ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 猟犬は休まない。
 七瀬ロイは──。


1-11

 022

 

「調べたところ、あのファイル──G.Bibleの起動パスワードを直接解析することは、できなくはありませんが時間がかかり過ぎます。なので、セキュリティファイルを取り除いて丸ごとコピーする手法を取ることにしました」

 

 ヒマリは、取り敢えずその辺りから説明を始めることにしたらしい。

 廃墟から戻り、ヴェリタスの部員、小鈎(おまがり)ハレと名乗った少女に渡した俺の端末は、その後無事にヒマリの元へ届けられたようだ。

 俺が再びこうしてリオとヒマリに合流していることを考えると二度手間のような気がしないでもないが、関係を秘匿している以上、念の入れ過ぎ、気にし過ぎということはないだろう。

 G.Bibleが入っていると思われる俺の端末をひらひらと振りながら、ヒマリはどことなく面白くなさそうに続ける。

 

「そこで必要になるのが、この超天才清楚系美少女の私が開発したコピーツール……『Optimus Mirror System』、通称『鏡』です。今はセミナーが管理していますが、リオに頼んで持ってきてもらいました」

 

 まあ元々私のものですので当然ですね、とヒマリは皮肉を付け加えたが、リオは無反応だった。

 決して無視しているわけではなく、聞いていない、あるいは聞こえていないようだ──廃墟からG.Bibleを持ち帰ってからというもの、リオの反応は著しく悪くなっている。

 何か、知っているらしい。

 俺たちに話すつもりは──やはり無いようだが。

 ……俺も大概秘密主義とは言え、()()()()ではなかったと思いたい、が、ただこうして客観的に秘密主義である人間を見ると、己を顧みざるを得なかった。

 猟犬(あいつら)に対して不誠実だったと言わざるを得ない。

 誠実だったことは、一度もない。

 

「OSを書き換えられた端末ですので、念の為調査の方もサーバーから独立したもので行いました。結果としては何も起こりませんでしたが……取り敢えず、その鏡を使用して取り出したG.Bibleの中身がこちらになります」

 

 まるで反応を返さないリオを放っておくことにしたらしいヒマリは、呆れたように溜息を吐いてから、机の上に二つの端末を置いた。

 俺の端末と、ゲーム機を模した新しい端末である。

 

「先生の端末にオリジナルが、機能を絞ったこちらの端末にはコピーしたG.Bibleが入っています。こちらをゲーム開発部に渡してくださいね」

 

 そうして、何食わぬ顔で言うヒマリ。

 さも当然のように言っているが、この短期間で解析と対処を行った仕事の早さには舌を巻く思いだ。

 リオを含め、彼女たちが天才であることを思い知らされる。

 

「……大したものだ」

「ミレニアム最高の超天才美少女ですので。もっと褒めていただいて構いませんよ」

「…………」

 

 思わず溢した称賛を決して見逃さず、しかし照れることなく更に要求するヒマリだった。

 溢れんばかりの自尊心である。

 羨ましいと言えば羨ましい、かもしれん。

 

「……G.Bibleをあいつらに渡して問題ないのか?」

「はい、大丈夫ですよ。コピーしたG.Bibleは本当にただのファイルです。外部にアクセスする機能もありません。恐らくG.Bibleは、あのシステムがダミーとして急遽偽造したプログラムでしょう。……ふふ、ゲーム開発ソフトと評するには物足りないくらいでしたね」

「…………?」

 

 既に中身を精査したらしいヒマリはG.Bibleの説明をして、何故かくすりと笑った。

 含みのある発言だが……まあ、それは今訊くべきことではない。下手をすれば、訊かずともモモイたちが使用した時点で分かるだろう。

 問題は、あのシステムが俺の端末に何を仕込んだかである。

 

「オリジナルの方には何が入っていた?」

「中にあったのはG.Bible本体と、『key』というファイルです。しかし、その『key』は、未だ解析できていません。こちらがシステムの狙いである()()だと思いますが……私たちの知らない機械言語かつ面倒な構成をしているので、すぐに全容を把握するのは難しいでしょう」

「……『key()』、か」

 

 あのシステムが、廃工場の電源を落とすという一種の自殺行為に等しい真似をしてまで仕込んだプログラム。

 『鍵』と称するほどのファイルが無意味だとは思えないが、別端末へ繋がれた時に反応する様子もなく、ただただ大人しくコピーされたことは意外だった。

 てっきりあのシステムが自我を持ってこの端末に侵入したとばかり予想していたが……俺の勘が外れたか、あるいは稼働する条件があるのかもしれない。

 鍵。

 普通に考えれば、これはアリスに関係していて、彼女に効力を発揮するものなのだと思われる。

 封じる方か、解く方か。

 アイビスシリーズのような、アリスの安全装置とも言えるプログラムであれば良いが、もしもこれが解く鍵だった場合──つまり、アリスの本来の機能を引き出すための鍵だとしたら、管理は厳重に行わなくてはならない。

 アロナであれば解析できる可能性もあるが、あれ以降もアロナはあの端末との接触を異様に拒絶しており、手伝いを望むのは難しい。

 しかし実際、あの時アロナが拒否していなければOSが書き換えられていたかもしれないことを思うと、むしろその可能性に思い至らなかった俺の浅慮さを恥じるばかりである。

 ともあれ、現状では手がない以上、解析を進めつつ警戒を続ける他無いようだ。

 

「ひとまずこれをゲーム開発部への報酬としましょう。先生も、彼女たちを労ってあげてくださいね。私たちの仕事はまだこれからですが……何か分かればまた連絡しますので」

 

 お疲れ様でした、と言ってヒマリは、もはや微動だにせず目を瞑って思考を続けるリオを後目に退室しようとして、

 

「待ちなさい、ヒマリ」

 

 という、唐突な言葉に立ち止まった。

 沈黙していたリオが声を上げたのだ。

 

「……何ですか、リオ。今の今まで地蔵のように黙っていた貴女が今更何か言うつもりですか?」

 

 当然、議論に参加せず無反応だったリオに退室を咎められたという事実はヒマリの機嫌を損ねたようで、返ってきたのは随分と棘の含まれた言葉だった。

 しかしそれでも、リオはまるで動じることなく淡々と続ける。

 

「結局、アリスの危険性は判別できていないわ」

「……まだ言いますか。もはや病的なまでの慎重さですね」

「『key』を調べることそのものを否定するつもりはないけれど、調査の間、システムにAL-1Sだと証明されたアリスをミレニアム内で放置する気なの?」

「ではどうするつもりですか? AL-1Sとは何か分からないまま、アリスを放逐するとでも? それこそ貴女の大好きな合理性がありませんよ」

 

 食い下がるリオに、うんざりした様子のヒマリ。

 両者の言い分それぞれに正当性があるが故に、このまま議論しても平行線であることは明白である。

 そして当然、優れた頭脳を持つ二人がその事実に気付かないはずもなく、これ以上口論しても無駄だと思ったのか彼女たちは黙り込んだ。

 

「…………」

「…………」

 

 しばし、沈黙。

 二人は相手を射殺さんばかりの視線で互いを睨み合い、そして──何故か俺を見た。

 彼女たちは言う。

 

「ウォルター先生、決めてください」

「ウォルター先生、決めてちょうだい」

 

 と、完璧に息を合わせて。

 ……こういう時だけ呼吸を合わせないでほしいものだ。

 

「……俺に委ねてどうする。これはミレニアムの問題だろう」

「リオの不安を信じるわけではありませんが、万が一アリスがミレニアムに止まらない脅威となった場合を考慮すれば、シャーレの判断を仰ぐのは間違ってはいないでしょう」

 

 もっともらしいことを言って、俺を説得する態勢に入るヒマリ。

 確かに間違ったことこそ言っていないが、今の彼女たちは自分の意見が肯定されることを望んでいるのが透けて見えるので、このまま俺の意見を述べても良い結果は訪れまい。

 何より、それは俺の信念とは相反するものである。

 

「……だからと言って選択を委ねるような真似はするな。俺の選択による結果は、場合によってはお前たちが後悔しかねない」

「いいえ、むしろここでどちらかの意見を採用した方がお互いに後悔するわ。だから貴方の言葉を借りるなら……そうね、私たちが『先生に委ねる』という選択をしたと捉えてもらって構わない」

「…………」

 

 先程まで口喧嘩をしていたとは思えないリオの援護に、俺の意見は封殺された。託すことを()()()と断言されてしまえば、俺にこれ以上言えることは無い。

 特に口裏を合わせた様子は無かったが、ヒマリとの連携は見事なものだった──やはり本質的に相性は良いのだろう。

 性格や思考が致命的に正反対なだけで。

 

「……ならば、判断する前にお前の案を聞こう、リオ。お前はアリスの危険性をどうやって測るつもりだ? そして、()()()()()アリスがミレニアムに滞在することを許可できる?」

 

 アリス──AL-1Sの役割。

 『DiviSion System』により端末に送られた『G.Bible』と、その中にあった『key』。

 これらの謎は一朝一夕で解けるものではない。解明するためには、どうしてもアリスをミレニアムに置き、時間をかける必要がある。

 もちろん、シャーレでアリスを預かること自体は不可能ではないが、それはミレニアムサイエンススクールの手から離れることを意味し、本来の目的である他学園への秘匿も難しくなるだろう──その状況はリオの本意ではないはずだ。

 

「…………」

 

 俺の問いにリオはしばらく考え込み、その熟考と言える経過時間から恐らくは相当に条件を妥協したのだろう、苦い表情で躊躇いがちに口を開いた。

 

「……あの力を長時間振るっても、制御を失わないこと。ミレニアムの生徒と交流し、協力できること。その二つが確認できるのであれば……一時的には黙認するわ」

「一時的だなんて……キリがありませんね。仮にその条件を満たしても、あなたの不安はどうせ──」

「ヒマリ」

「……………………」

 

 これ以上無意味に噛み付くのはよせ、という意味を込めてヒマリの名前を呼ぶ。既に何度か注意した内容なので名前を呼ぶだけに止めたが、その意図は無事に伝わったらしく、不満げながらも彼女は口を閉じた。

 その表情は膨れっ面でさえあったが──今も俺にひたすら視線を投げかけてきているが、とにかく、ヒマリは口を挟むことを中断し、車椅子に深く座り込んで大人しくなった。

 ……なんと言うべきか、仲の悪い姉妹を相手にしている気分である。

 617とはまた違う感覚だ。

 

「……そして、その方法だけれど……ゲーム開発部は未だG.Bibleにパスワードがかかっていると思っているはずよ。そうなれば、セミナーが管理している『鏡』を奪うために行動する。そこで起こるであろう戦闘や行動を見れば、ある程度の判断材料は集まると考えているわ」

 

 ヒマリが静かになったのを見て、安心したような表情で再び語り出したリオの作戦内容は、しかし随分と乱暴なものだった。

 らしくない、とさえ言える。

 

「……アリスを作戦に参加させてミレニアムへの危険度を測るということか?」

「ええ。あまり気は進まないけれど……ここで彼女の力の全容をある程度把握しておかなくてはならない。万が一、暴走しても対処できるように」

「…………」

 

 リオの言葉は、一刻も早くアリスの情報を集めたいという思いが込められたもので、焦りのようなものを感じ取れた。

 実際、今回の作戦は彼女が立てたにしては杜撰と言える。

 確かに手っ取り早い作戦ではあるが──これによって起きる問題を無視すれば効率的な作戦ではあるが、しかし、それらの問題は決して無視できないものだ。

 

「……ユウカにはどう説明する。既に怪しまれているこの状況で、俺が『鏡』の争奪に協力してしまえば、何かを察されてもおかしくはない」

 

 問題児への協力はともかく、その問題児と共に生徒会を襲撃するような真似は違和感を通り越して異常に映るだろう。

 ケーキで誤魔化せる範疇を超えている。

 

「それに関しては後で私から説明するつもりよ。『セミナーが緊急時に対応できるか訓練するため、外部の人間に依頼した』ということにするから、口裏を合わせてちょうだい」

「俺との繋がりが露見するが、それは構わないのか?」

「既に怪しまれているのだから時間の問題でしょう。それなら、こちらから偽の情報を掴ませた方が話が拗れずに済む」

「……ふむ」

 

 作戦そのものは苦しい部分があるが、その後のフォローに関して言えばリオが語った内容は悪くない。

 何より、ユウカの追及をリオが引き受けてくれると言うのであれば任せるとしよう。

 リオがそれを自覚しているかは不明だが。

 

「では、もう一つの問題だ。生徒会を襲撃すれば必然、ゲーム開発部には悪評が立つが、それをどうフォローする? 元々あいつらにそういった気質があるとは言え、動機を用意したのは俺たちだ。本来であれば負う必要のないリスクを彼女たちに背負わせることになる」

 

 俺は、ゲーム開発部が今現在()()()()()()()()現状を思い出しながら言う。

 彼女たちが廃部になりかけているのは自業自得なのだとしても、廃墟への侵入やアリスの発見に関しては俺たちの作戦が起因している。

 前述の二つに加えて、今回に至っては既に解析されているG.Bibleを人質にアリスの実力を測ろうとしているのだから、やっていることはただのマッチポンプである。

 

「それについても問題ないわ。ミレニアムプライスで入賞させて、彼女たちの廃部を撤回する予定よ」

 

 しかしリオは一切感情の動きを見せることなく、悪気なく、あっけらかんと言った。

 彼女にとってそれは些事だったのだろうが、その言葉にヒマリがぴくりと反応したのを視界の端で捉える。

 既に相当据えかねているようだが、俺が見ていることもあって一度は耐えたようだ──それも時間の問題だろうが。

 リオの言葉の意味は、決してモモイたちが入賞できるように協力するという意味ではなく、そのまま()()()()()という意味だろう。

 当初の予定である『何かを持ち帰った功績によって廃部を阻止する』という報酬を、代わりにミレニアムプライスで行う算段らしい。

 合理的だ。

 だが、それは人の反感を買う行為でもある。

 

「……そういうことではありません。リオ、何度言えば分かるんですか」

「……? 功績には変わりないでしょう。廃部を免れるためとは言え、彼女たちはミレニアムのために貢献したのだから、迷惑料としては十分のはずよ」

 

 私にも彼女たちを巻き込んでしまった自責の念はあるわ、とリオは淡々と言う。

 それはきっと本心なのだろうが、この場合は火に油を注ぐだけだった。

 

「──本当に……あなたという人は……!」

 

 ヒマリは怒り心頭と言わんばかりの形相でリオを睨み付け、それから深く重い溜息を吐く。

 相当なストレスがかかっているらしい。憶測だが、リオはこうやって無意識のうちにヒマリの神経を逆撫でしていたのかもしれんと、少し思う。

 そしてヒマリは感情の赴くままに、リオへ罵倒を浴びせにかかる──かと思いきや、その怒りの力を利用した勢いで彼女は俺を見た。

 ……だから何故俺を見る。

 

「どう思います、ウォルター先生。この女」

「…………」

 

 天才とは思えぬ言葉の羅列だった。

 だがまあ、気持ちは分かる。

 『何か』を持ち帰った功績であろうと、ミレニアムプライス入賞であろうと、廃部を免れるという結果は同じなのだとしても、そこに含まれる意味は大いに違う。

 たとえ、真実をゲーム開発部が知り得ることは無いのだとしても。

 リオも俺と初めて会った当初よりはゲーム開発部に寄り添おうとしている成長は見受けられるが……その結果として逆に人の想いを無下にする形になってしまったのは不幸と言わざるを得ない。

 

「……そうだな」

「…………」

 

 ここで否定するのは流石に違うだろうと思いヒマリの言葉を肯定すると、リオは微かに悲しげな表情を見せた。

 ……努力は認めるが、しかしこの件に関してはリオが悪い。釈明の余地なく。

 とは言え、そのまま放置するのも心苦しいものがあったので、俺はフォローとして、

 

「これはお前への課題としよう」

 

 と言った。

 

「……課題?」

「そうだ。今回の作戦の、ゲーム開発部に対する報酬は何が相応しいのか──お前が考えろ」

「…………考えた結果、なのだけれど」

()()は最後の手段として取っておけ。別の報酬を考えろ。何故ヒマリが怒っているのか、『何か』と『ミレニアムプライス』で何が違うのか。それを踏まえた上で理解することが、お前の課題だ」

「……………」

「この課題を呑めるのであれば、お前の案に乗ろう」

「……分かったわ」

 

 ほんの少しだけ逡巡するように目を閉じた後、リオは頷いた。

 課題の難易度よりも、俺が作戦に協力するという対価を優先したのだろう。

 打算ありきの承諾だったが、俺としてはその課題をリオが考える保証がされただけでも十分だった。

 当然ながら、これでリオがいきなり他人の気持ちを察せられるようになるとは思っていない。

 ならなくても良い。

 人の気持ちを完全に理解することなど、俺のような歳になっても到底不可能なのだから。

 重要なのは、彼女自身が考えることである。

 考えて、予想することだ。

 

「アリスが一体何なのか、『key』とは何のためのプログラムなのか。それを調査するためには、お前たちのいるミレニアムにアリスを滞在させるのが最も効率的だろう。だが、現状アリスの情報は限りなく少ない。故に、彼女の安全性を測るため『鏡』の奪い合いを中心としてアリスの行動を観察し、判断する。その決定は、新たに情報が増えるまで覆ることはない──それで良いな、ヒマリ」

「……まあ、良い落とし所だと思います」

 

 ヒマリの返事には色々と含みはあったが、俺の課題によってリオが肩を落としたことで溜飲を下げたらしい。最終的には彼女も頷いた。

 そうして、両者の納得を得た上で作戦は始動する。

 この選択が吉と出るか凶と出るかは分からないが……後悔はしないはずだ。

 それじゃあ、と。

 これ以上の異論が出ないことを確認したリオは、俺たちをしっかりと見据え、作戦名を告げた。

 

「ミライ作戦を、始めましょう」

「…………はい?」

「…………なんだそれは」

 

 しかし、リオが脈絡なくそんなことを言い出したので、俺たちは当惑することになった。

 一見、鏡とは無関係かつ唐突な『未来』という単語に二人して戸惑っていると、リオはその由来と思われる単語を口ずさむ。

 

「……鏡……ミラー……ミライ……」

「鏡争奪作戦で良いですか?」

「ああ」

 

 023

 

「G.Bibleの解析のために、生徒会の『差押品保管所』に保管されてる『鏡』が必要。だけど、保管所はミレニアムのエージェント集団、C&Cが守ってる。そんな中、ヴェリタスとエンジニア部に協力を要請して、鏡を奪うためにセミナー襲撃を企んでるのが今のゲーム開発部なんだが──」

 

 更に翌日。

 リオたちと計画を立てた後、そのままその足で用意された端末をヴェリタスへ持ち込んで、更に俺たちの計画通りにヴェリタスが立てた『鏡奪還作戦』の概要を聞いた後の話。

 俺は今、ロイを連れてミレニアムの駅に向かって歩みを進めていた。「ミレニアムの人間には聞かれたくない話がある」と言って、彼女を連れ出したのだ。

 理由は一つ。

 ゲーム開発部とヴェリタスの合同作戦会議が裏の意図が隠されたまま無事に終了し、彼女たちを鏡の奪還へ乗り気にさせたまでは計画通りに進んだが、ロイだけはこの作戦に不信感を抱き続けていたからだ。

 この作戦と言うより、俺に、だが。

 

「……なんでこれに協力するんだよ、ウォルター。いくらなんでもおかしい。あんた、何の仕事を引き受けてる?」

「…………」

 

 隣で歩くロイは、不満を隠さずに言う。

 かつてホシノから『人を見ている』と評されたロイは、俺の違和感を見抜くどころか、俺が別の仕事を受けている可能性にまで目を向けていた。

 当然、リオから受けた依頼を正直に話すことはできない。かと言って、俺が心からセミナー襲撃に賛同していると言ってもロイは信じないだろう。

 故に俺は、別の仕事を捏造することにした。

 ……これではリオの秘密主義に何も言えんな。

 

「多くは言えないが……概ね、アリスのためだ」

「……アリスの?」

「あいつについては何も分かっていない。匿えるように細工はしたが、これではまだ不十分だ。アリスがここで生活できるか、他者に危害を加えない存在かどうか確かめる必要がある」

「……良い奴だよ、アリスは」

 

 俺の言葉に、目を伏せてロイは答える。

 恐らく、学生証の件を思い出しているのだろう──そして、作戦会議で発言した彼女の台詞も思い出しているのだろう。

 

 ──アリスは計四十五個のRPGをやって……勇者たちが魔王を倒すために必要な、一番強力な力を知りました。

 

 ──一緒にいる、仲間です。

 

 ミレニアムの生徒と交流し、協力できること。

 アリスは既に、その条件をクリアできる精神性だった。

 

「……そうだな。アリスは善良だ。だが、それを利用する人間がいないとも限らん。故に俺は、シャーレの人間としてアリスのことをある程度把握しておかなくてはならない」

「…………」

 

 嘘は言っていない。

 本当のことも言っていないが。

 このあたりまでが、ロイに伝えられる最大限の情報だろう。

 

「……じゃあ、私がウォルターの手伝いをすれば、アリスのためになるのか?」

 

 ロイは俺を見上げて言う。

 それはアリスに恩義を感じているであろうロイからすれば、至極当然の発想であったが、しかし。

 

「……いや、お前はこの作戦には参加できない」

「──え」

 

 続く俺の言葉に絶句するロイ。

 作戦会議にまで参加させられたのだから、なんだかんだと、俺が彼女の意志を優先するものだと思っていたのだろう──明らかに混乱したまま、彼女は俺を問い詰めた。

 

「な、なんで……!?」

「お前の言う通り、今回の作戦にゲーム開発部の正当性は無い。シャーレとして俺は仕事をするが、少なからずミレニアムから批判は受けるだろう。そして何より」

 

 俺は言う。

 彼女の制服と、首から下げられたアビドスの証を確認しながら。

 

「お前はアビドス高等学校の生徒だ」

「──…………」

「シャーレの庇護下とは言え、他学園の生徒がセミナーの襲撃に加担すれば、それは学園間の問題に発展する。お前は今、シャーレである以前にアビドスの名を背負っていることを忘れるな」

 

 それは彼女が勝ち取った物であり、彼女を位置付けるものだ。

 存在証明となり得るもので、行動を縛る楔でもある。

 

「……私、ミレニアムに来て何もできてないな」

「いや、お前は仕事を果たしている。俺をゲーム機から守り、廃墟で落下から守り、アリスの面倒を見た。既に十分な結果だ。それを否定するな」

「…………」

 

 ゲーム機はともかく、落下のダメージはアロナで防げたかどうか怪しいため、彼女は十分に活躍している。

 アリスがロイに懐いているのも、彼女の行動の結果だろう。

 この言葉は俺の本心からの言葉であり、嘘偽りないものだったが、しかしロイは納得した様子は見せなかった。

 彼女の中のハードルは随分と上がっているらしい。それもまた成長と言えるが……今、彼女が自分の実績を認められないのは精神的な疲労からだろうと俺は推測した。

 ならば今、ロイに必要なのは、休息である。

 

「……休め、ロイ。今はそれが、お前の仕事だ」

「…………分かったよ」

 

 渋々。

 不承不承、ロイは頷く。

 

「作戦は明後日決行される。その間、お前はミレニアムを離れておけ。余計な関与を疑われたくない」

「……駅に向かってると思ったら、そういうことかよ」

 

 ここに来て俺の狙いに気付いたロイは、呆れ混じりに言った。

 説得が成功する前提で動いていた俺の行動に呆れているようだ。

 あるいはそれは、まんまと説得された自分への評価だったのかもしれないが。

 俺は念の為、これによって彼女が再びミレニアムに残ると言わないように、追い討ちの情報を開示することにした。

 本来、明かすつもりのなかった情報を。

 

「ロイ。アリスの学生証を偽造させたのは俺だ」

「……まあ、だろうとは思ってたけど」

「……驚かないのか」

 

 だが、俺の予想とは違い、ロイの反応は冷静なものだった。

 更に動揺するかと思っていたのだが──それを狙ってさえいたのだが、ロイは落ち着いた様子を保ったまま平然と続ける。

 

「最初は分からなかったよ。でも、落ち着いて考えたら、そもそもウォルターはあの時、アリスを匿う準備をするって言って出て行った。なら、それに加担してないはずがない。モモイだけで学生証の偽造なんて普通に考えたら無理だろうし」

 

 その時のことを思い出しているのか、やや決まりが悪そうにロイは髪を掻き上げる。

 しかし、再び俺を見る視線に含まれる感情は以前変わりなく。

 俺に対しての負の感情は、見受けられない。

 

「……失望したか」

「してねーよ。して欲しそうに言うな」

 

 呆れながらも、何故かロイは笑った。

 そして「ここまでで良い」と言って彼女は立ち止まる。

 駅は既に、目と鼻の先だった。

 

「取り敢えず、私は一回シャーレに帰ってからアビドスに行ってくる。そこで二日間、作戦が終わるまで時間を潰しておけば良いんだろ?」

「……ああ。すまない」

「別に。それが一番良いんならそうするよ。疲れてるっていうのも事実だしな」

 

 ぐ、と伸びをして、ロイは俺を見て笑みを浮かべた。

 不当な指示を受けたとは思えない表情だった。

 

「ウォルター。あんたはアリスのこと、どう思ってるか分からないけれど……私にとっては、もう友だちだ。どんな秘密があったとしても」

 

 ……ロイは、どこまで俺のことを見ているのだろう。

 事情を何も知らないはずの少女は、全てを信頼したような目で、しかしどこか含みを満たせた笑みで、俺を見据えて言う。

 

「アリスのこと、よろしくな」

 

 その目は、617や、621とは違うもので。

 かつての猟犬たちとは違う何かを、俺はロイから感じてならなかった。











 イベントによるリオたちの解釈を増やした上で書きました。
 最終編までを経たリオのゴールはああなると知った上で、「追い込まれている現状のリオがウォルターと関わったら」を書いていけたらと思います。解釈違いはずっと恐れていますが……。
 ちなみに作戦名ネタは取り入れたものですが、本当に『ミライ』作戦は今日出る前に書いてたんです……本当です……。
 リオが覚えていなかったので、取り敢えずこのまま行きます。
 問題があれば「ソーダ作戦」に変更する予定です。
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