ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 手綱は既に巻き付いている。


1-4

 005

 

 俺は地獄に落ちる。十中八九だ。

 そんな自戒をしたところで事実は変わらず、過去はひたすらに俺を責め続けるのだが、それは俺の話でしかないため、ここで語る事はない。

 

「……で? アジトから戻ってくる時に、ヘルメット団を拾ってきた、と」

「……そうなるな」

「そうなるな、じゃないわ!」

 

 ヘルメット団員の説得後。

 そこらに落ちていた銃火器を取り敢えず拾い集め、ヘルメット団の少女をホシノに背負ってもらい(俺が背負って行くつもりだったが奪うように取られた)、無事に学校へと帰投した後、俺は四人に事情を説明した。

 ちなみにヘルメット団の少女は隣の教室で眠っている。相当に疲労していたようだ──あの栄養状態ではさもありなんと言ったところか。

 そして事情を説明しきれば、まあ、当然のようにセリカが……というよりは四人は納得していないようである。

 それもそのはずで、常日頃から襲ってきた相手にいくら事情があろうと温情を掛けてわざわざ学校で匿うなど、アビドスからすれば腹に据えかねる話に違いない。

 

「何犬猫拾ってくるテンションで人拾ってんのよ!」

「…………」

 

 怒られる内容が若干想像していたものとは違う気がするが……まあ、返す言葉もない。

 今回の俺の行動は浅慮と言っても差し支えないもので、考えなしと罵倒されても文句は言えないだろう。

 そもそも、あの捜索はリスク低減のための行動──銃火器を調査して雇い主の把握、ないしヘルメット団全体をこちらが雇い直す、あるいは金を渡してヘルメット団そのものを離散させるのが目的だったのだが、俺がヘルメット団の実態や実情を知らなかった上で起こしたこの自己中心的な行為はむしろ状況の悪化を招くかもしれん。

 間違った(正しい)ことをした、と思っている。

 だからこそ責任は取らなくてはならない──未来を縛り、危険を引き込んだ責任を。

 

「どうするの、先生。帰ってきたら話すつもりだったけど、そんな空気じゃないよね」

「……俺は話しても構わんが、四人は──」

「私は構いません。先生は信頼してもいい方だと思いますから」

「ア、アヤネちゃん!? いいの!?」

「私もいいと思う。協力してくれる大人は他にいない」

「私も賛成です。ヘルメット団の問題が解決したのは、紛れもなく先生のおかげですから」

「う、うう……!」

 

 アヤネ、シロコ、ノノミの三人は、俺に話してもいい──つまり、アビドスの借金問題について、俺を関わらせても問題ないと判断したようだ。

 セリカだけは折り合いがつけられていないようだが……それも仕方ないだろう。直前の行動からして、俺がヘルメット団員を拾ってくるという行為はあまりにも不審である。

 

「でっ、でも! これまでの問題はずっと私たちだけでどうにかしてきたじゃん! 他の大人たちは誰も気に留めずに見向きもしなかったでしょ!? 今更首を突っ込まれるなんて、私は嫌!」

「……それはそうかもしれないけどさ、でも、調べてきて知った上で、協力させてほしいって言った大人は先生が初めてだよね。信じてみてもいいんじゃない? それとも、具体的に他の方法があったりするのかな、セリカちゃん?」

 

 冷静に、淡々と。

 セリカの感情を受け止めた上で、ホシノは言う。その毅然とした受け答えにセリカは歯噛みして、それでもなお、反抗的な視線を俺へ向けた。

 まるで猫のように獣耳の毛が逆立っている。

 

「私は、認めな──!」

「待て。その前に一つ頼みがある」

「んなっ……!?」

 

 少々無理矢理だったが、このままではセリカが今にも出て行ってしまいそうだったので、俺は言葉を遮るように引き止めた。

 今の空気で引き止めるなんて凄いねー、などと小声でホシノが言ったのを端目で捉えつつ、俺は一枚の紙を懐から出す。

 

「セリカ。先にシャーレからの支援物資を受け取ったという受領書にサインをくれ。これはアビドス廃校対策委員会全員の署名が必要だ。手続きを終わらせるために早めに欲しい」

「っ────……!」

 

 出て行く前に、とは言わなかったが、俺がわざわざこのタイミングで言い出した意味を理解したようで、ばし、と叩くようにして俺の手から紙を奪い取り、がりがりと荒っぽくその紙へサインした後。

 

「認めないから!」

 

 と、捨て台詞のようになってしまった言葉を改めて吐いて、教室から出て行こうと、これまた荒っぽく扉を開け放った。

 が、しかし。

 

「ってうわぁ!?」

「あ、いや……悪い。声が聞こえたから……」

 

 扉を開けた先には件の少女、ヘルメット団の少女が立っていた。セリカは思わずといった様子でつんのめり、なんとか姿勢を制御し耐え切った後、恨みがましく少女を睨んでいる。

 …………。

 これだけの声量だ。きっと起こしてしまったのだろうが……なんと間の悪い。

 

「……あんたも。認めないから」

「…………」

 

 しかし、それでもセリカの怒りは収まらなかった──いや、正確には収める先を見失ったと表現するのが正しいか。ふん、とそっぽを向き大きく足音を立てて、セリカは走り去って行った。

 ……これだけ間が悪くても行動を貫く姿は、意志が強固な証拠である。一貫したその姿は立派な長所と言えるかもしれない。

 

「……律儀なやつだ」

「だよねー。セリカちゃん、良い子なんだよ、とっても」

 

 荒っぽくもきちんと枠内に収まるよう、そして読めるように書いていったサインを見て俺が言葉を溢せば、ホシノはしみじみと言った。

 本当に──嬉しそうに。

 

「ま、そもそもアジト奇襲作戦の許可条件がそれなんだから、拒否権は私たちにないんだけどね」

「……お前たちが嫌だと言うなら無理強いはしないが」

「いやいや、むしろ我儘言っちゃってごめんねって謝らなくちゃいけないんだけど」

 

 と、そこで言葉を切って、ホシノは言う。

 

「話を聞いてくれたのは、先生が初めてだからさ。それまで他の大人はまともに向き合わなかったから、セリカちゃんも神経質になっちゃってるんだと思う」

「……私、セリカちゃんの様子を見てきますね。ちょっと心配なので」

 

 実情を滔々と話すホシノの言葉で不安になったのか、ノノミが俺に一礼した後(既に紙にはサインし終わったらしい)、セリカを追いかけるように教室から出ていった。

 これで残ったのは俺を除き、対策委員会三人と、ヘルメット団の少女になったわけだ。

 

「……いや、気まずいんだが。起きて早々にこの状況で気の利いたことなんて言えねーぞ、私」

「あはは……むしろ言えたら凄いですよ。えっと……」

 

 と、素直な感想を少女が言ったことで幾許か緩和した空気の中、すぐさまそれに乗っかりアヤネがフォローに回ることで、なんとか会話ができる状況に持っていった。

 本当に優秀な進行役だ。口下手な俺は見習うべきかもしれん。

 

「……名前を、聞いていなかったな。教えてくれるか」

「ん、ああ。ロイ……七瀬ロイだ。思わず付いてきちまったけど……その」

 

 俺の質問に答えた後、ロイという少女は言い淀んだ。重要な話をしようとしていたところに邪魔をしてしまったという負い目のようなものを感じているのかもしれない。

 少しだけ遠慮がちに、隣の教室へ視線を向けながら言う。

 

「私、戻った方がいいよな。信用されてないだろ。当たり前だけど」

「……そうだね。先生に免じて連れてきたけど……」

「私も同じく。ヘルメット団をすぐには信用はできない」

「…………ええと、その。ごめんなさい」

「いーよ。前科持ちみたいなもんだしな」

 

 そりゃそーだ。

 納得したような──諦観しているような。

 そんな擦れた目で、ロイは言った。

 故に、俺は。

 

「ロイ」

「……なんだよ」

 

 だからこそ、俺は言わなくてはならない。

 拾ったのなら、自由を縛る首輪を付けたのなら──彼女が未来を見て笑えるよう、その責任を果たさなくてはならない。

 それが、今の俺の仕事だ。

 

「信用とは実績だ。今の()()()には実績がない。ここからだ。焦るなよ」

「────……」

 

 俺の言葉がどう届いたのかは分からない。

 だが、ロイは少しだけ呆けて、目を瞬いた後。

 

「……はは。分かったよ」

 

 と。

 どこか泣きそうな顔で、微笑んだ。

 脆く、崩れそうな笑みだと、俺は何故か思った。

 ホシノとはまた違う、笑い方。

 

「話、終わったら呼んでくれ」

 

 そうしてロイは背を向けて、じゃーな、と言って隣の教室に戻っていった。

 

「えっと……その……どこから話しましょう?」

「金額からでいいんじゃない? 情報の擦り合わせって意味でもさ」

「賛成。先生には正確に知ってもらいたい」

 

 ロイが出て行ったことを確認してから、三人は語り出した。気を取り直して……と言うには些か空気が重いが、それでもこれ以上立ち止まるわけにもいかないため、俺も極力気にしないよう話を進めることにする。

 

「……俺が知っているのは、アビドス高等学校が九億の借金を背負っていることだ。これに間違いはないか?」

「はい。正確には九億六千二百三十五万、です」

「……ほぼ十億だな」

 

 九億前後だと認識していたため、四捨五入で桁が上がると思っていなかった俺は脳内の試算を調整した。

 まさか周囲から少なく見積もられているとはな。やはり情報というのは直接出向かないと多少の漏れがある。

 

「これが返済できないと、学校は銀行の手に渡り、廃校手続きを取らざるを得なくなります。ですが、実際に返済できる可能性は0%に近く……ほとんどの生徒は諦めて、この学校と街を捨てて去ってしまいました……」

「そして、私たちだけが残った」

「……」

 

 無理もない、と思った。

 普通の精神力であれば、億単位の借金など背負えるものではない。ましてや高校生の返済能力など知れている以上、大人でも普通は見限るだろう。

 むしろ、努力を続けているこの対策委員会の精神力が異常とすら言える。

 不屈と言っても過言ではあるまい。

 

「学校が廃校の危機に追いやられたのも、生徒がいなくなったのも、街がゴーストタウンになりつつあるのも、全てこの借金のせいです」

「……そしてその借金の原因が、何十年も前に起きた砂嵐か」

「はい。この地域では以前から頻繁に砂嵐が起きていたのですが、その時の砂嵐は想像を絶する規模のものでした」

 

 アヤネが机に広がった地図に対して、砂漠化が起きている場所を囲うように指で差し示す。

 

「学区のいたる所が砂に埋もれ、砂嵐が去ってからも砂が溜まり続けてしまい。その自然災害を克服するために、我が校は多額の資金を投入せざるを得ませんでした」

 

 いつの間にか持ち替えた油性ペンで、ざあ、と流れるような曲線を描き、砂が侵食してくる様子を表現する。

 

「しかしこのような片田舎の学校に、巨額の融資をしてくれる銀行はなかなか見つからず……」

「結局、悪徳金融業者に頼るしかなかった」

 

 シロコがアヤネの言葉を引き継ぎ、地図の一点……カイザーローンという企業を指で叩くように示した。

 

「……ある意味、大手だな」

 

 カイザーローン。

 キヴォトスで様々な事業を展開している大企業の系列会社で、本社はカイザーコーポレーションだったか。

 PMC、銀行経営、リゾート開発、兵器の販売など、様々な分野に手を伸ばしている企業であることを、俺はこれまでの『仕事』で十分把握していた。

 それに加え、悪い友人も多いようだ。

 もっともルビコンで見た企業に比べれば可愛いものなのかもしれんが……それは少々飛躍した意見である。

 子供相手にそれをしている時点で碌でもないのは確かなのだから。

 

「最初のうちは、すぐに返済できる算段だったと思います。しかし砂嵐はその後も、毎年更に巨大な規模で発生し……学校の努力も虚しく、学区の状況は手が付けられないほどの悪化の一途を辿りました」

 

 ざあ、ざあ、と。

 塗り潰すように、アヤネは線を引く。

 

「そしてついに、アビドスの半分以上が砂に呑まれて砂漠と化し、借金はみるみる膨れ上がっていったのです……」

 

 そうして残ったのは、広大な土地をほとんど塗り潰し、微かに空間を残した歪な地図だった。

 その僅かな空白でさえ──インクが滲み、侵食している。

 

「私たちの力だけでは、毎月の利息を返済するので精一杯で……弾薬も補給品も、底をついてしまっています」

「調べるどころか、話を聞いてくれたのは、先生、あなたが初めて」

「……まあ、そういうつまらない話だよ」

 

 つまらない話。

 ホシノはそう締め括った。

 ありふれた悲劇、という自虐だろうか。

 ……ああ、そうだな。

 それは──笑えない話だ。

 

「で、先生のおかげでヘルメット団っていう厄介な問題が解決したから、これからは借金返済に全力投球できるようになったってわけー」

「……ありがとう、先生。話を聞いてくれて。もう大丈夫。先生は十分力になってくれた。これ以上迷惑をかけられない」

「…………」

 

 唐突に。

 この話の流れでそんなことを言うシロコに対して、俺は掛ける言葉を失ってしまった。

 信頼や信用がないことに対して、ではない。

 俺を()()()()()()()()()()()()()()姿()に、だ。

 ここに来てようやくのこと、俺はアビドス対策委員会の……陳腐な言い方をすれば、心の闇のようなものを垣間見た気がした。

 大人は力を貸さないものだと思っている。

 大人は誰も助けてくれないと思っている。

 ()()()()()()()と、心の底から思っているのだ、彼女たちは。

 人間不信とは違う、複雑な心理状況。

 

「もしこの委員会の顧問になってくれるとしても、借金のことは気にしなくていい……って言っても、ウォルター先生はそれじゃ満足しないんでしょ?」

 

 ただ、その中で唯一ホシノだけが。

 俺の行動を見ていたホシノだけが、下から見上げるように、敵意と警戒、そして微かな期待を混ぜたオッドアイで、俺を覗いている。

 その言葉に含まれた本当の意味を理解することは──きっと、俺には難しい。

 

「……ああ。全面的に協力しよう。それが、俺の仕事だ」

 

 俺が手を差し出して言えば、ホシノはにへら、と笑って俺の手を握り返した。

 銃を撃てそうもない小さな手が、俺の枯れた手を掴んでいる。

 自らの意思で、俺の手を掴んだのだ。

 

「やっぱり先生は変わり者だねー。こんな面倒なことに自分から首を突っ込もうなんて」

「……『シャーレ』が本当に力になってくれるなんて。これで私たちも、希望を持っていいんですよね?」

「そうだね。希望が見えてくるかもしれない」

 

 ようやく緊張が解けたのだろうか、アヤネとシロコが胸を撫で下ろし、安堵している様を見て。

 ホシノは、感慨深い様子で呟いた。

 

「ウォルター先生は……()い人だね」

 

 と、そんなことを。

 彼女の真意はやはり分からない。協力を申し出たことに対しての言葉なのか、あるいはもしかすれば、俺が七瀬ロイを拾ったことに対するそれを、善行だと捉えての発言かもしれない。

 だから俺は言う。

 言い含めるように、言う。

 

「俺は善人ではない。ただの、悪い大人だ」

 

 過去から未来まで、変わらない事実を。


















 ちなみに七瀬ロイ=701です。わかりやすい。
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