進撃の赤い巨人   作:ヤン・デ・レェ

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~849
地下街のコーバ


ヨシフ・ヴェトー…奴は俺が生まれる前から、地下街じゃぁ名の知られている悪党だった。

 

黒い髪に青白いくらい透き通った肌。トパーズとエメラルドが溶け合った瞳…「ありゃ魔眼だ」…とはケニーの談だ。

 

中肉中背で、人懐っこく、ぞっとするほど美しい。寡黙で、思慮深い。日の当たらない地下街の太陽だった。神様みたいに、何か困ったことがあれば彼に泣きつけばよかった。

 

ヨシフが拒むことはほとんどなかった。失敗することも。だから老いも若きも彼を慕い敬った。

 

腕っぷしは強くないが、そのカリスマで多くの子分を養っていた。老いも若いも関係なく、奴は手を差し伸べた。かくいう俺も、ケニーと御袋に勧められて彼の世話になることになった。聞けばおふくろの元に好く通ってくれていたらしい。金を払ってまで、何もせずに本を貸してくれたり、食事をくれる上客に、お袋はすっかり心酔しているみたいだった。

 

俺は少し嫉妬を覚えるくらいに幼かった。

 

 

 

 

ヨシフの愛称はコーバと言った。理由も意味も知らない。だが、三年くらい地下街で彼の前や後ろを歩けば、自然と口からコーバと言う言葉が出て来る。不思議だった。

 

コーバは好く炊き出しを催した。地下街じゃちょっとしたお祭り騒ぎだった。外の世界を知らないから、実際の祭りと似ているのかも俺には判断できないが、それでもいつもより豪勢な食事にありつけることに感謝しない奴は、この地下街にはいなかった。

 

殆ど無償で好くやるもんだと思っていたが、案の定、奴は幼いころから手を汚してきたせいで感覚が狂っちまっていたらしい。

 

時には自分の食べる分をとり置き忘れるほどだった。まぁ、そういう時は、俺やケニーがどこからか貰ってきたものを食わせた。誰に聞いても、コーバの為と言えば断らなかった。コーバこそが地下街の王だった。コーバの為なら、コーバが困っていれば、乞食ですらパンを捧げるんだ。俺も、それくらいの覚悟だった。

 

 

 

 

ある時、豪商の貨物をごっそりくすねたことがあった。計画と実行はすべてヨシフ…コーバ…が担っていた。

 

コーバは一番に年上だったし、経験も豊富だった。この地下街じゃぁ、あのケニーでさえ帽子を脱いで敬うくらいだ。その腕には一家言あった。

 

だが、誰にだって間違いは起きる。この時、ヘマをやらかしたのはコーバじゃなかった。コーバは完璧な仕事をしていた。

 

しくじったのは、恥ずかしくて今でも真っ赤になるくらい悔しいが、事実、俺だった。お仕事を学んで日の浅い、未熟者の俺がしくじったんだ。

 

コーバに捨てられる!そう思ったが、杞憂だった。コーバは憲兵に捕まった俺を取り返すと、背中に隠して、必死に俺は無関係なんだと説明していた。

 

そのうち、豪商とその用心棒が現れて、コーバが全員分の罰を肩代わりすることで交渉は成立した。

 

罰が始まると、受けない代わりに最後まで見届けるように言われ、意地の悪い憲兵に取り押さえられた。

 

俺たちは見ている事しか出来なかった。いいや、暴れたところで本当に変えたいものを変えられる訳じゃないって理解してたんだ。大人になっていたんだ。

 

だから俺も、イザベルも、ファーランも、その他にもたくさんいた側近連中は皆、黙って頭であるコーバが痛めつけられる様子を目に焼き付けた。

 

コーバは殴られて、蹴られて、それから何か所もナイフでなます切りにされて…それからしばらくして、気が済んだのか、用心棒がコーバをゴミみたいに放り投げた。

 

その瞬間、俺の中で何かが弾けた。体が軽くなって、何でもできるような気持ちにさえなった。あの憎たらしい用心棒と豪商を、地上で暮らす奴ら、地下で暮らす俺たちを見下してくる奴らを打ち負かすための力を振るえるんじゃないか。

 

そう思った。そして、俺は俺の考えた通りに実行した。

 

後から聞けば、常軌を逸した機動力だったらしいが、ともかく、大事なことはコーバが無事だったってことだ。あと、豪商が逃げたおかげで獲物を丸々手に入れることができた。

 

これで暫くは皆で食いつなぐことが出来るだろう。

 

 

 

 

何千年か昔、俺は所謂ヒモ野郎だった。

 

困ったことに顔が好く。そのお陰で喰う寝るに困ることはなかった。

 

だがある日、俺は恋をした。年下の女だった。俺も男だ、恋の一つくらいする。

 

いっちょ、恋に狂ってみるかと彼女を口説き、そして褥を重ねるまでは直ぐだった。

 

俺は奴隷でも戦士でも無かったが、王のお気に入りの自由市民だった。

 

対して彼女は奴隷だった。子供を産むのが仕事だなんて冗談だろう?ふざけた話だと思ったよ。

 

だから逃がしてやることにした。

 

女だ。しかも痩せててちっこい。担いで走るくらいどうってことないのだ。

 

俺は走った。王の追撃手に矢を射かけられながらも走ったよ。

 

丸一年近く、俺たちは逃げた。逃げ続けることができた。どれもこれも彼女の巨人化する力のお陰だった。

 

ともかく、俺は十分に恋人との少し血なまぐさいハネムーンを満喫できたってわけだ。

 

……何時か終わりが来ることは理解していたが、終わりは突然だった。

 

「もう十分だよ」

 

「次は私が貴方を幸せにする番だから」

 

そう言って、彼女は俺の目の前で巨大な巨人の姿に変身し、俺をむんずと鷲掴むと、頭からバリバリムシャムシャ食っちまった。

 

喰われているのは俺なのに、他人事なのは何故か?

 

喰われた瞬間から、俺の意識は俺の知らない何処かに連れていかれちまったからだとしか、コレには答えようがないな。

 

ともかく、俺は喰われたんだ。そうして、次の瞬間、ハッと目を覚ませば、俺がいたのは日の光の届かない地下街の襤褸屋だった。

 

謎しかない。だが、それでも俺にとっちゃぁ生きてるって実感の方が大きかった。

 

あの子の、ユミルが俺に言った最後の言葉の意味は理解してないが…まぁ、問題ないだろう。

 

それよりも、まずは当面の目標を建てよう。そうだな…こうしよう、この地下街から出て日の光を目いっぱい浴びることにしよう。

 

日の光を浴びれば、俺の身に起きたこの不思議に挑む気にもなりそうだし…先立つものも必要だ。

 

 

 

 

俺はあれからこの地下街で必死に働いた。働いたと言っても、富める者から商品やら金銭やらを奪っては貧しいものにばら撒くっていう、古風な義賊の真似事だが…。

 

子分もできて順風満帆だったが、俺が手広く色々とやったせいで指名手配されたり、盗みに失敗した下っ端の代わりに鞭打ちを受けたりと、案外楽しいことばかりじゃなかった。

 

地下街から出て、目いっぱい日の光を浴びたい。俺の願いは今のところその一点に絞られる。

 

だが、その為にはここから解放されなくちゃならない。俺の小さい脳みそでどこまでできるかはわからないし、無理だったら無理でまぁ、食っていければ幸せだろう。

 

それはそうと最近入った子分…側近の中でも、リヴァイってのが随分優秀みたいだ。

 

俺には、「お袋の借りがある」らしい。…どのお袋さんだろう?

 

コッチで目覚めてからもあちこち、沢山のお袋さんにお世話になっているからなぁ。聞かれたら、何となく頷いておくことにした。

 

 

 

 

コーバの怪我が治る頃、コーバを戴く奴らの中で内輪の序列を決めるための喧嘩があった。上位に行くほどコーバに近い人間になれるって訳だ。

 

喧嘩の結果は俺が一番、イザベルが二番、ファーランが三番。以下同列と言うことになった。ケニーは番外で安泰らしい。俺は少しズルいなと思った。

 

俺たちの中で一つのまとまりが出来る頃に、コーバが怪我を治して復帰した。

 

日課の地下街の散策にだって一つ一つ、コーバの力を知らしめるという重要な役割がある。意味がある。そう、俺はケニーに教わった。

 

乱暴沙汰になることは、コーバがいる間は起きない。コーバがいない時は、コーバを困らせない程度に騒ぐのが条件だ。

 

最近はイザベルが側近会議なるものを催したりと、活動が活発になってきている。コーバは優しく微笑むばかりで、好いとも悪いとも言わなかった。

 

沈黙は肯定だ。少なくとも俺はそう考えた。コーバは過ちを正す男だ。そのままにしておくはずがない。

 

俺は気乗りしなかったが、コーバの為にも、側近会議には真剣に臨んだ。

 

側近会議での議題は専らコーバのことだ。少し気を緩めると、皆、自分の好きなコーバの話しかしなくなる。

 

だからそういう時は、議長であり、序列一位の俺が、足をテーブルの上にあげて睨みを利かせるのだ。

 

ドンッ!という音と共に、会議の場が静かになった。

 

俺は進行役のファーランに目を遣った。

 

「今日の議題は、コーバの言う解放についてだが…誰か、この意味について理解できた者はいるか?臆せず意見を出して欲しい」

 

ファーランの言葉に誰しもが黙った。

 

「俺はわかるぜ!解放するんだよ!皆をさぁ!」

 

沈黙を破るようにイザベルが言った。

 

「何を、どうやって…具体的な話はどうだい?」

 

「ぐぬぬぬ…」

 

俺は舌打ちをせずにはいられなかった。

 

「おいお前ら、何を勘違いしていやがる。コーバの言う解放ってのは一つしかねーだろ?」

 

「兄貴は知ってるんすか!?」

 

「当然だな…コーバは俺たちを地下街から解放しようと考えているんだ」

 

「なッ!?そ、そんなことが出来るのか!?」

 

「コーバは言った。いざとなったら革命を起こせば好いとな」

 

「革命?…なんすかそれ」

 

「命を革める…要するに、俺たちのコーバが王になればいいんだ。そうすれば、この地下街からもおさらばできる」

 

「日の差す世界で自由に暮らせる」

 

「真面目に働けば働いた分だけ報われる世界を、コーバは作ろうとしてるんだ」

 

俺の言葉に、イザベルは感涙し、ファーランは驚愕で口が空いたままだ。

 

「だが、手始めに何をすべきだと思う?皆目見当もつかないのだが…」

 

ファーランが言うと、イザベルも頷いた。

 

「簡単だ。コーバのシンパを地下街の外に作ればいい。コーバの意志をそこら中にばら撒くんだ」

 

「コーバの意志…」

 

「解釈は人それぞれかもしれないが、一つ間違いないことは、コーバが望む世界には、この地下街みたいに見たくないものを隠しておく場所は存在しないってことだ。地下街が地下街じゃなくなる日が来るってことだ」

 

「リヴァイ…だが、本当にそんなことが出来ると?」

 

「ファーラン、お前の御袋の病気がマシになったのは誰のお陰か忘れたのか?」

 

「忘れるもんか…コーバが外の商人から貰った貴重な薬を分けてくれたからお袋は今もまだ生きてるんだ」

 

「俺はコーバに従うぞ。俺はコーバの意志を実現させるために、この力を使うぞ」

 

「俺も兄貴に同じく!」

 

「俺もだ!!俺も力を尽くすぞ!」

 

 

 

 

王都の地下街で三羽烏が誓いを立てている頃、ケニーは自身と同じアッカーマンの血筋を王都と言わず、壁内全土にわたって探していた。

 

理由は簡潔に、戦力増強の為。

 

ケニーにはヨシフに三つの恩があった。一つは迫害される自身の身の上を知りながら幕下に招いたこと、二つは妹のクシェルの命を救ってくれたこと、三つはクシェルの息子を受け入れ、一人前の男に育て上げてくれたこと。

 

この三つの恩義に誓って、ケニーは甥のリヴァイと同じように考え、行動していた。

 

「にしても、コーバの奴ぁとんでもねぇヤツだぜ…王政転覆どころか、俺ぁ見える世界が変わっちまったよ。アンタのお陰だぜ、コーバ」

 

ケニーは今や最も実働的な革命戦士と化していた。カリスマを持つケニー、彼の周りには次第に人が集まった。

 

ケニーは自身を介して、コーバへ心酔し、彼の思想を実現するために働ける戦士の育成を担い始めていた。

 

薄暗い酒場を貸し切りにして、労働帰りの連中を前にケニーは連日連夜、大演説を行った。

 

「見たことのない景色を見せてやる!あの王城のてっぺんから!新しい世界を一番に観たい奴はコーバに従え!コーバを疑うな!」

 

「今の世界は間違っている!富める者だけがますます富み、貧しい者は貧しいまま!そんなのはおかしいよなぁ」

 

「コーバの声を聞け!コーバは言った!今ある特権階級を破壊し、貧しいものを救うための新たな秩序を打ち立てよう!」

 

「革命だ!俺は革命戦士を求む!俺と共に、コーバと共に戦う勇気ある者を!」

 

うおおおおお!!!と歓声が酒場中にこだました。熱狂と興奮。演説の内容はよくわからないが、とにかく正しいことを言っているらしい。人々は酒杯を傾けるたびに、漠然とした革命のイメージを植え付けられた。

 

「もう一人のアッカーマンの血も見つけたことだし…革命のときは近いぞ…」

 

ケニーは酒場からの去り際、そうぼそりと独り言ちた。

 

 

 

 

 




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