いちごの世界へ   作:うたわれな燕

14 / 21
第十四話

 左手に付けた腕時計を確認してみると9時45分を過ぎている。目の前を通り過ぎていく人、人、人…。その人の波を何ともなしに眺めながら、待ち人を待ち続ける。昨日の帰りに言われた時刻は10時。

 

 そして、待ち合わせ場所は駅前のここ。待ち合わせ時刻よりも30分も早く着いてしまった俺は、人間観察をしながら待つ事にして、15分の時を無為に過ごしていた。

 

 前の世界で誰かが『待つ時間も楽しい』というような事を言っていたが、何が楽しいのか俺には今一つ理解出来ない。

 

 そして、俺の待ち人も「絶対にあたしより先に来ててね!絶対だよ!」としつこく言ってきたが、なぜ男が早くこなければならないのか、甚だ(はなはだ)理解に苦しむ。

 

 おそらく、こんな考えを女に聞かせようものなら、1時間2時間じゃ足りないくらい小言を言われるだろうから、この考えは絶対に口にはしない。

 

 そんな事を考えながらも、目では人の波を眺め続けている。この人の波の中から待ち人は出てくるのだろうか?それとも、違う所から来るのだろうか?そんな事を考えた瞬間、目の前がいきなり暗くなった。というか、目が圧迫された。

 

「だぁ〜れだ♪」

 

「……西野、目が痛ぇから離してくれ」

 

「もぅ〜こういう時は、『この声は…西野か?』とか言うんだよ、淳平君」

 

 目の圧迫がなくなった事で目を開く事が出来るようになり、後ろにいるだろう俺の待ち人である西野に体を向けた。

 

 そういうのは、漫画やアニメ、小説の中だけの話であって、実際はそんな事やってるような奴を俺は見た事がない。

 

「はいはい」

 

「はぁ…淳平君だもんね、仕方ないか。それじゃあ、改めて…おはよう淳平君。今日は楽しいデートにしようね♪」

 

 呆れた表情を一瞬だけ浮かべるが、直ぐに笑みを浮かべてくる西野。良く見ればいつもはしていない化粧を薄くしているのに気付いた。

 

 服も……タイトな黒のセーター、チェックのミニスカート、ロングブーツ、そしてキャメルのコートを上に着て、白いマフラーを巻いている。まぁ、簡単に言うと凄く似合っていて、凄く可愛い。だが、そのまま言うと俺が恥ずかしいので、少しだけボカして言う。

 

「お、おう…それから服、似合ってるぞ」

 

「へへ♪ありがとね♪」

 

 そっぽを向いてそれだけ言うが、西野にはお見通しなのだろう。二ヒヒっというような笑顔で俺を見てきたから何となく分かる。文句の一つも言いたいのだが、あまりにも罰が悪いので何も言えない。

 

 だから、最後の抵抗として西野を無視して歩き出す。西野が慌てて追って来て、眉を下げた笑みでごめんと言って来たので、歩の早さを緩めて並んで歩く事にする。

 

 デートは終始西野に連れまわされる事になった。

 

 服屋では女の下着売り場に連れて行かれそうになったり、アクセサリー店ではペアのが欲しいなぁとさり気無く言われたり、昼食のために入ったパスタ専門店でアーンをされそうになったり、ゲーセンではプリクラを撮って携帯に転送したと思ったら、東城に送ったと言われたり、ボウリングをしようと言ったと思ったら、やっぱりカラオケがしたいと言ってみたり……。

 

 とても疲れたが、とても楽しい一日だったと思う。

 

「うーん!!楽しかったぁ!!ありがとね淳平君」

 

「俺も楽しかったし、そう思ってくれたなら良かったよ」

 

 今は西野を家まで送っている途中で、時間も午後の6時だったりする。季節も冬という事もあり、辺りは真っ暗だ。いつもはこれより幾分か明るい時間帯に送っているので、不思議な感じがする。

 

「あぁ〜あ。なんで楽しい時間って早く終わっちゃうんだろ」

 

「そうだなぁ……」

 

 デートの余韻とも相まって、変な空気が俺達の間を流れる。ちらっと西野を見て見ると、白いマフラーに顔を沈めて風を凌いでいる。

 

「……ねぇ淳平君」

 

 タタッと急に小走りに前に行くと、俺が正面に来るように体を向けてくる西野。俺は歩を止めて西野に話を促した。

 

「どうした?」

 

「お願いって……絶対に一個だけ…かな?」

 

「…そういう約束だった気がするが…仕方ねぇな。特別にもう一個だけ聞いてやる」

 

 気付くと俺はそう口にしていた。俺は自分自身に驚いたが、西野も俺のその言葉には驚いたみたいで、一瞬だけ間が空く。両手を胸の前に持ってきてギュッと組んで俺に一歩近づいた。

 

「冗談っていうのは無しだよ?」

 

「そんな事言わねぇよ」

 

 さらにまた一歩近づく西野。付き合うとかそんなのじゃない限り、聞いてやるさ。

 

「絶対だよ?」

 

「おう」

 

 そして、遂に触れようと思えば触れる事が出来るところまで近づいた。そして、マフラーから顔を出して、俺の顔を下から覗いて来る。

 

「……なら、頭を撫でて」

 

「…は?」

 

「だからぁ、頭を撫でて欲しいって言ったの!」

 

「……それがお願いか?」

 

「そうだよっ!何か悪いっ!?」

 

 暗くて良く見えないが、おそらくは頬に朱を散らせながら、勢いに任せてそう言って来る西野。子どもみたいな西野……かなりレアだな。ま、頭撫でるくらいいいか。そう考えてから、西野の頭に手を置いて髪がぐしゃぐしゃにならないような強さで撫でる。

 

「……」

 

「〜〜♪」

 

 無言で撫で続けていると、笑みを浮かべている西野に気付く。こんなのが嬉しいのか?……女って不思議だな。そして、いつまでも撫で続けるのもなんなので、キリをつけて頭から手を離した。

 

「あれ?もうおしまい?」

 

「何分やってたと思ってんだよ。これくらいなら、いつでもしてやるから……ほら、帰るぞ」

 

「…うん♪」

 

 止まっていた歩を再開させて、まだ歩き出さない西野にそう言うと、西野は晴れやかな笑みを浮かべてタタタッと走ってくると俺の隣に来て再び並んで歩きだした。

 

 西野がしたこのお願いと、俺が不用意に言ったこの言葉が後に波乱を巻き起こす事になるのだが、それは近い未来の話である。

 

 翌日は東城とのデートだったが、昨日の西野とのデートと違って終始落ち着いた雰囲気で過ごす事になったが、ゲーセンへと行きプリクラを撮るのだけは昨日と同じで、携帯に転送したそれを西野に送るという昨日の西野と同じ行動をした東城は楽しそうだったと言っておく。

 

 ちなみに行ったところは、本屋と公園、さっきも行ったがゲーセンで、お昼はなんと東城の手作りだった。原作ではあまり上手じゃないと言っていたが、とても美味しく頂いた。あれは東城の謙遜だったのだと分かった。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

「あ!あった、あったよ!!」

 

「な……なかった…クソッ!」

 

「良かったよぉ…本当に良かったよぉ……」

 

 そこかしこで、泣いたり笑ったり悔しがったりと忙しくしている中、俺、東城、西野、小宮山、大草の五人は目の前にある掲示板に張られているモノに視線を向けていた。

 

 そう。今日は泉坂高校の合格発表の日なのだ。いきなり何日か飛んだような気がするが……気のせいだな。合格発表のこの日まで特に何もなかったので、気にしなくても良いと…あぁ、一つだけあったな。

 

 西野がデートの最後に言った『頭を撫でて』というお願いのせいで、男子生徒から殺気を浴びる事になった。これは別にどうって事はなかった。西野と仲が良いという事で既に同じようなモノを向けられていたからな。だが……だが、あの笑みだけは堪えた。

 

 それは、休み明けの月曜。昼休みに西野がいつも通り俺達のクラスに来て弁当を食べていた時だった。急に「さっきの時間の数学で、応用問題解けたんだよ。だから、頭撫でて?」と言って来たのは。俺はその時何も考えずに、西野の頭に手を伸ばして撫でてやったんだ。

 

 すると、それまで騒がしかった教室の音が無くなり、男子の殺気はその時に出て、俺が堪えた笑みもその時に出た。

 

「真中君……何…してるの?」

 

 正直、背中に冷たい汗が流れた。東城のあの笑みは……ヤバかった。俺は直ぐに西野の頭から手をどけて、後ろに持って行ったが遅かったらしく、その日一日東城からはその笑みしか向けられなかった。

 

 ……そんな事があったから、俺は今東城に頭が上がらない状態だ。少し前までは西野に頭が上がらなかったが、今度は東城とは……なぜか、原作より複雑になったような気がしないでもなかった。

 

 と、まぁ述べる事はそれくらいだ。掲示板の前にいた奴らがいなくなったようなので、俺達も確認してみようと思う。俺達の番号はそれぞれ154、155、156、157だ。

 

「小宮山が154で、真中が155、東城が156、西野が157だよな?俺が見てきてやるから、待ってろよ〜」

 

 そう言って掲示板の前に行くのは大草。あいつは推薦が決まっているから少しも躊躇いを見せない。

 

「あいつ、自分が推薦で決まってるからって……神様お願いです。俺につかさちゃんと甘い青春を過ごせる権利を…どうか……どうか!」

 

「あ、あはははは……」

 

「小宮山君、本気なんだねやっぱり…」

 

 俺の隣でそんな事を言っている三人。西野、お前俺が東城にあの顔を向けられてる時笑ってたよな?俺は覚えているからな。

 

「154…154…15……5?156、157。……小宮山…」

 

 やっぱり、5教科全部ズラして解答してたら、そうなるよな。ズーンという効果音が鳴ったような錯覚を覚えて横にいる小宮山を見て見ると…………両手両膝を地に付けて、ブツブツと呟いている姿があった。

 

「…あ!小宮山君小宮山君!こっち!」

 

「ほらっ立って!」

 

 と、そこに原作と同様に東城と西野が掲示板の横にあった小さな張り紙を見つけたようで、沈んでいる小宮山の手を取ってそこまで連れていく。

 

 俺と大草は、三人のあとを付いていくのも何なので、その場で待つ事にした。すると、よっしゃああああ!!!という雄叫びが上がり、俺と大草を含むその場にいる全員がその音源に視線を向けた。

 

 そして、そこにいたのは…両拳を天高く上げて涙を滝のように流して嬉しさを表現している小宮山がいた。

 

 やっぱり、こいつ大物だな…。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。