ハンドラー・ウォルター先生概念。 作:ヤマ
その変化は、最善となるか。
021
翌日、ゲーム開発部とロイ、そしてリオとヒマリの支援を加えて、俺たちは予定通り廃墟へと侵入した。
二度目の侵入であるため、滞りなく作戦は進むだろう、と思っていたのだが……アリスの『光の剣』による銃撃によって、一度戦闘になってしまった。
やはり隠密には不向きらしい。あの特徴的な音と光は、いくら対象や状況を絞ったとしても悪目立ちするようだ。
破壊力や殲滅範囲は目を見張るものがあるが、一般的な使用を考えると過剰火力と言わざるを得ない──まあ、そもそも宇宙戦艦なるものに搭載するはずだった兵器なので、人が使うものではないということなのだろう。
そのあたりの出来事はリオにとって強烈な悪印象を残してしまっただろうが、起きてしまったことは仕方がない。
隠せるようなことでも、ない。
「侵入成功。ミッションをクリアしました」
「侵入と言うか、ほとんど突入だったけどな……」
ともあれ、前回に引き続きリオとヒマリの支援がある以上、戦闘になったところで大きな問題もなく、ロボットたちを殲滅した上で俺たちは再び工場内部へと足を踏み入れた。
ここからは存在しないG.Bibleを探すことになるが、その過程でアリスが反応するか否かで、俺の仕事の内容は変わってくるだろう。
と。
「……あ……」
「……アリス?」
そしてアリスは、廃工場に侵入してしばらく歩いた後、とある地点で呆然と立ち止まった。
それから、周囲をきょろきょろと忙しなく見渡す──それは知らない場所に来たからという理由ではなく、むしろ
「ここは……」
「アリス、どうしたの?」
「……分かりません。ですが、どこか見慣れた景色です」
心底不思議そうにアリスは言う。
無論、アリスにとって目覚めた時の記憶は、廃工場のあの場所から始まっているので、当然この光景を知っていてもおかしくはない、が……そういった意味ではなく、もっと根本的な話だと俺は感じた。
記録を一切保持していない少女が、知っている場所。
矛盾した表現だが、彼女は、彼女自身も知らない何かを知っているように見える。
「──こちらの方に、行かないといけません」
「えっ?」
ぽつりとそう言って、アリスは導かれるようにふらふらと歩き出した。
おぼつかない足取りだが、迷っている様子はない。
「アリスの記憶にはありませんが……まるで『セーブデータ』を持っているみたいです」
……当たってほしくない予想だったが、しかしこれは、俺たちの目論見通り、ということになるのだろう。
「──この身体が、反応しています」
記憶が消されてなお反応してしまうほどに、アリスはこの廃工場と関係がある。
彼女に課された役割が──使命が、ある。
「例えるなら、そう、チュートリアルや説明が無くても進められるような……或いはまるで、何度もプレイしたことのあるゲームを遊んでいるかのような──」
「……自分は知らないのに二週目の装備を持ってる、みたいなことか?」
アリスと関わったことでゲームの知識が増えたらしいロイは、自身の理解をさらに深めるためか、彼女に倣ってそんな例えを言った。
「たぶん……そう、だと思います」
しかしそれは、アリスの感覚に近くとも正解ではなかったようで、やや曖昧な返事だった。
それも仕方あるまい。
自分が知らないことを説明するなど不可能だ──俺自身が『偽物』である感覚を他者に説明することができないように、アリスのそれは言語化できるものではないだろう。
『とにかく、アリスについていきましょう。先生、できる限り様子を見てくださいね』
『……それは』
『リオ、ここで分かるかもしれませんよ。アリスがアリスなのか──AL-1Sなのか』
『……そうね』
ヒマリの提案にリオは一瞬抵抗を示したが、続くヒマリの言葉を聞いて呑み込んだようだ。
ミレニアムの敷地内で何かが起きるよりは良いと判断したのだろう。
珍しく──と言うと藪蛇になることは目に見えているので決して口には出さないが、リオとヒマリの意見が一致している内に俺は先へ進む。
「……あれ? 何これ。なんか見たことある気がするけど……」
「アリスちゃんが眠ってた場所にあったコンピューターに似てるね。でも、電源が点いてる……?」
そうしてアリスに導かれるままに廃工場内を歩いていると、俺たちは広い空間に行き着いた。
アリスがかつて眠っていた場所の上階、つまり足元が扉だったあの場所のような様相だが、この場所にあったのは物々しい扉ではなく、たった一台のコンピューターである。
十五インチ程度の小さな画面と、それを支える施設と一体化した土台、複数の端末に対応できるような様々な差し込み口と、それらを生かしているであろう太いケーブル。
異様、である。
以前この場所に訪れた際、この施設が
そしてこの生きている施設は、やはりと言うべきか、俺たちの接近を感知していたらしい。俺たちに向けて音声──ではなく、ディスプレイにカーソルが浮かび、文字がひとりでに入力され始めた。
『DiviSion Systemへ、ようこそお越しくださいました。お探しの項目を入力してください』
「…………」
『……「DiviSion System」ですか。私でさえ聞いたことのない名称ですね』
機械的かつ、簡潔な一文だった。この施設の検索機能のようだが、俺にこれらの言葉に聞き覚えがないのは勿論のこと、リオとヒマリでさえ『DiviSion System』について有用な情報を持っていないようだ。
秘匿された場所のシステムなので、それは無理もないことと言えるが……しかし、アリスを封じたのが連邦生徒会長だとしたら、彼女はこれを知っていたはずだ。
どうにも──きな臭い。
「おっ、まさかの親切設計。G.Bibleについて検索してみよっか?」
「いや、無警戒にもほどがあるだろ……」
「そうだよお姉ちゃん、これは流石に怪しすぎない? ……『ようこそお越しくださいました』ってことは、『ディビジョンシステム』っていうのが、この工場の名前なのかな」
……やはりモモイは好奇心旺盛のようだ。恐れ知らずとも言える行動に、流石にロイとミドリが静止に入ったが。
だが、その間に最もディスプレイに近付いていたアリスが、止める前にキーボードへと手を伸ばしてしまっていた。
「キーボードを発見……G.Bible、と入力してみます」
「ちょっ、アリス待てって──」
「あっ、何か出た!」
『#$@#$$%#%^*&(#@』
ロイが止めるより先に──そしてアリスがキーボードに触れる寸前に、突如画面上の文字がバグを引き起こしたかのように狂い始め、意味不明な羅列を表示する。
暴走とも取れるような挙動だ。
「こ、壊れた!? アリス、いったい何を入力したの!?」
「い、いえ、まだ触っていませんが……」
この動きには流石にモモイやアリスも異常を感じ取ったらしい、一歩二歩後退りして、コンピューターの行く末を見守る。
発狂のような暴走は十数秒続き、そして──
『あなたはAL-1Sですか?』
という、明確に意志を感じる文章が、小さな画面に浮かび上がった。
今までとは打って変わって、あまりにも理性を感じさせるその一文は俺たちへ動揺を与えるには十分だったが、しかし同時に、妙な引っ掛かりを俺は覚える。
……AL-1Sのことを、
いや、このシステムがAL-1Sという存在を知っていることは、別段おかしくはない──むしろこの施設にアリスが眠っていたのだから、知っていて当然とも言えるのだが。
しかし……なんだ、この違和感は。
「!?」
「? いえ、アリスはアリスですが……」
「ま、待って! アリスちゃん、今は何も入力しないほうが──!」
『音声を認識、資格が確認できました。おかえりなさいませ、AL-1S』
「音声認識付き!?」
アリスの応答を、キーボードを使うまでもなく認識したらしいシステムはアリスを『AL-1S』として受け入れた。
受け入れてしまった。
つまり、客観的にアリスの存在は『AL-1S』であることが今この瞬間に証明されたことになるのだが……
「えっと……AL-1S、っていうのは、アリスちゃんのことなの?」
「あ、ごめん。そういえばユズちゃんには言ってなかったかも」
「アリスの、本当の名前……本当の、私」
「…………」
──あなたはAL-1Sですか?
妙な言い回しだな、と思う。
この施設で眠っていたのだから、このシステムはアリスがAL-1Sであることを理解しているはずだ。
では何故、わざわざアリスがAL-1Sであることを確認したのだろう──まるで、このシステムがアリスの所在を把握していなかったかのようだ。
仮にそうだったとすると、この『DiviSion System』は俺を『ハンドラー』と認識したシステムとは同期していない別物ということになる。
ならば連邦生徒会長は、このシステムを利用したのではなく、システムの目を掻い潜り、欺いたということになるのだろうか?
彼女はこの施設で──一体何をしたのだろう。
『……アリスに「AL-1S」としての自覚はないみたいですね。システムが認識しているので間違いはないのでしょうけど……アリスは覚えていないようですし、思い出す様子もありません』
『…………』
ヒマリは見解を述べたが、リオは何も言わない。
思考に集中している、という風でもなさそうだが。
「あなたはAL-1Sについて知っているのですか?」
『────────』
「反応が遅い……?」
「何か画面もぼんやりしてきたけど、処理に詰まってるのかな?」
純粋な、自身を知りたいという好奇心からのアリスの質問に、システムは押し黙った。いや、実際は画面から一切の文字が消えただけなので、事実に即した表現としてはモモイたちの方が正しいのだろうが、俺にはそう思えてならなかった。
そして、俺は一つ確信を得る。
このシステムには──
根拠らしい根拠はなく、ほとんど勘ではあるものの、おおよそ間違いはないと俺の感覚は告げていた。
アリスを封じていたシステムがあくまでもシステムの範疇、プログラムされただけの、
OSなのか、AIなのかは定かではないが……自我に近い何かは持ち合わせているだろう。
『そうで@!#%#@!$%@!!!!』
「え、え? 何これ、どういう意味!?」
『それは』
アリスの問いに答えられないのか、あるいは答える気が無いのか、再び意味のない文字列を紡ぎ出し。
そして。
『緊急事態発生。電力限界に達しました、電源が落ちると同時に消失します。残り時間51秒』
という、システムメッセージを吐き出した。
そのメッセージを信じるのであれば、この死にかけていた施設の電力が遂に底をつくということになるのだろうが……俺としては、まるで
「ええっ!? だ、ダメ! せめてG.Bibleのことを教えてからにして!」
しかし、その緊迫性のあるメッセージにモモイは動揺してしまったらしい、せめてG.Bibleの手掛かりだけは手に入れようと奴へ呼び掛けた。
本来、今にも電力が尽くそうな状況下で、死にかけのシステムがこれに応答するようなことは無いだろう。だが、奴はさもそれが当然であるかのように返答する。
待ち構えていたかのように、彼女たちが掴まざるを得ない糸を垂らす。
『あなたが求めているのは、G.Bibleですか? <YES/NO>』
「!?」
「YES!」
『G.Bible……確認完了、コード:遊戯。人間、理解、リファレンス、ライブラリ登録ナンバー193、廃棄対象データ第1号。残り時間35秒』
「廃棄!? どうして!? それはゲーム開発者たちの、いやこの世界の宝物なのに!」
『G.Bibleが欲しいのであれば、提案します。データを転送するための保存媒体を接続してください』
「えっ……? G.Bibleの在り処を知ってるの?」
『あなたたちも知っています。今、目の前に』
「ど、どういうこと!?」
『……っ! 彼女たちに渡さないで、先生! これは明らかに罠よ!』
システムの言葉に、切羽詰まった様子でリオが叫ぶ──言われるまでもない。
露骨なまでの時間制限、G.Bibleという入力してもいない単語への理解、そして思考誘導。
何が目的であるかは分からないが、奴の
これは明確な誘いだ。
誘い拐かす手が、見える。
『正確には、私の中にG.Bibleがあります。しかし現在私は消失寸前、新しい保存媒体への移行を希望します』
「そ、そうは言っても急に保存媒体なんて──」
どうにかして奴は、
この施設という枠を越えようとしている──ならば最善は一つだ。
「シッテムの箱を使う。こいつが何かは不明だが、制御できるはず──」
『
「……アロナ?」
ことシステム面や電子戦において俺が絶対の信頼を置いているアロナに制御を頼ろうとしたその時、意外なことに、ここで彼女は拒絶の意を示した。
駄々をこねるように、ふい、と顔を背けながら。
『やー、です!』
「…………」
『やー!』
本当に嫌らしい。
頑なに嫌であるらしい。
駄々に付き合っている時間はない──と言いたいところだったが、しかし普段ならともかく、仕事中に俺の指示を拒絶することなどなかった彼女が、ここに来て明確な抵抗を見せている意味を俺は考えなくてはならない。
何か、ある。
だが、具体的に考えるにはやはり時間が足りない。考えるのは後回しにする他ないようだ。
ひとまず俺はアロナを説得することを諦めて、応急処置として自らの端末をディビジョンシステムと思われるものに接続した。
当然ながら、メインの端末ではない。誰もが知っているような情報しか入っていない、いわばダミーの端末である。
それを接続すると同時、奴は嬉々として情報を転送し始めた。
そして言う。
『転送開始……保存領域が不足、既存データを削除します。残り時間9秒』
「……何?」
『容量が不足しているため、確保します』
奴は端末の容量不足を指摘し、端末のデータを削除してまで保存にかかった。
だが、いくら何でも容量が足りないとは考えにくい──たかだかゲーム開発ソフトに、俺の端末の容量が足りないとは思えない。
ならばやはり、これは。
『──削除』
ここで接続を解除し、データ転送を強制的に終了する選択肢もあったが、俺はあえて何もしなかった。
端末のデータがむざむざと消えていく様を見守った。
そして──沈黙。
データ転送が完了すると同時、システムを搭載していた廃工場の電力は、奴の宣言通りに遮断された。
試しにキーボードを触ってみても、ディスプレイに反応は返ってこない。
直感だが、この工場が本当に
──現在の私は消失寸前。
……工場のAI、と考えるには随分と自己が確立されたシステムだ。
『私』という自己を認識し、理解していた。
そしてそれが──この端末の中に、潜入している。
『転送完了』
わざとらしく、抜け抜けと俺の端末に文字が浮かび上がる。
……どうやら既存データを含め、OSごと書き換えたらしい。明らかに既存の形式とは違うものへ変化していた。
『新しいデータを転送しました。< G.Bible.exe >』
「…………」
「こ、これって!?」
「……マジで実在してたのか」
「お、お爺ちゃん、これ今すぐ実行してみよう! 本物なのか確認しなきゃ!」
俺の端末画面を覗き込むために、ぴょんぴょんと一生懸命飛び跳ねながらモモイは言う。
これほどまでに怪しいプログラムを平気で実行させようとするモモイに思うところがないわけではないが、しかし端末のシステムごと書き換えられてしまった以上、起動を躊躇ったところで無意味ではある。
俺は嘆息して、モモイに画面が見えるように屈んでから、G.Bibleを起動した。
「実行! あ、何かポップアップが出て──って、パスワード!? 何それ、どうすればいいのさ!?」
「……大丈夫。普通のパスワードくらいなら、ヴェリタスが解除できるはず……!」
『……ここに来て普通なわけがないでしょう』
『まあ、できますけれどね。この超天才美少女ハッカーにお任せください。あ、先生、帰ったらヴェリタスの誰でも良いので渡してくださいね。チーちゃん経由で受け取りますので』
聞こえていないというのに、リオは疲れた声でゲーム開発部へ苦言を呈した。相当神経をすり減らしたらしい──やはり、感覚としては俺と近しいところがある。
反対にヒマリは大して気にしていないらしく、既にこの端末をどう受け取るかを計画しているようだ。
頼りにはなるが、共感はしにくい。
「そ、そうだね、そうすれば……!」
「これがあれば、本当に面白いゲームが……『テイルズ・サガ・クロニクル2』が……!」
「うん、作れるはず! よしっ! 待っててねミレニアムプライス──いや、キヴォトスゲーム大賞! 私たちの新作は今度こそ、キヴォトスのゲーム界に良い意味での衝撃を与えてやるんだから!」
「…………」
G.Bible。
このプログラムが本当にただのゲーム開発プログラムならば、それで万事解決なのだが。
俺とヒマリ、そしてリオは、これが普通のものではないだろうことは既に察しがついている──何一つ分からない現状、持ち帰って解析してみないことには結論は出せないが、少なくとも、この三人が再び徹夜になるだろうことだけは間違いがなかった。
あけましておめでとうございます。今年も楽しんで頂けたら幸いです。
G.Bibleは結局誰が作ったのか問題(オリジナル説、鏡争奪戦のためヒマリが用意した説、連邦生徒会長説など)は調べても考えてもはっきりしなかったので、自己解釈でいきますがご了承ください。