ルーデウスの前にいた、もう一人の転生者の話。
ギリシャ神話を読んでいたらふと頭に浮かんだ話。
せっかく書いたので供養します。
「アポロン……お前など、生まれてこなければ良かった」
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アスラ王国にある、とある街の貴族。
そこの領主には、ある噂があった。
曰く、隠し子がいるらしい。
曰く、その子はとても不細工らしい。
曰く、だから領主様も恥ずかしがって隠しているらしい。
そんな根拠もない、ゴシップのような噂。しかし火のない所に煙は立たないという言葉を無意識に信じているのか、民衆はその噂を真ではないかと考えている。
「クソ! クソ! クソがぁッ!」
「ぐはッ!?」
そして、それは正しくもあり、嘘でもある。
その領主には、本当に隠し子がいた。
名前はアポロン。まだ5歳にもなっていない小さな
「貴様の顔を見ると腹が立つ! 貴様など、貴様などぉおおおおおおおッ!!」
しかし、噂は間違ってもいた。
隠し子――アポロンは不細工などではない。ただ、美しすぎるのだ。
真実は―――我が子の美貌に嫉妬した父が、子を誰にも見られないよう、別荘という名の監獄に幽閉したのだ。
「坊ちゃま、無事ですか……?」
「……セバス、服を持ってこい」
「か、かしこまりました」
一頻り殴り、鬱憤が晴れた領主は去り、部屋には執事とアポロンのみが残された。執事は殴られている時憐れんだ目でアポロンを見ていたが、何をするでもなくただ突っ立っていた。
ずっと父に虐待されているアポロンとしては、何もしない執事も敵だ。優しく接されることすら、拒否感が出る。
アポロンは着替え終わるとすぐにセバスを部屋から出て行かせた。
今日もボカスカ殴られ、色んなところが傷だらけとなった。
傷の確認のため、アポロンは部屋にある大きな姿見を見る。
―――その鏡には、白い仕立ての良いシャツと黒いズボンを履きスラッとした体型の、顔だけがボヤけたナニカが映っていた。
呪子、という存在がいる。生まれつき、何か呪いを持って生まれてくる存在の名称だ。
アポロンは呪子だった。自分の顔だけが認識できない、という呪いを持った子供だ。
アポロンの顔は美しいものだ。それはアポロンを見たことがある者全ての共通認識。
しかし、アポロン本人は自分の顔など見たこともない。
いや、身近にお前は不細工だと罵ってくる者がいる。父親だ。
だからアポロンとしては、美しいと言われるよりも、不細工と言われる頻度が多すぎるので、自分は不細工だと思い込んでいる。
アポロンは鏡に手を当てる。
「……なんで転生して、こんな生活を送らなきゃならないんだ」
その宝石のような翡翠色の瞳には涙が溜まり、どんな女性も虜にしてしまうようなまだ幼い魔性の美貌は皺くちゃに歪む。
「せめて……自分の顔ぐらい、見せてくれよ」
懇願する言葉には誰も反応しない。独り、アポロンは嘆く。
誰も見ていない広い部屋の中で、アポロンは声を押し殺し、流れる涙を袖で拭う。
誰も、アポロンを助けはしない。
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アポロンには趣味がある。
それは魔法の練習だ。
アポロンはずっと部屋の中にいる。だから、部屋に置いてある本は全て読み尽くした。
その中で興味を引いたのが、『魔法に関する本』だ。
アポロンはこれだ、と考えた。
いつか家を出る時に、父に復讐する為に必要だと思ったのが魔法を学ぶキッカケだった。
しかしそれはいつしか、目的のための手段ではなく、手段が目的と成り代わっていた。つまり、アポロンは魔法を学ぶことが目的となった。
アポロンには魔法の才があった。まず、無詠唱魔術が使える。
これは魔法はイメージだと気づいた時に、じゃあ詠唱いらなくね? と考えて実行したら出来た。
次に魔力量。
アポロンは最初から、上級魔術を何度使っても魔力切れにならない程に膨大だった。しかも、使い切る毎に魔力が増える感覚がある。新しい発見だった。
最後にセンス。
アポロンは一度唱えた魔術を無詠唱で放つことが出来る。だから魔術を学ぶ次の日ぐらいには上級魔術を操れていた。
アポロンは喜んだ。自分には特別な才能があることに。誰に喜んで貰えずとも、自分だけは喜んだ。
「これで、あの父を……でも、本当に殺せるのか……?」
父――領主は、水神流の剣の使い手だった。それも聖級という、上澄みの達人。
知識としては知っているアポロンは、しかしそれがどの程度強いのか見たことがないのでわからなかった。
だから慎重になった。
敵が聖級剣士ならば、自分は最低でも聖級魔術師、出来るならば王級魔術師並みになってから復讐すると。
今日も殴られた顔をそっと撫で、無詠唱で治癒魔術を使い治す。
いや、顔が見えないのだから本当に治ったのかすら分からないが、痛みが引いたので治ったということだろう。
見えない顔を、アポロンは恨めしく思う。
不細工でも、美しくても、どちらでもいいから自分の顔を見たかった。
分からないというのは、アポロンにとって多大なストレスだった。
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10歳になったアポロンは、相変わらず父に暴力を振るわれていた。
一般的に5歳、10歳、15歳などの誕生日は盛大に祝うという風習がこの世界にはあるのだが、そんなものは父に嫌われているアポロンには関係のないこと。
慣れたように治癒魔術を使い、傷を治す。
今日は肋骨を折られ、その骨が肺に刺さるほどの常人なら死ぬような深傷を負ったが、今のアポロンには簡単に治せるものだ。
その後、アポロンは毎日のようにしている魔法のアレンジをする。
アポロンは最近気づいた。魔術とは、神級に近づくにつれ規模が大きくなり、人ひとり殺すには過剰な攻撃であることに。
だからアレンジを試す。
持ち前の才と、前世でよく考えていた魔法を試す。
この時間、魔法を新たに作り出すこの時間だけが、アポロンにとって癒しだった。
病的なまでに魔術に没頭する。
今、アポロンは父のこと、顔のこと、周りのことを一切考えていない。彼の頭には、魔術のことしか頭にない。
「これを……いや、攻撃じゃなくて守備も固める……結界術? ……不可能ではないけど本がないから習得できない……自分で作る……なら炎を使って炎熱のシールドを……」
そうやって、時が過ぎていく。
もう間も無く、復讐の時はやってくるだろう。
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その日は、月明かりが優しく照らす夜だった。
領主はいつもならこの時間部屋で酒を飲んでいるか女を抱いているが、今日だけは月見酒をしたい気分だった。
外にあるベンチに腰掛け、年代物のワインを開け―――
「父上、お前を殺しに来たぞ」
器が壊れ、中身はビチャビチャに地面に溢れてしまう。
「なッ!? あ、アポロン!! なぜ、部屋の外に出ている!」
「そんなにおかしいことか、我が子の反抗が……簡単だ。お前の命令など聞く必要がないから」
上から物を言うアポロンに、領主はカッとなり、いつも暗殺などに備えて持ち歩いている剣を抜く。
「驕ったか、アポロン! 貴様に自由などない……この父の命令が聞けぬと言うならば、首を出せ。その醜い顔を晒し首にし、民衆と共に貴様の死を嗤ってやろう」
「醜いのはお前だろう、父上。お前ほどの醜男、俺は見たことがない。勿論、中身も含めてな」
「貴様ァッ! 私を侮辱するなァッッ!!」
領主は激昂したが、攻撃を仕掛けてこない。心を乱されようと、水神流とは護りの剣。
領主が動かないと分かったアポロンは、周囲に幾つもの炎の玉―――アレンジしたファイアーボールを出す。
「なっ……魔術、それも無詠唱だと!? 一体どこで、そんなものを覚えた!!」
「これを見て口を開く余裕があるのは、父上が強いからか? それとも、端に馬鹿だからか? ぜひ、教えて欲しいな」
「ッッ! ……舐めるなよ、小僧!」
アポロンは炎の玉を領主に向け、放つ。
領主はそれを、水神流奥義『流』で次々と受け流す。
流石は剣聖、この程度では殺せない。しかしそんなこと、本にも書かれてある知識だ。アポロンは驚かない。
ここからが策だ。
今、領主は幾多もの炎の玉の処理で大忙しだ。この炎の玉は追尾するもので、一発を防いでもまたそれが領主へと戻ってきてまた対処しなければならない。永遠に続くブーメランのようなものだ。
水神流は護りの剣、だからこそ攻め手が少ない。しかし、剣聖となれば話は変わってくる。
「はァッ!」
どんどんと、炎の玉を斬り捨てていくのだ。慣れてきたのだろう、集中しているのだろう。視線が炎の玉に釘付けだ。
だから、足元が疎かになる。
アポロンは土魔術発動すると、領主の足元から土の杭が飛び出して、領主の二本の足をそれぞれ貫いた。
「がァッ?!」
痛みからか、反射的にすぐ退避しようとバックステップをして離れる。
予想通り。
領主の後ろには戦闘中に用意していた、水と土の混合魔術である、柔らかいコンクリートようなものがあった。
それに領主は、剣を持った方の腕を突っ込んでしまった。
「んな! なんだこれは、硬い! 抜けん……ッ!」
「捕獲完了……あっさりだったな。まだいくつも策は用意してたのに」
少し残念そうに、アポロンは呟く。そんな顔すら美しいのだから、領主は嫉妬し、激怒する。
「こんな事をして、ただで済むと思っているのか! アポロンよ、私は貴族だぞ! なんの身分もないお前とは、天地ほどの差がある! 決して許されることではない!」
「特権階級の馬鹿ってどうしようもないな……俺が何もせず、ここに突っ立っている訳がないだろう。ここに来るまでに闇討ちで屋敷の者、門番、騎士全て殺してきた。証言はなく、証拠もない。そして俺は表の世界では存在しない人間だ、だから翌日からはこんな噂が広まるだろう……あの貴族たちは、『透明人間』に殺されたってね」
饒舌に、気分よくアポロンは話す。ここまで饒舌なアポロンを見たことがなかった領主は驚いた。
そして、忸怩たる思いを抱いた。
アポロンは存在自体、この屋敷の者以外は知らない。だから、証言も証拠もないこの状況ではバレる可能性がほぼ無いのだ。
息子をずっと隠してきたツケが、ここで領主に帰ってきた。
アポロンは一思いに殺そうとし―――
死ぬ前に、この領主に聞いておきたいことがあった。
「父上よ、お前に一つだけ問いたい……なぜ、俺を殺さなかった?」
それは彼の、領主に抱く最大の疑問だった。
なぜ、嫌いな相手を隠してまで育てる? なぜ、殺さない? 殺さない理由がある? それは一体なんだ?
前世はアニメやゲーム、漫画を嗜んでいたアポロンは思った。もしかしたら、何かすれ違いがあるのかもしれない。止むに止まれぬ事情があったのかもしれない。
仮にもし、もし何か事情があったとしても、もうアポロンが止まることはないが……疑問は解消すべきだと思った。
「貴様を殺さなかった理由、か……」
「そうだ、どうせお前はこの後死ぬ。ならば遺言くらいは聞かせろ」
領主は顔を伏せる。表情に暗い影を落としながら。
「私は……貴様を愛していた。本当だ。ただ、私の愛が貴様には理解出来なかったようだが」
「事情があったのだ。それを話すには、まず私の腕を自由にしてくれ……そうしなければ話せない」
「語り合おう、父と子だけで……さぁ、我が愛しきアポロンよ。この魔術を解いてくれ。そして、出来るならば私の傷を癒してくれ」
アポロンは領主の言葉に従い、領主の腕を拘束していた魔術を解いた。そして治癒魔術を使い、怪我を即座に治した。
領主は軽く手首を回し、異常がないか確かめる。
「さぁ、解いてやったぞ。さっさと話せ」
「あぁ、そうだな……貴様は、私が恋したある踊り子との子だ」
「踊り子……それが、俺の母上なのか?」
領主は鷹揚に頷く。
「そうだ、私の一目惚れだった。そこから熱烈にプロポーズし、結婚して、貴様を産んだ」
「そうか、それで?」
「だが、その後彼女は……」
鎮痛な表情の領主は、後悔があるように、その顔を苦渋の色に染める。
「貴様の母は……大臣にその美しさを気に入られ、私に寄越せと脅迫してきたのだ。権力に逆らえなかった私は、あえなく彼女を寝取られてしまった。本当に、あれは辛かった……」
「……………」
アポロンは口を閉じる。
領主は身体を伸ばし、どこにも不調がないのを確認した。
「それで……あぁ、なぜ貴様を生かしているかの話だったな。それはな……」
「……………」
アポロンは口を開かない。その代わり、目は口よりも雄弁に相手を侮蔑していた。
「馬鹿め! 魔術師が剣士の間合いに入るとは愚かなり! 死ねいッ!」
いきなり抜刀した領主は、水神流とは全く違う、されど洗練された剣技でアポロンの首を刎ねようとした。
しかし、アポロンの首に届くというところでジュワ……と、剣が溶けた。
「はへ?」
「もう話さなくていい。聞きたいこともない……太陽に抱かれて、お前は焼け死ね」
それは、夜を眩い光で照らす太陽だった。
いや、太陽ではない。アポロンだ。火と風の混合魔術―――『サンシャイン』。
それは攻守一体の鎧、アポロンの周囲に圧縮した高熱の火と風を纏う魔術。剣で攻撃されれば剣が溶ける盾となり、アポロンが攻撃すれば何物をも壊す矛となる。
「は、な、なんだそれは!? そんな魔術、見たことも聞いたことも……」
「どうでもいい。遺言はさっき聞いた、もう言葉を話すな、愚物。不愉快だ」
「………ギャアアアアアアアアアアッ!!?」
領主は太陽の抱擁を受け―――そして、呆気なく死んだ。
領主の遺言は正しくもあり、嘘でもある。
領主の嘘は、アポロンを愛しているということ。領主は、アポロンを愛してなどいない。
生かしていた理由は、アポロンの泣いている表情や苦悶の表情が領主の優越感を刺激していたから。美しいアポロンを、一生苦しませたかったから。それだけだ。
しかし、真実もあった。アポロンの母は踊り子であり、大臣に奪われ、泣き叫ぶほど辛かったのは本当だ。
ただ、領主は熱烈な告白ではなく、権力による横暴で強引に踊り子に迫り、そして孕ませたということ。大臣からも権力による横暴で自分のお気に入りを奪われ、あの垂涎ものの身体を好きにできないことか辛く、泣き叫んだということ。
アポロンはそれを察せてはいない。
ただ、領主の言葉があまりにも薄っぺらかったから、聞くに耐えず殺した。それだけだ。
アポロン、12歳。異世界に転生してやっと、外に出ることが出来た男。
彼はこの先、何をするのだろうか。
何を成し遂げるのだろうか。
それは、神のみぞ知る。