ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 その存在は、新しく名付けられた。


1-5

 010

 

『資格を確認しました、入室権限を付与します』

 

 そうして、資格保持者であると判断された俺は──ハンドラー・ウォルターと明言された俺は、その同行者であるモモイたち三人を含め、その後に開いた()()()()に反応することができず、一階層下に落下した。

 何の前触れもなく。

 一切の警告なく、クッションさえない床に叩き付けられた。

 分からないことだらけだが、少なくともこのシステムを考えた人間が、キヴォトスの住人であることは間違いないようだ。

 

「……ぐっ……」

「……痛ってー……ウォルター、大丈夫か?」

 

 しかし、俺へのダメージはほとんどなかった──ロイが落下最中に俺を抱えて下敷きになったことにより、無傷で済んだのだ。

 男としては情けない限りだが、正直、老人の身としては助かったと言わざるを得ない。

 一般的な老人よりは鍛えているつもりでも、どうしても咄嗟の動作には遅れが出てしまう。

 寄る年波には勝てないということだろうか……早いところ()を準備しなければ、いずれ取り返しのつかないことになりそうだ。

 

「……すまない、ロイ。助かった」

「いーよ、そのために来てんだから。むしろ、ちゃんと助けられてホッとした」

 

 できたらお姫様抱っこで着地したかったけどな、と立ち上がりつつロイは言ったが、あの緊急時に俺を抱えただけでも大したものである。

 ……それと、その姿は想像するだけでもかなり情けない絵面なので、できればこれからロイが成長したとしても遠慮したいところだ。移動に関しては足手纏いである以上、俺に文句を言う筋合いはないが。

 

「うー……いたた……」

「いやー、流石に死ぬかと思った……」

 

 一方、モモイとミドリはまるで受け身を取っておらず、折り重なるようにして地面に突っ伏していた。

 それでも怪我らしい怪我をしていないのは、流石キヴォトスの住人である。

 これも黒服の言う『神秘』の力なのだろうか。

 

「うぅ……お姉ちゃん大丈夫? 二人は……大丈夫そうだね」

「あっ、ロイ! 気付いたなら私たちも助けてよ!」

「無茶言うな。つーか、お前らは別に落ちても平気だろーが」

 

 軽口を言いつつ、モモイとミドリがロイの手を借りて立ち上がって、お互いに無事を確認した後、落下してきた場所──上階の開いた床を、全員で見上げる。

 

「しっかし、どーなってんだよ、この施設。安全設計完全無視か」

「まさかドボンするとは……ムービー中のQTEは禁止のはずでしょ!」

「最近やったゲームの文句言わないで、お姉ちゃん。それに、そんなに深いところまで落ちたわけじゃないみたい」

「…………」

 

 幸いにも、あの後すぐに落下したことで、ロイたちの中では先程の出来事は有耶無耶になっているようだ──その点に関しては、この施設に感謝してもいいのかもしれない。

 だが──事実が消えるわけでもない。

 

 ──暫定的にハンドラー・ウォルターを『先生』として仮定。

 

 ──よって才羽モモイ、才羽ミドリ、七瀬ロイを、先生の『生徒』として認定、同行者である『生徒』にも資格を与えます。

 

「…………」

 

 このシステムは俺のことを知っている。そして、“本物”のことも。

 それ自体は喜ばしい──思わぬ収穫だ。俺が偽物の先生であることが客観的に示された上に、“本物”の存在も間接的に証明されたのだから。

 だが──あの忌まわしい通称を、何故このシステムが知っている?

 俺はこの世界に来てから、一度もあの名前を名乗っていない。

 つまり、キヴォトスにあの名前を知っている存在はいない、はず、なのだが……例外があるとすれば、それは連邦生徒会長か、あるいは本物の“先生”だろう。

 どちらも実際に会った記憶は無いが……俺が覚えていないだけの可能性もある。キヴォトスに来る前の俺が前後不覚の状態だったことも加味すれば尚更だ。

 仮に、彼女たちが俺のことを知っているものとした場合、どちらかがこのシステムに情報を与えたことになる。

 この廃墟を連邦生徒会が管理していたという背景、この施設に入るための本来の資格を持つ者は連邦生徒会長であるという前提情報を踏まえると、俺の情報を登録したのは連邦生徒会長だと捉えるのが自然だろうか……。

 名前を知っているという点においては、ルビコンに属していた人間が俺と同じようにキヴォトスに現れて、この施設に細工をしたという可能性も考えられなくもないが……いや。

 仮にそんな人間がいれば、俺の悪名などキヴォトスでとうに知れ渡っているだろう。

 シャーレの『先生』など、できるはずもない。

 そして、現在進行形で悪人でありながら善人の真似事をしている俺に対して、何らかの接触を謀るはずだ──最悪、命を狙われる程度のことは覚悟していたのだが、それも無かった。

 表では先生の真似事をし、裏ではスネイルの名を騙って仕事をしているにも関わらず、一切そういった動きが確認できない以上、ルビコンの人間は俺以外にいないと判断するべきだ。

 ……まあ、万が一の確率で、警戒に警戒を重ねて俺に悟られないよう慎重に動いている可能性も無いでは無いが、そんな人間ならば、この施設に細工などしないだろう。

 これらのことを踏まえると、やはり俺の情報を登録したのは連邦生徒会長である可能性が一番高い。

 だがそれでも、疑問は残る。

 

 ──あの連邦生徒会長が、お選びになった方ですからね。

 

 ──……解釈違いですね、先生。

 

 ──()()()()()・ウォルター。

 

 彼女は何をしている──俺に何をさせようとしている?

 ハンドラーの名前を知っているということはイコールで、俺の所業を、そして悪行を知っているはずだ──知っていて尚、擬似的に先生という概念を付与し、偽物の俺に資格まで与えた意味は何だ?

 この場所に──何を残したのだろう。

 

「それにしても、ここは一体何なん…………えっ」

 

 しかし、その答えはすぐに見つかった。

 あっさりと。

 モモイが天井から視線を外し、周囲に目を向けた、その先に。

 ()()は、あった。

 

「ん? どうしたのお姉ちゃ──……えっ」

 

 後から考えてみれば。

 その部屋は、まるでその存在を引き立てるためだけに作られたかのような空間だった。

 恐らく、上階の扉の先は存在していなかったのだろう。この空間のためだけに、屋上までくり抜かれている。

 自然光が──本来この施設に入り込むとは思えない光が、スポットライトのように中央に鎮座するその存在を照らしていた。

 恐らくあれこそが、リオが依頼した『何か』だろう。

 連邦生徒会が管理していた廃墟の中、資格を持たざる者を拒む扉の先に封じ込めていたもの。

 光の中で、美術品のように、石造りの、およそ座り心地は悪いであろう椅子に座っている()()は。

 

「お、女の子……?」

 

 一糸纏わぬ姿で眠る、少女だった。

 

 011

 

「あの子……眠ってるのかな?」

『……どういうこと? あれは……何?』

「…………」

 

 椅子に座ったまま、安らかな顔で一切動かない少女と思われる『何か』の正体を探る前に、俺はまずヒマリの通信を繋ぎ直した。

 

『や、やっと繋がりました……先生、この天才病弱美少女に対する仕打ちは忘れま──』

『後にしてヒマリ。今はそれどころではないわ』

『……リオ、本当に貴女はユーモアが足りな……うん?』

 

 皮肉を言おうとして、しかし現状を把握したヒマリは黙り込んだ。

 天才であると声高々に言うだけあって、状況判断と切り替えの速度は大したものだ──そして実際、それは大言壮語というわけではなく、単なる事実に裏打ちされた自信なのだろう。

 

『……あれが、連邦生徒会長が秘匿していたものですか』

『…………』

「ねえ、起きてる……?」

「おーい! ねえってば!」

 

 モモイとミドリは少し離れた場所から声をかけたものの、中央の椅子に眠る少女は──少女に見える何かは動かない。

 眠っている、ように見えるが……よく観察すると、どうやら()()()()()()()()ようだ。

 異常に長い……床についてなお余っている長さの黒髪も相まって、美術品というか、人形じみている。

 廃墟で眠る、少女の人形。

 

「……返事がない、ただの死体のようだ」

「不謹慎なネタ言わないで! それに死体っていうか……ねえ、見て。あの子……『電源が入ってない』みたいな感じがしない?」

「うーん? 確かに言われてみれば、何だかマネキンっぽいね。どれどれ──」

「待て、近付くな。……俺が見る」

 

 好奇心旺盛なモモイが思わず近付こうとしたところを手で制して止めると、彼女は不思議そうに俺を見た。

 

「え? なんで? 普通逆じゃない?」

「……防御力という点においては俺の方が上だ。何かがあった時、全て防ぐだけの力がシッテムの箱にはある」

『そう──このスーパーアロナが! ウォルター先生を! 守りますので!』

 

 全て防ぐは流石に言い過ぎかもしれんと思ったが、アロナはその言葉を聞いて機嫌を取り戻したらしい。

 誰にも聞こえないというのに、胸を張って宣言した。

 

「へえ、そうなんだ……うん? じゃあロイの盾って要るの?」

「……うるせえ、放っとけ」

 

 そして案の定、モモイの言葉に今度はロイが拗ねた。

 ただ実際、俺のための盾は厳密に言えば必要ないというのは事実である──元より彼女に向いていないとは思ってはいたが、最近の技術の向上を見るとそうも言いにくい。

 ホシノから何か言われているようだし、ロイが選んだことを否定するつもりもないが……俺を守る以外の選択肢も、どうにかして示したいところである。

 

「…………」

 

 取り敢えず全員を下がらせた上で、俺は彼女が眠る、他より一段高くなっている地面に足を伸ばした。

 まるでステージのようだと、少し思う。

 その中央で、スポットライトを浴びる少女に近づいてみるが……近付いただけでは、特に反応はしなかった。

 そして──やはり、呼吸をしていない。

 見る限りでは、やはり人形である。

 関節部分に継ぎ目が見られないという、人形らしからぬ精巧な作りではあったが。

 

『……報告して頂戴、先生。それは一体……何?』

「お爺ちゃんどう? その子起きた?」

「…………いや。反応は無い。椅子の近くに端末もあるが、機能していないようだ」

 

 リオとモモイに説明しつつ、俺は椅子の陰に隠れていた端末を確認する。

 見た目だけならば、普遍的なモニターとキーボードが埋め込まれた端末だが……そのモニターはひび割れており、長い間使われていないことは把握できた。

 試しにキーボードに打ち込んでみたが、反応は無い。

 この少女と連動している様子もない。

 

「……これから本体に触れる。用心しろ」

「おぉ……なんかそこはかとなく──」

「やめてお姉ちゃん、真面目なシーンだから」

 

 慎重に──いつでも退けるように備えながら、俺はその少女の頬に触れた。

 一秒──二秒。

 五秒。

 ……十秒。

 

「……変化は見られない。肌の質感は……人形よりも人間に近い、が」

 

 呼吸こそしていないが……それ以外で、生きていないことを判別することが難しい。

 皮膚の表面温度は冷たいが……無機質な冷たさではないことが俺にそう思わせるのだろうか。

 

「ねえお爺ちゃん、もう近付いても良い? もっと近くで見たい!」

「それに……その、そのままじゃ可哀そうなので。服でも着せてあげたいです」

「……そうか。……そうだな」

 

 ミドリに言われて、改めて確かに、絵面としてはかなり危険であることに気が付いた。

 裸体の少女に触れる老人。

 いくら人形とは言え、これ以上の接触は控えるべきか。

 待機しているモモイも我慢の限界のようだしな。

 

「いいだろう。だが、警戒は緩めるな」

「やったー! どれどれ……」

『…………』

 

 ひとまず、触れていきなり人形が動き出す様子は無かったので、俺は許可を出した。

 リオは不満げな沈黙を保ったが……しかしそれでも、何かを言うことはない。

 俺の判断に委ねたらしい。

 実際、俺が触れて状態の変化が見られない以上、彼女たちの力も借りなければ解析が進まないのは事実である。

 危険が無いとは言えないが、俺が近くにいれば守ることはできるだろう。

 

「へー、すごい、肌もしっとりしてるし柔らかい……」

 

 そうして、モモイは近付いてすぐさま、人形をぺたぺたと無遠慮に触った。

 ……警戒という言葉を知らんらしい。

 と、そこで。

 

「ん、あれ? お爺ちゃん、ここ、文字が書かれてるよ」

 

 モモイは俺の視線の高さでは気付かなかった、椅子に刻まれた文字を見つけたらしい。

 この人形の名前……ということだろうか。

 モモイは恐らくはその文字列であろう場所を指でなぞりながら、そのまま辿々しく読み上げる。

 

「AL-IS……アル、イズ……エー、エル、アイ、エス? んー、どう読むんだろ……アリス、とか?」

「ちょっと待って、これよく見ると全部ローマ字なわけじゃなくて……AL -1Sじゃない?」

「えー、そう?」

 

 モモイとは反対に、俺の言いつけを守り慎重に近付いてきたミドリは、モモイの背中から覗き込んで言う。

 食い違いによる情報は避けたかったので、俺も彼女たちの視線に回り込んでからしゃがむと、確かに、椅子に文字が刻まれている。

 そしてミドリの言う通り、分かりにくいが『AL-1S』が正しいようだ──しかしこれは、人形の名前や作品の名前と言うよりも『型番』に近いだろう。

 C4-621、のような。

 人間ではなく──それこそ、兵器につけるような。

 名前。

 

『……AL-1S』

『ふむ……キヴォトスのあらゆる情報を観測できるこの天才美少女ハッカーである私でも聞いたことのない単語があるなんて……』

 

 矛盾した言葉だと思ったが、連邦生徒会長と本物である”先生“、そして本来いないはずの俺にしか入れない部屋に置かれた物を把握することは事実上不可能であることを思うと、これをカウントするのは手厳しい気もした。

 逆に言えば、彼女がそれだけ秘匿する必要があったもの、と捉えることもできるしな。

 ……そこまでひた隠しにしておいて、部外者の俺が入れるようにしているというのも妙な話だが。

 

「ていうかミドリ、予備の服なんて持ってきてたんだ……ってそれ私のパンツじゃん!」

「違うよ、これは私の。猫ちゃんの表情が違うでしょ。……よし。これでいいかな」

 

 思考に耽っている間に、どうやらミドリによる人形の着せ替えは終わったらしい。

 彼女の着替えというだけあって、緑色がアクセントとして加えられた制服である。

 ……同じ服を複数持っているのか、と思ったが、制服であれば何ら不思議ではない、のか?

 

「いったいこの子は……それにこの場所、どう考えても普通じゃないよね」

「この子に聞いた方が早いんじゃない?」

「それはそうだけど、この子が起きなきゃできないでしょ。もちろん、それができれば一番──」

 

 と、ミドリが人形の方を見て、その言葉が終わるその瞬間だった。

 警告音と──起動音。

 

「ん?」

「退がれ!」

 

 俺はその音を聞いて、すぐにミドリを突き飛ばすようにして後ろに退がらせた一方、ロイは俺の言葉を聞いてモモイのフードを引っ張って後退した。

 警戒を緩めずにいつでも退がれるよう待機していたらしい──急だったために、モモイはほとんど引き摺られた上に首まで締まっていたが、一応、距離は離れた。

 

「きゃっ……!?」

「ぐぇっ!?」

 

 ロイに引き摺られて一段下がった地面にまで倒れたモモイは、しかし異常に気付いたらしく、すぐに起きる。

 

「な、何この音!?」

「起動音みたいだけど……もしかくて近くにロボットが?」

「ううん……『あの子』から、聞こえた気がする」

 

 着替えのために側にいたミドリが言うように。

 起動音は、人形から。

 彼女から、発されている。

 そして今までの沈黙が嘘のように、人形はゆっくりと──目を、開けた。

 

「状態の変化、および接触許可対象を感知。休眠状態を解除します」

「お、起きた……!?」

「…………」

 

 今の今まで無反応だった人形は──少女は。

 まるで生きているかのように、まるで人間のように、それが当然かのように落ち着いた様子で視線を巡らせて、椅子から立ち上がって、言う。

 

「状況把握、難航。……会話を試みます。説明をお願いできますか」

「え、えっ? せ、説明? なんのこと?」

「せ、説明が欲しいのはこっちの方! あなたは何者? ここは一体なんなの!?」

 

 意思疎通が、できている。

 機械的な受け答えとは言え、向こうからだ。

 そして少女はいきなり質問を質問で返されたにも関わらず、淀みなく応答する。

 

「本機の自我、記憶、目的は消失状態であることを確認。データがありません」

「ど、どういうこと……? い、いきなり攻撃してきたりしないよね?」

「肯定。接触許可対象への遭遇時、本機の敵対意思は発動しません」

「…………」

 

 ひとまず、敵対しているわけでは、ないようだが。

 遭遇時に『発動しない』──つまり、攻撃そのものは可能であるらしい。

 攻撃が不可能だとは、言っていない。

 

『今すぐに逃げて、先生。何も分からないけれど、攻撃意思がないのなら撤退はできるはずよ。C&Cを派遣するから、すぐに──』

『冷静になってください、リオ。私たちの依頼は「何か」を持ち帰ることでしょう?』

『ふざけないで、今はそんな状況じゃ……!』

『撤退はしない』

『──っ!? 先生!?』

 

 簡潔なメッセージをリオに送ると、彼女は珍しく感情的な声で俺を呼んだ。

 非合理的な選択、ということだろう。

 実際、安全性という点においてはあり得ない選択肢だが……撤退したところで現状は好転しないと、俺は判断した。

 撤退して、この少女がこの場所に居続ける保証はない。

 行方知れずになった場合、本当に手がつけられなくなる可能性もある。

 何も分からないからこそ、目を離してはならない──そして何より、この存在を連邦生徒会長が残した意味を、俺は考えなければならないのだ。

 

「うわ、すごい。ロボットの市民ならキヴォトスによくいるけど、こんなに私たちに似てるロボットなんて初めて」

 

 俺の側まで再び歩いて来たモモイは、少女のことを『ロボット』と評した。

 どうやらロボットに囲まれた工場という場所、少女から起動音が聞こえたという状況から、そう判断したらしい。

 ロボット──機械、あるいは兵器、なのか。

 

「……『接触許可対象』とは、俺たちのことか?」

「回答不可、本機の深層意識における第一反応が発生したものと推定されます」

「深層意識って、何のこと……?」

「…………」

 

 この少女は、何も知らないようだ──意図的に記録が消されている。

 連邦生徒会長が残したものである以上、この細工をしたのも彼女であると判断するべきなのだろうが……ここまで徹底的に記録を削除する必要があったのか?

 

「…………どうするべきか」

 

 俺は呟く振りをして、裏の二人に問いかけた。

 元々の予定では『何か』を持ち帰る予定だったが……()()ではな。

 計画は破綻したも同然である。

 

『破壊して頂戴』

『持ち帰りましょう』

『…………』

『…………』

 

 そして、予想通りと言えば予想通りだが、意見は真っ二つに割れた。

 真逆の感性だとは思っていたが、こうも分かりやすく乖離するものか。

 

『……何を言っているの、ヒマリ? あれをミレニアムに持ち帰るですって?』

『あら、元々の計画ではその予定だったでしょう? それに、どうやって破壊するつもりなんですか?』

『……C&Cに任せるわ』

『仮にC&Cが到着したとして。それでも、彼女を破壊できるかどうかは不確定です。どころか、本当に敵対してしまうかもしれません。今は味方なのですから、むしろ今のうちに引き込むべきでしょう』

『……あり得ないわ。たったそれだけの理由で、ミレニアムの生徒全てを危険に晒すと言うの?』

『なら、危険だと思う理由を。あり得ないと思う理由を示して下さい、リオ。()()──知っているんですか?』

『…………』

 

 ……平行線だな。

 リオはリオで、会長としての責務を果たそうとしているだけなのだろうが……ヒマリの言う通り、現状では情報が足らなさ過ぎる。

 未知の存在であることは確かであり、破壊した方が今後の不安がなくなるというのはもっともなのだが、攻撃そのものが敵対行為のトリガーになる可能性はどうしても否定できない。

 どうにかして、彼女のことを調べなければ。

 そして俺個人の意見としても、少女を破壊されるのは困る。

 あの少女は──現状、唯一の手掛かりなのだ。

 連邦生徒会長の思惑と、本物への、手掛かり。

 

「うーん……工場の地下、ほぼ全裸の女の子、おまけに記憶喪失。……ふふっ、良いこと思いついちゃった」

「いや、今の言葉の羅列からは、嫌なことしか思い当たらないんだけど……」

「ねえ、お爺ちゃん。ちょっと相談があるんだけど」

「……なんだ」

「持ち帰っても良い?」

「…………」

 

 奇しくも、ヒマリと同じ言葉をモモイは言った。

 まるで犬猫を拾うかのような軽さだったが、この子は意味が分かって言っているのだろうか。

 

「……持ち帰ってどうするつもりだ」

「それはもちろん、私たちの部員になってもらうの!」

「…………」

『…………』

『素晴らしい意見ですね。ほら、先生も同意してあげてください』

「……無茶を言うな」

 

 眉間に皺が寄った自覚があったので、一つ息を吐く。

 モモイはともかく、彼女たちへ対するヒマリの甘さは何なのだろう──意見が一致しているとは言え、俺が味方かのように振舞われても困る。

 取り敢えず、現状の説明をするならモモイからだろう、と、俺はモモイの視線の高さに合わせるために、かがみ込んでから言う。

 

「いいか、モモイ。廃墟も、この場所も、あの少女も。何も、何一つとして分かっていない。全てが謎だ。そして、あの少女が今は無害でも、いずれお前に銃を向けるかもしれん。その危険性を分かっているのか?」

「敵になるかもしれないってこと?」

「……そうだ」

「んー……でも、友だちになれるかもしれないじゃん?」

 

 何の気無しに、自然と言うモモイ。

 そこには、一切の打算は無く──心底、そう信じているような声で。

 

「何も知らないってことは、私たちの仲間にだってなってくれるかもしれないし!」

 

 別段、彼女の意見を否定しようと思っていたわけではないが。

 それでも、その言葉に。

 その無垢な言葉に。

 俺は、黙らされてしまった。

 

「そうでしょ? ()()()!」

「…………?」

 

 そして、そのまま屈託のない笑みで、振り向きざまに言ったモモイの言葉に、きょとん、と少女は首を傾げた。

 周囲を見て、再びモモイを見る。

 

「あなたの名前だよ、アリス! よろしく!」

「……本機の名称、『アリス』。確認をお願いします」

「ちょ、ちょっと待って! それお姉ちゃんが勝手に読んだ名前でしょ!? 本当ならAL -1Sちゃんなんじゃないの?」

「そんなに長いと呼びにくいじゃん。どう、アリス? 気に入った?」

「…………」

 

 少女の人形は──AL -1Sと思われる機体は、少し考え込むようにして目を瞑ってから、にっこりと笑って、

 

「……肯定。本機、アリス」

 

 と、言った。

 どうやら、気に入ったらしい。

 

「あはは! ほら、見たか私のネーミングセンス!」

「うーん、いいのかな……」

 

 俺はモモイのその、人形に()()()()()()という行為そのものに。

 本当に──どうしようもなく。

 

「……アリス、か。良い命名だ」

「だよね! さっすがお爺ちゃん! わかってるぅ〜!」

「……もう。お姉ちゃんが調子に乗るからあんまり褒めないでください、先生」

「いや」

 

 俺は言う。

 

「大切なことだ」

「…………」

 

 名前をつけるという行為からも逃げた俺に、モモイの行動は。

 あまりにも。

 

『……それで、あの子をセミナーが回収するんですか? リオ』

『……できるわけないでしょう。カバーストーリーの作成は不可能よ。……少し、考える時間を頂戴』

 

 俺たちの説得を諦めた口調で、リオは言った。

 リオには悪いことをしたが……モモイの選択を否定することは、俺にはできそうもない。

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