ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 彼女に残されている文書データ
 彼らの会話を元に書き起こしたものだと思われる


文書データ:稼働記録(1)

 001

 

『……シャーレ? ああ、あのよく分かんない建物?』

『先生って呼ばれてる人には会ったことあるが……大丈夫なのかね、結構なお歳じゃないか?』

『依頼を出したことあるけど、淡白というか、何というか。ただまあ、仕事の出来は良かったな』

『最近じゃ不良を連れ込んでるって聞いたよ。連邦生徒会の建物が不良の溜まり場になったりして』

『その不良に会ったことあるな。シャーレに仕事を頼んだ時、その子が応対したんだけど……荒っぽい態度だったね』

『あの先生、不良を連れ込んでよからぬことでもしてんじゃない? ほら、不良だったら大きな問題にならないでしょ』

『……このように、シャーレの行動には多くの市民が不安を抱いています。連邦生徒会長の失踪と同時に発足した、黒い噂のあるこの組織を、果たして信用するべきなのでしょうか! 引き続き、我々はシャーレの調査を──』

「…………」

「……これが、今の俺たちの評価だ。ロイ、リモコンを返せ」

 

 時系列としては、アビドスでの仕事を終えた後。

 シャーレのニュースが流れているとの報告を受けて、四人を集めて確認してみれば、映像は上記のような内容で──つまりは概ね不評の内容だった。

 アビドスでの一件後、ロイたちを入れて動き出したシャーレは、お世辞にも上手くいっているとは言い難かったのである。

 D.U.地区の住民の反応はご覧のとおりで、クロノススクールの報道はシャーレの活動について疑問視するものだ。クロノスはアビドスの一件があったとしても──俺からカイザーの不祥事をリークされたとしても、特別味方をする気はないらしい。

 ただ、これに関しては予想通りだ。ジャーナリストとしては正しい行いである。

 まあ、数字を優先しているだけかもしれないが。

 

「……なんでそんな冷静なんだよ。あんなこと言われてんだぞ」

「想定の範囲内だ。前にも言ったが、俺たちには実績がない。全てはここからだ」

「…………」

 

 明らかに納得していない様子で、ロイはリモコンを荒っぽくデスクに置こうとしたが、しかし思い止まったらしく、ぶんぶんと空で何度か思いっきり振った後、溜息を吐いてから俺に手渡した。

 ただ、完全に不満が解消されたわけではないようで、ロイは不貞腐れたように勢い良くソファに倒れ込む。

 直接言葉にはしなかったが、彼女は先日頼んだ仕事が失敗に終わったことを落ち込んでいるらしい。

 

「ロイ、今回の失敗はお前の責任ではない。彼らの信用を得るまで、これからもこういったことは起こり得る。あまり気にするな」

「……別に、気にしてないし」

 

 露骨に沈んだ声で、ロイは反論した。

 先程は仕事の失敗と表現したが、厳密には依頼人に拒絶されたと言うべきだろう。彼女たちに不備がなかったにも関わらず、相手に仕事を取り消されたのだ。

 とは言え、依頼人を責めることはできない。ロイたちが元ヘルメット団ということもあって、拒否反応を示してしまうのは無理もないことだ。

 改心したかどうかなど、一般人からすれば知ったことではない。

 ニュースに出てきた話題も、それに付随するものだ。

 『連邦生徒会に属する組織』という後ろ盾もあって仕事こそ回って来るが、いざ受けるとなると依頼者との間でトラブルが発生してしまう。

 俺も彼女達の生活や身なりを整えるなど、色々と手は貸しているが……こうした住民から信用を得るためには、それなりに時間が必要だろう。

 

「ホシノが俺たちを最初から信用しなかったように、住民も俺たちのことを初めから信用はしない。セリカを救い、校舎を清掃し、ホシノを救い出して──そこで初めて、俺たちはアビドスの信用を得ることができた。それと同じことだ」

「……信用は実績か。なんつーか、ここで改めて身に染みたよ」

 

 しみじみと言うロイ。

 気休めになっていれば良いが。

 

「ロイ姉、意外と愛想良くないもんね。どうする? 次は私が対応しよっか?」

 

 そんなロイの様子を見ていたマドイ──漁火(いさりび)マドイは、ロイの顔付近でしゃがみ込んで、何故か嬉しそうに語りかけた。

 この時点でのマドイの身長は百四十程度なので、見た目としては文字通り妹が姉を心配している構図になる。

 実年齢はマドイの方が上なので混乱してしまうが、まあ、そのあたりは気の持ちようなのだろう。

 

「良いよ別に。今のうちに慣れておく」

「遠慮しなくて良いのに……大丈夫だよ、私たちはロイ姉の良さを知ってるから」

「うるせえ。下手な慰めはいらねーよ」

「嘘じゃないのになあ」

 

 にこにこと笑いながら、マドイはうつ伏せに寝転んでいるロイの腰上に座った。

 うぐ、と一瞬ロイは呻いたが、それ以上何も言わず、彼女を退かそうともしなかった。マドイの甘え方に慣れているらしい。

 あれが家族の距離感というものだろうか。

 俺には分からない。

 本当に──分からない。

 

「でも、ウォル爺。あの人たちの信用なんて必要なの? ヒナさんみたいな強い人からの信用が必要なのは分かるけどさ、あの人たちから信用されても仕事を手伝ってくれるわけじゃないよね?」

「必要だ。必須と言っても良い」

「……なんで?」

「俺が狙われる立場だからだ」

 

 これは決して自意識過剰な台詞ではなく、単純な事実である。

 学園の問題解決という名目さえあれば、全ての学園に干渉できる権力の持ち主が狙われないわけがない。

 不本意ながら、これに関してはアコが証明している。

 彼女はあくまでもエデン条約での優位性を保つために俺を拉致しようとしていたが、もしもあの時アコの作戦が成功していたら、ゲヘナは公的権力の下、キヴォトス全域を自由に立ち回る権利を得ていたかもしれない。

 

「……ふうん?」

「はっ、なるほど。あんたを懐柔なり支配なりできれば、誰でも他領に干渉し放題ってわけだ。……なんであんた、連邦生徒会から専用の護衛がついてないんだ?」

 

 不思議そうに首を傾げたマドイとは反対に、一足早く理解したらしいサホは至極真っ当な疑問を口にした。

 そう、普通ならばその通りだ。

 学園にせよ企業にせよ、俺は取れるのならば取りたい駒のはずだ。俺自身に戦う力がないことも加味すれば、俺は両者にとって都合の良い存在だろう。

 シッテムの箱という絶対的な防御があるのだとしても、俺は元来、連邦生徒会から護衛兼監視役が一人以上ついていてもおかしくはない。

 それがない理由は、連邦生徒会長が一人で立ち上げた組織だからか──あるいは、連邦生徒会そのものがシャーレを良く思っていないか。

 存外、適当に捕まってほしい、死んでほしいと思っている人間はいるかもしれない。発足して間もなく、影響力の少ない今であれば、『失踪してしまった連邦生徒会長が立ち上げた組織』の特権は無効である、と梯子を外すことはできなくもないだろう。

 どちらかに傾くかは、やはりこれからだ。

 俺たちの行動次第で、シャーレの行く末は決まる。

 

「連邦生徒会も一枚岩ではないということだ。俺が持つ権力は、ある程度返上したとは言え、個人が持つには大き過ぎる」

「まあ、そりゃあそうだけど」

「『敵』が実力行使に出た場合、俺には抵抗する術がない」

「……私たちが守る……じゃ、足りないだろうな」

「そうだ。もしも相手が本気でシャーレを──俺を捕らえようとするのなら、攻撃は一度では済まないだろう。お前たちだけでは、全ての攻撃を防ぎ切ることはできん。これは実力の話ではなく、物理的な、兵力数の話だ。そうなった場合、どこかで逃げる必要があるが……市民から信頼を得られていなければ、この地域一帯が敵に回る」

「……裏切られるってことか」

「最悪はな」

 

 病的なまでの後ろ向きな想像である自覚はあるが、想定しないわけにもいかない。

 敵が根回しをしないことを前提に動くのはリスクが高過ぎる。たとえ市民に裏切られるまではないにせよ、誰一人として協力者がいない状況ではロイたちが危険だ。

 俺は死んでしまえばそれで終わりだが、彼女たちはそうではない。俺に何かがあった時、周囲が助けになってくれるような環境を構築しておく必要がある。

 欲を言えば、カーラのような、全て投げても任せられるような存在が望ましいが……流石に厳しいだろうな。

 

「そうならないために、俺たちは地盤を築かなくてはならない。その第一歩として、地元の人間の支持が必要だ。最低限、裏切られないだけの保証は欲しい。何かあった時、お前たちがアビドスまで逃げる時間を確保するためにな」

「…………」

「ウォル爺、信用を得るって、具体的にどうすれば良いの?」

「……仕事を続ける。それ以上、俺たちにできることは無い」

「前途多難だあ」

 

 マドイは薄く笑い、体を倒してロイの上に寝転がった。

 ロイは何故か俺を睨んだが、それ以上は何も言わなかった。

 

 002

 

『シャーレ? ああ、ロイちゃんのとこか。いつも助かってるよ』

『最初は失敗ばかりだったけど、最近は悪くないね。頑張ってると思うよ』

『人手が増えたのかな? 前は断られてた仕事も受けてくれるようになってさ、気軽に頼めるようになったな』

『前は怖くて避けてたけど……子ウサギ公園で訓練してるのをよく見かけてたから、なんか応援したくなっちゃった』

『実際、昔よりみんな強くなってるね。不良が暴れた時も、前みたいな必死感はなかったよ』

『あの、わたしロイさんに助けてもらって……お礼ってシャーレで個別に受け付けてますか!?』

『……このように、以前に比べてシャーレは住民に受け入れられつつあります。各学園の問題を先生が解決する最中、シャーレの部員が住民を手助けしているようです。一部では、ヴァルキューレ警察学校よりも頼りになるという声も──』

「…………」

 

 ぶつり、とモニターの電源が落ちる。

 どうやら、『彼女』が電源を切ったらしい。

 ミレニアムでの仕事を終え、ケセドを排除した今現在、シャーレの評判は改善されつつある。

 一時期──ロイたちを拾った当初や、また元魑魅一座が加入したタイミングで悪化したこともあったが、全体を通して見れば右肩上がりだ。

 今となっては、ロイたちはD.U.地区においてシャーレの顔である。

 これでひとまずの目標であった、市民からの最低限の信用は得られたと見ていいだろう。今この瞬間に俺がどうなったところで、ロイたちが路頭に迷い、逃げられなくなる状況に陥る心配はない。

 しかし──。

 

「お前たちは納得いかんだろう、カンナ」

「……そうですね」

 

 俺の問いに、モニターを切った張本人──ヴァルキューレ警察学校公安局局長、尾刃(おがた)カンナは、頭部にある特徴的な犬耳を下げながら、ややばつが悪そうに答えた。

 相変わらず苦労しているらしい。

 公安局長とは言うものの、ヴァルキューレの上位組織として連邦生徒会の防衛室が存在しているため、厳密に言えばカンナは中間管理職である。

 ()から派遣されてきたことが如実に分かる、明らかに疲労を滲ませた表情に同情せざるを得ない。その原因が俺たちだとしても。

 そんな彼女と俺は、先述から分かるように初対面ではない。シャーレを本稼働させるにあたって、カンナとは何度も話し合った仲である。

 内容は、シャーレとヴァルキューレ警察学校の仕事が食い合ってしまう点について。

 信用を得るためには仕事をするしかないとロイたちには言ったが、それで元々根付いている組織の邪魔をして恨みを買っては元も子もない。

 ここがルビコンであったり、また俺たちが独立傭兵であるなら気にする必要はないが……シャーレは表向きはあくまでも秩序側の組織である。俺たちの行動で衝突を起こすわけにはいかない。

 そこで俺は、D.U.地区の主な治安組織であるヴァルキューレ警察学校に──つまりはカンナに提案した。互いの評価を落とさず、仕事の奪い合いにならない妥協点を探すために。

 上下関係はややデリケートな部分なので、互いに利のある協力体制を敷いて、軋轢を避けるために認識の擦り合わせも行った。

 その甲斐あってか、稼働してしばらくは問題なかったのだが……どうやら俺たちは、幾つか予想を外してしまったらしい。

 

「……こうしてお前が直接来たということは、上から相当突かれたのだろう。……すまない。俺たちは目立ち過ぎたようだ」

 

 俺は言う。

 カンナほどの立場を持った人間が、シャーレに苦言を呈すためだけに訪れたということは、これは防衛室からの事実上の警告と捉えるべきだろう。

 かつてロイが寝転んでいたソファに姿勢良く座るカンナは、さして姿勢が崩れていなかったにも関わらず、居住まいを正した。

 

「それもありますが……お恥ずかしながら、ヴァルキューレでは下からも不満が上がっています。『元不良が私たちより評価されているのはおかしい』『必要な手続きをやっているのに仕事が遅いと文句を言われる』『私たちの仕事を奪われている』……といったものです。ある程度は予想していましたが、ここまでとは……」

 

 深く溜息を吐いて、カンナはぐったりと項垂れた。その姿は、一般企業の勤め人だと称されても違和感を抱かないほどにくたびれた姿だった。

 喉を潤すためにコーヒーをあおる姿が、異様なまでに似合っている。

 

「俺たちの想像以上に、ロイたちの評判が上がり過ぎたということか。本来なら喜ぶべきところだが……」

「現状、ヴァルキューレからシャーレへの評価……いえ、好感度は低いと言わざるを得ません。先生はいずれ協力体制を組みたいと仰っていましたが、このままでは難しいでしょう。……申し訳ありません」

「お前が謝る必要はない。ヴァルキューレの生徒からすれば、むしろ自然な感情だ」

「……そうでしょうか」

「どれだけ繕おうと──多かれ少なかれ、俺たちは前科者だ。『心を入れ替えて働きます』と言われたところで、鵜呑みにする者の方が稀だろう。真っ当に生きてきたお前たちよりも評価されているとなれば……普通、面白くはあるまい」

「…………」

 

 俺の言葉に、カンナは無言を貫いた。

 公安局局長である彼女にも、少なからず思うところはあるだろう。

 それを顔に出さず、己の職務を全うし俺たちと関わる彼女は、やはり立派な人間であると言わざるを得ない。

 俺よりも遥かに責任感のある人間だ。

 

「だが、そういった市民たちの相対評価が起きないよう、極力お前たちが手を出せない仕事を選んでいたはずだ。余裕がない時はそれらもヴァルキューレに回るよう調整した記録もある。更に言えば、俺たちの仕事は基本的に有料だ」

 

 猫探しや店の手伝いから始まり、傭兵の真似事や護衛程度までは受けていたが、犯罪者探しや事件解決といった、所謂『警察の仕事』は優先してヴァルキューレに回していた。

 そしてシャーレの人員は(元魑魅一座のお陰で増えたとは言え)学園と張り合えるほどの規模ではない。故に忙しい時はそれらも断っていたし、何より俺たちの仕事はそれなりに高額だ。

 将来を見越して、彼女たちの仕事だけで生活を賄えるような金額に設定していたつもりだが……。

 

「それでも、俗に言う『何でも屋』よりは安価です。身元がはっきりしているため、仕事が失敗した際の補償もある。何より、シャーレの仕事は早い」

「…………」

 

 高額な値段設定がまかり通っていることを喜ぶべきか、それとも全体の無法ぶりを嘆くべきか。

 どちらにせよ、カンナの評価を聞く限りでは、そう素直に喜ぶこともできなさそうだ。

 何せ、俺たちは()()をしている。

 ……仕事の内容ではない。そこはロイたちが誠実に対応している。

 だが、その仕事の評価点である『早さ』に関しては、卑怯な手を使っていると言わざるを得ないのだ。

 俺たちは仕事が早いのではない。シャーレの権限でしかるべき手続きをほとんど無視して行動できるから、結果的に時間を仕事へ回せるに過ぎないのだ。

 同じ状況下で──正当な手続きを経て仕事を行うのであれば、ヴァルキューレの方が圧倒的に仕事は早いだろう。

 

「……カンナ」

「はい?」

 

 だからこそ、俺は気になった。

 彼女自身はどう考えているのか──現状をどう思っているのか。

 立場上板挟みになっているカンナは、俺たちをどう評価しているのか。

 可能であればこれからも協力を頼みたいが……無理強いするものでもない。四方から責められているであろうカンナの現状を思うと、ここで契約を続行するのも彼女の負担となってしまう。

 故に、俺たちと手を切るならここだぞ、という意味も込めて、俺は訊いた。

 

「……お前はどう思う。俺たちの活動はやはり、煩わしいか」

「…………」

「お前は今日、防衛室からシャーレに釘を刺すように言われて来たのだろう。シャーレの活動を控えろと、何故俺に言わない?」

 

 実際俺は、カンナが来る前に、シャーレの活動に関してリンから『連邦生徒会の幹部から指摘が上がっている』と報告を受けていた。指摘した者の中には当然防衛室長もいたわけだが──その内容は、『俺が元不良を私兵として育てている』というものだった。

 ……言うまでもないが、俺にそんなつもりはない。

 あいつらの行動を俺が縛ることはない。

 あまりに的外れな指摘だ──と一蹴したいところだが、しかし、状況からしてそう捉えられても仕方がないのもまた事実だった。

 それは、ロイが『ウォルターの猟犬』だと各所で名乗っているからという理由ではなく──いや、勿論それもあるのだろうが、それよりも大きな理由は『シャーレの運用方法が本来のそれよりも大きく逸脱しているから』だろう。

 シャーレの権力は、シャーレが武力を持たないことを前提に許されている。

 ……当然だ、権力と武力を持ち合わせては、対抗できる組織がなくなってしまう。

 だからこそ、シャーレに武力が必要な場合は生徒に『お願い』して手伝ってもらう、という運用方法なのであって、基本的にシャーレが命令できる武力を持つことは許されていない。

 ()()()()()の組織だ。

 だがここで、行き場のない元ヘルメット団や元魑魅一座を拾い、教育し、面倒を見て、市民から依頼料を取って仕事をさせているとなれば──そのうちの一部が常に護衛として『先生』に張り付いているとなれば、疑いの目を持ちたくもなるだろう。

 俺が、「私兵を雇うつもりなどない」と主張したところで無意味だ。

 事実かどうかは関係なく、そう見えることが問題なのだから。

 だが、カンナは。

 俺の疑問に対して、驚いたかのようにしばらく目を瞬かせた後、ふ、と笑みを浮かべた。

 気の緩みから出たかのような、自然な笑みだった。

 

「──先生は、何か勘違いをされていますね」

「……何?」

「私個人は、シャーレに対して悪感情を持っていません」

「…………」

 

 嘘は──言っていないようだ。

 意見を、感情を抑え込んだ、という風にも見えない。

 そして、改めて会話を振り返ってみると、確かに──カンナは俺たちを責めるどころか、むしろ庇うようなことを言っていた。

 仕事を邪魔しているわけではないにせよ、自分たちの評判が下げられているとなれば、怒りを向けられたとしても俺たちは文句が言えない立場であるというのに。

 真意が掴めず黙り込む俺に、カンナは続ける。

 強い意志を持った瞳が、金色の髪の間から俺を覗いている。

 

()()()()()()()。悪を取り締まり、市民を守ることが仕事です。市民からの評価は結果であって、目的ではありません」

「…………」

「シャーレの活動が治安を脅かすようなものであれば、我々は先生を取り締まらなくてはなりませんが……どんな目的であれ、シャーレは市民の手助けとなり、守ってくださっている。感謝こそすれ、恨むつもりはありません」

 

 ……カンナとは、それなりに関わってきたつもりだ。その過程で知ることになった彼女の善良な精神性や、正義と秩序を重んじる信念も、分かっていたつもりだった。

 だが──このキヴォトスにおいて、こうも模範的な組織人がいるのかと、驚かずにはいられない。

 己を律し、役割に則るその姿は、公安局局長の名に恥じぬ在り方である。

 

「……人間ができているな」

「皮肉ですか?」

「本心だ」

 

 俺の半分も生きていない子供の姿が、眩し過ぎて目が灼かれそうだ。

 正し過ぎるその在り方に、後ろめたくさえある。

 

「それに私は……七瀬ロイと直接会っていますので」

「……初耳だ」

「言う機会もありませんでしたから」

 

 ずず、とコーヒーを啜って、カンナは何気なく言う。

 ロイが俺に報告していないことを考えると、諍いがあったわけではなさそうだが。

 

「市民の依頼と、我々が携わった事件に関連性があったのでしょう。彼女が叩きのめした対象が、偶然私たちの確保対象でした。その引き渡しは問題なかったのですが……我々の警戒心から、自身があまり良い目を向けられていないことを察したようで。その時、七瀬ロイはなんと言ったと思いますか?」

 

 ──私たちみたいな奴を信用できないのは分かってる。

 

 ──だから……証明()()()()()()。必ず。

 

「私は立場上、様々な不良を見てきましたが……『公安局の狂犬』と恐れられている私に対して、あれほど真っ直ぐに目を見てきた者はいませんでした」

「…………」

「ヴァルキューレ公安局局長として、疑いの目を外すことはできませんが……私は個人的に、応援しています」

「……そうか」

「それに……狂犬と猟犬が協力すれば、何かが起こるかもしれませんからね」

 

 自分から言うのは恥ずかしいですが、とカンナは言う。

 随分と可愛らしい狂犬がいたものだなと、少し思った。

 

 003

 

「とは言え、防衛室長の指示を無視することもできません。誤魔化すことも難しいでしょう。どうするおつもりですか?」

「……そうだな」

 

 度々話題に出てくる人物、防衛室長の不知火(しらぬい)カヤは、カンナの上司にあたる。

 当然、俺も話したことはあるわけだが──カンナとは違って、信頼関係が築けているとは言い難い。

 それは、不知火カヤが俺たちの行動に対し指摘してくるから、という理由ではなく、単純に俺が防衛室のことを疑っているからだ。

 なにせカイザーを意図的に取り逃した人間が、必ず、少なくとも防衛室に属した組織に一人はいる──どこからの指示で、誰が実行したのか分からない、今は憶測の域を出ない話ではあるが、ヴァルキューレに引き渡してから失踪している以上、疑わざるを得ない。

 万が一、防衛室が無実で、仮にカイザーが自力で脱走したとするなら、それはそれで奴の評価をまた上げなくてはならん。

 と、このように俺から疑っているのだから、向こうからの信頼があるはずもなく、関係としては微妙なものとなってしまっていた。

 ……やはり俺は政治家には向かんな。

 この辺りは裏の人間であった時の方が楽だったな、と詮無きことを思う。

 

「……非常に気は進まないが、ロイたちを一つの組織として立ち上げる、という案がある」

「それは……何か変わりますか?」

「実情は何も変わらない。だが組織を挟むことで、『俺がその組織に依頼している』という本来のシャーレの運用に戻すことができる」

 

 本当に──気は進まないが。

 まるで過ちを、業を、繰り返そうとしているようにしか思えないが。

 ロイたちをシャーレから追い出さないためにと、俺は言い訳をしているだけにしか思えないが。

 俺はこれを、どのような気持ちで言っているのだろう。

 

「今まで通りロイたちをシャーレで活動させるには『俺の私兵ではない』という建前が必要だ。無論、あいつらの意志が最優先だが……」

「しかし……下手に組織を作ってしまうと、それこそ私兵だと思われませんか?」

「それを私兵だと言うのなら、ゲヘナの風紀委員や、アビドスの対策委員会、ミレニアムのセミナー……今まで関わってきた者たちを『俺の私兵』だと扱うことになる。いくら連邦生徒会とは言え、そこまで無謀な真似はしないだろう」

 

 ただでさえ、連邦生徒会と他学園の仲は悪い。いらぬ衝突は避けたいはずだ。

 俺の詭弁を見逃す労力と複数の学園の機嫌を取る労力には天と地ほどの差がある。天秤に掛ければ、見逃す方へと傾くに違いない。

 更に言えば、連邦生徒会は多忙の身である。デリケートな各学園の問題解決のためにシャーレがあるというのに、これ以上学園間の仲介などしたくはないだろう。

 そもそもロイたちは対策委員会に所属しているので、向こうの指摘こそが詭弁に等しいものなのだが……まあ、それをカンナに言っても仕方がない。

 

「それと……カンナ。ヴァルキューレの生徒に伝えておけ。お前たちは、俺たちよりも遥かに正しく道を歩んでいると」

「…………」

 

 更に俺はフォローして、ヴァルキューレの方が組織として優れているという意味を込めながら言った。

 これで怒りが収まるとは思えんが、言わないよりは良いだろう。

 ヴァルキューレの生徒たちには、俺たちに嫉妬する必要がないほどに正しく生きていることを自覚してもらわなくてはならない。

 月並みな言葉だが……更生した者より、最初から清廉潔白に生きている者が自信を持って生きていてもらわねば、俺たちの立つ瀬がないのだ。

 もっとも──俺が大人しく本来のシャーレの運用をしていれば、こんなヴァルキューレとの諍いもなかったかもしれないが。

 “本物”であれば──もっと上手くやれたのだろうか。

 “本物”であれば、きっとロイたちに仕事などさせていないのだろうし、様々な生徒をバランス良く頼り、どんな生徒とも良好な関係を築けていたのかもしれない。

 ロイたちをいち早く認めさせたいという俺のエゴが、この結果を招いたとすれば皮肉なものだ。

 やはり俺は、混乱の元にしかなれないらしい。

 イレギュラー、とまで言うつもりはないが、この世界の危険因子ではある。

 

「その上で、あいつらの実績を見てやってほしい。一度道を外れた者たちだが……お前たちの後ろを歩くことを許してやってくれ。恨みは俺に向けさせて良い。事の発端は俺だ──俺にはそれを受ける責任がある」

「…………わかりました」

 

 何か言いたげではあったものの、しかし最終的にカンナは頷いた。

 人間ができている。

 羨ましい、かもしれない。

 

「お気遣い感謝します、ウォルター先生。……世の大人が皆、先生の様な方であれば、私たちが仕事をすることもないのでしょうね」

 

 しかし、そんな人間ができているはずのカンナは、唐突によく分からないことを言った。一瞬聞き間違えたかと思ったが、表情からして本気で言っているらしい。

 どこをどう見たらそんな結論に至るのか、不思議で仕方がなかった。

 あまりに突拍子のない言葉に、俺は考えのまとまらないまま口を動かしてしまう。

 

「…………俺のような人間が何人もいたら、惑星が複数滅びるぞ」

「……意外です。先生も冗談を言うんですね」

「……………………」

 

 失言である。

 幸いなことに、冗談だと思われたようだが。

 

「それでは、私はこのあたりで。これからもよろしくお願いします、ウォルター先生」

「……ああ」

 

 残っていたコーヒーを飲み切ってから、カンナは立ち上がった。

 俺にもう一度会釈して、彼女は背を向けて歩き出す。

 どこまでも公安局局長としての姿を崩さない彼女の姿に、俺は。

 ざり、と。

 過去の記憶が、ノイズを伴ってモニターに映る。

 思い出す。

 役割を全うする姿を思い出す。

 それに殉じた人間を──その使命を受け継いだ子供も思い出す。

 無論、同じではない。

 カンナの正義感からくる行動と同じなど、口が裂けても言えないが──妙に心を掻き立てられているのもまた事実だった。

 子供らしからぬ精神性と、在り方。

 何故か、見せつけられているようで、受け入れ難く思う気持ちが俺にないでもなかったが……それを指摘する権利はない。

 余計なお世話だ。

 彼女は正義の在り方を自ら選び、望んでいるのだから。

 悪に堕ちているわけではないのだから、俺が手を貸す必要はない。

 そしてこれからも、そんな機会はない。

 だが。

 

「……カンナ」

 

 俺はそこまで分かっていながら、老婆心のようなものから、カンナへ声を掛けてしまった。

 それはきっと──リオに話したような、俺のいる地獄へ間違っても落ちてこないようにするための言葉だったのかもしれない。

 

「お前たちの道は──その正しさは尊いものだ。誇れ。俺がどれだけ焦がれようと、お前たちの歩む道に辿り着くことはない」

 

 俺の懺悔のような言葉に、カンナは立ち止まって振り返った。

 だが、その表情は曖昧で、含まれた感情は読み取れなかった。

 

「……そんなことはありません。道は繋がっています。必ず」

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