いちごの世界へ   作:うたわれな燕

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第十一話

 小鳥の囀り(さえずり)が朝独特の冷たい空気と合わさって俺の心を清々しく…なんて、なるわけもなく。覇気のない顔でトロトロと道を進んで行く。いつもなら欠伸の一つも出るのだが、今日ばかりはベットから這い出てから一つも出ていない。欠伸に変わって出るのは……。

 

「…はぁ……」

 

 という、深い溜め息だ。今までも溜め息は出してきたが、昨日から今日に掛けての頻度はヤバい。『溜め息ばかり出していると、幸せが逃げていく』という迷信があるが、今の俺の状態がまさにその幸せが逃げている状態だと思う。

 

 東城や小宮山、大草あたりからも心配はされたが、これは俺の自業自得の為すところ。よって、誰にも相談することなく帰ったわけなんだが……。

 

「…はぁ……」

 

 再び溜め息を吐き出してから、肩に掛けるようにして持っている鞄を掛け直し、なんとなく空を見上げてみる。

 

 漫画やアニメ、小説などでは主人公が落ち込んでいたり、今の俺のようになっていたりすると天気は『曇り』である筈なのだが、実際には俺が見ている天気は快晴も快晴で、雲なんて千切れ飛んでいるのがポツポツとあるだけだ。現実は厳しいモノだとしみじみと思ってしまった。

 

 それに実を言うと、俺は昨夜一睡も出来ていなかったりする。今日が泉坂高校の受験日だっていうのは知っていたし、この日のために勉強してきたのだから、昨日は何もしないで寝る事にして寝た筈だった。そう、寝た筈『だった』。

 

 実際は一睡もすることなく、万全の状態でなく寝不足の頭が働かない状態で受験をしなければならなくなってしまった。だが、それは仕方のない事…あんな事があれば、誰だって眠れなくなると思う。

 

 そして、帰ってから何度考えたかしれない……。『どうして、泣かせてしまったんだ』と。西野が泣いた理由はなんとなく分かってはいる。自分の好きな相手から違う女の子の名前が出たり、自分じゃなくてその女の子の事を可愛いと聞かされたり、好きな相手を嫌いになるのは良くて、その恋敵である女の子の事を嫌いにならないで欲しいと言われたり…。

 

 西野に対してこれだけの事を言ったんだ。泣かれて…走り去られて…当然だった。東城を幸せにする事は、西野を無下にする事じゃないというのに……。

 

「…はぁ……」

 

 何度目かの溜め息を出して、いつの間にか止まっていた歩を再開させる。こうやっていても、仕方ない。まずは、今日の受験を無事に成功させる事だけを考えなければ駄目だ。

 

 『真中淳平』の母さんは、原作通りに昨日の晩ご飯からカツと名が付く料理を出して、今朝もトンカツを食べさせられた。気落ちしている今の俺にこんな重いモノを朝から食わせるなんて…とは思ったが、なけなしの根性で食べきって家を出てきたというわけだ。

 

 もちろん、真中家に伝わるゲン担ぎとして靴を右足から履かされもした。その時には既に文句を言う元気もなくなっていたので、為すがまま、されるがままだった。

 

 原作では、真中はいちごパンツの女の子が東城だと知ったせいで受験をボロボロで終わったが、俺は西野との事でボロボロになりそうで怖い…。なぜ、こんな大事な時に!と思わずにいられないが、さっきも言ったように、コレは俺の自業自得で西野は何も悪くない。

 

「…はぁ……」

 

 でも、溜め息を出すのだけは許して欲しいと思う。溜め息も駄目と言われたら、俺は本当に受験に失敗してしまうと思う…………。

 

「お、おはよぅ…真中君……」

 

「?…あぁ、おはよう、東城。なんだ、俺を待っててくれたのか?」

 

「う、ううん!歩いてたら前に真中君の背中が見えたから、それで……」

 

 そう言われて見ると、いつもの通学路じゃない道に入っているのに気付く。考え事をしながら歩いても、目的の場所にちゃんと向かっていてくれていたようなので、俺の身体を褒めたい。

 

「そうか……なら、一緒に行くか」

 

「うん!」

 

 俺が西野との事をまだ解決していない事は、東城も分かっているのだろう。俺にそう返事した後は、黙々と歩いてくれるからそれが分かる。東城にまで気を使わせてるんだ。泉坂高校に行って西野に会ったら、受験前に謝ってしまおう。西野がちゃんと聞いてくれるか分からないが、俺は誠心誠意謝るしかないんだから。

 

「わぁ…人がいっぱい……」

 

 そして歩く事数分、受験する泉坂高校の校門前に着いた。東城は受験生の多さにびっくりしているようで、目を大きく見開いていた。それを見て少しだけ気持ちが軽くなった俺は、ざわざわとうるさい受験生の波に沿うように歩いて……。

 

「あ、西野さん!」

 

「ん?あぁ〜東城さんに淳平君!」

 

「え……」

 

 多くの男子生徒に囲まれながらも、昨日の面影など一つとしてなく、いつも通りの元気で明るい、何人も笑顔にしてしまうような笑みで手を振っている『西野つかさ』と会う事になった。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

「おっそ〜い!二人の事待ってたんだからね」

 

「ごめんなさい。私達もちょっと前に会ったばかりなの。西野さんはいつ来たの?」

 

「へへぇ〜♪実はぁ…あたしもついさっき来たばっかりなんだよね♪まだ、テストを受ける教室が書かれてる用紙貰ってないでしょ?あっちの受付で貰えるらしいから、貰いに行こうよ!」

 

「うん。皆一緒の教室で受けれるといいね」

 

 俺の目の前で話す二人。俺は話に加わらずに混乱する頭で、西野の顔を見続けていた。どうしてお前は笑ってるんだ?どうしてお前は元気なんだ?どうして、どうして、どうして……。

 

「ほら、淳平君。行くよ!」

 

「……」

 

 俺の腕を引っ張って行く西野。俺に向けてくる顔も東城に向けていたのと同じ笑顔。後ろから東城も付いてきているのが分かるし、この状況は一体なんなんだ???

 

 俺がそう考えている間にも、西野は受け付けの先生らしき人から用紙を貰い、俺も何が何だか分からない内に用紙を受け取り、東城も受け取ったのを確認してから、西野は再び俺の腕を引いて歩を進めていく。

 

「でも、皆一緒の教室で良かったよね。一人だけ違う教室とか嫌だし」

 

「そうね。これで席も近くなら、なお良いんだけど」

 

「…………」

 

 気付けば東城もいつもの定位置となっている俺の右隣りにいるし、西野も俺の腕を引きながら東城に顔を向けて話をしている。俺は、わけが分からないから当然無言。

 

 そんな俺を無視して楽しそうに話をする二人だが、急に西野が廊下の真ん中で足を止めた。それにつられるようにして、俺の足も止まり、東城も止まった。

 

「東城さん、ちょっとだけ淳平君と話があるから先に行って待っててくれる?」

 

「フフ。うんいいよ。それじゃあ真中君、西野さん。先に行って待ってるからね」

 

 東城はそう言って、俺と西野に笑みを見せてから教室へと一人向かって行った。そして、残された俺達だが……。

 

「ねぇ、淳平君。昨日の事だけど……」

 

「!!ごめん!西野の事分かってるとか、言っておいて何一つ分かってなかった。お前の気持ち、全然分かってなかった」

 

 西野に昨日の事と言われた瞬間、俺は頭を下げていた。それまで、混乱していた事を全部どこかにやってから、西野に言わなければならない事を全部言う事だけに頭を使った。

 

「泣かれてはじめて気付くなんて、馬鹿だと思う。そんな俺だけど……お前と仲直りがしたい」

 

「………はぁ…頭上げなよ淳平君」

 

 西野に言われて頭を上げて見ると、呆れたような顔をした西野がいた。謝り方が駄目だったのか?なら、許して貰うまで謝り続けるだけだ!

 

「ごめ「良いよ、もう」……は?」

 

「良いって言ったの。それに、こんな廊下の真ん中で頭下げないでよ。……恥ずかしいじゃん」

 

 西野に言われてはじめて気付いたが、俺達に奇異の目を向けている多くの受験生達。おそらく、俺達と同じ教室で受ける奴らもこの中にいるのだろう。俺も急に恥ずかしくなり、顔が熱くなっていく。

 

「淳平君が顔赤くしてるのはじめて見たかも。えへへ♪だからそれで勘弁して上げようじゃないか♪」

 

「に、西野…お前なぁ……」

 

 思わず西野を睨んでしまった俺だが、西野の笑顔を見ているとしょうがないという気持ちになってくるから不思議だ。確かに恥ずかしい思いはしたが、西野と仲直り出来るなら、それも気にならない。

 

「ほら、東城さんも待ってるし、早く行こ!」

 

「そうだな……行くか」

 

「うん♪」

 

 西野に腕を引かれながら、俺は東城が待つ教室に向かう。背中に、男子生徒からの嫉妬の目線が突き刺さって来るような錯覚を覚えるが、それも今の西野の笑顔を見るだけで気にならなくなるから不思議なものだ。

 


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