にいる夏の虫というところかな、先生?」
「…………」
少し警戒し過ぎたかもしれんと、俺はそんな風に思った。
アビドスの仕事があまりにも大仕事だったこともあり、カイザーを相手取るつもりで動いていたが、やや拍子抜けする思いである。
シッテムの箱を回収して四肢の一本を機能不全にするくらいは覚悟していたが、それさえせずに俺の連絡手段を封じたつもりになっている会長は、滑稽というよりも憐れだった。
奴の言葉になぞらえて言うのであれば、コミックの悪役の方がまだ警戒心を持っているに違いない。
とは言え、油断をするつもりもないが──それとこれとは話が別である。
「……随分と」
俺は言う。
間違っても正解を引かないように、慎重に言葉を選びながら。
「桜花祭の伝統が大事なようだ」
俺は敢えて外した答えを言った。
こういった場合、言い当てられるよりも的外れな答えを出された方が、相手は説明したくなってしまうものである。
そして狙い通り会長は、
「伝統……? ああ、花火のことか? ふはは! 人の話をよく聞いているじゃないか。だが違うわい、全部が全部口から出まかせってわけじゃあないが、本当に気にしているのはそこじゃない」
と前置きしてから、
「儂の目的はいたってシンプル、金だよ」
と、素直に説明した。
ありがたいことだ。
内容としても予想通り──そしてロイが何となく勘づいていた通り、奴の目的は伝統を守ることではない。
──お金のかかってそうな機械だな……。
──学生がこんなに金を使って……ってな。
奴の執着は本物だ──そして、その執着は言動の節々から滲み出るものもある。
「百夜ノ春ノ桜花祭……このお祭りが一度開かれるたびに、いったいどれぐらいの金が動くと思う? この規模だ、それなりに大きいことくらいは分かるだろう。なのにその金をお祭り運営委員会、あんなチビ共が握っとる。儂はそれが気に食わんのだ」
なんとも醜い嫉妬だった。
これが子どもであるなら説教で済むが、しかし相手はそれなりに歳を重ねた大人である。
救いようがない。
もっとも、何故子どもがそんな権力を持っているのか、という考えに対しては同意するが……奴はそういう意味で言ってはいないだろう。
会長は単純に、子どもが力を持っている事実が気に入らないだけだ。
「『お祭りを素敵なものに』? そのためなら、大枚をはたいてミレニアムに依頼するのも必要なことだって? 何という青い考えだ! 儂に任せれば、あいつらよりはるかに多くの金を稼げたというのに!」
くだらん。
と、奴の主張を切って捨てても良いのだが。
幾つか気になることもあったので、それはやめておいた。
もう少し、時間稼ぎをしてもいいだろう──イズナについても、訊いておきたいこともある。
「……桜花祭の妨害は、その主導権を握るためのものだな」
「そうさ。桜花祭が中止になれば、お祭り運営委員会はその責任をとって運営を下りるしかない。自然と次にその役割が任されるのは儂だろう。これでも商店街の会長だ、そのコントロールも難しくはない」
動機の自白。
取り敢えず、罪を認めたという客観的な証拠は手に入った。
これをどう利用するかはお祭り委員会次第だ。
「そのために、魑魅一座とイズナを雇ったというわけか」
「イズナ……ああ、あの自称忍者のチビっ子か。そうだな、あいつは実に役に立ってくれた。大したお金もかけていないのに、よく働いてくれたよ」
会長は、上機嫌に語り続ける。
見下したような、馬鹿にしたような目で、嘲りながら。
「ちょっと
「……お遊びか」
「ああ、幼稚な子供のごっこ遊びだろう? あいつの言う、魔法のような『忍者』なんて、ファンタジー世界の話だ。『雇い主としてご命令を』だとか『ご命令とあらば何でもこなすのが忍びの道』だとか。笑わないようにするのが大変だったくらいだ!」
──イズナは
「逆に言えば面倒だったのはそれくらいで、ちょっと付き合ってあげればあの通り。もうやる気満々で『忍びとして全力を尽くします!』なんて言った時には、いくらでも笑いが止まらなかったさ! ああ、本当に便利なやつだ。実に経済的で、バカで、こちとら大助かりだよ! ふははははっ!」
──忍者として、この仕事を受けたんです!
──ですから、イズナは……夢を叶えるために、忍者として、この仕事を全うしなければなりません!
なるほど、と俺は思う。
彼女は、こういう人間に自分の夢を無碍にされてきたのだろう。
嘲笑われてきたのだろう。
有り得ない──夢だと。
踏み躙られてきたのだろう。
「……お前の目的のために、イズナの夢を利用した。そういった解釈で合っているか」
「夢? 何を言っているんだ? あんな夢想とすら言えないバカの妄想を、夢だと? おぬしも付き合いの良いやつだな。先生とはいえ、大したお人よしだよ」
「…………」
イズナがこの場にいなくて良かったと、俺は心の底から思う。
『忍者として任務を遂行する』とイズナ自身が既に意志を示しているのだとしても、その雇い主がイズナに
この事実を知ってしまえば、彼女の信念が、そして在り方が崩れてしまうかもしれない。
それは──あまりにも報われない。
ならば、この悪意を相手取るのが俺の仕事だろう。
このような思想が、悪意が、いかに世界でありふれたものだとしても。
「先生。話を聞いてるとおぬし、イズナ殿……いや、イズナが儂の命令を聞いて動いていたことに気づいてたんだろう?」
イズナ
どうやら奴にはそれなりの演技力があったらしい。腹の底の悪意を上手く隠して、イズナを操っていたことが感じられた。
「魑魅一座もイズナも、どちらも儂の支配下にあると知っていたのに、のこのことイズナに同行するのはちょっと頭が足りないんじゃないか? 裏に罠がある可能性を考えないとは」
「…………」
「行動力だけはあるイズナを泳がせた方が、おぬしを上手く見つけるかもしれない。一部の魑魅一座にはイズナを尾行させ、隙を見て誘拐。あくまで策の一つだったが、面白いほど上手くいった。あいつは本当によく働いてくれたよ。ふはははっ!」
「…………小物だな」
俺は思わず、呟いてしまった。
奴の機嫌を維持して泳がせた方が良いと理解していながらも、しかし俺は、それ以上イズナへの侮辱を許せなくなっていたのかもしれない。
こんな間違った大人でありながら──それでも。
「……何だと?」
「いや、俗物と言った方が正しいか。俺はお前を過大評価していたらしい。……一つ訊こう、会長」
俺は言う。
夢を侮辱する大人に対して。
夢を──見なくなった大人に対して、言う。
「お前は
「は……? ふ、はははははっ、何を言い出すかと思えば! そんな妄想、信じるバカがいる訳がないだろう!」
「……そうか」
まあ、そうだろう。
お前は──そう答えるだろう。
仮にその話を信じる者がいるとすれば、それは──カイザーPMC理事のような野望を持った奴だけだ。
だからこそ、分かる。
理事は紛れもなく大物だった。
「感謝しよう、会長。お前のおかげで、
「……?」
夢を持つ人間ほど、野望を持つ人間ほど敵に回して厄介なことはない。
夢を、野望を、使命を持つ人間は、それだけで諦めが悪いのだ。
少なくとも、アビドスで出会った人間はそうだった。
そして──目の前の会長は
「……ごっこ遊び、と言ったな」
「イズナの話か? ああ、言ったとも。それの何が悪い。事実だろう?」
今から俺がやろうとしていることは無意味なものだ。
これを言ったところで何一つとしてメリットはなく、ただただ相手の気分を害するだけなのだが、俺はむしろそれを目的として言う。
相手は大人だ、遠慮は必要あるまい。
俺は、最近は控えるようにしていた煽りを、意識的に出すように切り替えながら語る。
「お前は、イズナの夢を知っているか?」
「……? 何を今更。忍者になることだろう」
「そうだ、そしてもう一つある。忍びとして真の主君を見つけること──だそうだ」
忍者だからと言って仕える相手が必要なのかどうかは疑問を抱く部分ではあるが、しかし、イズナにとっては大事なことなのだろう。
『忠義を尽くす』ということは、きっと彼女にとっては譲れないものなのだ。
一度契約したのなら、騙された相手である会長さえ、裏切ろうとしないほどに。
「くく、ははははは! バカだとは思っていたが、ここまで来ると笑わせるためにやっているとしか思えんな! 忍び、主君、だと? 非現実的にもほどがある!」
そして予想通り、会長は蔑むように笑うのだった。
問いの意味も理解せずに、げらげらと──笑う。
「……それ以上イズナを貶めるのはやめておけ。彼女の価値を下げようとすればするほど、お前が惨めになるだけだ」
「……はあ? 何を言っている?」
「分からないのか」
そして俺は意趣返しのように、嫌味たっぷりに、悪意たっぷりに続けた。
「イズナは今も真の主君を探している──と言うことはつまり、お前は、お前が『忍者ごっこ』と揶揄したイズナにさえ、真の主君だと認められなかったということだ」
器が足らなかったようだな、と皮肉を付け加えるのも忘れない。
まあ、彼女にとっての『真の主君』たりうる条件を俺は知らないので、これはただの当てずっぽうでしかないのだが、この言葉は会長の気分を害するには十分だったらしい。
余裕のあった表情を崩して、威嚇するように牙を剥いた。
「…………っ、屁理屈を……! ふん、そんな馬鹿に認められる必要などない! 現実を見ろ! おぬしが何を言おうとこの状況は覆らん! 非現実的な妄想に儂を付き合わせるな!」
どうやらそれなりに矜持を傷付けられたようだ。やや冷静さを失った状態で、それでも会長は如何に自分の状況が有利であるかを主張した。
そうすることで、心の平穏を保とうとしているらしい。
この状況──つまり、俺が魑魅一座に囲まれている状況のことを指しているのだろうが……俺からすれば、それこそ馬鹿馬鹿しい話である。
状況が覆らないという一点だけは、否定するつもりはないが。
「……非現実的、か」
「そうだ! おぬしこそ、口ではイズナにそう言っていても、忍者などいるはずがないと思っているはずだ! 不可能な夢を見せるのは無責任だと思わんか!」
不可能な夢。
叶うことのない夢──か。
大人らしい言葉である。
夢に敗れ、現実に屈した大人の言葉だ。
何よりも正しい言葉だが、しかし俺は否定する。
あいつらのことを、思い出しながら。
「…………不可能な夢など、ありはしない」
「何を馬鹿なことを──!」
俺の言葉にいよいよ激昂する会長だったが、奴の言うことも一理あるのだ──俺のような大の大人、どころか、老人が言うには些か青過ぎる言葉だということは自覚している。
だがそれでも、夢を否定させるわけにはいかない。
不可能など、あるはずがないのだ。
なぜなら。
「
「────ッ!?」
617。
618。
619。
620。
そして──621。
お前たちの人生を踏み躙った俺が言えることではないが。
全てを焼き払おうとして、621以外を殺した俺が抱いて良い願いではないだろうが。
それでも、せめてこの世界では、子どもの夢が叶う世界であって欲しいと。
俺は──祈らずにはいられない。
お前たちの自由を、願わずにはいられない。
「だからこそ……夢に敗れ、現実に屈した俺たちのような大人が、子どもの夢を否定する資格など、ない」
621。
お前は夢を見ているだろうか。
俺を殺して進んだお前の、ルビコンの未来は──希望に溢れたものだろうか。
お前自身の可能性が広がっていることを、俺は今でも、願い続ける。
「俺たちのような大人が否定しようと、イズナは忍者になるだろう。それだけの意志が、あいつにはある」
そして、今この世界の子どもの選択を否定しないことが、きっと、俺の償いだ。
火を絶やさないことこそが、俺の使命だ。
「ならば、今俺がすべきことはただ一つ──お前のような障害を排除することだ」
「……っ、状況を理解していないようだな……! この数の魑魅一座相手に、おぬしができることなど何もない!」
「そう思うか」
「はっ、そんなハッタリ、いつまでも通用すると思うな!」
確かに会長の言う通り、いつまでもは通用しないだろう。
ただし、これ以上通用する必要もない。
時間稼ぎは十分だろう──これ以上の話は無意味だ。
「もういい、シャーレの先生だというから、もう少し話が通じる奴だと思っていたんだがな! 引き込むつもりだったが止めだ、何を言ってるか分からない奴にこれ以上付き合う時間は無い!」
建物が崩壊しない程度の爆破は許可する。
調べた限り、どうやらほとんど廃墟のようなので、全壊しても大した損害はないだろうが……無駄な危険を犯す必要もない。
「じゃあな、シャーレの先生。儂の計画を邪魔したのが運の尽きだ! やれ、魑魅──!」
どんがらがっしゃん。
と、その瞬間、俺が今にも指示を出そうとしたその瞬間に、天井が崩落した。
…………天井?
予定では壁を爆破する予定だったのだが……天井は指示には無い。
では、一体誰の仕業だろう──なんて、とぼける必要はないだろうが。
「な、何だ!? 天井が……!? どうなっている!?」
「げほげほっ! 何が……!?」
「わ、分かんないっす!」
そうして、魑魅一座が混乱する中、崩落した天井により巻き上がった土埃に紛れて、一つの影が天井から舞い降りた。
その影は、ここにいないはずの──ここにいてはいけないはずの少女である。
「キヴォトス最強を目指す忍び! 真の主君の窮地を救うため、今ここに参りました!」
天井からなんなく着地して、俺の目の前で身を翻し、会長に向かって堂々と宣言したのは、やはりイズナだった。
忍びを目指し、俺と敵対したはずのイズナだ。
「なっ、イズナだと……!? どうして天井から……!?」
「全部聞いていました」
イズナは淡々と言う。
怒りも何もなく、恐ろしいまでに冷静な声で。
「雇い主の話も……どんな時もイズナの夢を笑わない、先生の気持ちも」
……本当に全部聞いていたらしい。
索敵を怠ったつもりはなかったのだが……これに関して言えば、イズナの実力によるものか。
彼女は、俺の前で守るように構えながら続ける。
「イズナはついに見つけました……最初からずっとイズナの夢を応援してくれた、先生の隣でなら……イズナは、これから先もずっと、夢を見続けることができます!」
……何やら引っかかる物言いだが、要するに今は俺の味方をしてくれるということだろう。
思わぬ加勢である。
と、なると……こうなってしまえば過剰戦力だな。
「ぐっ……、裏切るのか、イズナ!?」
「あっ、いや、えっと……こ、これは裏切りではありません! 忍者としてイズナが選んだことですから!」
非難する会長の声に一瞬狼狽しつつも、これは自分の意志だと強調した上で、イズナは俺を見た。
真っ直ぐに見た。
自信に満ちた、決意に満ちた、強い意志が感じられる目で。
そして、
「先生──いえ、
と、躊躇なく言い切ったのだった。
…………。
「……まさかとは思うが、俺のことを言っているのか」
「はいっ! 今からイズナは、全てを真の主君たる主殿に捧げ、主殿のために戦います!」
「……………………そうか」
ぎりぎり、なんとか絞り出せた俺の返事は、たったそれだけだった。
彼女の言動から薄々予想はしていたが……しかし実際に聞いてみると、言いようのない罪悪感が溢れ出てくる。
何かを歪めてしまったような、取り返しのつかないことをしてしまったような、そんな感覚だ。
「チッ……だが、イズナが来たところでたった一人増えただけ。儂が雇った魑魅一座の数には耐えられまい!」
この廃墟には、あちこちに魑魅一座を控えさせているのだから──と会長は付近にいた魑魅一座に再び号令を掛けて。
会長に声を掛けられた魑魅一座の一人が、それを合図にしたかのように、
爆発。
「のわああああああ!?」
当然、周囲にいた魑魅一座も無事では済まない。そこまで爆風は大きくなかったものの、俺たちに襲い掛かろうとしていた者は軒並み爆風を食らって倒れ伏した。
そして投げつけた当人はしっかりと、素早く爆破範囲から離れて、俺の側まで回避している。
特に指示は出していないので彼女のアドリブらしい。
「な、なんだ!? イズナはともかく、何故魑魅一座が……!?」
「……ここまで来て魑魅一座なわけねーだろ。ま、カイザーに比べて潜入はしやすかったけどな」
彼女──魑魅一座の格好をした七瀬ロイは、割れた天狗の面を外しながら言った。
言葉通り、本当に誰にも気付かれていなかったらしい。
「生憎、不良のフリは慣れてんだよ」
しかし、作戦に成功したはずのロイの台詞は、どこか浮かない、自嘲するような台詞で。
俺としては見過ごせない変化だった。
「……ロイ」
「いや……ごめん。ちょっと、色々あった。別に本心じゃない」
「……そうか」
色々、とは本当に色々あったのだろう。
詳しく聞いていないが、恐らくはその魑魅一座の服装に関係があることなのかもしれない。
割れた、擦り切れた天狗の面。
彼女が魑魅一座を追跡した過程で、きっと何かがあって、そして何かを知ったに違いない──だが、それは後で聞くことにしよう。
今の状況下で聞くことでもあるまい。
……しかし、それを踏まえても、何故だろう。
彼女に何かがあって浮かない顔をしているのはともかく、何故助けに来たはずのロイの視線が、俺に対してどこか冷ややかなものなのだろうか。
そんな疑問を前に、ロイは言う。
「…………増やしてんじゃん」
「…………」
言い掛かり、とは流石に言えなかった。
帰ってからそれなりにフォローする必要があるかもしれない。
フォロー、と言うか、言い訳だが。
「援軍だと……!? だが、たかが二人で何ができると──」
「たった二人なわけないでしょ」
「!?」
援軍に瞠目している会長の言葉に答えたのはイズナでもロイでもなく、更に増えた第三者の声である。
絶対に聞き間違えることのない少女の声──シズコのものだ。
そしてあれよあれよとロイの登場を切っ掛けに、出入り口にいたであろう魑魅一座を蹴散らして、続けてお祭り委員会と修行部も到着する。
「お頭! お待たせしマシタ!」
「先生! 大丈夫ですか!?」
「バカな、お祭り運営委員会、それに修行部のやつらまで……!」
「やっぱり、犯人はあなただったんですね! 会長……いえ、ニャン天丸!」
「ニャン天丸じゃない、マサムニェだ! それにしてもどうしてここが……!? 魑魅一座が誘拐してきた後、すぐに連絡手段は絶ったはずだ!」
本来ここにはいないはずのシズコの姿を見てから、掴みかからん勢いで会長は再び俺を見た。
その表情はまるで「騙された」とでも言いたげだったが、そもそもその可能性を考えていない時点で、カイザーより大幅に劣る。
俺が来た時点で、そして罪を自白した時点で、作戦が成功していたことに奴が気付けなかった以上、既に勝敗は決していたと言うのに。
「まさか、貴様、あらかじめ連絡を──」
「いくつか理由はあるが……盗聴、尾行、撒き餌、囮、逆探知、発信機、隠蔽工作の杜撰さ……好きな理由を選ぶと良い」
「な……!?」
「話を聞いている限り、お前は俺が『気付いていることに気付いていた』のだろう──にも関わらず、のこのことイズナに同行してきた俺に、罠が仕掛けられている可能性を考えないとは……頭が足りていないようだ」
「き、さま……っ!」
今回の作戦は、百夜堂に出入りすることができる会長は盗聴器ぐらい仕掛けているだろうという発想から始まっている。
つまり、ほとんど最初からだ。
作戦を誤認させるために、百夜堂内の盗聴器に聞こえるようダミーの情報を流し、わざと俺が孤立して、元凶である会長の下まで誘拐される。
俺には尾行と、そして万が一のために発信機をつけておき、どこへ行こうと居場所が分かるようにしておいた。
ロイの尾行、及び魑魅一座雇い直しは失敗してしまったが、彼女なりに機転を利かせて拠点に潜入、破壊工作を任せることができた。
結果だけ見ると、ロイの成長に大きく貢献してくれたと言えよう。
会長を相手にここまでするのは些かやり過ぎだった気がしないでもないが、まあ結果論だ。
手を抜いて良かったとまで言うつもりはない。
まだ、事態は収束していないのだから。
「総員、構えろ──仕事の時間だ」
「ああ」
「はいっ!」
とは言え、ここから先、魑魅一座との戦闘について特別語ることはない。
お祭り委員会、修行部、イズナの力によって魑魅一座は滞りなく処理されて、会長は(やはり見せかけだった)眼帯を外して許しを乞い、許されることなくしっかりとシズコに殴り飛ばされたという結末だった。
宣言通り、元凶をボコボコにするという夢は叶ったらしい。
015
手続きを諸々片付けた翌日、俺たちは、最後のフィナーレである例の花火を見てから帰ることにした。
本来であれば神木展望台から見るのが望ましいとされているようだが、仕事の後にあの人混みの中階段を登るのは流石に老体には堪える。
よって、俺たちは最初の集合場所にも使った茶屋で花火を見ることで妥協したのだった。
外に備え付けている椅子に座り食べることのできる場所のため、花火も見れるだろうという魂胆だ。
ちなみに、妥協したのは俺たちではなくイズナである。俺が神木展望台に登ることが難しいことを知って、泣く泣く俺たちに付いてきたのだ。
……別に一人でも見に行けるだろう、とは流石に言わなかったが、そうも残念そうにされると罪悪感を覚える。
イズナ曰く、『風がないと煙が残って綺麗に見えなくなる』とのことだったが、それは展望台からも同じだろうし、より言えば今回の花火は火薬ではなくホログラムなので、その心配は無用だ。
そう伝えると、イズナは一転目を輝かせて、期待に満ちた表情で花火を大人しく待つ態勢に入った。
椅子に座って団子も普通に食していた。
…………まあ、機嫌が直ったのなら、それに越したことはない。
「あっ、始まりました!」
イズナの歓声に釣られて空を見れば。
あの恐ろしいまでに神聖な神木を背景に、花火が咲き誇っていた。
確かに──美しいものだ。
桜に花火の光が反射して、神木が更に神々しさを増しているようにさえ見える。
展望台から見ればさぞ美しく見えるのだろうが、まあ、こうして地の底から見る花火も悪くはないだろう。
空にある火は、誰も傷付けることのない火の花であるべきだ。
「えへへっ……主殿!」
そしてイズナは俺の方へ振り返った。
ロイはイズナの『主殿』呼びにかなり思うところがありそうだったが、彼女たちの間で何やら話し合いがあったらしく、その呼び方は許されたようだった。俺の知らないところで。
「イズナ、ここに宣言します! 先生は、主殿は、私の夢を応援してくださる方! これから先、イズナは主殿に忠誠を誓います!」
咲き誇る花火と神木を背景に、イズナは言った。
それは随分と情緒的な、ともすればロマンチックとさえ言えるような光景でさえあったが、しかし、どれだけ心揺さぶる景色での宣言であろうとも、俺としてはその言葉には異を唱えたくて仕方がなかった。
主、など。
俺の間違いの証でしかないと言うのに。
とは言え。
そう、とは言え、俺が『夢を否定する資格はない』と言ってしまった以上、表立って反対もできなかった。
仕方なく、俺は返事をする。
「……そうか」
「そうかじゃないが」
頬杖を突きながら、ロイが言った。
あからさまに不機嫌極まりない、不本意極まりないといった表情である。
……無理もなかろう。俺が今イズナに対して取っている態度と、今までロイに言い続けてきた言葉は見事に矛盾しているのだから。
「『主じゃない』って言わねーのかよ」
「……夢は、否定できん」
「あっそ」
明確に機嫌を損ねたことは分かったが、どうすればロイの機嫌を直すことができるか俺には分からなかった。
ユウカのようにデザートで機嫌を取ることも難しい。
急激に悪くなった空気を前に、空に咲き誇る花火が空虚な音に聞こえていそうなイズナを後目に、どうしたものかと思考を巡らせていると、ロイは頬杖を突いたまま、俺に言う。
「……そういえば、私がなんであんたの猟犬になろうとしてるか、言ったことあったっけ?」
「……いや」
聞くつもりもなかったというのが正直なところだが。
どれだけ彼女が願い望もうと、そうさせるつもりはなかったのだが。
そんな俺の個人的な感情が多分に含まれた重い返事を聞いて、ロイは想像通りだとでも言うように苦笑した。
「安心しろ。別に人形になるつもりはねーよ」
まるでイズナとの会話を聞いていたかのように、ロイは言う。
機嫌は──何故か、既に直っているようだった。
いや、そもそも損ねてさえいなかったのかもしれない。
「ウォルター。あんたは誰も助けてない、助けられないって思ってるだろ。今も。でも私は、ウォルターが助けてくれたからここにいる」
「それは──」
「どうせ否定するんだろ?
「…………」
俺の沈黙に、花火を流し見るようにして、ロイは笑った。
勝ちを確信した笑みだった。
「だから、私が証明し続けてやる。あんたが分かるまで。私がウォルターの側にいる限り、ウォルターが助けた人間であることを」
──良い影響を受けたロイの言葉には、力がある。
「ウォルターの猟犬。それが私の夢だ」
「…………」
「子どもの夢は否定しないんだよな?」
……良い影響、か。
一体全体、誰の影響なのかは定かではないが。
全く──子どもの成長は大人の想像を容易く超える。
「……そうだな」
そう──だな。
ならば俺も、覚悟を決める必要があるのかもしれない。
この世界で生きるのであれば──火を、本物に継ぐまで生き続けるのであれば。
過去に向き合う必要が、あるのかも、しれない。
猟犬の記憶に。
「……ロイ、イズナ」
「ん?」
「は、はい!?」
俺の呼び掛けに、ロイはそのまま答え、イズナはこの気まずい空気の中自分の名前が呼ばれるとは思っていなかったらしい、少し慌てた様子で答えた。
「……お前たちの夢を、俺は否定しない。できない。だが──」
俺は続ける。
いつかこの猟犬が、狐が、渡鴉になることを願って。
「約束しろ。これから先、何らかの岐路に立たされた時。お前たちが、お前たち自身の意志で選択することを」
未来は、お前たちが決めるのだと。
何があっても。
何が──起ころうとも。
「……分かった。約束する」
「あ、主殿がそう仰るのであれば……」
「……それで良い」
真意が伝わったかどうかは定かではないが、取り敢えず二人から返事があったことを確認して、俺は頷いた──と同時、花火もまた終わってしまった。
呆気なく。
こんな話を最後に終わってしまって、折角の祭りの締めがこれで良いのだろうか。
……良くはないだろう。
だが、どうしようもできない。
若干の名残惜しさは感じるが、しかし花火の終わり、祭りの終わりを俺の力でどうとすることもできないので、俺は会計をするために立ち上がった。
その時である。
「──姉御!」
「げほっ!?」
道路から唐突に、少女の集団──法被姿の少女の一人が、座って茶を飲んでいたロイに『姉御』と呼び掛けたのだ。
聞き間違い、人違いかと思ったが、明らかに少女の視線はロイを見つめている。ここまで凝視して人違いだったとは考えにくい。
今すぐにでもロイに事情を訊きたいところだったが、茶が咽せて咳き込んでいるので、代わりに少女へ問う。
「……お前たち、今何と言った? いや、それよりも──」
と、そこまで言いかけて、ようやく俺は気付く。少女たちの姿格好は、天狗の面こそ着けていないが、その法被姿は紛れもなく魑魅一座のものである。
修行部が後始末をしたと聞いていたが……まだ残党がいたのか?
いや、服装こそは確かにそのままだが、明らかに雰囲気がおかしい。
……そういえば、潜入の際、魑魅一座の服装と天狗の面はロイが自分で調達したはずだ──とすると、この少女たちは、まさか。
「ロイの姉御! 私たちも一緒に連れてってください! それともあの言葉は嘘だったんですか!?」
「え、あ、いや……嘘、じゃないけど……あれは私が勢いのままに言った言葉っていうか……まだ許可を貰ってないっていうか……」
少女の剣幕に、ロイはしどろもどろである。先程まで俺を責めていたとはとても思えない。
唐突に現れた存在にイズナも目を回しているので、この事態を収集できるのは俺だけのようだった。
仕方なく、俺は少女に事情を訊く。
「すまない、ロイの保護者だが……何があった」
「あっ、あなたが姉御の言っていたお頭ですか?」
「……せめて先生と呼べ」
驚くべきことに、驚天動地なことに、俺が「先生と呼べ」などと言ったのはこれが初めてだった。
これが最後であることを願いたい。
彼女は続ける。
「姉御は私たちに言ってくれたんです! 『私が、お前たちの意味を一緒に探してやる』って!」
「……………………」
思わずロイに目をやると、顔を真っ赤にしたロイの視線は明後日を向いていた。
なるほど。
本当にロイは影響を受けやすいらしい。
今回の場合は、俺の悪い影響を。
「……ウォルター」
ロイの、花火が上がっていたら絶対に聞こえないであろうか細い声を聞いて、俺は溜息を吐く。
取り敢えず。
シャーレの人手不足については、どうやら目処が立ちそうだった。
お久しぶりです。
イズナとの会話が結構手間取ったり、足したり引いたり、描写のバランスが分からなくなったり、ウォルターの解釈が不安になったりで凄い時間かかってしまいました。申し訳ありません。
お待ち頂いた分、楽しんで読んでもらえたのであれば幸いです。
アビドス3章、あまりにも物語の根幹で結構ビビってます。ウォルター先生で話が通らなくなった時、この小説は消滅するのでご了承ください。
まあ、仮に筋が通っていてもアリス問題が解決していないんですが……なので次の投稿はその問題が私の中で解決するまでお待ちください……。