いちごの世界へ   作:うたわれな燕

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第十話

 翌日……学校に登校するために玄関で靴を履いていたら『母さん』に話しかけられた。

 

「淳平、あんたちゃんと勉強してんの?ほら、最近帰り遅いから母さん少し心配なのよ……」

 

「大丈夫だって母さん。帰りが遅いのは放課後に勉強会してるからだって言ったろ?それに、泉坂高校って私立を受けるんだし、絶対一発合格するから安心しなって。それじゃあ行ってきます」

 

 『母さん』にそう言って、玄関から出て歩を進めて行く。『真中淳平』の母親を『母さん』と言うのも慣れたな…。はじめのうちは、やっぱりぎこちなかったけど。ま、人間は慣れる生き物ってのは本当だって事だな。

 

 てか、この生活自体にも慣れてきたし。この世界に来て3週間か……。まぁ、夢だと思ってた時期もあったが、こんなに時間が経ってしまえばもう夢でもねぇよな。

 

 そんな事を考えながら歩いていたからか、俺は突然出てきたそいつにびっくりして、歩を止めてしまった。お前の家って、俺の家と正反対だよな?なのに、何でいるんだよ……東城。

 

「お、おはよう!真中君!」

 

「お、おはよう、東城。もしかして、俺を待ってたのか?」

 

「えっと、そんなに長い時間待ってたわけじゃないんだよ。その…ね。小説の続き書いたから読んでもらいたくて。あ、でも、明日受験だっていうのに迷惑だよね…ごめんなさい……」

 

 長い時間待ってたってわけじゃないって…そんな嘘直ぐに分かるっての。こんなに手と頬を赤くしてるんだから、最低でも20分は待っていた筈だ。それに、俺がお前の小説を読むのを迷惑だって思うわけないだろうに…はぁ……。

 

「迷惑じゃねぇよ。それにこの前言ったろ?東城の小説を楽しみにしてるって。それから……ほら、手袋」

 

 付けていた手袋を取って、東城に手渡す。東城は、赤い頬を更に赤くして、「うん…」と頷いておずおずと俺の手袋をその赤い手に付けていった。それに、笑みを浮かべてから俺は東城を促して学校に向かって止まっていた足を再び動かしはじめた。

 

「でも、こんな場所じゃなくて学校でも良かったんだぞ?寒かったろ?」

 

「うん。そうなんだけど…ほら、学校に行ったら行ったで皆がいるし…ね」

 

 そう言って笑う東城の顔はマフラーで半分隠れていた。そして、呟くように言った東城の次の言葉は俺には半分しか聞き取れなかった。

 

「もう少し、二人だけの時間があればいいのに……」

 

「ん?もう少し、何だ?」

 

「あ!いや!そうじゃなくて!ほら、その、ね!あ、あははは……」

 

 誤魔化すの下手だな…ま、なんにせよ。東城の小説の続きが読めるのは僥倖だな。勉強の息抜きに読むとしよう。それに、明日の受験が終わったらもうしばらく勉強しなくていいし、東城と本巡りに行くのもいいかもしれないな。

 

「ふ〜ん…ま、良いけどな。それじゃあ、学校に急ぐか」

 

「え?まだ、遅刻する時間じゃないよ?」

 

「東城とこうやって話しながら行くのもいいけど、早く東城の小説も読みたいんだよ」

 

 そう言って東城の頭をポンポンと撫でてやると、東城はあぅぅと言って前髪で残り半分の顔を隠してしまう。それに、笑ってから東城に右手を差し出した。

 

「ま、真中くん?」

 

「手を繋いで走らないと、誰かさんが転んじゃうからな」

 

 そう言ってまた東城をからかうと、少しだけ怒った東城がもぅ!と言ってくる。だが、次の瞬間には俺の手を握って笑みを向けてくれる。それを見てから、今度こそ俺は東城を引っ張るような形で学校へと向かった。途中、あわわわ!と転びそうになる東城を助けながら……。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 学校についた俺達は早速東城の書いた小説を読むために鞄を机の脇に掛けて、いざ読もうとしたがそれは叶わなかった。なぜなら……。

 

「なぁなぁ、東城。お前ってそんなに可愛かったのか?」

 

「確かに、何で今まで気付かなかったんだろうな」

 

「今度、俺とどっか行かない?もちろん全部俺の奢りだから!」

 

 ……どっから湧いてきやがったこいつら…。東城が今座っている席は俺の隣だが、その俺と東城の間にある少しのスペースに入って来る男子、男子、男子。

 

 さらに東城の座る席の周りを取り囲むように男子生徒がたむろって来る。東城の姿に慣れていた俺も悪い。今日の東城は、前髪を下ろし尚且つ、髪を三つ編みではなくただ二つに括っているだけだったのだ。

 

 そんな東城のイメチェンに、クラスのアホ共は反応して、こうなってしまった。

 

「ご、ごめんなさい。私……」

 

 そう言って、困ったような声を出す東城にさらに興奮して迫り出すアホども。俺は溜め息を一つ出して、ダンッと机を叩いて席を立った。その音でクラスにいた男子女子の全員が俺の方を向くがそれに構わず、横にいる男子を退かして東城の側による。

 

「真中君……」

 

「…逃げるぞ」

 

「っ!う、うん!」

 

 朝早くにも関わらず結構の人数が教室にいたが、群がって来る男子共を振り切って俺と東城はドアから飛び出した。教室から廊下へ…だが、廊下にも生徒達はいる。それに舌打ちをして、一気に駆け抜ける事にした。

 

 廊下を注意しながら駆け、階段を東城に気を付けて駆け下り、駆け上り…向かうは、俺と東城がはじめて会話したあそこだ。

 

 バタンッ!とドアを開けると、澄み切った冷たい風が俺と東城を迎えた。ドアの付近に手を繋いだまま倒れこむように座って、東城は下を向いて、俺は天を仰ぐようにして息を整えていく。

 

「はぁ…はぁ…はぁ……だ、大丈夫か、東城」

 

「はぁ…はぁ……う、うん。大丈夫だよ。でも…はぁ……今日は走ってばっかだね」

 

「確かに……そうだな」

 

 全く、西野の次は東城か?本当に、迷惑な奴らだ。ま、東城のこの姿を見られたのはクラスの奴らと、ここまで走ってくるまでに会った奴らだけだ。なら、ここで髪を直せば何とか……。

 

「はぁ…でも、本当にびっくりしたぁ……。皆、今まで見た事ない顔で見てくるんだもん。ちょっとだけ怖かったかな…」

 

「あれは、あいつらが馬鹿なだけだ。ま、気持ちは少しだけ分かるけどな。それでも、あれはやり過ぎだ。はぁ……東城、教室に戻る前に髪直した方がいいぞ。たぶん、そのせいだ」

 

 そう言うと、東城は今更ながらに自分の前髪が崩れている事に気付いたみたいで、あせあせと直し始めた。俺としては三つ編みにもして欲しいところだが、それは時間がかかるから仕方ない。

 

「朝走ってきちゃったからかも……ちょっと待ってて、直ぐに直すから!」

 

「あぁ。でも、始業ベルまでまだあるからゆっくりでいいからな」

 

 俺のその言葉を聞いて、ごめんねと言って表情を曇らせる東城。そんな東城の頭を朝来る時にしたように、ポンポンと叩いてやってから、気にすんなと言ってやった。

 

 それでやっと笑顔を浮かべてくれる東城は、髪が直らないのかヘアピンで前髪を止める事にしたらしく、二本の赤いヘアピンが日の光を浴びてキランと光った。

 

 これから、クラスの奴ら他東城の事を知った奴らをどうするか…。はぁ……明日が受験だってのに何やってんだろうな俺は…。そして、始業ベルが鳴るまで俺と東城は屋上で寒さに震えながら話をしたのだった。

 

 その時に、「でも、何だか小説みたいだったね」「ばぁ〜か」といった会話があったのを言っておこうと思う。

 

 屋上から教室に戻った俺達は当然クラスの奴らに見られる事になったが、それら全てを無視して俺は自分の席に戻った。気にしてても仕方ないしな。でも、東城は自分に向いて来る好奇の視線に堪えられないようで、俯いたまま席に着いた。

 

 担任が来たところでそのクラスのざわつきは収まるわけもなく、今日一日はこんな感じで過ぎていくだろうなと思いもしたし、東城はあぁ言っていたが大丈夫なのかといった心配も抱いた俺は東城に視線をやると、東城が俯いたまま俺の方を見ている事に気付いた。

 

 担任が今日一日の連絡をしているのを、耳で聞きながら目は東城から離さない。東城も、俺と同じようで口パクで【大丈夫だから】と言ってから、笑みを向けてきてくれた。それを見て、はぁ……と溜め息を出し、心配して損したと思いながら、【分かった】と俺も口パクで返した。

 

 東城って、ここまでメンタル強かったか?と思いもしたが、あぁ『西野のせい』か、と思い直して納得するのだった。この一言にどれだけの言葉が詰まっているのか、それは3週間で俺が西野に振り回された間に思った言葉の全てであると言っておこう。

 

 そして、俺と東城のそんな様子を見た男子がゴゴゴといった暗いオーラを出し、女子は女子でお得意の内緒話をしていた事を知ったのは、この後大草に言われた時であった。

 

 ついでに言っておくと、大草と小宮山の二人は、俺と東城が二人で時間ギリギリで教室に入って来た事に疑問を持ったらしいが、それもクラスの変な空気で悟ったらしい。

 

 東城は大丈夫。なら、問題は……金色の弾丸よろしく、いつも飛び込んでくるこの学校のアイドルを思い浮かべる。

 

 腕を組んで『あたしの知らないところでそんな面白い事してたんだ』と怒るのか、はたまた、『なんで?どうして?あたしは…』と泣くのだろうか……。はぁ…これは、西野とちゃんと話す必要があるな…。俺は一段と深い溜め息を出してから、この後待っている西野との会話に頭を抱えたくなった。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

「っで、話って何?」

 

「う……西野、怒ってるのか?」

 

「別に?あたし、怒ってないよ。それで話って…何?」

 

 はぁ……昼休みに話に行こうって考えたのは、まずかったか?いや、でも、授業(授業と言ったが、受験のある生徒達のために自習となっている)の合間にある5分休憩に話に行っても、変なところで戻る事になってたと思うし…はぁ……。

 

 今の時間はさっき言った通り昼休みで、場所は以前西野がボクサーだとか言っていた男子に暴力を振るわれそうになった場所である。

 

 なぜ、こんな場所で話す事になったのか。それは、西野が俺から逃げたためであり、それを追いかけていたら、この場所だったという……都合が良いのか悪いのか、俺には判断がつかない。

 

「それを怒ってるって言うんだと思うけど、まぁいいさ。お前も東城の事は知ってるだろ?東城が、その…可愛いってのを」

 

「うん。東城さん可愛いもんね。それで?」

 

「はぁ……でだ、それがとうとう今日の朝にクラスの奴らにバレてしまった。それで、困ってる東城を見兼ねて俺が助けた。っで、まぁ色々学校中で噂されてるようだが、そんな噂全部嘘だって事くらい、お前も分かるだろ?」

 

 そこまで言ってから西野の顔を見てみると、今私すっごく怒っていますという表情を張り付けている。それは、この3週間ではじめて見る顔だった。

 

「分からないよ……何で?どうして?あたしが分からないと駄目なの?もう、何も信じられないよ…。東城さんの事も、淳平君の事も好きだけど…今は嫌い……嫌いだよ…」

 

「……はぁ…全く、いつも元気な西野はどこにいったんだ?」

 

「っ!!淳平君にあたしの何が「分かるって」え……」

 

 西野が叫ぶかのように声を上げ切る前に、俺は被せて言った。『分かる』と。

 

「お前と話すようになって3週間。お前のたくさんの笑顔と、元気な声はちゃんと俺に届いてるぞ。それから、実はちょっとだけヤキモチやきだって事も」

 

 東城を幸せにするって誓ったんだけどなぁ……でも、こんなに真っすぐ感情をぶつけてくる奴を、放っておくなんて俺には出来ない。

 

「今回の事は、俺も東城も注意が足りなかった。東城も本当なら一緒に謝りたいって言ってたんだぞ。俺がそれを止めてもらったから今いないけど」

 

「……どうして?」

 

「俺がお前と二人きりで話すべきだって思ったからだな。ま、こうして嫌いって言われちまったけど」

 

 頬を掻きながらも、西野の目から俺は自分の目を逸らさなかった。逸らした瞬間、俺達と西野の関係が終わると思ったからであり、何より、俺が逸らしたくなかったから。

 

「でも、まぁ。お前には悪い事をしたからな。それは事実だし、謝らないといけねぇ。ただ、東城の事だけは嫌いにならないでくれないか?あいつは、何も悪くねぇんだからさ」

 

「ッ!!淳平君は、何にも分かってないよ!」

 

「あ、おい西野!」

 

 西野は目から一滴の涙を流して、俺の前から走り去って行った。西野を追いかけようと思えば、追いついて話をまた出来たかもしれない。だが、この時の俺は西野を追いかける事をしなかった。この時、俺の頭の中にあったのは、追いかける事ではなく、女の子に泣かれるのはこっちの世界でも変わらず辛いんだな、という事だけだったから。

 


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