九十九由基が、宿儺の指をパックンチョするまでの道程。

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呪術と物理学に関する素人の独自解釈があります。数式に関しては鵜呑みにしないように。


家出娘とニジュウブンノイチスクナちゃん!(左手薬指)

 多くを殺し、多くを喰らった。

 それを後悔するつもりはない。

 だが、あの女は、好い女だった。

 彼女の生きた、世界で生きたい。

 

 

 

 

 彼女、九十九由基が()()に出会ったのは、6歳の頃です。

 自分に呪力が、術式が宿っていると理解った頃、術式を暴走させればこの地球を砕けることを、何となく感じていた頃。

 

 一本の、指に出会いました。

 

 正確には、指を呑み込んだ呪霊です。その呪霊を苦戦の末祓った彼女は、呪霊の胎の中から一本の指の死蝋を見つけました。

 異様な呪力を放つそれから、幼心に、指の中に魂を感じたのでしょう。彼女はこう思ったのです。

『指を守らなきゃ』。

 

 彼女が指を守り、愛でる習慣は、こうして始まりました。

 

 彼女は、呪術師でもある親にその指のことを伝えると、指を没収されかけます。

 大切な指を取られることを嫌った彼女は、封印もされていない指を持って、家出をしたのです。

 呪術の教科書を、勝手に家から盗んで。

 

 昼夜問わず、指を狙って寄ってくる呪霊を祓いつつ、彼女は旅を続けます。

 彼女は、呪術の教科書を読み漁り、式神を作って何とか夜を越します。

 もちろん、簡易型の式神では対処できない呪霊も時折襲ってきます。

 

 それでも、彼女は指を手放しませんでした。毎晩、毎朝、指に語り掛けます。

 

 そんなある日の夜。彼女は、夢を見ました。

 

「ようやく、波長が合ったな。呪物から漏出する呪力だけで縁を繋ぐのは随分苦労した。何、お前に恣意的な害は為せない。呪物化するにはそういう縛りが絡むからな」

「おじちゃん……えぇと、指の人?」

 四つの眼、そして四つの腕を持つ、刺青の男の人です。彼女は、それを本能で、指の中にいるだれかと判断しました。

「そうだ。俺を後生大事に持っているのはありがたいが、それは苦労するだろう。呪霊が俺を喰うと強くなる。だから呪霊は俺を狙っているんだ。そして、()()()()()()()()()()()()()()。だから、危なくなったら俺の指を喰うと良い」

 心から出てきたように見える笑顔です。でも、彼女はそれを拒絶しました。

「だめだよ?だって、それしたらおじちゃんが消えちゃうから」

「大丈夫だ、呪霊と同じで食べても消えない。安心してくれ」

「優しいね、でも嘘だよ。おじちゃんの指は人間のものだから。呪霊は食べられなくても、人間は食べられる。おじちゃんを消したくない。手放したくない」

 全て本能ではなく。呪術の教科書に載っていたことからの推測でもあります。

「……ああ。それなら。俺を食べなくても良いように、平安の式神術を教えてやろう。呪符を使っても良いが、自分の一部を使った方がより精度も強度も上がる」

 

 それから。一か月に一回、波長が合った日の夜は、彼、両面宿儺の呪術講座が行われました。

 

 最初は嘘も交えた、子供騙しの呪力遊びでした。でも、彼の目は徐々に据わったものになっていきました。

 彼は、夢の中で離れ業を見せつけます。もちろん、出来ないものは出来ません。でも、出来ないと言うと、彼は彼女に嘲笑、怒声、そして罵倒を浴びせます。

 でも、彼女は一滴も涙を流しませんでした。夢の中で、泣きやすくなっているのに、です。

 それについて尋ねると、彼女はこう返しました。

「だって、おじちゃんは私に死んでほしくないからこんなことをやってるんでしょ?」

 

 それは、二人にとって疑いようのない事実でした。

 

 呪術も、背丈も。彼女はどんどん成長していきます。指に呪霊が寄らないようにする結界も作れるようになりました。それでも家出の旅は続きます。

 呪術高専に入学はしましたが、それでも家出の旅は続きます。

 彼女は、呪霊に襲われる非術師や呪術師をたくさん見てきて、呪霊をこの世界から無くしたい、と思うようになりました。指の正体も知りました。それでも旅は続きます。大人になったので、もう家出ではありません。

 でも、ずーっと、指に語り掛け続けることはやめませんでした。

 夢に出てくる彼の無茶ぶりも、何とかこなせるようになってきました。彼の心からの笑い声は、随分と下品なものでした。彼女は言葉の暴力では泣きませんでしたが、勝てない悔し涙は何度も流しました。

 

 地球の裏側から、宇宙ステーション。深海潜水艦まで。

 彼女と、彼の旅は続きます。

 

 あの日まで、続きました。

 

 

 

 

 

 薨星宮本殿、直上。すなわち、空性結界の内部。

 

 九十九由基は、羂索が取り出した呪霊、ガネーシャと同一視された神格持ち呪霊を一瞬で祓除。その後、呪力と術式で強化した超質量の拳によって、羂索を空性結界の空間ループ処理が間に合わなくなる速度で殴り飛ばす。

 

「随分重いね、質量か!」

「正ッ解!ところで!呪術の定義について話そうか!」

 

 九十九は唐突に問いかけながら、()()()式神、空を舞う骨々ウツボ、『凰輪(ガルダ)』を連続で羂索向けて蹴り放つ。

 

「呪力を用いた技術……じゃ、満足しないだろう。呪術の本質は!」

 羂索は小型の蜘蛛のような呪霊に糸を吐かせ、空性結界内に飾られてある松の木に糸をくっつけ、それを引っ張って飛び移る。

 そして、両者が同時に口を開く。

「「概念の世界実装」」

「私が千年掛けてたどり着いた結論に、たった数十年で君もたどり着くとは……嫉妬しちゃうじゃないか」

「私一人の力じゃないさ。ここで問題。私の術式対象は私の式神と私自身。そして、付与するのは『質量』。さて。ここで実装可能な概念は?」

「シンプルに考えるなら、超密度による防御力……は無いか。それなら君は動けなくなってる筈だ。肉体強度はそのまま、だろう?ならばこうするさ。『領域展開 胎蔵遍野』」

 

 閉じない領域を展開する羂索に対抗し、式神を格納して簡易領域を展開する九十九。しかし、それは勢い良く削られていく。

 空性結界を構築している天元が、胎蔵遍野ごと空性結界を削除するが、その直前に簡易領域は完全に削られた。

 

 コンマ数秒の間だけ、領域の必中効果をモロに受ける九十九。しかし。

 

「まだ倒れないのかよ」

「倒れねぇよ!『術式反転』」

 潰され、()()()()()殴りかかる九十九。それに宿る異様な呪力を知覚し、全力で退避しようとして――背後に迫る《百斂》の血に気が付く。

 

「『超新星』!」

「『星の無情(ケセラセラ)』」

 術式が回復する前に背中に『超新星』を喰らい、たたらを踏む羂索に、捩れた腕ではない方、まだ健常に動く拳が振りぬかれる。

 

 その拳を振りぬかれた後に、拳の表面は消失し、骨が見えていた。

 一方羂索の肉体は、呪力、腕、そして肋骨。拳に触れたあらゆる防御を消失させられ、右肺を貫かれていた。

 

「負の質量による存在相殺。反物質の対消滅とは違って爆発は起こらないから、密度を増大させた体表をちょっと削るだけで相手の物理防御を全てブチ抜ける」

 

 現代物理学の論文を片手に自身の術式に向き合った末の、術式反転。

 

 サイエンスフィクションのために物理学者が頭を捏ね繰り回して創った論理。それが今、現実に実装された。

 

$$K_e = \frac{m}{2}v^2 + \frac{(-m)}{2}v^2 = 0$$

 

 

「さらにィ!」

 

 腕を横薙ぎにして、心臓ごと消し飛ばそうと試みる九十九だが、羂索の術式が回復したことで発生した呪霊の津波によって押し流され、失敗に終わる。

 即座に右肺を反転術式で治し、さらに距離を取る羂索。

 

「チィ。面倒だな。だが、物理防御か。なら——これでどうかな?」

 

 ゼロから術式を構築して生成される、結界。それは完全な二次元平面であり、体積も質量も無い。故に、存在の相殺が起きない。

 それを羂索は幾重にも身に纏う。視界を失わないように、視覚効果は無くしたまま。天元に結界が解体されても問題が無いように、内側から湧き出る結界を解体される毎に供給していく。

 

 凰輪(ガルダ)で幾度も打擲されるが、羂索は結界を多少砕かれてもすぐに生成し直し、千日手となった。

 それも、羂索に優位な形で。

 

「本当はね。この無限生成防御結界は奥の手だったんだ。あまり使いたくはなかったんだよ——そろそろどうかな。今度こそ綱引きに付き合って欲しい。『領域展開 胎蔵遍野』」

 

「ッ——!『領域展開 無窮螺心』!」

 

 九十九由基の領域は閉じられる。その領域に、必殺効果は無い。その領域に、必中効果は無い。その領域に、相手に対する呪術的効果は一切ない。

 

 唯、自身の生得術式、『星の怒り(ボンバイエ)』の術式強度を上げるだけの領域である。

 

「ガァッルダァ!」

 

 二体の凰輪(ガルダ)は羂索を拘束し、質量が発生させる重力によって凰輪(ガルダ)のいる()()()()()()勢いそのままに、メガトン級の質量を宿すパンチが放たれ――る直前。

 『無窮螺心』は砕かれた。

 

「んなッ……!?」

 

 羂索の領域は、閉じない領域である。その領域範囲と効果は、結界の外殻にまで及んでいた。

 すなわち、羂索は内部にいながら、外部から領域を破ったのだ。

「もう少し注意深くなることだね。私の領域が君程度の結界で遮断されるなんて、閉じた領域を二度も見たのにまだそんな常識に囚われているのかな」

 

 一度目は、虎杖に宿る宿儺によるもの。渋谷の画像記録によって間接的に知ったものだ。

 二度目は、先ほどの羂索の領域。

 

「確かに、私は昔から、物覚えが悪かった!」

 

 領域展延。羂索の胎蔵遍野に対処するために、九十九はそれを選択した。

 

「ハハッ!それは悪手だろう!頼みの綱の『質量』が使えない!」

 

 生得術式は領域展開によって焼き切れ、確かに使えない。

 しかも、全身を分厚い展延で覆えない九十九は、展延の薄い四肢の先端から少しずつ捩れて潰されていく。脹相を通じて知り、最近会得した技術である展延を、彼女はそこまで高精度で扱うことは出来なかった。

 だが、()()()()()()()()()()()()凰輪(ガルダ)は、未だ羂索を拘束していた。

 

「絞め殺せ!ガルダァ!」

 

 だが。超質量の無い式神は、呪力で強化した羂索の膂力と拮抗する程度の力しかなかった。羂索は領域を展開し続ける意味は薄いと判断し、領域を解除して式神への対処に集中する。

 

「クッ、まさか式神も展延を使えるとは!なかなかやるね!だがッ……意味が無い!」

 

 領域展開によって焼き切れた術式が回復し、即座に超質量が式神と九十九に戻る。それを感じた羂索も脳の一部を破壊修復して、無理やり焼き切れた術式を回復させ、呪霊を自分の身体から溢れさせて凰輪の拘束から外れようとする。

 

 拘束から外れる直前、左腕の肘から下をもぎ取られた羂索。だが拘束から離脱し、追撃する二体の式神を『うずまき』で迎撃する。

 超質量は、しかし強度には反映されない。二体の式神は破壊寸前まで行ったため、九十九は完全に破壊される前に彼らを呪力に戻す。

 

「なぜ式神は術式反転を使用しなかったか?違うね、出来ないんだ。反転した正のエネルギーを呪霊に流し込むと崩壊するように、式神に流し込んでも崩壊する。だから、だろう?」

 九十九は、それを耳に入れつつも、沈黙していた。

 彼女の今の状態は、瀕死である。右腕を除く四肢は、全て関節まで圧壊させられ、地面に横たわっている。

 

「確かに、君の言う通りだったなぁ。私は、千年生きた術師には敵わない、のかも。でも————夢を、世界を、貴方を。諦められないや。だから。『信じてる。私だけの宿儺』」

 

 九十九は封印呪符に包まれた、掌に収まる程度の細長い物体を懐から取り出す。

 それは、まるで、人間の指のようだった。

 

「『うずまき』!」

 

 何をやろうとしているか気づいた羂索は、特級一体のみを犠牲にして作った、最速で放てる『うずまき』を手のひらから放つ。

 しかし。封印呪符を()()()()、その指——左手薬指に相当する指——を呑み込んだ九十九は、その直後にうずまきを喰らい、しかし無傷で、立っていた。

 

「クックッ。呪符を米の紙で作るなぞ、俺は不格好すぎてやらん。だが、面白い発想だったぞ。由基」

 

 うずまきを展延で防御し、その間に反転術式で四肢を再生させたのは、九十九由基の身体に宿った『彼』。

 彼女に毎晩語り掛けられた、両面宿儺その人だった。

 

「……やぁ、宿儺。久しぶりだね。君の目的は完全復活じゃなかったかな?なら——」

「ふむ、ふむ。やはり、な」

 

 二対の瞳を持ち、全身に呪印の入れ墨が宿った女宿儺。彼は、羂索の話を右から左に聞き流し、自身の二の腕を噛み千切って咀嚼していた。

「……何をしている?」

「知っているか?良い女というのは、な。眺めて良し。語って良し。抱いて良し。闘って良し。そして喰っても良いものだ」

 二の腕を反転術式で再生させ、無傷の身体に戻り、羂索の瞳を見据える。

「で、だ。貴様、俺の女を傷物にして、生きて帰れると思っているのか?」

 

 宿儺の身体に、呪力が漲る。式神、凰輪(ガルダ)が復活する。

 

「へぇ、たかが一本分が、舐めた口を利くじゃないか!『うず」

 

 羂索の頸が、跳ね飛ばされた。

 

「ま……え?」

 

 羂索の、夏油傑の胴体の側を、凰輪(ガルダ)が回遊している。

 

「術式複合、『星の終幕(アスタラビスタ)』。虚数の質量は、光速度を下回れない。光速度以下の世界で生きている非術師の世界では、虚数質量は実数質量と干渉しないらしいが……呪力は別だ。光速度で動く虚数質量に纏わせた呪力で、お前の頸を消し飛ばした」

 

$$\left\{\begin{array}{l}(1-\frac{v^2}{c^2})E^2=m^2c^4 \\m \in \mathbb{I}\end{array}\right.\Longleftrightarrow v>c$$

 

「な……何故、『解』を使わなかった」

 刎ねた首が喋る。正確には、頭蓋の中にある脳みそについている口が、である。

「俺は指の中でもはぐれ物でな。術式を分割授与されなかった。代わりに、呪力操作は随一だ。六眼にも負けるつもりはない——じゃあな、千年地を這いずって星すら砕けない、凡夫」

 

 

 

 

 

 その後のことです。

 旅はあの日から、風変わりなものになりました。

 旅人は、四つ目の女の人になりました。ですが、その女の人には、左手の薬指がありません。

 彼女は、毎晩切り離した自分の指に語り掛けます。時折、泣きそうになりながら。

 襲い掛かってくる呪術師たちは敵ではありません。旅はどんどん続きます。北へ、北へ。北極に行きついたら、南に戻ってから、別の道筋でもう一度。たまに月に行ったりします。

 ああ、一つだけ。彼女は、身長の高い美人の女性に会うと、その指を食べさせようとしてくるのです。

 だから、気を付けて。あなたが無力なら、あちらから無理やり口を開けることは出来ません。彼女の前では、口を開けないようにしてください。




EMANの物理学、相対性理論第一部、特殊相対性理論の部分と、Wikipediaの『負の質量』を参考にさせて頂きました。
https://eman-physics.net/relativity/contents.html

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%A0%E3%81%AE%E8%B3%AA%E9%87%8F

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