いちごの世界へ   作:うたわれな燕

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第六話

 そしてそんな勉強会はテストの前日まで続き、俺達はテスト当日を迎えた。

 

「大丈夫だ…ブツブツ…あんなに勉強したんだから……ブツブツ」

 

「小宮山君…大丈夫なのかしら?何だか、いつもより暗い気が…」

 

「あぁ、大丈夫大丈夫。あいつは、テストの日はいつもあぁだから」

 

 自分の席でブツブツ言ってる小宮山を、俺と東城それから大草の三人は見ていた。あれは、本当に大丈夫なのか?俺には今から処刑台に向かう囚人のように見えるんだが…。

 

「てか、真中。俺はお前にびっくりしてんだけど」

 

「なんだよ突然…俺は何もしてないぞ?」

 

 大草は俺の前の席に着くと、横を向いて足を組んで俺に話しかけてくる。こいつって顔がいいから、こんな格好も様になるんだよな…羨ましくなんてねぇぞ。

 

「いやいやいや、勉強会の時にも思ったけど、お前ってそんなに頭良かったか?いつも、小宮山と同じ…とはいかないけどさ、単語帳出して悪あがきしてたじゃんか」

 

 あぁ、成る程。こいつは、『真中淳平』の頭がいきなり良くなった事にびっくりしてんのか。

 

 それは、『中身』が違うんだから当たり前。俺は大学に通っていたし、もう一月(ひとつき)で会社に入社するっていう予定だったんだ。中学の勉強が出来ないわけがない。

 

 だが、それを言うわけにはいかないから、ここは上手く誤魔化すしかないな。

 

「俺達だってもう少しで受験なんだ。勉強しないとって思うのは当然じゃねぇの?てか、大草みたいに推薦が決まってないからな、俺は」

 

 俺がそう言うと、何か釈然としない顔をしていた大草だったが、「…そっか。まぁ、今から勉強したからって間に合うか分かんねえけど、頑張れよ」と言って、イケメン特有の笑みを俺に向けてきた。

 

「…真中君はどこを受験するつもりなの?」

 

 俺が大草のその笑みに苦笑で以って応えていると、東城が小さくもはっきりとした口調で俺にそう聞いてきた。

 

「俺は、一応だけど泉坂高校かな。偏差値はそこそこ高いけど、今から勉強すれば十分間に合うと思う」

 

「…泉坂高校かぁ…受験先変えようかな……うん。それじゃ、私も自分の席に戻るね。お互いテスト頑張ろうね、大草君も」

 

 東城は、最初俺にも聞こえない声で呟いたかと思うと、次の瞬間には笑みを浮かべて自分の席に戻って行った。

 

 それを見送った後、俺はまだ正面にいた大草に、「お前も自分の席に戻れよ」と言って、テストが始まるまで窓の向こうに見える空に顔を向けた。

 

 今日は……快晴か。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 ふぅ……。今日、最後のテスト(俺の苦手な数学)が終わった。苦手な教科だが、二回目の中学生のテストだ。

 

 ある程度、テストに出そうな所は分かっていたから、その部分を重点的にやったお陰で、全部の解答欄をうめる事が出来た。

 

 小宮山とかの頭悪い組にとって、俺のこの状況は大変ズルいモノだと思うが、こっちだって何が楽しくて中学生をやり直さなければならないのかと思っているんだから、勘弁してほしい。

 

 …とにかく、今日のテストは終わった。あとは、明日と明後日を乗り切るだけだ。

 

 俺の元いた『世界』の学校では、テストは2回に分かれて行われていたが、この『世界』では3回に分かれてテストは行われるらしく、この三日間は午前で放課だったりする。

 

 午後の時間をどう使うのか、それは生徒の自由らしいが、俺は明日のテスト勉強に使おうと思う。

 

 泉坂高校の偏差値は俺が元の『世界』で受けた高校よりも低いモノだが、油断は禁物。

 

 補欠合格などしないためにも、今から少しでも中学の範囲を勉強し直さなければならないと俺は考えている。考えているのだが……。

 

「淳平君はどこに入りたい?私はあそこのドーナッツが食べたいなぁ♪東城さんはどう?」

 

「私は真中君が入りたい所でいいよ」

 

「……はぁ…なら、西野が言ったそこに入ろう」

 

 西野がやったぁとか言って、東城の手を引っ張って店に入って行く。それにまた溜め息を一つ出して、俺も二人の後を追って店に入る。

 

 なんでこんな事になっているかというと……。

 

 テストが終わり、一息吐いていた所に金色の弾丸よろしく西野が4組の教室に文字通り、『飛び込んで』きた。

 

 それに驚く奴もここ2週間でいなくなり、今では恒例なモノになりつつある。それはここ2週間程、同じ光景がここ4組で見られているからだ。

 

 「何か食べに行こうよ!」と、言って俺の腕を掴む西野。そして、まだ帰りの準備が終わっていない東城の所に俺の手を引っ張って行き、東城の腕も掴んで教室から出て行く。

 

 「あ、あの西野さん?」「………」そんな俺達というか東城の言葉を無視して……。

 

 と、そんな事があったせいで、三人でドーナッツを食べる事になった。まぁ、この西野の暴走??は今日に始まった事ではないから、俺も東城も既に慣れ始めていたりする。

 

 というのも、西野はことある度に放課後の勉強会が終わった後、俺と東城を誘ってこうして食べ歩きに来ている。

 

 …まぁ、俺がこうして二人というか、西野と行動していても男子の怒りを買わないでいるのは、大草と小宮山のお陰だったりする。あれは、一週間前の事だ。

 

 何でも、俺が2組のクラスに行った時に、西野の『付き合う』発言を聞いた奴らがその日、『有り難く』もその噂を流して下さったらしく、俺はその翌日から全校の男子に敵意の目で見られていたらしい。

 

 そのせいで俺は、その日から一週間くらい軽い虐めを受けていた。(正直ガキ臭くて怒る気にもならなかった)

 

 そして、一週間も過ぎたあたりからその虐めが無くなった。それを不思議に思い、クラスの男に聞いてみると、こんな事を言ってくれたのだ。

 

「ん?なんだ、その事か。ある奴から聞いた話によると、『4組に東城って奴いるじゃん?そいつと西野が仲良くなったから4組に行ってて、真中とは東城を通して仲が良いだけらしい』って事らしいからさ。いやぁ良かったよ真中、お前は俺達を裏切っていなかった」

 

 ……は?誰がそんな事を……そう思って後ろを振り返ってみると、大草と小宮山が俺に向けてサムズアップしているのを見つけた。……こいつらのお陰って事か?

 

 この二人のお陰で、俺が西野と付き合っていないと分かった奴らが、俺に何のちょっかいも掛けて来なくなったのは、正直助かるが……。

 

 二人に何を請求されるか、それが怖い。

 

 と、まぁそんな事があり……凄く不本意だが、大草と小宮山の『ため』に、二人が西野と一緒にどこかに遊びに行けるように話をする事になった。

 

 西野がそれにOKを出すかそれは分からない。俺は西野に話を『する』だけなんだから。まぁ、無理そうなら俺と東城が一緒だと言えば、西野は首を縦に振ると思うけど……。

 

「…真中君、何か考え事?」

 

「ん?いや、何でもねぇよ。それより二人とも、何食べるか決めたか?」

 

 今日はなぜか俺が奢らなくてはいけなくなった。まぁ、奢る事に関しては何も文句はないが、『なぜ』と思ってしまうは仕方ないと思う。

 

「う〜ん…決めた!私はこのセットにする。東城さんもこれにしちゃえば?」

 

 おいおい、一番高いのかよ!ホント、このアイドルは遠慮をする事を知らない。

 

 東城は、俺に顔を向けて【いいの?】と目で聞いてきた。この文学少女は遠慮をし過ぎるし…はぁ……本当に、全く正反対の性格だよなこの二人。

 

「東城、こんな時は西野を見習って遠慮しないもんだぞ。まぁ、西野の場合、少しは遠慮する事を覚えた方がいいと思うけどな」

 

 ひど〜い!とか言って笑っている西野に苦笑して、東城に笑みを向けてから、「俺はコーヒーを、二人にはセットを」と店員に頼んで、二人に席を取って来るように言って俺は壁に背を預ける。

 

 東城は俺に【ありがとう】と口パクで言うと、西野の後ろを付いて行く。

 

 『真中淳平』になって2週間と少し、俺はこの状況を楽しんでいる自分に気付く。

 

「お待たせしました。コーヒーとセット二つのお客様」と店員の呼ぶ声で、その商品を受け取って二人がいる所に向かう。

 

「こっちだよ!こっち!」

 

「真中く〜ん!」

 

 そんな呼ばなくても、分かるっての。

 

 元気いっぱいの笑みを浮かべる、学校のアイドル、西野つかさ。

 

 照れているのを隠しながら笑みを浮かべる、隠れ美少女、東城綾。

 

 東城を幸せにしたいという考えは今でも変わらない。でも、西野ってやっぱり可愛いんだと感じているのも確かだ。

 

 ……真中淳平が揺れたのも頷けるよ、本当に。

 

 高校に入れば、北大路さつきにも会う事になる。

 

 ……はぁ…本当に『幸せ者』の悩みって奴だよな。

 


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