我らは
我らは
我ら、其の熱で以って万難を排す。
我ら、其の煌きで以って一切を照す。
我らの
『現在、9名の
立ち込める煙に鬱蒼と茂る森の中を突き進む、ガスマスクを着けた二人の男女の脳内に流れてきたアナウンスは彼らの見知った声であり、感じた事のない緊迫感が混じっていた。
その内容を聴いたうえでも、止まることなくガス煙の中を突き進んでいく二人、先頭を行く鉄哲は後ろにいる拳藤に叫ぶ。
「こっちであってんのか!?」
「ガスの濃度的には合ってるはず!そのまま行って!」
「任せなぁ!!ダチに手ぇ出したこと後悔させてやらねぇとなぁ!!!」
そうして進んでいくと煙の隙間に赤いレンズのガスマスクが一瞬見えた鉄哲は『個性』で文字通り体を鉄で覆いながら突進する。
「見つけたぞゴラァ!!」
かき分けた先にいたガスマスクにヘルメットを付けた学ラン姿の少年の顔面目掛けて拳を振りかぶる。
パァン!!
軽く、しかし大きな発砲音が夜の森に響く。
「鉄哲!?」
「…あぁ、体育祭でいたね…そういう『個性』を持つ奴がさ」
小柄な敵…マスタードの右手には白い煙を吐く拳銃が握られ、右に…左にフェイントを挟みながら懸命に突進を繰り返す鉄哲に向けて怒りの篭った声で鉛玉を打ち続ける。
「高学歴ならさぁ、アタマ使って倒してみろよ!!」
「うるせぇこの野郎!!!」
「ガスの揺らぎでお前らの位置なんて丸わかりだからさぁ!!」
再び突進してくる鉄哲の眉間に狙いを定めて持ち手の腕を伸ばそうとすると後ろから肩を掴まれる。
「やっと見つけたよ。音ならしてくれてありがとね」
「誰だおまフゲブッ!?」
マスタードが振り向く間もなく手が掴んでいた場所が肩から頭に変わって、風切り音を立てて頭から地面に叩きつけられる。敵の叫び声が一瞬響いて少し警戒した二人は、次第に晴れていくガスの向こう側にいた少し小柄な背の正体に目を丸める。
「「クイさん!」」
「二人とも無事?」
「はい!なんとか!」
「アナウンスは聞いてるよね、とにかく今は従って宿泊所に向かってほしい」
そう言いながら気絶した敵の手足をテープで雁字搦めにしていく。
「けどクイさん!俺はまだ」
「お願い、君たちに何かあってからだと遅いんだ」
力の籠った瞳を真正面に受けて、さすがの鉄哲の勢いも落ちていく。
「……分かりました」
そう悔しげにでも頷いて言ってくれる鉄哲の頭をクイは背伸びをしながら笑顔で撫でる。恥ずかしさからと悔しさからか撫でる手を振り払う鉄哲を少しほほえましそうに見て、クイは暗い地面に淡い光を走らせて一筋の道を作る。
「この光ってる地面に従って進んだら寄宿所に着くよ。行って」
「行こう、鉄哲」
「おう」
そうして真っすぐに拳藤と鉄哲は走り出していく背中を見送ったクイはマスタードを太い枝に引っ掛けて光の道とは異なる方向に駆け出す。
〔
〔
〔
〔〔了解〕〕
「…兄さんの
言葉から状況や行動を何となく察したクイは実の兄への毒を溢しながら求められた
「文句言うなよ?兄さん」
そう言ってクイはつま先で地面を二度蹴って
岩山の秘密基地の前で三人の男がいた。
一人は大量殺人鬼であり、今は開闢行動隊のメンバーのマスキュラーは、岩肌に自らの体をめり込ませて気絶していた。一人は彼をめり込ませた張本人である緑谷出久は戦闘によるボロボロの体を横にしていた。もう一人は、そんな緑谷に守られながら戦う彼の背中を見続けていた出水洸汰はその緑谷の横で目を潤ませながら身を揺すっていた。
「おい…!おまえ、大丈夫なのかよ…!」
「うん…なんとか、ね。それよりも…!」
立ち上がろうとする緑谷の肩を抑えるように掴む。
「なに動こうとしてんだよオマエ…ケガしてんだろ…!?」
「脚だけは残してある…なによりかっちゃんのことを伝えなきゃ…!」
そう言って立ち上がろうとする緑谷の目の前を影が覆う。
「……みどりや、くんだよね。なんで……そういうことね」
そう言ったのは冷静さに深刻さをにじませながらその可憐な顔を動かして緑谷、出水、そして壁にめり込んだマスキュラーの姿を見て状況を把握したスノであった。
「スノ…さん…」
「立ち上がって、何をするつもりだったの?」
「…!聞いてください!!」
弾くように立ち上がった緑谷は敵の狙いが爆豪であること、そしてそれを伝えるためにマンダレイの元に向かわせてほしいという事を伝える。そうすると小さく目を見開き、そして小さく頭を下げる。
「まずはありがとう。そしてごめんなさい」
「なんで、スノさんが謝るんですか…?」
「細かいことは置いとくけど、
そういう彼女の眼は申し訳なさの中に煮立つようなナニカが混ざっていた。
「だからこそ、その体で行かせるわけにはいかないわ」
「でも!すぐに行かないと」「だから」
緑谷の言葉を遮るようにそのは続ける。
「私に30秒よこしなさい。その代わり、行きたいところに5秒で届けてあげる」
「何するつもりですか…?」
「アンタの体を直してあげる」
「でも…スノさんの『個性』って…」
「どんな『力』も使い様よ。触るわね」
そういって有無を言う前にスノは出久の首を掴む。「なにしてんだよおばさん!」という出水の声は届くことなく、掴んでいる緑谷の首元から白銀の亀裂のような何から全身に巡っていく。
声を上げようとしたその時、緑谷の耳に奇妙な声のような音が流れる。
『浸食』開始。
抹消神経経路より遡行、対象の中枢神経に到達。
信号送受権限を一時的変更、緑谷出久からスノ・テルセーラへ。
神経経路より対象の全細胞の浸食を開始。
損傷細胞を非損傷細胞へ疑似置換。
対象内の残存エネルギー不足を検知、権限者からの補填により成立。
肉体の変化差分を現在に調整、非損傷細胞への置換完了。
損傷細胞と反非損傷細胞を対消滅、双方の残存物質をエネルギー変換。
『ヒューマノイズ=パラドックス・キャンセラー』により浄化完了。
信号送受権限を返還、スノ・テルセーラから緑谷出久へ。
『浸食』終了。
「調子はいかが?」
そう言われた緑谷は自身の手を見る。黒ずんでいた両手は綺麗な肌色になるどころか、合宿前の手術跡すらも綺麗に消え去っていた。全身の疲れもどこへやら、重かったはずの体が風船に繋がれたように軽く感じていた。
「すごい…!まるで生まれ変わったみたいに体が軽い…!」
「なら何より。それで、どこに送ればいい?」
そう言われて少し頭を巡らして言う。
「相澤先生の所にお願いします!」
「あいざわ…イレイザーヘッドね、OK。」
ん。と言って唐突に手を伸ばされて妙な不安が脳をよぎる。
「あの…スノさん?」
「着地は任せるわよ」
「なにをぉ!?」
言い終わる前に背中が冷える緑谷の腕を掴んだスノはそのまま大きく体を一回転すると、
「よいしょおおぉぉ!!」
「いやああああああぁぁぁぁ・・・・」
遠心力をそのままに、緑谷の体は森に向かって一筋の流星のように真っすぐ、目で捉えられない速さで飛んでいく。
「…これでよし」
「よしじゃねぇだろ!!」
恩人が絶対にヤバいことになる瞬間を目の当たりにしてしまった出水は叫ばずにいられなかった。
「おぉ。いずみ…くん、じっとしてくれていたんだ」
「いやお前なにしたのか分かってんのかよ!?」
「大丈夫でしょ。加減はしたし」
「加減のもんだいじゃねえよ!?」
「…あぁ、それよりも」
「聴けよ!?」
馬耳に東風と言わんばかりにスノはマスキュラーの方向へと歩いていく。
「…何するつもりだよ」
「敵は拘束しておかないとね」
そう言ってスノはマスキュラーの頭に指を乗せる。そうして数秒後、「よし」と言いながら指を離して出水の方へと戻る。
「…何したんだよ」
「ん~…ちょっと不随にしただけ。宿舎に戻るよ」
そう言ってスノは片腕に出水を座らせるようにして抱える。
「…ふずい?」
「後で大人の人にでも訊いてみたら?跳ぶよ、舌噛まないようにね」
「…ん」
口を閉じた出水を見て軽く笑顔を返すと、その場を立ち去った。
空を跳んで上から森を見つめていた瞬間、5秒に渡って
「なにかあったのか?」
「なぁんにも?口開けないの」
「ん…!」
改めて口を閉じる出水を抱え直して、スノは長髪を靡かせながら夜空を跳んで宿舎に向かう。
ほんの少し、本当にちょっぴりだけ、遅くして。
森の奥で自らの右手から炎を出し続けていた荼毘は、行使していたはずの自らの『個性』が全く反応しなかった数秒間を思い出していた。
「…なんだったんだ、さっきのは」
「知るかボケ!誰かが仕掛けたんだろうな!」
「…お前の方はどうだったんだトゥワイス」
「同じタイミングでお前のコピーが溶けた!いまも全く反応がない!」
「…そうか」
そうして荼毘の脳内に思い起こされるのは、情報の中にあった『個性』を発動させなくするヒーローだった。しかし小さくかぶりを振る。
(あいつは一人の『個性』しか止められないはず。何人もの人間の『個性』を止められる程じゃない。…という事は)
「荼毘、もう一回作るか?」
「…あぁ、頼む」
その指示通りにトゥワイスはもう一人の荼毘を作り出すと、作られた方の荼毘の口が動く。
「探せばいいのか?」
「ヒーローを襲え」
「分かった」
そう言って、作られた方の荼毘は森へと姿を消していく。
「俺たちの『個性』を止めた奴を探させるんじゃないのか?」
「いくら訓練しても『個性』使用が大規模であればあるほどリキャストタイムは長いのが普通だ。そう簡単に連発できるとは思えなかっただけだ」
「なるほどな!安易すぎると思うがな!」
問うたトゥワイスにそう答えると、組んでいた腕を解いて大げさなジェスチャーと共に反応が返ってくる。少し噴き出すような嗤いを返して、荼毘は『個性』で木々を燃やし続ける。
(『個性』を止めれんのに数秒だけなんざ無駄でしかねぇ…。ってことは
森の中のある場所にて、ヒーロー科B組の泡瀬洋雪は後ろから迫る恐怖から逃げようと一人の同胞を引きずりながら逃げていた。猛々しい筋肉を持っていながら脳をむき出しにしている存在『脳無』がゆっくりと、しかし確実に距離が詰まる速さで追ってきていた。森が一瞬明るくなった瞬間に八百万を落としそうになりながらも必死に逃げていた。
「もうしわけ…ありません…」
「しゃべるな…!ケガ人だろうが…!」
泡瀬の顔は青ざめながら、それでも恐怖から逃げるために必死に引っ張りながら地面を蹴る。しかし泡瀬が一歩進んでも脳無は、どこから生やしたか分からないいくつものドリルやカッターの低い回転音を鳴らしながらそれよりも長く進んで近づいてくる。彼我の距離が6mほどであったのがだんだんと5m…4m…と縮まることを止めず、低い回転音がだんだんと大きくなっていくのが余計に泡瀬の臓物を縮み上がらせる。
(…やばいやばいやばいやばい…!どんどん寄ってきてる!どうする…どうする…!)
果てを覚悟した泡瀬はせめてという想いから八百万を覆うように体を精一杯広げて目を瞑り、その時を待っていた。
来るはずの痛みはおろか先ほどまでの威圧感や恐怖でさえもついぞ訪れなかった。
「……何が…?」
そうして顔を上げた泡瀬の視界には、脳無の背中だけが映っていた。恐怖はゆっくりとその脚で踵を返し始める。
「…は?」
「…何が…?」
「バケモンが、来た道を帰っていってる…なんでだよ…!?」
「わかりませんが…助かったとみましょう…」
そう言いながらも八百万の思考は平静のままにあった。そうして己が手を見つめながら未来のための最善を算出し始めていた。
(今の
掌をほのかに灯らせて、小さな機械を生成する。
「泡瀬さん…これを敵に付けていただけませんか…?」
「は…!?なんで…!」「お願いします…!」
驚愕を現した泡瀬の顔を開けられる片方の目だけで見つめ返す。その力のある眼差しに一瞬圧された泡瀬は、逡巡する頭を振ってその部品を受け取り、竦む脚を何とか敵の方へと向けて駆け出す。気付かれないことを切に祈りながら進み、敵の脇腹に『個性』でくっつける。すぐさまとんぼ返りを敢行する。
「これで良いんだろ!?もう行くぞ…!」
「ありがとうございます…」
そうして再び担ぎ直そうとした瞬間に直上から声が掛かる。
「泡瀬くん!八百万さんだよね!」
「「デニさん…!」」
枝から飛び降りながらデニは言葉を続ける。
「怪我は…八百万さんだけみたいだね。他の生徒はいたかい?」
「…分かんねぇっす、でもあっちに敵が…!」
そう言ってデニは泡瀬が指す方向の森を見つめる。少し険しい顔をのぞかせるがすぐに元の表情に戻して言う。
「…分かった、けど今は君たちの安全を優先する。担ぐよ」
「分かり、ました」「俺は大丈夫っすよ!?」
「時間短縮、ごめんね」
そう言ってデニは両肩に二人を乗せるように担いで跳ぶように駆け出す。
〔第一より各位へ、要救助者二名発見。計画進行を確認〕
〔〔了解。特別任務を終了する〕〕
〔第七より第一へ借問。予定被害者の救出の是非を問う〕
〔第一より回答、
〔〔了解〕〕
蒼く、昏い宵闇を駆ける三人は、鉄心で以って任務を遂行する。
信奉する
森の奥、かつて肝試しのルートの中間地点だった場所に警戒態勢で立つラグドールは、己の個性『サーチ』越しの目で周囲を見回して情報収集を行っていた。網膜上に浮かぶ3Dマップで生徒たちの移動方向などを確認しながら変化を
(鉄哲くんや拳藤ちゃんはクイくんと会ってからはまっすぐに宿舎に向かってるし、泡瀬くんや八百万ちゃんの所にデニ君が行ってからすごいスピードで宿舎に移動してる。でも他のキティたちがピクリとも動いていない…!)
マンダレイの2度の『テレパス』によって情緒が僅かに乱高下しているところに、複数の星型のマークが一緒の方向に動き出していた。
(障子くんと緑谷くんが進んでいる後ろに常闇くんがいる………違う、常闇くんの進み方がおかしすぎる。まるで二人を追い立てているような進み方をしている…まさか!?)
ラグドールの脳内に『洗脳』と『傀儡化』の二つが浮かんだ瞬間、両脚はまっすぐに3つの星型がある方向に駆け出していた。地面を跳んで木々を蹴って一切止まることなく、むしろ加速を続けながら前に進む様は猫のようでもあった。視界に映るマップを傍目に入れて進み続けるが故に、暗闇を一直線に、己へと迫るたった一つのビー玉に気付かなかった。
それに気づいたのは
「あがっ!!!」
唐突に脳が吹き飛ぶように揺れる。前に進んでいたラグドールの体は横からの衝撃によって斜め方向に向かって幹にぶつかった瞬間、肺から空気が押し出されるようにして吐き出される。
「ゴホッゴホッ!……ハァ…ハァ…な……ハァ……だ……?」
受け身も回避もできず、凹んだ幹から落ちるラグドールは地面に着いていた手と膝で何とか立ち上がろうとするが、痛みといまだ揺らぐ脳がそれを許してくれなかった。何とか首だけを上げて周囲を見回しても、脳内に未だ低く鳴り続ける残響が…赤暗く染まって歪み続ける視界が、外界の情報を与えさせてはくれなかった。
(たた……な…きゃ……た…すけ……に…)
尽きかけの気力を振り絞って何度も立ち上がれと言っても、傷と痛みを抑えるべく動く身体は痺れた脳の命令に従ってくれることはなかった。次第に力が抜けた四肢は折れて再び地に伏せてしまう。遠ざかる意識が落ちる寸前、自らの肌が二つの感覚を伝えてくれた。
一つは…ふわりと、体が浮くような感覚。
もう一つは…ほんのりと、あたたかい感覚。
場所は変わってオールマイトの住居。大方の家事を済ませて残りは寝るのみとなったルカは、ソファに座りながら窓の先にほのかに映える星々を見つめていた。
「成ったか」
そう呟いた直後にオールマイトのスマホからオールマイトの声が響く。ほんの少し目を広げたが、ちらりと画面を見て繋ぐ。
『もしもし、塚本だ』
「オールマイトは湯に浸かっているが」
『…どちらさま、かな』
「しがないただの居候よ。してどうする」
『…良ければ、オールマイトに繋いでほしい』
「よかろう。しばし待たれよ」
スマホを顔から離して浴室へと進み、湯気でさらに曇ったガラスを数度叩く。
「其方に電話だ」
「誰からかな?」
僅かにくぐもった声が帰ってくる。
「画面には塚本と書いておったぞ」
「…なんだって?」
そう言うと大きく水音を鳴らして引き戸を引いたオールマイトにスマホを見せるとお礼と共にスマホを受け取る。その場を後にするルカの背中を一瞥してスピーカーを耳に近づける。
「変わりました、オールマイトです」
『オールマイト…塚本だ』
「塚本君…どうしたんだ、こんな夜更けに」
『…至急、伝えることがあってな』
親友にして警察官である塚内から電話越しで伝えられる情報は、雄英ヒーロー科一年生が泊まっていた合宿所が敵に襲撃されたという…雷のような驚愕をもたらすものだった。
警察が到着したころには敵は既に撤収済みであったらしく、雄英の担当教員や意識のあるプッシーキャッツのメンバーによる事実をのみ伝えるならば……ヒーローたちは、生徒たちは、たった一人の生徒をのみ救うことは叶わなかったという。襲来した9人の敵の狙いであった
己の命が助かっていたということ、第一の親友であった彼を救えなかったことを誰からも責められなかったがゆえに……緑谷出久の慟哭は宿舎に届くほどに闇の中で響いていたそうだ。
(…なんて…ことだ…)
辛うじて朗報であったのは、雄英教員・プッシーキャッツのメンバー・そして急遽加わった警備ヒーローの三名によって襲撃した敵の5名を捕縛することができていたことであろうか。
しかし、若く未来あるヒーローの卵を攫われたことには、変わりなかった。
『現在、警察も総動員で爆豪君の行方捜査をしている。分かったことはすぐに伝えるつもりだ』
「あぁ…ありがとう」
『……じゃあな』
「…あぁ」
少し間を開けた別れの言葉に優しさを感じながらそう返すと通話は切れ、画面が暗くなる。しかしスマホからは悲鳴のような軋轢音を立たせていた。
オールマイトの肉体は、知らず知らず巨大化して
「なんと…いうことだ…!」
そう溢しながら、なんとか平静を保とうと深呼吸を繰り返す。鼓動が収まる頃には暖まっていた体はすでに冷え、着替えの袖の穴を簡単に腕が通せていた。寝間着で身を包み、伽藍洞のソファに力なく座り込んで頭を抱える。
「なんて…ことだ…」
そう言うオールマイトの前の机から軽い音が鳴る。湯気の立つマグカップが一つ、コースターの上にあった。ふと顔をソーサーから伸びる腕に沿って動かすと、ルカ少女が変わらない表情のままでいてくれていた。
何も言うことはなく、ただ目で―――これを飲めと―――伝わるものがあった。
ゆっくりと動く両手で取り、二度小さく息を吹きかけてカップを傾ける。ミルクと蜂蜜のほんのりとした甘みを感じさせ、喉を、管を、胃を通って腹を優しい温もりを与える。
なぜか、それが無性に目元を緩ませ、ほっ…と一息を吐かされる。
持った手をそのままにしていると、静かにルカ少女が口を開く。
「…凶報か」
「…あぁ……いや、吉報にして見せるさ」
ルカの方を向くことなく、力のない言葉で答える。
「ならば、仔細は割れているのだな」
「…仲間達が、きっと見つけてくれるさ」
そう言う彼は、ほんの僅かに残る震えを止められてはなかった。傍に立つルカはおもむろに足を進めると、テーブルを挟んだ向かいに立つ。
「急いては事をし損ずる、と云うのだろう?」
「……兵は拙速を尊ぶ、とも言う」
「其方は
「今回ばかりはそうも言ってられないさ…!仲間を、生徒を傷つけられ…あまつさえ爆豪少年を攫ったのだから…!!!」
言葉によるものか、己が心のせいか、手が力を籠めていく。僅かに映る小さな波紋を傍目に、ルカは続ける。
「…その言い様、黒幕を悟っているようだな」
「あぁ…こんな悪辣なやり方、
そう食い縛りながら俯く彼の顔は義憤に満ちているようだった。だが、しかし…ほんの
「ともかく、今は床に就くことだ。解っていよう?」
「………あぁ。そうしよう」
強く撞き続ける鼓動を納めようともう一度…もう一度とマグカップを傾けて体中に行き渡らせるように、その温もりと甘い余韻に浸る。―――ありがとう―――という言葉を小さく部屋に残してオールマイトは寝室へと向かう。
一人となったルカはコースターを元あった場所に戻し、空になったマグカップを洗う。陶器を滑る短い音を聞きながら、先の顔色を思い出す。
「やはり、六人目に相応しい」
ここまでの読了に感謝いたします!