いちごの世界へ   作:うたわれな燕

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第十五話

 小宮山が雄叫びを上げるのは別に良い。だが、それは『俺達』に不利益をもたらさなければ、だ。小宮山は雄叫びを上げた後、俺と大草に抱きついてきた。涙と鼻水を垂れ流した顔を近づけてきた時は、大人気なくも殺意を抱いてしまった。

 

 そしてあろう事か、小宮山は東城と西野にも抱きつこうとしたものだから大変だった。何とかそれは西野のローキックで未遂に終わったが…。まぁ、そんな事があって、恥ずかしくなった俺達は小宮山を置いてその場から走って逃げる事になり、今は追いついてきたタコを交えて五人で歩いているところだ。

 

「それにしても良かったよな!全員合格しててよ」

 

「いや、お前補欠合格じゃん……」

 

 小宮山は晴れ晴れとした顔で馬鹿な事を言い出し、大草がそれに対して正しい突っ込みをいれる。俺はこの会話にはノータッチ。というか、東城と西野に抱きつこうとした小宮山に対してムカついているから話さないだけなんだがな。前にいる東城と西野の二人が、苦笑を浮かべて小宮山を見ている。

 

「ん?だから合格したろ?」

 

「はぁ……っんとにお前は馬鹿だな。補欠合格ってのは、合格した奴らの中で他の高校に行きたいって奴がいた場合にだけ合格扱いにするって事だよ」

 

「……つまり、どういう事だ?」

 

 こ、こいつ……大草がもの凄く簡単に説明したのに分かってないのか!?小宮山力也、こいつは近年稀にみる馬鹿だ。西野なんて呆れてるし、東城は……可哀想な人を見る目で小宮山を見ている。

 

「小宮山君は、まだ合格したわけじゃないって事だよ」

 

「つ、つかさちゃん?」

 

「西野さんの言う通りだけど、きっと小宮山君も合格出来るよ。……たぶん」

 

「と、東城……そうだよな!絶対合格してるよな!つかさちゃんびっくりさせないでよ〜」

 

 東城の小さく呟いた一言はどうやら小宮山の耳には聞こえていなかったようだ。タコは、西野に近寄りながら体をくねらせている。はっきり言ってキモい……。

 

 会話に加わらず、頭の中でいろいろ言いながら歩いていると、トントンと肩を軽く叩かれたので、ん?と叩かれた方に顔を向けて見ると、東城が眉を八の字にして笑みを浮かべていた。

 

「どうかしたか東城?」

 

「え、えっとね。真中君あんなに頑張って勉強して合格したのに、少しも嬉しそうにしていない気がして……」

 

「いや、嬉しいは嬉しいんだけどよ。あいつの事を考えると……な」

 

 あ……と俺の言葉に納得してくれたのか、東城は小宮山の方に顔を向ける。本当は、小宮山の行動に振り回されたせいなんだが・・・日本語って便利だよな本当に。けど、東城の顔を曇らせたままにしておくのも、な。

 

「大丈夫だって東城。あいつのこういう時の運って凄いんだぜ?」

 

「……フフ♪なら、きっと大丈夫だね」

 

 『ぜ』って何だよ……。まぁ、東城が笑ってくれているからいいか。困った顔をしている西野に話しかけている小宮山。それを笑いながら見ている大草。そして俺の隣でそれを笑顔で見ている東城。大草とはどうなるか分からないが、原作ではこれからも絡んでいく三人。

 

 そして、北大路さつきとまだ顔も見ていない外村を合わせた五人で高校生活を送る事になるだろう。まぁ、それはあと少し先の事。まずは、『真中淳平』が原作で卒業式にした珍事件を回避出来た事を喜ぶとしよう。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 合格発表から数日後。一ヶ月と少ししか通っていない泉坂中学を卒業する日となった。勿論、寝坊なんてせずに登校し、後輩から『卒業おめでとう』と書かれた花を付けてもらった。

 

「あぁ〜あ、まさか行く高校が決まらないまま卒業する事になるなんてなぁ……」

 

 と、ボヤいているのは小宮山だ。原作では『真中淳平』もボヤいていた気もするが、俺はちゃんと合格したのでそんな事はしない。そんな小宮山の背中を叩きながら慰めている大草の顔には、笑みがある。まぁ、あいつは式が終わった後の事を楽しみにしているだろうって事は何となく分かる。

 

 そして、同じクラスの東城は女友達数人に囲まれながら談笑している。あ、言い忘れていたが、この卒業式までの数日で東城は三つ編みとメガネをしなくなった。理由を聞いてみても、「ま、真中君は前の方が良い?」と訳が分からない事を言い出す始末。

 

 どうやら、西野が何かを言ったらしい事だけは掴んだが、西野にそれを聞こうにも、「女の子同士の秘密だよ♪」とはぐらかすばかり。

 

 俺としては、どちらの東城も好きだから別に良いわけだが、周りにいる男共がいつか暴走してしまうのではないか、と心配しているのも事実。

 

 それと合わさって、東城に告白する奴らがここ数日でワラワラと出てきたのだが、それをごめんなさいと一蹴しているところを見る限り、東城が西野に次いで学校のアイドルとなったのは言うまでもなかった。

 

 そして、そんな学校のアイドル二人と一緒に下校している俺に対する視線が、はっきりと殺意を孕み出したのもこの辺りからだった。

 

 大草が「背中には気をつけろよ」と言って来たが、本当に刺されるんじゃないかと戦々恐々していたのを知る奴は本人の俺だけだ。と、そんなこんなありつつ卒業の日を迎えたわけである。

 

 そこかしこで、友人達と会話をしている奴ら。内容は殆んどの奴らが「高校に行っても……」というお決まりのモノ。俺はそんな輪に加わらずに、廊下から見える桜の蕾に目を向ける。

 

 この世界に来て一ヶ月と少し。いつ元の世界に戻るのか、はたまたこのままずっと『真中淳平』のままなのか。はぁ……と溜め息を一つ溢していると、卒業生の皆さんは体育館に移動してください、というアナウンスが聞こえた。

 

「真中〜行くぞ」

 

「…おう」

 

 大草に声を掛けられて、体育館に足を向けて歩きだす。俺は今日中学を卒業する。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 恙無く(つつがなく)式は終わった。原作みたいに『真中淳平』の母がドーンと登場するでもなく、『真中淳平』つまりは俺が壇上から落ちるでもなく、それはそれはどこにでもある普通の式だった。

 

「くぅ〜!まじでダルかったなぁ〜。てか、校長とPTAの会長の話長過ぎだっつの」

 

「確かに長かったけどよ、式って普通ああいうもんじゃねぇの?」

 

「高校……泉坂高校…高校……」

 

 式が終わって、ゾロゾロと大草と小宮山の二人と話しながら歩いている。まぁ、話しているのは俺と大草の二人だけだが…とそんな時、「大草くん。ちょっと話が……」「いたいた!大草せんぱーい!!」という黄色い声が大草を連れて行ってしまい、話す相手がタコしかいなくなってしまった。

 

「だ、大丈夫だ小宮山。きっと今日の内に連絡あるって」

 

 内心めんどくせぇと思いながら、励ますようにして小宮山の背中を叩く。すると、それまで萎れていた小宮山が急に体を起こした。

 

「……俺、家に帰って電話掛けてくる」

 

「……は??」

 

 何言ってんだこいつ…と思っていると、小宮山はそのまま走って校門を出て行ってしまった。こ、こんな描写原作であったか?というか、放置されたのか俺?……俺も帰るか。東城と西野はきっと女友達と一緒に帰るだろうし。

 

 そう考えて、卒業証書が入った筒を肩でポンポンやっていたら、背中にもの凄い衝撃が走った。いや、背中だけではなくその衝撃は体全体に及び、危うく前に倒れそうになってしまった。

 

 何が…と後ろを振り向いて見ると……。二ヒヒといった笑みを浮かべた西野が背中に抱き付いている姿が目に入った。

 

「…………西野…」

 

「フフフ〜♪驚いた?つかさちゃんロケットだよ♪」

 

 一つも悪い事をしたと思っていないその笑顔。このやるせない怒りを向ける事は……俺には出来ない。矛先の見失った拳をわなわなと開き、なんとか怒りを静めることに成功する。

 

「淳平君を探してたら男子に囲まれそうになってさ〜。それでそれから逃げてたら偶然にも淳平君っぽい男の子が目に入って…思わず、ね♪」

 

「…成る程、よく分かった。だから、まずは俺から離れろ。後ろの奴らからの殺気が凄い事になってる…」

 

 そうなのだ。西野を追いかけていた奴らが俺と西野の5m後ろで殺気を放ちながら、距離を保っている。正直、この距離が怖い。西野が俺から離れた瞬間を狙っているのだと分かる。

 

 だが、西野が離れないとどんどん殺気が増加していくから尚タチが悪い。そして、その中には西野に告白して断られて更には俺が邪魔をしたボクサーのあいつもいたりするから、めんどくさい事この上ない。

 

「なぁ〜真中。お前つかさちゃんとどういう関係な訳?てか、まじ邪魔だから消えてくれね?」

 

「「「そうだよ!!消えろ!」」」

 

 原作でこんな不良的な奴らって出て来たか?……いや、出て来ていない筈だ。これも、俺が『真中淳平』じゃないからなのか?

 

「西野…お前が連れて来たんだから、あいつらを何とかしてくれ」

 

「えぇ〜?こういう時は、『西野、先に行ってろ。俺も後から追う』とか言うべきだと思うんだけどなぁ〜」

 

 こいつは……筒を持っていない方の手で顔を覆ってから溜め息を吐き出す。その間も、奴らの殺気は止まない。

 

「頼むって。今度何か奢るから」

 

「も〜仕方ないなぁ」

 

「おい!何俺らの事無視して話してんだよ!!」

 

 あぁ〜うるさい。俺が西野と話していると奴らがそうだそうだ、と騒ぎ立てる。そんな奴らの前に一歩近寄り、西野は腰に左手を当てて右手の人差し指をビシッと奴らの方に向けた。

 

「君達!他人に迷惑を掛けちゃ駄目だろ!それに、今日は卒業式で偉い人達も来てるんだから、悪い事してたら……分かるよね?」

 

「っく!!で、でも、俺達つかさちゃんが!」

 

 西野の言葉に一瞬詰まる奴らだったが、次の瞬間には自分達の想いを西野に伝えようとする。しかし、それも西野によって途中で止められてしまう。

 

「ストーップ!君達の想いは本当に、本当に、嬉しいんだけど……ごめんなさい。やっぱりその気持ちには応えられない」

 

「…そいつが、いるからなのか?」

 

 西野が頭を下げてきっぱりと奴らの想いを断ると、顔を伏せる奴、顔に手を当てる奴、隣にいる奴の胸を借りる奴と様々いたが、その中でただ一人あの時西野に手を上げようとしたボクサーだけが言葉を発した。

 

「うん。他の人達からしたら何で?って思うかもしれないけど、あたしにとってはとっても大事で、いつも隣にいたい人なんだ」

 

 西野がどんな顔をしてそんな事を言ったのか、後ろにいた俺には分からない。だが奴らには、ボクサーにはその顔が見えている。ボクサーは顔を一瞬だけ歪めたと思ったら、顔を上げて「そんな顔で、そんな事言われたら、引き下がるしかねぇじゃねぇかよ…」と呟いた。

 

 そして、その歪めた顔を引き締めて、他の奴らの方に顔を向けると小さく奴らにしか聞こえないくらいの声で何かを言い、次の瞬間には姿勢を正して俺というか、西野に対して頭を一斉に下げた。

 

「「「三年間、西野つかさが好きでした!!!そして、三年間ありがとうございました!!」」」

 

 小宮山の雄叫びなど可愛いモノとでも言うかのような、野太い声がその場に響き渡った。それは、決して嫌な気にさせるモノではなく、奴らの純粋な想いが籠ったその野太い声は、西野だけでなくきっとまだ校舎の内外にいた人達に綺麗に感じた事だろう。勿論、その一人には俺も含まれる。

 

「真中淳平!つかさちゃんを泣かせたら俺達が許さねぇからな!」

 

「そうだ!もし泣かせたら、絶対にお前を地の果てまで追いかけて、血祭りに上げてやるからそのつもりでいろよ!!」

 

「つかさちゃん…うぅ……」

 

 奴らは、頭を上げると口々に俺に対して言って来たが、そのどれもがいつも受けていた殺意の孕んだモノではない事に、俺は気付いていた。中には泣いている奴もいたが、それも他の奴が励まして、背を向けて去って行く。

 

 最後に、あのボクサーが俺に近寄ってくるとさすがに西野が不安になったのか、俺とボクサーの間にキョロキョロと目を走らせた。

 

「お前だろ?あの時、俺の邪魔をしたの」

 

「…まぁ、嘘を言っても仕方ないし……そうだよ。あの時お前の邪魔をしたのは俺だ」

 

「はぁ……本当にムカつく野郎だ。誤魔化しもしねぇし、俺の目から逸らしもしねぇしな」

 

 ボクサーはそう言うと、ビュッと左拳を俺の顔スレスレで止めた。所謂(いわゆる)寸止めってやつだ。

 

「……俺のジャブが飛んで来ても目を閉じねぇのかよ。はぁ…こりゃ本当に諦めねぇと駄目みたいだな。おい、真中。本当につかさちゃんを泣かせるんじゃねぇぞ。ちらっとでも、そんな事が俺の耳に届いた時は……殺すからな」

 

 いやいや、急にそんなことされてびっくりしただけなんだが…それに内心冷や汗でいっぱいだ。だから、ゴクッと唾液を飲むのだけは許して欲しい。前の世界でも喧嘩沙汰とは無縁の生活を送っていた奴が、現役ボクサーにケンカを売るとか……ただの馬鹿だな。

 

「……じゃあな。つかさちゃん、この間は…その…ごめん。……それじゃ」

 

 ボクサーは背を向けて、最後に西野に背中越しにそう言うと走り去ってしまった。というか、卒業式の珍事件を回避したと思ったら、何か更に濃いイベントが起こった気がするんだが……これは、あれだな。

 

 これからも、原作とは違うイベントが起こるかもしれないということだな。…心の準備だけはさせて欲しいと思う俺は間違っていない筈…。

 

「ふぅ…なんだか、凄い事になっちゃったね」

 

 西野が一仕事終えたような顔で、そんな事を言って来る。はぁ…全く…。

 

「確かに、『凄い事』になったな」

 

 顔に片手を当てて、溜め息を一つ。西野を泣かせたらあいつらが俺を殺しにくるとか……めんどくさ。

 

「まぁまぁ。そんなに溜め息ばかり吐いてたら、幸せが飛んでっちゃうよ?」

 

 指の隙間から西野を見てみると、両手を後ろに回して少し前かがみになって俺を見ているのに気付く。

 

「……」

 

「もぅ、無視すんな〜!」

 

 何となく…何となくだが、原作で『真中淳平』がこいつを好きになった気持ちが、何となく分かったような気がする。まぁ、気がするだけだが、な。

 

「はいはい、悪い悪い。というか、西野。クラスの奴らとはもういいのか?」

 

「ぶぅ〜〜……クラスの子達とはさっきおしゃべりしてきたから大丈夫だよ。だから、今日もお家までよろしく♪」

 

 ピシッと前かがみの状態で、右手で敬礼の真似ごとをして歯を見せて笑う西野。いちいち、可愛い仕草しなくていいってのにこいつは…。

 


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