ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 負の遺産、その一端。


閑話:黒服の憂慮。

 001

 

「へー、リン行政官仕事なんですね」

「ええ、緊急のね。だから、代わりに私たちがやることにしたわ」

「そうですか。頑張ってください」

「貴女もやるのよ」

「有料でーす」

 

 とある日。

 具体的な時系列を語るのであれば、ウォルターが桜花祭の事件を解決した一週間後のこと。

 連邦生徒会、財務室。

 その財務室室長である扇喜(おき)アオイと、その室長が直々に持ってきた書類の束を躊躇なく突っぱねたのは、同じく財務室所属の相場(あいば)メニだった。

 

「……仕事よ」

「だから有料ですって。どう見ても給金の割りに合いませんよ、その量」

「仕事よ」

「……はー、嫌だなあ。これだから嫌なんですよ、財務室の仕事。あー先生から都合良く連絡こないかなー」

 

 ぐったりと背もたれにもたれかかるようにして、天井を見上げる際に揺れた金色のショートカット。

 取り出したスマホの画面を追う金色の眼。

 彼女の人となりを知る人間からしてみれば、これほど彼女に適した見た目はないだろうと断言するに違いない。

 つまり彼女──相場メニは、守銭奴である。

 

「今からでも傭兵になれないもんですかねー」

「防衛室長が黙ってないでしょう。貴女、ヘリの要請何回も蹴っているから」

「私の操縦はタダじゃありませんからね。ちゃんと見合った額を払う人にしか言うことを聞いてくれません」

「貴女の裁量次第じゃない」

「その点ウォルター先生はちゃんと色を付けて払ってくれますからね。仕事のしがいがあります」

「…………」

 

 愚痴るようにメニが語った内容は、アオイの書類仕事を止めるに値するものだったらしい。動かし始めていたペンを置いて、アオイはメニをじっと見た。

 

「……何ですか、室長。そんな目で見ても手伝いませんよ」

「手伝いなさい、仕事なんだから……じゃなくて。貴女が誰かに肩入れするのは珍しいと思って」

「肩入れってほどじゃありません。ただ、良い人だと思いますよ。良い人って言うか、お人好しでしょうか」

「……お人好し、ね」

「裏がないわけじゃなさそうですが、まあそんなの、人間誰しもそうですからね。そもそも死にかけのヘルメット団を拾って面倒を見るあたり、普通に善人だと思いますよ」

「…………」

 

 アオイはまだ先生と呼ばれている人物を写真でしか見たことがなく、人となりまでは詳しく知らない。ただ、彼がアビドスの一件に続き、百鬼夜行での事件を解決したことは既に耳にしていた。

 善人。

 とても写真からはそう見えなかったけれど、とアオイはやや失礼なことを思いつつ、それでも、不良を更生させているらしい先生とやらが見た目から判断できる人物ではないとは感じていた。

 少なくとも、金銭以外でまともに動かないメニが誰かのことを『善人』と表現するのはほとんどないことを踏まえると、一考の余地はあった。

 この場合、メニにとっての善人が『お金をくれる人』である可能性は考慮しないものとして。

 

「ま、連邦生徒会長の代わりとしては、十分なんじゃないですか。これを機にあの人探すの諦めません?」

「──……聞き流しておいてあげるわ」

「聞き流さないでくださいよ。真面目な話です」

 

 メニはもたれ掛かった姿勢を戻して、アオイに向き直る。

 金色の双眸が、アオイの眼を見透かすように見つめていた。

 

「実際問題、連邦生徒会長を見つけてどうするつもりなんでしょうね?」

「……どう、って。それはもちろん、連れ戻して今の現状を何とか──」

「失踪。行方不明。そう聞くと一大事のように聞こえますけど……『ただいなくなっただけ』だとは思いませんか?」

 

 アオイのことを真っ直ぐに見つめつつ、メニは言う。

 その目には、そして声には、何の感情も込められないまま。

 

「元々思ってましたけど。普通に、あの人に頼り過ぎたんじゃないですか? だから誰にも言わずに姿を眩ませた。どれだけ完璧超人だなんて言われても、でも、やっぱり人であることに違いはないんですから──そうは思いませんか?」

 

 口調こそ疑問符がついていても、メニはアオイに同意を求めてはいなかった。

 確認作業のように、ただ語る。

 

「私みたいな人間以外、ほとんど使って調査に駆り出させてまで、彼女を探す意味はあるんですかね。そして仮に見つけたとして、『貴女がいなくなったことで犯罪率が跳ね上がりました、何とかしてください』って頼むんでしょうか」

「──それ以上リン先輩を悪く言わないで」

 

 メニの言葉が逆鱗に触れたのだろう。アオイの剣呑な目が、おどけるようにしていたメニを睨み返した。

 しかし、そんな今にも銃を抜きそうなアオイの視線を受けても、メニは肩をすくめるだけで怯みさえしない。

 ただただつまらなさそうに、愚痴るだけだ。

 

「……誰もリン行政官の話とは言っていませんが、まあ、否定はしません。ただ、もしも行政官がキヴォトスの混乱を収めるために連邦生徒会長を探しているのなら、それは室長が止めた方が良いと思います」

「……止めるって……そんなの、できるはずがないでしょう」

「リン行政官が連邦生徒会長に『探してほしくなかった、二度と会いたくない』なんて言われるよりは良いと思いますけどね」

「……あまり、憶測でものを語るべきではないわ」

「私の考えを『そんなはずがない』というのも憶測だとは思いますが……まあ、そうです。ただの当てずっぽうで、何の根拠もない話ですね」

 

 だからこの話は終わりです。

 そう言って、メニは再びスマホに目を戻した。

 本当に仕事を手伝う気はないらしい。

 

「……リン行政官のこと、随分と嫌っているのね」

「む、勘違いしないでください、別に嫌いじゃありません。私は、『友達を見つけるのに協力してください』って言ってくれた方が、手伝いたくなるってだけですよ」

 

 額次第ですけどね、とメニは付け加えた。

 どう考えても言わない方が良い注釈だった。相場メニの悪癖である。言いたいことは言うし、言わなくても良いことを言い、そのくせ、言うべきことを言わなかったりするので、尚のことタチが悪い。

 

「……なんでこんな子が連邦生徒会なのかしら」

 

 こうも言うことを聞かない、金銭以外でまるで聞き分けのない、全く可愛げのない部下に、アオイは『自分はもしかしたらリンにとって、とても良い後輩なのかもしれない』と思った。

 少なくとも、目の前の部下よりは。

 

「あはっ」

 

 そして、スマホを見ていたメニが、唐突に笑う。

 今までのつまらなさそうな顔から一転、その無駄に輝かしい金色の髪と目が、揺れる。

 

「ごめんなさい、室長。仕事が入りました」

「……勤務中よ」

「仕方ないじゃないですか、仕事ですし」

「これも仕事よ」

「それは室長が勝手に持ってきた仕事じゃないですか」

 

 アオイはこれ以上言い合っても無駄だと悟って溜息を吐いたが、その見るからに不満そうなアオイへ向けて、メニはにっこりと笑った。

 綺麗な、それでいて確実に営業スマイルだと分かる笑みで。

 

「安心してください。私の今日の分と──特大サービスで他の人の仕事も粗方終わらせてあります。あとは室長の確認が必要なものと、室長が持ってきた仕事だけです」

「…………貴女のそういうところ、本当に嫌いだわ」

「あははっ」

 

 けらけらと笑って、そしてメニはスマホの画面を見せる。

 とは言え、アオイが見えるように見せたのではなく、単純に画面をこちらに向けただけなので、アオイにはその詳細は分からない。

 ただし、その依頼人が誰なのかは送信先を見ることで辛うじて把握できた。

 そしてアオイが把握すると同時に、メニは

 

「この仕事は、先生からですよ」

 

 と、言った。

 明らかに弾んだ声だった。

 

「それじゃ、行ってきます。お土産話期待しといてください」

「……そんなに大きな仕事?」

「ええ」

 

 返事をしながらメニは立ち上がって、口元を歪ませる。

 心底楽しそうに笑う彼女の金色の眼は、黄金のように輝いていた。

 

「砂漠の蛇退治、だそうですよ」

 

 002

 

 百鬼夜行の仕事が終わり、元魑魅一座をシャーレに受け入れ、どうにか十数人の生活基盤が整った直後のこと。

 久しぶりに、そして珍しく、連邦生徒会首席行政官である七神リンから仕事の依頼があった。

 基本的に彼女がシャーレに直接依頼することは稀である──キヴォトスにおいて解決してほしいことは数あれど、その優先順位や方法は俺に任せられているからだ。

 しかしその日、リンは俺に対して正式に依頼を下した。

 行政官という立場を利用した『お願い』を。

 

 ──先生は、生徒会長から直々にご指名された方ですから。

 

 ──このくらいの業務、難なくこなせますよね?

 

 断らせるつもりのない強い語調から察するに、相当ストレスが溜まっていると見える。

 彼女の目元にある、化粧で隠しきれていない隈からも分かるが、徹夜続きでかなり精神が摩耗しているのだろう。俺もアビドスでかなりの無茶振りをした手前、後ろめたさを感じざるを得ない。

 もっとも、そういった事情がなかったとしても、俺に断るつもりはなかったのだが。

 何せ、これは実質的にアビドス高校──ホシノからの依頼に等しいものなのだ。ロイたちがアビドスに所属している以上、今回の一件は他人事ではない。

 そして実のところ、俺はリンから依頼される前にホシノから情報提供を受けていた──アビドス郊外で発生した『異常』について、既におおよその事情は掴んでいる。

 ホシノによると、アビドス郊外の砂漠で正体不明の巨大兵器が暴れているとのこと。

 砂漠に突如出現した、鯨のような──蛇のような、なんとも形容し難い生物を模した機械兵器なのだと。

 巨大、と表現するだけあって、ホシノから送られてきた映像を見る限りでは、全長百メートルはゆうに超えている。そしてこれはあくまでも映像からの目算なので、実際は更に大きいだろう。

 現在、その巨大兵器は砂漠を回遊するように──まるで泳ぐように移動しており、その際に発する振動やエネルギーは並大抵のものではないことが窺えた。

 万が一市街地まであの兵器が来た場合、移動エネルギーだけで街が壊滅しかねない。

 現在は郊外の砂漠を移動しているため、直接的な被害は出ていないようだが……これから市街地に向かわないという保証もない。

 ……砂漠を這う蛇、あるいは砂の海を泳ぐ鯨か。

 そこまで来ると、俺はどうしても『IA-02』──アイスワームを連想してしまう。

 見た目こそ違えど、動きといい大きさといい、何かと共通点は多いのだ。

 中央氷原の地盤を砕きながら移動するアイスワームほどの力は流石にないにしても、アビドス砂漠を泳ぐあの兵器が市街地で同じような挙動をした場合、一体どれだけの被害が出るか、想像は容易い。

 アイスワームが移動するだけであっという間に(なら)されてしまったバートラム旧宇宙港のような光景が、アビドスの市街地で再現されることになるだろう。

 あれが蛇であれ、鯨であれ、ミミズであれ──何にせよ、掘削機能は搭載されているに違いないのだから。

 砂漠しか泳いでいないからと言って、地盤を砕けないと考えるのは楽観が過ぎる。

 最悪は考えておくべきだ。

 唯一の救いは、アイスワームよりは遥かに小型であるという点だが……ACの無い世界では気休めに過ぎんか。

 

『今の状況はこんな感じかな〜』

 

 電話口の向こうで、間延びした口調ではあるが、内心穏やかではなさそうにホシノは言った。

 いくら百戦錬磨のアビドスと言えど、ビルよりも巨大な兵器を相手に立ち回ったことはないらしい。

 

「……ホシノ。お前──お前たちは、あの兵器について知っていることはあるか。些細なことでも良い」

 

 取り敢えず、いつまでもあれを『巨大兵器』と呼ぶわけにもいかないので、俺はホシノに情報を求めた。

 どんなに小さな情報でも、手探り状態の俺からすれば値千金の情報となり得る。

 

『……うーん、知ってるってほどの情報はないかなあ。アビドス砂漠に眠る機械怪獣、みたいな都市伝説はあるけどね。アビドスでは割と昔から噂されてた話だけど……いや〜、実際に見たのは初めてだよ』

 

 ……そう言えば、リンも似たようなことを言っていたな。

 質の悪いデマに過ぎなかった噂がいつの間にか実体化し、キヴォトスに現れて、果てには実被害までも出しつつある、と。

 その成り立ちはまるで妖怪変化の類だが、ああも人工的な兵器を果たして妖怪変化と同じ括りに入れて良いものか判断に困る。

 

『ああでも、ノノミちゃんが言うにはネフティスには()()()()記録があったんだって。昔の記憶だから正確性は保証できないけど、鉄道建設現場には出没してたみたい』

「……ふむ」

 

 ネフティス──セイント・ネフティス。

 アビドス自治区発祥の企業であり、ノノミの実家である、らしい。

 確かに、今思い返してみれば、ノノミはゴールドカードを持っていたり、大人の俺も含めて奢ろうとしたりと、アビドス生徒にしては妙に経済的に余裕のある様子を見せていたが、どうやらお嬢様だったようだ。

 しかし、調べた限りでは確かネフティスはアビドスが傾いた原因──鉄道事業の大失敗によりアビドス内経済を破滅に導いた企業だったはずだが……その令嬢であるらしいノノミがアビドスに在校しているというのは、どういった経緯なのだろう。

 俺個人の感情としては、かなり不安を覚える状況だ。

 環境的にも、感情的にも。

 そのあたり、ホシノがどう考えているのか、どう受け入れたのかは不明だが……まあ、今の俺が考えることではない。

 俺は俺の仕事をしよう。

 ともあれ、その傾いた原因と言われるネフティスは大規模な鉄道開発事業の際、あの兵器に接触していたらしい。

 事実がどうかは知らないが、もしもあの兵器が鉄道事業の失敗に関わっていたとしたら、相当根の深い問題である。

 

「……だとすると、何故今になってあの兵器が出没したのか考える必要がある。ネフティスの鉄道事業は十数年前だ。その時期から目撃情報があり、それなりの接触があったのなら、何故今まで姿を見せなかった?」

『……まあ、それはアレでしょ。先生も薄々分かってるんじゃない?』

「…………」

 

 妙な信頼感を見せて言うホシノに対して、俺は沈黙を保つ。

 俺が色々と調べた上である程度結論を出していることを、どうやら彼女は見抜いているらしい。

 これも読心術と呼べるのかもしれんと、直近で関わったミモリを思い浮かべつつ俺は溜息を吐いた。

 そう──疑問を振っておきながら、俺に心当たりがないでもないのだ。

 何せその原因は、俺たちが作り出してしまったとも言えるのだから。

 

「……砂漠に駐屯していたカイザーPMCの兵力を俺たちが潰したことで奴が出てきた、と考えるのが自然だろう。状況的にあの兵器がカイザーの事業を邪魔をしていなかったとは考えにくい」

『だろうね。それっぽいことも言ってたし、間違いないと思うよ』

 

 ──数百両もの戦車、数百名もの選ばれし兵士たち。数百トンもの火薬に弾薬。

 

 ──あくまでこれは、どこかの集団に宝探しを妨害された時のためのもの。

 

 ──ただそれだけだ、君たちのために用意したものではない。

 

 カイザーPMC理事……いや、元理事か。

 奴の話を聞いた時、集団という言葉から、俺はてっきりカイザーの敵対勢力、あるいは競合企業のための武力だと想像したのだが、事実は随分と現実を飛躍したものだったらしい。

 まさか……砂漠に潜む巨大兵器のためだとはな。

 元理事のカモフラージュも大したものだ──もっとも、事実を告げられたところで信じたかどうかも怪しいので、そういう意味では、奴の言葉は誠実とも言える。

 

『どうしよっか、先生。一応監視はしてるけど……実際に戦闘になった時、勝てると思う?』

「……勝つ作戦を立てるのが俺の仕事だ。ホシノ、お前は少し休め」

『…………』

 

 俺は、どうせあの兵器が見つかってからホシノは一睡もせずに監視しているのだろうという勘に従って休みを提言すると、彼女は押し黙った。

 俺の言わんとしたことが伝わったらしい。

 そして特に反論してこない辺り、どうやら図星のようだ。

 

『……うへ〜、鋭いなあ先生。それなりに隠してるつもりだったけど』

 

 おじさん心読まれてそうで怖いな、と冗談めかしてホシノは言う。

 ……それはこちらの台詞だと、心底思った。

 大体これは、読心術でも、観察でも、勘でもない──俺ならばそうするという、確固たる経験則に基づいた推測だ。

 ……状況的に仕方がないとは言え、できれば外れて欲しい推測だったが。

 

『それじゃ、少しだけ休むよ。その間、先生がどうにかしてくれるんだよね?』

「……ああ。俺が奴を片付ける算段を立てる」

『……うへ、頼もしいね先生。それじゃ、目処が立ったらまた連絡ちょーだい』

 

 またね、と少しだけ柔らかくなった声を最後に通信が切れる。

 ……ホシノはああ言ったが、本当に休むかどうかは怪しいものだ。ノノミやシロコあたりに監視役として連絡するべきかもしれん。

 

「…………」

 

 一つ息を吐く。

 しかし、算段を立てると言ったものの、現状では情報が足りない。

 あの兵器が何なのか、何を目的にして稼働しているのか、まるで分かっていないのだ。

 唯一分かっている事実は、撃退が可能であること──少なくとも、カイザーが保有していた戦力があれば破壊はできなくとも追い払うことができることだけは証明されている。

 でなければ、カイザーPMC基地はとうの昔に破壊されていただろう。

 

「……とは言え」

 

 この世界にACはない。

 スタンニードルランチャーもなければ、オーバードレールキャノンもない。

 あの兵器の防御兵装がどれほどのものか分からないまま、俺は彼女たちに生身で戦うことを強要することになる。

 相変わらず。

 俺はルビコンと──変わらず。

 

 ──相変わらずだな、ハンドラー・ウォルター。

 

 ……とにかく今は情報が必要だ。

 カイザーなら交戦記録を保有しているだろうが、俺たちは数や物量で対応することはできない。奴らの戦いはあまり参考にならないだろう。

 実際、軽くアロナに忍び込んで貰ったが、あまり有益な情報は見受けられなかった──カイザーもあれの情報を詳しく知っているわけではないらしい。

 となれば、もう一つの本丸だ。

 カイザーPMCと関わりを持ち、およそ俺の知り得ない情報を握っているであろう、あの男。

 できれば今後関わりを持ちたくなかった、あの男に。

 

『何か、お困りのようですね? ウォルター先生』

「…………」

 

 新着メッセージ、一件。

 以前、俺を呼び出すために利用した匿名のメッセージ履歴が、唐突に更新される。

 ……どうやって知ったのか定かではないが、俺の『悩み』を察して、向こうから連絡を寄越してきたらしい。

 

 ──ゲマトリアは、貴方をずっと見ていますよ。

 

 こういった手合いの台詞は、大抵の場合は信用ならないが……できれば嘘であってほしい言葉に限って真実である可能性が非常に高い。

 個人的な感覚として、嫌悪感のベクトルがスッラと非常に似通っている。

 どちらも否定しそうだが、気持ち悪さという点ではほとんど同じだった。

 これらの要素から、本当に──本当に気が進まなかったが、俺が奴の寄越してきた番号に連絡すると、通話は1コールで接続された。

 …………多くは語るまい。

 

『これはこれは、ウォルター先生。貴方から連絡を頂けるとは。アビドスの一件以来──』

「御託はいい。条件は何だ」

『……ふむ』

 

 黒服──正体不明の組織、ゲマトリアの一員。

 第一声、奴は親しみを込めた態度で応答したが、挨拶をする間柄でもないため、俺は話を遮った。

 奴が俺に伝えたいであろう情報の対価次第では、この通話そのものが時間の無駄だ。

 そんな、今すぐにでも通話を切りたがっていることが如実に分かる態度の俺に、黒服は怒るでも、不機嫌になるでもなく、興味深そうに頷いた。

 そして先程の態度とは一転、奴は神妙な声で言う。

 

『貴方に、聞いてほしい話があります』

 

 それはどこか、俺を慮るような声のようにも聞こえた。

 

 003

 

「──遠い昔。キヴォトスの端、誰も足を踏み入れない旧都心のとある廃墟で、奇妙な研究が進められていました」

 

 そうして呼び出された俺が、指定された建物に入り(ご丁寧にD.U.地区内だった)、部屋を訪れて、扉を閉めた瞬間。

 黒服は挨拶も無しに、待ちかねていたかのように語り始めた。

 俺が先程挨拶を拒絶したことで反省したのかもしれない。

 どうでもいいが。

 

「神を研究し、その存在を証明できれば、その構造を分析し、再現できるだろう。すなわちこれは、新たな神を創り出す方法である……」

 

 そんな黒服の語りは、俺の冷めた反応とはお構いなしに進む。

 ……この反応は想定済みということか。

 黒服の語る話が何であれ、あの兵器とどんな繋がりがあるのか分からない以上、俺は黙って聞くしかないというのは事実である。

 しかし……神を創造するとは随分と大それた構想だ。

 

「……ええ。誰もが嘲笑う滑稽な仮説でしたが、そんな理論に興味を示した者たちがいたのです」

 

 俺の心情を理解するかのように黒服は首肯して、それでも、眼孔の炎を揺らしながら語る。

 

「それが──かつての『ゲマトリア』です」

「…………」

「『ゲマトリア』と呼ばれる者たちがその研究を支援し、莫大な資金と時間が費やされ、神の存在を証明するための超人工知能が作られたのです。神という存在に関する情報を収集、分析、研究し、それを証明する人工知能(AI)……対・絶対者自律型分析システムは、そうして稼働し始めました」

 

 ……ある意味、一種の冒涜にもなり得そうな話だ。

 俺は神など信じていないが、しかしそれが、禁忌に触れかねないものであることは理解できる。

 かつてのゲマトリアが、神を『AIで証明できるものである』と見做したと同義なのだから。

 

「……月日は流れ、都市は破壊され、研究所も水の底に沈みました。そのような研究が行われていたという事実すら忘れ去られるほどの時間が過ぎたにも関わらず──このAIは、己の任務を遂行し続けました」

 

 結局、その研究は未知の領域であり、そして決して踏み込んではならない領域だったのだろう。

 

「……そしてついに、AIの宣言が、廃墟に声高らかに鳴り響いたのです。『Q.E.D.』、と」

 

 人の手に負えない、人の手に余る研究。

 聞き覚えがあり過ぎて──身に覚えがあり過ぎる。

 

「………これは証明され、分析され、再現された新たなる神の到来です。『音にならない聖なる十の言葉』、と己を称する新たな神」

 

 人の手によって暴走した研究の末路。

 

「──DECAGRAMMATON(神名十文字)

 

 狂人たちによって生み出された、負の遺産。

 

「彼の者はまた、己の神命を予言する10人の預言者と接触し神聖な道である『パス(Path)』を拓きました。これぞまさに、新たな『天路歴程(てんろれきてい)』」

 

 罪人たちの業。

 

「これは本当の神なのでしょうか? ……ああ、私にはわかりません。そのようなことは、実際のところどうでもいいのです」

「…………」

「ただ、彼の者自身の神性を証明する過程であるそれは、間違いなく真理の摂理に至る道、『セフィラ(SEPHIRA)』と呼んでも、遜色はないでしょう」

 

 どの世界でも、碌でもない物は残っているらしい。

 世界を破綻させかねない、誰も知るべきではない物が。

 ……いや、構わない。

 今更、一つや二つ、背負うものが増えたとて変わるまい。

 

「……先生。あなたがこれから遭遇する預言者は、セフィラの最上位に位置する、天上の三角形の一角。そのパスは理解を通じた結合。『違いを痛感する静観の理解者』の異名を持ちます」

 

 黒服は語る。

 つまりそれが──砂漠を泳ぐ、あの巨大兵器の成り立ちのようだった。

 

「それは──『ビナー(Binah)』です」

 

 ……ビナー、か。

 妖怪変化らしからぬ大層な名前だが、まあ、サンドワームなどと名付けられなかっただけマシだろう。

 

「……ウォルター先生。デカグラマトンの預言者を相手に、あなたのいる『シャーレ』はどこまで耐えられるでしょう? あなたが積み重ねてきたその繋がりの力が、果たして新たな神の前でどれだけの意味を持てるでしょう? あの少女たちの神秘は、新たな神の神秘に比肩しうるでしょうか?」

「……所詮は、罪人たちの遺産に過ぎん」

「ほう?」

 

 黒服の問いに、俺は端的に答えた。

 奴の話を聞いた上での感想である──それ以上でも、それ以下でもない。

 結局、狂人が作り出し、そして責任を持って処分しきれなかった負の遺産でしかないのだ。

 今を生きる人間にとって、害をなす物でしかない。

 ならばそれを処分するのは俺の仕事だろう。

 ルビコンと変わらない──俺の使命だ。

 

「過去に囚われた遺産が、あいつらに敵うことはない」

 

 俺が、621に敵うことなどなかったように。

 過去が未来を越えることは、ない。

 

「…………」

 

 俺の言葉にしばらく沈黙してから、黒服は、

 

「『大人のカード』は、人生を、時間を代価として得られる力……その根源も限界も、私たちですら把握できない不可解なものです」

 

 と、言った。

 

「…………?」

 

 今の話とはまるで繋がりのない、俺が持っていないであろう『大人のカード』について唐突に語り始めた黒服に、首を傾げざるを得ない。

 そして聞けば聞くほど、やはりクレジットカードの比喩としか思えない言い回しだが……黒服は一体何を伝えようとしているのだろうか。

 相手がスネイルならただの嫌がらせだと判断できたのだが、黒服が相手となるとそうも考えにくい。

 冗長な言い回しをする奴ではあるが、相手を不快にさせるためだけに行動する性格ではないのだ。

 ならば何故。

 急に奴は『大人のカード』についての情報を、俺に与えたのだろう。

 

「そして同様に、『契約』はこのキヴォトスにおいて、ほとんどの場合儀式的な意味合いを持ちます。……あなたの契約は、一体『誰』と契約したものなのでしょう」

「…………」

 

 質問。

 疑問。

 言葉尻を捉えれば俺に訊いているようだったが、恐らく、事実は違う。

 あれは──忠告のようだと、俺はそう判断した。

 

「……先生、あなたは神を目の当たりにしたことがありますか?」

「無い。……俺には不要なものだ」

 

 罪も罰も。

 俺が、俺自身で背負ったものなのだから。

 いなくて、いい。

 

「……そうですか。しかし今回は──あなたの知っているそれとは、少し違うと思いますよ」













 ※この後ヒナとホシノがビナーを追い払った。

 デカグラマトンの解釈難し過ぎる……情報も多いし……。
 なんか見逃しあったら言ってください。
 冒頭のメニの話、というか連邦生徒会の話はマシュマロから生まれた話ですが、いかがだったでしょうか……メニというほんとちょっとしか出ていないオリキャラを当然のように出して、しかも三人称と一人称を一話の中で合わせちゃったせいで結構読みづらくなってるかもしれません。
 申し訳ない。
 さて、更新するものがなくなったので、次の更新からはメインVol.2になると思います。いつになるかは分かりませんが。
 万が一、AC6のアプデでifストーリーが追加されてウォルターに救いがもたらされた場合は……どうしようね……。
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