ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 彼女は、数多の命を救っている。
 彼は──。


閑話:ハルカの掬う手。

 

 001

 

 便利屋に所属する、伊草(いぐさ)ハルカという少女は、卑屈である。

 内気で、人見知りで、自己評価が低く、悲観的で、思い込みの激しい少女だ。

 一見、良い印象を抱く人間はほとんどいないだろう。

 事実として、その気質から便利屋のトラブルの一因となることが多い彼女ではあるのだが……それは、イコールで彼女が悪人であることには繋がらない。

 実態は、酷く不器用で、間が悪く、運が悪く、努力が空回りするだけなのだ。

 それだけだ。

 やや思考が行き過ぎるきらいはあるが、その行動原理は、およそ他人のためである。

 誰かのためを思って動き、そして起きた結果に対して猛省する少女のことを、俺は嫌うことができなかった。

 何より、彼女の『趣味』は俺にとっては酷く共感できるもので──……いや。

 それは、烏滸がましいか。

 俺と比較してしまうのは、彼女への侮辱に他ならない。彼女の根底にある優しさが垣間見える趣味と、俺の償いや贖罪は、似て非なるものだからだ。

 植物を──『雑草』を育てること。

 それが、伊草ハルカの趣味である。

 

「雑草は……なんていうか、その……似た者同士と言いますか……なんだか、私みたいで……これといった使い道もないし……いつもその辺にいるのに邪魔ばかりというか、迷惑をかけてばかりで……価値もないくせにあちこちに顔を出すところか……そういうところとかが……わ、私に似てる気がして……類は友を呼ぶと言いますか……」

 

 暗い紫の髪を持つ少女は、目線を泳がせながら、おどおどとした態度でそんなことを言った。

 これはアルたちと関わり始めた──つまりは経営顧問に就任した当初、『上納品』と称して、ハルカが俺に雑草の植木鉢を渡してきた時に語った台詞だが……言い訳のように捲し立てられたその台詞は、ハルカの自己評価の低さを顕著に表しているのと同時に、彼女は雑草に対して、同情のようなものを覚えているのだと、俺は解釈した。

 道端の雑草を育てるという行為は、弱者へ対する同情からくる行為なのかもしれない──と。

 償いや贖罪とは違う、同情。

 きっとそれは、世間一般では褒められた行為ではないだろう。同情を起点とした助けは偽善だと捉えられることもあれば、場合によっては、自己満足的な行いだと批難されることもある。

 また、雑草の飼育は他人に迷惑をかけかねない危険な趣味でもある。

 が、だとしても。

 俺は、彼女の趣味を否定する気にはなれなかった。

 何せ、俺がやっていたことも、あるいは()()()()()()()もまた──まあ、似たようなものだ。

 世界から弾き出された、邪魔者を。

 世界から価値がないと判断され、処分されるだけのものに、意味を与える。

 ()()だと看做(みな)されたものを──いてもいなくても変わらないと判断されたものを、掬い上げる。

 無論、あいつらは雑草などではないし──また、俺が救ったわけでもないので、比較自体が間違っていると言われれば、それまでだが。

 所詮俺は、利用しただけに過ぎないのだから。

 ハルカの行いと俺の罪を比較することは、やはり、烏滸がましいと言えるだろう。

 

「あ、あの……先生。どうかしましたか……?」

「……いや、何でもない」

 

 ハルカに声をかけられて、俺は意識を現実へ戻す。

 そう、今俺は、彼女の庭園を訪れていたのだった──そこで一言二言交わした後に、思考に没頭し、黙り込んでしまっていたらしい。

 彼女からすれば不安にもなるだろう。

 俺は首を振って誤魔化してから、彼女の庭園を見渡す。

 庭園と言ったものの──確かに彼女が所有している植木鉢がずらりと並んではいるものの、この場所はおよそ廃墟と言って間違いのない場所だった。

 ミレニアムの廃墟ではなく、文字通りの廃墟である。

 ゲヘナの片隅にある、不良や浮浪児さえ立ち寄らないような僻地で、ハルカは自身が育てている雑草たちを管理していたのだ。

 先程は雑草の飼育の危険性を語ったが、こうも人がいない、俺たち以外は近寄りそうもない辺鄙な場所で管理をしているあたり、ハルカの配慮は十分と言えるだろう。

 誰の迷惑にもならない場所で、自分が管理ができる範囲の趣味であるのなら、それは個人の自由というものである。

 

「…………」

 

 しかし。

 彼女がこのような秘密の場所に、俺を招き入れたことはかなり意外だった。

 前述のように人見知りであるハルカが、誰にも──社長であるアルにさえ教えていない秘密の庭園に、俺を招待するとは思わなかったのだ。

 無理矢理にでも理由をこじ付けるのならば、自身の社長である陸八魔アルが俺に気を許しているということが大きな理由だろうか……だとしてもやはり、アルさえ知らない場所を俺に教えるというのは、かなりの矛盾を感じずにはいられない。

 ここで、『それほどまでにハルカの信用を得られたのだ』と純粋に喜べるほど、俺は楽観的ではない。

 

「……あの、先生。やっぱり、何か、悩み事でしょうか……? 私でよければ、その、聞きますけれど……」

「…………大したことではない。気にするな」

「そ、そうですよね。すみませんすみませんすみませんすみません……! 私なんかが役に立てるはずないのに……!」

「…………」

 

 ハルカは、俺のような老人かつ強面の男に気を遣える優しい少女である。

 ただ、いかんせん自己評価が低過ぎるため、こちらが下手に気を遣ってしまうと、かえって逆効果になることが多い。

 彼女に対しては遠慮するよりも、頼った方が彼女の精神安定に繋がることを思い出した俺は、ならばと、一つ訊いてみることにした──もっとも、空回りして事態が悪化する可能性もあるので、十分に言葉を選びながら。

 

「……ハルカ。老人の相談に乗ってくれるか」

「……え、あ、はい。わ、私で良ければ……」

「例えば……そうだな。仮にお前が助けてきた『そいつら』と意志の疎通ができたとして。そしてある日、そいつらはお前に対して感謝の念と、お前自身に幸せになってほしいと願ってきたとしたら──どうする」

「うぇ、え……!?」

 

 棚に並べられた植物を指しながら、俺は問う。

 我ながら唐突な問いであったことは自覚していたが、前提条件があまりにも突飛すぎたせいか、ハルカは混乱した様子で呻いていた。

 ……情報を詰め込みすぎたか。

 だが、これ以上俺には上手い例えが思いつかなかったので、

 

「同情──罪滅ぼし。元になった感情は何でも良いが……少なくとも純粋な善意ではなかった行いに対して、そいつらは感謝する。『助けてくれてありがとう』と言う。そんな時、ハルカ。お前なら──なんと答える」

 

 と、続けて訊いた。

 下手に遠慮するよりも、ハルカにはそのまま伝え、答えをゆっくり待った方が良いと判断したからだ。

 何より、俺がこの機会を逃したくないと思ったというのもある──()()()()()()()は、他の誰にも、訊くことはできない。

 卑屈で悲観的な俺と似ている彼女にだからこそ──同じようなシチュエーションに立たされた時、どう感じるのか知りたかった。

 雑草を育てている彼女にこそ、訊いてみたかった。

 

「この子、たちに……? えと、え、と…………その……」

「慌てる必要はない。時間ならある。お前の言葉で話してくれ」

「あ……はい……ありがとう、ございます」

 

 俺の事情はともかく、質問の内容を理解したらしいハルカが焦って答えようとしていたので、一度宥めてから答えを待つ。

 彼女は話すことが苦手だが、しかし、伝えられないわけではない。

 ハルカはたどたどしくも、伝えようと努力する──『伝えられないから仕方がない』、と諦めたりはしない。

 その姿勢は、俺にとっては好ましいものだ。

 しばらくして、彼女は答える。

 

「……その、良いですか、先生」

「ああ。聞かせてくれ」

「えっと……この子たちがもし、そんなことを言ってくれたとしても……私では、恐れ多くて……すぐには、受け入れられないと思います。そんな、褒められるようなことではないので……」

「…………」

 

 ハルカは、植木鉢を横目で見ながら言った。

 縮こまるようにして──本当に身に余るものを受け取っているかのような、そんな態度で。

 

「……そうか」

 

 そしてその答えは、俺が一番求めていたものでもあった。

 何のことはない。

 卑怯にも俺は、『俺の行いは礼を受け取るに値しない』という己の思想を肯定するためだけに──つまりは薄暗い罪悪感を慰める言い訳のために、ハルカへ訊いたのだ。

 恐らくは()()()()()()()()と予想した上で。

 あまりにも惨めで本当に恥ずべき行為だが、それでも俺は、彼女の答えに安心するような気持ちになった──この時までは。

 

「……でも」

 

 と、ハルカが続けるまでは。

 

「この子たちが、本当にそう思ってくれてるのなら……それを拒否する権利も、私にはないような気がします……」

「────」

「私なんかが否定して、悲しい思いをさせてしまったら……自分が、許せなくなりそうで……ですから、その……最後は、受け入れる、と思います」

「…………」

 

 彼女の答えに何か言おうとしたが、しかし、それ以上言葉は続かなかった。

 己の醜さを、突きつけられたような気がしたからだ。

 受け取る資格は無いが、拒否する権利も無い──か。

 なるほど、道理である。

 反論の一つも思い浮かばない。

 彼女をみくびっていたつもりはなかったが……そう言えるだけの強さを、既にハルカは持っていたらしい。

 少なくとも──初めから逃げている俺より、ずっと強い心を。

 

「……良い答えだ。真摯に答えてくれたこと、感謝する」

「い、いえ! そんな大したことでは……! これも以前、先生が言ってくださったお陰なので……!」

「……俺が?」

「は、はい……! 『どんな雑草にも、必ず名前がある』と、言って頂けたので、その……。上手く言えませんが、私も……もっと、この子たちを大切にしたい、と……そう思ったんです」

「…………」

 

 それは、献上品を受け取った際、ハルカが自身の植木鉢の雑草を卑下するような言葉に対して、俺が返した言葉だった。

 だが、彼女の感謝しているような態度と言葉に、違う、と言いたかった。

 何故なら、その言葉は決して、ハルカに向けたものではなかったからだ。

 その本質は、彼女を気遣ったものではない。

 不意に思い出してしまった『あいつら』のことを、どうにか誤魔化そうとして──あいつらにも名前が()()()()()()という俺の願望が漏れ出た結果の発言に過ぎない。

 故に、感謝される理由など──どこにも無い。

 

「それは俺の功績ではない。ハルカ。お前が、お前自身がそいつらを大切に扱った結果、お前の中に芽生えたものだ。……お前の答えだ。大切にしろ」

「そう……でしょうか」

 

 俺の言葉にやや納得がいっていないようだったが、しかし最終的には頷いた。

 ハルカの成長に繋がった(と彼女は思っている)言葉を送った張本人からの発言となれば、頷くしかなかっただけかもしれないが。

 

「…………」

 

 しばし、沈黙。

 ハルカは、どこか躊躇いがちに視線を彷徨わせて、それでも何か決心したらしい彼女は、並んでいた植木鉢を一つ選んで、俺の元へと運んできた。

 

「……その、先生。良ければ、こちらを受け取ってもらえますか……?」

 

 唐突な行動に疑問を覚えながらも、俺は彼女の差し出した植木鉢を見る。

 紛れもなく、彼女の手入れが行き届いた──雑草である。

 特別、花であったりはしない。

 

「……これは?」

「えっと……ドクダミ、です。繁殖力が強いので、嫌われがちですけど……ちょっとした薬にもなるので、先生に役に立てたら、と……」

 

 そう言ってから、彼女にしては珍しく、やや強気に俺へ植木鉢を手渡した。

 かつて献上品を渡してきた時のような、恐る恐るとした、こちらを過剰に敬うような仕草ではない。

 普段の彼女と比較すると非常に押しの強い手渡しに、俺は少し驚く。

 こういうこともできたのか、と少し面食らっていると、ハルカは慌てたように、

 

「あ、あの……やっぱりご迷惑でしたか……!? すみませんすみませんすみません……! 薬なんか、先生だったらこれより良いものをお持ちですよね……!」

 

 と言った。

 どうやら、かなり勇気を出した行為だったようで、俺の戸惑いを感じ取った彼女はすぐさま謝罪に入ってしまった。その勢いのまま、植木鉢を再び俺から取り戻そうとしていたので、俺はハルカの手を戻しつつ答える。

 

「……いや。ありがたい。感謝しよう」

「え……?」

 

 これは──この譲渡は、彼女なりの気遣いだ。

 ハルカは、俺が何かに悩んでいることに気付いたのだろう。しかし、その相談に乗ることは、彼女の性格上難しい。だからこそハルカは、こうして植木鉢を献上することで、俺を間接的に元気づけようとしたらしい。

 不器用だ。だが、その気遣いを拒否することは、俺にはできそうもなかった。

 

「え……と。そ、そうですか……?」

 

 俺がしっかりと植木鉢を受け取ったことを確認したハルカは、しばらくしてから、えへへと、嬉しそうに笑った。

 悲観的で、あまり笑顔を見せない彼女だが……笑う時は、自然な優しい笑みを見せる。

 それが見れただけでも、受け取った甲斐があるというものだ。

 

「…………」

 

 だが。

 意味深だな、と、思う。

 無論、彼女に他意は無いのだろう。しかし、このタイミングで、()()()()の譲渡は、警鐘のような意味を持つようにも思えた。

 俺は、手の中にある、受け取った植木鉢を見る。

 ドクダミ。

 ドクダミ科ドクダミ属の多年草。

 その花言葉は──自己犠牲。





 あるいは、白い追憶。
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