いちごの世界へ   作:うたわれな燕

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第三話

 西野に捕まり?昼食を食べ損ねた俺は、教室に向かいながら急いで食べる事になった。

 

 その教室へと戻る際に「私、2組の西野つかさ。君は?」なんていう自己紹介イベントが起こる事になったのは言うまでもない…。

 

 不本意だが、ここは『いちご100%』の世界。そして、この身体は『真中淳平』のモノ。ならここは……「4組の『真中淳平』だけど…」と名乗るしかない。

 

 「へぇ〜君が真中君かぁ〜」なんていう意味深な呟きを西野は吐いたかと思うと、何を思ったか知らないが……。

 

 俺が歩きながら食べていたカツサンドにパクついたかと思うと、そのまま俺のカツサンドを口に咥えたままあの何人も笑顔にしてしまう笑顔を浮かべて、廊下を走って行ってしまった。

 

「俺のカツサンド……」

 

 まだ半分以上残っていたカツサンドを西野に持って行かれた事に若干イラつきながら、残っていたもう一つのコロッケパンに齧り付き、四組の教室に入る。

 

 すると大草と小宮山に「何で教室に来なかったんだ?」という顔で見られてしまった。

 

 イライラしていた事も手伝い、5時間目もそろそろ始まってしまう時間のため、片手で『すまん』というジェスチャーで応えから、俺は自分の席に着いて手に持っていた最後の一口となったコロッケパンを口の中に放り込んだ。

 

 5時間目は社会、歴史の授業。歴史は得意科目の一つだったから、多少は楽が出来ると思う。それに…。

 

 斜め横で席についている東城を見ると、数時間前と変わらぬ文庫本を読んでいる姿がそこにあった。

 

 3時間目と4時間目、そしてこの学校に来るまでに考えていた事は、俺が『真中淳平』に本当になっているなら、東城を幸せにしたいというモノ。

 

 『いちご100%』の設定では、東城は夢のパートナーで西野が恋のパートナーとある。だがそれは間違いだと俺は思う。

 

 男女が夢だけのパートナーでいられる訳がない。恋が生まれない訳がない。

 

 恋が生まれなかったのは、『真中淳平』に西野という別の恋のパートナーがいたからなのだ。

 

 俺は中学、高校と西野が好きだった。なぜなら、女性キャラクターの中で一番可愛いと当時感じていたからだ。

 

 だが昨日の夜、『いちご100%』を読破して思ったのは、東城こそ真中の恋人に相応しかったんじゃないか、というモノだった。

 

 だがそれは、俺が一読者としてだったから言える事であるし、俺の考えであるからだ。でも、今は違う。

 

 『俺』が『真中淳平』になっているんだから。なら、俺がこの物語をどうしようと、どう変えようと、『俺』の自由なわけだ。

 

 『コレ』が夢なのか、俺がおかしくなったのか、それは今現在でも分からない。でも、夢なら夢で良い。

 

 俺は『東城』を幸せにしたいのだから。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 5時間目、6時間目と授業は進みやっと放課後になった。大草と小宮山の二人と少し話をし、西野が教室に来る前に西野のクラスへと向かう。

 

 というのも、昼休みに一緒に帰る云々の話が気に掛ったからだ。俺は確かに女友達数人と帰れと言ったが、西野のあの様子からして俺の話を聞いていたか不安になったからである。

 

 さらに西野が俺の教室に来たら…分かると思うが、西野はこの泉坂中学のアイドルだ。そんな奴が平平凡々の俺に話しかける…想像しただけで鬱になる。

 

 俺が2組の教室に着くという所で、ドアからダダッと飛び出てくる金色が目に飛び込んできたかと思うと、その金色は俺に体当たりを仕掛けてきた。

 

 それを辛うじて受け止める事に成功し、何がぶつかって来たのか確認しようとしたところで、その場の雰囲気が変わっていることに気付いた。

 

「おい、あいつ4組の真中じゃね?」

 

「だよな?何であいつがこんなとこにいるんだよ」

 

「あぁ、それにつかさちゃんにぶつかっておいて何にも無しとか…ふざけてんのか?」

 

「西野さん、可哀想…」

 

 あぁ…と、これは……。

 

「やっほ♪待ちくたびれて出て来ちゃった」

 

 はははは…西野、お前何してくれてやがんだよ、おい。

 

「まずは、頼むから離れてくれ。…俺がこいつらに殺される……」

 

「えぇ〜…ちぇ、仕方ない。じゃ、行こっか」

 

 西野は俺から離れると可愛く舌をベッと出し、俺の腕を取ってずんずんと廊下を進んで行く。

 

 その途中、その場で固まる生徒の多い事多い事。これ、現代版モーセの十戒か?

 

 てか、待て待て。俺はこのまま帰るつもりはねぇっての。

 

「西野、ちょっと待てって。俺はお前と帰るつもりで2組に行ったんじゃない」

 

「ん?じゃあ何で2組に来たの?てか、送ってくれるって言ったじゃん」

 

 いや、いつ俺がそんな事言ったよ。あの時俺は無言を貫いた筈だ。というか、いい加減この腕を離せって。周りの奴らの俺を見る目が怖いのなんのって…。

 

「西野、まずはこの腕を離してくれ……頼む。それに俺は一言もお前を送るとは言ってないぞ?」

 

「さっき離れてって言ったと思ったら、今度は腕を離せ〜なんて…他の男の子なら泣いて喜ぶ筈なんだけどなぁ〜」

 

 …こいつ、俺が言った後半を無視しやがった。

 

「『他の奴』なら多分そうなんだろうけどよ…。いや、俺も嬉しいっちゃ嬉しいんだが、こいつらの目があるからな……それから俺はお前を送れないぞ。この後少し用があるから」

 

「ぶぅ〜……君って他の子と違うよね。昼休みの時も、あんな怖い子に絡まれてるあたしを助けてくれたし……。ね?何でなの?」

 

「……目の前で助けを求めてる女の子がいたら、男なら普通は助けるだろ?」

 

 西野は俺のその言葉を聞くと、俺の顔を真っすぐ見て来た。それに恥ずかしがる事もなく俺はこいつの目から逸らす事をしなかった。

 

「………うん。やっぱり君は面白いね。決めた。私は君と付き合う。うん、絶対決めた」

 

 ………………はぁ????こいつは今何を言った?付き合う??俺と????何を根拠に言ってるんだこいつは?

 

「いやいやいや、お前何言ってるのか、分かってんのか?こんな所でそんな事言ったらそれこそ、まじで噂になるだろうが……。それに、俺はお前と付き合えない。…この後、俺は用があるからそろそろ行くけど…。西野、お前は絶対に一人で帰るなよ。友達だってまだいる筈だし、その子達と一緒に帰れって。それじゃあ、俺は行くぞ。じゃあな」

 

 そう言って、俺は西野に背を向けて歩き出した。向かう先は、東城がいるであろう『屋上』だ。

 

 後ろの方で、西野が何か言っていたが、俺の意識は既に屋上にいるであろう東城に向いていたから、それに気付かなかった。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 屋上に続く階段を上って行く。その途中には、立入禁止と書かれたチェーンがあったが、そんなものは当然無視する。

 

 そして、屋上に続く重いドアを開け放つと、そこには綺麗な夕焼け空が広がっていた。

 

「あぁ…自分の目で見るここからの夕焼けはこんなにも綺麗なんだな…」

 

 そんな言葉が自然と口から洩れる。と、俺の呟きが聞こえたのか、慌てたような声が上から降ってくる。

 

「え?だ、誰??」

 

 やっぱりここにいたんだな、東城。俺は君に会いにここに来たんだ。

 

「4組の『真中淳平』だけど、誰かいるのか?」

 

 声の主が誰か分かってはいるが、それを口にはしない。

 

 俺こと『真中淳平』と『東城綾』は、この時点では話した事もなければ友達でもないのだから。

 

 だがそれも…この時からは違う。

 

「ま、真中君!?キャンッ!」

 

 そして、可愛い叫び声を上げて上から『落ちてくる』のは東城綾……って落ちてくる??

 

 上を見てみると、スカートを抑えることもせず、両手を上に上げて落ちてくる東城がいた。

 

 また、俺の目には『いちごパンツ』が近づいてきているようにも感じられた。

 

 時期がそうかもしれないと思っていたが…まさか、原作はじまりの日だとはな。お陰で良いモノが見られたからいいんだが…。

 

「っと…大丈夫か?」

 

「え、えと、その……ありがとう、助けてくれて」

 

 俺は落ちてくる東城を両腕を広げて捕まえて、地に降ろしてやる。すると、頬を真っ赤に染めた東城が恥ずかしそうに俯いたまま、俺に礼を述べてきた。

 

「いいよ。でも、何で上から落ちてきたんだ?」

 

「そ、それは…誰にも言わない?」

 

「言わねぇよ。でも、それはお前が誰かを先に教えてくれたらかな。お前は俺の事を知ってるみたいだけど、俺はお前の事を知らないからさ」

 

 そう。まだ東城は俺に自分の名前を教えていない。それなのに、東城だとすぐに分かるのはいくらなんでもおかしいからな。

 

「あっ!そういえば私今メガネも髪を編んでないんだった…えっと、私は真中君と同じ4組の『東城綾』です。えと、さっきも言ったけど、助けてくれてありがとう、真中君!」

 

 東城は自分の顔と髪に手をやって仕舞ったというような顔をしたあと、首を少し傾げて舌を出し、俺に自分の名前を教えてくれた。

 

 その時の東城の顔は……俺が今まで生きてきた中で見た笑顔の中で一番綺麗だったと、それだけ言っておく。

 

「東城…か。随分と雰囲気が変わるんだなぁ…。いつもの姿も良いと思うけど、俺はそっちの方も良いと思うぞ」

 

「えぇえええッ!?そ、そそそそんな事…」

 

「そんな事あるって。東城は自分の容姿に気付いてないのか?」

 

「あうぅぅぅ…」

 

 顔を真っ赤にしてしまう東城をよそに、俺は東城が忘れたと思うノートを回収するために、後ろのドアの上に続く、壁に付いている梯子を上っていく。

 

 立入禁止の屋上で、尚且つこの梯子を上って小説を書くなんて…東城も結構行動力あるよな。

 

「ま、真中君??」

 

 東城はいきなり俺が上に上っていくのを不思議に思ったのか、小首を傾げて俺を見てくる。

 

 それに、苦笑しながら上り切り、目当てのノートを手に取って一気にそこから飛び降りた。

 

「ッと、ほらコレ。東城のじゃないのか?」

 

「あ!!うん、それ私の…でも、何でこれが上にあるって…」

 

「あぁ、上を見て見たらノートの端っこの部分が見えて、これは東城が忘れたのかなと思ってな」

 

 そう言うと、「ほぇぇ…真中君って視力良いんだねぇ…」とちょっとズレた事を呟く東城。それが東城らしいと思えるし、東城の魅力だと思う。

 

 それに…俺がそれに気づけたのは原作の知識があってこそなんだ。それがなかったらそのノートを回収する事も、こうして東城に会いに来る事も出来なかったんだから。

 

「もうすぐ日が暮れそうだけど…一緒に帰るか?暗い道を女の子が一人で歩いていたら危険だし、送って行くよ」

 

「え!?で、でもそれは悪いって言うか、なんて言うか、ほ、ほら私って、真中君の家と反対方向だし」

 

「俺がそれでも良いって言ってもか?」

 

「えと、んと、その……お、お願いします」

 

 東城からの返事に「おう」とだけ返して、俺は自分の鞄を背に担いでドアを開ける。

 

「お先にどうぞ」

 

「はぅ…あ、ありがとう」

 

 そして、屋上のドアを閉めてから俺達は並んで階段を下りて行く。

 

 原作では、東城をそのまま帰してしまった『真中』はいちごパンツの女の子を探す事になるが、俺はこのまま東城を東城の家まで送ってやるつもりだ。

 

 俺の事を東城が好きになってくれるのか、それは分からない。だが、この子を幸せにしてやりたい。俺はそう思う。

 

 だが、東城。俺の家とお前の家が反対方向って、なんで知ってるんだ?

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 東城と話しながら下駄箱で靴を履き替えて、生徒用玄関を出て行く。

 

 話す内容は、文庫本は何を読んでいるのか、どんなストーリーの物がいいか、この文庫を読んだ事があるか等々、多岐に渡った。

 

 東城も俺が本に興味があるとは思わなかったようで、話す度に俺達は仲良くなっていくのが分かった。

 

 それが、どうして分かるのか。それは、東城の顔に浮かんでいるのが自然の笑みだったからだ。

 

 自分が読んでいたモノを他人が読んでいると知れば、それについて語りあいたくなるのが人の気持ちというものだと俺は思う。

 

 だから、こうして話す俺達は本当に楽しくて、いつまでもこの時間が続けばいいと思っていた。だが、それは一人の人物によって砕かれる。

 

「おっそぉおい。遅くなるなら遅くなるって言ってよ、淳平君!」

 

「……どうして、お前がここにいるんだ、西野?」

 

「西野さん??」

 

 そう、俺と東城が校門を通り過ぎようとして、横から現れたのは西野つかさその人だった。

 


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