ハンドラー・ウォルター先生概念。   作:ヤマ

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 手綱を手繰り寄せろ。


1-6

 009

 

 事態が発覚したのはその日の深夜二時だ。

 アビドスから帰宅して、シャーレの仕事をこなし、夕食を取り、そしてまた仕事をして──就寝の時間となったとき、ロイの気配が消えていることに気付いた。

 無論、俺はロイが何処にいるのか常に把握しているわけではないが、ここ最近の彼女は自分の存在を主張することが多くなっていた事もあり──と言っても精々何かするときに一声掛ける程度のものだが──妙に違和感を覚えた。

 これはただの勘であり、杞憂とも言える感覚だったが、しかし俺はそれを無視するべきではないことを知っている。

 良くも悪くも、そういった嫌な予感というのは的中するものだ。……これもまた、ある意味教訓か。

 そして俺が直感に従い二階にあるロイの部屋に訪れたときには、既に彼女の姿はなく、そして銃火器もなくなっていた。

 逆に言えば、銃火器以外はなくなっていない。

 彼女に渡していた拳銃を除き、私物も、着替えも、資金でさえも、この部屋に置き去りにされたままだ。

 普通に考えれば、散歩にでも行ったのだろうと考えるべきだが……。

 

「…………」

 

 外から吹き込む風によって、カーテンが揺らめく。

 ……窓が、開いている。

 住宅街とは言え、アビドスの風は多量の砂を乗せて運ぶ性質がある以上、何の対策もせずに窓を開け放すことはない。基本的には閉めっぱなしだ。

 しかし、開いている。

 まるで、ここから外に出たかのように。

 吹き込んでいる砂の量からすると、出て行ったのは二時間以上前だろう。

 

「……アロナ。アビドス自治区内の映像を──それと連邦生徒会が保有する位置情報を閲覧できるようにしてくれ。証拠は残すな」

『おっけーです! 今日の何時からのものですか?』

「深夜……いや、二十二時からのデータを頼む」

『了解しました!』

 

 仮にも連邦生徒会所属の人間がやることではないが、俺はアロナに連邦生徒会が管理するセントラルネットワークのハッキングを頼んだ。

 もちろん正式な手続きを踏めば閲覧そのものは可能だが、時間がかかり過ぎる。これもまた直感だが、これは時間をかけていい問題ではない気がした。

 

『お待たせしました、ウォルター先生! 今端末に表示しますね!』

 

 アロナの声と共に、タブレットに幾つかの映像と位置情報が映し出された。

 ロイに持たせた端末情報は、電源が落ちていなければ追跡できる。本来であれば、かつてのハウンズたちのように手間を掛けずとも把握できる発信機でも持たせておくべきだったのだろう。

 それを持たせなかったのは……俺の、我儘に過ぎない。

 首輪を付けようとも、自由はあるのだと。

 そんな、くだらない罪滅ぼしのような行為だ。

 

『──あれ、ウォルター先生。通信が入っています。アビドス対策委員会からです』

「繋いでくれ」

『先生!? 良かった、繋がりました! すいません、セリカちゃんが何処にもいなくて……!』

 

 アヤネからの通信。

 その必死な声からするに、すれ違いなどという穏やかな状況ではないのだろう。恐らく家にまで直接出向き確認しているはずだ。

 セリカの失踪に、ロイの行方知れず。

 偶然では……ないだろうな。あまりにも状況が噛み合い過ぎている。

 そして客観的に状況証拠を見れば、元ヘルメット団であるロイが俺たちを裏切ってセリカを攫ったと考えるのが自然なのだろうが……。

 

「……分かった。準備をしてすぐに向かう」

 

 推測を話して混乱させる必要はない。

 俺は自分が掴んだ情報を伝えぬまま、端的にそう答えて通信を切った。

 準備とは言ったものの、俺が敢えて準備しなくてはならないような物はない。シッテムの箱とこの身さえあれば仕事はできる。

 俺がわざわざ時間がかかるように言ったのは、思考をまとめるためだ。

 七瀬ロイの行動、その理由。

 タブレットに映し出された映像と、七瀬ロイの今も動き続けている端末位置情報。

 

「……責任を負うのは、俺だけでいい」

 

 予想はできる。

 あいつの考えている未来と、その行動原理は俺のよく知るものだ。

 ……自己犠牲を厭わない、目的のために手段を選ばない、かつての俺と猟犬に近しいそれを。

 俺はもう、認める事ができそうにない。

 

「────つまり」

 

 そうして、深夜三時ごろ。

 俺はアビドス高等学校に到着し、教室に入るなりセリカの失踪と同時にロイが行方不明となった事実を話し、そしてお互いの知る情報を繋ぎ合わせて辿り着いた結論をまとめた結果、ホシノは強い口調で俺を糾弾した。

 

「ウォルター先生。つまり、セリカちゃんは帰宅途中にヘルメット団に襲われた。セリカちゃんの最後の端末情報は、住宅街の端──住民もいないし、廃墟になったエリア。カタカタヘルメット団の主力が集まっている場所。……これでも、元ヘルメット団のロイちゃんが手引きした可能性がないって言える?」

「ああ。その証拠も見せたはずだ」

()()()()()()ってだけだよ。襲わせてない証拠にはならない」

 

 俺の反論として、襲撃時のセリカとロイの位置情報が一致しないことを主張したが、ホシノは納得しない。

 元より信用のない俺が拾った元ヘルメット団が裏切ったかもしれないとなれば、俺という存在も再び怪しくなる。

 先生が『悪い大人』なのではないかと、ホシノは疑っている──いや、『悪い大人』であることは事実だが、そこを肯定するとややこしくなるため、ひとまずその部分については触れないほうが賢明だろう。

 俺の信用はともかく、ロイの信用がなくなるのは避けたい。

 あいつがやろうとしていることを認める事はできないが、その選択を批難する権利は俺には無い。俺がするべき事はロイの行動によって起きる結果の責任を取る事だ。

 そしてそれは、アビドス対策委員会の協力が要る。

 

「信じろ、とは言わない。今のお前たちにとって、俺はもはや敵になり得るかもしれない存在だろう。……だから、これを渡す」

「……そのタブレットがどうしたの? 位置情報はもう私たちは知ってるから価値なんて──」

「それが()()()()だ。それを隠した状態で撃てば、俺は死ぬ」

「────」

「それが俺の今できる、責任の取り方だ」

 

 無法なハッキングこそできなくなるが、通信網の妨害や傍受は俺の得意分野である。戦闘に致命的な支障が出る事はないだろう。もっとも銃弾は流れ弾ですら致命傷になるが、まあ、仕方が無い。それは俺が飲み込むべきリスクだ。

 

「…………」

 

 ホシノは目を見開いたまま、そのオッドアイで俺の差し出したシッテムの箱をじっくりと観察した。

 俺でないと起動こそできないが、戦闘時に使用していたことは今までの共闘で知っているはずだし、何よりアロナの防壁の効果をまともに見たのはホシノだけだ。

 シッテムの箱が何らかのオーパーツであることは、ホシノにも分かっているだろう。

 そして、それを手放すという意味も。

 

「……ううん、ごめん、先生。持ってていいよ」

 

 しばらくホシノはシッテムの箱を見つめていたが、何故か謝罪をした上で、突き返すように俺へ押し返した。

 苦笑するような、憐れむような。

 そんな顔で。

 

「……いいのか。ホシノ」

「いいよ。多分それは、先生にとって罰にならないから」

 

 ──私にとって、罰にならないようにね。

 

 ホシノは言って、笑う。

 あの、壊れそうな笑みで笑う。

 

「行こっか、ウォルター先生。セリカちゃんを救いに。……できれば、ロイちゃんもね」

 

 010

 

 私、七瀬ロイの人生は碌なもんじゃなかった。

 いや、人生なんて言えるほど大層なもんじゃあないんだけど──それじゃあ、私の人生は始まってすらなかったのかな?

 始まらずに終わるなんて、らしいっちゃらしいけどさ。

 キヴォトスとかいう学園都市に唾を吐きたくなったことなんて幾らでもあるけれど、かと言って出て行く場所なんてないし。

 頭はよくないし、強くもないし。

 腐って、下向いて、落ちぶれていくのは早かった。

 学校に行けなくなったら、当然のように学籍を失って。

 金のためにバイトしようにも採用してくれるところなんてなくて。

 住む場所も失って、食う物に困って。

 仕方なく……なんて言ったら怒られるだろうけれど、犯罪に走った。なんて言うかさ、真っ当に働くより楽にできちゃうんだよな、ああいうの。

 襲って、八つ当たりして、金を奪って。

 自分とおんなじ境遇の奴らと仲良くなって、分け合って生きた。

 死にたくないから、生きた。

 それだけだ。

 何とも思わなかった。

 意味なんてなかった。

 だから。

 

 ──来い。お前に意味を与えてやる。

 

 明るい声でも、大きな声でもなかった。

 低く、沈むような声だったのに、その声は──どうしようもなく、私の身体を震わせた。

 救いだと思ったわけじゃない。

 助かったと安心したわけでもない。

 けれど私は思わず、大人の手を取ってしまった。そもそもあの場所に行ったのはヘルメット団の上の奴らが落としてった装備を私が貰って、三人に配るつもりだったんだけど……空腹と疲労で頭が回っていなかったのかもしれない。

 それから気絶してしまった私はあれよあれよと襲撃先であるはずのアビドスへと保護されてしまった。……正確に言えば、シャーレの先生って肩書きの大人の保護下らしいけれど、よくわからない。

 その大人はウォルターと名乗った。

 一応先生と呼んでみたが、なんかすげー嫌な顔されたので、ウォルターと呼ぶことにした。喜んで……はなかったけど、安心した顔してた気がする。

 ウォルターは大人だった。

 同時に、今まで会ったことのない大人でもあった。

 

「……得意なことをやれ。わからないなら、苦手ではないことをやれ。失敗を恐れるな。どうにかしてやる」

 

 勉強できない、強くもない、何にもできない、と八つ当たりのように叫んだ時、諭すように言われて恥ずかしくなった覚えがある。

 

「ロイ。お前は掃除が得意なようだ──いや、手先が器用と言うべきだな」

 

 私が、アビドスから借りた空き家の掃除をしていた時に言われた台詞だ。

 掃除が得意で何の役に立つんだよ、と言えば。

 

「人間が生きる以上、掃除は切って切り離せないものだ。それはお前が生きるために身につけた技術とも言える」

 

 なんて、妙な褒め方をされた。

 それに、手先が器用なんて褒め方をされて調子に乗った私が、自分の服を直していたときは、驚いたように

 

「……服を直せるのか。それは誇っていい特技だ」

 

 とか。

 

「他人と比べる必要はない。お前のできることをやればいい」

 

 とか。

 

「休め。今はそれが、お前の仕事だ」

 

 とか。

 

「──お前が救いたいというのなら。俺はその選択を尊重しよう」

 

 とか。

 そういうことばっかり言う。

 なんて言うか、こう……まるで、父親、みたいな。見守ってくれてるみたいな……まともに愛情なんて受けてないからわかんないけど、多分そういう感じだ。

 否定されない。

 罵倒されない。

 たったそれだけだけのことが、どれだけ貴重なのか、きっとウォルターは分かっていない。キヴォトスにいる多くの大人のような悪意を一切持たないのに「俺は善人じゃない」と悪ぶったことを言う。

 何を抱えてるかなんて私にはわからない。もしかしたら本当に、あんたの言う通り、あんたは善人じゃないのかもしれないけど──でも、少なくとも悪人じゃあないだろ。

 だから、まあ、なんだ。

 そうだな。

 私はきっと、絆されたんだよ。

 

「────なんて言った、お前」

「だから、黒見セリカを攫うのに成功したって言った。これでアビドスは崩せる。成功報酬も貰えるだろうし……下っ端にも報酬がいくんじゃね?」

 

 私服姿で接触してきたヘルメット団の一人が、なんてことないかのように言ったとき、私の脳裏に浮かんだのはセリカの声だ。

 

 ──当然でしょ。大将のラーメンなんだから。

 

 自慢げな顔で笑ってた、その表情が思い浮かぶ。

 正直ウォルターに強く当たってたのはイラついたけど、まあ、それは最初私もそうだったし。

 ……ラーメンは美味かったし。

 悪い奴じゃ──ないはずだ。

 それなのに、アビドスの借金を返すために、バイトをして、それでも挫けずに笑ってたセリカを襲って、アビドスを壊して……私はそれでいいのか?

 

「どうした? もっと喜べよ。お前ら新入り四人まとめてしばらく安泰だぜ?」

 

 だけど、もしここで私が戻るのを拒否したら、一緒に入った腐れ縁の、ともすれば家族のように過ごしてきた三人はどうなる?

 掃き溜めのような場所でも協力してきたアイツらを、私は見捨てられるか?

 

「……ああ、そうだな」

 

 ……いや、無理だ。見捨てられない。

 私だけがこっちに残って良い思いをするなんて、許されない。

 でも、かと言ってセリカを見殺しにするような真似も、私にはできない。

 それをするには、私はあまりにも……優しくされ過ぎた。

 ……なあ、教えてくれ。

 私はどうすれば良い、ウォルター。

 

 ──お前が救いたいというのなら。俺はその選択を尊重しよう。

 

「…………」

 

 声が響く。

 導く、と言うよりは、背中を押してくれるような声。

 私の、選択。

 何もできない私の──選択。

 あんたは、理解してくれるか。

 

「ついてくよ。どこに行けば良い?」

「覚えてるか? ランデブーポイント」

「いんや、全く。案内してくれよ」

「しゃあねえなあ」

 

 来いよ、と掛けられた声に導かれるまま、私は後ろをついて行く。

 そうしてしばらく歩いた先は住宅街の端──私たちがあまり出入りしなかったヘルメット団のアジトまで案内され、すぐさまバギーに乗せられた。

 …………三人とも、いないな。

 いや、それ以上に人がいない。どうやらほとんどの人間が出払っているようだった。

 

「アイツらは?」

「もう行ったよ。別の車で」

「どれだけ行く気だよ」

「上の意向だ。取り敢えず出発するぞ。黒見セリカはしばらく走った先のトラックにいるから取り敢えずアタシらはその護衛な」

「ふーん……」

 

 ただでさえ此処は住宅街の端なのに、これ以上移動するとアビドス郊外の砂漠に入ってしまう。線路が死んだ区域に入るとなると、セリカ単独での脱出も難しいはずだ。

 となると……本当に殺す気なのか?

 人質ですら──無い?

 

「んじゃ、出発」

「おう」

 

 助手席に私が座ったことを確認してから、隣の少女(名前は知らない。顔見知りだけど、割とみんなそんなもんだ)はアクセルを踏んで、アビドス郊外へと躍り出た。それなりのスピードで走り出したため、アジトからはあっという間に距離を離していく。

 スピード出し過ぎじゃないかと思ったけど、まあ私も人のこと言えないし──この時ばかりは助かったな。

 砂漠化が著しいこの区域は、夜は非常に冷える。

 正直寒さを防ぐ格好もせずに、取り敢えずで持ってきた拳銃しかない装備は不安ってレベルじゃないけれど。

 まあ、やるしかないか。

 

「じゃ、交代な」

「は──?」

 

 私は気軽に明るく、まるで親しい友にするような笑顔を携えて、運転席にいる少女の頭部へと銃を向けた。

 ぱん、と非常に軽い音だったが──そして一撃で昏倒させられる威力ではなかったが、幸いにして私が持っているのは拳銃だ、反動をなんとか押さえ込んで連続で頭部に撃ち込めば、所詮私と同じくらいの実力であろうヘルメット団は気絶した。

 

「──いや、あっぶな……!」

 

 とは言え、まあ、かなりの無茶をした。

 なんせ運転途中の人間を昏倒させるなど危険極まりない。周りが砂漠になって衝突の危険性が限りなく低くなってからじゃないとできない芸当だった。

 なんならスピンしまくったので、この光景を見られていたら裏切りがバッチリバレていたかもしれない。

 

「とにかく……第一段階完了。装備は……まあ、こいつの装備をセリカに渡しゃいいか。アサルトだし。えっと、あとはウォルターに連絡……は……」

 

 横転だけは避けたバギーの様子を確認しつつ、ひとまず状況を伝えようとしてウォルターに渡された端末を取り出したが、ものの見事に圏外だった。

 ……そうだよなあ、砂漠の中でスマホみたいな端末が機能するわけねえもんな。

 接触する前に連絡しとくべきだったか。正直動揺して気が回らなかったってことで許して欲しい。

 

「──ま、なんとかしてくれるだろ。私がどうなっても、セリカさえ助けりゃなんとかなる」

 

 これは事実で、私の狙いでもある。

 私は私を利用する。

 七瀬ロイという人間の立場を悪用して、セリカと三人を助け出す。

 セリカはまあ、普通に助けるとして……その過程で私が犠牲になれば、三人のことをきっとアビドスは──そしてウォルターは放って置けなくなるはずだ。

 それで万事解決。

 別にわざとそうするわけじゃない。多分助ける過程でそうなることは避けられないよなってだけだ。

 助かるならそれでいいけど……無理だろ。私弱いし。

 でもまあ、それにはきっと、意味がある。

 きっと。

 私の人生は、意味を持って終わる。

 始まらない人生は、意味を持って終わる。

 それでいい。

 

「じゃ、行きますか」

 

 私は私のできることをやるよ、ウォルター。

 

 011

 

「う、うわあああっ!?」

 

 結果から言えば、最高の結果だと褒め称えたい。

 人生において七瀬ロイがここまで頑張ったことはないんじゃないかと、そしてここまで結果が結果として報われたことはないんじゃないかと思い上がってもいい戦果だった。

 

「────あっはっはっは! ごめん、巻き込みすぎた! 生きてる、セリカ?」

「カハっ、ケホッ……ケホッ……! な、何!? 爆発!? いや、横転!? 砲弾にでも当たった!?」

「いや悪い。私の運転。ちょっと巻き込み事故を起こしまくってトラックをぶっ倒したんだけど……おお、さすがセリカ。ほぼ無傷じゃん」

「無傷じゃない! こちとら対空砲を食らっ、て……」

「──? ああ、ごめん。みんなじゃなくて。でも安心してくれ。アビドスのみんなもすぐ来るから」

 

 横転したトラックの荷台から飛び出してきたセリカは、私の顔を見るなり血の気が引いたような顔をした。

 まるで、死人に行き合ったかのような──そんな顔。

 

「ほら、セリカの装備。ちょっと安物だけどセリカなら戦えるよな」

「ち、ちがっ──」

「いや、違うのは知ってるけど、流石に専用の装備を見つけるのは無」

「そうじゃない! あんたの血、どうなって──その怪我で助けに来たの!?」

「え、ああ……」

 

 言われてから、少し自分の身体を見下ろしてみる。頭部からの出血に、朦朧とした左目、右脇腹の出血、あと今の事故で右足折れたかも。アクセルを踏み過ぎたか?

 ……はは。やっぱり頑張ったな、私。

 弱い割に、マジで本当に頑張ったんじゃないか?

 

「うん。助けに来た。これで……私たちのこと、信じてくれるか?」

「────っ!」

 

 押し付けるように装備を渡す。

 ここまで死に物狂いだったからさ、意識のある内にやれることやっとかないと。

 ああ、あと──三人のことも。

 

「そのうちウォルターがみんなを連れてくるから合流してくれ。えっと……あ、この端末まだ生きてるから、持っといて。ここは何とかするからさ、ウォルターと……あと、私の腐れ縁の三人とは仲良くしてくれよ。私とおんなじだから」

「何、言ってるの……一緒に逃げなきゃ……!」

「無理、足折れてるし」

「背負っていくから──!」

「やめとけって。ほら、そろそろヘルメット団来てるぞ」

「…………」

 

 指を差せば、その方向から続々と重戦車やらが遠くからこちらへ向かってきている。背負いながら、庇いながら、足手纏いを守りながら戦える量じゃない。

 

「行けよ。んで、合流できたら助けに来てくれ。皆ならそれができる」

「なんで……そんなこと。私、あんたに悪いことしかしてない! 助けられるようなことなんて、何も──!」

「したよ」

 

 横転したトラックの荷台にもたれながら、リロード。

 うーん、頑丈。やっぱ装備新しいと結構違うな。新しいつっても見る影もないくらいボロボロだけど。

 

「ラーメン、美味しかった」

「……私じゃ、ないじゃん」

「いーんだよ。なんか、認められた気がして嬉しかったしな」

 

 まあ確かに、払ったのはウォルターだし、作ったのは大将だけど。

 そういうことじゃない。

 多分な。

 

「ほら、早く行って、助けに来てくれ」

「────っ!」

 

 とん、と肩を押すようにして。

 セリカを無理矢理に笑顔で送り出せば、口を固く結んだまま、彼女は背を向けて走り出した。

 それを私は見送って、一言。

 

「……おっけーおっけー。にんむかんりょー」

 

 ヤバい、口回んねえ。

 なんかすっごいふにゃふにゃしてるわ。

 割と限界近いのか?

 朦朧とする意識の中、近づいて来る集団の意識を引くために、私は立ち続けた──どうやらその甲斐あってか、セリカが逃走した方には向かわず、私にしっかりと話しかけてきた。

 

「……なあ、ロイ。お前なんで裏切った。報酬が手に入れば新入りのお前らだって……!」

「は。下っ端だからって飯もまともに寄越さねえのに私たちが報酬貰えるわけねーじゃん。だから、やりたいことやっただけだ」

 

 斥候かなんか分かんないけど、いつの間にか近くにいたヘルメット団の誰かは、怒りの声を上げている。

 あれ、さっき近付いてきてたんだっけ?

 私の名前知ってるってことは上の奴らかな?

 見えないからよく分かんないな。

 いや、視界とかじゃなくて、普通にヘルメットで。

 

「──チッ。責任は、取ってもらう。せめて依頼人に引き渡さなきゃ私たちまでお陀仏だ」

「……あっそ」

 

 銃を構えられる──と同時に私も銃を向けようとして、腹部を蹴り飛ばされた。

 いやもう、本当にあっさり懐に入られて、思いっきり蹴っ飛ばされて結構転がった。

 ごろごろと砂漠を転がって、砂を舌で味わう羽目になった。

 砂不味い。

 反応できなかったっていうか、もうこれかろうじて立ってただけかもしれない。

 あー。

 どうなんだろ。

 今の私、ヘイローちかちかしてんのかなあ。

 

「……安心しろ、私は殺さない。依頼主がどうかはしらないけどな」

 

 まあでも、良かったんじゃないか?

 私の人生は、意味があったんじゃないか?

 誰かを助けて終われる。

 誰かの信用を稼いで終われる。

 私の信用はセリカを通じて引き継がれる。

 ならば──よしとしよう。

 よしよしとしよう。万々歳だ。

 弱い小っぽけな私は精一杯頑張ったんだから。悔いなんて、これっぽっちもない──なんて心の中で呟いても、私はもう誤魔化せそうにない。

 やり切ったつもりの私は、やり残したことばっかりの私は、もう自分を騙せなかった。

 だって──私は死にたくないから生きてきたんだから。

 それだけのために、無意味に生きてきたんだから。

 だから、やっぱり。

 私は。

 

「……死にたく、ないなぁ」

「じ「うらあああああぁあああああああああ!!」

 

 がんがらがっしゃん。

 もうありとあらゆる空気を吹っ飛ばして。

 なんなら目の前にいたヘルメット団を複数人吹っ飛ばして──というかバギーで轢き殺す勢いで飛んできたのは、セリカだった。

 たった一人のセリカ、だった。

 ……なんで!?

 

「……なん、いや、っていうか……みんなと合流は──?」

「……うるさい」

「え」

「あーもう、うるさい、うるさい! 黙れーっ!」

 

 一発で廃車になったバギーから降りてきたセリカは、倒れている私の前に立ち、ヘルメット団と対峙するかのように向かい合った。

 幾つかヘルメット団から奪ってきたのだろう、明らかに先程より重装備になったセリカは、即座に、そしてやたらめったらに弾を撒き散らしながら叫ぶ。

 

「逃げろとか、後でとか、んなことできるわけないでしょ!」

 

 的確に放り投げた手榴弾が、今にもこちらを狙っていたであろう狙撃部隊を爆散させる。

 

「そんなことしたら、私はもう胸を張ってアビドスにいられない!」

 

 弾切れになった普段使わない銃を放り投げ、新しい銃器へと持ち変える。

 リロードを挟まない、隙を作らない、銃を使い捨てるかのような戦法。

 それは紛れもなく──私を守るための戦い方だ。

 私を、助けるための戦い方だった。

 

()()を──私は絶対に見捨てない!」

 

 多分、きっと。

 意味を持って終わるはずだった私の人生は、この瞬間から始まった。

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