ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 不測の事態を予測しろ。


1-13

 

 027

 

 交戦を始めてから数分。

 俺たちはアスナ一人に苦戦を強いられていた。

 

「で、でたらめに、強い……! これが、C&Cのエージェント……!」

「だからって、弾が全然当たらないのおかしくない!?」

 

 二対一だというのに、アスナに対して一向に優位に立つことができない。

 C&Cの実力は既にリオから聞いていて、ある程度把握したつもりでいたが……実際にこうして戦ってみると、言葉では伝わらない厄介さが見えてくる。

 一之瀬アスナ。

 直感、と表現するだけでは足りない勘の良さだ。

 おおよそ直感というものは、人の癖を読んだり、自身の経験から裏打ちされたものであることが大半だが、アスナのそれは一般的に言われるものとは一線を画す能力である。

 言い換えるのなら第六感とでも言うべきか──先ほどから様々な不意打ちを試みているが、その全てはことごとく回避されていた。

 何より厄介なのは、これでいてアスナは決して打たれ弱いわけではないということだ。

 ロイのように一発一発が重いダメージになるから避けているのではなく、アスナは()()()()()()()避けているだけに過ぎない。これでは仮に命中したとしても、大したダメージは期待できないだろう。

 それこそ直感で、最小の被害に抑えるに違いない。

 

「思ってたより全然悪くないね! 双子のパワー、ってやつかな。良いじゃん良いじゃん!」

 

 しかし、超能力じみた回避をしている当の本人はその結果をまるで誇ろうとせず、ただただ楽しそうに笑うだけだ。

 純粋に、心の底から戦闘を楽しんでいるらしい。

 その天真爛漫な振る舞いが、より底知れなさを感じさせる。

 

「まさかここでアスナ先輩と出くわすなんて……!」

「お姉ちゃん、ここは一旦退こう!」

「うん、仕方な──」

「そうはさせないよっ!」

 

 アスナの言葉に呼応した、わけではないだろうが。

 モモイたちの撤退を咎めるように、()()がビルの窓を貫いて襲い掛かり、モモイたちの退避先の地面を抉る。

 対物狙撃用の13.97mm弾。

 C&Cの狙撃手──角楯カリンの狙撃である。

 

「きゃあっ!?」

「大口径弾!? 何で!?」

「これ、カリン先輩の……っていうことはまさか、ウタハ先輩……!?」

 

 狙撃の復活──それはつまり、ウタハたちが妨害に失敗したことを意味していた。

 

「ハレ先輩から連絡! カリン先輩を抑えられなくなって、ウタハ先輩が捕まっちゃったって!」

「この状況を見れば分かるよ!」

「あっ、マキからも連絡! アカネ先輩がシャッターを爆発させて脱出したみたい! 同時に、すごい数のロボットがこっちに向かってきてるって……!」

「ええっ!?」

 

 そして、やはり失敗とは連鎖するものらしい。

 俺が今までの経験で重々理解してきたように、基本的に仕事というのは一つのミスが崩壊に繋がるものである。

 たった一つの要因が、全てをひっくり返すのだ。

 どんな時も──どんな場合も。

 

「あははっ、何が何だか分からないけど、私たちが優勢って感じ? もしかして、もうそっちの計画は失敗寸前かな!」

 

 一切の悪気を感じさせず、朗らかにアスナは言った。

 ……彼女の性格からして、本当に悪気はないのだろう。ただの事実確認である。

 実際、彼女の言う通り、このままではモモイとミドリは呆気なく捕まってしまうだろう。モモイたちが保管庫に辿り着く確率は絶望的と言っても良い。

 

「──ううん、まだ失敗じゃない……!」

 

 しかしそれは、()()()()()()()()()()()

 今回の作戦の成功条件は、モモイたちゲーム開発部が差押品保管庫に辿り着き『鏡』を入手することだ。

 モモイたちが捕縛されたとて、作戦が失敗に終わることはない。

 ゲーム開発部が『鏡』を手に入れられなかったその時が、本当の失敗となる。

 

 ──計画通りにいかなかった場合のことも、計画しておかないと。

 

 ミドリは事前に、万が一自分たちが保管庫に辿り着けなかった場合を考慮して、作戦を練っていた。

 もし自分たちが辿り着けなかったとしても、誰かが鏡を入手できるのであればゲーム開発部の勝利であるという、非常に合理的な作戦立案をミドリはやってのけたのだ。

 そして、この場合の二の矢は──アリスである。

 最上階が停電に陥った際に、アリスは自力で反省部屋から脱出する手筈となっている。今頃は部屋から脱出し、鏡を入手するために保管庫へ向かっていることだろう。

 

「私たちが派手に動けば動くほど、一度閉じ込めたアリスへの警戒は薄くなるはず。それに、もしこのタイミングで私たちが捕まったとしても……謹慎ぐらいだったら、部室でこっそりG.Bibleを見ながら『テイルズ・サガ・クロニクル2』が作れる」

 

 それがミドリの作戦。

 モモイたちが差押品保管庫に辿り着けないと判断した際、囮として使ったアリスを本命に切り替え、反対にモモイたちが囮となる。

 この話を聞いた時、俺は素直に感心する思いだった。

 なかなかどうして、冷静な判断をする少女だ。今までそういった側面は見えていなかったが、やはり関わってみないと分からないこともある。

 

「うーん、何の相談かなー? ちょっとずつ必死さが無くなってる気がするけど……まさか、諦めたわけじゃないよね?」

 

 アスナはアスナで裏があることを勘付いているのか、試すような口振りだ。

 ……こういった類の人間は本当に厄介だな。

 621へ偉そうに『不測の予測』などとのたまったが、こういう時、俺のような凡人ではイレギュラーへの対応が後手になってしまうことを痛感する。

 

「──この状況なら諦めた方が賢明だとは思いますけどね」

 

 と。

 ここで、いつの間にか追い付いてきたらしいユウカが、自身の武器であるサブマシンガンを携えながら答えた。

 ……やはり相当怒っているようだ。当然と言えば当然だが、俺に対しても同様、睨め付けるような視線を投げている。

 

「うっ、ユウカ!」

「久しぶりね。とりあえず、ここまで状況を引っ掻き回したことについては褒めてあげる。それについては本当に驚いたわ。でもそれはそれ、これはこれ。こんなありとあらゆる方法を使ってまで生徒会を襲撃するなんて、やり過ぎよ。……猶予を与えた事といい、ちょっと甘すぎたのかしら」

 

 ……しかし、これで『ちょっと甘すぎた』という判定をするあたり、彼女の器の広さは止まることを知らないらしい。

 そして実際、続く言葉は温情に溢れたものだった。

 

「もう悪戯じゃ済まされないわよ。無条件の一週間停学か、拘禁くらいは覚悟した方が良い」

「停学!? 拘禁!?」

「そんな、一週間だとミレニアムプライスが終わっちゃう!」

「…………」

 

 その程度なのか、と思う。

 これらを計画した俺が言うのも何だが、より重い処罰を下されても文句は言えないような事件であるにも関わらず。

 とは言え、一週間の拘禁でさえゲーム開発部にとっては死活問題だ。

 ミレニアムプライスに出展するための作戦によって参加できなくなるようでは、元も子もあるまい。

 

「アリスちゃんも、今は反省部屋に入ってもらってるわ。一人だけで可哀そうだったけど、あなたたちが来ればきっと喜ぶでしょう」

「うぅっ……!」

「捕まっても大丈夫だと思ったけど……このままじゃ、たとえ『鏡』を奪えたとしても、アリスとユズだけじゃゲームは作れない。どうにかして、突破しないと──!」

「突破? へえ、()()()を?」

 

 モモイの言葉に、ユウカは勝ち誇った笑みを浮かべて後続を指し示す。

 そこには、先程シャッターを無理矢理突破したと報告があったC&Cのアカネが、数多のロボットを引き連れている姿があった。

 

「ふぅ、やっと着きました……こんなに息が切れるなんてまさか、本当に体重が……いえ、そんなはずは……」

「うえぇ!?」

「あ、アカネ先輩に、戦闘ロボットまで!」

「ふふっ、今度こそ『本物』みたいですね」

 

 囮によって長時間隔離されたことを根に持つかのように、アカネは『本物』であるモモイたちを視認して、にっこりと笑った。

 ……笑顔に圧のある少女だ。

 彼女が引き連れている、恐らく違法企業から押収したものと思われる戦闘ロボットが、よりその圧を増進させている。

 しかし……改装も終わっていない、規格がまちまちなものをこの場所に持ってきたことは、性急な判断と言わざるを得ない。

 

「あらためて、初めまして。モモイちゃん、ミドリちゃん。マキちゃんとコトリちゃんについては、ギリギリ許せる範囲かもしれませんが……ここまで入り込んできてしまったあなたたちに、もう言い訳の余地はありませんよ」

「……それと、先生」

 

 セミナーのユウカ、C&Cのアスナとアカネ、狙撃手のカリン、戦闘ロボット数十体。

 およそ絶体絶命と言える状況下で、ユウカは俺を複雑な表情で見た。

 裏切られたかのような、傷付いたかのような表情でいて──それでも失望した視線ではないのは、彼女の優しさなのだろうか。

 底抜けの善性である。

 

「……まさか先生がモモイたちにここまで加担するとは思いませんでした」

「……だろうな」

 

 怒りをぶつけられるのならばともかく、こうも悲しそうな表情をされては罪悪感が湧いて仕方がない。

 ただ、それでも事情を話すわけにもいかないため、俺は端的に答える。

 

「これも仕事だ」

「…………」

 

 聡い彼女は何を思ったのだろう。

 俺の言動に違和感を抱いているはずだが、取り敢えず、彼女は彼女で仕事を遂行することにしたらしい。

 一つ息を吐いて、ユウカは努めて冷静に言った。

 

「……シャーレに抗議文くらいは送らせていただきますので。ご承知おきくださいね」

「落下物に対して、俺はミレニアムに抗議することもできるが」

「ゲーム機落としたのその子たちなんですけど!?」

 

 残念ながら、冗談めかした俺の言葉に呆気なくその態度は剥がれてしまったが。

 ともあれ、時間稼ぎとしては十分だろう。

 

「ここで、本当に……? 嫌だ……っ!」

「お姉ちゃん……!」

「ごめん、ごめんね先生……先生は色々助けてくれたのに、私たちの力不足で……私たちのせいで……!」

 

 俗に言う『詰み』の状態に陥ったと思い込んでいるモモイとミドリは、瞳を潤ませて今にも泣く寸前だ。

 ……彼女たちの行いは正しいものではないが、しかしこの状況に持ち込んだのは自分だと思うと、やはり思うところはある。

 本来であれば、彼女たちはこんな思いをせずに済んだのだから。

 

「……諦めるのか?」

「諦めたくない、けど……もう無理だよ。C&Cとセミナー……どっちもミレニアムでトップレベルに強力な二大勢力。こんな状況で、いったいどうしたら……!」

 

 ならば──多少力を貸しても罰は当たるまい。

 

「……覚えておけ、二人とも」

「え……?」

「仕事とは大抵、計画通りにはいかないものだ」

「こ、ここでそんなこと言う!?」

 

 どうやら優しい言葉を掛けられると思っていたらしいモモイは、現実を突き付けるような俺の言葉に叫ぶようにして返した。

 だが、俺は残念ながら気の利く男ではないし、優しくもない。

 俺が若人にできることは、精々教訓を吐き出すことだけである。

 

「ユウカ。そのロボットは押収した違法企業のものだな」

「え? ええ、まあ……それがどうしたんですか?」

「──それを使うべきではなかったな」

 

 あの外装からして、内部の調整も不十分だろう。

 技術力のあるミレニアムが、押収したものを改装せずに使用しているということは、今この場所に存在するこれらには付け入る隙が残っているという意味でもある。

 

「メインのセキュリティシステムがハッキングされている以上、他の制御や命令系統が奪われることは考慮しておけ。ましてや押収した調整不足の無人機を使えば──」

「……まさか!?」

 

 ぐるり、と。

 ユウカたちを守るようにして固まっていたロボットたちが一斉に振り向き、その銃口を味方であるはずのC&Cへと向けて一斉掃射を繰り出した。

 

「きゃ……!?」

「わお、危ない」

 

 不意打ちかつ数十体の無人機による一斉掃射を、しかしC&Cはかわしてみせた。

 それなりの不意打ちを狙ったつもりだったが、やはり彼女たちには通用しないらしい。命中こそしたものの、大したダメージにはならなかったようだ。

 さて──どう攻略するべきか。

 

『……先生、シッテムの箱は使用しないでと言ったはずだけれど』

「勘違いされがちだが……俺の本職は傍受と妨害だ。バックドアが作成されてさえいれば、俺だけでも制御を奪うことはできる」

『…………』

 

 すかさず釘を刺してきたリオに対して、俺は言い訳のように言葉を並べる。

 そう、リオの要求通り、決してシッテムの箱は使っていない。

 いつも通り──ルビコンにいた頃と同じように、裏でヴェリタスのハッキングと同時並行で進めていた俺の仕事だ。

 自ら率先して動いてしまっているので、ヒマリの忠告を破っている詭弁の類だが。

 

『──ターゲットを確認。魔力充電、100%……』

 

 そして──時間だ。

 俺の悪足掻き、もとい時間稼ぎによって、一つの要因が辿り着く。

 全てをひっくり返す一手となる。

 

「こ、この音は……?」

「お姉ちゃん、伏せて!」

 

 廃墟で既に経験しているゲーム開発部の二人は、あの特徴的な音でこれから何が起こるのかを察したらしい。

 巻き込まれる前に、その小さな身体を更に縮こまらせた。

 

「ん?」

「……あ、ヤバいかも」

 

 アスナは放たれる前に何かを察知したようだが、ここまで来てしまえば問題ない──回避は間に合わない。

 音が、消える。

 

『──光よ!!!』

 

 掛け声と共に。

 俺たちの目の前を、光の柱が一掃した。

 

「きゃぁっ!?」

 

 俺が制御を奪った戦闘ロボットごと、アスナを巻き込んでセクションの一角が吹き飛ばされる。

 ……破壊力だけ見れば、やはりACに搭載する兵器一発分に相当する威力だ。

 人が撃てるものではない。

 そんな兵器を──エネルギー兵器と言って過言ではない砲撃を、当然ながらアスナは自身の類稀なる直感で回避を試みていたようだが、一息で『範囲』から脱出することは叶わず、そのまま直撃を貰ったようだ。

 

「あ……アスナ先輩!? 大丈夫ですか!?」

「大丈夫じゃないよー! あははっ、思いっきり当たっちゃった! 何これめっちゃ痛い、頭のてっぺんからつま先まで今一ミリも動かしたくない!」

「……大丈夫そうですね」

 

 ただ、恐ろしいことに。

 流石にあの攻撃が直撃してしまえば気絶するだろう、という予想に反し、アスナは健在だった──動けない程度にはダメージを負ったようだが、それでも元気に受け答えをしているあたり、末恐ろしい少女である。

 

「そんな、アスナ先輩と半分近くのロボットをまとめて行動不能にするなんて……!? たった一発で、この火力……!」

 

 そしてユウカは、この砲撃を()()()()()()ため、元凶が誰なのかすぐに当てはついたらしい。そちらにいないことは分かっているはずだが、彼女は無意識に反省部屋と思われる方向を見て呟いた。

 とは言え、まずは一人。最も厄介な戦力が落ちた。

 アスナの直感により回避されるのであれば、移動が間に合わない広範囲攻撃を繰り出せば良い──力技だが、合理的である。

 

「カリン、状況を報告してください! 今のビーム砲はどこから……!? ……? カリン、カリン!? そういえば、カリンの火力支援が止んで……いつから!」

 

 一つの要因が、全てをひっくり返す。

 それは俺が今までに何度も経験してきた事実であり、621を通じて体感したことでもあった。

 仕事中に、状況は何度でもひっくり返るのだと。

 そして、現在の状況はどうやら好転したらしい──狙撃手はウタハたちがどうにか対処したのだろう、と。

 俺が安易に見当をつけたその時、アカネの通信機から聞こえた次なる言葉は、俺の予測を呆気なく覆した。

 

『……──こちらカリン。現在、ヘルメット団と交戦中』

 

 028

 

 これが間違っていることだと、私は理解している。

 ウォルターの言葉が正しいと理解していながらも、私は動くのを止められない。

 ()()しなければ、私は私でいられない。

 

「どうして私は、横になって……それに、この大きなお尻は一体誰の……?」

「……大きくて悪かったな」

 

 ミレニアム敷地内のビルの屋上。

 私は物陰に隠れながら、既に争ったらしい二人の会話を盗み聞きする。

 数分前、ミレニアムタワーに向かって狙撃していたC&C(本当にメイド服を着ている)と、エンジニア部のウタハという人が戦闘を行い、その結果、ウタハさんはC&Cの人に組み敷かれたようだ。

 ……できればもっと早く着きたかったが、いかんせん狙撃ポイントを絞るのに時間がかかってしまって、援護は間に合わなかった。

 ウタハさんも十分に強かったはずなんだけれど、どうにもC&Cの人たちは別格らしい。ミレニアムのエージェントと名高いだけあって、相手が援護ありきでも目の前の人間を制圧することは容易なんだろう。

 

「結構キツイところに当たったはずだけど……思ったより早いお目覚めだ。……ごめん、手加減する余裕は無かった」

「まさかヒビキの援護射撃の中でも、正確に私を狙撃できるなんてね。それに、君がこうして私のすぐそばにいるのは……」

「そう。この状態なら、先輩思いの彼女はまさか撃ってこないだろう」

「はあ、これは計算外だった。あの砲煙の中で、どうして私のことを正確に狙えたんだい?」

「視覚でしか敵を捕捉できないような狙撃手なんて、C&Cにはいない」

 

 ……なんか、別格というか、人離れしてないか、そこまでいくと。

 ホシノ先輩やヒナさんほどではないにしても、普通に戦ったら私が負けることは想像に容易かった。

 

「それより……どうしてゲーム開発部に協力したんだ」

「? どうして、というのは?」

「……噂に疎い私でも、聞いたことはある。エンジニア部のことはよく知らないが、あのゲーム開発部は、ちゃんとした部活動とは言い難い。あんな自己中な問題児たちを、なぜ助ける?」

「…………」

 

 自己中な問題児。

 ……まあ、そうだな。その通りだ。

 自分勝手で、自分のことしか考えてなくて、目の前のことしか見えてなくて、周囲に迷惑をかける存在だ。

 ()()()()()()()()()()()()

 その思いに、嘘は無い。

 私は、自身の決意が揺るがないことを確認してから、C&Cの人に銃の照準を合わせ、引き金を引いた。

 

「それは……」

「ッ──誰だ!?」

 

 だが、不意打ちは失敗。

 流石はミレニアムのエージェントと言うべきだろう。話を聞く態勢になっていたはずなのに、私の発砲を聞き咎めた彼女は、すぐさま私がいる方向へスナイパーライフルを向ける。

 銃弾は……命中はしたけれど、大したダメージにはならなかったみたいだ。

 ……一応額に当たったのになあ。こうして実力差を味わってしまうと、今から私がやる行動は無謀としか言いようがない。

 まあ、やらないという選択肢は無いけれど。

 

「……姿を見せろ。指示を聞かないなら、壁ごと撃ち抜く」

「…………」

 

 平然と言う技術じゃないだろ。

 とは言え、一度気付かれた以上このまま隠れていても無意味なので、私は素直に物陰から身を晒した。

 慎重に、ではなく、やや荒っぽく。

 自分で言うのもなんだが、堂々と、雑に姿を現した。

 

「な……!?」

「ヘ、ヘルメット団……!?」

 

 そして、拳銃を構えながら出てきた私を見て、二人は驚いたように目を見開いた。

 この状況下で、まさか()()()()()()()()()した奴がミレニアムのビルの屋上に現れるなんて思ってもいなかったのだろう。

 そう──私は今、久しぶりにヘルメット団の制服とヘルメットを装着して、この場にいる。

 まあ、自分の物は砕いたので、アビドスにいたヘルメット団から拝借したものなんだけれど……まさか、あんな風に誓っておいて、もう一度この服を着ることになるとは思っていなかった。

 でも、多分これが私にできる最大限の策だ。

 アビドスにも、シャーレにも、ミレニアムにも迷惑をかけるかどうかのギリギリのライン。

 詭弁と暴論により構築された、合理性なんて一欠片も存在しない作戦。

 ヘルメット団の妨害は、()()()()()()()()()学園間の問題に発展しないという、まあ、ほとんど成立しないような理屈を採用した作戦だ。

 一応ホシノ先輩にアリバイ作りを頼んだり、メニさんに移動と偽装を依頼したりした(マジで高くついた)が、ほとんど気休めである。

 

「…………」

「…………」

 

 二人は仲良く唖然としたままだ。

 今ひとつ状況が飲み込めていないらしい。

 ならば、ここらで一つ私は元ヘルメット団として相応しい真似をして、二人に状況を理解させるべきだったんだろうけれど、いざヘルメット団っぽい台詞を言おうとした時、妙な気恥ずかしさが先に来てしまい、上手く言葉にならなかった。

 ……いや、その。

 まずい、ヘルメット団っぽい台詞って何だっけ。

 

「……金目のもん置いてけよ。痛い目に遭いたくないだろ?」

 

 結局、私はその辺のチンピラでも言わなさそうな台詞を吐く羽目になってしまった。

 少なくとも、ミレニアムビルの屋上で言う台詞じゃない。

 棒読みというほどではないにしても、演技としては落第である。

 

「……七瀬ロイ。何をしてる」

 

 バレてるし。

 名前まで知られてるし。

 だけどまあ、ここまでは想定内。声を出した時点で、自分の正体が露見することは分かりきっていた。

 それでも大事にならないと私が判断した理由は、ここがミレニアムタワーではないビルの屋上で、どこにでもいるヘルメット団であれば出入りする可能性がまだギリギリ残っている場所であり、そしてメニさんの仕事が成功していれば私はデータ上ミレニアムにはいないことになっているため、客観的な証拠がないからだ。

 ……メニさん(あの人)、一体何者なんだろうか。

 

「七瀬ロイ? ()()()()()()()のに、どこの誰とも知らない奴に罪を着せるなんて、感心しないな」

「…………────」

 

 私のわざとらしい言葉を聞いて思惑を察したらしいC&Cは、即座に私のヘルメットを撃ち抜きにかかった。

 容赦が無い。

 淀みない射撃への移行速度は恐ろしいものだったが、そうするように仕向けたこともあって、私はギリギリ、あらかじめ構えていた盾で弾丸の軌道を逸らす。

 

 ──防ぐんじゃなくて、狙わせるんだよ。

 

 ホシノ先輩のアドバイス。

 あえてヘルメットを狙うように誘導することで、予測を立てやすくなり、実力の劣る私でも防ぎやすくする。

 狙いが絞れれば、防御はできるのだと。

 ……一発で腕痺れたけど。

 なんなら一発で盾変形してるけど。

 

「いきなりかよ。さすがだな!」

「──っ来るか!」

 

 会話中にこれ以上撃たれたら盾が保たないと判断した私は、C&Cの人目掛けて駆け出した。

 目算二十メートル弱。

 私の勝利条件は、ヘルメットを割られないまま、顔を晒さずにC&Cの人を引き剥がし、ウタハさんを解放すること。

 状況を完全に把握していないだろうに、それでも私が距離を詰め始めたのを見て、エージェントであるC&Cは再び銃を構える。

 外してくれるとは思わない。

 煙幕の中でウタハさんが倒されているんだから、むしろ全て当てに来ると思っておいた方が良い。

 先述の通り、見てから防御は当然間に合わないので、防御は一点読みの運任せとなる。

 狙うとしたら、ヘルメットか──

 

「──脚だろ!」

「!?」

 

 姿勢を低くして無理矢理脚を守る体勢に入れば、即座に襲いかかってきた腕の痺れを代償に、近付くための脚は保護された。

 まずは一発。

 近付くためには、最低でもあと二発は見ておかなくてはならない。……もう気が重いが、やるしかない。

 あと十メートル強!

 

「──!」

「脚」

 

 脚にさえ当たれば近付かれない以上、まだ狙ってくるはずだという読みはどうにか当たったようで、二発目もなんとか軌道を逸らせた。

 この距離でスナイパーライフルを命中させてくるだけでも厄介なのに、その威力があまりにも高いもんだから盾が破損しかけている。

 後一発──五メートル。

 たぶん、一番防ぎやすい胴体は狙ってこない。ホシノ先輩が言うには、相手の射撃が上手くなればなるだけ、盾を避けるように撃つのだと言う(ヒナさんは例外だと言っていたが)。

 牽制以外で、わざわざ防がれる場所に撃ってくる奴はいない、と。

 この距離で牽制弾を撃たれたら私の読み負けだ。

 ここまで近付かれたなら、相手はきっと、一撃で勝負が終わるヘルメットを──いや。

 

「脚だ!」

「なっ──!?」

 

 自分の勘を褒め称えたくなるような運の良さだ。

 三回、最初も含めると四回か。

 連続成功確率って何%なんだろう、と計算しようとして、今その確率を知ると怖くなりそうだったので止めた。

 なんにせよ、一メートルだ。

 『盾』の射程距離である。

 私はウタハさんを解放するために、C&Cの人へ向けて、思いっきり盾で殴り掛かった。

 もはやスナイパーライフルで対応できる距離じゃない、と思って。

 事実、その通りではあったのだが。

 彼女が構えたのはスナイパーライフルではなく──()()だった。

 そのメイド服のスカートの中。

 太ももに装着したホルスターから取り出した一丁の拳銃を、私に向けて構えていた。

 映画のスパイかよ。

 

「終わりだ」

 

 死刑宣告にも等しい王手の言葉。

 盾を振りかぶった私の体勢では、もはやそれを避けることはできない。

 そもそも、この距離で彼女が外すことはないだろう──その拳銃から放たれる弾丸は、何事もなければ間違いなく私に命中する。

 ここに、()()()()()()()()()()()()()()

 引き金が引かれようとしたその瞬間、C&Cの人へ()()が着弾する。

 

「ぐっ──!?」

「ナイスだ、サホ!」

 

 別の建物から狙撃した弾丸は、無事に彼女の胴体に命中。

 おかげで引き金にかけた指の力が一瞬抜け、そのタイムラグの隙に私は彼女の頭部へ盾を叩き込んだ。

 狙撃とほぼ同時に打ち込まれた衝撃を殺すことは流石のC&Cでも難しかったらしく、彼女はそのままごろごろと転がって、私たちから距離を取った。

 取り敢えず、第一段階は突破。

 

「づっ……!」

「……気絶は無理か。でもまあ、自分で変形させた盾は結構痛かったんじゃないか?」

 

 あ、今のはヘルメット団っぽい。

 

「そもそもヘルメット団は盾を使わないと思うけどね」

 

 C&Cの人が距離を取ったことで物理的に(彼女が言うには大きなお尻から)解放されたウタハさんは、ぐ、と伸びをしながら言った。

 そして、言われてみれば確かに。

 ヘルメット団って基本防御とか考えないもんな。

 

「……助かった、と言えば良いのかな。君は、ええと……」

「今はヘルメット団で良い……よ。その方が都合が良い」

「そうか。礼を言うよ」

 

 敬語を使おうとして、けれどヘルメット団がエンジニア部に畏まるのも変だろうと思い直し、私は口調を崩す。

 やや不自然な言葉遣いになったが、ウタハさんは特に気にした様子を見せず微笑んでくれた。

 

「ともあれ……これで四対一だ」

「……ふふ。計算通り、ではないけれど……面白くなってきたね」

「チッ……」

 

 私とウタハさん、そして援護にサホとエンジニア部の人。

 勝てるかどうかは分からないけれど、時間稼ぎは十分にできるはずだ──ミレニアムタワー(あっち)の状況は私には左右できないので、そこはウォルターに頼むしかないが。

 もっとも、既にアリスのことは頼んであるので、きっとウォルターはどうにかしてくれるだろう。

 私は私の仕事……じゃない、私情を全うする。

 

「……七瀬ロイ。訊きたいことがある」

「だからヘルメット団だって」

「お前はどうして、ゲーム開発部に協力するんだ。お前はシャーレの所属で、他校の生徒だ。むしろお前は彼女たちを嫌っていたと、私は記憶してる」

「…………」

 

 苦し紛れの言い訳を黙殺し、彼女は問い掛ける。

 その辺りの無駄な会話を聞くつもりはないらしい。

 しかし……どうして、か。

 理由を訊かれたら、それは勿論アリスのためだ。それ以上はない。

 だけど──彼女が訊いているのはそういうことじゃないんだろう。

 アリスのために()()()()そこまでするのか。

 そのために何故ゲーム開発部に協力するのか、と。

 きっと、彼女はそう訊いている。

 そう問われて初めて、私は深い理由を探してみたけれど……思いついた内容はどれも後付けのようでしっくりこなかったので、私は思うがままに答えた。

 

「友達だから」

「……問題児だぞ」

「問題児が居場所を守っちゃいけないか?」

 

 ま、実際褒められたことじゃないけどな。

 ウォルターに私の行いを知られたら、命令違反で叱られるかもしれないという不安も少しある。

 ……なんか、ちょっと怖くなってきた。

 

「……それだけのことで、ここまで……」

「……く、ははっ」

 

 C&Cの人の台詞に、私は思わず笑ってしまう。

 確かに。

 言われてみれば、そうだよな。

 友達だから、なんて。

 

「そう──そうなんだよ。たったそれだけのことなのにな」

「……?」

 

 ──友達を、私は絶対に見捨てない!

 

 たった一回。

 ラーメンが美味かったと言っただけで友人扱いしてくるような奴に、私は救われた。

 たったそれだけのことで、セリカは私を見捨てなかった。

 だから、私もそうする。

 私を救ってくれた友人に、恥じない自分であるために。

 

「私は、友達を絶対に見捨てない」

「…………」

 

 その言葉に、何を思ったのかは定かではないが。

 ヘルメット団の格好をした私が言っているという状況は相当滑稽だったはずだが、彼女はそこで追及するのを止めた。

 しばし、沈黙。

 納得した、わけではないみたいだけれど。

 

『──カリン、状況を報告してください! 今のビーム砲はどこから……!?』

「む……」

 

 会話に切れ目が生じたそのタイミングで、ややノイズ混じりの音声が、相当な大音量でC&Cの人の通信機から鳴り響いた。

 私はここで初めて、目の前にいる彼女が『カリン』という名前であることを知る。

 どうやら、向こうでも派手にやっているらしい。

 ビーム砲……ってことは、アリスかな。

 ただ残念なことに、カリンさんは私のせいでビーム砲の出所どころか、『光の剣』そのものさえ観測していないので、向こうの要求には答えられないだろう。

 それでも、私がここにいることは少なくとも伝えられてしまうかな、と予想して──ウォルターに伝わってしまうことを覚悟していると。

 

「……──こちらカリン。現在、ヘルメット団と交戦中」

 

 とだけ言って、彼女は通信を切った。

 私のことを一切伝えずに。

 状況報告としては不十分過ぎるほどに。

 

「……良いのか?」

「事実だ。()()な」

 

 それだけ言って、彼女は銃を構える。

 ゆらり、と。

 再び向けられたスナイパーライフルは──そこから見える眼光は、先程よりも遥かに鋭く見えて。

 私はここでようやく、彼女の起こしてはいけない何かを本気にさせてしまったのだと、理解した。

 

「C&Cコールサイン・02(ゼロツー)、カリン。ここからは全力で行く」

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