いちごの世界へ   作:うたわれな燕

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第八話

「よっしゃあああああ!!!やっと地獄が終わったぜぇええええ!!!」

 

 煩いぞ、小宮山。お前の気持ちは痛いほどよく分かるが、その声のデカさだけは許容出来ん。小宮山は最後のテストが終わるのと同時に椅子から立つと机に片足を乗せてそう雄叫びを上げた。

 

 そんな小宮山に醒めた目を送るクラスの奴ら。俺も例に洩れず醒めた目を向けているし、大草も呆れたような顔をしている。更に、あの東城ですら苦笑を浮かべているんだから相当だ。

 

「こ、小宮山君嬉しそうだね……」

 

「今回はいつにもまして勉強してたからな。まぁ、『アレ』はやり過ぎな感じだけど……」

 

 東城と大草が小宮山に目をやりながら俺の席の所に寄って来る。その二人に合わせるように俺も口を開いた。

 

「気持ちは分かるけど、『アレ』はな……ところで、テストはどうだった?」

 

 最後のテストは英語。俺は得意でも不得意でもない科目だが、小宮山にとっては大嫌いなテストだったようだ。まぁ、それであんなテンションなんだろうが、少しは周りに気を配った方が良いと思うんだが…。

 

「えっと、私はそれなりかな」

 

「俺は赤点取らなきゃ良いから適当にって感じだ。そう言う真中はどうなんだ?」

 

「俺も東城と同じでそれなりに解けたかな。まぁ、テストが返ってきてからのお楽しみって事だ」

 

 俺のその返答に大草はフュ〜と口笛を吹く。『真中』って原作を読んで分かっていた事だが、本当に頭が悪かったようだ。これは、マズッたか?いや、そんな事を考えてももう遅い。高校に上がれば自然と大草とも離れて行くだろうし、それまでは我慢しておくか。小宮山は馬鹿だから気付かないだろうしな。

 

「真中が『それなり』ねぇ〜」

 

 大草はそう言うと俺の額に手を当てて、空いている方の手で自分の額に手を当てた。……熱なんてねぇよ。

 

「……熱はないな。あんまりおかしな事ばっかり言ってると、小宮山みたいになっちまうぞ」

 

「うるせぇよ」

 

 横を見てみると東城がクスクスと笑っているのが目に入って来る。どうやら、俺と大草の話を聞いていて面白くなったみたいだ。俺はちっとも面白くないんだが…。

 

 と、そんな事をやっていると担任の先生が教室のドアを開けて入って来た。それに、慌てて自分の席に戻る大草と東城。他のクラスの奴らも友達と駄弁っていたから急いで自分の席に戻る。そんな中、一人だけまだ自分の世界にいる奴が…。

 

「小宮山…」

 

「げへへへ、この後はつかさちゃんと……ん?げ!?せ、先生!!」

 

「……机に乗せている足を退けて、席に着け。俺はお前がこのまま高校に上がると思うと心配でならんよ…」

 

「す、すいません……」

 

 担任の気持ちも分かる。こんなアホを高校に上げでもしたら……泉坂中学の恥だと思う。…小宮山もやっと自分の席に着き、担任からの連絡事項を聞いて放課となる。今日は、勉強会あるんだろうか。はたまた無しのままなのか。……ま、どうせ西野が決めるんだろうけどな。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 そして、放課後……。俺の予感は的中し、俺は今西野に連れられてゲーセンに来ている。もちろん、俺の他にも東城はいるし、大草と小宮山も一緒だ。まぁ、ゲーセンに入って早々にバラバラになったが…。

 

「ねね、今度はこれやろうよ♪」

 

「え、えっとこれ?」

 

 俺の前では西野が東城とシューティングゲームを始めようとしている。俺はそれを長椅子に座って見ているという訳だ。大草は他の中学生か高校生だろうと思われる女達に逆ナンされてどっかに行き、小宮山は格ゲーに夢中になっている。

 

「この銃を使ってゾンビを倒すんだよ、東城さん。って、始まるよ!」

 

「ぞ、ゾンビって…私怖いの苦手……」

 

 東城のそんな意見を聞かなかった事にして始まる『ゾンビ殺し』。まぁ、正式な名前はあるんだが、それは妙に長ったらしいので俺の方で略した。まぁ、間違ってはいないから大丈夫だろう。

 

「よっ!ほっ!東城さんそこで屈んで!!」

 

「え!?屈む?どうやって……キャァアアア!!!来ないでぇえええええ!!!!!!」

 

 西野は軽快に一匹ずつゾンビを倒して行くが、東城はめちゃくちゃに銃のトリガーを引きまくる。本当なら弾が無くなる筈なのだが、『めちゃくちゃ』に押しているので弾は直ぐに補充され、西野の援護役としてこれでもかと言うくらい活躍している。

 

「東城さん、その調子で援護しまくって!」

 

「キャァアアアァアアア!!!!」

 

 ……そして、気付けば俺の周りに人、人、人。まぁ、こんなめちゃくちゃにしていて、どんどんステージをクリアしていくんだから当然とも言える。だが、この人の多さは勘弁して欲しい。俺は座っていられなくなり、二人の直ぐ傍で見る羽目になっている。

 

「初めてここまで来た……いよいよ、最後の敵だよ、東城さん!」

 

「も、もう嫌だよぉ…」

 

 半分泣いているだろう東城に顔を向けずに嬉々として顔を輝かせているだろう西野。そんな二人の後ろからは、声援が飛んでいる。まぁ、時折ウザい声(西野に声を掛けている男の声)が飛ぶがそれを完全無視する二人。

 

 声優ネタとして、西野に某商会の二挺拳銃よろしくFuck!!もしくは超時空要塞のゼントさんみたいにミシェル!!とか言って貰いたい俺がいるのだが、それをされると今度は西野を西野として見られなくなるから、やはり駄目だな。

 

 そして、それから数分……画面いっぱいにエンドロールが流れてやっと俺の方に身体を向けてくれる二人。

 

「ん〜〜気持ち良かったぁ!!いっぱい遊んだから疲れたし、ちょっと休憩しない?」

 

「……ゾンビが…ゾンビが……」

 

 西野は両手を解しながら俺の隣へ。東城はブツブツとそう呟きながら俺の制服の袖を掴んでくる。対照的な二人に溜息と苦笑の両方をしてから、人垣を避けながら進んで行く。東城はゲームしている間にセットしていた髪が崩れて前髪が落ちて来ていた。そのせいか、周りにいた奴らの中から東城に声を掛けてくる奴もいたが、それらを完全無視して進んで行く俺達。

 

「俺は賛成だ。東城もこんなだしな。大草と小宮山は……どこにいるのか分からないな」

 

「なら、そこらで休憩して待ってよっか。喉も乾いたからジュース飲みたいし」

 

 西野のその言葉に東城は頷きだけで応えると、俺の袖を掴んでフラフラの足取りながらも付いて来る。お疲れさん東城。ゆっくり休みな。

 

 そして、休憩が出来る所を見つけた俺達は東城が復活するまで休憩し、その後はクレーンゲームやプリクラなどをして遊んだ。東城は前髪が崩れたから直してくると言ったが、それを西野が許すはずもなく、そっちの方が可愛いよと言ってそのままにさせた。当然、東城は頬を染めていたし、俺もそっちの方が可愛いと言っておいた。

 

 クレーンゲームは、西野に取って欲しいモノがあると言われ、1500円使って取ったのは笑点のマークが付いたバスタオル。何でも、笑点のファンだからだそうだが、学校のアイドルが笑点のファン…天は二物を与えないというのは本当のようだ。

 

 東城には、イチゴのクッションを取ってあげた。これも西野と同じ1500円目で取れたから、どっちにも角が立たなかったのは良かったのか?まぁ、そんな感じであとはプリクラな訳だが、小宮山達を待ってからと言う俺の意見を無視して進んで行く二人。そう、あの東城でさえも俺のその言葉を無視して進んで行った。どうやら、この世界の東城は原作の東城よりも行動力があるらしい。

 

 三人で入ったプリクラの中は……狭いような、そうでないような微妙な広さだった。俺を真ん中にして西野は左側、東城は右側に。そして、シャッター?が何度も切られていった。西野はその都度ポーズを変えて、東城も西野にならって頬を赤らめながらポーズを取っていく。俺は、無難に笑みを浮かべて……。

 

 そして、最後のシャッターが切られようとした瞬間、西野は俺の左腕を、東城は俺の右腕を、それぞれ掴み俺に身体を密着させてきた。これには俺もさすがに緊張しない訳にもいかず、そのままシャッターは切られた。

 

 その後は、赤面する俺と東城を他所に、プリクラに悪戯書きをする西野だったが、最後に取った写真には『仲良し三人組み』と書いただけだった。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 そして、泉坂高校の受験日まで1週間を過ぎたある日……。

 

「…悪い、もう一回言ってくれ……」

 

 幻聴が聞こえたんだ。そうだ。そうに違いない。

 

「もう!何で一回で聞きとらないかなぁ〜仕方ない、もう一回だけだからね!」

 

 片手を腰に当て、片手の人差し指を俺に向けながら、ちょっとだけムッとした顔を浮かべて俺を見てくる西野。今は西野を家に送っている最中だったりする。東城とは数分前に東城の家の前で別れて、今はこいつと二人だけ……。

 

「ちょっとだけ、あたしん家に寄って行かない?今日お母さんいなくて、あたし一人だときっと勉強サボっちゃうから…それに、明日って学校休みだし!だから、ね!」

 

 ……はぁ…俺の耳がおかしくなった訳じゃなかったか…というか、西野。俺はお前の恋人じゃないんだぞ?それを……はぁ…顔に手をやって溜め息を出す俺を期待している目で見ている西野。それを見て、再度溜め息を吐き出す。いつか、言いだすとは思っていたが、まさか今日だとは……。

 

「…親がいない時に、彼氏でもない男を自分の家に招き入れる……西野、世間的にも常識的にもそれは駄目だと思うぞ」

 

「それはあたしも考えたんだよ。でも、淳平君なら大丈夫だよ。だって、他の男の子と違ってあたしに変な事するような人じゃないしね♪」

 

 こいつは……ニカって笑みを浮かべて俺を見てくる西野。確かに俺はお前に手を出す気はないが……それでも、世間とか常識とかで考えると…うん、やっぱり駄目だな。

 

「お前が良くても、俺が駄目だっての。一人だとサボるってんなら東城を呼んで一緒にやればいいだろ?お前らの家って俺の家より近いんだし、お泊まり会とかって言って誘えばいいんじゃねぇか?」

 

「成る程、お泊まり会か……東城さんに電話してみる。あ、淳平君も「俺は無理」…淳平く「無理」…じゅ「絶対無理」……分かったよ。ふんッ」

 

 西野に何か言われる前に無理と言い続けた結果、俺の事は諦めてくれたようだ。まぁ、その代わり東城が付き合う事になるんだが……悪い、東城。俺の代わりに西野に勉強を教えてやってくれ。西野が東城に電話している傍らで俺はそんな事を考えていた。

 

「うん、そうなの。今日家にあたし一人でさぁ…うん、だから今日あたしん家に泊まりに来ない?え?大丈夫大丈夫。遠慮なんてしないで、ね?って言うか、あたしが勉強教わりたい感じだから……うん、うん……じゃあそこのコンビニで待ってて、直ぐに行くから。うん…じゃあまた」

 

 携帯を耳から離して鞄の中に仕舞う。そして俺の方に振り返って……いや、そんな不満そうな顔をされても俺は絶対に嫌だ。

 

「東城は何て言ってた?」

 

「ふんっ!どっかの誰かさんには関係ないですよ〜だ!」

 

 西野はそう言うとべーっと舌を出して家の中に入って行った。……はぁ…俺も帰って勉強しないとな。

 

 休み明けに東城に聞いてみると、お泊まり会自体は楽しかったそうだが、西野の家で出された夕飯は何やらオリジナリティ溢れる物だったらしく、困った笑顔で「独創的だったかな?」と語ってくれた。………行かなくて正解だった。

 

 泉坂高校受験まであと5日。さつきに会えるのかも分からないし、西野が泉坂に本当に来るのかも分からない。ただ、言えるのは…。

 

「楽しい3年間にしたいよな」

 


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