いちごの世界へ   作:うたわれな燕

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第一話

 ……あぁ…やっぱり、納得いかねぇなぁ…。

 

 左手に漫画本を持ったまま、ベッドに背中からボフッと音を立てて倒れる。

 

 倒れたまま、左手に持つ漫画本の表紙に書かれている二人の少女の内の一人、長髪黒髪の少女に目をやる。

 

 少女の名前は『東城綾』。この漫画『いちご100%』のヒロインの内の一人。

 

 そして俺が持っているこの巻は、その『いちご100%』の最終巻。

 

 ベールを付けた二人の少女が描かれたその巻は、俺の中学、高校時代の青春が詰まった集大成のモノだったりするのだが……。

 

 はぁ……俺は一人深い溜め息を吐き出す。

 

 知らない奴の為に、この『いちご100%』という漫画のあらすじを紹介しておく。

 

 中学3年生の『真中淳平』(こいつが主人公)はある日の放課後、学校の屋上で一人の美少女の「いちごパンツ」を目撃してしまう。

 

 この美少女が『東城綾』なのだが、それが分かるのはこの日から随分と経ってからになる。

 

 そして、その日以来『真中淳平』はその美少女が誰なのか確かめるために、学校中を探し求めるようになる。

 

 だが真中は、その美少女を学年トップアイドルの『西野つかさ』(この少女が俺の持っている巻のもう一人の方だ)だと勘違いし、不思議な関係で二人と付き合っていく事になる。

 

 はじめ真中は西野と付き合うことになるものの、次第に自分が探していた美少女の東城に惹かれていく。

 

 なぜなら、東城は真中の『将来の夢』に近い夢を持っていたからだ。

 

 そんな真中の様子に気付いた西野は、真中への想いを胸に秘めたまま、彼らとは別の高校へ進学してしまう。

 

 高校に入学した真中は、新しい同級生になった『外村ヒロシ』『北大路さつき』を交え、中学時代からの友人である『小宮山力也』とともに映像研究部を立ち上げる。

 

 こいつらは、学校に残されていた過去の映像コンクール応募作品を発見し、それを超える作品をつくろうと東城が脚本、真中が監督を担当し、文化祭での発表と映像コンクールへの応募を目指して作品を作り始める。

 

 そして物語は、東城、西野、さつきという3人の美少女による真中をめぐる恋の混戦を描き出していく…と、長々語ってしまったがあらすじはこういうものだ。

 

 つまり……俺が何を言いたいのかと言うと…「真中は何で東城を選ばないんだよ!!!」と…これに尽きるのである。

 

 西野はそりゃあ可愛いと思う。それは俺も否定はしない。だが、真中が東城に何をしてやったというのだろう?

 

 中学、高校生の時は俺も西野派だった。でも、この年になって改めて漫画を読んでみると、東城の役割というかそういうのが、西野の引き立て役になっているような気がして、嫌になってきたわけだ。

 

 俺が主人公の真中なら、絶対に東城と付き合っていたと思う。学校のアイドルに告白するとか考えただけで無理だし、その時点で西野と俺は接点を持てない筈なんだ。

 

 まぁ、漫画の中で西野は真中の事を以前から知っていたっていうエピソードがあったが、あんなもんは後付けに決まっている。

 

 それに、東城じゃなかったとしても『北大路さつき』がいると思う。なぁ、実際にだぞ?友達で尚且つ親友みたいに仲が良い女と、学校のアイドルで一度も話した事のないような女、どちらと付き合いたいと考える?

 

 俺は断然、『友達で尚且つ親友みたいに仲が良い女』だ。アイドルみたいな可愛い女と付き合いたいに決まっている、と言ってるそこのお前。そんなに、アイドルと付き合いたいなら真中淳平みたいに告白してみろよ。正直言って、馬鹿を見ることになる。

 

 あの告白は漫画だからこそ、成功したようなものなんだ。何?東城やさつきと出会って仲良くなるのも難しいだと?そんなもん、知らねえよ!

 

 上で言ったモノは、全部俺がそう思うって話なんだから。それに、俺は東城やさつきと絡めって言われたら絡める自信はある。

 

 東城とは絶対に趣味(小説関係)が合いそうだし、さつきとは馬鹿な話をしまくれば仲良くなると思う。

 

 ま、映画の事はこれっぽちも知らねえから外村の妹の『外村美鈴』とか、後輩になる『端本ちなみ』とかとは絡みもしないと思うが…。

 

「はぁ…って誰に話しかけてんだよ、俺は…。そんな事言っても、漫画の中に行ける訳なんてねぇのにな。それに…IFの事を言ってても仕方ねぇっての」

 

 左手に持つ本を枕元に置いて、部屋の電気を消すと掛け布団を頭まで引っ張る。明日は就職先の会社に行かなきゃならねぇし、寝よ寝よ…。

 

 出来れば『いちご100%』の夢が見られたらいいな。俺の妄想が膨らんだそんな夢が……。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 ジリリリリリリ………。

 

「ふぁああ〜…朝か……」

 

 欠伸を一つしてからノソノソとベットから這い出る。今日は会社に行かなきゃならないから早く起きたんだよなぁ…。

 

 まだあと1ヶ月は大学生だから、もう少し寝ていたいけど…。そうもいかないよな。はぁ…世の中って本当によく出来てるよ。

 

「そんなに人生は甘くねぇってか?…ふぁあ〜〜」

 

 そんな事を言いつつ、眠ぼけた頭のまま部屋から出ようとしてハタと気が付く。

 

「ん?ドアってこっちだったか?」

 

 そう。本来なら向こう側にあるべきドアが、俺の右側にある。はて?…俺はいつの間に模様替えをしたんだ?

 

 ……ま、気にしていても仕方ないか。今はそんな事より、洗面所に行くのが先だ。

 

 ドアを開けて直ぐ目に入ってくる階段を降りて行き…って階段がない??いやいや、寝惚けてるだけだ。きっと、半分寝たまま降りてきただけだ。

 

 さて、そんな事よりも、洗面所に行って顔を洗って来ないと……???

 

「…洗面所がリビング??って、母さんいねぇし……てか、家のリビングってこんな部屋だったか?」

 

 本来ならある筈の洗面所ではなく、テレビやテーブル、ソファがある普通のリビングがそこにはあった。俺の家にこんなテーブルあったか?

 

 ……なんだこれは…。

 

 ダダダ…っと、その部屋のドアを閉めてから先ほど俺が出てきた部屋に走った。

 

 なんなんだ?これは……なんなんだ!?

 

 そこには、階段なんてものはなく、普通に部屋があるだけ。そして、その部屋のドアを開けて確認してみると……。

 

「ここは…どこだ??」

 

 そこには、俺の部屋ではない『十代の少年』が住んでいそうな部屋があった。サーッと血の気が引いていくのが分かる。だが、今はそれを無視して確認しなければならない。

 

「ッ!!母さん!」

 

 踵を返して、この『建物』の中にある部屋という部屋を全て確認して回るが、母さんの姿はどこにもない。

 

 洗面所にトイレ、風呂場に誰かの部屋…そして最初に入ったリビングへと戻って、その先の台所へと向かう。朝なら朝食を作っている筈…いや、作っていてくれ!!

 

「母さ…ん……」

 

 だが、そこには母さんの姿はなかった。

 

 あるのは、ラップをされたおかずにサラダ、裏返してある茶碗とお椀。そして、メモ帳大の紙だけ。その紙を手に取り、何が書かれてあるのか調べてみると…。

 

 『淳平へ』 

 母さんは、今日父さんの仕事の関係で駅に行かなきゃならなくなりました。朝食は、作っておいたので食べてください。くれぐれも、学校に遅刻はしないように。

 『母より』

 

 淳平??俺は○○だ。淳平なんて名前じゃない。なら、こいつは淳平っていう奴の家って事か?俺は勝手にそいつの家の部屋で寝てたってのか?

 

 ………いやいやいや!!そんな筈はないッ!俺は確かに昨日、自分の『家』に帰って、自分の『部屋』で寝た筈だ。漫画本を読んでいて遅くなったのも覚えている。なら、この状況はなんなんだ!?

 

 拉致られた?俺なんて平平凡々の学生を拉致って何をするでもないから、これはないな。

 

 誘拐??それも、拉致同様あるわけがない。いや、可能生としてはあるのかもしれないが、俺を自由にしておく訳がないし、見張り?とかをする奴がいない事から、これもない。

 

 だとしたら…夢か?頬を抓ってみると…痛い。という事は夢でもない。なら……これはなんなんだ??知らない部屋、知らない建物、知らない少年の名前…名前??

 

 混乱して手で握ってしまっていた、それを広げてみる。

 

 『淳平へ』

 

 そうだ。『淳平』…これは俺が寝る前に読んでいた漫画の主人公の名前だ。そう考えると、行動は早かった。俺は、先ほど見つけた洗面所に駆けこむと、鏡に映る自分の顔を凝視した。

 

「…俺……なのか??」

 

 鏡には、いつも見慣れた俺の顔ではない違う『男』の顔があった。それも、俺の知らない顔ではない。

 

 二次元での顔しか知らなかったが、三次元での顔もこうであると分かる顔。

 

「真中…淳平なのか?」

 

 フラフラになりながら俺が寝ていた部屋に再度戻り、学生服を乱暴にベットに放り投げて、目当てのモノを漁る。

 

 そして、そう時間も掛らずに目当てのモノを探し出した。学生服から手を離し、手帳程の大きさのそれを開いた。

 

「………まじかよ…」

 

 そこには今の『俺』と同じ顔の男、つまりは『真中淳平』の顔写真があった。


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