ハンドラー・ウォルター先生概念。 作:ヤマ
彼女の日常。
彼女にとっての青春。
001
「──って感じだったなあ、百鬼夜行は」
「ふぅん……結構大変だったのね」
百鬼夜行連合学園から戻り、二日後。
私はいつものようにアビドスでホシノ先輩の特訓を受けた後、ふらふらになった身体で柴関ラーメンの屋台まで歩き、バイト中のセリカと駄弁っていた。
お客さんはいない。
閑古鳥ってわけじゃなく、単に忙しい時間じゃないってだけだ。
夕方の三時である。
おやつの時間にラーメンを食べる奴もそういないだろう。
「それにしても……本当に凄い服装ね、百鬼夜行の人たちは。伝統衣装かもしれないけど、これは結構恥ずかしいというか……」
私がスマホで撮った写真を見ながら、セリカは言葉を濁した。
たぶん、主に修行部の人たちの服装を見ているのだろう、顔を引き攣らせている。
まあ露出凄いからな、あの服。ミモリさんはともかく、ツバキさんやカエデの露出は見ていて不安になるくらいだ。
風邪引きそう。
「逆に伝統衣装だから着れるんじゃないか? ある意味神聖だろ」
「うーん……そう、なのかな……確かに高そうな衣装だし、美しさ?みたいなものを引き立たせる衣装だと思えば着れるのかも……」
疑問符を浮かべながらも、百鬼夜行の伝統という脚色によって、セリカの中では『由緒正しい歴史のある服装』に変換され始めたらしい。
……私だって詳しくないんだから、簡単に鵜呑みにするなよ。
本当に心配になる。
未だ詐欺に引っかかりそうになっている話をしばしば聞くので、少しは人を疑えよと思わなくもないが、その純粋さや真っ直ぐなところに救われた身からすると、何も言えなくなるのもまた事実だった。
アビドスのみんなもセリカのこういうところを可愛がってるのかもな。
「でも……」
「でも?」
「なんか、アコさんがチラつく」
「やっぱりか。私だけじゃなくて安心したよ」
百鬼夜行の衣装──陰陽部や修行部が着ている由緒正しいその衣装の側面は、これ以上なく大きく開いているのだ。
開いている、というか、無い。
胸の側面や脇が見えるような衣装である。
そんな服を──それと同じように胸の側面が見える服を常日頃から着ている人間が、何故か百鬼夜行以外にもいるのだった。
「失礼なことを言いますね、私の服は私が選んだもので、百鬼夜行の真似をしてるわけではないんですよ!?」
少し離れたところから、店の経理作業を終わらせたらしいアコさんが、私の側まで歩いてきた。
憤慨している。
改造した柴関ラーメンの制服──胸の側面が大きく開いた、百鬼夜行連合学園さながらの衣装を身に纏いながら。
「じゃあ尚のこと変じゃん」
「この機能美のどこが変なんですか!」
「…………」
全部。
とか言ってしまうと間違いなく話がややこしくなるので、私は沈黙を貫いた。
百鬼夜行出身ならともかく、ゲヘナの行政官である彼女がそれに近い格好をしていることに納得のいく説明は未だされていない。
示談の条件であるとは言え、行政官という忙しい身でありながら、自らちゃんと柴関ラーメンでバイトを続ける勤勉さや真面目さはあるのに、どうして服装だけがこうもバグっているのだろう。
「あなたたちには分からないと思いますが、肌と肌が密着すると蒸れるんです。これは仕方なく開けているだけですから」
「開いてるの側面なんだけど」
「前を開けたら谷間が見えて品がないでしょう!?」
説明を追加されたものの、やっぱり意味が分からない。
アコさんの価値観が謎だ。
「まあ? 胸の薄い人たちにこの苦労は分かりませんよね」
「ヒナさんに報告しとくね」
「話し合いませんか?」
変わり身が早過ぎるだろ。
自身の失言を即座に取り消そうとする判断力は確かなのに、それを言わない判断をする理性が追い付いていない。
ヒナさんが自身の体が小さいことを気にしていることくらい、私でさえ気付くようなことを知らないはずがないだろうに。
ちなみに私自身は
「……ウォルターにそういうとこ、注意されてないの?」
「うぐ……」
私が少し真面目になって訊くと、アコさんは目を逸らした。
反応からして、やっぱり既に言われたことがあるらしい。
ウォルターにしては珍しく、かつてはアコさんの服装にも苦言を呈したらしいので、彼女からしたら耳の痛い話ではあるのだろう。
「いえ、それでも、服装に関しては一応先生から『悪かった』と謝罪を受け取りましたし、他の学園の伝統衣装に取り入れられている要素を含んだ私のファッションセンスは間違っていないはずです」
「物は言いようだな……」
口の上手さは流石である。
服装はともかく、こういうところは素直に真似していきたい。
……実際、アコさんは真面目で優しい人だとは思うんだよな。年上なのに、私が敬語苦手だと知ったら「使わなくて良い」って言ってくれたし。
言動の出力がアンバランスなだけで、強い口調の割には親しみやすさがある。
「良いですか、絶対、絶対に委員長には言わないでくださいね!? そんなつもりで言ったわけじゃありませんから!」
「はいはい……」
この一週間後、協力してビナーと戦うはめになるとは想像だにしていない私たちの会話だった。
本当、ここに私たち以外いなくて良かったな。
柴大将は喋ったりする人じゃないし、アコさんの失言は闇に葬られることだろう。
「やってるかな、大将」
「いらっしゃい、好きに座ってくれ! アコちゃん、注文頼むよ!」
「あっ、はい! 良いですか、絶対言わないでくださいね! 約束ですよ!」
「分かったって」
談笑もそこそこに。
普通にラーメンを食べる人たちが訪れ始めたので、スマホの時計を見ると、いつの間にか四時になっていた。
食べる人は来る、ぐらいの時間帯である。
「セリカ、私はそろそろ戻るよ。いくらだっけ……」
「えっとね──」
人が増え始める前には撤退しようと、私はセリカに会計を頼んだ。セリカたちと駄弁ってはいたが、流石にタダで居座るわけにもいかないと大将に炒飯と飲み物を頼んでいたのだ。
「ねえ、ロイ」
「うん?」
相変わらずの良心的な値段に儲けが出ているのか不安になりつつお金を渡すと、セリカがどこか神妙な面持ちで私に声をかける。
改まって、というか。
やや不満気な顔で、セリカは言う。
「いつになったら奢らせてくれるのよ」
「……まだ気にしてるのか、それ。別に、タイミングが無いだけだって。そんな焦ることないだろ」
「でも……」
引き下がらないセリカを見て、律儀だなあ、と思う。
たぶんセリカは、ホシノ先輩を助けに行った時に約束したことを果たそうとしているのだろう。
ラーメンを食べに行く、という約束。
既に食べには来ているので、約束は果たされたと思っていたんだけれど、どうやらセリカは奢って初めてその恩が返せると思っているらしい。
私は既に、恩なんていくらでも返して貰っているのに。
むしろこっちが返さなきゃいけないくらいだってのに。
「良いんだよ、これで。
その約束があれば、私はここに居続けて良いような気がするから。
ここに居て良い理由で、ここに来て良い理由になるから。
勿論、こんな思いは杞憂で、アビドスのみんなは私たちを見捨てたりはしないだろうし、万が一そうなったとしてもウォルターは側に居続けてくれるだろう。
でも。
居場所をもう一度失うかもしれないと思うと、どうしたって怖い。
別の場所に居場所があっても、一度手に入れたものがなくなるのは不安でしょうがないのだ。
「……そんなのがなくたって、ここはロイの居場所なのに」
「……そう言うと思ったよ」
セリカの言葉に、自然と笑みが溢れる。
無意識で人を元気付けるような台詞を言えるところ、本当に憧れる。
いつかセリカみたいに私も自然と誰かの救いになれたら良いな、なんて不相応な願いを抱えていることを、きっと彼女は知らない。
友達で、身近な目標。
言葉では表現しにくいが、ホシノ先輩とは違う方向での羨望。
強さではなく、人としての。
「まあ、その貸しは私を安心させるためだと思って、しばらく持っててほしいな。いつか必ず、貰うからさ」
「…………分かった」
渋々、セリカは頷いた。
本当に優しい奴だ。
「絶対、約束だからね! あちこち行くのは良いけど、ちゃんと帰って来なさいよ!」
「うん、約束する」
アビドスのみんなみたいに。
セリカみたいに。
私も──いつかは。
かつてマシュマロでお題を募集した際に、「アコがバイトしてる話がみたい」「ロイとセリカのやりとりがみたい」というものを頂いたので、形にしました。
更にイラストをイラストレーター様に依頼してくださった方までいらっしゃったので、これはもう書くしかないだろうということで、ハーメルンに投稿しました。
アコのバイト中の様子→https://syosetu.org/?mode=img_view&uid=10605&imgid=211605
その写真を見ているシャーレでの様子→https://syosetu.org/?mode=img_view&uid=10605&imgid=211606
細かいところまで描かれてて凄い……(お絵描きを挫折した人間の感想)
お題を下さった方、依頼してくださったADMIRAL様、描き上げてくださったよもやまサンド様にこの場を借りて感謝を申し上げます。
ありがとうございました。