進撃の赤い巨人   作:ヤン・デ・レェ

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ユミルの記憶(モノローグ)

 

 

 

 

彼は私に手を差し伸べてくれた、最初で最後の人だった。

 

「なぁ、一緒にここから逃げ出さないか?」

 

彼に言われた最初の言葉。今も、ずっと覚えている。

 

「このままだとお前、あのいけすかない親父の手籠にされちまうぜ?俺、アイツのこと嫌いだからさ、いっちょ未来ってやつ、変えてみないか?」

 

彼は言葉を紡げずにいる私の手を取り、夜の闇の中へ連れ出した。

 

「一度だけでいい、俺を信じてくれ。俺、こう見えても勘だけは冴えててさ、何も顔だけで生きてきた訳じゃないんだぜ?」

 

彼は額に指をとんと置くと、ニヤリと笑って言った。

 

「未来が見えるんだ、俺」

 

私はどんな顔をしていたのだろう?きっと、間の抜けた表情を浮かべていたんだろう。彼は顰めっ面で、私の頬に手を触れて言った。

 

「ははーん…さては信じてないな?…まぁ、それも仕方が無いか…でも、折角だし予め、お前の最期を教えてやるよ…むーん、確か…そうだ、お前は槍に貫かれて死ぬ!」

 

私は不思議と腹が立つこともなく、ただ、「そうなのか」と思った。

 

「…でも、笑って死ぬんだぜ?どうだ?信じる気になったか?」

 

私は首を振った。すると、彼は額に皺を寄せて、それから私の手を引き、ぎゅっと私を抱きしめると、耳元で囁いた。

 

「ここまで言ったことは全部ウソでもホントでも、正直俺にはどっちでもいい。ただ、未来とか関係なく一つだけ信じて欲しい」

 

「俺は君に恋をした。君に食べられちまいたいくらいにさ!」

 

そう言って、彼は私を抱き上げると、人々の寝静まったエルディア人の都から抜け出すべく駆け出した。

 

 

 

 

 

 

彼と共に逃げてから、そう早くない時期に、エルディア人の王の追っ手が私達にかけられた。

 

本来なら死を覚悟するところ、彼は笑っていた。

 

「さぁ、ユミル、見てろよ?俺の勘が当たるところを!」

 

私はいつの間にか、彼の言葉を信頼するようになっていて、彼の言葉に笑みを溢すようになっていた。

 

彼はウソを吐かなかったからだ。彼は真っ直ぐで、何処までもおかしかった。でも、そんな彼のことが、私も好きになっていた。

 

いつの間にか、私は彼にほの字だったのだ。

 

「次は三日後位かな?…ぁあ、欠陥品の俺の頭め!天気予報みたく、上手くいけばいいのになぁ…??天気予報?なんだ、それ?…まぁ、いいや。なぁ、ユミル、今度はあっちに行ってみようぜ!」

 

私は彼と手を繋いで、彼に抱かれて、逃げ続けた。

 

いつの間にか、私たちの逃避行は一年を数えて、王の追っ手を躱すこと、もう何百度にもなっていた。全て、彼のお陰だった。

 

 

 

 

 

 

「ユミル…この先、遠い未来の話だけど、俺はお前を自由にしてやりたい。フリーダム!だぜ!リバティじゃなくってさ!」

 

彼は時々、不思議なことを語った。けれど、私はそんな彼の言葉を信じるようになり、いつの間にか彼の言葉を深く、記憶するようになっていた。

 

私は聞いた。そのフリーダムとリバティ、何が違うの?どんな言葉なの?どうしてそんな言葉を知っているの?と。

 

彼は言った。

 

「さてな!俺にもわからない。けど、多分、本当の自由って意味なんじゃないか?…俺は、この先自分がどうなるのかわからない、でも、ユミル、お前が自由になる日が来ることを、俺は知ってる」

 

「八つの巨人の力がお前の中には宿ってる。ただ、一つだけ足りない。それを満たす者が現れる時が来たら、その時、お前は迷わずそいつを食い殺す…」

 

「………あれ、何の話をしてるんだ?俺は…」

 

逃げ出してから、もう一年が過ぎていた。

 

私は、私の持ち得る全ての力を、巨人の力で王の追っ手を討ち続けた。そして、巨人の力を使う内に、次第にわかってきたことがある。

 

それは、私の力は不完全であると言うことだ。

 

もう、この頃には彼の言葉を、彼自身にさえ理解できなかった…そんな言葉の意味を理解していた。

 

「…そういうことさ。第九が自由を歌うように、俺はお前を自由に出来る。俺だけがお前を、ユミルを自由にできる…きっと、遠い未来の俺に、この記憶も言葉も受け継がれることはないだろう」

 

「だが、それで好い。さぁ、ユミル、もう時間が来てしまったようだ。次は君の番だ。俺はもう十分自由を楽しませてもらった。運命は変えられなかったが、未来は変えられる」

 

「俺を食らえ、ユミル」

 

ユミル。ユミルの民。エルディア人。九つの巨人。マーレ。そして、赤い巨人。

 

ヨシフ・ヴェトー。コーバ。

 

それが貴方の名前だったのね。

 

私は彼の言葉に従い、彼を食い殺した。

 

食い殺した時、私は彼の言葉を完全に理解した。彼の意志を、確かに受け継いだ。

 

私の巨人の力は完全なものとなり、最早、私も彼の様に、最期の時を待つばかりとなった。

 

 

 

 

 

 

 

彼を食い殺してから間も無く、私はエルディア人の王の子供を産んだ。三人の娘だった。

 

けれど、実の所、彼女たちは皆、彼の娘だった。

 

彼の血を受け継いだ彼女達に、最早、何も語ることはなかった。

 

私は満足だった。彼の子を産み、彼の意志を次の世代へと確かに継承することが出来たのだから。

 

私と貴方との間だけの秘密では無くなってしまったけれど。それでもよかった。

 

そして、その日が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

私が滅ぼし、私が耕した土地の民は、見事なまでに勇敢に、エルディア人の王へと槍を投げた。

 

その槍をこの身に受け、私は漸く彼の元へと…彼の眠る座標へと辿り着くことができた。

 

死の瞬間まで、エルディア人の王は、私と彼の娘達が自分の血を一滴として継いでいないことに気が付かなかった。そして、私のことも、奴隷としてしか認めていなかった。

 

私は、だから私は笑った。

 

運命の奴隷はどちらだろう。

 

私は私の運命を受け入れた。だが、未来への希望を遺して、座標へと辿り着いて見せたのだ。

 

彼の言葉通りに、私は死に、私と彼の力は確かに娘達へと継承された。

 

彼が再び目覚めるその時を待ちながら、私は眠り続ける彼を見守り続けた。

 

赤い巨人が目覚める時、私もまたこの残酷な世界から解放される。

 

全ては遠い、遠い未来の話だけれど。

 

愛しているわ、コーバ。

 

 

貴方の血と私の血。交わり合い、重なり合った二人の血を受け継いだ、遠い遠い子孫達が、必ずや貴方のことを助けてくれる。支えてくれる。

 

だから安心して。

 

全ては遠い、遠い未来の話だけれど。

 

どうして私が貴方を食い殺したのか。最早、問いかけるまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




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