ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 その名前は、この世界には存在しない。


1-4

 

 007

 

『……とにかく、第一段階は完了よ。次は、ゲーム開発部を廃墟へ誘導して頂戴』

 

 何やら思うところがありそうではあったものの、それらを飲み込んだ上でリオは言った。

 俺の行動を追及するよりも作戦を優先するべきだと判断したのだろう。

 上に立つ者としては、その対応は正しい。正しいが、俺に苦言の一つも言わないとなると、少々不安にもなる。

 ミレニアムのために私情を殺し、冷徹に努め、弱音を吐かず、愚痴もこぼさず、淡々とやるべきことをやる姿は責任感のある少女だと評することもできるが、そこに──どこか、危うさを感じなくもない。

 行き過ぎた献身に何故か既視感を覚える。

 ……だからと言って、特別何かをするつもりはないが。

 ただ、ナガイ教授は()()()()気持ちだったのかもしれないと、少し、思う。

 

『ゲーム開発部には既に「G.Bible」についての情報は渡してあります。廃墟に誘導するのは難しくないでしょう』

 

 反対に、どこか機嫌の良さそうな声でヒマリは言った。

 先程まであったはずの声の棘が取れている気さえする。

 作戦が順調に進んでいることで、気分が上向きになっているのだろうか──それ自体は結構だが、しかし明らかな、そして急激なまでの態度の軟化に俺は戸惑いを隠せなかった。

 

『どうかしましたか、ウォルター先生。この隙一つない完璧美少女が立てた作戦に何かご不満でも?』

「…………」

 

 俺が声を出せない状況にいると知りながら問うヒマリ。

 羨ましいほどに良い性格をしている。

 

「よーし! というわけで、ウォルター先生! 改めて、私がやろうとしていることを教えるよ!」

 

 大々的にゲーム制作を宣言して、それからユウカが退室した後(後でエンジニア部に謝罪すると伝えてどうにか退室してもらった)、モモイは俺に向かって言う。

 これから彼女なりの作戦を教えてくれるらしい──その作戦でさえ、リオとヒマリが企てた計画の一部ではあるのだが、それをモモイが知り得ることはない。

 

「まず私たちが目指すのは廃墟! そこには、『TSC2』を作るための秘策が眠ってるの!」

「……廃墟?」

 

 モモイの言葉を聞いて、黙していたロイが呟く。

 失念していたが、ロイはまだ廃墟について何も知らない。そして普通、廃墟と聞いたら朽ちた建物を想像するだろう──疑問に思うのはもっともだった。

 

「あ、そっか。えっと……」

「……七瀬ロイだ」

「ロイね! 私、才羽モモイ! よろしく!」

「……よろしく」

 

 疑問に答えようとして、そこでモモイはロイの名前を知らないことに気付いたらしい。ロイも同様に気付いたようで、二人は互いに名乗った。

 喧嘩に発展しかけたこともあって、ロイは気まずそうにしていたが……しかし、モモイの明るく無邪気な、一切の気まずさを感じさせない、屈託のない笑顔に面食らったようで、目を白黒させてから、流されるように言葉を返していた。

 よろしく、と。

 その言葉を引き出した。

 ……ふむ。

 モモイはどうやら、無意識的ではあるものの、他者の警戒を緩めるだけの人柄があるようだ。

 そして、周りを巻き込む力もある。

 今のところは問題行動にしか繋がっていないようだが、その騒動が毎回大事になっていることを鑑みるに無関係ではないだろう。

 ただ──そうすると、モモイに友人が少ないというのも妙な話だ。

 あれだけ表情豊かに人と話すモモイが、友人が少ないとはとても思えないのだが……性格だけで言うならば、ヒマリの方が友人が少なさそうなものである。

 

『あら、雲の上に咲く一輪の花のような美しい性格の私は、リオと違って友人にも恵まれていますよ』

「…………」

 

 見た目はともかく、自己肯定感の塊のような彼女は、どちらかと言えばコンクリートに咲く花ではないか、と思ったものの、それを思うだけでも藪蛇になりそうな気がしたので、これ以上考えるのは自戒した。

 余計なことを考えるとヒマリに全てを暴かれかねない。

 俺は意識的に、表側の会話に集中する。

 ロイとモモイの会話から得られる情報を擦り合わせて、知り得ないはずの情報を口に出さないようにするために。

 

「でね、『廃墟』っていうのは……元々は連邦生徒会が出入りを制限してた、ミレニアム近郊の謎の領域なの」

「謎って、随分と曖昧だな……」

「だって謎なんだもん。出入りの制限も、『危険な地域だから』って言われてただけだし。実際のところ、具体的に何がどう危険なのかを誰も知らないの。誰も入ったことが無いのか、そもそも入ることが出来ないのか、それとも戻ってきた人が誰もいないのか、それすらもよく分からない」

 

 モモイが言う廃墟に関する情報からして、どうやら一般的なミレニアムの生徒では廃墟の情報収集すらままならないようだ。

 リオたちですら廃墟の全容は掴めていないのだから、それは無理もないことと言えるが。

 

「……そんな廃墟にウォルターを連れて行く気か?」

「うん」

「うんって……なんでそんなことを」

「良いゲームが作りたいから」

「…………」

「私は、証明したいの」

 

 モモイは、部屋に置かれたゲーム機を指し示しながら、言う。

 

「たとえ、今の私たちのレベルは『今年のクソゲーランキング一位』に過ぎないとしても──私が、大好きな。私を幸せにしてくれた、このゲームたちが。決してガラクタじゃない、大事な宝物なんだってことを!」

「……ふぅん」

 

 そーかよ、と。

 ぶっきらぼうではあったものの、それでもロイは一応、納得するような素振りを見せた。

 ゲームそのものに関心はなくとも、モモイのゲームに対する熱量は伝わったのだろう。

 大切なもの。

 彼女にとっての──大切なもの。

 

「そのためには、どうにか廃墟に入って『あれ』を見つけないと!」

「……『あれ』?」

「あ、それも説明してなかったね。順番が良くなかったかも」

 

 そしてモモイは、俺が誘導するまでもなく、俺たちが用意した餌に釣られて、自信満々に言ったのだった。

 

「みんな、『G.Bible』……って、知ってる?」

 

 008

 

 それからおよそ一時間後。

 廃墟及びG.Bibleについての説明をモモイから全て聞き終え、俺たちは廃墟に侵入していた。

 当然、リオとヒマリの通信も継続中である。

 

「……今更だけどお姉ちゃん。確率は低いだろうけど、今から私たちがゲームを作るより、部員を募集する方がまだ良いんじゃないの?」

「それならこの一ヶ月、散々やってみたでしょ? 結局、誰も入ってくれなかったし。『ぷ一っ! VRですら古いのに、何がレトロ風ゲームだよ』ってバカにされるのは、もううんざり」

 

 ミドリの素朴な疑問に、モモイは不貞腐れたように答えた。

 何もしていないと酷評されていた彼女たちだが、部員集めは必死に行っていたらしい。結果は振るわなかったにせよ、努力はしていたようだ。

 そしてモモイとミドリの雑談を聞く限り、ミレニアムではゲーム関連の技術発達は目覚ましいようだ──VRが古いとさえ言われている。

 VRが古いとなると……もしかすると、戦闘シミュレーションに近いものができるほどの環境が、ミレニアムには既にあるのかもしれない。

 当然、ルビコンほどのものができるとは思っていないが、似たようなものがあるとするのなら、ロイたちの訓練効率は大きく上昇するだろう。

 リオに訊いてみる価値はありそうだ。

 

「ユウカの卑怯者め! 私たちみたいなオタクは友達が少ないってことを利用するなんて! 許せない!」

「いや、それはユウカじゃなくて、100(パー)私たちの自業自得だと思うけど」

「とにかく! これ以上部員の募集をしても明るい未来は見えない。だからこそ、この廃墟からG.Bibleを見つけ出さないと!」

「つってもなあ……どんだけ広いんだよココ。区域っていうから、小さな街くらいかと思ってたけど……ほとんど大都市じゃん。ここからどーやってそのG.Bibleを見つけんだよ」

 

 溜息を吐きつつロイが愚痴るように言ったが、その意見はもっともだった。

 俺からしても、この廃墟という区域はかなり広い──ちょっとした区域と評するにはあまりにも広く、あくまでも目算になるが、洋上都市ザイレムに近い広さはあるかもしれない。

 一つの都市が滅び、そのまま放置されている印象だ。

 それは、最新鋭を誇るミレニアムの一角としては違和感を覚える扱いだが、今まで連邦生徒会が管理していたとなれば仕方のないことなのだろう。

 三大学園とまで位置付けられた立場で、連邦生徒会と対立するような真似はできまい。

 

「もちろん、そこはちゃんと準備してるよ! ヴェリタスにまで手伝って貰ったんだから!」

「……ヴェリタス?」

「ミレニアムのホワイトハッカー集団。まあ、非公認の部活だけどね」

『そしてその部長が、ミレニアム随一の天才美少女ハッカーである私です』

「…………」

 

 当然のように表の会話に入らないでほしいものだ。

 あまりにも自然にヒマリが注釈を入れるので、思わず返事をしてしまうところだった──こんなところでミスをするつもりはないが、何事にも絶対はない。

 万全を期して、万難を排して挑まなければ。

 取り敢えずはメッセージで苦言を入れておくだけに止めておいたが、あまりに口数が多いようであれば一度回線から追い出すことも考えておこう。

 

「ヒマリ先輩にG.Bibleの捜索を依頼したら、座標を教えてくれたの。『最後にG.Bibleの稼働が確認された座標』をね」

「ヒマリ先輩って……ヴェリタスのあの、車椅子に乗った美人のヒマリ先輩?」

『聞きましたかウォルター先生、私のこの可憐さは一年生である彼女たちにまで届いて──あっ先生何をし』

『……えっと、ヒマリさんの回線を切りましたが……本当に良かったんでしょうか、ウォルター先生?』

 

 問題ない、という意味を込めて、画面越しのアロナの頭を撫でた。

 よくやった。

 

『…………』

 

 そんな俺の傍若無人な振る舞いを見てか、リオはまたもや絶句していた。

 いや、もしかしたら呆れているだけかもしれないが。

 

「そう。そのヒマリ先輩が教えてくれた座標が指してたのが、『普通の地図には存在しない場所』だった」

「っていうことは……」

「そう。G.Bibleはここ、廃墟の中にある。具体的には……多分工場?かな?」

 

 モモイが端末を取り出し、恐らくはヒマリが送ったのだと思われる地図を見ながら言う。

 『資格』が必要とされる工場への誘導は、どうやら嘘偽りなく、そして滞りなくこなしていたらしい。

 

「ふーん。ま、根拠は分かったよ。……で、その『最高のゲームが作れる秘密の方法』とやらが書かれてるG.Bibleがある工場に、()()()()()入るんだ?」

 

 そう言ってロイが指差した先──数十メートル先には、その工場周辺を警備するように巡回する、人を模したロボットが蔓延っていた。

 見える範囲だけでも、ざっと二、三十体は確認できる。

 

『……■■■ ■■■■……』

『……■■■』

『■■■■ ■■』

 

 暗号通信……というわけではなさそうだが、少なからず意思疎通をしているロボットも見受けられる。

 意思疎通しているということは、あのロボットたちには何かしらの目的があり、そして命令系統が存在するということだ。

 あれらを制御する存在がこの廃墟内にいる、かもしれないことを念頭に置きつつ、慎重に動かなければならない。

 

『先生。今、警備ロボットの巡回ルートを送信したわ。先生の指揮があれば戦闘になっても勝てはするでしょうけど、数の予想がつかない。できる限り見つからないように工場へ侵入して』

 

 リオの言葉が終わる前に、俺の端末へ事細かに解析された巡回ルートが表示された。

 合理を重んじるだけあって、効率的に作戦を進めるための下準備は既に終えているらしい。

 流石である。

 メッセージで礼を送りつつ、俺はここでようやく指示を出した。

 

「ロイ、一応サプレッサーをつけておけ。今から警備を潜り抜けて工場へ侵入する」

「……ん。りょーかい」

「え、ええ!? あんな数のロボットたちの目を盗めるの!?」

「巡回ルートは把握した。一体も倒さずに進むことは不可能だが、警備の薄い場所を狙って破壊していけば通過できるはずだ」

「い、いつの間に……」

「…………」

「なんでロイがドヤ顔してるの」

「いいだろ別に」

 

 ……これはリオが準備した結果であって俺の力ではないのだが、ここでそれを主張できるはずもなく、彼女の評価を奪う形になってしまった。

 いずれリオの努力が評価されてほしいものだが……この仕事が終わるまでは難しいだろう。

 だからそれまでは、俺が覚えておくことにしよう。

 ナガイ教授が、そうしてくれたように。

 

「……リオ」

 

 それから俺が三人に指示を出し、それぞれが互いに距離を取って離れたところで、彼女に声を掛けた。

 

『どうしたの、先生』

 

 あくまでも冷徹に。

 温度を持たないリオの返事だったが、それでも俺は言う。

 

「礼を言う。お前のおかげで戦闘は回避できそうだ」

『……感謝されることではないわ。依頼人として当然のことをしたまでよ』

「…………」

 

 やはりと言うべきか、リオは俺の礼を受け取らなかった。

 本心からそう思っているのだろう。

 本気で、そう思っているのだろう。

 その姿に──どうしても、かつての自分が重なる。

 だからこそ、と言って良いのかは分からないが、俺も半分意地になって続けた。

 

「……感情を蔑ろにするな、リオ。合理的なのは結構だが、それで全てが上手く行くとは限らん」

『……そうね。先生の配慮を無碍にしたことは謝罪するわ』

「違う。お前の感情をだ。俺が指示を聞かなかった時、一切の不満を言わなかっただろう──押し殺しただろう」

『…………』

「反論を無駄だと思うな。痛みを誤魔化すな。いかにそれが合理的であっても、それはお前が傷付く理由にはならない」

『…………分からないわ。何を言っているのか』

 

 本当は分かっているはずだ。

 彼女は分かっていて、それを無視している。

 本当に感情が分からないのなら──ハウンズ(あいつら)のように、無条件に頷くだろうから。

 だが。

 

「……そうか」

『……ええ』

 

 それを、俺は言えなかった。

 リオも、それ以上は何も言わなかった。

 何も。

 

 009

 

「ふぃー。どうにかバレずに工場まで来れたね!」

「……まさか本当に見つからずに来れるなんて」

 

 二、三体は奇襲して破壊する必要があったものの、大事になることなく、俺たちは無事に廃工場へ到着した。

 リオの解析がなければ、こうも簡単にはいかなかっただろう──彼女が礼を受け取るつもりがないにせよ、その実績は俺の中に積み重ねておく。

 実績は信頼である。

 

「でも、不思議。工場の外にはあんなにロボットがいたのに、中には一体もいないなんて……」

「何でか分かんないけど、とにかくラッキ~、で良いのかな?」

「楽観的だな……」

 

 モモイの言葉に呆れたように返すロイだったが、彼女も工場内の閑散とした様子に拍子抜けしたようで、銃は既に下ろしていた。

 実際、俺もシッテムの箱で確認しているが、敵性反応は無い。

 正真正銘、無人のようだ。

 

『先生、「資格」を要求されるのはその先よ。そのまま座標地点に向かって。今歩いている通路の突き当たりの扉まで行けば()()されるはずよ』

「…………」

 

 リオの言葉を受けて、俺は周囲を観察する。

 工場──厳密に言えば、軍需工場のようだ。

 しかし、それ以上は改めて観察してもただの工場であり、長らく稼働していないことは周囲の壁や床の劣化具合からも把握できた。

 一見、普通の廃工場、なのだが。

 何故かこの工場が()()()()()とは感じない。

 

『資格が無いからと言って、攻撃されるようなことはないけれど……資格保持者が現れた時、どうなるか分からないわ。……気を付けて』

「…………ああ」

 

 モモイたちに聞こえないように、俺は小さく返事をしてから歩き出す。

 そして俺が奥へと動き出したのを見てだろう、三人も連れられるように歩き始めた──そして、追い抜かれた。

 ……まあいい。

 距離としては、そう遠くはない。

 目視圏内である。

 

「……連邦生徒会は、あのロボットたちがいるから出入りを制限してたのかな?」

「うーん、どうだろうね。あのロボットたち、実は連邦生徒会が非常時に使うための秘密兵器で……とかも考えてみたけど、そういうのじゃない気がするし」

「秘密兵器にしちゃ弱過ぎるしな」

「だよねえ……だとすると、何なんだろう。何か引っかかってるんだよね……大事なことを見落としてるっていうか、それに……」

『──接近を確認』

 

 無機質な声だった。

 モモイたちが目標地点の扉の前まで辿り着いた瞬間に、声が響いたのだ。

 恐らくは、自動音声。

 

「えっ、な、なに?」

「部屋全体に、音が響いてる……?」

 

 ……これが、確認か。

 俺は足を止めず、モモイたちの側まで歩く。

 特に警告はされない──が、扉が開く様子もない。

 

『対象の身元を確認します。才羽モモイ、資格がありません』

「え、え!? 何で私のこと知ってるの?」

 

 周囲に監視カメラのようなものは無い。

 俺たちの目の前にあるのは、普遍的な扉のみ。

 しかし、どういう方法なのかは分からないが、この扉は──あるいはこの部屋は、俺たちのことを認識しているようだった。

 そしてあろうことか、名前まで把握している。

 

『対象の身元を確認します。才羽ミドリ、資格がありません』

「私のことも……一体どういう……?」

 

 当然のように、ミドリのことも識別し。

 

『対象の身元を確認します。七瀬ロイ、資格がありません』

「…………」

 

 極め付けには、元ヘルメット団のロイのことさえ、その施設は把握していた。

 何らかのデータベースを参照しているにしても、ロイのことを登録しているデータなど限られているはずだが……。

 

『対象の身元を確認します……』

 

 そうして──俺を見る。

 先ほども言ったように見ている確証は無く、その媒体も不明だが……少なくとも、俺はそう感じた。

 

『…………』

「……あれ?」

 

 それから、どこか、何故か、考え込むように。

 何らかのプログラムだと思われる存在がしばらく沈黙した後に、それは当然のように、名前を。

 俺の名前を──呼んだ。

 

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