ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 使命を託された者。
 使命を背負った者。


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 003

 

 戦闘が終わり四人が帰投した後、俺は『アビドス廃校対策委員会』の部室──と言って良いのかはわからないが、とにかく、教室へと招待されていた。

 撤退を余儀無くされた武装集団は郊外へと追いやられ、ひとまず危機は去ったと判断して良いだろう。それを確認したメニ──連邦生徒会のパイロットは『燃料が不安なんで一旦戻ります。必要なときはまた呼んでください』と一言残してシャーレへと帰っていった。

 ……優秀だったな。今後は名指しで仕事を頼んでもいいかもしれない。

 

「いやぁ~まさか勝っちゃうなんてね。ヘルメット団もかなりの覚悟で仕掛けてきたみたいだったけど」

「まさか勝っちゃうなんて、じゃありませんよ、ホシノ先輩……勝たないと学校が不良のアジトになっちゃうじゃないですか……」

 

 能天気そうな声で語る小柄な少女──ホシノに対して、今回の手紙の差出人であるアヤネが戒めるように言う。

 中々な冗談ではあるが、さして空気が変わっていないあたり、いつもの光景なのかもしれない。ずっと学校を守ってきたという自負が彼女たちにはあるのだろう。

 見た目よりも遥かに強かな少女たちだった。

 今回襲撃してきた相手……手紙で暴力組織と書かれていた集団はカタカタヘルメット団と名乗っているらしいが、俺はどうにも……チグハグな印象を受けた。

 妙、いや、()()()()と言い切ってもいい。

 ヘルメット団の練度は低い。ホシノたちはヘルメット団のことを『チンピラ』と評していたが、正しくその通りで、上空からの射撃で瓦解する程度の烏合の衆だった。

 しかし、やけに装備が整っていたのが気にかかる──より言えば、新品のようにさえ見える装備を、ただのチンピラと評されていた集団が所持していた。

 もちろん、あの集団が装備の手入れを怠らない者たちである可能性もない訳ではないだろうが……撤退する時に装備を適当に放り投げた者もいたことを考慮すれば、その線は考えにくい。

 となれば、残る理由は二つ。

 カタカタヘルメット団の資金が元々多いか、あるいは──裏に手引きする何者かがいる。

 前者であればいずれ解決できるが、後者だった場合は……アビドス周辺の状況はきな臭くなってくるだろう。

 杞憂ならばいいが。

 

「先生の支援が良かったね。私たちだけの時とは全然違った」

 

 白髪の少女……シロコが感嘆するように言う。

 素直で、純粋。

 一切の裏を感じさせず発する言葉は、本当にそう思っているのだろうと信じられるほど、真っ直ぐなものだった。

 身体が、精神が──軋む。

 

()()()()()()()……。すごい量の資源と装備、それに戦闘の指揮まで。大人ってすごい」

「……それは違う。資源は組織の力であり、俺の力ではない。大人の力でもな。そして、今回の襲撃を防いだのはお前たちの実力だ」

 

 思わず、俺はシロコが言った内容を否定した。

 してしまった。

 大人だからできるわけじゃない。

 子供だからできないわけでもない。

 そういう立場だっただけのことだと、少々良い空気を壊すことを自覚していながらも、俺は言ってしまう。

 言わなければ──耐えられない。

 しかし、空気を壊し掛けた俺をフォローするかのように、ホシノと呼ばれている少女がふわふわとした物言いで続けた。

 

「んも~先生、褒めてるんだから素直に受け取りなよー。()()が来てくれたおかげで、ママはぐっすり眠れまちゅ」

 

 何気ない茶化すような台詞。

 何てことない、揶揄うような台詞。

 

 ──おとう、さん。

 

 俺はそれに──何も返すことができなかった。

 

「いやいや、変な冗談はやめて! 先生困ってるじゃん! それに委員長はその辺でしょっちゅう寝てるでしょ!」

「そうそう、かわいそうですよ」

「…………」

 

 声は出せない。

 渦巻く感情の中で──俺を多く占めたものは、安心だ。

 ああ。

 杞憂だったな。

 俺は、お前たちを忘れることなどできやしない。

 

「…………気にするな。それとホシノ、()()()()()()()()()()()()

「んー……そうだね。気を付けるよー」

 

 冗談──で、済んだだろうか。

 意趣返しのような俺の牽制をどう受け取ったのかは定かではないが、恐らく彼女はこういった茶化し方を今後は避けるだろう。

 現時点での推測でしかないが、俺の言葉を受け取ったということは、そういうことだ。

 

「あはは……少し遅れちゃいましたけど、改めてご挨拶します、先生」

 

 アヤネは場の空気を入れ替えようと、話題を挨拶へと流れさせた。普段からこういった進行が得意なのだろう、特に不自然さを感じさせることのない話題変更だった。

 

「私たちは、アビドス対策委員会です。私は、委員会で書記とオペレーターを担当している1年のアヤネ。こちらは同じく1年のセリカ、こちらが、2年のノノミ先輩とシロコ先輩。そして、こちらが委員長、3年のホシノ先輩です」

「いやぁ〜改めてよろしく、先生ー」

 

 にへら、と力の抜けるような笑いを向けるホシノ。どこか申し訳なさそうな顔を見るに、何らかの俺の事情を察したようだった。

 ……流石に大人げなかったと反省しなくてはならない。少なくとも、子供に気を遣わせるような真似をしたことは恥じるべきだ。

 これは俺の問題で──俺だけのものなのだから。

 

「ご覧になった通り、我が校は現在危機に晒されています。そのため『シャーレ』に支援を要請し、先生がいらしてくれたことで、その危機を乗り越えることができました。先生がいなかったら、さっきの人たちに学校を乗っ取られていたかもしれませんし、感謝してもしきれません……」

 

 そうして再び頭を下げようとするアヤネを、俺は手で制しながら「気にするな」と答えた。

 表面上は何事もないかのように振る舞えたと自覚しているが、内心は限界に近く、ほぼ拒絶するかのように俺は言葉を繋ぐ。

 これ以上感謝されると、本当におかしくなってしまう気がした。

 

「過度に感謝する必要はない。それが俺の仕事だ。……それより、お前たち──対策委員会について、聞かせてくれるか。一通り知識は入れたが、それが合っているかの確認をしたい」

「あ、そうですよね。ご説明いたします。対策委員会とは……このアビドスを甦らせるために有志が集った部活です」

「うんうん! 全校生徒で構成される、校内唯一の部活なのです! 全校生徒といっても、私たち五人だけなんですけどね」

「……五人か」

 

 少数精鋭、と言えば聞こえはいいが、学校の人数としてはやはり少な過ぎるだろう。この広さを管理する学校としては人手不足もいいところだ。

 

「他の生徒は転校したり、学校を退学したりして出て行った。学校がこの有様だから、学園都市の住民もほとんどいなくなってカタカタヘルメット団みたいな三流のチンピラに襲われている始末なの」

 

 三流のチンピラ。

 やはり評価としてはそれが妥当なのだろうが、そうなるとただのチンピラが群れを成してこの学校を襲う理由が理解できない。

 学校を占拠したところで、カタカタヘルメット団になんのメリットがある?

 

「現状、私たちだけじゃ学校を守り切るのが難しい。在校生としては恥ずかしい限りだけど……」

「……むしろ誇るべきだろう。たった五人で今まで守り抜くなど、誰にでもできることではない」

「あ……うん。ありがとう、先生」

 

 称賛されると思っていなかったのか、俺の言葉に動転しながらも照れ臭そうにシロコは微笑んだ。

 本当に素直な性格である。謙虚過ぎず、他者からの称賛をそのまま受け取れるのは美徳と言って良い。年を重ねていくと擦り減っていくそれを大事にして欲しいと、珍しく、大人のような事を思った。

 

「もー照れちゃって可愛いねシロコちゃん。中々レアな表情を引き出すなんて、先生も包容力あるよー」

「い、いや、今のは誰だって照れると思う……」

「先生は褒め上手ですね。私も褒めてくれませんか?」

「いや、今そんな事してる場合じゃないでしょ!」

「そ、そうです! 今はカタカタヘルメット団のことを考えないと!」

 

 妙な方向に話題が逸れかけた瞬間、1年生組がすぐさま軌道修正したことで事なきを得た。

 ……バランスの良い五人組だ。たった一日、数時間しか見ていないが、そう素直に思える仲の良さである。

 

「まーまー。そう怒らないでよ。計画は既に練ってあるからさー」

「えっ!? ホシノ先輩が!?」

「うそっ……!?」

「…………」

 

 ……前言を撤回しようかと考えるほど、あんまりにもあんまりな反応だった。いや、仲が良いからできる反応なのか?

 てっきりホシノは、小柄でのんびりとした雰囲気でありながらも頼られている存在だと俺は判断していたのだが、普段の姿は相当に信用がないらしい。

 信頼されていない訳ではないのだろうが……。

 

「いやぁ〜その反応はいくら私でも、ちょーっと傷付いちゃうかなー。おじさんだって、たまにはちゃんとやるのさー」

「……で、どんな計画?」

 

 セリカが疑惑の目線で問えば、ホシノはどこか剣呑な気配を纏い、にへら、と笑う。

 攻撃的な──笑みだ。

 

「ヘルメット団は、数日もすればまた攻撃してくるはず。ここんとこずっとそういうサイクルが続いてるからねー。だから、このタイミングでこっちから仕掛けて、奴らの前哨基地を襲撃しちゃおうかなって。今こそ奴らが一番消耗しているだろうからさー」

 

 ホシノから提案されたのは、襲撃計画。

 つまり、消耗戦になる前に先んじて潰せば問題ないということだろう。

 ……好戦的だな。ホシノが稀に見せる表情は、非常に鋭いものだ。

 あちらが素なのかもしれない。

 

「い、今からですか?」

「そう。今なら先生もいるし、補給とか面倒なことも解決できるし」

「なるほど。ヘルメット団の前哨基地はここから30kmくらいだし、今から出発しよっか」

「良いと思います。あちらも、まさか今から反撃されるなんて、夢にも思っていないでしょうし」

「そ、それはそうですが……そうだ、先生はいかがですか?」

「…………」

 

 四人の意見がやや性急にまとまりかけている所に、アヤネが不安そうに俺へ問う。

 冷静だな。アヤネはアビドスの中で優秀なストッパーの役割を果たしているのだろう。ならば……今俺に求められている役割は最終判断か。リスクとリターンを踏まえ、よりよい決定を下さなくてはならない。

 いつもの──ルビコンと変わらない仕事だ。

 俺は考える。

 撤退した集団の追撃。消耗戦を防ぎつつ相手に痛手を与える機会となれば、悪い手ではない。ただそれは、裏にいるかもしれない誰かがどういった立場の人間かで変わる。

 手を引いている者がいたとして、もしも……本当にヘルメット団そのものに価値を見出し支援しているのであれば、仮に壊滅させたとていずれ復活する可能性がある。そうなった場合は本当に消耗戦だ──向こうの資金との我慢比べになりかねない。

 こちらは五人。個々の実力が高いとはいえ限界はあるだろう。今回、支援がなければ襲撃に負けていた可能性を鑑みると、あまり良い手ではないか?

 逆に、今回裏にいる人間がヘルメット団を雇っただけの場合──今回の俺たちの襲撃が上手くいったとしたら、ヘルメット団は切り捨てられる可能性が高くなる。

 そうなれば、ヘルメット団はそのまま瓦解し当面の心配はなくなるだろう。別の集団を雇われなければ、という注釈がつくが。

 最後に……まあ、これは流石に楽観視だが、裏に誰もいなければヘルメット団は壊滅して終わりだ。

 今後のことを考えるなら……どちらにせよ、裏にいる人間を炙り出す必要がある。正体が分からなくとも、動かすことで尻尾を出させなくてはならない。

 リスクはあるが、やるしかない。仮に裏の人間がヘルメット団に価値を見出していたとしても、()()()()()()()()()()行動すれば十分に防げる。

 

「……やるぞ。ヘルメット団の動きを阻害できれば、見えてくるものがあるはずだ」

「よっしゃ、先生のお墨付きももらったことだし、この勢いでいっちょ──」

「ただし」

「?」

 

 勢い付いたホシノたちを止めるように、俺は待ったをかける。

 怪訝そうな顔を向ける生徒たちに、俺は。

 俺の我儘を──言う。

 

「ホシノ。一つ、条件がある」

「……なに? 先生」

「お前たちの問題。その本質に、俺を関わらせてくれ。解決する保証はできないが……協力をさせてほしい」

 

 たった五人。

 捨てられた土地で、それでもなお諦める事なく使命を果たさんとする少女たちを見て、俺は、どうしようもなく、かつての自分と重ねてしまう。

 アイビスの火で全てを喪った(背負った)ときの感情を──己の無力を痛感したあの激情を、彼女たちに味わわせるわけには、いかない。

 

()()()()の?」

「……ああ。俺はそのために来た」

「────いいよ。じゃあ、これが終わったら話そっか」

「え、ホシノ先輩、それって……!」

「別に罪を犯したわけじゃないしさ。知ってるんなら、一緒じゃない?」

 

 淡い、儚い笑みだと、俺は思った。

 その小さな身体に──お前は、何を背負っている?

 

「まずは信頼させてよ? ウォルター先生」

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