ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 成長を自覚するのは難しい。
 誰でも、どんな場合も。



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 033

 

「……そう、だな」

 

 私の言葉に、ウォルターは。

 言い返すこともなく、勝手に納得したように頷いて、「何かあったら呼べ」とだけ言って、あっさり部屋を出て行ってしまった。

 私のことを否定せずに。

 そんな資格は無いと言わんばかりに。

 そういう態度が、余計に私をイラつかせる──けれど、そんな感情さえウォルターは受け入れるのだろう。

 罪だとか、罰だとか言って。

 ヒナさんや私を、誰かと重ねて。

 

 ──俺の私兵になる必要はない。

 

 ──()()()()()・ウォルター。

 

 私の知らない、ウォルターの過去。

 それが何なのか、私には分からないし、教えてもくれない。

 ウォルターはこれからも勝手に一人で苦しんで、その苦痛を受け入れ続けるのだろう。

 たぶん、死ぬまで、ずっと。

 その事実が、私にはどうしても──受け入れ難い。

 許し難いとさえ、言える。

 

「……ムカつく」

 

 渦巻いた思いや、言いたいことは色々あったけれど、私の感情を全てひっくるめて一言で言えば、そういうことだった。

 私は、ムカついているのだ。

 ウォルターにも──自分にも。

 勿論、ウォルターは私の考えも及ばないような重い過去を持っているのだろうし、その過程でウォルターが酷く傷付いてきたことも分かっている。

 簡単に捨てられるようなものではないことも、分かる。

 もしもウォルターがそんな風に過去を割り切れる人間なら、そもそも私たちは救われていないだろうから。

 だからこそ、複雑だ。

 ウォルターの過去に救われた私たちが、その過去をどうこうして良いものなのか。

 そんな権利が、私たちにあるのか。

 分からない。

 自分がどうしたら良いのか──どうしたいのか。

 当然、ウォルターの側にいたいとは思うけれど。

 でも、じゃあ……()()()私は側にいたいと思うんだろう。

 強くなって、守りたいんだろうか。

 助けられたから、恩を返したいんだろうか。

 救われたから、役に立ちたいんだろうか。

 理由としては、そのどれにも当て嵌まっていて、そのどれもが違う気がする。

 もっと奥底に、もっとシンプルな何かが、ある気がする。

 なら、その思いの正体が分かれば──それこそが、私の意味になるのだろうか。

 

「ハーイ、ゲーム開発部のちびっ子たち! マキちゃんからプレセントのお届けだよ!」

 

 しばらくして。

 ウォルターが言っていた通りに、マキと名乗る赤髪の子が、部室の扉を開けて入って来て、G.Bibleが入っているであろうゲーム機?のような端末を掲げて見せた。

 

「ジャジャーン!」

「おおっ、遂に!」

 

 そのG.Bibleの姿に、モモイたちは歓声を上げる。夢にまで見た待望のG.Bibleに、期待が溢れんばかりのようだ。

 ……廃墟で転送した時は、ウォルターの端末だったはずなんだけど……モモイたちのために変えたんだろうか。

 マキという人が見せる端末の画面には、

 

『G.Bible.exe……実行準備完了』

 

 と、どこかわざとらしい文字が表示されている。

 

「ようやく、G.Bibleが私たちの手に……!」

「ほ、本物だよね!?」

「心配しなくても大丈夫。これは、かの伝説のゲーム開発者が作った神ゲーマニュアル、G.Bibleで間違いないよ。ファイルの作成日や最後に転送された日時、ファイル形式から考えても確実。作業者についても、噂の伝説のゲーム開発者のIPと一致してた。それと、あのデータはこれまでに一回しか転送された形跡がない。間違いなくオリジナルだよ」

「やった!」

 

 マキさんは、そのG.Bibleがいかにオリジナルであるかを説明してくれた。もっとも、私はそこまでデジタルに強いわけじゃないので、何となくでしか理解できてないけれど、それほど証拠があるということは、なるほど、本物らしい。

 

「あ、それでね。G.Bibleを開いた時に()()()()()()()()()()()()()()()……これ、何か分かる?」

 

 そうして、このままG.Bibleの説明に入るかと思えば、マキさんは手元を操作して、一つ、言葉通りにファイルを見せてきた。

 <Key>、と表示されただけのファイルを。

 拡張子も何もない、ただそれだけのものを。

 ぱっと見、ファイルというよりは、ただの文字にしか見えないようなものだけれど……意味合い的には鍵、かな。

 普通に考えたら、G.Bibleの鍵と考えるべきなのかもしれないが、解析した後に出てくるものとしては妙だ。

 金庫を開けた中にその鍵がある、みたいな変な状況である。

 

「何これ……ケイ、って読むのかな?」

「……ケイ?」

「『キー』でしょ! お姉ちゃんは本当に高校受験合格したの!?」

「…………」

 

 モモイの言葉に、思わず絶句する。

 ……こいつがシナリオライターで本当に大丈夫なんだろうか。

 草食系を植物人間と表現した時点で、推して知るべしなのかもしれないが。

 

「実は、こっちについては何一つ分からなくって。ファイルは壊れてなさそうだけど……私たちの知ってる機械言語じゃ解読できない、信じられないような構成をしてる。ヒマリ先輩が渡してくれたものに入ってたやつだから、変なものじゃないと思うんだけどね」

「ヒマリ先輩はなんて?」

「それがなんと、()()()()()んだって。最初はヒマリ先輩からの挑戦状かと思ったんだけど、そうじゃないみたい。びっくりだよ」

「ヒマリ先輩でも知らないことってあるんだね……」

 

 とても意外そうに唸るモモイたちだった。どうやらヒマリ先輩という人は、知らないことがあるだけで驚かれるような、相当に凄い人らしい。

 これは後で知ったが、ミレニアム史上、まだたった三人しか持ち得ない学位、『全知』を所持している人なのだとか。

 ならば──そんな人が知り得ない鍵とは、一体何なのだろう。

 

「G.Bibleの方はきちんと開けたけど、こっちはちょっと見ただけじゃ何にも分からなかったの。で、モモイたちにも訊いてみようかなって。このくKey>のこと、何か知ってたりする?」

「いや、私たちも全然……」

「…………」

 

 ──あなたはAL-1Sですか?

 

 ……鍵、か。

 考え過ぎかもしれないけれど、念の為、後でウォルターにも訊いておこう。

 

「そっかー。ま、分からないなら今はG.Bibleの方で良いかな。<Key>についてはまた今度ね、ヒマリ先輩から連絡があったらまた伝えるよ」

 

 とは言え、マキさんは<Key>については本当に()()()の用事だったらしく、モモイたちの知らない様子を確認すれば、あっさりと話題を変えた。

 そして、G.Bibleが入っている端末をモモイに手渡す。

 

「はい。じゃ、これで間違いなく渡したから。またね!」

「マキちゃん、ありがとう!」

「今度会う時は、秘書を通して連絡してね! なにせ私たちは、『TSC2』で大ヒットする予定だから!」

「あははっ、楽しみにしてるよ!」

 

 ミドリのお礼とモモイの大きく出た言葉に、マキさんは朗らかに笑ってから、ひらひらと手を振って部屋を出て行った。

 ……モモイとミドリの様子からして、マキさんはこいつらと同学年なのかな、と思ったけれど、ユウカさんのことを『ユウカ』と呼び捨てにする二人の態度は参考にならないと思い直す。

 同時に、二人の『友達が少ない』という自認は当てにならない、とも。

 こんなに明るく振る舞えるモモイたちよりも、私の方が友達は少ないだろう。

 ……いや、比較するものでもないか。

 

「みんな、集まって!」

 

 G.Bibleを受け取ったモモイは、ひとまず全員に集合をかけた。この狭い部室で集合をかける意味合いは薄い気もするが、たぶん、これは主にロッカーに隠れているユズに向けた言葉だと思う。

 実際、モモイの言葉を聞いて、ユズは恐る恐るロッカーから出てきたし、その予測は間違いではなかったようだ。

 そんな風に、G.Bibleの端末を中心に集っていく三人の様子を眺めていると、くい、と袖を引っ張られた。

 アリスである。

 

「…………」

「…………」

 

 無言の圧力。

 私も集合するのが当然とでも言いたげな、満足げな、それでいて自信に溢れた笑みをたたえている。

 そして。

 

「? 何してるの()()()()。早くこっち来てよ!」

 

 当たり前のように私を頭数に入れて、モモイが言った。

 ()()()()ことを、まるで信じて疑っていない。

 無遠慮な、ともすればわがままとさえ言えるかもしれない、人の悩みを強引に外から打ち破るような行為に、その……私は、密かに疎外感を覚えていたことが、馬鹿馬鹿しくなってしまった。

 

「……ああ」

 

 アリスの手に引かれて、私は歩く。

 友達。

 こういう面を見ると、モモイに友達が少ないなんて、こいつの勘違いでしかないような気がして仕方がない。

 

「さて、それじゃあらためて……G.Bible、見よっか」

 

 私とアリスが近寄ったことを確認して、モモイは改まって宣言した。

 しかし……いざこうしてG.Bibleに向き合ってみると、随分と長い道のりだったような気がしてしまう。

 実際には一週間程度しか経っていないのに。

 ミレニアムのビルの大きさに驚いていたことが、懐かしく感じる。

 

「みんな知ってる通り、この中に何が入ってるのかについては、ほとんど誰も知らない。ただ最後にG.Bibleを見たと噂される、あるカリスマ開発者によると……『ゲーム開発における秘技。みんなが知っているようで、誰も知らなかった奇跡』って言われてる。私は、それが知りたい」

「うん……最高のゲームを作るために」

 

 ……正直、噂の内容全てが胡散臭いとは思ったが、流石にそれを口にはしなかった。

 ここまでして手に入れた物に水を差すほど、私は空気が読めないわけじゃない。

 

「最高のゲームが出来れば、これからもみんなでこの場所にいられる。もし失敗したら……ユズは寮に戻って、会いたくもないやつらに会わなきゃいけなくなる。それに、アリスは……」

「もしものことは考えたくないけど……その時はきっと、先生が助けてくれるよ」

「……まあ、そうだな」

 

 ミドリの言葉に、私は頷く。

 良くも悪くも実体験である。

 実際、ウォルターはモモイたちに本気で助けを求められたら、あれこれ理屈を付けて手を差し伸べてしまうのだろう。

 そういう人だ。

 だけど、私たちと違って、()()がゲーム開発部にとって真の救いにならないことも、何となく分かる。

 

「そうなったら……アリスはもうここに……モモイやロイたちと一緒には、いられないのですか?」

「──っそんなことない! 私たちは絶対に、最高のゲームを作るんだから! 大丈夫、『TSC2』もアリスにとっての『神ゲー』になるよ!」

「……?」

 

 しかし。

 アリスの言葉に、私は妙な違和感を覚えた。

 今の言い方では、まるで私を含むゲーム開発部とお別れになるような言い方だが、仮にウォルターがアリスを引き取ることになっても、別に私と離れ離れになるわけじゃないのに。

 ……まさか、私のことをゲーム開発部、ないしミレニアムの生徒だと思ってるんじゃないだろうな。

 ……いや、流石にないか。制服だって明らかに違うし……今までの会話内容から、私がミレニアム生徒じゃないことくらいは知っているはずだ。

 明言した記憶こそないけれど、どこかでは聞いているだろう。

 ……知っているはず、だよな?

 

「さて、それじゃあ……始めよう、アリス!」

「はい!」

 

 とは言え、やはりこの期待に満ちた流れを断ち切るほどの違和感じゃないので、アリスがG.Bibleの端末を手に取ったところで、私はその疑問を一旦呑み込んでおくことにした。

 なんだかんだ、私もG.Bibleの中身は気になっている、ということだろう。

 そして──いよいよ。

 

「G.Bible、起動!」

 

 034

 

 G.Bibleの世界へようこそ。

 最高のゲームとは何か……この質問に対して、世界中で様々な答えが模索され続けてきました。

 作品性、人気、売上、素晴らしいストーリーや爽快感、鳥肌の立つ演出など。

 そういったものが最高のゲームの「条件」として挙げられることは多いですが、それらは全て、あくまで「真理」の枝葉に過ぎません。

 

 最高のゲームを作る秘訣、それはたった一つです。

 そしてこのG.Bibleには、その真理が秘められています。

 最高のゲームを作るたった一つの真理、秘密の方法……それを今こそお教えしましょう。

 

 …… ゲームを愛しなさい

 ゲームを愛しなさい

 

 あなたがこのボタンを押したということは、ファイルが壊れた、もしくは何か問題があったのでは、何らかのエラーが生じたのでは……と疑っている状況なのでしょう。

 しかし、エラーではありません。

 残念ですが、これが結論です。

 

 ゲームを愛しなさい!

 

 035

 

「……何だこれは」

「G.Bibleです」

「…………」

 

 涼しい顔で平然と言うヒマリに、俺は口を噤む。

 あれから俺は、リオの用意した部屋で再び二人と合流し、ヴェリタス経由で渡したG.Bibleの中身を確認していた、のだが。

 あれほど期待を煽るような噂でありながら……これとはな。

 ただのテキストデータとなれば、肩透かしも良いところだろう。

 それでも『伝説のゲーム開発者』が残す言葉としては、ある意味()()()と言えばらしいのだが。

 伝説と呼ばれる人物は、概ね普遍的な価値観を大切にする傾向にある。ならば、行き着くところまで行き着いた人間は、ありふれたものに価値を見出す、ということなのかもしれない。

 ……いや、この推測は正しくないだろう。何故なら、これはあくまでも『Division system』がでっちあげた、偽物の『G.Bible』である。

 本物であれば、モモイたちの期待に応えられるような産物であった可能性がないでもない。

 現物が偽物である以上、無意味な仮定だが。

 

「……モモイたちには酷な事実だ」

「あの子たちなら大丈夫ですよ。きっと良いゲームを作ってくれます」

「……だと良いがな」

 

 ヒマリの楽観的とも言える言葉に、俺は溜め息を吐いた。とは言え、モモイたちに手伝いを断られた現状、俺としては他にできることが無いのも事実である。

 念の為、助力を請われた時にすぐに対応できるよう準備だけはしているが……あれだけの啖呵を切った手前、モモイたちは最後まで頼ってこないかもしれん。

 

「……それよりも、問題は<Key>よ。ヒマリ、あの端末に<Key>が確認されたことは確かなの?」

「ええ。G.Bibleのコピーと共に、あの端末内に<Key>が発生したようです。現象としては、コピーと言うよりも自動バックアップと言うべきなのでしょうけれど」

「…………」

 

 つい先程ヒマリが受けた、ヴェリタスの小塗(こぬり)マキからの報告によれば、モモイたちに渡したG.Bible専用端末の中、アクセス可能範囲内に<Key>というフォルダが存在していたらしい。

 機能を絞ったあの端末だけで確認できてしまうような、一切隠す気のない置かれ方で。

 当然、ヒマリはG.Bible用の端末に<Key>の複製などしていない。

 つまり──勝手に増えた、ということだ。

 

「G.Bibleの複製と共に増える仕組みなのか、それとも<Key>に自意識が存在しているのかは分かりませんが……何らかの目的があるのは間違いないでしょう」

「……<Key>に意志があるとでも言うの?」

「あれば、という話です」

 

 リオの責めるような口調を、ヒマリは淡々と流す。

 

「現状、<Key>が確認されたのは、ゲーム開発部に渡した端末と、先生の端末に接続したPCだけです。その二つ……先生の端末も含めれば三つ。それらを管理できれば、<Key>がこれ以上増えることはありません」

「接続以外の方法で増える可能性はあるか」

「未知の技術ですので、無い、とは言い切れませんが……可能性は薄いでしょう。もしもそうだったとすれば、今頃はミレニアム中の機器に拡散しているでしょうし」

「…………」

 

 笑えない仮定を飄々と話すヒマリの態度からして、<Key>の増え方が限られているのは間違いないようだ。ただ、未知のものが増殖するという感覚は、我ながら苦手意識を覚えてしまう。

 鍵が増える、というのも妙な話だが。

 

「ただ一つ言えるのは……潜伏して増殖し続けるのが目的ではないようです」

「……そうだな。俺たち……いや、外敵から身を隠すようにしたいのなら、わざわざアクセス可能範囲にバックアップは作らないだろう」

 

 ましてや、別の端末に接続しなくても見つかるような場所に、これ見よがしな形式で姿を見せるとなれば、それは()()()()()()()()を目的にしているようにしか思えない。

 

「……増えて、見つかるのが目的? ……矛盾しているわね」

「単純にダミーを増やしているという見方も可能ですが……現段階では憶測の域ですね」

 

 あの三つの中のどれかが本物なのか──あるいは全て本物なのか。

 増殖によってコーラルのように直接的な危険度が上がるかどうかは分からないが、どちらにせよ、これ以上<Key>の増加を見過ごすわけにもいかない。

 後でモモイたちに渡した端末は回収する必要があるだろう。

 

「……リオ。後でモモイに渡した端末を回収できるか」

「ええ。C&Cに頼めば可能よ」

「ちょ、ちょっと待ってください先生。あの子達からG.Bibleを取り上げるつもりですか?」

「確かにあれは彼女たちの得た報酬だが、<Key>が入っているとなれば話が別だ。無論、ただ取り上げるつもりはない。似たプログラムなら俺が作れる。あの程度のデータなら、G.Bibleを模倣した端末とすり替えても気付くことはないだろう」

「…………」

 

 俺の提案に、あからさまに不満そうな態度を取るヒマリだった。

 ただでさえ偽物であるG.Bibleを、更に偽物とすり替えると言っているのだから、ゲーム開発部のことを思うヒマリとしては不満なのだろう。

 彼女の気持ちも分かないでもないが……しかし、ここは譲れない。

 <Key>の増殖を見逃してしまった時点で俺たちは後手に回っている。勿論、見逃したことそのものを責めるつもりはない──それは恐らく向こう側の策略のため、仕方がないと言える。

 だが、それを放置して致命的な破綻へ繋がる可能性がある以上、看過することはできないのだ。

 良くも悪くも、実体験として。

 

「恨むのなら俺を恨め。これらの行動の責任は全て俺が取る」

「……どう、責任を取るつもりですか?」

「俺の命だ」

「…………」

 

 とは言え、俺の命にそれほどの価値があるかは分からないが……何も持ち得ない俺では、賭けられるものと言えばこれぐらいだ。

 使えるものであれば、俺の命など幾らでも使おう。

 そんな、ある種の開き直りのような俺の断言に、ヒマリは少し黙った後、呆れたように溜め息を吐いた。

 

「……<Key>の処置については分かりました。あの子達から回収した後、この三つは、私たちで管理します」

 

 と、言った。

 意外だ。もう少し憎まれ口を叩かれるものだと思っていたのだが……嫌われても構わないつもりで強引な手段を取ったのだが、ヒマリは至って冷静に、俺の提案を呑んだ。

 嫌に素直な態度である。

 その態度はリオからしてもやや意外だったようで、少し面食らったように沈黙してから、躊躇いがちに口を開く。

 

「……それと同時に、アリスの調査も並行して行うわ」

「それは、アリスがミレニアムにいることを認める、ということですね?」

「……今回の作戦で、()()()()()()()()()、最低限こちらで管理できる善性があると判断しただけよ。危険度は変わらない」

 

 ヒマリの問いに、リオは気まずそうに目を瞑って、それでもアリスは危険であるという立場を主張しながら言う。

 だが、その譲歩こそが、リオの成長と言えるだろう。

 内心どう思っているにせよ、自身の言動によって人がどう思うのか、どう動くのかを彼女なりに考えた結果だ。

 出会った当初であれば、合理性を重んじる彼女はそれさえ認めなかったことを思えば、劇的なまでの成長である。

 そんなリオの答えに、今度はヒマリは驚くように目を開いて、それからどこか感心するような顔で頷いた。

 満足げである。

 そしてそれによって機嫌を直したのか、ヒマリは「そういえば」と言って、今度は俺へ視線を向けた。

 意趣返しのようなものを含む、悪戯っぽい笑みで。

 

「それと、ウォルター先生」

「なんだ」

「思い出したように悪ぶるの、本当に良くないと思いますよ」

「…………」

 

 036

 

 G.Bibleの中身を見た直後。

 ゲーム開発部の部室は、簡単に言えば阿鼻叫喚だった。

 モモイはあの端末を壊さんばかりに握りしめ、血眼になって画面を見つめている。

 怖い。

 

「そ、そんなはずはない! きっと何かエラーが……!」

「ファイルの損傷とか修正も見当たらない……最後の転送情報、ファイルサイズ、それにデータ構成も問題無し」

「そ、それじゃ、本当に……」

「こ、これで終わり!?」

「お姉ちゃん……私たち、何か悪い夢でも見て……」

「……お、終わりだああぁぁぁああ!!!」

「…………」

 

 結果から言えば、G.Bibleは、モモイたちの望むような代物ではなかった。

 G.Bibleは、最高のゲームを作り出すための一発逆転を見せる夢のような秘技を記したものではなく、単純に心構えを指し示すような、言ってしまえば『余計なお世話』と一蹴できてしまうような、ありきたりな言葉が表示されるだけのテキストデータだった。

 開発プログラムでもなんでもなく。

 ただの、言葉だけだ。

 伝説のゲーム開発者とやらは、この言葉をそこまで残したかったのだろうか。

 あれだけオリジナルだってマキさんが念を押すくらいだから、本物ではあるんだろうけれど……。

 

「…………」

 

 でも──何か引っかかるんだよな。

 何かが。

 

 ──ファイルの作成日や最後に転送された日時、ファイル形式から考えても確実。

 

 ──作業者についても、噂の伝説のゲーム開発者のIPと一致してた。

 

 ──それと、あのデータはこれまでに一回しか転送された形跡がない。

 

 マキさんがそんなことを言っていたのを思い出す。

 確か、それがオリジナルである証拠って言ってたような。

 …………いや、待て。

 

「……()()?」

「? どうしたの、ロイちゃん」

「いや、なんか……変だと思って」

「……変? 何が?」

「転送回数が一回ってところ」

 

 そうだ。

 ()()()()()()()()んだ。

 

「うん? ……オリジナルなんだから当然じゃないの?」

「もしもデータの移動をカウントしてるんなら、G.Bible開発者本人があのシステムに()()()時の回数が入ってないとおかしい。つまり、その時と今回とで最低でも二回以上になるはずだ」

「別に、あのシステム内で開発してたらカウントされなくない?」

廃墟(あそこ)でG.Bibleを開発したとは思えねーけど……だとしても、G.Bibleの噂を知ってる奴がいるんなら、一回は世間に出回ったはずだよな。それならそれで一回はカウントされてるはずだ」

 

 つまり、今回の転送込みで二回以上じゃなきゃおかしいんだ。

 そうじゃなきゃ、このG.Bibleは今回初めて世に出回ったということになってしまう。

 

「じゃ、じゃあこのG.Bibleは……」

「……偽物、なんじゃないか」

「どっちみちおしまいじゃん!!」

 

 まあ、現状を好転させるような話ではなかったかも。

 余計にみんなを落ち込ませるだけだった。

 そのせい……というわけではないけれど、とにかく頼りの綱だったG.Bibleが役に立たない代物だったことを受けて、モモイたちは完全に気力を失ってしまった。

 そして今。

 

「あの、モモイ……デイリークエストしないのですか? いつも、『デイリークエストより大事なものなんてない』と言っていたのに……」

「アリス……私のHPはもうゼロだよ……」

「えっと……」

 

 いじけるように床に寝転ぶモモイ。

 ゲームさえしないでぐったりしている姿は珍しいと言えるが、こいつが気落ちしていると、余計に部屋の空気が重く感じる。

 ……って言うか、こいつら、私がいない間にアリスにネトゲを教えやがったな。

 

「ミドリ……?」

「ごめんね、アリスちゃん……知ってたけど、現実って元々こういうものなの……そう、つまりこれがトゥルーエンド……ハッピーエンドとはまた別の到達点……」

 

 ミドリはミドリで死んだような目でぐったりしているし。

 

「ゆ、ユズは……ユズはどこに?」

「多分、またロッカーの中に引きこもってるんだと思う。よく見て、ロッカーがたまにプルプルしてるでしょ?」

 

 部長であるユズは、現実から逃げるかのようにロッカーに引きこもっていた。

 なんて体たらくだ。

 

「今のみんなの姿は……まるで、正気がログアウトしたみたいです」

「ううっ……仕方ないじゃん、最後の手段だったのに! それが、あんな誰でも知ってる文章が一つ入ってるだけだなんて! 釣りにもほどがある! しかも偽物の可能性まで出てきたし!」

「それは……その、ごめん」

 

 冷静に考えると何で私が謝っているのか分からないけれど、とにかく謝っておいた。

 今のモモイに反論するのは、何というか、あまりにも酷な気がしたから。

 

「知ってた! 世界にはそんな、それ一つで全部が変わって上手く行くような、便利な方法なんか無いって! でも期待ぐらいしたっていいじゃん! うあああああんっ!」

「…………」

 

 切実な叫びだった。

 そんなモモイの願いを──人によっては「都合の良い話だ」と一蹴されてしまうような言葉を、私は否定できない。

 だって、私は()()()()で全部変わって上手く行った側の人間だから。

 頑張れとか、諦めるなとか──そういうことを、簡単には言いたくない。

 

「はぁ………ごめんね、アリスちゃん。私たちは……G.Bible無しじゃ、良いゲームは作れない」

 

 でも、そんな風に言うミドリが──いや、ミドリに限らず、ゲーム開発部の全員が自らを卑下している姿は、はっきり言って気に入らない。

 ゲーム開発(特別)を大したことじゃないと決めつけて、できることをできないと決めつけて、自分たちの居場所を簡単に捨てようとしているのは見過ごせない。

 まだ居場所を失っていないモモイたちが、私たちのような痛みを味わう必要はないはずだから。

 私は──友達には、不幸になってほしくない。

 だから、間に合う内にどうにかして立ち上がらせたい。

 でも、どうすれば。

 何と言えば、心の折れそうな人間を奮い立たせることができるんだろう。

 ウォルターなら、どんな言葉をかけるのだろう。

 セリカなら──なんて言うのかな。

 

「……モモイ」

「……なに」

 

 ひとまずかけた私の声に、モモイは不貞腐れた態度を隠そうともせず、半分泣きべそをかきながら、顔だけこちらに向けた。

 どんな言葉をかけても立ち上がってくれなさそうな顔だ。

 私はこれから、こんな状態の奴を、頑張れとか、そういった言葉を極力使わずに、自分の意志で立ち上がることを選ばせなければならない。

 ……いや、ウォルターならそうするだろうって思ったけれど、難しすぎないか。

 何から話すべきなのか到底思いつかないまま、とりあえず私はウォルターの真似をして、寝転んでいるモモイのそばに座った。

 正直、無理やりにでも起こしてやりたい気持ちはあったが、それはモモイ自身がやるべきだと考えて、私は未だ涙目のモモイに語りかける。

 

「お前は……理不尽を乗り越えるのが、レトロゲームの醍醐味だって言ったよな」

「……言ったけど」

「諦めずに繰り返し挑戦して、試行錯誤の末に答えを見つけるのが、レトロチックなゲームのロマンだって、言ったよな」

「言ったけど、それは……ゲームの話じゃん」

 

 私の問いに、拗ねたように呟くモモイ。

 まあ、そうだ。

 流石にこれで持ち直すとは思っていない。好きだからといって、それら全てが物事に適用されるわけじゃない。

 実際にできるかどうかは話が別。

 それは私も同じだ。

 だけど。

 

「だけど、そんなお前たちの作ったゲームが、アリスを夢中にさせた」

「…………」

 

 私は横目でアリスを見る。

 不安そうに、私たちの話を聞いている。

 不安を抱くほどに情緒の育ったアリスが、モモイたちを心配している。

 

「……でも、私たちのゲームじゃなくても、きっとアリスはゲームが好きになったよ」

「そうかもしれない。だけど、お前たちの『テイルズ・サガ・クロニクル』が、アリスをゲーム好きにさせたのは事実だ」

 

 仮定に意味は無い。

 今、ここにいるアリスは、モモイたちのゲームで自我が芽生えたという事実が重要なんだ。

 

「モモイ、忘れるなよ。お前たちの作ったゲームが、アリスの心を動かしたんだ。それだけは、揺るぎない事実だ」

 

 人形のような、機械的な返答を繰り返すだけだったアリスに、話し方にとどまらず、感情を芽生えさせたのは、間違いなく『テイルズ・サガ・クロニクル』の影響なんだ。

 それは、絶対に否定できない。

 

「…………でも」

 

 ただ、それでも。

 私の言葉だけでは少し弱かったようで、モモイたちを立ち直らせるには至らない。

 あともう一押しな気がするんだけど、そのほんの少しが、私だけでは押せなかった。

 

「ロイの言う通りです」

「……アリスちゃん?」

 

 だから、その役割はやはりアリスのものだったようで。

 私の言葉を受け継ぐように、アリスはモモイたちへと語る。

 

「アリスは『テイルズ・サガ・クロニクル』をやるたびに思います。あのゲームは、面白いです!」

「……え?」

「感じられるのです。モモイが、ミドリが、ユズが……このゲームを、どれだけ愛しているのかを」

 

 G.Bibleの言葉を引用するようにして、アリスは言う。

 『テイルズ・サガ・クロニクル』を真に好いているアリス(ファン)が、モモイたち(ゲーム開発者)へと、言葉を紡ぐ。

 

「そんな、たくさんの想いが込められたあの世界で旅をすると……胸が、高鳴ります。仲間と一緒に新しい世界を旅する、あの感覚は……夢を見るというのが、どういうことなのか。その感覚を、アリスに教えてくれました」

 

 本当に──楽しそうに。

 

「だから、待望のエンディングに近づくほどに、あんなに苦しんだのに、思ってしまうのです。この夢が、覚めなければいいのに……と。アリスは、そう思うのです」

「…………」

 

 こんな風に誰かの感情を動かせるのなら。

 それはもう、才能が無いなんてことはないだろう。

 

「……私たちが作ったゲーム、ほとんどの人に受け入れられなかったよ」

「かもな。だけど、少なくとも目の前にいるアリスは、そのゲームのファンだ」

「…………」

 

 『テイルズ・サガ・クロニクル』を否定するということは、アリス(ファン)を否定することと同義である……と言うのは大袈裟で、卑怯かもしれないけれど。

 こんな構図を作っておいて言うのもなんだけれど、つまりはそういうことである。

 何も終わってなんかいない。

 あのゲームを作ったからこそ、アリスがここにいるんだから。

 

「アリスは、モモイたちと一緒にゲームを作りたいです。『テイルズ・サガ・クロニクル2』を一緒に作って、プレイしてみたいです!」

「……こう言ってくれるファンがいるけど。お前たちはどうする?」

 

 私は立ち上がりながら、全員に問う。

 モモイに、ミドリに──ロッカーから出てきていたユズに。

 

「────作ろう」

「……ユズ、ちゃん?」

 

 そして、口火を切ったのは、部長であるユズだった。

 いつもとは違う、怯えていない、芯の強い目だった。

 

「わたしの夢は……わたしが作ったゲームを、みんなに面白いって言ってもらうこと。でも、わたしが初めて作った『テイルズ・サガ・クロニクル』のプロトタイプは……四桁以上の低評価コメントと、冷やかしだけで終わっちゃって。それが辛くて、ゲーム開発部に引きこもってた時。二人が、訪ねてきてくれた。二人が私のゲームのファンだって言ってくれた時は、本当に嬉しくて」

「…………」

 

 どうやら、モモイたちもまた、無自覚にユズを救っていたらしい。

 心の折れそうなユズを、二人は既に救っていた。

 無自覚に──無意識のうちに。

 

「それで一緒に『テイルズ・サガ・クロニクル』を完成させて……結局今年のクソゲーランキング一位になっちゃったけど……」

「うっ……」

「その後、アリスちゃんが訪ねてきてくれて。面白いって、言ってくれた。それで、わたしの夢は叶ったの。心の通じ合う大事な仲間たちと、一緒にゲームを作って、それを面白いって言ってもらう。ずっと一人で思い描いてるだけだった、その夢が」

 

 ユズはモモイたちを見て、微笑みながら言う。

 その声は、願うような声でありながら──奮い立たせるような声でもあった。

 

「……これ以上は、欲張りかもだけど。叶うなら、わたしはこの夢が……この先も、終わらないでほしい」

 

 そして、この言葉を聞いて私は思う。

 ユズはちゃんと、部長として見合うだけの意志があるのだと。

 ユズの夢が、ゲーム開発部を作り。

 巡り巡ってアリスを起こし、私を救っている。

 

「……えと、その。みんなは、どう、かな」

 

 全て言い切ってから、何故かユズは恥ずかしくなったみたいで、急に赤面しながらそう付け加えたけれど。

 その気持ちは、願いは、十分にモモイたちに伝わったらしい。

 何故なら、寝転がっていたモモイは、

 

「…………うん、よし!」

 

 と、大きく声を出して、がばっと起き上がったからだ。

 しゃっきりしていた。

 さっきまでの姿なんか、見る影もない。

 その勢いのまま、モモイはアリスに問う。

 

「ねえ、アリス。今からミレニアムプライスまで、時間どれぐらい残ってる?」

「……! 六日と四時間三十八分です!」

「それだけあれば十分!」

 

 目に光を灯して、無茶苦茶なくらい元気になったモモイが、明るく笑顔を振り撒く。

 たったそれだけで、部屋が明るくなったような気にさせてしまえるモモイは、やっぱりムードメーカーなんだろう。

 

「さあ、ゲーム開発部一同! 『テイルズ・サガ・クロニクル2』の開発、始めよう!!」

「おーっ!」

 

 結局。

 私の力じゃなくて、一生懸命考えた言葉じゃなくて、アリスの純粋なまでの心が、ユズのひたむきな願いが、みんなを立ち上がらせた。

 私にはまだ、誰かを救えるほどの力はないらしい。

 

「……やっぱ、ウォルターやセリカみたいにはいかないか」

 

 でも、まあ。

 悪い気分じゃ、ない。

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