ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 雁字搦め。


1-9

 019

 

 それから俺は、ウタハによる身体検査を受けることになった。

 脈絡がないように思えるが、実際は極めて合理的な帰結である。

 ウタハが言うには、まだまだ試作段階である『動物くん』は完全ではなく、俺の身体に合うよう調整する必要があるとのことだ。

 そのため、今後の開発や改良にもデータが必須であり、一度ここで俺の全身データを収集しておこうという算段らしい。俺がミレニアムに長期的滞在する今がその貴重な機会であるということで、俺はウタハの提案に同意してデータ収集に協力することにした。

 以前にも大まかな脚のデータは送っていたが、今後のために現時点での正確な身長体重、両脚のバランス、筋肉の付き方、歩き方、その果てには血液検査まで、その他ありとあらゆる検査を行った。

 あまりにも多い検査数に途中から健康診断を受けている気分になりつつも、ウタハの表情は真剣極まりないものだったので、大人しく受ける以外の選択肢はない──技術屋はこうなったら止まるまい。

 安請け合いをしたことをやや後悔しつつ、それにしても、と思う。

 依頼したとは言え、ここまで真剣に取り組まれることは俺としては想定外でもあった。

 ウタハいわく、「それだけの金額を貰っているから」とのことだったが……その言葉を信じるのであれば、彼女たちは『光の剣』の製作にかかった、下半期の予算七割を回収するのに必死なのかもしれない。

 実際、今回の仕事が上手くいけば(俺の視点で言えば『足』が期待した品質であれば)、俺がロイたちの装備を追加で依頼する可能性もある。そういった『次の仕事』を見越しているとすれば、なるほど、分からなくもない。

 そんなことを考えながら検査を続け、結局、解放されたのは検査開始から三時間後だった。

 とうの昔に正午は回っている。

 余裕があればユウカが午後に行うと言っていた、『新入部員(アリス)の審査』に立ち会いたかったが……流石にこの時間では終わっているだろう。

 

「……すまない、先生。集中してしまって……時間をかけ過ぎてしまった」

 

 想像以上に時間が経過していたことに気付いたらしいウタハは、申し訳なさそうに頭を下げた。

 とは言え、技術屋が時間を忘れて作業に集中するのは俺としては予想できたことなので、そこまで謝られると逆に罪悪感が湧いてくる。

 俺は、自身の気まずさのような感覚を誤魔化すために、ウタハへ慮るようなことを言った。

 

「構わん、慣れている。それに、このデータによって開発が進むのなら願ってもないことだ。……期待している」

 

 やや世辞めいていたが、それでも多少は効果があったらしい。ウタハは気を楽にしたように少しだけ微笑んで、

 

「任せてくれ。シャーレに戻るまでには、必ず完成させてみせるよ」

 

 と、頼もしい言葉を返した。

 その気持ちの切り替えの仕方、持ち直し方を見るに、ウタハはかなり安定した精神の持ち主のようだ──これまで出会ってきた三年生が何かと抱えていたこともあって、彼女も()()である可能性を考えていたが……杞憂だったか。

 それからはウタハの提案──一度『動物くん』を装着して軽く校内を歩いてきて欲しいと言う要求に答えるため、俺はウタハの指導のもと右脚に装着して、ひとまずゲーム開発部へと向かっているという次第である。

 試運転ではあるが、歩き心地は悪くない。

 あえて現時点で一つ問題点を挙げるならば、歩行時の音が耳につくことだろうか。

 極端な騒音ではないが特徴的ではあるため、これは明らかな異音として耳に残る。俺が隠密行動をするような機会は少ないだろうが、これが原因で居場所を特定される可能性は否定できない。

 ……指向性スピーカーが搭載されている脚に言う改善点ではないか。

 ともあれ、歩行に関しては問題ない。

 ()()()()()()足をこうして動かしているという愚かしい点を除けば。

 必要に駆られたとは言え。

 キヴォトスで仕事をする上で必要だったとは言え、矛盾した行動ではある。

 ……いや。

 この不自由を罰だと信じる独りよがりな思い込みに、生徒を巻き込むべきではないのだ──キヴォトスでの仕事に支障が出るようなら、俺の感情など二の次で良い。

 ならば、いずれ杖を使わなくなる時が来るのだろうか、と想像してみるも、しかし、それはやめた方が良いだろうと思い直した。

 別段、杖に思い入れがあるという意味ではない。

 今までのように、俺は『杖が無ければ歩けない老人』と見くびられた方が都合が良いというだけだ。

 幸い、俺が先程義足と見紛ってしまったように、敵に俺が義足であると誤認させることができれば、いざという時の逃走確率は上がる。

 そういった意味でも、俺は杖を手放さない方が良いだろう。

 

「……む」

 

 と、そこでロイからメッセージが届いた。

 ……どうやら、俺が辿り着くよりも前に目覚めてしまったらしい。彼女が起きる前に辿り着いたところで特別意味があったわけではないが、気まずさのようなものを感じてしまう。

 そして何故か、そのメッセージを見ることに躊躇いを覚える自分がいた。

 ……まさか、俺は恐れているのだろうか。

 ロイが、俺を嫌うことを。

 かつて、あれほど猟犬に嫌われることを望んでいた俺が恐れているのだとすれば、恥知らずにもほどがある。

 滑稽と言ってもいい。

 あまりの馬鹿馬鹿しさに、俺は自身に怒りのようなものさえ覚えて、その勢いのままメッセージを確認した。

 

『もう一度廃墟に行きたい。力を貸してほしい』

「…………」

 

 なんてことはない、普通のメッセージ。

 怒りも失望も感じさせない、どころか信頼さえ感じさせる一文。

 肩透かしのようなものを覚える俺は、きっとどこまでも愚かしい。

 

 020

 

 俺の感情はさておき、あれ以降──つまり、ユウカがアリスの審査に訪れた際に、ゲーム開発部で起きた出来事を説明しなくてはならない。

 ロイの話によると、ユウカはゲーム開発部を訪れて、そしてつつがなくアリスの審査を終えたらしい、意外なことに。

 こうして規定人数を満たしたゲーム開発部は無事に正式な部活となり、今後も活動できるようになったのだった──今学期までは。

 どうやら直近に制度が変更されたらしく、今は部活の規定人数を満たすだけでは存続を認められず、同時に部としての成果を証明しないといけないようだ。

 制度変更直後のため猶予期間はあれど、その期間は月末まで。今月中に結果を出せなければ、ゲーム開発部はたとえ四人だろうと四百人だろうと廃部になるということらしい。

 本来であれば、連邦生徒会長が封じていた『何か』を持ち帰った功績により、ミレニアムへの貢献としてリオからゲーム開発部は存続を認められる予定だったのだが、既にその計画は破綻している。

 『何か』がアリスだった時点で、持ち帰った功績を認められるはずもない。

 そして一時的処置とは言え、学生証を得てしまったアリスは第三者視点で『廃墟から持ち帰ったもの』ではなくなってしまい、後からリオがどう情報を操作しようと、ミレニアムへの貢献として周囲を納得させることは難しいだろう。

 

「……で、結局廃部を免れるためにはミレニアムプライスで賞を取れるゲームを作るしかないっていう、最初の結論に戻ってきたらしい。だから『G.Bible』を今度こそ見つける必要があるんだと」

 

 寝起きのためか、眠そうな、ぼんやりとした声でロイは言う。

 そこに、俺への負の感情は感じられない。

 

「お願い、助けて先生! 廃墟に私たちだけで行くのは無理なの!」

「……お、お願い、します……!」

 

 ロイが経緯を説明し終わると同時に、モモイとミドリ、そしてユズが俺に対して頭を下げた。

 ユズと俺は初対面──正確に言えば俺だけが初対面なわけだが、彼女は俺に怯えた様子かつ震えた声でありながらも、俺に懇願する。

 モモイに至っては頭を下げたというよりも縋り付いてきたと表現した方が正しいのだが……。

 

「と、いうわけなんだけど……ウォルターの好きにしてくれ」

「ええっ!? ロイも一緒にお願いしてくれるんじゃないの!?」

「私がやるのは呼ぶまでだって言ったろ。そこから先は私の仕事じゃない」

 

 くあ、と欠伸をしながら、ロイはにべもなくそう言った。

 先程送られてきたメッセージの内容とは随分と差のある対応である。あの文面からは、むしろ自発的なまでの意志を感じるものだったのだが、どうも乗り気ではないようだ。

 

「こうなったら──アリス!」

「はい!」

 

 と、そこで、ロイの冷たい対応に業を煮やしたのか、モモイはアリスを呼んで(報告に聞いてはいたが、本当に感情豊かになっている。起動させた時とは雲泥の差だ)、ロイの前に立たせた。

 アリスはすぐにモモイの意図を汲んだようで、ロイに向かって言う。

 

「ロイ……手伝ってくれないんですか……?」

「……いや、そんな目で見ても私は……」

「…………」

「…………まあ、できたら、ウォルターが手伝ってくれたら助かる」

 

 そしてロイは折れた、あっさりと。

 いや、単純にアリスに対しては引け目があるというだけかもしれないが。

 

「私の時と態度が違い過ぎる! 不平等だ!」

「公平と言え。つーか、お前とアリスへの対応が同じなわけねーだろ」

 

 モモイの言葉に、呆れ混じりに返すロイ。

 その態度が嘘であるようには思えないが……果たして、あの文面とどちらが真意なのだろう。

 

「あと、言っとくけどな、モモイ。アリスの居場所はここにしかないんだ。ミレニアムの学生証を作っちまった以上、他に動かすこともできねーし……ゲーム開発部が消えると困るんだよ」

「じゃあ普通に手伝ってくれればいいじゃん!?」

「そこでG.Bibleを探しに行くって発想になるのが気に食わないんだ。普通にゲーム作れよ、作れるんだから」

「だから、クソゲー大賞に選ばれた私たちが作ったって──」

「…………」

 

 ……なるほどな。

 様子を見る限り、ロイはアリスのためにゲーム開発部を残してやりたいが、そのために実在するかどうかも怪しいG.Bibleに頼ろうとしていることが気に食わず、モモイたちは自身の実力が信じられないから、確実に賞を取るためにG.Bibleを探そうとしている。

 どちらが正しいと言うつもりはない。

 現実的な手札で確実に足掻くか、可能性に賭けて足掻くかの違いだ。

 そういう意味では、彼女たちの関係は、リオとヒマリの対立に見えなくもない──これ以上板挟みになりたくないという俺の事情はともかく、モモイとロイの関係は、良くも悪くも先程の件を経て距離が縮まったようだ。

 ロイが気後れすることなく言い合える人間が増えたことは、間違いなく良い傾向だろう。

 アビドスの面々──セリカたちは確かにロイの友人ではあるが、しかしどこか恩人という側面がある。

 そういった貸し借りの無い関係も、彼女には必要だ。

 

「……ふん」

 

 と、ロイは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 ありありと不満が見えるが、自分が説得することでもないと思い直して、呑み込んだらしい。

 

「ま、ウォルター次第だ、結局は。どーする、ウォルター」

「……そうだな。結論から言えば、構わないが」

「本当!? やった──」

「ただし」

 

 俺は、モモイの喜びを遮るように言う。

 頭の中でリオにどう言い訳するべきか考えながら。

 

「条件がある。まず、G.Bibleの捜索は明日のみだ。そして、あの工場以外に捜索範囲を広げるな。廃墟は広大だ──捜索に時間を費やせば、それだけゲームの開発期間が短くなる。それでは本末転倒だろう」

「うっ……」

「この条件を呑めるのであれば、廃墟に同行しても良い」

 

 とは言え、今回の俺の返答はただの考え無しや思い付きによる感情的な行動ではない。ある程度の打算も含まれている。

 俺はもう一度、連邦生徒会長の意図を探るために、あの廃工場に行く必要があると考えていたからだ。

 ここでアリスを連れて行けば、何らかの反応を得ることができるかもしれない──当然危険は相応にあるが、連邦生徒会長の意図がまるで分かっていない現状、『AL-1S』の正体を探るにはあの場所しかない。

 このまま放置してしまえば彼女がミレニアム内で暴走する可能性もある。ならば、あえて連れて行くことでその危険性が発露するのであれば、今後の対処もし易いだろうという判断だ。

 ミレニアムへの被害が減るとなれば、リオも幾分か許容できるだろう──という理由もまた、後付けなのかもしれなかったが。

 

「そういった経緯で、再びお前たちに後方支援を頼みたい」

「……………………」

「ええ、構いませんよ」

 

 そしてその後、二つ返事でモモイたちの承諾を得て(俺の出した条件はゲーム開発部からすれば条件とも言えないようなものなので当然である)、俺はリオとヒマリに事情を説明していた。

 秘密保持のため、以前とは別の部屋だ。会えば会うほど情報漏洩のリスクが上がるため、今回は通信だけで済ませるつもりだったのだが、リオが俺に用があると言って呼び出したのだ。

 この所用は今のところ説明されていない。

 まずは俺の話、ということだろう。

 

「……先生。分かっているとは思うけれど、敢えて言わせてもらうわ。それは無視できないリスクよ。到底、私が看過できるものではないわ」

「だろうな。だが、悪いが呑み込んでもらう必要がある」

「……再び彼女たちが廃墟に向かうことを、私が許可すると?」

「そうだ。より正確に言えば、そうせざるを得ない状況だということだ。ここで俺がG.Bibleの捜索を断れば、恐らくあいつらは勝手に廃墟に向かう──アリスを連れてな。つまり、俺たちの与り知らぬところで事態が急変してしまう可能性がある。それだけは避けたい」

「…………」

 

 賭けは基本的に碌でもないことになると知っている俺だが、しかし、これだけは賭けても良い。

 上から押さえつけるだけでは、あいつらは言うことを聞かない。間違いなく。

 無知で、無謀で、勇敢で、恐れ知らずな彼女たちは、俺たちの想像を容易に超えるだろう──ならばせめて、目の届くところにいてもらう必要がある。

 

「そしてもう一つ。俺たちはそもそも、ゲーム開発部を体良く利用している立場だということだ」

「…………それは、そうだけれど」

「俺たちは既に、『何か』を持ち帰った功績によってゲーム開発部を存続させるという約束を反故にしている。彼女たちが今、制度変更により正式かつ正当に部活動として承認されなくなる瀬戸際なのだとしても、きっかけを作った俺たちは彼女たちを手伝わなければならない」

「……合理的ではないわ」

「それが道理だ」

「…………」

 

 俺の断定に、リオは黙り込んだ。しかし、納得したわけではないだろう──どころか、俺の強情な態度を見て呆れているのかもしれない。

 ……まったく、歳を取ると口ばかりが達者になってしまう。

 中身が伴わなければ、どれだけ口が回っても無意味だと言うのに。

 そんな己に嫌気がさしながらも、俺の口はここぞとばかりに続ける。

 

「今現在最も渦中にいるのはゲーム開発部だ。俺たちの都合でアリスを保護させて、面倒を見させている。万が一アリスが敵対した場合、最も危険な立ち位置にいるのは彼女たちだ。そのリスクに見合うだけの報酬は必要だろう」

「…………分かったわ」

 

 渋々、不承不承、溜息を吐きながらリオは言った。

 あまりにも大人げない説得ではあったが、どうにか今回は説き伏せることができたようだ──もっとも、こんな手が通じるのは一度きりで、俺への心象が著しく悪化したことは間違いないのだが。

 そんな俺たちの様子を、提案を二つ返事で承認したヒマリは楽しそうに見つめていた。

 どうやら、『リオが俺に説得されている』というシチュエーションを面白がっているらしい。

 まるで叱られている他の子供を興味津々に見る子供のようだと思ったが、この場合、叱られているのはむしろ俺の方なので、比喩としては正確ではないように思う。

 

「ところで先生、ずっと気になっていたんですけれど……その脚、どうしたんですか?」

「……これか」

 

 ともあれ、リオが折れたことにより目的──後方支援の依頼は達成されたと判断したらしいヒマリは、空気を切り替えるように俺へ呼びかけた。

 ……そう言えば、この脚については彼女たちに説明していなかったな。

 ヒマリたちからしてみれば、朝別れた人間がたった数時間の間に義足のような脚に変わっているということになるので、疑問に思うのは無理もない。

 モモイたちはそれどころではなかったので、あまり気にしていないようだったが……。

 

「以前からエンジニア部のウタハに依頼していたものだ。歩行補助用の試作品だが、使用感は悪くない」

 

 俺は簡潔に経緯を説明し、ミレニアムの技術を称賛するつもりでそう述べたのだが、しかし意外なことに、ここで反応を見せたのはリオだった。

 そして言う。

 

「…………相談してくれたら、私が作ったのだけれど」

「……え?」

 

 リオの何気ない一言に、ヒマリは口を開けて呆然とした。

 信じられないものを見た、とでも言いたげな表情である。

 

「その気遣いは有難いが……遠慮しておこう。お前との接点を疑われるものは、今の状況では望ましくない」

「……………………そう」

「…………」

 

 俺は配慮に欠ける、気遣いの足りない男だと自覚しているが、流石に今返答でリオが気落ちしたことくらいは分かる。

 あまりにも分かりやすい反応に、俺は慌ててフォローするようなことを言わざるを得なかった。

 

「だが、先程も言ったように試作段階だ。改善点を洗い出す分には問題ないだろう──協力してくれるか、リオ」

「ええ、合理的な判断ね、先生」

「…………」

 

 そして俺のフォローはどうやら正解だったようで、持ち直したような澄ました顔でリオは言った。

 ……ここまで分かりやすい少女だっただろうか。

 そんなリオの様子にヒマリは言葉が見つからず、忙しなく俺とリオの間で視線を巡らせていた。

 困惑している。

 俺に助けを求めているのだろうが、何を以て助けとするのかは俺には分からなかったので、ヒマリを救うことはできなかった。

 

「その装具、ここで外せるかしら。構造を見せてちょうだい。それと──ここまで歩いて来て、何か気になることはあった?」

「強いて言うなら、歩行の際に鳴る駆動音だ。私生活に問題はないが、状況によっては使用を避けなければならないだろう」

「……そう。部屋の奥でデータを取ってくるわ。少し待っていて、先生」

 

 リオは端的にそう言って、俺が外した脚を持って素早く部屋の奥に引っ込んだ。

 ……部屋の、奥?

 当然のようにリオが脚を持っていったので流しそうになったが、そもそもこの場所は突発的に決めた部屋ではなかったか?

 ミレニアムには、どの部屋にもそんな設備があるのだろうか──いや、違うな。

 ゲーム開発部の部室を思い出してみれば明白だが、部屋の設備には格差がある。

 ならば、この部屋はあの脚を見ることができるだけの設備が偶然あったということになる──あるいは()()()()()()()()()が、まさしくあの脚についてだったのかもしれない。

 だとすれば、やけに準備が良かったことにも納得がいく。リオの起こした行動はあまりにも淀みなく、脚の話題に移ってから二分と経たない内の出来事である。

 そしてそんな風に次々と許容量を超える物事が起き過ぎたせいで硬直していたヒマリだったが、リオが部屋の奥に引っ込み姿が見えなくなったところで正気に戻ったらしい。

 しばらくリオが帰ってこないことを確認してから彼女は、

 

「……随分とリオに優しいですね、先生」

 

 と言った。

 打って変わって不機嫌な態度である。

 

「私には厳しいというのに、リオは甘やかすんですね」

「……まさか、今のことについて言っているのか?」

「他にありますか?」

「…………」

 

 どう反論するべきか悩む。

 ただ、どう反論しようとも、嫉妬、と表現するにはやや屈折した感情を俺に向けている彼女を宥めるのは難しいように思えた。

 

「氷細工のように儚く繊細な心を持つ美少女の私に対する仕打ちではありませんよ」

「…………」

 

 その一文ほど逞しさを感じる文もそう無いが。

 しかし、自己肯定感の塊であるヒマリはヒマリで、やはり俺に思うところはあるらしい──少しだけ居住まいを正してから、真面目な表情で俺に問う。

 

「この際、はっきりさせておきましょう。先生は一体、()()()に味方するおつもりですか?」

「……そうだな」

 

 どちらとはつまり、リオとヒマリ、二人のどちらの考えに沿うつもりなのかと、ヒマリは訊いているらしい。

 合理的か、否か。

 アリスを破壊するつもりか、否か。

 そういうことを、彼女は訊いている。

 故に俺は、妙な期待を抱かれないためにも、そしてヒマリを安心させるためにも、素直に答えた。

 俺の考え方を──人間性を、正直に。

 

「俺は仕事をするだけだ。そして、その過程で障害になったものが敵になるだろう。だが……安心しろ。だからと言って、お前たちに責任を負わせるつもりはない」

「……では、どうするつもりですか?」

「…………万が一のことがあった場合、俺がアリスを破壊する。リオではなく、お前でもなく、俺が責任をもって破壊する。それが、連邦生徒会長から託された義務だ」

 

 現時点で判明している情報から推測するに、アリスが何らかの兵器である可能性は高い──ならばそれは、俺の仕事だ。

 本当に義務かどうかは分からないが、きっと俺は、()()()()そういうことができる。

 どれだけ感情的に動いていようと、どれだけかつての行いを俺が悔いているのだとしても──本当に打つ手がなくなった時は、俺はアリスを破壊でき(殺せ)るだろう。

 そういう男だ。

 そういう人間だ。

 だが、ヒマリは。

 

「……できませんよ」

 

 と、言った。

 見透かしたように。

 彼女が保有するという、『全知』の名の元に。

 

「……あなたはきっと、それでも。誰のことも見捨てないでしょう」

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