ハンドラー・ウォルター先生概念。 作:ヤマ
首輪が、不幸であるかは──。
004
「敵の退却を確認。並びに、補給所、アジト、弾薬庫の破壊を確認した。
無警戒だったところに襲撃されたヘルメット団は、ろくな対応もできぬままホシノたちに蹴散らされ前哨基地を破壊される羽目となった。
もはやここは前哨基地として機能しないだろう。
敵ながら同情する。
「これでしばらくはおとなしくなるはず」
「よーし。みんな、先生、お疲れー。それじゃ、学校に戻ろっかー」
はい解散解散──と。
ホシノが撤収の号令を掛ければ、皆そそくさと帰投準備を始めた。
本来ならば、俺も戻る準備を始めるべきなのだろうが……。
「……全員、よくやった。先に戻って休め」
俺にはまだ、仕事が残っている。
「どうしたのー、先生。帰るよ?」
「俺は野暮用を済ましてから行く」
「? 手伝うよ?」
首を傾げながらもホシノは手伝いを申し出るが、できればこれは俺一人で済ませておきたい。
保険、と言うべきか──あるいは。
「…………大したことではない。奴らの落としていった装備を調べるだけだ」
「いや、尚のこと手伝うよ。それに危ないじゃん、まだヘルメット団がいるかもしれないのに──」
「安心しろ。俺は死ねない」
「…………」
じっとりとしたホシノの視線が俺を貫いた。
安心させるつもりで吐いた言葉が、どうやら癪に触ってしまったらしい。
……隠し事をする必要はもはやないのだから、俺はそろそろルビコンでついた癖を──意味深な発言をして誤魔化す癖を治すべきなのかもしれなかった。
癖なのか、それとも無自覚な懺悔なのかは分からないが。
「心配だし、付いて行こっかな」
「……面白いものはないぞ」
「おじさんに信頼させてって言ったじゃん? 監視だと思ってよー」
「…………」
……確かに、これから子供たちの信頼を得ようとしている大人の行動ではないかもしれん。
敵地で唐突に一人にさせてくれなど怪しいにも程があると、今更ながら思った。
「……ホシノ以外は戻って休め。俺の行動はホシノが報告するだろう」
「おじさんに任せて、みんなは休んでねー」
『私は通信が繋がっていますから、何かあれば報告をお願いします。先生も十分に気を付けてくださいね』
「……ああ。何か分かったら連絡しよう」
ホシノが残るということで納得したのだろう、残り三人は学校の帰路へと歩を進めていった。
またあとでねー、と呑気な声でホシノが手を振りながら見送っている。
そうして──ある程度距離が離れたところで、ホシノは視線を三人の方へ向けたまま俺へ訊いた。
「それで」
「…………」
「何する気なの? 先生」
まるで俺が今から説明していないことをやるかのような言い振りに、何か反論しようかと思ったが、やめた。
今更隠したところで、ここに残った以上ホシノには筒抜けだろうし、何より信頼を得ようとする相手に隠し事をすべきではない。
とはいえ。
「……一言では、言いづらい」
「別に二言以上でもいいよ?」
「……言葉を変えよう。説明し難いものだ」
「したくない、じゃなくて?」
「……そうだな。そうかもしれん」
心境を見透かしたように言うホシノに、俺は素直に同意した。
これを説明するには、俺の恥辱を晒すことになる。いや、俺はただ単に、俺の後悔からくる自己満足的な贖罪をホシノに知らせたくないだけなのかもしれない。
本当に、どうしようもない、俺の。
「……何もなければ、それでいい。行くぞ。あまり四人を待たせるわけにもいかん」
「んー……まあ、いいか。了解。その時になったら教えてよ、先生」
俺の誤魔化しを理解した上で、ホシノは追及することを諦めて歩き出した。どうせ一緒に行くのだから無理矢理訊き出す必要もないと考えたのかもしれない。
気を遣われている。
かと言って、俺の過去を話し、そして何をしようとしているかを話すのもまた必要のない気を遣わせてしまう気がしたので、俺は余計なお世話であることを理解していながらも、ホシノに話すのは憚られた。
「えっと、装備だっけ? 何か気になることあった?」
「気のせいかもしれんが……やけに奴らの装備が新品のように見えてな。ただのチンピラが手に入るものなのか、落ちていれば確認したかった」
「うへー。凄いね、先生。よく見えてるなー」
感心したように言うホシノだが、どうにも驚いているようには見えない。
気付いていたか、あるいは予想はしていたのか──もっとも彼女が気付いていたところで、五人しかおらず、補給のままならぬ環境下では動くこともできなかっただろう。俺が来てようやく、他の事に目を向けることができるようになったのかもしれない。
……難儀なものだ。
「──これだ。どうだ、ホシノ。俺の見立てでは、あまりにも整備され過ぎていると感じる。カタカタヘルメット団はそれほど資金に優れた集団なのか?」
しばらく歩けば、いくつかの銃火器が地面に転がっていた。撤退時に投げ捨てて行ったのだろう乱雑さだ──やはり装備を大切にしている集団には見えない。
「ううん。あれは寄せ集めの集団だよ。不良とか、退学した生徒とかのね。数だけは多い、まともな装備も整備もしない武装集団。……確かに綺麗過ぎるね。下ろし立てみたい。ってことは──」
「ぐ、ぅ……」
「──!」
がらり、と。
唐突に、背後にあった瓦礫が音を鳴らし、呻き声に反応して二人して振り返れば、そこにもたれ掛かった少女──撤退したはずのヘルメット団の残党が、拳銃を構えてそこにいた。
撤退し損ねたのか、あるいは戻ってきたのか。
それは分からないが、とにかく──銃口は、俺に向かっている。
銃を検分していた、俺に。
「返せ……!」
「させな──」
ほぼ無意識だった。
俺は咄嗟に、危険を察知して庇い立ったホシノを押し退けて、ヘルメット団の射線へと躍り出た。
まるで必要のない行為。
一発の銃弾が致命傷にならない、そして盾を構えた少女を庇う事に何の意味もないと言うのに、むしろ俺は、まるで死にに行くかのような行動を取った。
「先生っ!」
ホシノの悲痛な──金切り声に近い絶望したかのような叫びを他所に、俺へ向かった弾丸は不自然な軌道を描き逸れていく。
結果、本来であれば俺を貫いていたであろう弾丸は、俺の命を奪うことなく空へと昇っていった。
「な、んだそれ……」
「…………」
やはり、死ねない。
この一ヶ月で理解したアロナの防壁の無法さに辟易している俺は、目の前で起きた現象に未だ唖然とするヘルメット団に向かって近付いて行く。
「せ……先生! 今、何したのか分かって──!?」
正気に戻ったのか、ホシノが俺の行動を戒めるように腕を掴んで引き止める。
ぎり、と軋むような痛みを発する程に、強く、強く、握り締められている。
「ホシノ、下がっていろ。これは……俺の仕事だ」
「何言ってるの!? そんなこと許すわけ――」
「俺は」
俺は、お前に心配されていい人間ではない。
俺は、お前たちを導けるような大人ではない。
俺は、お前に庇い立てられるような資格を持たない。
あわよくば、どこかで死ねたらいい、などと。
思うような──弱い人間だ。
「そう簡単には、死ねない」
「なに、それ」
二律背反。
生徒が笑えるように。
子供が未来に希望を持てるように。
俺の尊敬する大人がそうしたように俺もそうするべきだと分かってはいるが、しかし、俺は心のどこかで終わりを求めているのだろう。
あの場所で死ななかったのであれば──子供を救おうとしなければ死ねないのなら、救おうとする道半ばで死ぬ事はできるのではないか、と。
自暴自棄じみた自殺願望が、心の奥底にある。
生徒のため、子供のため──俺のため。
どれが本心なのか、俺には分からない。
あるいは、全て本心なのか。
「心配するな。お前も見ただろう、あの防壁を。俺は攻撃できないが……当たることもない。すぐに戻る」
そうして。
俺は誤魔化すように──かつてハウンズにやったように、犬にやるように、ぐしぐしと、ホシノの頭を撫でた。
……本当に、小さいな。
使命や責任を負うには、あまりにも小さ過ぎる。
「…………」
ホシノは、とても、物凄く不満そうな顔をしていながらも、されるがままに撫でられている。
納得はしていなさそうだ。
が、俺はそれを黙殺し、ホシノから手を離して再びヘルメット団の少女に向かって歩き出す。
今度は、止められる事はなかった。
俺は項垂れるように跪く少女に近付くと、目線を合わせるために俺も膝を突き、そのヘルメットを外した。
ばさり、とヘルメットの中にあったボサボサの黒髪が溢れ出す。
擦れた目が、俺を睨んでいた。
「なん、だよ……」
「……お前は、食事を摂っているか」
「────は?」
開口一番の俺の発言が信じられないかのような声で聞き返してきた。
……どうやら本当に意味が分からなかったらしく、しばらく待ったが返事がなかったため、俺は観察することで状態を確認する事にした。
……痩せているな。真っ当な食事、いや、三食摂っているかどうかすら怪しい。
「眠れているか? そも、お前に家はあるか」
「んだよ……! 馬鹿にしてんのか!」
「していない。訊いているだけだ」
「っの……!」
淡々とした俺の言葉に腹を立てたのだろう、ご、と額に銃口が突き付けられる。
アロナが今すぐにでも銃身を曲げたそうにしているが、それを耐えてもらいながら、俺は言う。
「撃ちたければ撃て。俺にはそれだけの罪がある」
「……っ、なんなんだよ、あんた。頭おかしいんじゃねえの」
的を射ている。
俺はきっと、正気ではない。
しかし、今それを言ってしまうと、ホシノが見ている手前ややこしくなってしまうので、俺は努めて無視をしながら言葉を続けた。
「質問を変えよう。お前はなぜヘルメット団にいる」
「……私たちだって、普通に生きていけるならそうしてる! 好きでこんなことしてるわけじゃねえ! 真っ当には雇われねえ、学籍がないから寮には入れねえ、まともな家賃を払う金は当然無い。んな状態で何しろって言うんだ! 『普通に生きる』特権が──私たちには無いんだよ!」
激昂、と言っていい叫び。
カタカタヘルメット団という組織の全員が全員そういった人間であるわけではないのだろうが……少なくとも、目の前にいる少女はそういう境遇のようだった。
彼女は生きるためにこの道を選ばざるを得なかった。
それだけのことだ。
珍しいことでは、ない。
残酷なようだが、目の前の少女だけがそういう目に遭っているわけではないし、そもそもルビコンではよくあることだった。
俺は全てを救えるような聖人ではなく、全員の未来を縛り付けただけの罪人だ。
今更目の前の少女を救ったところで、それは偽善以外の何物でもない。
「……あんたに言っても、無駄だった。忘れろ」
「…………」
その項垂れた姿は、迷子のようで──捨て犬のようで。
歩くべき道を見失った野良犬に見えた。
──ウォルター。
……野良犬に首輪を付ければ、それはもはや自由を縛るのと同義だ。しかし、自由が本当の意味で自由であるとは限らないことも、また事実なのだろう。
俺は、猟犬から渡鴉となった一種の成功例を見てしまっているが故に、自由が最も素晴らしく尊重されるべきものだと、どこかで信じ切っていたのかもしれない。
いや、今でもそう在るべきだと、俺は思っているが。
それでも、やはり現実は野良犬のままでは生きてはいけない者がいる。
強者に食い荒らされ、空を見上げることもできない者がいる。
自由意志を持てぬまま、野垂れ死ぬ者がいる。
ならば今、俺がやるべき事はなんだ?
621。
お前だったら、どうする。
「──もしも」
「……?」
617。
お前たちは軽蔑するか。
もう一度、愚行を犯そうとする俺を。
もう一度、若者の未来を縛り付ける俺を。
「お前に行く場所が無いのなら」
立ち上がる。
不自由な足を杖で支えながら、それでも手を差し伸べる。
それが、かつての俺の罪であり、首輪をつける最悪の行為だと自覚していながらも、俺は俺の自己満足のためだけに言う。
銃口は既に、俺を向いていなかった。
「──来い。お前に意味を与えてやる」