ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 燻る思い。


1-6

 

 012

 

 表と裏の多数決により少女──モモイの命名で『アリス』と名付けられた少女は、ひとまず廃墟から連れ帰ることになった。

 当然、『どこに連れ帰るのか』という議論でまたもや裏で一悶着あったのだが、それも結局、最終的にはそのままゲーム開発部で匿うという形で妥結した。

 一時的な処置とヒマリは言っていたが……恐らく恒久的な措置になるだろう。

 リオはセミナーどころか、ミレニアムにさえアリスを置いておきたくないようだし、かと言ってヒマリの本拠地であるヴェリタスに預けたくもないだろう。

 ゲーム開発部が、事実上の中立なのだ。

 本来無関係であったゲーム開発部が、リオとヒマリ、それぞれの思惑が干渉しにくい一種の安全地帯と化したのは皮肉と言う他ないが。

 

『ウォルター先生。後で執務室に来てもらえるかしら。今後のことを話しましょう』

 

 ミレニアムに全員が帰還して、無事にアリスをゲーム開発部の部室まで連れ帰ったことを確認してから、リオは俺にそう告げた。

 

『目を離してもいいのか』

『C&Cを張らせておくわ。彼女たちなら、破壊はともかく対処はできるはずよ』

 

 C&C──Cleaning&Clearing。

 ミレニアムにおけるエージェント集団、だったか。

 相当な実力者であることは伝え聞いていたが、合理主義のリオがこうして頼っているあたり、それは真実と捉えていいはずだ。

 先程も廃墟にまで派遣させようとしていたほどである。実力は信用して良いだろう。

 

『幾つか訊きたいこともあるから、早めに来て頂戴。……言うまでもないことだけれど、誰にも見られないように』

 

 最後に、俺の勝手な行動へ釘を刺すように言ってから、彼女は通信を切った。

 やはり、俺に思うことは数え切れないほどあるようだ──彼女からしてみれば、事が計画通りに進んでいるとはとても言えないのだから。

 いや、『何か』を持ち帰るという本来の作戦自体は成功しているのだが……結果は同じでも、過程がここまで狂うとは想定していなかっただろう。

 何もかもが計画と乖離している現状、一度話し合わなければなるまい。

 俺は部室内で今後について話し合っているモモイたちを見つつ、ひとまず今すぐに何かが起きる様子がないことを確認してから、ロイに耳打ちする。

 

「……ロイ。俺は取り敢えず、AL……いや、アリスのことについて調べてくる。お前は監視を頼む」

「監視?」

「アリスが敵対しないかどうか、モモイたちが妙なことをしないかどうか、だ。何かあれば連絡しろ。アリスをゲーム開発部で匿うための下準備は俺がするつもりだが、そのためにはここに居続けるわけにもいかん」

「……分かった」

 

 正直にこれからの行動を話すわけにもいかないので、俺は適当な理由を述べた。

 真実ではないが嘘でもない、後々弁解できる範囲での言い回しを心がけたつもりだったが、ロイは俺の言葉に元気なく頷くだけだった。

 どうしたのだろうか。

 まだ機嫌を損ねているのかと思ったが、どうやらそういうわけではなく、何かを悩んでいるようだ。

 

「……ウォルター」

「どうした」

「…………」

 

 ロイは何かを言いかけて、口ごもり──視線を外してしばらく地面を見つめた後、しかしそれでも意を決したのか、俺に向き直って言う。

 

「……私の盾、意味があると思うか?」

「…………」

 

 それは、恐らく。

 アロナの防壁と、モモイの言葉から生まれた疑念なのだろうと想像できた。

 アロナの防壁はオーパーツ故の特殊能力や超常現象に近いので、比較するようなものでもないと思うが、ロイからすればどうしても目についてしまうのだろう。

 自信をなくしている、ほどではないようだが……。

 何と言うべきか、少し悩む。

 客観的な事実として、無神経に、そして配慮の無い言い方をすれば、盾の効果は薄いと言わざるを得ない。

 アロナの防壁で防げないものは基本ロイにも防げないだろうし、今回、ロイが廃墟で俺を助けた際の行動に、盾は関係ない。

 俺にとっては、ロイが()()()()そのものが重要なのであって、盾は彼女自身が必要としていない限り、無用とさえ言えてしまうだろう。

 だが──反対に。

 客観的な実績だけを言うのであれば、ビナーの誘導が成功したのはロイの防御技術によるところが大きい。瓦礫を弾くような技術は、ロイが努力によって勝ち取った力である。

 ホシノとの特訓で得た力そのものには、きっと意味がある。

 故に、その守る対象が誰であるかが重要なのだ。

 俺ではなく──彼女自身と、誰かを守るための盾であれば、きっと意味はあり続けるだろう。

 と、そこまで考えて、俺は言う。

 

「その意味を決めるのは、俺ではない。お前が自ら選び取るものだ」

「…………」

 

 突き放すような言葉に対し、ロイは明らかに不満そうな表情を浮かべた。

 だが、これで良い。

 そうでなければならない。

 どんな選択も、意義も、意味も。

 

「お前が決めることだ、ロイ」

「………………分かった」

 

 渋々、本当に何か言いたげではあったが、それでも彼女は最終的に頷いた。

 恐らく、この点に関して俺が譲ることはないと察したのだろう──元より人を見る彼女である、既に桜花祭時点で片鱗はあったが、俺の感情を先読みしているのかもしれない。

 ……これ以上、ホシノのような洞察力まで身に付けられてしまうのは正直困るが、時間の問題かもしれんな。

 そんなことを考えながら、俺はロイに一言二言伝えた後、逃げるように部室を後にした。

 廃墟への行軍はそれなりに時間がかかったため、外はもう日が暮れようとしている。

 黄昏時。

 あの世界の空に──最も近い時間。

 

「──…………」

 

 脳裏に浮かんだ『名前』は、しかし言葉にはならなかった。

 できなかった。

 

 013

 

「……ムカつく」

 

 部室から出ていったウォルターを見送ってから、私は呟く。

 考え方からして、『ウォルターはこう言うだろうな』と想像した通りの言葉が返ってきたのは自分でも驚いたけれど、別に嬉しくはない。

 むしろ普通に不満だ。

 ここまで徹底されると言い返す気も失せるけれど……やっぱり、あの不器用な優しさはタチが悪い。

 一定の距離を取るが、面倒見は良い。

 ちゃんと厳しいが、どこか甘い。

 その上で──私に選択を委ねるのだ。

 

 ──お前に意味を与えてやる。

 

 あんな真似をしたくせに、そして言ったくせに。

 ウォルターは私の生き方、やり方に関して一切強要しない。

 ああしろとか、こうしろだとか、そういうことをまるで言わないのだ──シャーレの仕事の時はともかく、こういった私自身が選ぶ必要のある内容にだけは、絶対にウォルターは関与しない。

 選択肢や考える土台は与えてくれるけど、それ以上は手を出さない。

 私の選択。

 私の意志。

 ウォルターが言うところの自由意志。

 命令してくれた方が気が楽なんだけれど、そういう甘えは許さない。

 頑なと言うか、強情と言うか……妙なところで頑固だ。

 私が盾を選んだ時でさえ、良い顔はしなかったけれど、否定はしなかったしな。

 ただ「そうか」と。

 端的な言葉で、認めた。

 私がなんで盾を選んだかなんて、どうせ分かってるくせに。

 

「……ムカつく」

 

 まあ、言ったところでどうしようもないけどな。

 どうせ『俺のために生きるな』としか返さないだろうし。

 だけど、そっちがその気なら私にも考えがある──手を差し伸べるくせに、増やすくせに、礼を受け取らないなら押し付けるだけだ。

 そのためには──まだ、私の力が足りないけれど。

 考えはしておこう。

 ウォルターの考え方に従いながら、機を待とう。

 

「ああっ! 私の『ゲームガールズアドバンスSP』食べちゃダメっ!」

 

 ウォルターが出て行った扉から視線を切って、モモイの声がした方へ振り返ると、がじがじとゲーム機を齧っているアリスが目に入った。

 ……赤ん坊みたいなことするな、こいつ。

 さっきは何かしらのコントローラーを齧っていたし、見た目に反して、思ったよりも未発達なのかもしれない。

 自我、記憶、情緒。

 そういったものが欠けている印象だ。

 

「これは8コア16スレッドカスタムCPUに8K解像度を誇る、キヴォトス唯一の16bitゲーム機なんだよ!?」

 

 アリスからゲーム機を取り上げたモモイが一息に解説したが、私には何を言っているのか全然分からなかった。

 まあ、とにかく貴重で高価なものらしい。

 じゃあその辺に置いとくなよ。

 

「……で、結局どうするつもりなんだ?」

「? どうするって?」

「だから、アリスを本当に部員にするつもりなのかって訊いてるんだ。部員どころか、ミレニアムの生徒ですらないだろ」

 

 ゲームを無事に取り上げられて、大人しく色違いの制服へ着替えさせられているアリスを見ながら、私は言う。

 アリスの身長はモモイたちよりも高いので、今までミドリから借りていた制服はややサイズが合っていなかったが、新しい服──青色の装飾が施された制服はピッタリだった。

 イメージとしては、二人よりもユウカさんの制服に近いかな。

 

「うん、だからまず、アリスをミレニアムの生徒にしないとね!」

「…………そんな、簡単なことじゃないだろ」

 

 あまりにも自信満々に、当然のように言うモモイに対して、私は苦い顔をするのを抑え切れなかった。

 アリスをミレニアムの生徒にする。

 それはつまり、彼女の学生証が必要という意味で──私が、私たちが、ついこの間まで手に入れられなかったものを、モモイたちはすぐに準備しようとしているのだ。

 容易に、呆気なく。

 ウォルターがいなければ、私たちが失ったままだったものを。

 

「ふっふーん。まあ任せなって!」

「…………」

 

 もやもやする。

 上手く、言葉にならない。

 曖昧な感情が──気持ち悪い。

 

「うーん、やっぱり心配……この子をうちの部員にするなんて。本当に大丈夫なのかな……」

「『大丈夫』の意味を確認。『状態が悪くなく問題が発生していない状況』のことと推定。肯定します」

「……いやいや、肯定できないって! この口調じゃ絶対疑われるよ! やめておこう!? これは無理だって!」

 

 私の感情を他所に、会話は進む。

 部外者だから当然ではあるんだけれど、それに納得できない自分もいる──消化不良だ。

 それでも私は、渦巻く思考を押さえ込んで、モモイたちの会話に付いていかなければならない。

 だって、ウォルターに、頼まれたのだから。

 

「今更やめるって選択肢の方が無理だよ。廃墟でG.Bibleは見つけられなかったし……良いゲームも作りたいけど、まずは部活の維持が最優先。人数を確保すれば、最低でも維持はできるはずだし、何としても私たちのゲーム開発部を守らなきゃ。それに……そうしないと、ユズの居場所が……」

「……そう、だったね」

 

 感情に蓋をして会話を聞いたところ、どうやらモモイはアリスを部員にすることに固執しているようだった。

 まあ、アリスがどうこう、というよりも、部活の維持のためと捉えた方が正しそうだけれど。

 居場所、か。

 二人のゲームへの感情はよく分からないが……ここがモモイたちの居場所だと言うのなら、理解はできる。

 唯一の場所を守るために、必死なのだ。

 こうなる前に──廃部を言い渡される前に、G.Bible無しでもゲームをもっと作っておけば、なんて正論を思いついたけれど、しかし言う気にはなれなかった。

 言う資格も無い。

 程度の差はあれ、ウォルターに会う前の私たちだって()()だったのだから。

 落ちぶれる前に頑張っておけば、なんて。

 説得力の欠片もないな。

 

「……ユズ?」

 

 ただ、そこで急に出てきた知らない名前が、少し気になった。

 ミレニアムに来て、一度も聞いたことはない……はずだ、たぶん。

 

「あ、まだ説明してなかったっけ。ユズはゲーム開発部の部長だよ。同学年だけどね」

「ちなみにユズちゃんが企画周りで、お姉ちゃんがシナリオ担当。私はイラスト全般だよ」

「へー……」

 

 てっきり二人だけの部活かと思ってたけど、もう一人いたのか。

 言われてみれば、確かにモモイは自分を部長とは名乗らなかった。

 そして意外にも、部内でそれぞれ役割がちゃんと決まっているらしい。『クソゲー大賞』に選ばれてるものだから、まともに形にすらなってないかと思ってたけど……そうでもないのか。

 

「よし、じゃあ方針も決まったことだし、次は役割分担しよっか」

「……役割分担?」

「?」

 

 モモイの言葉に、ミドリは着替え終わったアリスを横目で見ながら訊き返した。

 そんな視線を受けている当のアリス本人は、特に何をするでもなく、モモイの言葉に首を傾げていたが。

 

「そう。学生証については、私の方で何とかするから、ミドリはロイと一緒に、アリスに『話し方』を教えてあげて」

「は、話し方?」

「……いや、私を頭数に入れるなよ」

「えー? いいじゃんいいじゃん、ちょっと手伝ってよ」

「あのな……」

 

 人へ頼むことに一切の躊躇が無いな、こいつ。

 ……いや、別に悪いことじゃないけれど。

 むしろ良いことですらあるんだけれど。

 その呆れるくらいに真っ直ぐな物言いは、少し、羨ましいくらいだ。

 

「今のままだとミドリが言った通り、疑われちゃうかもしれないから。ただでさえユウカには『友達もいないあなたたちに、新しい部員の募集なんて出来るはずないでしょ』って言われてるし……」

「結構言われてるな……」

 

 あの優しいユウカさんらしからぬ言葉だ。

 まあ、モモイの私情、誇張表現も多く含まれているとは思うが。

 

「例えば、もし何かの拍子に、アリスが『本当にゲーム開発部なのか』って聞かれたとして……」

 

 ──肯定、あなたの質問に対し、アリスの回答を提示。

 

 ──私はゲーム開発部の部員。

 

「……なんて言っちゃった暁には、全部台無しになりかねない」

「まあ、そりゃそうだろうけど……」

 

 ……っていうか、前々から思っていたが、こいつ、普通にユウカさんを呼び捨てにしてやがる。

 先輩だよな?

 

「だからお願い、ロイも手伝って! ちょっとだけで良いから!」

「…………はぁ。分かったよ。でも、期待通りにならなくても文句言うなよ」

「やった、ありがとう! じゃあ私は学生証の『お願い』をしてくるから、後はよろしく!」

 

 ユウカさんの親しみやすさによる弊害のようなものが見え隠れしたところで、モモイは私から言質を取った瞬間に、あっという間に部室から出ていった。

 宣言通り、学生証を作りに行ったらしい。

 ……複雑だ。

 だけど、どうしようもない。

 

「……その、お姉ちゃんがごめんね?」

「いーよ。どのみち、ウォルターには頼まれてるからな。それより──」

「?」

 

 ミドリの謝罪を受けつつ、私が再びアリスへ視線を向けると、状況を一切把握していない顔で本人は首を傾げた。

 なんと言うか……挙動がいちいち幼いな、こいつ。

 見た目──容姿が良いのは作りもの?だから一応納得はできるけれど、庇護欲を煽る動作は天然なのだろうか。

 それとも──愛されるように作られたのかな。

 

「アリス……で、良いんだよな」

「肯定。本機の名称、アリスです」

「うーーん……」

「うーーん……」

 

 ミドリとほとんど同時に唸る。

 アリスの返事は、誰がどう聞いてもプログラミングされた言語だった。

 あまりにも機械然としている──ニュアンスとしては、返事と言うよりも反応や応答に近い。

 

「……なまじ話せるだけ厄介だな」

「話し方……話し方かあ……よく考えると、どうやって習得するんだろ。普通は動画を見たり、周りの言葉を真似していくうちに自然に、って感じだと思うけど」

「普通、ね」

 

 廃墟の中で眠っていた少女に教える普通とは、一体なんなんだろう。

 出自からして普通じゃない。

 

「……うーん。子供用の教育プログラムって、インターネットに落ちてるかな……?」

 

 カタカタとキーボードを叩き始めたミドリの背から画面を覗いたが、あまり目ぼしいものはなさそうだ。

 少なくとも、すぐに見つかる様子はない──私はパソコンを触るのはそこまで得意じゃないし、いつもサホに投げている部分があるので、手伝っても邪魔になるだけだろう。

 ユウカさんに教えてもらった資料作り以外でまともに使える気がしない。

 

「……部屋でも片付けとくか」

「えっ、掃除してくれるの!?」

「アリスが口に入れそうなものだけな。ゲーム機とかはわかんねーから、一箇所に固めとくけど良いか?」

「うん! ありがとう、ロイちゃん──って、ストップ!」

「ん?」

 

 言いながら、そのあたりにあったゴミ袋に食べかけの菓子の袋を捨てようとしたまさにその時、ミドリが大声で制止に入った。

 何かまずいものを捨てようとしたのか、と思い確認してみるも、間違いなく手に持っているのは菓子の袋だ。

 中には湿気った菓子があるだけで、ゲーム機が入っている様子もない。

 

「なんだよ」

「そのお菓子、まだ中身入ってない? 確かお姉ちゃんが取っといたやつなんだけど……」

「ふーん……」

 

 入ってるかと言われたら、まあ入ってるけど。

 一応、ちら、と賞味期限の日付を見る。

 うん。

 

「捨てていいな」

「今の話聞いてた!?」

「どうせ食わないだろ」

 

 部屋に幾つか似たような食べかけがある時点で、この古い菓子に手が伸びるとは思えなかったので、問答無用でゴミ袋に放り込んだ。

 何か言いたげなミドリだったが、しかし自分の菓子ではないことと、今はアリスの話し方を探す方が重要だと判断したらしく、それ以上追及してはこなかった。

 しばらく掃除して、お菓子(ゴミ)とゲーム機、雑誌類にざっくりと分けたとき、今まで私の掃除をぼんやりと眺めていたアリスが、とてとてと歩いてきて、一つの雑誌を手に取った。

 異様に付箋が貼ってある雑誌だ。

 口に入れる様子は……流石にないか。

 

「正体不明の物を発見、確認を行います」

「ん? あっ、そ、それは……っ!?」

 

 パソコンと睨めっこしていたミドリが顔を上げて、アリスが手に取った雑誌を見た瞬間、微妙な表情になった。

 良いような悪いような、なんとも言えぬ表情だ。

 

「……この雑誌がどうかしたのか?」

「えっと……ちょっと恥ずかしいけど、実はその中に、私たちが作ったゲームが載ってるの。まあ、すごい酷評されちゃったんだけどね」

「ふーん……」

 

 逆に言えば、雑誌に載る程度にはプレイはされたのか。

 そう聞くと、結構凄いような気がする。

 

「あ、そうだ! クソゲーランキングでは一位になっちゃったし、アリスちゃんがどう思うかは分からないけど……アリスちゃん、私たちのゲーム、やってみない? 『会話』をしながら進められるから、ゲームをやってみるのも勉強になるかも」

「…………?」

「子供用プログラムは結局なかったのか?」

「うん、話すようになれる方法ばっかりで、『話し方』の勉強にはならないかなって」

「……ふむ」

 

 確かに。

 アリスは決して話せないわけじゃない──話し方を変えようとしているのだから、まずは色んな会話に触れさせる方がいいのかもしれない。

 自分たちが作ったゲームをプレイさせたいというミドリの私情もありそうだが、まあ、現状手詰まりなのは確かだしな。

 いくらクソゲーと評価されたとしても、それはプレイされてこその評価のはずだし、世の中には箸にも棒にもかからないゲームだってあるはずだから、言うほどそこまで酷いものではないのだろう。

 

「ここまでの言動の意図、完璧には把握しかねます。しかし……肯定、アリスはゲームをします」

「ほ、本当に!? ちょ、ちょっと待ってて、すぐにセッティングするから!」

 

 そして驚くべきことに、アリス自身がゲームを遊ぶことを選んだ。

 雑誌を自分から取りに行ったり、ゲームで遊ぼうとしたり、思いの外好奇心旺盛な行動を見せる──こういうところが、私がアリスを幼いと感じる要因かもしれない。

 世界への好奇心、みたいな。

 

「よし、準備完了!」

 

 考えている間に、先程私が端に寄せた中からゲーム機を一台引っ張り出して、目にも止まらぬ早さで(少なくとも私にはそう見えた)セッティングを終えたミドリは、アリスにコントローラーを持たせて、モニターの前に座らせた。

 

「いいよ、アリスちゃん!」

「……アリス、ゲームを開始します……」

 

 ちょこん、とモニターの前に座ったアリス。

 ……こうしていると、本当にただの女の子にしか見えない。

 言動こそ機械じみているが、モニターへの視線は本当に、純粋にゲームに興味がある少女そのものだ。

 私も、ほんの少しだが、そんなアリスが興味を惹かれるゲームとはどんなものなのか気になったので、細かい片付けをしつつ横目でモニターを見る。

 

「タイトルから分かるかもしれないけど、このゲームは童話テイストで、色彩豊かな王道ファンタジーRPGなの」

 

 『テイルズ・サガ・クロニクル』だっけか。

 詳しくないので、タイトルがファンタジー的かどうかは正直わからないが、まあ、ふわっとしたイメージは確かにそうかもしれない──と思った時。

 

 ──コスモス世紀2354年、人類は劫火の炎に包まれた……。

 

「……?」

「ちょっと待て」

「えっと、王道とは言っても、色々な要素を混ぜてたりするんだけどね。トレンドそのままでもダメだけど、王道に拘りすぎても古くなるからってことで」

「要素が強すぎないか?」

 

 既に童話でもなければ王道でもない。

 そういう要素って普通、味変程度に済ませるものなんじゃないのか。

 

 ──チュートリアルを開始します。

 

 ──まずはBボタンを押して、目の前の武器を装着してみてください。

 

「……。ボタンを押します……Bボタン……」

 

 オープニングで既に不安を感じている私とは裏腹に、アリスは淡々と画面に表示された指示に従ってゲームを進めていく。

 私を置いていかないで欲しい、と思った瞬間。

 

 < GAME OVER >

 

「???」

「……は?」

「!?!?」

 

 突然画面に表示された文字に、私とアリスは目を疑った。

 というか、思考が停止した。

 なんだこれ。

 アリスはBボタンを押しただけにしか見えなかったんだが。

 

「あははははっ! 予想できる展開ほどつまらないものはないよね! 本当はここで指示通りじゃなくて、Aボタンを押さなきゃいけないの!」

 

 そんな私たちを嘲笑うかのような声がしたので、画面から目を外してそちらを見ると、いつの間にか帰ってきていたらしいモモイがにこにことした顔で説明した。

 シナリオライター……こいつが元凶か。

 

「お姉ちゃん……? 学生証を作りに行くって言ってなかった?」

「行ってきたんだけど、遅い時間だったからか誰もいなかったの。また明日行く」

「そっか」

 

 やけに帰ってくるのが早いなと思ったら、そういうことか。

 少し、学生証を作れなくて良かったと思う自分がいた。

 

「それはさておき……あらためて見てもこの部分はちょっと酷いと思う」

「ちょっとじゃないだろ」

「……。も、もう一度始めます……。再開……テキストでは説明不可能な感情が発生しています」

「あっ、私それ分かるかも! きっと『興味』とか『期待』とか、そういう感情だと思う!」

「どう考えても『怒り』か『困惑』だと思うけど……」

 

 何なら既に私はモニターを見るのをやめようとしているんだが、アリスは純粋かつ健気であるようなので、プレイを続行するらしい。

 今度は間違いなくAボタンを押して、ゲームが進んで行く。

 

 ──武器を装備しました。

 

「Aボタンで装備完了……」

「お、良い感じ。そのまま進めば、RPGの花である戦闘だよ!」

 

 ──エンカウントが発生しました!

 

 ──野生のプニプニが現れた!

 

「……? 緊張、高揚、興味」

「Aボタンを押して! 今度は嘘じゃないから!」

「Aボタン……『秘剣つばめ返し:敵に対して2回攻撃をする』。行きます、プニプニに対して、秘剣つばめ──」

 

 ──ッダーン!

 

 ──攻撃が命中、即死しました。

 

 < GAME OVER >

 

「!?!?」

 

 ちょっと片付けをするために目を離していたら、画面にもうゲームオーバー表示がされていた。

 何があったんだよ。

 今戦闘が始まったような音がしたから目を向けたのに、なんで終わってんだよ。

 

 ──プニプニ:どれだけ剣術を鍛えたところで、我が銃の前では無力……ふっ。

 

「うーん、やっぱりプニプニが『ふっ』って言うのは不自然かな」

 

 そこじゃねえだろ。

 なんで初戦闘のザコが銃持ってんだよ。

 童話テイストの王道ファンタジーRPG設定どこに行ったんだよ。

 

「……思考停止、電算処理が追いつきません」

「あ、アリスちゃん? 大丈夫?」

 

 ぱちぱちと高速で瞬きを繰り返しながら、目を回しそうになるアリス。

 煙でも吹くんじゃないかと思ったけれど、しばらく沈黙したのちに、ゆっくりと目を開いて、再びゲームに臨む。

 

「──再起動(リブート)、再開します。今度は銃の射程距離把握に努めながら、接近しすぎないようにプニプニを排除します」

「そう、まさにそれ! 諦めずに繰り返し挑戦して、試行錯誤の末に答えを見つける! それがレトロチックなゲームのロマンだよ!」

 

 難易度が高いって言うより、ただの理不尽だろ、それ。

 モモイが絶対に何かを履き違えている気がしてしょうがなかったけれど、私自身はゲームに詳しくないので指摘するのは止めた。

 そして同時に、その面白さ(ロマン)とやらにも興味は薄れたので、モニターからは目を離した。

 諦めずに、ね。

 部屋の隅。

 つい先程ゴミ袋に捨てられた、以前の私なら食べていたであろうお菓子を見て思う。

 理不尽も、試行錯誤も、現実にありふれたものなのに。

 ゲームをしてまで味わいたいとは、思わなかった。

 思えなかった。

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