ハンドラー・ウォルター先生概念。 作:ヤマ
非合理的な、不必要な要求。
005
主犯の少女二人はそう名乗った。
そして、どうやら彼女たちこそが、俺に手紙を出したゲーム開発部のメンバーであるらしい。
……まあ、リオから話を聞いている上に、事前に調べているのである程度知ってはいたのだが、しかし、知っていても驚くことはある。
双子の姉妹であるとは聞いていたが……こうも似ているとはな。
二人の容姿は瓜二つであり、瞳の色や服の色以外では見分けがつかない──服を入れ替えられたら大抵の人間は気付かないのではないかと思うほどだ。
ちなみに、桃色の服を着ている方がモモイで、緑色の服を着ている方がミドリである。
「大変申し訳ありませんでした……」
取り敢えず。
高所から精密機械を落下させた罪で、モモイとミドリはユウカに正座させられていた。
先程は『プライステーション』なる機器が破損したことで項垂れていた二人だが、今は別の意味で項垂れている。
「……それで、何があったんですか?」
二人を厳重に正座させ、俺たちにしっかりと謝罪させた上で、ユウカは顔をこちらに向けて訊いた。
「何があったと言われてもな。この通りだ」
「いや、その経緯が知りたいんですけど……」
質問に対して正直に答えたものの、どうやらそれは彼女を満足させるに至らなかったらしい。
しかし、俺としてもこれ以上言えることはない──その経緯でさえ、急に上から精密機械が降ってきた、としか言いようがないのだから。
「お爺ちゃん、あれは精密機械じゃなくてゲーム機で──あだぁ!?」
「お爺ちゃんじゃなくて先生って呼びなさい! 失礼でしょ!」
「だからってぶつことないじゃん!?」
正座しているモモイが俺を『お爺ちゃん』と呼んだ瞬間、ユウカがその頭部へ拳骨を落とした。
容赦がない。
しかしリアクションの割に大したダメージはなかったらしく、頭部を押さえながら少女はすぐ抗議に移る。
「これ以上バカになっちゃったらどうするのさ!」
「バカである自覚はあったのね……」
「い、いや、今のは言葉の紐だよ!」
「綾でしょ」
……どうやら彼女たちのやり取りから察するに、悪い仲ではないようだ。以前、モモイについてユウカが語った時はやけに言いづらそうにしていたが、それは別に、気が合わないという意味ではなかったらしい。
少なくとも、リオとヒマリよりは良好な関係が築けている。
ユウカの面倒見の良さは、こういったところでも良い方向に働いているようだ。
そしてモモイの方は何と言うか……本当に年相応だな。
子どもとはかくあるべし、とまで言うつもりはないが、キヴォトスに訪れてからというもの、ここまで子どもらしい子どもを見ていなかったので、俺は安心するような気持ちにさえなった。
「……ユウカ、好きに呼ばせてやれ」
「ほらほらぁ〜お爺ちゃんもこう──あだぁ!?」
「……先生が良いなら、良いですけど」
「ノーリアクションで叩くのやめてよ!」
……まあ、一般的な子どもより、やや調子づきやすいようだが。
『……ミレニアムの代表として謝罪するわ、先生』
ここまでの一連の会話を、俺の通信とドローンの監視カメラで把握しているであろうリオは、溜息を吐きつつ言った。
何に対しての謝罪かは訊くまい。
「改めて謝罪します、先生……折角ミレニアムに来て頂いたのに、気分を害するような真似をしてしまって……あの、ロイちゃんも、ごめんね?」
リオの謝罪に続けて、というわけでは勿論ないだろうが、ユウカは再び俺に謝罪し──そして、その後ろにいるロイにも謝った。
平身低頭である。
彼女がここまで平謝りするのも珍しい。どうもユウカは、ロイの怒りに対して恐れのようなものを抱いているようだ。
何故そこまで気にかけているのかは不明だが……まあ、純粋に嫌われたくないという感情なのかもしれん。
「…………私は、別に……ってか、ユウカさんのせいじゃないし」
そんなユウカの謝罪を聞き、ロイは少し不機嫌そうに黙ったが、しかしその怒りをユウカに向けるのは筋違いだと判断したようで、誤魔化すように答えた。
ユウカのせいではない、という言い方は、裏を返せばモモイのせいであると言っているも同然なのだが……そこまでは求めまい。
むしろ俺は、ロイが自分の感情を抑えて平和的に受け答えたことを評価するべきだろう。
戦闘能力の著しい(やや異常な)向上に加え、会話能力も上がっている。
喜ばしい。
モチベーションが俺でさえなければ。
「……ミレニアムの謝罪を受け入れよう。そして、それ以上は気にするな。今回の件は事故であり、誰も被害なく終わった。そう処理しておく」
「感謝します、ウォルター先生……」
俺の言葉に、本当に安堵した様子で礼を言うユウカだった。
実のところ、俺は既にリオから謝罪を受けているので、彼女が何もしなくともこれ以上この話を引っ張るつもりはなかったのだが……それを知り得ないユウカは、今の状況に肝が冷えて仕方がなかったのだろう。
……相当苦労しているな。
「……なあ、ウォルター」
取り敢えず、ゲーム機落下事件については一区切りついたところで、ロイが俺の服の裾を引っ張ってから、小声で喋りかけてきた。
「どうした」
「……本当にいいのかよ。私と違って、あれがあんたに当たってたら危なかったんだぞ」
「構わん。悪意の有無ぐらいは分かる。ゲーム機が落ちてきたこと自体は確かに問題だが、そこに偶然俺がいただけだ。責める必要はない」
「だけど……」
最終的にはアロナが防いでいた、といった事実はロイに対してあまりに配慮が無いと言うべきなので、俺はなるべくそういった言葉は避けつつロイに説得を試みたが、あまり効果は芳しくない。
仕方なく、尚も引き下がろうとしない彼女に対して、俺は卑怯な手を使うことにした。
「……それに、以前には俺に発砲し、額に銃を突きつけた者もいる。それに比べれば可愛いものだ」
「は? 誰だ、そい──」
言いかけて、ロイは口を噤んだ。
どうやら、心当たりがあったらしい。
そう──この世界に来て、一番最初に俺の額へ銃口を突き付けたのは、紛れもなくロイなのである。
銃口を向けられたことはキヴォトスに訪れて数あれど、額にまで突き付けられた経験はあれが初めてだ。
そして、それ以降は今のところない。
つまり、命の危険という意味では、あれ以上のものはないということだ。
「…………その節はスミマセンデシタ」
ゲーム機よりも自分の方が俺の命を奪う可能性の高い真似をしていたという気まずさからか、片言の口調で謝罪するロイだった。
しかし、先程も言ったように、これは紛れもなく卑怯な手である。
彼女の良心につけ込んでいるようなものだ。
何せ、今回の件と比較するには状況が違い過ぎる上に、大前提として、あの時のロイの行動は責められるものではないのだから。
あの時の俺は、命を捨てるために動いていた──ホシノを押し退けてまで射線に出た俺に銃を突き付けたのだとしても、それに文句を言われる筋合いはないだろう。
「気にするな。俺も気にしていない。そして、だからと言うつもりはないが……あいつらのことも許してやれ」
「……分かったよ」
渋々、と言った形ではあるが、ロイはようやく矛を収めた。
思うところはあるものの、俺が無事だったということで自身を納得させたらしい。
まあ、今回の件に限らず、俺はアロナの防壁のお陰で今まで無事で、無傷なのだが。
アロナがいる限り死ぬことはない、が……死にたがりだと自覚している俺としては、矛盾しているような気もした。
死にたがりだが、死ねない理由が、今はある。
そして死ななければならない理由は──今のところ無い。
少なくとも、“本物”に託すまでは。
『むぅ〜……』
と、そこで。
仕事が始まっていないにも関わらず、俺は既に一仕事を終えた気持ちになっていたが、しかし今の唸り声により、フォロー先が一つ残っていたことを思い出した。
『むぅー……!』
声の出所であろうシッテムの箱に視線を向けると、『私は不機嫌です』と主張するかのようにアロナが唸っている。
ミサイルが落ちてきても防いでみせると豪語していたアロナだが、ゲーム機を防ぐ役目をロイに取られたことで、ものの見事に拗ねたのだ。
俺の想像以上に、防御役としての矜持を抱いていたらしい。
『むー!』
「…………」
今回の仕事において、アロナは裏の通信の全てを担っている。となれば、仕事の成功のためにも、俺は彼女の機嫌を取らなければならないようだった。
006
とは言え、こうも周囲に人がいる状況でアロナの面倒を見ることはできない。
幸い、アロナは機嫌を損ねたからといって仕事を放棄するAIではないので、リオとの通信が遮断されるようなことはなく、現状は差し支えないのだが……しかし、だからこそ俺は対応に悩んでいた。
今はこうして不機嫌ながらも仕事を継続しているアロナだが、これを放置してしまった場合、肝心な時に仕事を拒否される可能性は非常に高い。
アロナの協力がなければ、俺の手が回らなくなるのは必然だ──それが分かっているからこそ、アロナはこうして主張しているのだろう。
構え、という主張。
なんとも子どもらしい主張である。
最近はシャーレの仕事で俺が外へ出張ることもなく、アロナの防壁に頼ることもなかったため、彼女の力を借りる機会自体が減っていた。
そんな時に、久しぶりの出番だと息巻いていたところでこの仕打ちとなれば……まあ、気持ちは分からなくもない。
取り敢えず、俺は予定を確認するふりをしながらシッテムの箱に映るアロナの頭をしばらく撫でたのだが、残念なことに機嫌が治る様子はなかった。
『誠意がこもっていません!』
画面越しに撫でて伝わる誠意があるらしい。
俺が真摯に向き合って対応しない限り、彼女の機嫌を直すことは叶わないようだ。
ケーキを差し入れることができればまた違うのだろうが、残念ながらここはシャーレではないし、高級なケーキは手元に無い。
コンビニのケーキを差し入れることも考えたのだが、それはそれで『誠意が足りない』かと思い、控えることにした。
アロナが拗ねている理由はあくまでも『出番を取られたから』である。ならば、これからは積極的に彼女の力を借りることにして、どうにか機嫌が直ることを祈ろう。
……それはそれで、ロイの機嫌が損なわれる気がするが。
「──着きました。ここがゲーム開発部の部室です」
そうして、かなりの紆余曲折を経て、俺たちはようやくゲーム開発部の部室に辿り着いた。
ミレニアムに着いてから随分と遠回りをしてしまったが、リオとヒマリの依頼はここからが本番である。
俺は今から、彼女たち──モモイとミドリを誘導し、廃墟へと向かい、『何か』を回収しなければならない。
ゲーム機が落ちてきたことで物事の順番が前後してしまった感覚は否めないが、今からするべき仕事を改めて認識し、俺は気を引き締めた。
「それではウォルター先生。私はこれから少し席を外します。……一応、名目上はゲーム開発部の依頼確認のための訪問なので。依頼を受領するかどうかは、彼女たちの話を聞いて判断してください」
ここまでの騒動があった中で、ユウカはそれでも『ゲーム開発部からの依頼』という筋を通すために、シャーレとゲーム開発部だけの席を設けるつもりらしい。
……律儀なことだ。
ミレニアムの生徒会であるセミナーの会計という立場があり、そしてゲーム開発部が騒動を起こしているこの状況ならば、問答無用で依頼を断らせても問題にはならないだろうに。
「……ああ。案内、感謝する」
「いえ。では、また後で」
そう言ってユウカが会釈し、俺たちの前から去って、廊下の角を曲がったのを確認してから──黙り込んでいたモモイとミドリは、一目散に部室へと駆け込んだ。
「な、なんとかなったぁー! もうダメかと思ったよー!」
「……いや、お姉ちゃん。別になんとかはなってないんだけど……」
扉を開け放ち、倒れ込むようにして部室内にあるソファへと身を投げたモモイへ、ミドリが冷静な言葉をかける。
まるで全ての危機が去ったかのような振る舞いを見せているモモイだが、あくまでも今のゲーム機落下について見逃されただけであり、本来の目的である廃部阻止については何も解決していない。
俺としては計画通りでも、彼女たちにとっては大問題であるはずなのだが……どうも楽観的である。
子どもらしいと言えば、子どもらしいが。
「あ、お爺ちゃん! 入ってきて良いよ! ユウカのいないうちに作戦を立てなきゃいけないし!」
「どうぞ、ウォルター先生。……ちょっと狭いですが」
と、手招きされたは良いものの、俺は入室を躊躇ってしまう。
気後れしているわけではなく、単純に、ゲーム開発部の部室はなんと言うか……いや、言葉を選ばずに言おう。
汚い。
雑多にゲーム機が転がっているのはまだしも、食べ終わった菓子の袋、脱ぎ捨てたと思われる服、布団代わりにされているらしい座布団がのさばっている部屋は、見るからに不清潔である。
「……ウォルター。入らなくてもいいぞ。私は入りたくない」
「…………」
掃除が得意であるはずのロイは、部室の惨状に顔を顰めて言った。
掃除が得意であっても、それは得意というだけであって、好きではないのだろう。彼女の境遇を考えても、身の回りはせめて過ごしやすくしようとした努力から来るものだろうしな。
何にせよ、ロイがここまで言うとは相当である。
しかし、ここに立ち尽くしているわけにもいかない。
彼女たちの依頼を不自然なく受領し、廃墟に向かわねばならない以上、避けては通れぬ道である。
部屋だが。
「……邪魔するぞ」
意を決して俺は入室し──取り敢えず、窓を開けた。
「何してるの、お爺ちゃん?」
「……いや。ここからゲーム機が落ちたのか、気になっただけだ」
目的は伏せて、代わりに思いついた理由を適当に言ってみたが、しかし言ってみてから、何故ここからゲーム機が落下したのだろうと不思議に思う。
この窓からゲーム機を落とすには、わざと落とすか、投げでもしない限り難しいように思うが……。
そう思い訊いてみると。
「えっ……と。格ゲーにイライラしちゃって、思わず……」
「だからって外に投げないでよ、お姉ちゃん……」
「ぐ、偶然なんだってば! ミドリだって見てたじゃん! ちょっとひっくり返すだけのつもりが、たまたま窓から出ちゃって、それで──!」
「…………」
なるほど、問題児だ。
多くは言うまい。
「──それで」
ともあれ。
俺は彼女たちに向き直って、言う。
振り向いた時、ロイは扉近くの壁に背を預けているのが見えた。
話し合いには参加せず、あくまでも護衛という立場に徹するつもりのようだ。
「確認するが、この手紙はお前たち、ゲーム開発部のものであっているか」
「あ、うん! やっぱり私たちが送った手紙、読んでくれたんだ! もし読んでくれたとしても、本当に来てくれるなんて思ってなかったよ!」
「…………」
来ないかもしれないという自覚はあったのか。
……何故送ったのだ、そんな手紙。
「来てくれて嬉しいです、先生」
「……喜んでいるところに水を差すようだが、俺はまだこの依頼を受けるつもりはない」
「えっ、何で!? 依頼を受けるために来てくれたんじゃないの!?」
俺の言葉に驚愕するモモイだったが……まあ、その反応は予想通りだ。
普通に考えれば、手紙を貰ったとしても、わざわざミレニアムにあるゲーム開発部の部室に来てまで、依頼を断る旨を伝えに来たりはしない。
流石に裏の──真の依頼目的を話すわけにもいかないので、俺はあらかじめ用意していた別の目的を話す。
「今回ミレニアムに訪れたのは、エンジニア部に用があったからだ。お前たちの依頼はきっかけに過ぎん」
「え、ええ……? じゃあなんでここに……?」
「ユウカも言っていただろう。
「え、えっ!? じゃあお爺ちゃんを呼んでも無駄だったってこと!?」
大袈裟に驚いた様子でモモイは叫ぶ。
……何と言うか、話しやすい少女だ。
言う言葉一つ一つに望ましい反応を返してくれるからだろうか、話を進めやすい。
「廃部阻止、という点においてはな。だが、交渉は可能だ」
「……交渉?」
「直接的にミレニアムの方針を無視するようなことはできないが、お前たちと相談し、ユウカと交渉することはできる。お前たちの成果次第で、廃部を阻止させるようにな」
「そ、れは……ユウカにも、言われたけど。『規定人数を満たすか、ミレニアムの部活に見合う成果を出せれば』って」
「できなかったら廃部、部費も部室も没収とも言われましたが……」
なんと。
俺が交渉するよりも前に、ユウカは既にゲーム開発部へ温情をかけていたようだ。
情状酌量を求めるつもりが、既に施された後とはな……俺のできることは本当に無いのかもしれない。
「……では、お前たちの成果はあるか。ユウカであれば、ある程度の猶予を設けられたはずだ。その間に、ユウカを納得させるだけの物は?」
「せ、成果ならあるよ! 私たち、ちゃんとゲームを開発してるんだから!」
「はい。『テイルズ・サガ・クロニクル』はちゃんと、コンテストで受賞、も……」
ミドリは、ゲーム開発部で唯一の成果物と思われるゲームタイトルを出したが、しかしその言葉は尻すぼみとなる。
それよりも先は、自信を持って言えるものではなかったらしい。
……無理もなかろう。
ヒマリから聞いた限りでは、彼女たちのゲームが受賞したコンテストは不名誉極まりないものだった。
「……『今年のクソゲーランキング』一位、だったか」
「し、知ってるの!?」
「ここまで聞いておいて言うのも何だが、お前たちのことはある程度調べている。曲がりなりにも仕事だ」
「え、それじゃあ……」
うげ、と顔を歪ませるモモイたちへ、俺は言葉を続ける。
「直近では、校内にカジノを建設してギャンブル大会を開催。レトロゲーム探しのため、古代史研究会の襲撃。過去には別の騒動も起こしているな。……これも実績か?」
「う、うぅ……おしまいだぁ……お爺ちゃんなら何も知らないと思ってたのにぃ……」
俺が味方でないと知ってか、さめざめと泣き始めたモモイ。
随分と失礼な理由で呼ばれたものだと思うと同時、元々の計画では、ヒマリは俺に何も知らせずにこの子どもたちへ協力させようとしていたことを思い出し、如何ともし難い感情に襲われる。
俺が怒るべきはヒマリなのかもしれん。
『いえ、私はちゃんと作戦を考え直しましたからね。聞いてますかウォルター先生?』
「…………」
聞いていたのか。
と言うか、いたのか。
どうやらヒマリは黙っていただけで、この通信自体はリオと同じように聞き、そして見ていたらしい──そもそも俺は何も言っていないのに、よく俺の不満を見咎めたものだ。
随分と人の機微に目敏い少女である。
「…………」
そんな部室の様子を、ロイは恐ろしく感情のこもらない視線で見ていた。
一見、何も変わっていないようにも見えるが……後で何かしらのフォローをしてやらねばならない。
場合によっては、アロナよりも優先するべきだろう。
『……先生。どうにかして依頼を受けて頂戴。周囲から違和感の無いようにね』
どう考えても俺がゲーム開発部の依頼を受けるのは不自然だと思い始めた矢先、釘を刺すようにリオから通信が入った。
無理難題を言うものだ。
ただでさえ、既にユウカとロイはゲーム開発部に対して良い心象を抱いていないと言うのに、ここで俺が手を貸してしまえば、確実に裏があると勘繰られてしまうだろう。
……もはや、ロイに事情を話して二人で廃墟に行ってしまった方が早いのではないかという考えが過ぎるものの、他校の生徒、そして超法規的機関であるシャーレだけが廃墟に侵入してしまえば、それはそれで角が立つ。
やはり丸く収めるには、どうしてもゲーム開発部という緩衝材が必要だ。
「……話はまとまったかしら?」
「ユ、ユウカ……!? なんで、もう戻ってきたの!?」
思考が堂々巡りに入りかけた時、部室の扉が開いてユウカが姿を表した。
時計を見ると、確かに、話を始めて三十分近くは経過している。そこまで話し込んだつもりはなかったのだが、思考にかなり時間を取られてしまったらしい。
「
「で、でも……!」
「……諦めなさい、モモイ。あなたたちのような部活がこのまま活動していても、かえって学校の名誉を傷つけるだけよ。それに、その分の部費を他に回せば、きちんと意義のある活動をしてる生徒たちのためにもなる」
恐ろしいほどに真っ当な言葉だ。
ぐうの音も出ないほどに正しいのだが、しかし、今の俺としては板挟みの状況である。
廃墟に行くためにはゲーム開発部の力が必要だが、そのゲーム開発部に俺が協力する理由がない。
ユウカの言葉が正論であればあるほど、俺の行動には違和感が伴う。
「それでも、もし自分たちの活動にも意義があるのだと主張したいのなら──証明してみせなさい」
「証明……」
「何度も言ったでしょう。きちんとした功績や成果を証明すれば、廃部は撤回するって」
「……例えば、何かの大会で受賞するとか?」
「そう、スポーツならインターハイに出るとか、エンジニア部なら発明品を公表するとか、そういう類のものよ。ゲーム開発部なら、そういうコンテストも色々あると思うけど……とは言え、出せば何とかなるとも思えないわね。あなたたちの能力は、あのクソゲーランキングが証明済み」
「ぐっ………」
「どうせなら、お互い楽な形で済ませましょう? 今すぐ部室を空けて、この辺のガラクタも捨てて」
「──ッ」
ただ、それでも。
幼く、青く、未熟な彼女たちにも──その精神には、譲れないものがあったようで。
「ガ、ガラクタとか言わないで……!」
今までとは違う、震えた声ながらも真剣な面持ちで、モモイは言った。
それは、先程自分たちが馬鹿にされた時よりも、圧倒的に思いが込められた返しだった。
自分以外の何かのために──モモイは声を上げていた。
「……じゃあ、何なの?」
「そ、れは──……!」
言いかけて、止めた。
代わりにモモイは。
「……分かった。全部結果で示す」
と、そう言ったのだ。
その雰囲気の変わりように、どこか感心した様子でユウカは声を漏らす。
「……へえ」
「だから──
ここで初めて、モモイは俺のことを『ウォルター先生』と呼んだ。
今は『お爺ちゃん』ではなく、そう呼ぶ必要があると思ったのだろう。
覚悟を示すために。
「今回のミレニアムプライスに私たちのゲーム、『TSC2』──『テイルズ・サガ・クロニクル2』を出すためには、先生の力が必要なの!」
「……!?」
「あ、ミレニアムプライスっていうのは、ミレニアム中の部活が各々の成果物を競い合う、ミレニアムでも最大級のコンテストだよ! ここで受賞さえすれば、いくら何でも文句は言われないはず!」
だよねユウカ!
と、モモイが自信を持った表情で問えば、何とも言えない顔をしたユウカは、それでも一応、答えた。
「……まあ、そうね。受賞できたなら、の話だけど。けどねモモイ、今あなたが言ってるのは運動部がインターハイに出るとか、そういうレベルじゃなくて……いや、それよりも先生が協力してくれるとは限らな──」
「良いだろう」
「えっ!?」
「はあ!?」
あまり引っ張っても仕方がないので──というかこのあたりの下りを早く切り上げて廃墟に行くために、俺はユウカの話を遮るように言った。
リオが通信越しに急かしているのもあるが、それ以上に、俺の気持ちがモモイたちに対して前向きになったというのもある。
「……! お爺ちゃんありがとう!」
「待て待て待て! ウォルター正気か!? 今のどこに受ける要素あったんだよ!?」
抱きついて来かねない勢いで感謝を表すモモイをかわしていると、今の今まで黙っていたロイが、我慢ならないと俺の側まで詰め寄ってきて言う。
彼女からすれば、俺の言動は相当不可解に見えていることだろう。
それは──俺が、一番よく分かっている。
「確かに、モモイたちは問題児ではある。普通なら受けない仕事だが、彼女たちは誠意を示した。何より──」
「……?」
「……いや。それよりもユウカ。ミレニアムプライスまでの期間はどれぐらいだ」
「え……あ、はい。あと二週間です、けど」
俺の言葉が理解できなくて仕方がないと言わんばかりの動揺を見せているユウカは、しかしそれでも俺の問いに答えた。
二週間。
日程的にはかなり厳しいが……何、廃墟に行ったとしてもそこまで時間はかかるまい。恐らく彼女たちが目的にしているG.Bibleはヒマリが流した噂のため存在しないが……償いとしては十分だろう。
「……モモイ、ミドリ。お前たちの依頼を正式に受けよう」
「え、え……! 本当ですか!?」
「わーい! やったぁ!」
「…………」
『…………』
喜ぶ姉妹と、絶句するユウカ。
リオもまた、同じように言葉を失っている。
俺がこの流れで仕事を受けるとは思っていなかったのだろう。あれだけ不自然なく、違和感なくと念押し気味に言われていたところに、こうも非合理的な行動をされては理解が及ぶまい。
きっとユウカとリオの脳内では凄まじい計算と処理が行われていることだろう──俺の変わりようにどうにか説明をつけようとしているのだろうが、残念ながらこれは、全くと言って良いほど非合理的な選択である。
納得性もなく、不自然で、違和感のある行動だ。
説明のつけようのない、感情的な行動。
だが俺はそれを……否定するつもりはない。
「……ウォルター。せめて、納得することを言ってくれ」
「……そうだな」
不満を隠そうともしないロイに向けて、俺は改めて理由を考える。
理由。
理由か。
──ガ、ガラクタとか言わないで……!
──駄犬呼ばわりは止めてもらおう。
「ただの、感傷だ」
「…………」
本当にくだらない、感傷だ。