ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 解かれつつある呪いは、それでも蝕む。


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 そうして、宣言通り何をするでもなく立ち去ったネルを見送った後、俺は『鏡』を回収したゲーム開発部と合流し、最上階から撤退した。

 C&Cの待ち伏せや追手も無かった。ただしこれは、リオがセミナーに事情を明かしたことで見逃されたというのが実情だろう。

 『これはシャーレへ秘密裏に依頼した、非常時におけるセミナーの訓練だった』──と、そういうことになったらしい。

 随分と強引な説得方法だが、今までの俺の不可解な行動に説明がつくこともあって、ユウカたちはむしろ納得したようだ。

 実際、隠し通すにもユウカの疑念は限界だっただろうし、ネルには看破されていた以上、ある程度の真実を混ぜて説明したリオの判断は正しいように思う。

 その代わりに、訓練という設定上、俺たちはセミナーへ助言をしなくてはならなくなってしまったが……想像に反して、その点に苦労はしなかった。

 何せ今回の作戦によって、エンジニア部とヴェリタスが謀反を起こした場合、セミナーのセキュリティが著しく脆くなる欠点が浮き彫りになったのである。

 仮に謀反ではないにしても、何らかの事情で二者がセミナーに協力できなかった場合、外敵に隙を晒してしまうのは事実だ。

 

「……本来の目的ではなかったとは言え、脆弱な点を発見できたのは収穫よ」

 

 と、リオは前向きにそう言っていたが、セミナーが事前にヒマリから襲撃情報をリークされた上で対応できなかったという事実は、彼女にとっては看過し難いものだろう。

 相手が身内で、かつ全力の防衛態勢でなかったことを考慮しても、生徒会長としてはこの結果を「よくやった」とは言えまい。

 これが本番でなくて良かったというところか。

 期せずして、俺たちの真意を隠すための訓練という名目は、セミナーにとって有意義なものになったようだ。

 そして、問題のゲーム開発部の処遇だが……今回の襲撃が仕組まれたものである以上、『彼女たちは巻き込まれて利用されただけ』という扱いになり、無罪放免という形になった。

 もっとも、今回の襲撃が無罪になったところで、彼女たちの廃部条件は特別変更されたりはしていない。

 それとこれとは話が別だ。

 今回の詫びとして、『鏡』は無条件でヴェリタスに貸し出され、ゲーム開発もミレニアムプライスの締切まで妨害しないという確約を得たものの、モモイたちの窮地は解決されたわけではなく、依然廃部の危機には晒されている。

 モモイはその待遇にかなり不満を露わにしたが、そもそも彼女たちの『実績』は相当なものだ。それらの過去の行動を鑑みれば、今回の措置は寛大なものと言える。

 

「じゃあ、先生は最初からそのつもりで私たちの依頼を受けたってこと!?」

「……実際の流れは違うが、概ねはそうだ。ただし、G.Bibleは見つかる予定ではなかった」

 

 鏡争奪作戦の後処理を終え、裏で全体のカバーストーリーを調整した後、俺はゲーム開発部の部室でモモイたちに説明していた。

 モモイたちは床に座布団を敷いて座り、俺はソファを使わせてもらっている──俺は立ったままで良いと伝えたのだが、「逆に気になる」と言われ、強制的に座らされた。

 やはり(暴走しがちではあるものの)心根は優しい少女たちのようだ。

 そんな彼女たちに対して、悪人である俺は真実と虚実を織り交ぜながら言う。

 

「本来であれば、G.Bibleの噂を利用してお前たちを乗り気にさせた後、廃墟で()()()()()()()()G.Bibleをセミナーが保管している、という情報を流すつもりだった」

「そしたら、追い詰められた私たちはセミナーを襲撃する計画を立てる……」

「何それ、異議あり! 立てないかもしれないじゃん!」

「襲撃した時点で説得力ねーよ」

 

 憤慨するように抗議するモモイに対して、ロイは溜息を吐きながら言った。

 アリスにぺたぺたと絆創膏を貼られつつ。

 

「……って言うか、なんでロイはそんなに怪我してるの?」

「ほっとけ」

「〜♪」

 

 そして、メニに協力を仰ぎC&Cを妨害したロイもまた、無罪放免となった。と言うよりも、()()()であるため罪どころか話にすら上げられていないようだ。

 無関係である以上、追及することも無いということだろう。

 誰がどう見ても明白な真実がそこにあったとしても、その事実を証明する方法が無いのであれば、罪に問うことはできない。

 無論、ロイには既に、俺から説教を済ませているが。

 独断行動により報告が遅れたこと。

 失敗した時のリスクを補う方法が乏しかったこと。

 一人だけで挑まず、周囲を巻き込み、あまつさえメニまで使い、可能な範囲での偽装と隠蔽を試みたことは、発想としては悪くないこと、など。

 そんな説教の甲斐あって──かどうかは分からないが、とにかくセミナーやC&Cはロイの行動を不問にすることにしたらしい。あるいは訓練となった都合上、罪ですらないということなのかもしれないが。

 とは言え、メリットばかりでもない。ロイが今回の件に無関係であると公的に認められるということは、ミレニアムには負うべき責が無いという意味でもある。

 つまり()()()怪我をしたロイは、自分で治療をせざるを得なくなったのだ。

 ここに戻る前にメニからある程度の治療は受けたようだが……打たれ弱いロイの傷はやや痛々しい。治療しきれていない擦り傷等に気付いたアリスが追加で絆創膏を貼っているので、実際の怪我よりも誇張されている節はあるが。

 

「なんだかアリス、ご機嫌だね……」

「はい! 一時離脱した仲間の活躍は、フレーバーテキストやスピンオフで語られるものですから!」

「??」

 

 アリスの返しに、モモイとミドリは首を傾げた。

 恐らく、アリスの答え方が要領を得ないものだったためだと思われるが……それは無理もないだろう。

 今回の鏡争奪作戦において、各陣営の得た情報には差異がある。

 ゲーム開発部やセミナーのような組織間で把握している情報の差は勿論のこと、個々人でも渡された情報は違う。

 本人の要望によりロイの行動はモモイたちには知らされておらず(アリスは知っている、あるいは信じている)、セミナーはアリスが廃墟生まれであることを未だ把握しておらず、そしてC&C含むそれら全員が、鏡争奪作戦の真意を知らない。

 今、ロイの手当てをしているアリスの危険性を測ろうとしていたことを知っているのは俺たちだけだ。

 アリスの情報をどこまでセミナーと共有するかについてはリオたちと議論したが(リオとヒマリは喧嘩に近かったが)、結局、彼女の出自については秘匿する流れとなった。

 リオはユウカたちに協力を仰ぐつもりはないらしい。あるいは不要な心配を掛けたくないだけかもしれないが……まあ、現状のユウカの心労を考えれば当然の配慮とも言えよう。

 ただしそれは、リオにとって都合の良い配慮でもある──つまり、アリスを排除しなくてはならなくなった時のための保険という意味だ。

 今、ここで普通の少女ではないことを明かして周囲に受け入れさせるよりも、殺す時に初めて事実を伝えた方が動揺を誘えるだろうし、対応する時間を稼げるだろう。

 納得は得られなくとも、混乱を意図して引き起こし、乗じることができる。

 邪魔をされる前に、()()()()しまえる可能性が上がる。

 俺ならば──そうするだろう。

 ……とは言え、これはあくまでも推測だ。

 リオが本当にそれを狙っているかどうかは分からない。俺のような人間だからこそ思い付く方法論であって、リオが俺と同じ考えだとは限らない。

 俺の半分も生きていない少女がそうあるべきではないし、そうであるなら引き止めなければならないだろう。

 その役割は──俺の仕事なのだから。

 

「でも……実際はG.Bibleが見つかったよ? アリスもだけど」

「……そうだな。それが俺たちにとって想定外だった。何も無いはずの廃墟で、アリスとG.Bibleという不確定要素が見つかったことで俺たちは計画を変更せざるを得なかった」

 

 『何も無いはずの廃墟』は嘘だが、アリスを発見したことで計画を変更したことは事実だ。

 辻褄を合わせ、少しずつ、俺は事実を捻じ曲げていく。

 

「ある意味、そこで一度お前たちは見逃されている。アリスを非合法に部員にして部活を存続させるという選択は、本来であれば看過されなかっただろう」

「うぐ……」

「つまりそれが、今回の依頼におけるリオからの報酬の一つだ」

 

 俺はさも、『アリスの加入を認めること』が迷惑料として支払われた設定で話を進める。

 まるでリオがアリスを()()()()()()()()かのように。

 言うべきことと伏せるべきことを同時に考えるのは骨が折れるが、しかしミレニアムを訪れてからやり続けているようなものだと思うと、ここが正念場のような気もした。

 

「とは言え、この事実はセミナーには知らされていない。お前たちもアリスについて不要な言及は避けることだ。お前たちにとっては友人だとしても、周囲に無条件で受け入れられるとは限らない」

「う、うん……わかった」

 

 俺は脅迫めいた警告をモモイたちへ促す。

 これもまた、人でなしの俺が考える、比較的善良な精神を持つ少女たちの心を利用した発言だ。

 アリスのことを思うのなら、アリスについて口外するな──と。

 万が一の破綻を妄想して、俺は言うのだ。

 その選択がロイの友人(アリス)を──621の友人(コーラル)灼き払う(破壊する)ことになるのだとしても。

 

「話を戻そう。これで部員が揃ってしまったお前たちはセミナーを襲う動機を失い、俺たちの計画は破綻するところだったが……ここで更に想定外が起きた」

「もしかして、部活動維持のために成果が必要になったこと……?」

「そうだ。これに関しては偶然だがな」

 

 何食わぬ顔でこうして説明しているものの、これらのストーリーにはかなり粗がある。

 聞く人間が聞けば、今回の訓練には裏があると気付くだろう。それだけの疑う余地がある。

 ゲーム開発部を利用したことまでは辻褄が合うとしても、モモイたちの行動原理はあくまでも廃部阻止のためであり、それをリオが訓練のためにあの手この手で誘導する労力はどう考えても見合わない。

 これでは察しの良い人間──例えばネルやアスナといった人物が違和感に気付き、訓練の裏を探りに来るだろう。

 だからこそ、アリスが必要だ。

 不正な方法で学籍を得たアリスが。

 

「再び動機を得たお前たちは廃墟でG.Bibleを発見し、その解析に『鏡』が必要になった。そこで俺たちは流す情報を変えて、『鏡』のための作戦になるよう仕向けた」

 

 不審に思った人間がアリスの情報を辿れば、過去のミレニアムに彼女が在籍していないことは容易に把握できるだろう。そして、不正入学したアリスの存在に必ず目を向けるはずだ。

 存在しないはずの生徒と今回の訓練の関連性を見出そうとすれば、『今回のセミナーの訓練という名目は後付けで、本質はゲーム開発部に突如入部した新入生を試すためのものだった』という解釈ができなくもない。

 出自が不明の生徒となれば尚更だ。

 そして、リオの慎重さ、用意周到さを知っている人間であれば、その説得力は更に増すだろう。

 つまりこの『限りなく真実に近い嘘』が、探りを入れた者に対するダミーの報酬である。

 隠していた情報を探り当てた人間は、自ら得た情報を疑いにくいという心理を利用した隠蔽工作。

 俺たちとしては、アリスが廃墟で発見された、連邦生徒会長の秘匿していた『何か』である、という情報に行き着かなければ問題ない。

 ……いや、厳密に言えばあるが、対処できる範疇だ。万が一気付かれたとして、あの一連の騒動を『廃墟で発見された、人の形をした兵器かもしれないものの危険度を測るための作戦だった』と本気で思う者はいまい。

 真実に近い嘘は、見破ることが難しい。仮に見破ったとしても、その内容があまりに陰謀論じみていて信憑性に欠けるのであれば、バレたところで問題はない、という判断である。

 

「そしてこれは俺の推測だが……アリスの実態を観測する目的もあったやもしれん」

 

 俺は念の為、あくまでもそれはリオの目的の()()()であるという仄めかしをしながら言った。

 実際はそれこそが俺たちの真の目的であり、最も隠しておきたい事実だが、それについて一切話題に出さず言及しないというのも不自然であるためだ。

 俺の言葉に、アリスは絆創膏を貼る手を止めて首を傾げる。

 

「……アリスの、ですか?」

「結局俺たちは、お前が一体どういった存在なのか、把握できていない」

「……? アリスはアリスです」

「……そうだな。そう言えるなら、それで良い」

 

 ……ただ、こうして思考を巡らせていると、やはり俺の根回し不足や不手際が散見される。

 政治的手腕に優れているミシガンやスネイルなら、より良い手を打つのだろうが……生憎俺は政治家ではない。

 所詮技術者止まりの男だ。

 ならば今の俺の仕事は、『先生』という役割から大きく逸脱した、手に余る活動なのだろう。

 だからこそ──俺の罰に成り得るのだろうが。

 

「その後はお前たちも知っての通りだ。リオの計画は実行され、セミナーの訓練は完遂した」

「……いや、私たち本当に巻き込まれただけじゃん!?」

 

 俺の説明が終わると共に、モモイが信じられないと言わんばかりに声を上げた。

 まあ、その思いはもっともだろう。いくら問題児扱いされているとは言え、表でも裏でも、ここまで都合良く使われては納得いくまい。

 

「リオ会長が滅多に姿を見せない変人、みたいな噂は知ってたけど、本当に変な人だったなんて……」

『…………』

 

 そして、ミドリはミドリで中々の言いようだ。

 リオが裏で聞いていることを伝えるべきか悩んだが、リオが周囲にどう思われているかを(ヒマリを介さずに)客観的に知ることも大切だろうと思い、俺は話を続ける。

 

「お前たちを巻き込んでしまったことは謝罪しよう。……すまなかった」

「い、いや、先生が謝ることじゃ……先生は会長からの依頼を受けただけなんですよね?」

「だが、承諾はした。無論、お前たちにそれだけの報酬があることを確認してのことだが……」

「そうだよ、報酬! ここまで巻き込まれたなら、廃部が撤回されても良くない!?」

「元々は……その予定だった。人数が足りない程度なら、今回の報酬で廃部を免れただろう。しかし、実績を要求された今では難しい」

「な、何で!?」

「確かにお前たちは、今回は巻き込まれた被害者だ。だが、言い方は悪いが()()()()()()()()()()()()()の部活をこれ以上優遇すれば、真っ当に実績のある他の部活から不満が出るだろう」

「う……」

 

 先述の通り、今回の報酬は過去の清算に使われてしまっている。

 アリスという俺たちの問題を引き受けている以上、何とかしてやりたいところだが……内容が内容なだけに表立った対処はできない。

 

「今、お前たちに必要なのは『ゲーム開発部としての実績』だ。部活動として存続したいのであれば、当初の予定通りミレニアムプライスで受賞する他ない」

「…………」

 

 利用されている彼女たちに不義理であることは重々承知している。

 だからこそ、俺に提案できることは一つだけだった。

 

「だが、詫びとして可能な限り俺も協力しよう」

「え……先生がですか?」

「専門外だが、簡易的なプログラムやデバッグは可能だ。しばらくすればヴェリタスからG.Bibleも届けられる。好きに使え」

 

 届けられるG.Bibleは恐らく偽物だが。

 『Division system』が作り出したと思われるG.Bibleが、噂通りの産物であるとは思えない。

 モモイたちを廃部危機から救い出せるようなものではないことが分かっているからこその、俺の協力申請である。

 だが、モモイは。

 

「……ううん、私たちだけでやるよ、先生」

 

 と、俺の提案を断った。

 真っ直ぐに俺を見たままで。

 

「……良いのか。今のお前たちは、かなり不利な状況にある。俺を使う程度なら問題はないはずだ」

「そりゃあもちろん、手伝ってくれたら嬉しいけど……でも、先生にはここまで凄い協力して貰ったから。二回も廃墟についてきて貰っちゃったし」

「……それが仕事だ。俺がお前たちを騙していたことに違いはない」

「それはそうかもだけど。でもさ、指示するだけなら、廃墟に一緒に行かなくても良かったじゃん? なのに、先生はついてきてくれた。ミレニアムタワーの最上階にだって、本当なら行く必要なかったのに。ユウカからあんな風に言われるのだって、分かってたはずでしょ?」

「…………」

 

 にこにこと、満面の笑みで。

 モモイは笑う。

 

「私たちだけが悪者にならないようにしてくれたお爺ちゃんには、()()()()作ったゲームをプレイして欲しい!」

「……だが、それは」

「大丈夫だよ、お爺ちゃん! G.Bibleがあれば、きっと最高のゲームが作れるから!」

 

 自信を持った笑みで──不遜なまでの態度で、モモイは言い切った。

 ここまで強い意志を見せている少女に、俺がこれ以上食い下がって良いものか、悩む。

 そしてその頼みの綱であるG.Bibleが偽物だったと知った時、彼女の意欲は果たして保つのだろうか、とも。

 

「……そうか」

 

 だが俺は、少し考えてから、目を瞑って頷いた。

 少々不安は残るが……それがモモイたちの選択であるのなら、俺はその意志を尊重するべきだろう。

 直接的な支援はできなくとも、裏からフォローはできる。

 何より、大人の出過ぎた真似で、子どものやる気を削いではならない。

 

「ならば、他に何か必要になったら呼べ。元より、ミレニアムプライスまでは滞在する予定だ」

 

 俺がソファから立ち上がりながらそう言うと、モモイは思い出したように、

 

「あっ、ならロイの力を貸して欲しいかも!」

 

 と言った。

 

「……は?」

 

 アリスに過剰に絆創膏を貼られ、いよいよ包帯を巻かれ始めて重症患者のように見えるロイが、ここで戸惑ったような声を上げる。

 更に構えられたアリスの包帯をやんわりと断りつつ。

 

「いや、私ゲームなんか作ったことねーよ」

「違うよ、ゲーム開発してる間、私たちのお世話してほしいの!」

「…………」

 

 掃除なんかするんじゃなかった、と言わんばかりの顔だった。

 どうやら、開発期間中の雑事を──恐らくは掃除や食事などを任せるつもりらしい。

 何故それを俺に頼まないのかと一瞬疑問に思ったが……まあ、俺のような老人に掃除や料理をされるより、同年代の方が頼りやすいのは確かだろう。

 

「……お前が決めろ、ロイ。断っても構わんが、やるのであれば追加で俺から報酬を払う」

「はあ…………いや、良いよ。ここまで来たら、どうなるか見届ける」

 

 一瞬の逡巡を見せてから、しかしロイは頷いた。

 呆れたような表情ではあるものの、心底嫌な顔をしているわけではないので、その言葉は本心なのだろう。

 

「……そうか。だが怪我人である以上、あまり無理はするな」

「了解」

「やった、これで一週間の不安がなくなったよ! ありがとうロイ!」

「……! ロイの料理が食べられるんですか?」

「いや、あんま期待すんなよ。別に上手くないから」

 

 ……その光景は。

 ロイが別の学園で、ゲーム開発部に受け入れられているという光景は。

 かつて、621に名前が増えた時のような。

 あいつに友人ができた時のような──それに似た、特別に感じ入る、何かがあった。

 

「ロイ」

「うん?」

「お前は、成長している」

「…………」

 

 だから俺は思わず、そんなことを言った。

 失った意味を求め、悩んでいた少女の著しい成長とその光景に、621の姿を重ねなかったと言えば嘘になる。

 だがそれでも、この言葉は本心から来たものだ。

 俺の願望とは無関係な──純粋な称賛のつもりだった。

 しかし、ロイは俺の言葉を聞いて、少し目を瞬かせた後。

 

「……なんか、ヤだな、その目」

 

 と、複雑な表情で答えた。

 褒められていることは喜んでいるようだが、それ以上に何か思うところがありそうな表情だ。

 今までロイを褒めたことは幾度となくあり、その度、照れるなり、謙遜するなりの反応をしてきた彼女だが、こうして否定の言葉を返してきたのは初めてのことだった。

 故に、少なからず、驚く。

 二の句が継げない俺に、彼女は淡々と続ける。

 

「ウォルターが何を望んでるのかは知らないけど」

 

 そこで彼女は、一度言葉を区切って。

 俺を見上げながら、意志のこもった強い目で、はっきりと言った。

 

()()()()()()()()ぞ、ウォルター」

「────」

「……なんか、ヒナさんの気持ちが少し分かった気がする。私は、私を助けてくれた奴に、そんな顔はしてほしくない」

「…………」

 

 ロイは、俺の何を見たのだろう。

 俺は一体、どんな表情をしていたのだろう。

 俺は──621を、ロイを、誰を見ているのだろう。

 それが分からない俺は、きっとこの場で唯一、成長していない人間だった。

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