ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 ロイは影響を受けやすい。
 良くも悪くも、全てにおいて。


閑話:ロイの覚悟。

 001

 

 ウォルターの様子がおかしい。

 いつからと言えば、ミレニアムプライスの前後から。

 元気が無いとか、調子が悪そうとか、そういう感じじゃなく──いつもより何か、思い詰めているようだった。

 まあ、いつも何かを考えているのは確かだし、珍しいってほどじゃないけれど……気にはなる。

 雰囲気が違うと言うか、何というか。

 初めて出会った時に戻ったかのような、あの、今にも死に向かうような雰囲気が──最近薄れていたはずの空気が、戻ってきているような。

 そんな気がした。

 

「……総員、準備はいいか」

 

 そう言って、部屋に鎮座している機械の前で私たちに振り返るウォルターには、やはりどこか陰があった。

 私とサホ、マドイとケマを連れて、予定していた訓練のためにミレニアムまで来たは良いものの、やっぱりどこか、ウォルターは乗り気ではないようだ。

 いつもよりも深い影が、見える。

 

「これからお前たちにはC&Cと一対一で戦闘訓練を行ってもらう。シミュレーションのため直接怪我をすることはないが、精神負荷はそれなりにかかるだろう。何より相手はミレニアムにおける最高戦力だ──心してかかれ」

 

 ウォルターがミレニアムの仕事において受け取った報酬──C&Cとの戦闘訓練という、貴重な機会。

 ミレニアムとしては戦力の手の内を明かすような、それなりのリスクを伴った報酬だ。

 いくら私たちが弱いとは言え、ウォルターが見ている手前、気軽に承諾できるような報酬ではないはずなんだけれど、一体ウォルターはミレニアムとどんな交渉をしたのだろう。

 そして、その機会を私たちに渡して、どうするつもりなんだろう。

 いやまあ、確かにありがたいし、嬉しいんだけれど。

 でも、今まで私がアビドスで特訓することさえ良い顔をしてこなかったウォルターが──『俺の私兵になるな』と口を酸っぱくして言い続けてきたウォルターが、ここに来て急に、私たちのために訓練を用意したというのが引っかかる。

 最近の変化も相まって、余計に。

 

「ダイブ装置についてはこの超天才清楚系病弱美少女である私が管理しますので、皆さんは安心して訓練を行ってくださいね」

 

 ひょこ、とダイブ装置(というらしい。球体の中にコックピットみたいなものが設置してある近未来的な装置だ)の陰から、儚げな雰囲気でありながらも凄まじい自負を持つ、車椅子に乗った白髪の少女が顔を見せた。

 あそこまで自己肯定感を持った人は見たこともないけれど、そんな風に名乗り出るだけあって本当に美人である。

 雪みたいな人だ──見た目だけは。

 

「…………ヒマリ。リオはどうした」

 

 一度周囲に目を配ってから、ウォルターは訊いた。

 どうやらヒマリという人が出てきたのは、ウォルターにとっては意外なことだったらしい。

 

「先生、あの出不精の人見知りが理由もなく初対面の人に姿を見せられると、本当に思っていましたか?」

「…………そうか」

 

 ヒマリさんの遠慮の無い物言いと親しげな様子からして、ウォルターとは既にそれなりの仲のようだ。

 私の知らない間に、ウォルターは色んな人と仲良くなっている。

 それをどうこう言うつもりはないけれど──そんな資格は無いけれど。

 今回の仕事が、ミレニアムの生徒会長から秘密裏に依頼されたものだとしても、何にも伝えられてない私からすれば……何だか、面白くはなかった。

 いや、そりゃもちろん、仕事だから言えないこともあるだろう。

 隠さなきゃいけないこともあるだろう。

 だけど、言えることだってあるはずだ。

 何も仕事内容を全部話せって意味じゃなくて──私は、ウォルターの気持ちが知りたいんだ。

 ()()()()()()()()()()()()()から。

 嬉しかったでも、悲しかったでも、辛かったでも、楽しかったでも──何だって良いのに、ウォルターはその感情を私たちに伝えようとしない。

 自らの内に抑え込んで、たとえその感情がどれだけ自身を傷付けるものだとしても、決して吐き出すことはない。

 そうするべきだと思っていて──それが当然だと思っている。

 自分の感情なんて、どうでも良いとさえ思っているだろう。

 それが──気に食わない。

 

「……まあいい。こちらの観測はお前に任せる。リオは……C&C(あちら)の観測をするということで構わないな」

「ええ。リオもそれを承知の上で私に投げているでしょうし」

「…………」

 

 きっとこれからも、ウォルターの秘密は増えていく。

 教えてくれない秘密が。

 でも、それは良い。

 秘密を抱えるなんて、誰でもやっていることだから。

 だけど、どうでも良くないのは──。

 

「……準備ができたようだ。全員、ダイブ装置の中に入れ。中の椅子に座れば、直にシミュレーションが始まる」

 

 ウォルターの声を聞いて、私は思考から意識を引き上げた。

 ……難しい話は後で考えるか。訓練の相手が相手だ、戦闘以外に思考を割く余裕は無いだろう。

 ウォルターの指示とヒマリさんの声に従いつつ、ダイブ装置の全容を見る。

 ダイブ装置は素人目に見てもかなり大掛かりなもので(配線やら何やらが特に)、とにかく凄まじい技術が用いられていることだけは分かった。

 具体的な原理は分からなかったけれど(サホは何となく理解したらしい)、とにかく仮想空間で戦闘シミュレーションができると思っておけば良いとのこと。

 そしてウォルターは。

 私たちが椅子に座ったのを確認してから、静かに言った。

 

「中断はいつでもできる。……無理だと思ったら、戻って来い」

 

 それはまるで。

 ウォルターはむしろそれを望んでいるかのような、そんな声だった。

 

 002

 

「……心配ですか、あの子たちが」

 

 シミュレーションが始まり、ロイたちの精神が仮想空間に反映されたのを確認してから、ヒマリが俺に訊いた。

 心配。

 俺には無縁の言葉だ。手段を選ばず、あいつらにこんな訓練と称した虐待紛いのことをしておきながら、心配などできるはずがなかった。

 

「そう思う権利は、俺にはない」

「もう……」

 

 正真正銘、純然たる事実を言ったつもりだったが、ヒマリは俺の言葉にやれやれと首を振っただけだった。

 溜息まで吐いている。

 ……まあいい。どう捉えるかは個人の自由だ。

 

「それより……念の為訊いておくが、肉体への影響は本当に無いのか」

「その台詞で心配をしていないというのは些か無理があると思いますが……そうです。基本的にはありませんよ。訓練用にフィードバック──いえ、筋肉痛程度なら起こせますが、その設定も切っていますし」

「……そうか」

「精神負荷はその分大きいですが……それも許容範囲でしょう。何かあればいつでも中断できますので、安心してください」

「…………」

 

 ヒマリの宥めるような声に、俺はそれでも何か反論めいたことを言おうかと思ったが、しかし俺が何かを言えば言うほど、『俺がロイたちを心配している』というヒマリの推測を補強する形になってしまいそうだったので、自重した。

 

「それとも、もう一度この超天才清楚系美少女がダイブ装置についてご説明しましょうか」

「……いや、いい。疑うような真似をして悪かった」

 

 俺は首を振ってヒマリの提案を断りつつ、設置されたダイブ装置へと目を向ける。

 以前聞いた説明によれば、ダイブ装置とは、接続された者の精神に干渉する装置であるとのこと。

 精神をデータとして管理し、お互いに装置を使用すれば『入る』ことも可能になる、悪用しようと思えばどうとでも使えるであろう技術。

 技研が聞けば放っておかないであろうその技術を、ミレニアムは戦闘シミュレーションや医療にのみ使用しているようだ。

 今回の戦闘シミュレーションにおいては、互いの精神に影響が及ばないよう中立の仮想空間を用意し、そこに肉体と精神のデータを反映することで、安全に訓練ができるよう調整している。

 リオはこれを、精神の『転送』ではなく『拡張』なのだと言った。

 精神の拡張。

 今はまだ、思い付きの段階だが……いずれはあの装置を利用して、俺の状態を把握してみるのも候補に入れておくべきかもしれない。

 

『やっと出番か……待ちかねたぜ』

『…………っ』

 

 そして、彼女たちは対面する。

 それぞれに割り当てられた、C&Cへと。

 ダイブ装置による仮想空間では、どんな大怪我を負ったとしても現実の肉体には影響が無い。

 つまり──C&Cは、手加減を一切考慮しなくても良いという意味でもある。

 ロイたちはこれから、端的に言えば()()()()()

 ミレニアム最高戦力の本気を、一身に受けることになる。

 キヴォトスにおいてさえ最上位に位置するであろうC&C相手にした場合、彼女たちがどうなるかなど、言うまでもない。

 死に近い恐怖を味わうだろう。

 だが──今後俺について行くとは()()()()()()だと、彼女たちには教えなくてはならない。

 シャーレという俺の立場、それに付随する俺の最終目的は、命の危険に晒されかねないということを、ロイたちに刻み込まなければならないのだ。

 猟犬は、ルビコンにおいては必要な戦力だったが……今は違う。

 学籍を得て、友人を持った彼女たちは、俺の使命に関わる必要などないのだから。

 だから、ここで諦めてもらう他ない。

 それが俺の──結論だ。

 

『C&Cコールサイン00(ダブルオー)、美甘ネルだ。覚悟はいいか?』

 

 ミレニアムの最高戦力。

 『約束された勝利の象徴』とまで称される少女が、今、ロイの前に立ちはだかった。

 

 003

 

 反応できたのは、ほとんど偶然だった。

 仮想空間の市街地という慣れない景色の中、同じように転送されて来たネルさんの初動を目に捉えられたとは正直言い難い。

 警戒を緩めていなかったこと、盾を準備していたこと、ホシノ先輩という強者の圧を日頃から感じていたこと、その強者が狙うであろう急所を防ぐ練習を普段からしていたこと。

 そういった偶然が重なって──ほぼ奇跡のような確率で、私はネルさんの攻撃を盾で防ぎ、()()()()()()()

 

「っぐぁ…………!?」

 

 自分の身体が宙に浮く体験をしたことは何度かあるが、真っ直ぐ横のベクトルで吹っ飛ばされる経験は少ない。

 盾ごと車に撥ねられたんじゃないかと思うほどの衝撃の後、私は勢いを殺しきれずに十メートル以上地面を転がった。

 それでもここで受け身を取れたのは、ホシノ先輩の特訓と──かつてセリカのために車で衝突事故を起こした経験からだろう。

 何が人生で役立つか、本当に分からない。

 

「まだ終わってねぇぞ!」

「──ッ」

 

 だが、そんな安心も束の間、私が声を聞いた時点でネルさんは()()にいた。

 既に左脚の蹴りを振り抜こうとしている。

 盾は間に合わない──防御は無理だ。

 咄嗟に後退したが、私の速度では回避は間に合わず、そのまま今度は左方向へと蹴り飛ばされた。

 右腕が、軋む。

 

「あ? ……へぇ、思ったよりやるじゃねえか」

 

 ただ、今度はあまり受け身を取れなかった。

 またもやごろごろと転がって、地面に突っ伏す。

 起き上がろうとして、地面についた右腕が痛む──が、普段と比べて痛みはやや鈍い。

 ダイブ装置の仮想空間だからだろうか。ありがたいと言えばありがたいけれど……露骨に腕の動きが鈍くなったのも自覚した。

 訓練用に痛覚は鈍くなるが、それによる影響はしっかり反映する感じか。

 打たれ弱い自覚がある私としては、普段は痛みそのものを危険信号としているので、痛覚が鈍るのは利点とは言い難い。

 感覚そのものが鈍化しているわけじゃないのは幸いかな。

 

「……ちゃんと血は出てる」

 

 ぐ、と口元を拭うと、微かに制服が赤く滲む。

 口の中では鉄の味もする。

 このあたりが現実と遜色ないのはダイブ装置の技術なんだろうけれど……一体どうなっているんだろう。

 ともあれ、身体の状態を確認しながらようやく起き上がった私を、ネルさんは待っていてくれたらしい。

 仁王立ちで、私の動きを観察している。

 

「…………」

 

 私が立ち上がっても即座に襲いかかってこないことから、私に少しだけ時間をくれるようだ。

 本当にありがたい。

 少しだけ落ち着ける時間をくれたことで、ここでようやく、私は息を整えながらネルさんの全身を確認することができた。

 赤毛、メイド服にスカジャン。

 身長は私よりも低い──が、ヒナさんとホシノ先輩を知っている私からすれば、それは油断する情報にはなり得ない。

 むしろ警戒対象だ。

 そして彼女の武器──二挺一対の短機関銃(サブマシンガン)

 それぞれの銃の底尾部が鎖で繋がれた、どう使うのかも分からない特徴的な装備。

 彼女はそれを、まだ一度も使っていない。

 あの小柄な肉体から放たれる蹴りだけだ。

 私は彼女の蹴りだけで、既に盾は歪み、右腕をダメにされている。

 弱音を吐いてはいられないが、これ以上どうやって防ぐべきか──

 

「────」

 

 ゆらり、と。

 彼女が動いたと思った瞬間、その姿は消えていた。

 見失ったのだ。

 目で追うどころではない加速に、私は反射で盾を()()()()()()()()

 別に、ネルさんが背後に回っていると思ったわけじゃなく、()()()()()()()()場所に投げただけだ。

 そして、結果的にこの判断は正解だった。私が振り向くよりも先に投げた盾は、ネルさんに命中(弾かれた)して、奇襲を防ぐことに成功する。

 代わりに盾を失ってしまったけれど……問題ない。どうせ一発で変形した盾だ、長く使える物じゃないし、何よりここは仮想空間である。

 つまり、私の装備はいつもと違うのだ。

 事前に受けた説明では、登録された装備はいつでも()()()()()と聞いている。

 盾──盾だ。

 と、そう強く念じれば、一瞬空間にノイズが生じて、私の左手には盾が収まっていた──いつものヴァルキューレ警察学校の支給品であり、消耗品である新品の盾が、そこに現れる。

 これができるのであれば、普段と違って盾の脆さを気にする必要は無い。

 

「…………?」

 

 ただ、何故か。

 再び盾を構えた私に、ネルさんは追撃するでもなく、怪訝そうに私を見るだけだった。

 この仮想空間の機能を知らない……わけないよな。むしろ、私より戦闘シミュレーションは行っているはずだ、知らないはずがない。

 だったら、一体何がそんなに気になっているのだろう。

 

「……ふぅん。よく分からねぇが──試してみっか」

 

 何か納得したように頷いてから、ネルさんは動く。

 今度は正面から、即座に私の懐に踏み込んできて、真っ先に左手の盾を蹴り飛ばした。

 

「────っ!!」

「させねぇよ」

 

 咄嗟にもう一度盾を出そうとしたが、私の左腕にサブマシンガンによる銃弾が叩き込まれ、盾の出現が中断された。

 攻撃されてると装備の更新ができないのか……!

 

「のっ……!」

「遅ぇ」

 

 盾が出せなかったことを誤魔化して、どうにか身を捩って立て直そうとする前に──無防備になった胴体へ、突き刺すような蹴りが私の芯を捉える。

 

「────」

 

 飛んだ、と思う。たぶん。

 言い切れないのは、私が気付いた時にはもう、建物の中まで吹っ飛ばされていたからだ。

 壁を突き破って、叩き込まれたらしい。

 ダイブ装置の仮想空間は、建築物の構造や耐久性も完全に再現されているようで、コンクリートに衝突した衝撃やダメージも含めて、私の身体へとしっかり反映された。

 瓦礫の中で、目が覚める。

 

「痛って……」

 

 頭部の痛みからして、破片か何かで右の額を切ったようだ。

 生温い液体が垂れて、右側の視界が赤く染まった気がする。

 鈍くなっているはずの痛覚がここまで明確に信号を発していることを考えると、普段の私なら既に気絶している怪我を負っているのかもしれない。

 実際、ここまでボコボコにされたのは久しぶりだ。

 ホシノ先輩だって、ここまではしない──というか、血を流すようなことになるまで、全力を出してはくれない。

 ならば、今のネル先輩が見せてくれている力が、強い人たちの世界というわけだ。しかも、あれで実のところ本気ではないのだろう。

 わざわざ攻撃の間隔をあけてくれているあたり、全力だとしても、本気じゃない。

 

「……遠いな」

 

 盾を出して、それを杖にしながら起き上がる。

 身体はかつてないほどに重い。朦朧とする視界と一向に整わない息は、仮初の肉体でさえ限界であることを訴えている。

 だけど、それでも。

 

 ──無理だと思ったら、戻って来い。

 

 ()()する気は、全く起きなかった。

 だって、それをしたら。

 何故か、ウォルターが遠くに行ってしまうような気がしたから。

 

「……遠いだけなら、追いついてやる」

 

 004

 

「……意外だな。てっきり気を失ってるもんだとばかり思ってたが……はっ、中々やるじゃねぇか。あの距離であたしの攻撃を食らって無事な奴なんて、そういねえ」

「……げほっ」

 

 体勢を立て直していると、ネルさんは崩れた壁からゆっくりと現れて、そんなことを言った。

 断固として主張しておきたいが、全然無事じゃない。普通に重症だ。

 ホシノ先輩の攻撃に慣れてなかったら一切反応できなかったと思う。

 そう、ネルさんは速い。

 ホシノ先輩が卓越した技術で、ヒナさんが純然たる暴力だとすれば──ネルさんは圧倒的な速さだ。

 そのくせ、別に打たれ弱いとか、力が弱いみたいな弱点はないので、そりゃあ強いのも納得である。

 ホシノ先輩の強さを経験していなかったら、こうも都合良く防げなかっただろう──……冷静に考えると、なんで三大学園の最高戦力に匹敵する圧をホシノ先輩が出せるのか不思議だったが、深くは考えないことにした。

 

「盾っつーか、防御の技術は大したもんだが……妙だな。なんで攻撃してこねえ」

「っ……なんでって……」

 

 できたら苦労してないが。

 守ることに必死なだけだ、攻撃する暇なんてない──という抗議の視線を受けてか、言葉を発するまでもなく私の気持ちを察したらしいネルさんは、しかし冷静に否定した。

 

「違ぇな。そもそも、お前には攻撃する意志がない。何度か隙を見せたってのに、守ることだけに専念してる。銃を一発も撃たない徹底ぶりだ。誰かにそうするように言われたのか?」

「…………」

 

 ──私が来るまで耐えてくれたら、何とかするから。

 

 ネルさんに指摘されて、私は、盾を教わる一番最初に、ホシノ先輩からそう言われたことを思い出す。

 もしもこの先、自分だけじゃ勝てないような相手がいたら。

 私を呼んで、それまで先生を守って耐えてくれたら何とかするから──と。

 そう言われたのだ。

 だから、守る力を優先して鍛えた。

 

「……悪いですか」

「いんや、別に。守ること自体は否定しねえ、時間稼ぎも立派な戦術だ。だが……この状況で、助けも呼べないようなタイマンで戦ってる時に、時間稼ぎなんかしても意味ねぇだろ」

「…………」

 

 時間稼ぎ。

 意味が──無い?

 

「私は、私にできることを……!」

「あー……じゃあ、その……お前に防御の技術を教えた……先輩か? あたし相手に二、三回防げるようにしたくらいだから、相当強ぇんだろうな。で、仮にそいつの言いつけ通りに戦って、でも結局やられて、先輩の助けも間に合わなかったら──どうする」

「…………っ」

「自分が戦えば良かったって、絶対に後悔しないって言えるか? それとも、間に合わなかった先輩を責めるのか?」

 

 何が言いたいんだ、この人は。

 ホシノ先輩を責めたい……わけじゃないんだろうけれど。

 言葉は荒いが、悪意を持っているようには見えない。

 なら、何かを試しているのか?

 ……何を?

 

「そう言えば……お前、『ウォルターの猟犬』って、名乗ってるんだってな」

「…………」

「これはあたしの純粋な疑問なんだが……何で、『猟犬』なんかになろうとしてんだ? 見た感じ、先生はあんま嬉しそうじゃなかったぞ」

「……それは」

「別に、側近でも、腹心でも、右腕でも、懐刀でも何でも良いだろ。なのにどうして『猟犬』って肩書きに拘る?」

 

 思考が回らない。

 二転三転する話に、ネルさんの真意が分からない。

 仮初の肉体でも、頭部からの出血は思考に影響を与えるらしい。

 だから、ネルさんが何を探っているのかまでは分からなかったけれど、私は、これで体勢を立て直す時間稼ぎになるのならと、素直に質問に応じることにした。

 

「…………先輩が、いるんですよ」

「……先輩? アビドスのか?」

()()の、です」

「…………」

 

 ウォルターは悪夢を見る。

 それがいつかと言えば、ほぼ毎日。

 ウォルターが仮眠をしている時は、ほとんど魘されている。

 そしてその時、眠りの浅い時に夢現のまま番号を──名前を、猟犬を呼ぶ。

 意識がある時は決して口に出さない、私たちに一切明かすことのない過去を、夢を見た時にだけ、ウォルターは呟くのだ。

 とはいえ、その番号が名前であることも、猟犬であることも私の予想に過ぎないんだけれど……でも、間違ってはいないと思う。

 猟犬──ハウンズ。

 恐らくは、ウォルターが過去率いていた部隊の総称。

 ああも私たちが猟犬を名乗ることを忌避するのは、きっとウォルターの過去が関係しているのだろう。

 ウォルターが昔、喪ったもの。

 でなければ、あんなに辛そうな声で名前を呼ぶはずがない。

 過去の猟犬──つまり、私たちの先輩とも言える人たちは既に亡くなっているのだ。

 きっとそれは辛いだろうし、悲しいだろうし、泣きたいはずなのに。

 ウォルターはそれを、私たちに言うことはない。

 過去を明かすことはない。

 抱えたまま、引きずったまま、その手綱を絡め取られたまま、ウォルターは歩き続けている。

 それが──そう、ムカつくのだ。

 私たちを助けておきながら、幸せになろうとしないその態度が、ムカつく。

 あと、更にムカつくのは、彼が夢を見る時、たった一つ、特定の番号の時だけ穏やかな声音であることだ。

 

 ──621。

 

 私たちがまだ聞いたことのない、穏やかな声。

 まるで全ての鎖から、楔から、解放されたかのような。

 心底安心した、嬉しそうな声。

 ……きっとその人物こそが、ウォルターの特別なんだろう──ウォルターに救いを齎した、唯一の人間なんだろう。

 だからムカつく。

 私は、顔も見たことのない人間が──私の先輩が、妬ましくて、羨ましい。

 

「はは……そっか。やっと、分かった」

「ああ?」

「私は、私を救ってくれた人が、幸せでいてほしいだけなんだ」

 

 それだけ。

 それだけだ。

 三人も、セリカも、アリスも、ウォルターも、みんな。

 

「……じゃあ、尚更『猟犬』なんて名乗らない方が良いんじゃねえか? 下手したら、その名乗りは先生を傷付けてるぞ」

「かもしれない。でも──そうしなきゃ、ウォルターは救えない」

「…………」

「私が幸せなだけじゃ、ダメなんだよ」

 

 それだけじゃ、ウォルターはそれを、自分のおかげだとは絶対に思わないだろう。

 私が勝手に助かっただけだと、私の努力が身を結んだのだと、そう言うだけだ。

 自らの手柄を放棄して、手綱と首輪を放り投げるだろう。

 それじゃあ──ダメだ。

 ()()証明しなくちゃ、ウォルターは一生、自分を赦せないままだ。

 赦さないまま、幸せになろうとしないままだ。

 そんなの──あんまりだろ。

 

「それに……どうでも良いんだよ」

「あん?」

「罪だとか、罰だとか──使命とか義務だなんて、どうでも良い!」

 

 言わないんだから──知らないんだよ。

 教えてくれないんだから、考えてなんかやらない。

 

「私たちが生きてて良いなら、ウォルターだって生きてて良いだろうが! 思わせてくれたんだから、私たちがそう思って何が悪い!」

 

 ネルさんに言うのは全くの筋違いだと理解しながらも、私の言葉は止まらない。

 止める気もない。

 どうせ──()()()()だろうから。

 聞かせてやる。

 

「私は、『先輩』の意志を継ぐ。私は猟犬として、()()()()()幸せにならなくちゃならない。()()()()()()()()()()()()()()()()()と、私が証明しなくちゃならないんだ!」

 

 それはきっと、私にしかできないことだ。

 私の意志で──私の意味だ。

 

「……自己証明か?」

「はっ──変なこと言うじゃん。そんな大層なことじゃねーよ。『幸せでいてほしい』って願うのは、何も特別じゃないだろ」

「…………」

 

 がむしゃらに捲し立てていると、徐々に私の頭は冷えてきて、めちゃくちゃなことをネルさんに言ってしまったことは、勿論、気付いていたが。

 今更取り繕う必要も無いと思って、特に訂正はしなかった。

 全部本心だ。

 嘘はない。

 

「誰が否定しようと何度だって言ってやる」

 

 だからこれは、宣言だ。

 この場にいる全員に対しての──そして、()()に対しての宣言である。

 

「私は、ウォルターの猟犬だ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「…………!」

 

 本来、立場としては無関係であるところのネルさんは、私の言葉を聞いて何を思ったのだろう。少し驚いたように目を開いてから──にやり、と笑った。

 

「────はッ。良いな、お前」

 

 その笑みは、今までの顔つきとはどこか違って、楽しそうにさえ見える。

 何か、琴線に触れたらしい。

 それが何かまでは、今の私の頭では察することはできなかったが。

 

「名前は?」

「……ロイ。七瀬ロイ」

 

 言って、名前も覚えられてなかったのか、と気付く。

 まあ一回きりの訓練相手だし、向こうからすれば、わざわざ覚える必要はないだろうけれど。

 

「度胸はある。あたし相手に啖呵を切るくらいにはな。となると……足りないのは、勝ちへの執着だ」

 

 サブマシンガンに取り付けられた鎖を鳴らしながら、ネルさんは銃を構えた。

 真っ直ぐに私へ向けて、彼女は言う。

 

「七瀬ロイ。お前、リーダーなんだろ」

「…………まあ、一応」

「じゃ、教えといてやる。あたしらみたいなリーダーに一番必要なもんは統率じゃねぇ。()()()()だ」

「…………」

 

 笑みを絶やさず、ネルさんは断言した。

 

「攻撃しねぇでどうやって相手に勝つ? 相手がどんだけ強かろうと、絶望的な状況だろうと、自分が満身創痍だろうと──勝つことを諦めんな」

 

 それは彼女にとっての真実であり、信念なのだろう。

 揺らぐことのない自負だ。

 

「最後には絶対(ぜってぇ)勝つ。それがリーダーだ」

 

 その不敵で獰猛なまでの笑みは──正しく猟犬のそれで。

 私は瞬間、理解した。

 直感で──理想だと、思った。

 身軽で、速くて、あの二人みたいな理不尽な頑丈さはなくて、それでも耐える、攻撃的なスタイルの人。

 私に最も適した、私が目指すべき到達点。

 

「……はは、なるほど。確かに私は、猟犬として失格だった」

 

 ネルさんの言う通り、私は、心のどこかで見切りをつけていたのかもしれない。

 弱い私では、何もできないと思っていた。

 守ることは、防ぐことだと決め付けていた。

 勿論、ホシノ先輩に教えてもらったそれは無駄じゃないし、割り切って動くことも一辺倒に否定することではないけれど……今、この場においては相応しくないだろう。

 ()()、勝つためには。

 

「必要なのは──爪と牙だ」

 

 さっき出したばかりの盾から、手を離す。

 地面に落ちたそれには目を向けず、目の前の人を見る。

 両手にそれぞれ握られている銃を見る。

 ……見様見真似だ、影響を受けやすいなんてものじゃないが──今はこうすべきだと、私は確信していた。

 盾を捨てた手に顕現するは、もう一つの私の拳銃。

 爪と牙。

 こんな使い方は初めてで、ぶっつけ本番だけど……大丈夫。

 最高の見本が、今、目の前にある。

 

「……こっからだ。まだ、負けてない」

「はっ──そうだ、気張れよ、ロイ! 簡単に倒れんじゃねぇぞ!!」

 

 005

 

 こうして。

 訓練は無事に終了した──いや、無事ではなかったんだけれど、とにかく終了した。

 あの後、結局私はボコボコにされて、仮想空間の肉体が限界を迎えた私は現実に強制送還されたのだが、ここで問題が起きた。

 なんと、ネルさんが普段設定している訓練用のフィードバック設定がオンになっていたらしい。

 そして、それが後から共有されていた。

 つまり私は、目が覚めた途端に凄まじい疲労に襲われることとなり、今まで見たこともないくらいに焦っているウォルターに診察された後(やけに念入りに『目』を見られた)、そのまま睡魔に負けて眠りについてしまったのだ。

 後で聞いた話によると、勝手に設定を変えたネルさんと、それを『普段通り』と認識して見逃したリオ会長はウォルターに大目玉を食らったらしい。

 謝罪に来たネルさん本人によると、『大人相手に怖いと思ったのは初めてかもしれねぇ……』とのこと。

 何を言われたんだろう。

 喋りたくなさそうだったので聞いていないが、一応私も、ウォルターを怒らせないよう気をつけようと思う。

 C&Cの妨害や、今回の暴走とも言える訓練結果を見ても怒らなかったウォルターが、一体何で怒るのかは想像もつかないけれど。

 

「重度の筋肉痛だ。……しばらく休め」

「はい……」

 

 まあ、ちゃんと叱られはしたんだが。

 多くを語らないウォルターは、しかし、それ以上は何も言わなかった。

 私があの時語った言葉に一切言及しなかった。

 聞いて、何を思ったのかも言ってくれないらしい。

 それでも、勝手にどこか遠くには行かなかったから──まあ、効果はあったのだろう。

 取り敢えずは、それでいい。

 

「ウォルター」

「……何だ」

「待ってろよ。すぐ認めさせてやっから」

「…………」

 

 私はまだ、何も知らない。

 あの時から、知っていることが増えたわけじゃない。

 でも、そこに込められた意味は、前よりも増えている。

 

「…………今は休め」

 

 返ってきたのは、残念ながら療養を勧める言葉だったが。

 だけど、否定の言葉じゃなかった。

 今の私には、それで十分である。

 

「……了解」

 

 こうして、ミレニアムの訓練は幕を閉じた。

 この訓練により身動きが取れないほどの筋肉痛となった私は、次のウォルターの出張──具体的にはレッドウィンターと山海経の時について行くことを禁止され、その学園に行くことは叶わなかったのだが……それはまた、別の機会に話すとしよう。

 だって私はまだ、シャーレにいるのだから。

 猟犬として、ウォルターと共に。

 なら、いつだって話せるだろ?










 めちゃくちゃ文章が増えました、描写は極力絞って最低限にしたつもりでしたが、それでも多い……読んで頂いてありがとうございます。
 ロイのビジュアルは、顔がこれ、というわけではなく、目の色と髪の色、そしてヘイローの変質が伝わっていれば大丈夫です。
 ロイの詳細は次回、ケセドでの黒服が語ってくれます。
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