ハンドラー・ウォルター先生概念。 作:ヤマ
その痕が示すのは、勇者か、魔王か。
017
俺が部屋を出ると、既に日は昇っていた。
状況把握や情報共有に手間取ったとは言え、随分と時間をかけてしまったようだ。
あの後──リオに対して知ったようなことを言ってしまった後、のちに合流したヒマリを交えて今後の計画と方針を話し合ったのだが……正直なところ、話がまとまったとは言い難い。
議論内容は当然、AL-1S──アリスの扱いについて。
当初の作戦通り、連邦生徒会長が資格を使ってまで保管していた『何か』を持ち帰ったまでは良かったものの、その存在があまりにも特異であったため、管理をしようにも普通の方法はまず使えない。
通常の兵器であれば、使用するにせよ破壊するにせよ、それは大した手間にはならないだろうが、今回の場合は
当然のようにリオは『あれは生きていない、人工的に生み出された、人間を模ったモノでしかない』と断定したが……俺としては異を唱えざるを得なかった。
それを認めてしまうと、俺は人工的に生み出された兵器を──強化人間を、生きていないと認めてしまう気がしたからだ。
それだけは──できない、絶対に。
あいつらは生きていて、そして、俺が殺した。
その事実を歪めるつもりは、俺にはない。
と、そんな風に早速俺が感情的に動いているわけだが、しかしリオは俺がそれでも最終的には合理的判断を下すと信じているらしく(彼女の言う通り、アビドスの一件で俺は信用を得たのだろう、皮肉にも)、やや不満げではあったが、大きく反応はしなかった。
反対にヒマリは、アリスが友好的であること、既にモモイたちの友人になっていること、ゲームに夢中になっていること、他者を思いやれる子であることなどを語り、リオの言葉を逐一批判した。
……やはりヒマリはヒマリで、感情的な発言が多い。
一応は咎めておいたが、効果は薄いだろうな。リオとの確執をどうにかしなければ、二人の仲が改善されることはないだろう。
だがはっきり言ってしまえば、正しいのはリオの方だ──ミレニアムの安全を第一に、そしてリスクを最小限にするのならば、アリスを解体するべきという意見はもっともで、その通りである。
今危険でなくとも、気付いた時には手遅れという可能性はいくらでもあるのだから。
コーラルのように。
ただ、そのコーラルでさえ友人となり得る光景を、俺は見てしまっている。
621の、友人。
ならばアリスもまた、モモイたちの友人となり得る可能性はどうしても否定できない。
621には悪いが……人の形を模している分、あいつの友人よりは現実的であるとさえ言えよう。
ともあれ、何にしても
と、そういった結論に至るまでに、また随分と時間がかかってしまったのだが……そもそもリオとヒマリの方針が真逆のため、妥協点を探るのも一苦労だ。
その妥協点が様子見というのも、リオとしては納得がいかない部分なのだろう──悪く言えば、それは日和見とも取れる上に、事態の解決には繋がらない姑息な手段とも言える。
ならば俺は過去の経験上、アリスを破壊しておくべきなのだ。
致命的な破綻を迎える前に、俺が対処しなければならない。
だが──連邦生徒会長が、わざわざ俺に資格を与えてまでアリスを回収させたという事実が、状況をややこしくしている。
連邦生徒会長がアリスを危険だと判断して封じたのであれば、あの部屋に入るための資格を俺に与える必要はない。彼女だけが入れるようにしておけば、アリスはあの部屋で眠ったままだったはずだ。
にも関わらず、連邦生徒会長は俺に『先生』ではなく『ハンドラー・ウォルター』として資格を与え、アリスを目覚めさせた。
つまり、アリスは封じ込めるのではなく、何らかの理由で俺や本物に託す必要があったと考えなくてはならない。
勿論、解体や破壊を託した可能性もないではないが……シッテムの箱しか使えない俺のような老人に頼むとは考えにくい。
あるいは、“本物”ならば『大人のカード』なるもので対処できるのかもしれないが、持っていない俺にまで資格を与えている以上、その線は薄い。
よって、アリスは何らかの目的に必要な存在であると考えておく方が良いだろう。
幸い、アリスは友好的である。
それこそ、ロイを思い遣るほどに。
「…………」
C&Cからの報告──ロイの行動。
俺はロイが徹夜でアリスを監視をしていたという報告を受けて──そして、その果てに偽造された学生証を見てパニックに陥ったことを知り、如何ともし難い感情に襲われた。
ロイが学生証にこだわる可能性は──当然、考慮していたが。
身分を証明されるという重要性を俺が履き違えていたのも、また事実だった。
言い訳がましくなってしまうが、俺にとって身分とは真っ当に証明されると邪魔になる場合の方が多く、仕事の際は身分を偽装、あるいは抹消することが基本だった。
俺のような日陰者は、公的に認識されると都合が悪いのである。
だから──と、言うつもりはない。そう言ったところで、事実は変わらない。
俺がロイの精神的不調を見抜けず、ケアを怠ってしまったことは揺るぎない事実である。
今回の件は俺の責任であり、俺の失態と言えるだろう。
ただ、唯一喜ぶべき点があるとすれば、それはロイが己の力で踏み止まったことだ。
これは自身の行いを棚にあげる発言であると共に、人でなしの感情ではあるが……ロイが俺の手から離れようとする兆しが見えたことが、俺にとっては喜ばしい。
俺の存在がそこになくとも、既に彼女には立ち止まるだけの強さが、力があることが証明されたのだ。
それは──かつて俺が猟犬たちに望んだことなのだから、これを喜ばずして何を喜べと言うのか。
本当に──喜ばしい。
「……さて」
ロイは監視の疲労により、あの後眠ってしまったと聞いている。
今はゲーム開発部の部室でユズが診てくれているそうなので、俺はその間に仕事を片付けるべきだろう。
ロイの容体が気にならないと言えば嘘になるが……今回の学生証偽装に噛んでいるヴェリタス、その部長であるヒマリと組み、ロイの不調の原因となったハッキングの片棒を担いでいる俺に、言えることなどありはしない。
どれだけ気遣った台詞を口走ったところで、所詮マッチポンプである。
正しさなど、どこにもない。
そう考えると、正しさについてリオに説いている俺は、反面教師として申し分ないように思えた。
俺以上に正しく間違い続けた者など、いるはずもないのだから。
018
「あっ、先生。お待ちしてました」
それから俺は、ミレニアムの校舎内をしばらく歩いて、ユウカとの待ち合わせ場所に辿り着いた。
昨日果たせなかった約束を守るためだ。
つまり、エンジニア部との顔繋ぎである。
「すまない、ユウカ。昨日は迷惑をかけた」
「いえ、それは全然問題ない、んですけど……」
開口一番謝罪するのもなんだが、ユウカはリオと同様、俺の感情的行動による被害者のため、まずは昨日の非礼を詫びた。
裏では想定内の予定変更とは言え、廃墟の件にユウカは無関係である。
それなりの怒りを買っても仕方がないと思っていたのだが、しかしユウカは怒りを滲ませることなく、それでいて何故か歯切れ悪く答えた。
理由は──俺に思うところがあるから、ではなさそうだ。
「……どうした」
「その……まあ、見てもらった方が早いですね」
一瞬だけ悩んでから、こちらへ、とユウカは俺を案内する。
ユウカが案内したのは、元々訪れる予定であるエンジニア部の部室だった。
エンジニア部──最新、最先端の技術を持つマイスターたちが集まっている部活であると学園外でも知名度のある部活である。
俺がミレニアムのエンジニア部を知ったのも、学園外での製品からだった。そういった実績を出しているからだろうか、エンジニア部の部室は相当に広い──ゲーム開発部の部室はただの部屋だが、ここは部屋どころかフロア全体を占めている。
そんなエンジニア部は、最初に顔繋ぎを快諾したユウカの反応からして(ゲーム開発部と違い)、誇りこそすれ、彼女が気まずそうな態度を取る場所ではないはずだ。
ではどんな問題が起これば、そこまで口ごもるのだろうか──という疑問は、部屋に入った瞬間解消された。
天井が崩落している。
より正確に言えば──何か高出力のエネルギーがまるで室内から天に向かって放出されたかのような、そんな天井の破壊模様だった。
破壊規模だけで言えば、ACに搭載される兵器の弾丸一発に相当するだろう。
「…………」
先程は言わなかったが、リオとヒマリの話がまとまらないままに俺が部屋を出たのは、もう一つ理由があった。
C&Cからの報告に、無視できないものが含まれていたのだ。
いわく、ロイの一件の後、モモイたちはアリスの銃を見繕うためにエンジニア部を訪れたのだと言う。
そしてその際、アリスが手に取った銃は──エンジニア部の下半期の予算、その内の約七割近くをかけて作られたエンジニア部の野心作、『宇宙戦艦搭載用レールガン』なるものだった。
エンジニア部が名付けた正式名称は……『光の剣:スーパーノヴァ』だったか?
既に名前だけで大層なものであることは分かるが、実際その内容も大したもので、基本重量だけで百四十kg以上、さらに光学照準器とバッテリーを足した上で砲撃を行うと、瞬間的な反動は二百kgを超えるらしい。
つまり──人間が持って使用するものではないということだ。
そんな兵器を。
銃ではなく、大砲と呼ぶべき兵器を、アリスは軽々と持ち上げて砲撃したのだと言う。
その結果が──あの天井。
これはあくまでもリオの見解だが、アリスは最低でも1t以上と推定される握力であり、発射時にも一切崩れない安定した体幹バランス、強度や出力はもちろん、肌全体に傷すら見当たらない肉体──機体を見る限り、およそ『戦闘』目的のために作られた兵器としか思えない、と。
そう言っていた。
リオはきっと、その認識を共有するために俺をエンジニア部に向かわせたのだろう──あの天井を見せることで、アリスは破綻を
そして味方に、理解者になって欲しかったのだろう。
アリスの危険な情報──兵器として裏打ちするような情報ばかり集まっていくが、しかしそれでも、俺としては疑問が残る。
何故、連邦生徒会長はアリスを破壊しなかったのか、と。
封じておくにしても、何故俺に資格を与えたのか、と。
ならば俺は──試されているのだろうか。
危険因子を。
破綻に繋がりかねない、意思疎通が可能な存在を提示されているというこの状況は、憎らしいほどにルビコンと酷似している。
皮肉以外の何物でもない。
かつてコーラルを灼き尽くそうとした俺に。
俺は。
「……先生?」
「いや……何でもない」
俺は首を振る。
少し焦っているのかもしれない、と思う。現時点では、アリスが破綻を齎すものであるかどうかは未だ分からない。
あくまでも最悪の想定だ。
案外、俺たちが怯えているだけで大した存在ではなかったという落ちもあり得る。
あり得ないかもしれないが……あり得ても良い。
そう思う。
「随分な有様だが……エンジニア部の人間は無事なのか」
「ええ、怪我人はいないみたいです。……いないだけですけど」
「………」
ユウカの皮肉の通り、実際周囲を見ると、崩落した天井の破片、それから銃撃によって破壊されたと見えるドローンとロボットがあたりに転がっていた。
明らかな戦闘痕である。一応、C&Cの報告で聞いてはいたが……アリスたちはかなり派手に試し撃ちを行ったらしい。
隣では、苦々しい顔でユウカが部室の惨状を眺めている。ユウカの脳内では、きっと今も被害総額が加算されているのだろう。
「ちょっと、誰かいないの!? 部室をこんな風に放置して何処かに行ったんじゃないでしょうね!?」
「──いる、いるよ。ちょっと手が足りなくてね、用事なら後にしてくれると──おや」
のっそりと。
ユウカの怒りが含まれた声に反応して、破壊されたロボットの陰に隠れて見えていなかったらしい薄紫髪の少女が、油と煤まみれの姿で這い出てきた。
どうやら、彼女がエンジニア部の人間らしい。
「……予定通り先生を連れてきたんだけど、覚えてる?」
「……あー、うん、ああ、もちろん覚えているよ。ちょっとトラブルがあったけれど、ちゃんと覚えていたさ」
「ちょっとのトラブルには見えないけど……何があったの?」
「なに、『勇者の資格』の確認をね」
「説明になってないわよ……」
ユウカの疑惑の視線をかわしながら、少女は俺の方を向く。
この部屋の惨状、その詳細を語ろうとしないあたり、彼女は元凶であるアリスのことを秘密にするつもりのようだ。
「あなたが以前から依頼してくれていたウォルター先生だね」
「え、面識があるんですか、先生?」
「……実際に会うのは初めてだがな」
少女の露骨な話題転換ではあったものの、アリスに触れられたくないのは俺も同じなので、俺は敢えてその誘導に乗った。
まるで事実無根の話に合わせたかのようになってしまったが、別段これは嘘ではなく、俺はアビドスに出向いていた頃からエンジニア部にはメールで依頼を出している。
その依頼内容は──
「えっと……じゃあ、お互いに紹介するまでもないかもしれませんが、一応説明を。彼女はエンジニア部の部長、三年生の
俺たちが既知だったことにユウカは戸惑いながらも、それでも顔繋ぎ役としての役割を全うするため、お互いを紹介した。
相変わらず律儀で心優しい少女である。
捉えようによっては将来が不安になる優しさだ。
……俺が心配することでもないが。
「よろしく、先生」
「ああ」
ともあれ、これで無事にエンジニア部との繋がりはできた。
既に依頼している『足』の出来次第によっては、ロイたちの銃を依頼することも考えておこう──良い加減、間に合わせの銃ではない彼女たち専用の装備も必要だ。
「それじゃあ早速だけど、製作した物を見てもらおうかな。プロトタイプだけどね……コトリ、ヒビキ。すまないが、少し外すよ」
「はい! 先生、説明や解説が必要であればいつでもお呼びください!」
「了解……早く戻ってきてね」
やはりと言うべきか、この部屋にはまだ部員がいたらしい。ロボットの陰からくぐもった声が二つ、ウタハの声に反応して返ってきた。
ウタハとは違い、姿は見せることなく手だけが隙間から現れてひらひらと振られている。
……なんと言うか、どこか懐かしい光景だった。
「では、私はこれで。この後、ゲーム開発部の部室に行かなくちゃいけないので」
「……? 何かあったのか」
顔繋ぎ役を無事に終えたユウカは俺に会釈して去ろうとしたが、それに続いた言葉が無視できないものだったので、俺は思わず引き留めてしまう。
ゲーム開発部にはアリスがいる。未だ匿う準備が整っていないこの状況下でユウカが発見してしまうと誤魔化すのが難しいので、彼女には情報が出回らないよう注意を払っていたはずだが……勘付かれたのだろうか。
「ええ、まあ。何でも新しい部員が入ったとモモイから報告がありました。……本当かどうかは分かりませんけれど、とりあえず審査しなくちゃいけませんので」
「…………」
ユウカはモモイの発言を信用していないのか、やや呆れ混じりに言った。
……どうやらモモイがアリスの存在を自己申告してしまったらしい。行動が早いのは結構だが、俺たちにとっては裏目である。
だが、どの道いつまでもアリスを隠し通すのは不可能だっただろう──遅かれ早かれ、露見は免れない。
ならばいっそ、ここでユウカに認められてしまえば動き易くなるという開き直りは、強ち愚策ではないのかもしれない。
俺はそう考えて、現状況からどうにかアリスがゲーム開発部に残る方法を思案しつつ、ユウカに依頼をした。
「……ユウカ。ゲーム開発部に向かうのならば、一つ頼みたいことがある」
「はい、なんでしょう」
愚かしいほどにどうしようもない、気休めの伝言を。
「ロイに伝えておいてくれ。負担をかけてすまなかった、と」
「……? そう言えば、ロイちゃんがウォルター先生のそばにいないのは珍しいですね」
「……そうだな。あいつは今、ゲーム開発部の部室にいる。起きていたらで良い。伝えてくれ」
「はい……──ってまさか、新しい部員ってロイちゃんじゃ……!?」
「いや、それは無い。あいつはアビドスの生徒だ。どれだけ仲良くなろうと、ミレニアムに入ることはないだろう」
俺は言う。
彼女が、アビドスの学生証を手に取った時の表情を思い出しながら。
……今にして思えば、ロイに不調の兆しはいくらでもあった──それを見逃したのは、やはり俺の失態である。
俺はしっかりと、ロイに伝えておくべきだったのだ。
アビドスの学生証は、あいつが、あいつ自身の手で掴み取ったものだと。
あいつが勝ち取ったものであることを、理解させるべきだった。
「……そうですか。分かりました。会ったら伝えておきますね」
俺の言葉から何かを感じ取ったらしいユウカは、しかしそれ以上は深く追及せず、「それでは」と今度こそエンジニア部の部室から去っていく。
後で請求書をまとめておいて、と去り際にウタハへ付け加えるように言いながら。
その背中が扉の向こうに消えてから、俺は再びウタハに向き直った。
「すまない、待たせたな」
「いや、構わないよ。クライアントの都合に合わせるのもマイスターの仕事だからね」
ウタハは大して気にした様子もなく軽い調子でそう言ってから、こっちだよ、と俺を先導した。
ユウカに渡す請求書をすぐに作る気はないらしい。
妙な既視感を覚えつつ、俺はウタハの後をついていく。
地面に転がった瓦礫やドローンを避けながら歩き、天井の崩落したエリアから離れて少し行った場所に、目的の物はあった。
恐らく彼女が普段使用しているであろう作業台の上に、小型化したACの脚部にも見える、無骨な義足のようなものが置かれている。
……義足を頼んだ覚えはないのだが。
「ああ、安心してくれ。これは中のダミーを中心に、完全に展開された状態のものだよ。外骨格ギア、とでも言うべきかな」
俺の疑問を汲んだのか、ウタハは自主的に答えた。
どうやらあの足は
「これの使い方は、先生の足に装着するだけだ。要望通り、軽い素材で作ってあるから普段使いしても問題ないはずだよ。テスト通りであれば、杖無しで動けるようになる」
そう。
俺がエンジニア部に頼んだ物とは、前々から話していた杖無しで移動するための足である。
アビドスに出向いていた頃から痛感していたが、キヴォトスではどうしてもフィールドワークを避けられない。
ルビコンでは動いたとしても精々ガレージ内での移動であり、杖で事足りることが多かったが、この世界は違う。歩いていた場所が戦場になるキヴォトスにおいて、移動に難があるようではこの先不安だ。
まさか毎度ロイに『お姫様抱っこ』されるわけにもいくまい。俺にとっては早急に対応が必要な問題である。
「ここを足首に、ここが膝で、あとここを太腿に当てれば駆動する。ああ、服の上からでも問題ないよ。そうすれば、『動物くん』に搭載されているAIが筋肉の動きに応じて姿勢制御や歩行補助を行ってくれるからね」
『AI制御なら私が代わりにやりますよ、ウォルター先生!』
「…………なるほどな」
AIと聞いて妙な対抗心を燃やしたらしい、シッテムの箱から聞こえたアロナの声を、俺は努めて無視した。
ウタハの前ということもあるが、最近何かと張り合いを見せるアロナには全ての意見が通るわけではないということを教えなくてはならない。
……俺は一体何の躾をしているのだろう。
ともあれ、ウタハはダミーに装着されているパーツを一度全て外してから、再びダミーに取り付ける様子を俺に見せながら説明した。
手際よく、それでいて簡潔に説明する様は技術者として確かな実力を感じさせたが、しかし。
「……『動物くん』?」
「うん? この子の名前だけど……変かな」
「……いや」
技術者が何かと製作物に凝った名前を付けたがるのは、どの世界でも変わらないらしい。
例に漏れず、ウタハも独特の感性を持っているようだ。
ルビコンにいた奴らと比べれば遥かに可愛らしいが。
「それと、折角だからBluetooth機能と指向性スピーカーも搭載しておいたよ」
「待て」
「? どうかしたかい、先生」
あまりにも自然な注釈に一瞬流しそうになったが、どうにか反応してウタハを止めた。
懐かしんでいる場合ではない。
聞き間違いでなければ、今明らかに不純物が混ざり込んでいたのだが。
「…………余計な機能は必要ないと言ったはずだ」
「ああ、安心してくれ。勿論、その機能の搭載によって許容重量より重くなるようなヘマはしていないさ。より軽く強靭な素材を使うことで、従来よりも軽く、頑強な良い設計になっているよ」
「…………」
凄まじい既視感を覚える。
俺はいつ、この感情を味わったのだろう。
「これさえあれば、イヤホンをしていなくても音楽が聴ける。そして何より指向性スピーカーだからね、自分以外の人間に音を届けることも可能だ」
「……何故、この機能をつけた」
「何故って……」
たまらず、俺はウタハに問う。
なんとなく返事の内容は既に分かっていたが、俺はそれでも訊かざるを得なかった。
かつて、彼女に訊いたのと同じように。
「──その方が面白いだろう?」
──その方が笑えるだろう?
「…………そうだな」
まったく。
本当に──どの世界でも、技術屋というのは変わらんらしい。